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2017-02-20(Mon)

いよいよ『戦闘開始』

Fundraising with GoGetFunding

米国在住の編集者であり友人でもあるIzumi Eversさんが、クラウド・ファンディングを立ち上げてくださいました。
もちろん日本国内からでも簡単に参加いただけます。ぶっちゃけ、一番有り難いです。
ご協力いただいている皆さん、本当にありがとうございます。

お一人お一人の思い、読ませていただき、胸打たれ、背中を押していただいます!


2017年02月20日(月)
前後の短い点滴数種と、ニボルマブ=オプジーボを静注にて投与されました。
大げさに聞こえるかも知れませんが、無事です
本当に良かった。
応援、励まし、ご支援をいただいている方すべてに感謝感謝です。
もっとも投与中の重大なショックやその他の反応が起こらなかったというだけで、今日明日は何かちょっとでも異常があればすぐナースコールで、という状態です。何しろ前例の無い患者なので「何がいつどう起こるのか全く予想できない」ことに変わりはないから。

そのことは、いつもてきぱきと何かあれば段取りを組み、先を読んで立ち回って助けてくれる看護師Nさんですら、ちょっとだけバタバタしていたことでも解る。
また点滴の間は心電モニタが詰め所に電波で飛んでるのだが、何かの加減で一回異常値アラームが鳴ったら、ものの数秒で5人の看護師さんたちが血相変えてすっ飛んで来たとか、色々なことで解る。
ちなみに救急の先生にもこのことはもちろん伝わっており、いつでも受け入れられる体制になっていたそうだ。形成、皮膚、救急と全て「同じ病棟の同じフロア」って凄くないですか。
勝機あるんちゃうかと楽観的に考えたくもなる。大変な状態なのに。

あと週末、投与前最後の往診に来られた主治医のE先生が
「いよいよ『戦闘開始』ですね」と言われた。
もちろん明るく理知的な先生ではあったし、実際処置や生検での手際も実にお見事、でもそういう「熱い」部分はあまり見せない方の先生だと思っていたので、こちらも「ええ。やりましょう!!」と気勢を上げた。「お互い頑張りましょう。と。

そりゃあもちろん今までも闘病はしてきたさ。
でも、ここまではっきりと「癌と闘う」んだという意識を、医師と患者で強く共有してくれたのは初めての体験だったと思う。
これまでどちらかというとだましだまし、共存できて、かつ対処療法でその都度何かあれば切り抜けてきた。
そういう感じで行けないもんかと思っていたがそうは問屋が卸さなかった、闘うとかつて2005年に宣告を受けて格好良く宣言したくせに、なんかなあなあで病気と付き合って来た。
いまでもそのT-CLLとはそんな気持ちではある。緩徐で大人しい、まあ脾臓巨大化させて溶血さえ起こすようなことにならなければ、放射線をあてて小さくすることもなかった。

ところが今回の癌…転移性メルケル細胞癌は、極めて凶悪で、共存なんて甘いことは許してくれず、私の端正な顔貌(笑)の左半分を醜く変えたのであった。それでも瞼は形成E先生が驚異的な再建術で復活させてくれたのに、あっさりと左耳下腺に転移。
今回の俺の癌に限っては放射線治療を嘲笑うかよのうに、首を切り裂き左目を奪い、それらにあてた放射線のまさしくその「照射範囲」に大量の転移となった。
顔から首までを醜いエイリアンの巣というか産卵場というかとにかく気持ち悪いものに変えられ、浮腫のせいか左耳も潰された。
音楽や映像作品を楽しむ、まさに好きな楽しみや趣味を嘲笑うかのように、ピンポイントでかっさらって言った。
それらの皮膚症状は糜爛し、毎朝ガーゼには浸出液と血がつき、それを洗って軟膏を塗りガーゼを貼り直す、こだれけでもヘトへとに疲弊する。

左足の甲と右膝関節付近は歩く度に激痛って、これがしんどいというか…もう本当に酷い。
だからシャワーが出来ず体拭きに戻った。
まだある。
右手首がまた上下や左右にねじるように動かすとかなり痛い。
キーボード叩けないやん。記録までさせないってか。
目は片目だから好きだった自転車での散歩も二度と出来ない。
ていうか散歩すら視界と聴覚が半分じゃ一人じゃ危なすぎる。室内ですら伝い歩きだ。
耳は好きな音楽をステレオで聴けないし、
まだまだまだ、山ほどある。
絵も字もド下手になった。次にどこに筆先を持って行けばいいか、止まったら終わりだ。
片目片耳のハンデは思ったよりも遙かに苛烈で残酷であった。

左口角の麻痺は以前からあったものの、浮腫がひどくなり範囲が拡がると、唇が腫れたようになって、より一層「食べる」という行為を苦痛に変えた。
好きだったあれこれもそれもどれも、口は開かないし無理矢理右側から何でも指で直接ねじ込んでデロデロになったりするので、とても他人様の前で食事など出来ない。
つまり好きだった外食もダメだ。
外食がアカンとかそういうレベルじゃない。口を開けてものを入れて咀嚼する、それが一大事業になってしまった。
好きだった料理もこれじゃもう終わり。
じゃあ食いに行くか、も口が開かない、時間かけて醜くもそもそ小汚いく食い方を許す環境ってそんなに無い。
それとおそらくだが、左側の粘膜と舌、ちょっとバカになってると思う。それなりに北海道、東京、京都と暮らしてそれなりに夫婦で舌は鍛えてきたつもりだ。それがもう何か、もやっとしちゃった。

もっとある。
近頃は朝のパンをむしゃむしゃ食ってゴックン、つまり嚥下の際にひっかかりが出るようになった。よくむせるので、おじいちゃんみたいにカフェオレにうるかして食ったり、細かくちぎってして食っている。
これ耳鼻科でファイバー入れて診て貰ったら、何と食道に4、5mmの腫瘍らしいぽこっとしたふくらみが見えると。
ああ、転移ですねえ、ともう何の驚きもなく画像を拝見する。
外が癌と浮腫で特殊メイクでもここまで気持ち悪く作れないだろうというくらいに気持ち悪いボコボコ状態で、中も無事と考える方がおかしい。

さすがに俺も怒るよ。

ほんまええ加減にせえよこの腐れメルケルが!(あ、ドイツの首相さんじゃないです)調子にノリくさってやりたい放題やってくれやがって、自分のささやかな楽しみすら次次と奪って行きやがって、
てめえ、絶対ぶっ殺してやる!
…というのが偽らざる正直な気持ちです。

そうして抗がん剤治療に入ったが、結果は今一…つというところでの待ってましたの最新鋭部隊投入による「戦闘開始」だ。血湧き肉躍る。
正直これまで医師側からそういう勇ましい言葉でドン!と背中を叩かれたような感覚になったことはない。気合いが入る。

…だからこそ、投与前の処置から準備、投与中・後、うとうとする暇もないほどひっきりなしに誰かが出入りして朦朧となっていたところへ、E先生が来て下さったのは嬉しかった。
午前中のオペを終えてお疲れだろうに、こちらの体調や違和感はないかなどを確認してくれ、そして、どちらからともなく
「やりましたねえ!!!」とお互い両手でガッチリと握手し合った。
ちょっとだけ目頭が熱くなった。
先生にとってもこの治療はいろんな意味で「戦い」でありいろいろ走り回って助けていただいた。
それぞれに俺たちは必死の思いで「この戦闘」に臨み、そしてまずは緒戦をものにしたのだ。
感激はひとしお、だった。

もちろんこの後数日は慎重なモニタリングが必要だし、何せ何が起こるのかさっぱり予想予測がつかないと来ている。
そして何より、効いてくれなきゃ何にもならない。
それでもそれでも嬉しかった。
これをご覧いただいている方々にもぜひ、その思いをお伝えしようと、もう痛みなんか関係ねえと打ち込んでる次第です。

効果がはっきり解るまでは数週間、2度目の投与をしてからさらに…という場合ももあり様々だが、基本的に一定回数投与して癌に対する抑制、あるいは攻撃という「戦果」が無ければ…。

しかし今は素直に喜ぼう。
全部終わって、モニタも外れて輸液だけになったあたりで看護師のNさんに「救急の先生にもお礼言いたいですねえ」というと「あ、もう帰らはりましたよ、差し迫った状況にはもうさすがに急変はないでしょうということで」という事だった。
それはそれで、だしかに投与直後という最初の、それでいてけっこうでかいハードルを超えたんだな、という実感につながる、
いやはや凄い数の人が見えないところで連携を取り動いて支えてくれていた。これにもひたすら感謝しかない。

まだまだ戦いは序の口。
まだまだ頑張りますよ!
皆さんと力を合わせて。

▼投与直後
DSC_0047.jpg
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コメント

ここ数日祈るような気持ちで毎日更新を待ってました。ひとまずおめでとうございます!好転すると信じてます。

ありがとうございます

古屋先生…うさまる君(と家では呼ばせて貰っていました)には、ここでは書けませんが、本当に心強い励ましと、そして多大なるご厚情をいただいています。
いつも本当にありがとうございます。

肝腎の内容というか本文がこの調子で、探すはずだった史料写真を整理する暇もなくダダっと頸部転移、郭清手術からの再発と来て、作業進まずすいません!

おおかみ書房から観光予定の拙著のカバーイラストはなんとなんと、古屋兎丸先生が引き受けて下さいました!!

見るためには完成させねばならず、そのためには行き抜かねばならないというモチベーションのマッチポンプ!(ちょっと何言ってるか解りませんが)
いつもありがとうございます。
頑張ります。

ホッとしました!

良かった!!無事投与始まったんですね!!

気合いだ!
気合いだ!
気合いだ!

ガンをぶちのめす!!
絶対ぶちのめす!!

応援しています!!

よかった

ご無事で良かった!!
まずはおめでとうございます!
読んで、嬉しさがこみ上げてきました。
これからも(ますます)応援しますーー!

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No title

ご無事で闘っていらっしゃるとのご報告、嬉しく拝読しました。気力が高まっていらっしゃるのが文章からも感じられます。これも免疫力の向上につながりますね。

こんなときにあれですが、

>ほんまええ加減にせえよこの腐れメルケルが!(あ、ドイツの首相さんじゃないです)

のところ、ちょっと笑いました。

No title

ほんとに、よかったです!

力強い文章に、こちらも心が躍りました。
白取さんは強い方です。
ひとりではないです。これからも応援しています!

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はじめまして

初めてコメントします。

私はB‐CLLにかかり、抗がん剤治療を行っています。

抗がん剤治療も大変ですが、白取さんはもっと
ずっと大変だと思います。でも、ユーモラスな
文体に励まされています。

私も記録を作って同じ病気の人を励ませるように頑張ります。
一緒に頑張りましょう!



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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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