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2009-11-23(Mon)

入院25日目・やまだ紫作品の復刊に思う

11月23日(月・祝)

6時半、夜勤ナースに起こされてバイタル。血圧は上が90と低く、脈拍は80から90台と早い。だがこれが白血病を患っている俺の正常値だ。
外は曇り、夕べ寝付きが悪かったせいかもの凄く眠かった。
7時過ぎに病院の下へ降りて、販売機でホットコーヒーを買って戻った。今日も祝日なので病院内は静かなもの。コーヒーをすすりながらTwitterをしたり。8時の朝食でコーヒーにパック牛乳を入れてカフェオレにしてパンとサラダ、パイナップルを完食。
9時過ぎになってもオキシコンチン(痛み止めのモルヒネ)が来ないので、日勤のナースに貰おうと病室を出る。するとちょうどこちらへ来たところで、薬を貰ってプリンペラン(吐き気止め)と一緒に飲む。9時半からはシャワー、疱疹の傷痕に軟膏塗ってもらい、ガーゼ交換。疱疹は背中が一番治りが遅く、痛みも強い。背中ゆえに一人では軟膏もガーゼ交換も難しい。腹部だけだったら一人で出来るのになあ、と情けない。
髪を乾かして着替えてすぐ、ポータブルHDDと使わないタオル、洗濯物などの袋を持って一時外出。「一時帰宅」もこれで最後、明日は退院だ。それなのにこんなに痛くてモルヒネで抑えているような状態でいいのか。

外は晴れており、暖かい。
タクシーで家の前のコンビにまで行き、昼のサンドイッチと晩の弁当を買ってマンションへ帰った。シマもユキも床暖房の上で寝ていた。
まずは着替えてHDDをメインのノートPCに接続し、データを受けて仕事をしてしまう。ルーティンの仕事を終えた後は、しばらく新規の仕事のことで試行錯誤。
その間にサンドイッチで昼食。

それから立て続けに「明青」のおかあさんと、元出版社の社長で昔からお世話になっているSさんから、やまだ紫復刊第二弾「しんきらり」が届いたと、御礼の電話をいただく。
明青の渡辺さんご夫妻には、本当に今回の入院ではお世話になりっぱなし。こちらが御礼を言わなければいけない。ご挨拶にうかがいたいが、まずは自分が退院しなければ始まらない。

その後、Sさんとは少し長く話した。

やまだ紫という作家の業績は、もっと漫画界の内側から大きく評価されるべきだ、という話。
また今回の復刊事業もメディアが積極的に紹介に動かないというのも、おかしな話だろうと。俺も今のところキチンと紹介してくれたメディアを知らないし、共同通信がコラム配信という形で地方紙へ配信してくれた程度だと話すと、「それはおかしい」という。俺もおかしいと思う。

女性誌などからもっともっと紹介されるべきだろうし、例えば「しんきらり」はまだ「ジェンダー」なんて言葉も誰も使わなかった時代に、女性解放や男女同権と拳を突き上げ声を出していた人たちの一部から、高い評価を受けたものだ。
もちろん本人はそういった「女性解放」という強い調子や意識で描いたわけではなく、「主婦」とひと言で片付けられる存在にも当然感情はあり、実はけっこう大変な労働をしているのあり、「家庭」や「夫婦」「親子」といった当たり前のことも、ドラマになり得るのだ…という今なら当然のことを淡々と静かに描いただけだ。

そう、やまだ紫というひとはいつだって静かに、しかし毅然と、凛として自分の「こう思う」ということ、正しいと思うことを描いてきたし、言い続けてきた。それだけに、もっとセンセーショナルに、もっとエキセントリックに同じことを言う人に比べればコマーシャル的には不遇だったとも言える。
「時代と寝る」という言葉があるが、本人が一番嫌ったことだった。

「たくさん売れればいいと思うよ。でもそれを前提に作品を創ることは、卑しいと思う。別段非難する筋合いもないけど、わたしはそれをしたくないだけ」…彼女の言葉は印象に残るものが多すぎる。特に、失って、公私ともにその存在の大きさがゆえ、喪失感も大きすぎる。
ブログで連載しようと思って、録音した言葉もたくさん残っている。いずれ発表したいが、まだ俺は彼女の声を聞くと、冷静でいられない。あの穏やかで、優しい口調を思い出しただけで涙が出る。

出版の世界では大先輩でもあるSさんとは、共通の認識がたくさんあった。

例えば、大学での漫画教育の話。
こんにち大学で内外の文学を研究するのは当たり前だ。マンガも表現として確立して久しいわけだし、文学と単純に優劣をつけられるものではないことは常識だろう。そしてマンガ学部を持つ大学も出来た。学科としてマンガを教える大学も次々と続き、今後その流れは拡大するだろう。
ところがその現場では、相変わらず基礎的な技法や技巧を教えることに重きを置き、肝心な「作家性」の涵養をおろそかにしているところが多いのだ。

せっかく四年もの間高度な「専門教育」を受けられるというのに、アシスタント養成講座や同人誌作りみたいなものを中心にやっていていいのか?

オリジナリティ=個性、作家性をどうやって教え育成していくのか、それをどうやって作品というかたちに昇華させるのか、その部分こそ、これからの大学における漫画教育にもっとも重要だと思う。
それには基本的な絵画技法やデッサン、漫画における独特な表現や技巧を習得するのは当然として、座学でいいから、さまざまなジャンルの「名作」を強制的にでも読ませて何かを学び取らせる「教養講座」をもっと重要視すべきだ。
ただ名作といっても、商業的に成功したものやビッグネームの作品だけを読ませていては駄目だ。
劇画や「ガロ」系、少女漫画からエロまで、4コマやカートゥーンも含めて多彩な日本漫画の広がりを体験させて欲しい。もちろん、漫画に限らず文学や映画・映像なども含めた優れた表現を教養として学ぶこともいいだろう。(何度も同じことを書いているが

自分と全く違うタッチ、筆致の作家の模写も絶対に勉強になる。好きな作家の絵ばかり真似をしていたり、得意な構図ばかり描いていては何も進歩しない。これは身をもって体験していることだし、俺の師匠であり「ガロ」編集長であった長井さんも、漫画家の卵たちに模写を第一に勧めていたものだ。

漫画だからと(最近ではタブレットも含め)ペンばかり握っていないで、水彩や油彩など違う技法に触れるのも刺激になるだろう。やまだは実際、大学で「チョークアート」を取り入れて、学生たちに好評だった。

そして、学んだ者はそれらを全く無視してもいいのだ。問題は「知っているか・知らないか」だ。その上で自分は何を使って何をどう表現するかなので、結果的に漫画という手段を選ばなくてもいいとさえ思う。
しかしその人が漫画を自己表現として選んだのなら、「他の誰でもない自分という作家」を目指すのは当然だと思う。
確かにきれい事を並べても、メシが食えなければ仕方が無い。だからといってコマーシャルな、商業的に成功した「誰かのもの」を真似て、楽しいだろうか? メシが食えれば楽しくなくてもいいか? 楽しい部分は勝手に同人誌で補完するからいいのか? だったら大学なんか要らねえだろうし、もはや「作家」ではない。そういう人はそういう世界で勝手にやればよろしい、文句を言うつもりも筋合いも何もない。軽蔑もしないし尊敬もしない。それだけの話だ。

日本の漫画がこれだけ世界に誇る「文化」「表現」として確立されたのは、何も資本の力で強引に売ったから、というだけではない。表現として面白いから、独自だったから、優れているからだろう。
その表現としての日本漫画=MANGAをここまでにしたのは、ビッグネームたちの「商業的に成功した作品」だけの力ではない。「表現の裾野」を拡げた数多くの、本当にたくさんの先達がさまざまなジャンルで頑張ってきたからじゃないのか。
「売れる・売れない」だけで作品を「いい・悪い」と評価するんなら、「ナントカ漫画賞」は全て廃止してオリコン1位に賞をやりゃあいい。「今年一番売れたので一番優秀な作品デス」でいいだろう。
今現在、漫画業界で、漫画の内側でメシを食ってる批評家や研究者、漫画読みと言われる人たちで、今回のやまだ紫の復刊事業に関して公にキチンと評価をした人がどれくらい居るのか?
知っている限りでは、片手で足りるたった数人だ。
作家が死んで、その訃報を聞いて慌てて「凄い人でした」と言う。そういう愚かな「言論人」を、俺は今まで嫌というほど見てきた。カネを払って好き・嫌いでモノを語れる一般消費者ならともかく、もはや「知らないということは罪」だと思う。

Sさんとはそういうような話をした。
それでも、評価してくださる人がいる限り、いや、今はいなくなったとしても、彼女の作品を後の世代に伝える義務が、俺にはある。漫画に関わった「内側の人間」として、その責任がある。
コマーシャルな漫画は黙っていてもたくさんの人に読まれる。だがその陰で、素晴らしい作家、作品がひっそりと誰にも知られずに消えていく。
やまだ紫の作品はそうして消えて行っていいものでは断じて、ない。

午後は仕事休みに「ミヤネ屋」を下らぬと思いつつも笑いながらダラダラ見て、相撲。だんだん病院に帰る時間が迫ってくる。
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2007-12-19(Wed)

漫画家になりたい人へ ( 番外4の補2) オリジナルの力・一ノ関 圭

このところ本シリーズでオリジナリティの重要性について触れ、さらにドメジャーにおけるパクり・安易な「売れ線」規定路線の単純再生産の構造などにもちょっと言及したところ。
複数の方から「ガロ系以外で、とくにメジャーで読むべき漫画家といったら?」という質問をいただきました。

物凄く難しい質問ですね。
いや、難しいというのはたくさんあり過ぎて、という意味です。絵の物凄くうまい人、お話が飛びぬけて面白い人などそりゃあもうメジャー・非メジャー系問わずた〜くさんおられますよ。枚挙に暇がない、というのはこのことっす。関係ないすが最近のメジャーなコミックの世界ではむしろ、「絵が個性的なんだけどヘタクソ」という人が目立つような気がしますね。んでやっぱりそれは「漫画屋」さんに多いような気が…。

それはともかくとして、連れ合い(やまだ紫)とも時々話すんですが、飛びぬけて絵がうまくて、しかも個性があり一目でその人と判り、さらにお話もまたオリジナリティに溢れそれでいて魅力的、何年経ってもその評価にまったく陰りがない…という意味において最強だと思われるメジャー畑出身作家の一人が、一ノ関圭さんではないかと一致しております。
一ノ関さんは『らんぷの下』で1975年にあのビッグコミック賞の本賞を受賞されてデビュー、その後は寡作ながら名作を80年代初頭までコツコツと描かれてきた作家さんです。ちなみにビッグコミック賞は前にも言及したような気がするけど、本賞ってたった2人しか受賞者がいないという、超難関の漫画賞だったんすよね。連れのやまだ紫も、デビューは虫プロ商事「COM」ながら、ビッグコミック賞に入選はしているが本賞は逃しているし。(「やまだ紫、「COM」との出会い」参照)もっと言えば、一ノ関さん同様にやまだ紫も身内びいきとの謗りを敢えて気にせずに言えば「絵がうまくて、しかも個性があり一目でその人と判り、さらにお話もまたオリジナリティに溢れそれでいて魅力的、何年経ってもその評価にまったく陰りがない」作家の一人であると思うけれども。
一ノ関さんの作品集は確か2冊しかなくて、それらは絶版になって久しいと思う。思う、ってちょっと調べりゃ今は解るから、調べてみましたが、デビュー作にして代表作、そして素晴らしい傑作でもある「らんぷの下」と、「茶箱広重」の2冊ですね。
自分はリアルタイムではなくて、ちょっと後で古書店で買って読んだのが80年代のはじめ頃、もう描かれなくなった頃だったと思います。もっと早く知っておくべきだった、と強烈なショックを受けた作家さんでした。
「ガロ」系で言うと林静一さんや、メジャー系では上村一夫さんとかを彷彿させ、それでいて画力では全く引けを取らない(というより、純粋な画力といことであれば一ノ関さんの方が上であるとさえ思う)この作家は凄い。当時漫画家を目指していた自分にとっては震えがくるほどの衝撃を受けたといっても過言ではありませんでした。
画力については一ノ関さんはデビュー当時東京芸術大学大学院に在学中であったということを知って納得した(と同時に学生と知ってもっと驚いた)ものでしたが、時代考証や和装の描写の確かさなど、単に「絵を学んでる学生さんだからうまくて当然」なんてレベルを遥かに凌駕している凄さを感じたものです。ええ、自分なんかもうダメの500乗くらいであると悟らされましたよ。しかもその直後に「ガロ」に入って編集として本物の林さんの原画や丸尾末広画伯の原画とかいろいろ見ちゃった日にゃ…(以下省略)。
その卓越した画力についてやはり語られ賞賛されることの多い一ノ関さんですが、お話の素晴らしさ、特にはじまりからラストまでグイグイ引き込まれていき、ほぉお〜っと溜息が出るような読後感というか、その構成も本当に素晴らしい。
惚れますよ。
前項などで「時代考証が出来ない人が増えてきっちりした時代劇が少なくなった」みたいなことを書きましたが、考証というのは何も平安時代や江戸時代とかだけに必要なのではなく、現代劇にも必要なんすよね。一ノ関さんは近世、明治期なんかの描写も本当にきっちりと描かれていて、凄いと思う。
外見では和装の女性のなまめかしさをきっちりと、そして内面の情念さえも描き出している。男性の体の筋肉とスジの様子もしっかり描け、もちろん男の内面のもろさ、幼さも描ききっておられる。ああ、もう今思い出しても身もだえするようなうまさです。

これらは出版社系の絶版コミック復刻・オンデマンド販売サイト「コミックパーク」で入手可能です。
俺ごときがいくら凄さを書き連ねても百聞は一見にしかず。幸いにしてオンデマンドながら、この宝石のような作品を読むことが出来ます。とにかく読め。漫画家を目指す人なら全員一人残らず読むべきだ。繰り返すけど、惚れますよ。

コミックパーク/作品詳細  らんぷの下 ・ 一ノ関 圭 

コミックパーク/作品詳細  茶箱広重 ・ 一ノ関 圭 


<追 記 07/12/19>
一ノ関圭さんについて、漫棚通信の細井さんより最新情報をご教授いただきました。

> ご存じかもしれませんが、
> 不定期刊で発売されている雑誌「ビッグコミック1(ONE)」に、
> 一ノ関圭氏がマンガ『鼻紙写楽』を
> 2004年ごろより連載されています。
>
> 雑誌自体が不定期刊のうえ、
> 一ノ関作品が休載されることもあるので、
> なかなか読めないのが難点ですが。
>
> 本年11月に発売された12月1日号では、
> 一ノ関氏のイラストが表紙になっておりますし、
> 連載7回目の50ページ作品が掲載されています。
> 今ならまだ、書店で手にはいると思います。

うへえ! 全然知りませんでした。って不勉強っすね自分…。細井さんもおっしゃられているように「ビッグコミック1」っていつ売ってんだ、という雑誌だもんなあ。ノーチェックでした、探します!

あと追加情報として

> また、2001年に発売された
> 服部幸雄文、一ノ関圭絵の
> 「絵本 夢の江戸歌舞伎」(岩波書店)という本は、
> 江戸の芝居小屋を一ノ関氏の超絶技巧によって大きく図解した本で、
> おそらくこれが、今回の歌舞伎を舞台にした
> 『鼻紙写楽』を描くきっかけになったものでしょう。

とうことですが、こちらは連れのやまだ共々、知っておりました。やまだは「絵本作家になられたんだと思っていた」そうです。
それにしても素晴らしい才能がいまだ現役と知って嬉しいです。細井さん、ありがとうございました。
漫画家志望の人は必ず、そうでない普通の漫画ファンも読むべき、ですよ。
2007-12-14(Fri)

漫画家になりたい人へ ( 番外4の補) メジャーにおけるパクりの構図

痛いニュースノ∀「デスノート」に酷似(?)した漫画がサンデーで連載開始
YellowTearDropsさんより】


うちの向かいの喫茶店にサンデーが揃っているので「LOST BRAIN」読んでみました。
なんかこう…前記事で自分が書いた一連のことが虚しくなりますな。
商業誌というか、ドがつくクラスのメジャーなコミック誌において、人気を得た作品があれば、それに類したものが提供されるということは珍しいことではないと思う。思う、がしかし。露骨なまでの「パクり」というのはやらないのは言うまでもないことながら、柳の下の泥鰌を狙うことならよくあること。しかしなるべくなら読者にそれと気付かせぬようにやるものだ。
これまで読者の指摘などから言われてきたパクリの多くは、「絵」や「構図」が多かったはずだ。しかしモチーフやディテールが若干変わっただけで登場するキャラ(キャラクタではない)が同じだったり、物語の本質・中核が同じだったりする場合、これは何度も言っているように「その作家がその作品を描く必要があるのか?」という素朴な疑問が生じるだろう。
お前たちは、お前たちの頭の中以外のどこから、その物語を引っ張り出したのか? ということだ。
それにしても、常々「真似する側ではなく真似される側になれ」と若い子たちに訴えてきたことがホトホト虚しくなる。
漫画屋ではなく漫画家を目指せ。その結果漫画家と漫画屋の間で揺れ動きどう折り合いをつけていくかに皆、悩んでいく。本当のプロはそこら辺のバランスの取り方を心得ているし、うまい。じゃないと漫画でメシを食う=つまりプロ漫画家としてやっていくことは出来ないのだ。
だが、いくら原稿料と引き換えに編集者=版元から「言うことをきけ」「言う通りに描け」と言われるのが不可避の世界だとはいっても、人の作品を売れたからといって安易にパクるというのでは、そういった漫画家/漫画屋の間で煩悶するウンヌン以前の問題だ。百歩譲ってもそれはアマチュアのやることであり、プロがそれをやる・つまり「パクる」というのはすなわち人のものを「盗む」ということなのだ。
この作品(LOST BRAIN)には漫画屋さん=絵描きさんの他に原作者がついている。そして何より、もちろん担当編集者がいる。
しっかりしろよ。
2007-12-11(Tue)

漫画家になりたい人へ ( 番外4)

勝又進さんの訃報を知って つづき

自分が何かを表現したいと思った、そしてその手段として漫画を選んだ。ならば漫画を描け。言われなくとも描きたくて描きたくてしょうがないはずだ。
俺も若い頃、漫画家を目指して上京した頃はそうだった。一つの作品にとりかかりながら、もう次の作品が描きたくてしょうがなかった。ネーム帖はどんどんどんどん「次の作品」候補で埋まっていった。でも一つの作品を仕上げて、さあとそのネーム帖を見返すと、それはそれは陳腐で稚拙なものばかりに思えたものだった。つまり、その感覚の分だけ自分が成長していたってことだ。
そして自分のバカさ加減に呆れ、恥じ、悶絶して、そうして狂ったように小説や漫画を読み、映画を見て、ようやくまた次の作品へ向かうささやかな自信を芽生えさせた。漫画だけではない優れた先人の作品にできるだけたくさん触れることで、なんとか自分もその末席に食い込めないかと思った。…ま、無理だったんだけどね。

ともかく、何かが流行ると「マンガ家志望」の子らの絵柄はそれ一色になる。好きな漫画だけ読み、好きな絵ばかり真似しているから、似たような絵しか描けないし似たようなお話しか創れない。そして漫画は何度も言うように「絵とストーリーの両輪」が織り成す表現」だ。好きな作家の絵ばかり真似をしていれば、似たような流行の絵は描けるようになるだろうが、お話はどうする? オリジナルの話が創れないから、勢い超能力だの霊だの御伽噺だの、最初からリアリティを排除しても突っ込まれない方向へ逃げる。すぐ、そっちへ行く。

言っておくが、ファンタジーやRPG的世界の漫画作品を批判しているのではない。素晴らしい作品もたくさんあるのだし、それらは「ファンタジー」であっても「リアリティ」を持って我々をその世界へと誘う力を持っている。
「指輪物語」「終わらない話」などには、洋の東西を問わずいつの時代の読者をもわくわくさせる、圧倒的な力がある。ギリシア・ローマ神話や日本の能・歌舞伎などを勉強しろとは言わない(本当は言いたい)が、シェークスピアや日本の近代文学も難しいというのなら、お話を創ることを諦めた方がいいのでは、と思うことさえある。

優れた名作を何も読まず、知らずに、とりあえず時代や国籍などを不明なところに設定すれば考証は不要になる。つまり「完全オリジナル」だと開き直れば当然、誰からも突っ込まれることはない
そうして主人公が意味なく旅に出て超能力で相手を倒したり死霊と戦ったりお姉ちゃんと恋愛をしたりピンチになったりするけど必ず最後は勝って笑ってお姉ちゃんもゲットして終わり…という作品、面白いか? いや面白いんなら、面白く描けるんならそれは一つの才能であると認めざるを得ないが…。ともかくこの「…それで?」と問いたくなるような余りに陳腐で稚拙な世界、実際にアマチュア漫画家志望の作品に物凄く多いパターンなのである。

例えば「江戸時代・末期、新撰組の時代、京都で」と言って物語を進めなければならないとすると、これはもうきっちりとした時代考証を必要とし、それなりの歴史の知識や画力が必要になる。テレビや映画でさえ、今は時代劇が作れなくなってきている=時代考証がデタラメになってきているのに、個人でそれを全て行ってしっかりした作品を創っていくのは相当難しいだろう。だからほんとうの時代劇を描ける人がどんどん少なくなってきている。(ちなみに近年、「パロディとしての時代劇」へ逃げているとしか思えぬ映画やドラマが多いが、そういう「いい加減な時代劇」を見た若者が、それをそのまま受け入れ、「よりいい加減な時代劇」を再生産する傾向が確かにある、と思う)

変なツッコミが来そうだから言うが別に「江戸時代・末期、新撰組の時代、京都で」を描きたくないのならそれはそれで別の時代なり現代なりでいい。また先のような「全部俺が設定した世界の話」と言えば考証の必要も苦労もないわけなのは言うまでもない。
だが、そこまで行かずとも、では「現代、東京、渋谷に集う十代」の世界を描きたいと思ったら? それでも考証が必要だということに気付けよ、と思う。
同様にファンタジーの世界でも、架空の世界でも、「それはいくら何でも…」と思わせないリアリティが必要であり、それが失われた瞬間に、読者はその物語の世界から醒めるのだ。こうしたオリジナル作品を構築する力がない人たちは、だいたいがパロディへと逃げる。(またまた阿呆の頓珍漢なツッコミが来るとアレなので言っておくが、パロディ批判をしているわけでもない、過去の本シリーズ=【漫画家になりたい人へ】の記事をちゃんと読んでいただきたい)

そういえば、昔は漫画同好会や大学の漫研といえば、オリジナル=創作系の同人誌・サークル誌がほとんどだった。今ではそのほとんどがパロディ系である。アマチュアならば、好きな作家の作品をなぞるのも勉強だろう。またプロになる気がなく、趣味でパロディで遊んでいたいのなら、何ら文句はない。
だが漫画家になりたい、つまり自分は作家になりたいと覚悟したのなら、
「自分という作家が
漫画で何を表現したいのか、
なぜ自分がそれを表現する必要があるのか、
自分でなければならないのか

自分に問え」

と言いたい。人が創った世界を真似る=他人のフンドシを締めて相撲を取るなよ、それって気持ち悪いだろうに。
ただし、作家として屹立したいと思うなら、その道は「茨の道」だ。その覚悟をして欲しい。漫画を商品としてとらえ、たくさん売れること=金儲けをしたいと思うんなら、作家だと名乗る必要はないだろう。それは「漫画家」という「作家」ではなく「漫画屋」だ。そして純粋な「漫画家」がそれであり続けることは難しく、「漫画屋」との間でゆれ動くものなのは、資本主義の世の中でメシを食っていく以上、当り前のことでもあるのだ。

勘違いして欲しくないのだが、漫画屋は漫画屋でいい、それならそれに誇りと覚悟を持ってやれ、と言っている。編集者の言う通りに、儲かるように、読者アンケートで上位に来るように、単行本が売れるように、アニメ化されるように、できるだけたくさん売れるような作品を描け。漫画屋は売れてナンボの、それはそれで過酷なショーバイである。ただし漫画屋は競争相手もたくさんいるし、資本主義いや市場原理主義の論理で全てが量られる。個性なんか二の次、作家性なんかどうでもいい、編集者=出版社が求めるものを忠実に描いてくれりゃあそれでいいんだから、代わりはいくらでもいる。ちょっと成功しても、もっと小器用にうまく立ち回れる若手が常に下から突き上げてくる。そいつらを蹴落としながら、編集者に気に入られるように媚びへつらいつつ、読者の顔色も伺い、描き続けなくてはならない。ほんとうに自分が描きたいものが描けるようになるには何十年かそれを続けられてからの話だ。
何十年か続けられなくても、何年かもしやれたら、とりあえず「びっくりするくらいの大金」と「作品が数十万部単位で売れた」という結果は残せるだろう。だがその作品は後世には残らないと覚悟しとけ。なぜならそれは商品=消費物だからだ。その時に必要とされた=その時代に売れたことは認めるが、必要が無くなれば捨てられるだけなのだ。後世に名なんか残したくねえ、今さえ良ければいい、金だよ世の中金金カネ! という人はそれはそれでご立派。

作家になりたいと思う人は、こうした媚びへつらう市場原理主義第一の世界からはちょっと離れて創作が出来る代わりに、生活の安定はなかなか得られないと覚悟されたい。
先の「漫画屋」とまでは行かずとも、原稿料という対価を貰って仕事をする以上は、ある程度は自らの作家性を犠牲にして資本家や市場の論理を受け入れることは必定だ。
「ガロ」でデビューした素晴らしい才能が、商業誌へ引っ張られたとたんに潰されたという話はたくさん見聞したものだけど、ちゃんとうまくその辺の折り合いをつけていった人もたくさん、いる。とにかく人を真似するのではなく、真似をされる側になれ。それは結局、自分を長生きさせることにつながる。

いつもいつも、個性ある素晴らしい作家さんの不遇を聞くたびに、痛切に思う。世間の一般人がその才能に気付かないのは仕方のないことだ。でも心ある版元=出版社、編集者はいねえのか。そんな誰でもいいような作品ばっかりを次から次へ自転車操業のように送り出し続けて、それが出版人としての誇りなのか。
「こんな素晴らしい才能があるぞ」と知らぬ一般人へ突きつける気概、それが出版人、編集者としての誇りなんじゃねえのか。「だって売れないんだもん」ではなくて、こんないい作品なんだから「俺が売ってやる」「うちが出し続ける」とは言えないのか。

赤い雪―勝又進作品集
勝又 進
青林工芸舎

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「ガロ」のかつての名作の数々は、部数から言えば多くて数万部。それも何年もかけてようやく…というパターンばかりだった。それはとりもなおさず、時代に関わらず一定の評価を受け続ける、優れた作品であるということの証明でもあった。勝又さんの作品ももちろん、そういう名作の一つであった。ちなみに近年復刻された勝又さんの「赤い雪」は2006年日本漫画家協会賞大賞を受賞しているが、その作品は70〜80年代に描かれたものである。
こうした名作をちゃんと今の読者に提供できる版元が他ならぬ「ガロ」をブッ潰してクーデターを起こして独立した青林工藝舎だけって…。日本の漫画出版界なんてこんなもんだ実際のところ。世界に漫画やアニメが評価されて…とか言ったって、売れてるものがまた売れるだけに過ぎない。漫画大国ニッポン、本家本元の版元は過去の後世に伝えていくべき名作を埋もれさせ、似たような代わりはいくらでも出てくるようなものばかりを消費させ続けて目先の利益ばかり追求している…と言ったら言い過ぎか。お前んとこはこの作家の作品を「品切れ」にしといて、コイツのを再版か、バカか? って思われる版元があることも事実だ。

何回でも言うが、いい作品・作家は同時代にキチっと評価して欲しい。後世の人に笑われないために。
2007-12-10(Mon)

漫画家になりたい人へ ( 番外3)

勝又進さんの訃報を知って

俺たち夫婦とある方と楽しく会食をした。病人なのにちょっと飲みすぎて、朝方のどが渇いて目が覚めた。連れも同じで、トイレから出て台所へ行くと氷水をゴクンゴクンと飲んでいた。それから連れはちょっとして再び床に就いたが、俺はちょっと目が冴えてしまったのでメールチェックや業務連絡をしようとノートPCを開いたわけだが。そうして勝又さんの訃報を知った。

勝又進さんが亡くなったのは「3日午後1時43分、悪性黒色腫のため」とのことだった。「東京都大田区の病院で死去、63歳。」だったそうである。悪性黒色腫というのは別名皮膚がんのことだと思うが、臓器に出来る癌に比べ危険度が低いような誤解を持つ人も多いらしい。癌というのは細胞が悪性の腫瘍化することだから、皮膚にも出来れば内臓にも出来るし、俺のように血液(を造る細胞や血液を構成している部分)にも発生する。その危険度はどこに出来たから軽いとか重い、という判断が出来るものではないだろう。
それにしても、勝又さんが63歳で亡くなったというのはショックだった。

若い人たちは勝又さん、と聞いてもあまり知らない人の方が多いかと思う。勝又さんは1966年「ガロ」6月号『勝又進作品集?』でデビューしているが、当初は4コマ漫画が主で、独特の柔らかい線で描かれるナンセンスな世界が印象的だった。
だった、といっても俺はもちろん後付けで知っただけで、自分が「ガロ」の編集に関わるようになった頃は、勝又さんは短編〜中編漫画を描かれるようになっていた。80年代はじめの頃のことだ。確か、当時は川越に住んでいらしたのか…記憶が定かではないが、ともかく、埼玉県のまだ「田舎」の風景が残るあたりの、自然とそこに生きる小さな命を愛する佳作をぽつりぽつりと発表していただいた。
誤解を恐れずに言えば、勝又さんは漫画家としては決して恵まれていたとは言えない。そう、「ガロ」系の人に多い、「メジャーな漫画ばっかり読んでる一般の人」にはほとんど知名度はないにも関わらず、知っている人からは強烈に支持され尊敬を受ける、「あのパターン」だと言えば解る人はお解かりか。

以前、永島慎二さんの訃報を聞いた時にも書いたように思うけれども、俺が知るこうした素敵な作家さんたちはどの方も皆、人格的にも素敵な人たちばかりであった。決して偉ぶらず、誰に対しても礼を失わず、自分の作品に謙虚である。作品も魅力的ながら、その人も非常に魅力的な人たちばかりだった。
何より、作品を描く姿勢にブレがない。世間の流行に媚びたり、商業的な成功を第一義において作品を描いているわけではないから、決して一般読者への認知度は高くない。しかしその作品を知り、その作品の凄さをただしく理解できた者からは熱烈な支持と尊敬を受ける。残念ながらその数は多くはないことが多いのだが。
「商業的に売れたこと・一般読者への認知度が高いこと」

「作品・作家として優れていること」
と必ずしも一致しない

ことなど、改めて言う必要もないことだ。
しかしマスのコミック界、「メジャー」と言い換えてもいいが、そいういった世界では「どれだけ売れたか」がその作品の評価になることが多い。数字は絶対的なもので、多い・少ないというはっきりと優劣がわかるものではある。だが作品の良し悪しはそんな絶対的なものではないことぐらい、当り前のことでもある。だから、編集という職人が必要になるんじゃないのか。
でもある有名雑誌の元編集長が「売れない作品は存在しなかったと同じ」とまで言い切っていたことを知っている。当時の俺は「それはあんたらが属している、作品を商品と同意義でしか見られない世界でしか通用しない論理だろ」と俺は思った。若かったから、である。そうしてその後、世間というものは「作品を商品と同意義で見るところ」であることを思い知らされた。

でも、ほんとうにいい作品は、たとえその時代に商業的には評価されずとも、いやはっきり言えば売れなくとも、一般人が誰も知らずとも、それでも必ず後世に残る。勝又進という作家もそうであるように。
十万部、百万部で売れた作品でも、何年か、何十年か後に漫画史で顧みられることなく消え去っていくものがある。一方で、数千部しか売れなかった作品でも、何十年経ってもその作品に触れた読者が必ず心うたれ、衝撃を受けるものがある。俺がいた「ガロ」の世界はもちろん、後者が圧倒的に多い世界であった。

勝又さんの場合、漫画だけで生計を立てるということは難しかったと聞いた。長井さんから当時、「勝又さんは先生のアルバイトをやってる」ということを聞いたことがある。真偽というか詳細は不明だが、その際よく「勝又さんは(東京)教育大で物理やって、大学院まで行った原子物理学の専門家なんだよな」ということで「だから本当ならその辺の塾の先生なんかやってる人じゃないんだよ、でも彼の漫画はたくさん売れるってもんじゃないからなあ」という嘆きをセットで聞かされたものだ。

漫画家を目指そうという若い人たちと触れ合う機会があると、俺は必ず
「他の誰でもない、自分であるという作品を描ける人になれ」
と伝えることにしている。俺ごときが偉そうに言うことじゃないだろうと思われるだろうが、これは俺の言葉ではない。「ガロ」が俺に教えてくれたことだ。俺が「ガロ」で、長井さんから、水木さんや白土さんやつげさんや勝又さんたちから教わったことである。

【この項つづく】
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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