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2006-04-24(Mon)

風邪治り胆石の疑問は残る

4月24日(月)
前の晩は12時ころ寝たのだが、いつものように右脇で丸くなって一緒に寝ていたシマが、夜中に舌をベロンベロンと出して首をしきりに振るので目が覚める。舌が痛いのだろうか、それとも何か口内炎のような出来物でも出来たのだろうか。しきりにやるので背中をなでてやっているとそのうち大人しくなったので、そのまま俺も寝てしまった。
朝は8時前に携帯の目覚ましで起きる。シマの様子は特に変わりなくご飯も食べていたので安心。眠り足りなかったせいか、朦朧としたまま起きて支度をする。日課であるバイタル測定の後、着替えて8時20分ころ外に出た。今日は20度を越えるという。天気は曇りで、気温はまだそれほど高くはなく、薄いシャツの上にジージャンを羽織ってちょうどいい感じ。
浮間舟渡駅方面へ歩いていくと、初乗りが安い三洋タクシーが来たので拾う。17号が渋滞してたら坂上からときわ台方面へ逸れて向かってくれと頼んだが、何故か17号がスイスイと流れたのでビックリ。環七を越えたあたりで運ちゃんも「今日は空いてたねえ、17号は読めないなあ」とボヤいていた。豊島病院前仲町経由で病院へ着くと9時10分前、早かったし料金も2500円かからず。小型で初乗りが安い車だったとはいえ、助かった。
すぐに内科受付で連絡表を貰い、採血。受付番号は15番。ソファに腰掛けると間もなく呼ばれて2本採血。終わってレントゲン受付へ行き、また前と同じ裏側の12番の前で10分ほど待ち、胸部撮影。前と横から。終わって受付に戻ってフィルムの現像を待ち、受け取って内科へフィルムと連絡表を渡す。そうして売店で週刊誌と珈琲ミルクを買っていつもの1階ソファに座ると、9時半ころ…という感じだった。
今日はなぜか病院内はいつもの月曜日に比べると、若干外来の患者も少なめ。新患受付カウンタの混雑も、いつもの月曜ほどではない。何でだろうと考えつつ、結局考えても理由も不明なのでそのまま週刊誌を読んで時間が経つのを待つ。アッという間に10時20分になったので、内科の診察室前へ移動。ここもいつもなら立ってる人もいるくらいなのに、1番診察室前は丸々全部椅子が空いていたし、3・4番の前もガラガラで、すぐに座れた。前に呼ばれた若い女の子が10分足らずですぐに出て行き、予約時間の10時半ちょうどに呼ばれる。
診察室へ入るとU先生、「やっぱり風邪だったみたいですねー、今回(の採血データ)は元に戻ってましたよ」とのこと。なるほど血液のデータでは前回異常値を示していた炎症反応=CRPが5.89から0.29とほぼ正常値近くに戻り、LDHも255と高めとはいえ、前回の481から前々回までのレベルに戻っている。白血球数なども同様だ。あと前回何度もやり直しされたMARK、骨髄の方だが、異常細胞=癌に犯された細胞が7割ほど。また増えたのかと思ったら、取る箇所にもよるし、誤差ももちろんあるので、骨髄、抹消血、触診、問診など全体的総合的な所見としては「変化なし」ということだそうで、ホッとした。
前回、風邪もあったのだろうが胸部の激痛と嘔吐などで、「ひょっとしたら胆石の発作の可能性はないですか」と聞くと、「ああ、その可能性はありますね、確かに」と言われる。ただ、血液のデータを見せてもらって解説していただいたところによれば、もしあれが胆嚢炎や胆石だった場合は、T-Bill(総ビリルビン)やALP、肝臓の数値なども連動して高くなるはずだという。しかし炎症反応とLDHが一時的に高値を記録したものの、その他の数値はほとんど反応していないので、これはやはり感染症つまり風邪などの可能性が高いと。血液内科の専門家が言うのだから、素人の出る幕ではあるまい。
…まあいただいた風邪薬と抗生物質で微熱・頭痛・目眩などは治ったわけだから、普通の人なら大丈夫な風邪でこんなに苦しんだのかも知れない。胸部の痛みは、今回のレントゲンでも肺炎の兆候もなく、水も溜まっておらず、腫瘍の大きさも変化なしということで、「異常なし」のお墨付き。胆嚢には確かに去年石が見つかっているので、胆石の反応も考えられなくもないが、自分の場合は脾臓が巨大化して、胃だけではなくその他の臓器全てを圧迫している。胆嚢も当然圧迫されているので、暴飲暴食…とは普通の人にとっては言えないまでも、食べすぎや油こいものを摂ったりすると、普通の人よりは負荷がかかりやすいのは事実だろう。胆石の痛みは人によって強さも出方もまちまちで、一概にこうだとは言えないし、自分の場合明らかに石があることは解っているので、いずれにしても「普通に」気をつけるようにしないといけないのだ。U先生も「神経質になることはないですけど、まあ消化のいいものとか、普段通りに普通に気をつけていればいいですよ」とのこと。
俺の場合、例えば食事をたくさん食べた後は脾臓の腫れのせいで苦しいからとすぐ仰向けになったりすると、逆流性食道炎を起こしやすい。これも胸部に激痛を伴うものだから、そういう可能性だってあるわけで、まあ普通の体じゃないんだから気をつけましょうということだろう。ともかく、病気の進行は大きくはないということ、風邪とおぼしき症状からはほぼ回復完治したこと、あとは胆石の発作の可能性はあるものの、普通に消化には気をつけて食べすぎに注意、みたいな感じであった。
次回、予定通りだと5月15日(月)なのだが、その日は連れ合いの京都精華大学でいただいた部屋に設置するパソコンの設定やらプリンタ接続その他もろもろのため、京都へくっついて行かねばならない予定。あまり時期が遅くなると俺が行けなくなってしまうかも知れないし、パソコン環境は早く整えておかないと学校の業務上もよろしくない。他人に頼んでもいいが、プライベートなデータの設定もあることだし、出来れば身内で済ませたいのだ。俺はこういう病気なので、半年や一年先どうなっているかが読めないから、まあ早めに予定は組んでそれをモチベーションにするということもよろしかろう。
なので、では次回診察日はその前にするか後にするかということになると、U先生は「じゃあ22日(後の方)にしましょう」ということになった。ということは今回から一ヶ月空くが、大丈夫なんだろうか…と一瞬思った、だが先生が俺のデータを見て進行具合なども見ながら決めたんだから、きっとそれでいいのだろう。前向きにそう考えることにする。
20分ほどで礼を言って診察室を出る。会計を済ませ、病院の外に出ると11時ちょい前。うす曇の中少し陽射しが出て、シャツ一枚でもちょうどいいくらい。

大山ハッピーロードまで歩き、商店街を大山駅方面へ歩くと、人だかりが出来ている。何かな、と思ったら(レイザーラモン)HGがあのいでたちにレースのエプロンをつけ、神妙な顔で中年女性の料理の先生みたいな人に料理を教わっていた、路上で。収録前の段取りを打ち合わせ中かリハ中という風情で、HGはハイハイと小さな声でテンション低く、先生の指示に従っていたのが面白かった。周りを取り囲んだ野次馬はケータイを構えたりするが、ADたちに「すいません、カメラやめてください」と止められていた。俺の前を通っていた自転車の母子は、後ろの荷台に座っていた3歳児くらいの子に母親がケータイのカメラを渡して撮らせていた。子供が荷台からケータイを構えてカシャリとやると、子供にはさすがに注意できず、ADらも黙認。やるなあ、この母親と思った。
帰宅後は夕方まで仕事。ニュースによれば高田馬場でレールが隆起し、山手線や埼京線が止まっているという。たった5cmほどの隆起であわや大惨事とかで、緊急停止の上乗客は線路を歩かされて駅まで戻るという状況、病院はこれのせいで空いてたのか…って関係ないか。夕飯は7時ころスパゲティを茹でてもらい、キュウリのサラダとミートソース。突然外では大雨が降り、雷が鳴る。まるで夏の夕立みたいだ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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