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2005-05-27(Fri)

香山リカ「『萌え』市場に沸くおとなの無責任」に思う

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2005-05-17(Tue)

雑記20050517「アルコール依存症厚生施設」とか

■吾妻ひでおさんの「失踪日記」を読んだから、ではないが(それもややあり)、都内某所にあるアルコール依存症の厚生施設を持つ病院へ取材に出かけた。

Iという看護士の方に話を伺うことになっていたが、30分ほど早く着いたので、病院内の中庭のようなところでしばらく待つことにする。そこへ至る病棟間の谷間のような通路にタバコの販売機や売店がある一角があり、タバコが切れたので買おうと販売機へ行った。通路やベンチなど、病院の敷地内にはところどころに患者がたむろしていたり、歩いていたりする。タバコの販売機の前には二、三人の患者が立っていて、一人目はタバコを買うとすぐに立ち去り、次の男性患者がなかなかタバコを買わずに立っている。横には若い…といっても30過ぎくらいの女性患者が順番を待っている。男性は販売機の前でたたずむだけで、「どれでも同じなんだよな」と言っている。買うのか買わないのか、待たされているこちらは早くして欲しいのだけど、そのそぶりは見せぬように静かに待つ。病院では患者が最も優先されるべき存在であるからだ。

関係ないが見舞い客で多いのが、自分が見舞いに来た相手にだけは配慮するが、それ以外の患者の迷惑を考えずに大声で話す、小さな子供を病室内に連れてきて騒がせる、廊下ではリハビリ中の患者の妨げになるような歩き方をする、エレベータに患者を押しのけて出入りするなど、病院内で患者のストレッサーになってしまう者がいる。見舞いに来ておきながら、結局周囲の患者の「ストレス」を増やしていることで、本末転倒になっていることに気付いていない。いまだに病室内で携帯の着メロを響かせたり、大声で通話している者がけっこうな数、いる。

その男性患者はいつも自分が買うタバコは決まってるだろう、けれど一向にお金を入れてボタンを押し、購入するという行動に出ないで、ただ販売機の前に立っている。どれだか認識できないのだろうか、と不安に思っていると、横で待っていた女性患者が「どれ?」と聞くと「キャビン、赤いの」と言うので、女性が千円札を受け取ってボタンを押して買ってあげていた。しかしその女性は自分の段になると、コインを入れる手がふるえてなかなか入らず、そのうち時間切れになってボタンを押してもタバコが出てこない。返却口にコインは戻されているのだが、それに気付くまでかなり時間がかかり、再度それを震える手で入れて、ようやく買っていた。ようやく俺の番になり、タバコを買えたのは数分後だった。

病院の中庭に出ると、ここは解放病棟なのか患者たちが十人ずつくらいのチームになって、キックベースボールの試合をしていた。若い茶髪にピアスという男性患者も混じっているし、いかにもという酒焼けしたおじさんも多い。時間があるのでベンチに座ってタバコを吸いながら、しばらくその試合の様子を眺めることにした。天気が良く、気温は木陰だとちょっと肌寒いくらいだが、陽射しは思ったより強い。日が当たっている腕の部分だけが暑いくらいだ。患者たちはワイワイと元気よく楽しそうに試合に興じているが、その周囲の病棟の古い建物の窓には鉄格子がはめてあり、右手の新しい病棟には一面出窓のようになっているが、一度蹴ったボールがかなり強く当たったがボン、と鈍い音がして弾き返したから、強化ガラスなのだろうか。いずれにしてもここに入院している患者の多くは、程度の差はあれアルコール依存症の患者だということを伺わせる。和気藹々と時折女性の患者も参加したり、看護婦さんや女医さんも笑顔で観戦したりしている。

俺が座ったのは右手の一番外側のベンチだが、左手のベンチにはたくさんの患者たちが座って観戦していて、ぐるりと中庭を囲むように配置されたベンチには、それぞれかなり大作りな灰皿がいくつも備えてある。実際見ていると患者たちの喫煙率もかなり高いと見た。病院は普通患者だけではなく一般来訪者の喫煙にも厳しくなってきているのだが、アルコールへの依存を断ち切ろうとしている患者たちに、ニコチンへの依存までを強制的に禁止するのは逆効果ということなのかも知れない。

そうこうしているうちに時間になったので、窓口で取材予約した旨を話して、しばらく待つ。30分近く経って、若い男性看護士が来て、小部屋に通された。その看護士さんが予約したIという人だった。Iさんは挨拶もそこそこに、まずアルコール依存症というものについての基本的な説明をしてくれる。アルコール依存症というものがまず「病気」であることをしっかりと認識してもらいたいこと。この「病気」に完治というものはなく、飲酒つまりアルコールの摂取を断っていても、一度罹患した患者には、常に飲酒欲求が影のように付きまとい、何かのきっかけで再び飲酒を始めると、その影がチラチラと表側に侵食を始め、やがては本人を影が覆い尽くしてしまうようになるということ。

何年も断酒に成功していた人が、「もう大丈夫」と付き合いの酒の席に同席し、最初は「皆遠慮しないで飲んで」と言ってウーロン茶などで済ませているが、この病気を知らぬ人が「もう大丈夫なんだろう? 一杯くらいどうだ」としつこく勧める。断りきれずに一杯だけ口をつける。久々の酒はやっぱりうまい。しかし節度を守ってそれでやめる。この「経験」が、依存症という「影」が再び自分を覆うことへの第一歩であることにはもちろん気付いていない。患者は数日経って、「あの時みんなが周りであれだけ飲んでいたのに、自分は一杯だけで済ませることができた。それから今まで、飲まないでいられた。つまり自分は依存症を克服できているのだ」と過信する。「あの時一杯でやめられたから大丈夫」と、再び一杯口にする。それがしばらくすると一杯ではやめられなくなる。そして飲酒の間隔、日数が狭まってくる。この時にはもう、黒い影は全面にこの人を覆っているのだが、本人は「節度を守っている」と思っている。気付いた時には毎日けっこうな量を飲酒している。一度治療を受け、断酒に成功しているから、かなり肝臓の機能も回復している。だからアルコールは最初のうちはよく分解されるし、調子も悪くならない。なので「飲めて」しまう。だが習慣的飲酒が復活してしまってからは、静かに着実に肝臓が蝕まれていっている。そして、次に病院へ運び込まれた時は、依存症の度合いも、肝臓、あるいはその他の臓器の具合も、前よりも悪くなっている…。

依存症は心の病とも言える。心の病が肉体に重大な影響を与えることの一つの典型とも言えるだろう。喫煙もニコチン摂取への依存だし、もちろん健康にいいわけがない。周囲にも副流煙という被害を撒き散らす。アルコール依存は確実に肝臓をはじめとする臓器へダメージを与えるのは言うまでもないが、Iさんの「家族をはじめ、周囲も巻き込んで進んでいく」という言葉が印象的だった。周囲に依存症を伝染させるという意味ではない。家族にはもちろん精神的な苦痛やストレス、場合によっては暴力などの物理的な苦痛をも与えるだろうし、例えば会社員でも、酒の匂いをさせながら営業に出て取引先を怒らせるなどという事例は、勤務している会社に「信用を失う」実害を与えるという見方もできるということだ。

ただ、この病気は、飲酒をしている状態のアルコール依存症患者と、飲酒をしていない状態、あるいはする前の正常なその人とを分けて見てあげるべきだという。患者はある日から、依存症という「荷物」を背負い込んでしまった。その荷物を背負った状態の人を見て、周囲は非難したり嫌悪したり、忌避したりもする。けれど、患者は依存症という重い荷物を背負って苦しんでいると考え、その荷物を持ってあげることは出来ないにしても、支えてあげたり軽くする手伝いをしてあげて欲しい、と。なるほど、とは思うが、現実に依存症患者を持つ家族や友人にとって、それは簡単なことではないだろう。吾妻さんの「失踪日記」は明るく描いてあるし家族の深刻な状態や心情には敢えて触れていない。だが本人の苦しみだけでは済まないのがこの病気だし、全ての病気は本人の苦しみと同時にその人を愛する者の苦しみでもあるのだ。

Iさんが言うには、この病院への入院や受診は強制ではないので、自分が治療を受けたいと思ったら来院すること、またカウンセリングは無料なので、受けたい時にはいつでも来ていいということだった。だが残念なことに、依存症を克服したと過信して、受診しなくなり重篤な状態になってから搬送される人も多いという。

人は何かに依存しないと生きていけないものかも知れない、だがそれが確実に健康を犯すものであった場合、「自分が納得しているんだからいいだろう」「放っといてくれ」では済まないのが現実問題だ。
帰り道、天気とは裏腹に気持ちが沈んでしまった。考えさせられる取材であった。
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2005-05-12(Thu)

雑記20050512 「ストレッサー医師」とか

■連れ合いが退院後の検診にかかりつけの病院へ行く日。入院中も、昨年の入院時もお世話になった内科のT先生(女医さん)は5月一杯で転院されたので、後任はKという糖尿が専門の医師に代わった。初めて連れはこのK医師に診察を受けたのだが、診察室での対応はあまり良い感じではなかったという。何度か書いたかも知れないが、連れが糖尿を患っているのは、自分の不摂生が原因ではない。いや、多かれ少なかれ(仕事がら食事や睡眠が不規則になるなどの生活習慣といった)多少の不摂生があるのは認めるが、それは誰にでもあることだろう。
そもそも十数年前に突然急性膵炎に襲われ、ひどい痛みに苦しみながら近所の医院へ連れて行くと「胃炎」と誤診され、痛み止めを与えられただけで帰された。当然治まるはずはなく痛みは増し、何度か通うが痛み止めの強さと量が増えるだけで、治療そのものは一向に受けられなかった。なので思いあぐねて(当時は「ドクターショッピング」なんて言葉はなかったし、医師や病院の医療事故の告発も今ほど多くはなかったと思う)他の病院の見解も聞こうということにした。しかしその後通った四、五箇所の病院ではいずれも診断はまちまちで、中には「癌で余命三ヶ月」と言ったところさえあった。治療は受けられぬまま、とうとうあまりの痛みに救急車で搬送したのが今通院している病院だ。その頃にはもう膵炎は慢性状態になっており、脱水症状を起こしもう少し遅ければ命に危険があったと言われた。この時膵液が流れ出して腎臓に影響を与え、肝臓にも悪い影響を与えた。膵臓は石灰化しその輪郭は正常な人間のそれとはほど遠いことが、レントゲン写真で素人目にもはっきりと確認できた。(ちなみに右の腎臓にはその十数年後…つまり四年前に腫瘍が発見され、結局摘出手術を受けることになった、その後の激しい痛みと苦しみは本家サイトの日記にも記述した通り)
連れ合いの糖尿はこの時から、膵臓の機能がほぼ失われたことで患うこととなったわけだ。言わば病院や医師たちによってたかって、この厄介な「生活習慣病」にされたようなものといったら言い過ぎだろうか。
現在、連れは三度の食事の度に血糖値の測定とインスリン自己注射が欠かせず、それでも血糖値の乱高下に悩んでいる。あまり口には出さぬが、何より常に「なぜ自分がこんな目に」という思いが心中にはあると思うと、傍で見ていても気の毒に思う。
その、糖尿の治療が専門のK医師が後任の担当医だと聞いて少し安心したのだったが、診察を受けた印象はあまり良いものではなかったという。K医師は若い…といっても三十代半ばだろうか…、男性の医師だ。この病院の勤務医ではなく、週に一度だけ外来の診療に訪れてくる外部の医師らしい。患者には敬語を使えず、「自分が絶対に正しい、自分の言うことを聞け、聞かれたこと以外は言うな」タイプの医師であるという印象を受けたという。随所にそうした態度が見られ、例えば前のT先生に別な病院の診察を一度受けてみるように言われ紹介状もいただいたのだけど、退院から間もなくまだ行けずにいると話したところ、「行ってないの? そういう患者は僕は診ないよ!」と言い放ったそうだ。そうした不遜な態度でも相手は医師だ、連れ合いは「すみません」と謝り、指示された処方箋を受け取って金を払い、薬局に赴いて処方箋を渡した。
しかし処方箋に書かれた薬…一月分の薬は膨大な量で、金額も相当なものだ…は入院する前の処方薬で、足りないと申し出た血糖値検査器具のセンサーは忘れられていた。幸い以前の薬から変わったことを知っていた馴染みの薬局だったために、すぐに処方の間違いに気付いて病院へ電話してくれたのはいいのだが、K医師はすでに病院から帰宅したということだった。結局翌日改めて病院へ正しい薬とセンサーを受け取りにまた出かけなければいけないことになった。
医師は患者の治療が本業だろう。今現在患者が患っている疾患、症状を改善することが最優先であることは言うまでもないが、相手は人間である。その人には家族があり、歩んできた人生があり、そもそも人格や性格は一人一人バラバラだ。そんな患者一人一人に心のこもったケアを要求する側が間違っている、と現場の医師の多くは感じるのかも知れない。この病院とて、医療費の安い老人たちがリクリエーションがわりにたむろしていたり、悩み相談や世間話や健康診断程度に考えて来ている人が多いことも良く知っている。そしてその数は平日に予約なしで外来に行けば二時間はざら、三時間以上待たされることさえごく普通にあるほど多いことも、十数年の経験でよぉぉく解っている。しかしそれら全てが病院にとって「患者」であることは間違いない。連れは「あの医者とこれからずっと付き合うのかと思うと気が重い」と言っていた。治療を受けに来る患者にストレスを与えて帰す、こういうことは程度の差はあれ、まだまだ一般的に多いことのようだ。
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2005-05-11(Wed)

雑記20050511 「編集なんて詐欺師のようなもの」とか

「ガロ」編集長

筑摩書房

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■ジャナ専の講義、編集科2年生の選択講座。グループ取材の企画出しの続き、まだ皆あまりまとまっていない様子。終わった後S君が、前に俺がオススメした長井勝一「ガロ編集長」(ちくま文庫)を読んだというので、ちょっとだけマクドで感想を聞く。山師を目指して満州へ渡り、結核にかかり、曲折を経て白土三平と邂逅・「ガロ」創刊、そして漫画編集の名伯楽として…という半生記、凄く面白かったということ。そりゃ面白いよ長井さんは(笑)。長谷邦夫先生も前にコメントを下さったように、とにかくああいう雰囲気を持った「出版人」、編集者って最近少ないと思う。編集者、出版業って水商売で多分にギャンブルみたいなところもあるし、産業となって堅実な企業経営を目指す版元、サラリーマン化した編集者が増えた。ま、そんなわけで俺みたいないい加減な人間はますます最近の組織には向かないなあ、という話なんかもする。でも出版つったってそうしたまっとうな企業の側面を持ちつつ、ギャンブル的な編集もやりつつ、みたいなバランス感覚ってどこも持ってるはず、とも思う。そこに醍醐味もあるはずだし…。編集なんて気持ちよく読者様を「だまして」お金を払ってもらう詐欺師のようなもの、という感覚を持っている。作家さんや読者に対して偉そうな顔をしないように自分を戒める。

■帰りがけ、デパ地下で夕飯用に刺身と浅利を買って、用事を済ませて帰宅。連れ合いが日中買い物へ行ったそうで、「浅利を買ってきた」と言うと「浅利?」とびっくりするので聞くと、彼女もスーパーで浅利を買ってきて、味噌汁にしようとしているところだった。浅利光線が送られてきていたらしい。
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2005-05-09(Mon)

雑記20050509 「特殊漫画大統領」とか

■ゴールデンウィークとやらももう明けたようで。自分はその間仕事仕事仕事、その合間に日本映画専門チャンネルで成瀬巳喜男監督作品三昧。50枚スピンドルのDVD−Rがどんどん無くなっていく。高峰秀子は本当に素晴らしい、今さらながら。

■JR西、ボロボロと不祥事というか不手際というか不細工な体質が連日報道されてますが、こないだTV(ブロードキャスター)で記者が非難するような口調で「被害者宅に紅白の水引でお見舞金を持っていった、非常識だ」みたいなコメントを言っていて、自分も思わず「そうだそうだ」と思ってしまったが、その後番組の最後で訂正があったそうだ。ああいう場合はむしろ不祝儀では失礼に当たるということで、考えてみればそりゃそうか。そんな常識を忘れるくらい、JR西は今何が出てきても「そりゃひでえ!」と思わせてくれる。

■いつもお世話になっているYellowTearDropsさんのヘッドラインで、根本敬さんが山田五郎のSTUDIO'58に出演したという記事を見た。[山田五郎のSTUDIO'58]-根本敬さん
根本さんは「ガロ」時代に本誌連載「タケオの世界」開始の頃から担当させていただいた、「特殊漫画大統領」。知る人ぞ知ると言うと自分的には違和感があるくらい、よく知っている漫画家さん。単行本も青林堂では「怪人無礼講ララバイ」「豚小屋発犬小屋往き」「定本ディープ・コリア」、限定版「お岩」などを担当させていただいたし、本誌での特集も何度も担当した。一緒に色々なところへ取材も行ったなあ。写真を拝見すると、やはり少しお疲れのご様子? 根本作品は「ガロ」時代の読者アンケートではいつも人気・不人気がはっきりと別れていて、「根本作品が載っているから買わない」「根本作品が載っているから買う」という、真っ二つに好き嫌いが別れていた。実はそういう作品こそが最も「面白い」。数百万単位の人が面白い! と同じく感動するものもいいだろうが、激しく憎悪される対極の感情・評価が同時に存在するって、素晴らしく面白いことだと思う。
絵の「好き嫌い」で言うと、担当時代からどちらかというと好きな絵柄ではなかった、正直に言うと。けれど毎月根本さんと連載について、あるいは根本さんの出会った特殊な人たちの逸話、根本「哲学」に触れることは楽しくて仕方がなかった。生み出される作品も、今の若い人は知らないだろうが昔の汲み取り便器の糞壷に首を突っ込んだようなもの、生ゴミをぶちまけて一つ一つの腐ったゴミを鼻先につまんで確認させられるようなもの、もっと言えば普段スカして隠したり気取ったりしている自分の醜い姿の隠し撮りを見せられるようなもの…などなど、単なる露悪趣味などではなく、ある種痛快に読ませてくれたのだった。もちろん単なる露悪趣味、汚らしいものや醜いものを面白がって見せるだけのものもあったのだけど、世の中こういうところもあるんだよ、こういうものもあるんだよ、目を逸らすな、見えないフリをするな、といわれているようだった。
ちなみに世間一般では不細工、醜いと片付けられるおっさんやオバハンたちの造作や油断顔などを「イイ顔」と定義し愛し(笑)、光をあてたのは根本さんだ。この「イイ顔」を理解できないと根本作品も理解できないと思う。この概念で言うとヨン様だのタッキーだのは最もつまらない顔の代表格となる(笑)。
根本作品を積極的に出版してゆけるのは、もう青林工藝舎くらいだろう。根本作品がかつての青林堂時代の部数で一定に売れ続けて評価され続けて行ってくれれば、世の中も捨てたもんじゃないだろうなあ。

■母の日だというので連れ合いの娘夫婦が孫娘(俺は義理のジジィということになるのだよ!!)を連れて、花とプレゼントを持ってきてくれた。車で近くへ出て、中華料理を回転テーブルで食べる。連れは先月末に退院してから食欲も旺盛で、ここ数日はずっと前に通販で買った室内ウォーキングマシーンを引っ張り出してキィキィ漕いだりしている。考えてみりゃ自分も血圧だの血糖値だのコレステロール値だのが気になる年齢ではある。月並みながら人間とにかく健康が一番です。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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