2005-01-29(Sat)

やまだ紫が京都精華大学芸術学部の講師に

■どこよりも速いニュース!(当たり前か…)
やまだ紫が京都精華大学芸術学部の講師に

 本年1月末日、漫画家・やまだ紫氏がマンガ学科のあることで有名な京都精華大学芸術学部講師に就任することが決まった。正式な就任は2006年度(平成18年4月〜)からで、週2回の講義を隔週で行う予定。
 京都精華大学は1968年開学の、人文・芸術系の大学。2000年度から芸術学部にマンガ学科を開設したことで知られている。教授には小学館でコミック誌の編集を多数手がけた熊田正史氏、漫画家の竹宮惠子氏らが、講師陣には村上知彦、ひさうちみちお、山田章博氏ら多彩な顔ぶれがおり、ユニークな教育を行っている。
 やまだ紫氏に講師就任を依頼した同大の熊田教授によると、
 「やまださんには好きにやっていただきたい。学生たちにとっては堅苦しい講義よりも、多彩な才能、個性ある作家に直接触れ合うことで、さまざまなことを学び取ってもらいたい」
 と期待を寄せている。
 やまだ氏は「何年か前に某学校で、コミックや水彩、詩画の表現を一般の方に講義をして欲しいという依頼があったのですが、先方の財政事情で頓挫してしまいました。その頃から若い人たちと触れ合って、新鮮な感性、意見に触れたいと思っていましたから、いいタイミングと思ってお引き受けさせていただきました」と語っている。

 やまだ紫氏は1948年東京生まれ、「COM」「ガロ」の二大カリスマ雑誌でデビュー、代表作に『性悪猫』『しんきらり』などがある。鋭い感性で人間、とりわけ女性の内面を描き出し、その独特の世界は詩やエッセイでも高い評価を受けている。再近著は『愛のかたち』(PHP研究所)、公式サイトはやまねこねっと

【転載自由・白取特急検車場 2005/01/29】
(あえて転載しやすい文体にしてみました(~_~))


【追記・修正 2005/06/25】
やまだ紫が京都精華大学マンガ学部の教授に
京都精華大、全国初の「マンガ学部」来春開設 : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 「芸術学部マンガ学科」から、来年度より発展的に「芸術学部・デザイン学部・マンガ学部」の3学部に新設・再編が行われる模様です。またやまだ紫は講師ではなく専任教授に就任することが内定しました。
 これらは正式決定までは発表を控えておりましたが、大学HPでのリリース京都精華大学 : 学部・大学院、先の読売新聞の報道などがありましたので、追記として補足しておきます。
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2005-01-29(Sat)

教祖誕生(1993)

教祖誕生
(1993年 東宝)
監督 : 天間敏広
原作 : ビートたけし
脚本 : 加藤祐司 / 中田秀子
出演 : 萩原聖人(高山和夫) 玉置浩二(駒村哲治) 岸部一徳(呉) ビートたけし(司馬大介) 下絛正巳(初代教祖)ほか
【未見の方へ=ネタバレあり・注意】

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2005-01-22(Sat)

イッセー尾形演じる昭和天皇ベルリン映画祭に

イッセー尾形演じる昭和天皇ベルリン映画祭に (WEB報知<--YTDさん)

 いやあびっくりしましたね。巨匠・アレクサンドル・ソクーロフ監督のロシア映画「太陽」に、イッセー尾形が昭和天皇役で出演とか。皇后役は桃井かおりだそうで。桃井はどうでもいいですよ〜(byだいたひかる)なんだけど、イッセー尾形は「都市生活者カタログ」時代からのファンなんで。
 若い人には最近だと時々CMに出てる変なオッサン、という印象しかないかも知れないが、この人天才ですよ。天才というか、努力型の天才的演技者、という方が正確か。このところ若手お笑い芸人ブームとやらで、一人芝居系の役者も出てきている。劇団ひとりとか友近とか青木さやかとか陣内智則とか。はっきり言って、イッセー尾形の足許にも及ばないですな、全員。もっともっと精進せんとあかんですよ。
 例えばもう十年以上前の「バーテン」の演技。伝説の「アトムおじさん」。今思い出しても凄いの一語に尽きる。うちなんか今でも普通に
「もっとクーラー、きっかっせっよ」(byバーテン)
とか夫婦で使ってますからね(笑)。もうほとんどの人知らねえ、つうのこんなネタ。
 最近では「歌モノ」と言われる楽器(主にギター)を使ったものもあって、芸域をさらに広げている。中でも昔のアングラフォーク女性歌手を演じる「歌姫」、演技も凄いがその「歌」そのものが傑作。本当に当時あったあった、と言われそうな傑作だ。ここ数年の歌モノでは「大好きマイルーム」も凄い。というか、80%以上は間違いなく傑作(たまに?もあるが)。

 というわけでイッセー尾形が昭和天皇を演じる、ということだけで必見の感じがしないでもない。んがしかし、1945年・終戦直後の日本を舞台に昭和天皇の苦悩を心理的描写も中心に描いた作品…というから、問題はやはり昭和天皇の「描かれ方」だろう。
 我々の世代だと親は戦前に生まれ、祖父は実際に各地へ戦いに行った。で、けっこう「昭和天皇は短気で有名で、御前会議では戦局が悪化するとイライラして怒鳴ったりしてた」とかいう話は普通にあちこちから聞こえてきていた。いやもちろん、御前会議でそれを直接聞いた人からこれまた直接聞いたわけじゃないですよ。でも知り合いのオッサンに右翼がいて、その人でさえ認めていた。「陛下は戦後日本の平和のために、生かされたのだ」つってたし。それが生き証人がどんどん死んでいくと、いつの間にか「軍部とりわけ陸軍の暴走で、陛下は心をいためておられた」…とか美談になってるし。そうして結局世界三代独裁者=「ヒトラー・ムソリーニ・ヒロヒト」は日本だけ「東條」と教えているわけだ。それどころか最近じゃ「朝鮮併合」も「731部隊」も「南京大虐殺」も「従軍慰安婦」も、日本人が「悪いことをした」つっただけで「自虐史観」呼ばわり。いやはや右傾化物凄い昨今。

 戦前の大日本帝国憲法では間違いなく国家の最高権力者であった「天皇」が、「戦争遂行の罪」であるA級戦犯に問われることもなく、生かされた。もちろんそれはマッカーサーら日本占領軍、アメリカが共産主義陣営との対立構造をにらみ、日本を防共の防波堤にするためにとっとと舎弟分として立ち直ってもらわなければならなかったからであり、結果的にそのために天皇を利用しようとした側面がある。
 歴史に「もし」「たら」はない、とよく言うが、もし天皇が「Death by hunging」になっていたら、日本人は一億総火の玉になり占領軍と徹底抗戦しただろうか、今のイラクのように日本全土がゲリラ戦で焦土と化しただろうか。民主化が遅れただろうか。
 あるいはGHQの当初の占領政策が「戦前の右翼国家主義の駆逐・日本の民主化」から「防共」へと大転換していなかったら、もし当初の目的通り戦犯の断罪をキッチリ行っていたら、日本は解放された社会主義者や共産主義者など左翼勢力が跋扈して、結果スターリンが欲した北海道を取られて日本は南北に分断されただろうか。
 まあいろいろ想像は勝手なんだけど、「もし原爆を落とさなかったら日本は本土決戦をやろうとしていたんだから、間違いなく戦場となり焦土と化していた。だから原爆投下は正しい」という論理にちょっと似てる。もちろんこの論理は「ありもしない『最悪の仮定』を引き合いに出して『自分たちの悪行』を肯定する」卑怯な論法であることはもう明らかなんすけどね、アメリカ人以外には。

 日本は戦争中、悪いことをたくさんしました。でもいいことも、しました。アメリカも同じです。戦争というものはそういうことでしょう?

 そんなこんなでもう、日本の戦争への道、戦争で行った所業、そして戦後をフガフガしないでキチンと描いてもいいと思う。それがロシア映画ってところが何かアレですが(笑)、興味深いことは興味深い。イッセー尾形が演じることも併せて、楽しみだ。
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2005-01-20(Thu)

津野裕子さんの近況

鱗粉薬

青林堂

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津野裕子さんの近況について、ファンの方から問い合わせをいただいた。

<以下いただいたメール>

ガロで執筆なさっていた漫画家の津野裕子さんって現在
どうなさっているかご存知でしょうか?
最近、アマゾンのバーゲン本コーナーで単行本『鱗粉薬』
が半額以下で販売されていて、これを漫画好きの知人に
勧めたところ、大絶賛でした。
しかし、どうもガロの事実上の消滅以降はいっこうに活
動を聞きません。
そんな事をおもいながら彼女の単行本3冊(もちろん
『デリシャス』『雨宮雪氷』『鱗粉薬』ですよ。)を読
み返していたら、前2冊のあとがきに白取さんの名前が
あったもので。
じぶん、彼女の大ファンなのですが、このまま埋もれさ
せてしまうにはあまりにもったいないと思っています。
 もし、何か最近の活動なんかをご存知でしたら、白取
さんがすごーく暇な時とかに教えていただければ幸いか
と思っております。


こうした問い合わせは時折、僕のところにある。
それは津野さんが『ガロ』でデビューした、入選当時からずっと僕が担当させていただき、処女作品集『デリシャス』二冊目の『雨宮雪氷』まで編集者として関わってきたから、だと思う。
『鱗粉薬』は僕が『ガロ』を辞めてからの作品集で、これには一切関わっていない。

僕が前の青林堂=長井〜山中時代に担当した作家さんの著作に関しては、ゴタゴタ(ブログ内の記事参照)があって以降、混乱状況にある。
クーデター後の青林堂はキッチリと再版を続けていく体制にないせいもあるのか、または版権をクーデター側がもってったので、僕が担当した形は絶版になり、新規に出版されたりして、今現在どういう形なのか把握が困難だ。

津野さんの『デリシャス』や『雨宮雪氷』は、今読んでも全く古くない。それどころか時代を超越して、今もなお輝きを放っている。もちろん『鱗粉薬』も。こうした作品を紡ぎあげて行ける作家って、どれくらいいるだろう?
だからどんな形であれ、ずっと残すべきだと思う。
たとえ青林工藝舎からであっても、津野作品が結果的に今後も継続して読者にずっと読んでもらえるなら、文句はない。もちろん自分なんぞ一介の編集者だから、作家がどこから本を出そうが、版権をどこに持って行こうが作家の自由で、何も文句を言えた義理はないけれども。

あの『ガロ』のクーデター事件以降、僕が担当した作家さんの本がどんどん形を変えて再版された。そしてそこからは、僕の名前や僕が担当したという痕跡は全く消されている。まるでなかったかのようだ。
いや、繰り返すが別に僕なんぞただの編集者だから、本の体裁が変わるのならば痕跡など残らなくてもいい。だが一時期その作家さんと共に、一緒に本をつくった。この事実は何があろうと消せはしないはず。なのに、人間関係まで混乱させられてしまい、結局僕が知らない間に僕が担当したたいせつな本がどんどん知らない形になって出ている。作家さんからも一言の連絡もない。
そのことが残念だ、と思う。

これだけひどい扱いを受けようが、それでも、僕は作家さんの優れた作品がどこからであろうと世の中に残り、今後も出版され読者の目に触れていくことを支持する。
津野さんの作品も、そうあるべき作品の一つだ。

もっと言えば、版元が、どんな作品を「再版」し、どんな作品を「重版未定」だの「品切れ」だのという生殺し扱いにしているかで、その版元の姿勢とレベルがわかる。

もっとも長井さん時代の青林堂ほど、利益を度外視して、残すべき作家の残すべき作品をたとえ小部数でも再版し続けた版元はあるまい。
今は出版サイクルが短くなり、初版部数は低く抑えられ、さらには重版もかからぬものが多い。それはヒット&アウェイ的な、取次に突っ込んでしまえばとりあえず委託の売り上げが立って、みたいな出版姿勢にも問題がある。けれども出版とて営利事業だ。小部数でも後世に残すべき名作は残す、なんて言ってたら商売成り立たないんだろう。

話が逸れた。

津野さんと久々に連絡を取ってみた。
今彼女は相変わらず富山にいて、何と、最近は絵を描くことが楽しくてしょうがないのだという。

「高校生の時のあの紙と鉛筆があれば何もいらないやってかんじ
が何故かこの年になってやってきてしまいました


とのこと。僕もそれを聞いて嬉しくなってしまった。
まだ作品が足りないけれど、新刊を刊行する予定もありそうだという。僕はますます嬉しくなった。ひょっとすると最初の二冊も、新たに読めることになるかも知れない。もちろん、本の中に津野さんが示してくれた、担当編集者であった僕の名前が「消されて」だろうけれど。

でも、津野作品がまた読める。新たな読者に読み継がれていく。
それが例えどんな版元からであっても、僕はそれを支持する。
そのかわり、ヘボな編集がヘボな作り方をするなよ。もう自分には何のしがらみもない、版元からすりゃ「大切な一読者様」である。文句はあるまい。
容赦せず見張っているし、ヘボけりゃ批判もするつもりだ。それだけは言っておく。
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2005-01-12(Wed)

REBECCAとNokkoのころ

2005年1月記

 REBECCAを最初に聞いたのは十代後半だったかと思う。
 確か、高校卒業直後に上京して、一年ほどの間に慌しく三度目の引越しをした頃だったと思う。引越の原因は上の部屋の騒音で、次に引っ越したところは学生の間に出版社でバイトを始めたので、片道90分の通勤がしんどい、という理由だった。

 1980年代半ば、巣鴨というあまり若者が住みたがらない街の、それも今風に「ラブホ」と呼べるようなものではない、つまり「連れ込み宿」というひなびた建物群を抜けるとすぐに住宅街が密接しているという、変な一角にある「マンション」に住んでいた。

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2005-01-01(Sat)

明けまして。。。

おめでとうございます。
 今年はいい年になるんかねえ。
 今朝えらく早く目が醒めて、ズームインスーパーだっけ、日テレの元日もの見てたら、ダイヤモンド富士が見られるとかで、中継で富士山からの初日の出の映像を流していた。
 もちろんスタジオではアナウンサーや出演者が「わあきれい」と口々に言っていたが、中継で映し出された富士山には不気味な雲がうねうねとかかっており、その他は晴天なのに富士山頂周辺のみがひどく不吉に見えた映像だった。初日の出も当然太陽は不気味な雲の向こうだから全然見えてないのに、カメラのレンズにクロスフィルターをかけて、暗雲ごしの日光をキラキラと輝くように見せているだけだった。「わあきれい」じゃねえ、つうの。俺らなんか家で見てて「うわぁ!」「何じゃこの不吉な富士の映像は!」と口々に叫びましたよ。ええ、新年早々。
 あの富士の不気味さが今年を象徴するものじゃないといいんだけどねえ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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