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2006-07-31(Mon)

MARK(骨髄穿刺)に行ってきた

7月31日(月)
今日はMARK(=骨髄穿刺検査)の日なので、夕べは携帯の目覚ましをかけて休む。今朝は7時過ぎから猫のユキが出入りするので起こされ、目覚ましが鳴る前に起きた。11時までに行けばいいので目覚ましは不要かと思ったが、このところ眠りが浅く、タイミングを逃すと昼近くまで寝てしまうことがあるので用心のため。連れ合いがスープを飲んでいけと暖めてくれたので、野菜スープとアイスコーヒーだけ飲んでから9時45分ころに出た。17号はタクシーがなかなか来ず、10分以上待ってようやく来たのに乗り込む。運ちゃんがこちらが言わずとも裏道を通ってくれたので大きな渋滞にははまらず、2500円足らずで10時35分に到着した。
すぐ内科受付へ行くが、新患受付も内科受付前も物凄い人だ。座れずに立っている人もあちらこちらに見受けられるほど。内科でバタバタと忙しくしている看護婦に「今日骨髄の検査があるんですが」というと「何先生?」と聞くので「U先生ですが診察はなくて検査だけです」というと「じゃあ受付の検査のところへ診察券入れて待っててください」というのでそうする。事務の人がすぐに俺が入れた診察券を取り出して手続きをしているので「処置室前で待ってればいいですか」と聞くと「そうですね」というので処置室横のベンチに座る。
とにかくそこかしこ患者だらけで、目の前には顔見知りとおぼしき60代後半くらいのオバハンたちがぺちゃくちゃとのべつ幕無しにしゃべり合っており、処置室から出てきたジジイがこれまた顔見知りか、「よお」とか挨拶して隣に座って会話に加わる。3人連なって話している隣に中年の女性が一人来て座ったが、その横へ太ったババアが先の3人連れと知り合いのようで「あら!しばらく」とか言いながら座り、間に他人を一人挟んで会話を始めている。挟まれた女性は困惑していたが、席を替わるでもなく我慢している様子。こういう元気な人たちが何で病院へ? というのが疑問。
そんなのを聞きつつ、元々1時間くらいは待つだろうともう諦めていたので、目を閉じてとにかく待つ。案の定、1時間ほどすると呼ばれたので処置室の中に入り、ベッドに寝ててと看護婦さんに言われたので、そのまま仰向けに寝て目を閉じている。一度白衣を着た医師らしい男性が覗いて「すみませんね、一人じゃ出来ない検査なんですが、もう一人が今手が空かないもので」と言うので「あ、いいですよ」と言ってそのまま待つ。30分くらいしてようやくさっきの医師と、もう一人の医師が来て、「じゃあ始めますね」と言い、「今回は生検といって骨髄を取るのともう一つ、細胞検査のための検査がありますから、二回針が入ります」とのこと。「生検は初めてですか?」と聞かれたので「1年ぶりくらいです」と答える。うつぶせになれと言われたが脾臓が腫れており、うつぶせはキツいので、横臥位でいいかというといいというので、左側を下にして横になる。左は脾臓側だが、うつぶせよりなぜかこの方が楽なのが自分でも不思議。
ズボンを下ろしてパンツも下げられ、半ケツ状態で腸骨の辺りを入念に消毒され、麻酔を打たれる。この麻酔が最初効くまでがチと痛い。効きを確認してから、いよいよ骨髄穿刺の太い針がブツリと貫通してグリグリと入っていくのがわかる。「じゃあ最初に細胞の方、取ります」と同時に何ともいえない激痛が腰全体に走る。「イテテテテ」と思わず声が出るが、「はい、痛いですね、我慢してください…もうちょっとです」と続き、「はい、よく取れました」と言って終了。その後今度は通常の骨髄吸引の針が入る。こちらは生検の後、3,4回受けている通常のMARKなので、吸引される「イヤ〜な感じ」はあるが、最初の方の激痛に比べればなんてことはない。とはいえ経験してない人には大変な苦痛だろうと思うが、慣れているのと、最初が痛かったのでかなり軽減されていると思う。そうして後は一旦止血のために塞いでもらい、自分の体重で止血をするために仰向けになり、しばらく寝ていてくださいと言われる。そうして採取した細胞を試験管やプレパラートなどにテキパキと二人は仕分けをし、去って行った。
やれやれ終わったと思い、仰向けになったまま天井を見ていると、隣のベッドの会話が聞こえてくる。どうやら透析か何かを受けている老婦人のようで、そこへ娘(といっても中年)が訪ねてきているという風情。「…終わったの?」「もうちょい」「ご飯どこで食べる?」「うーんここの食堂でいいよ」「あっそ」みたいな会話をしていて、10分くらいして看護婦さんが来て、帰っていった。入れ違いにすぐ、今度はバタバタと別な人が運ばれてきた様子。今日はとにかく混雑しており、処置室もベッドの空きがない、空きがないと医師や看護婦さんたちが右往左往して慌しい。隣には初老のおじさんらしい人が寝かされたようだが、間もなく担当の先生が来たらしく「どうした?」と乱暴に声をかけられている。「腹痛くて…」「いつから?」「二、三日前…」というやり取りが聞こえるが、先生らしき人はかなりぞんざいで、怒ったような詰問口調。おっさん可哀想になと思って聞き耳をたてていると、「酒飲んだろ!?」と医師。「……うん」と小さな声でおっさん。腹を触診しているようで、「肝臓が固いなあ。全くダメって言ってんのにさあ」と医師はかなりご立腹。どうやらアルコールのせいで肝硬変になっちゃったおじさん、医師から酒は厳禁されているのにやっちゃった、というのが真相のようで、それで先生は怒っているらしい。
そんなのを聞いてニヤニヤしていると30分くらい経ち、検査を担当してくれた男性が戻ってきて、「そろそろですね、じゃあまたズボン下ろしてください」と言われて半ケツ。「じゃあはがしますね」と止めてあったガーゼをはがし、「大きい絆創膏みたいなのを貼っておきますが、今日はお風呂に入らず、はがさないようにしてください」と言い、「特に血が止まりにくいとか言われたことあります?」というので「血小板が10万ということですけど…」と言うと「ああ、どうしてもこういう病気ですと正常な血球が足りなくなったりするんですが、10万あれば十分ですよ」と言われる。「じゃあ終わりです、お疲れ様でした」と言われたので、お礼を言って処置室を出る。この段階で12時40分くらいだったが、病院の中はまだまだ人で溢れている。先生がたも大変だろうなあと思いつつ会計へ行き、検査料12000円ちょいを支払って病院を出る。

今日の細胞の結果は来月14日の診察日には判明しているはず。癌の進行がどれくらいか、そこで判るはずだ。
現在70%くらい癌に侵されているはずだが、抹消血への影響がさほど重篤でない状態なのが、自分も不思議に思うところ。進行がないといいのだが…。来年の夏もまたこうして外を自由に歩けているだろうか。今日は気温は30度近いそうだが、湿度がなくて風が吹くと心地よい感じで過ごしやすい。暑いことは暑いが、梅雨があけた気持ちのいい暑さだ。猛暑になるのはもう少し後だろう。こうして季節を自分の肌で感じられるということが、素直に嬉しい。薄着の若い女性が嬌声をあげながら男の腕に自分の腕を絡めて歩いている。玉のように汗をかいた子供たちが数人バラバラと追い越して行く。日よけの傘をかざしながら、お年寄りが二人笑顔で会話している。何気ない光景だが、自分もこういう普通の、当り前の風景の一部かと思うと何となく気持ちもなごむ。

タクシー乗り場からタクシーで買い物がてらお昼を食べようかと思い、志村坂上へいったん向かってもらう。しかし17号が物凄い渋滞。何せ今日は月末晦日の月曜日だ。何とか渋滞を越えたが、マルクの後であんまり歩くのも良くないかと思い、途中で舟渡まで向かってもらうよう変更。交差点で降りて、近くの蕎麦屋が開いてたので入り、冷やしたぬきそばを頼んで食べてから帰宅2時すぎ。
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2006-07-30(Sun)

クソガキとバカ親

白取特急検車場【闘病バージョン】:メディアについて思うこと 3(ていうか補足?)
へのコメント、
>明日から沖縄ですわ (幸弘)
へのレスです。長くなるので新記事を。

この「夏休み」とかいう時期になると、ますます出無精になる。元々こんな病気なので外出も控え気味な上、この時期どこへ出かけてもクソガキとバカ親だらけで、必ず絶対てきめん不愉快な思いをさせられることが判っているからだ。
いやほんと、電車の中で座席の背もたれ側を向いて窓から外を眺める子がいるけど、最近は親が靴を脱がせるのを見たためしがない。大概は横でアホみたいな顔をして口開けて携帯か何か見てるだけ。大声出そうが走り回ろうが他人ごとのようにヘラヘラしてるか無関心か、せいぜいが一応「静かにね〜」なんて感情込めずに言い放つだけ。
最近の親は家庭の「しつけ」が出来ず、学校にそれを求めます。学校側は社会へ出る前の集団生活での秩序とか学問とか、まあ教育を行うところなので、最低限の「しつけ」は家庭でされていることが前提だったはず。つまりどちらからも子供は「しつけ」を受けずに育つことになります。こういった両者のすれ違いはもうずいぶん前からありますね。
文部省というところは今、この瞬間にでも解体され消えて無くなった方がいいと思います。彼らが何をやってきたかというと、組合の解体と教師の現場への管理教育の徹底です。本来子供たちに向けられるべき予算や労力を体制側の言う通りに動くコマとしての教師の枠にはめることに使い、子供たちへはなおざりにしてきました。そういった学校側からの管理・監視の目と締め付け、そして家庭からはバカ親の非常識な対応と振る舞いというハザマに立たされているのが現場の先生がたです。これは皮肉でも何でもなく、本当に心から、今の教師には同情します。あ、真面目に子供と向き合っている先生たちに、です。(援交だの盗撮だのセクハラだのしている一部のフトドキな教師は除く;必ず「教師だって褒められたもんじゃない、例えば…と当り前のことを鬼の首を取ったように言う人が出るもので)

体罰は厳禁、しかしそれは過剰な子供の保護、結果ハレモノ扱いへ変わり、バカ親を勘違いさせてガキどもを付け上がらせた(それだけが原因とは言わないが)。俺らなんか遅刻したり騒いだら容赦なく叩かれたもんです。それがいいとか悪いというか、家庭のしつけの中で悪いことしたら叩かれてたから、教室で悪いことをすれば叩かれるのは当り前と了解していた。了解した上でバレないように悪さをするところで知恵が生まれるんですが、そこはガキなので簡単にバレて叩かれた(笑)。大人はあなどれないな、とそこで学習した。

よく「叩くときに愛があればしつけ、なければ体罰は暴力になる」とか言う人がいますが、
違うね。
よくそういうおためごかしが言えるなあ、と普通の感覚を持った人なら苦笑するんじゃないすか。だって叱る、怒るって感情でしょ。理屈先行ではなく反射みたいなもんですよ。そこに憎しみとか必要以上の悪意とか入ってたら問題だけど、そんな悪魔のような人は犯罪を犯すと思うし、子供が悪さをした、その瞬間に親が子供の手なり頭なりをポカリとやる、それって反射でしょ反射。なぜそういう反射が出るのかっていうと、自分がそうしつけられてきたからであり、経験だからですよ。
その後で、なぜ叱られたか、なぜ反射的に叩かれたか、をちゃんと理屈で話して理解させてあげられるかどうか(別に直後じゃなくてもいい)で、子供の側が「理由もなくぶたれた=虐待された」と思うか、「悪いことをしたから叩かれた=しつけられた」と思うかという「経験」になるのか、が別れるんでしょ。セクハラなどと同じように、「受け手の側がどう思ったか」が重要なところなんです。少なくとも、自分はそうだった。他の人が「それは違うよ」と言おうが何だろうが、これは絶対に譲れない。
スパルタで子供をビシバシやっても、子供が後に「良かった」と言ってくれればそれは良かったんです。それが伝わらず、憎しみと恨みだけが形成されたのなら、それはやった側は力不足だし謝罪すべき行為でしかない。まあ世の中にはやる側が下手糞であっても、受ける側がちゃんとそれを汲み取って育つ=反面教師という例もあるので、こういうことはこれはこうだ、それはそうだ、と一概に言えませんが。

恥をしのんで書きますが(笑)、俺、犬のおやつを盗み食いしたことがあります。
ていうとアレだけど、小学校2,3年当時住んでた平屋の借家の隣の家で、犬を飼っていた。名前はロッキーといって、雑種の柴っぽいやつだった。学校から帰ってくると、ロッキーのご飯が入っている鍋の中に、板チョコが入ってるのを見つけた。板チョコがまるまる一枚入ってたんすよ。犬ってチョコ食うのかね? …ともかく当時は虫歯になるとかいろいろ言われてあんまりチョコレートなんか食わせてくれなかったんで、そのチョコのところへ行って、そばでじっと見てみたら、今置いたばかりという風情だったんすね。んでひとかけらポキッと折って思わず口に入れたら甘くてうまかったこと(笑)。
んでそのまま口の中でチョコを味わってゴックンしてから、家に帰ったわけです。子供ってのはバカだから、黙ってりゃいいのに母親にわざわざ報告するんですわ。「ママ、ロッキーのところにね、チョコがあったよ」
「ふうん」と鏡台に向かってパフをはたいていた母親がいったん相槌を打ったあと、「お前、まさか!」つって俺の方を向き直り、口をガッと開けさせた。すると案の定チョコレートの匂いがする。お袋は怒ったの何の、次の瞬間思い切り俺の頬をはたき、それから「ばか! 犬のチョコ盗み食いするほど不自由させた覚えはないよ!」と言ってワッと泣き出した。
自分は叩かれた痛みよりも、母親を泣かせたこと、悲しませたことが心にグサリときて、もちろんわあわあ泣いて謝ったわけだけど、子供ながらになんて自分はひどいことをしたのかと猛省したもんです(笑)。

文部省があれやこれやと右往左往して制度をいじり倒し、導入した「ゆとり教育」はもう完全に間違いであったと誰もが了解しています。その「ゆとり教育」世代が今年、大学へ入ってきました。…これ以上は述べませんが、役人というのはいつもそうで、どんな失敗をやらかしても、税金のムダ使いをしても、絶対に責任を取りません。ゆとり教育を提唱した御用学者、導入させた官僚や政治家、みんなほっかむりです。
亀田一家の父親のように過剰なまでのスパルタはボクシングというスポーツをやる上での話でしょうし、暴力による支配を肯定するものでは全くありません。問題はしつけをされていないガキがガキを育てるな、ということに尽きます。自由にという名目で放任され野放図に育てられ、まともなしつけも受けず常識も知らず礼儀も学ばずに大人になってしまった「図体の大きいガキ」が、欲望に任せて交尾をして子を授かる。そこでどういうしつけをその子にするのか。できるのか。
最近ではそういうバカ親は、だいたいが子育てに「イラついた」り「ムカついた」りして虐待をしたり育児放棄をするか、その逆に過剰に甘やかすかのどちらかです。
「戸塚ヨットスクール」がいいとは言いません。でも、ガキやバカ親に過剰におもねり、もみ手をし愛想笑いをしてご機嫌伺いをするような教育がそれよりいいとも思えません。そういう両極端な例ばかりあげつらうな、普通にキチンと育ててる親たちもたくさんいる、という声があちらこちらから聞こえてきますが、そんなことは知ってます。ただお気の毒なのは、そういう
「まっとうな親とちゃんとしつけられた子供たちが生きにくい社会」
になって行ってるんじゃないの、ということです。

我々が「新人類」と呼ばれて20年以上が経ちますが、新人類とは世代論ではなく、「どんな時代にも必ずいる困った人たち」のことで、その「割合が世代によって増え続けている現状」を認識していないと、大変なことになります。
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2006-07-30(Sun)

極楽・山本事件3 欽ちゃんの「波乱万丈」

先ほど日本テレビ系「いつみても波乱万丈」、渦中の(ってもう立ち消えたけど)欽ちゃんが出演。
コント55号時代から人気絶頂で妻子がいることが発覚〜やめる〜やめる撤回、欽ドン欽どこで人気最絶頂〜やめる〜劇団立ち上げ、映画制作〜泣かず飛ばず〜そしてGOLDEN GOLDS結成〜やめる〜やめる撤回(笑)…というある意味波乱万丈な半生を語り倒されておりました。
いや、欽ちゃん、いい人なのはわかる。ていうか「いい人」にキャラ転換をしたのはわかる。前にも書いたけど、欽ちゃん絶頂期のコントはそりゃあワイルドだったし、言うことも露悪的なところがあったり小憎らしい理屈屋ぽいところもあり、ガキの自分から見ても好きなキャラクタではなかったというのが正直なところ。だって俺の欽ちゃんの印象というと「二郎さん可哀想」(笑)だもんなあ。
でもこの番組、ちょっと「?」という部分も多々あった。こういう番組、なんでこのタイミングかというと、当然「球団「やめることにしました」〜「おれやる、やらしてな!」騒動」で叩かれたためのイメージ回復戦略なわけなんだけど、例えば欽ちゃんが「目を潤ませて」唯一の弟子、と語った斉藤清六の話。
欽ちゃん人気絶頂の頃に自分を訪ねてきて「弟子にしてくれ」と。欽ちゃん三日一緒にいたら「こいつ頭おかしい」と思い、「コメディアンになるなら浅草行きな」つんで浅草へ行かせた。清六ちゃんと浅草で十年修行して戻ってきた。欽ちゃん一緒にメシ食ってたら清六、箸がうまく持てないんで食べ物をあっちゃこっちゃに転がす、「お前とメシ食うのイヤだ」と叩き出す。ていうかそう言われた清六が姿を消したという。そしたら欽ちゃんが映画作った時に、映画館の前でサンドイッチマンが自分の映画を宣伝していたと人に聞く。「欽ちゃん、頼んだのか」つうんで「頼んでない」、そのサンドイッチマンが何と清六。欽ちゃんが感激して「こいつだけは何としても有名にしてやろうと思った」つんで、TVや舞台に出演させた。曰く「有名になるまで8年かかった」…。いや時間軸メチャクチャである。清六がブレークしたのは確か「欽ちゃんのどこまでやるの」(通称「欽どこ」)だったはず。欽ちゃんが映画撮る前だったはずでは? …まあいっか。
「欽ちゃんのドンとやってみよう!」(72年〜)通称「欽ドン」は「イモ欽トリオ」(普通の子=長江健次、悪い子=西山浩司、良い子=山口良一)を輩出、「欽ちゃんのどこまでやるの!?」(76年〜)通称「欽どこ」は真屋順子がお母さんをやり「わらべ」(のぞみ=高部知子、かなえ=倉沢淳美、たまえ=高橋真美)、見栄晴などを輩出した当時の超人気番組だった。小堺一機、関根勤もまだ駆け出し扱い(何せ黒子役…というかややかこしいが小堺は灰色だったのでグレ子、関根が黒子)。欽ちゃんがやや毒気を抜かれて、いや抜いて?、お茶の間形式でコントやトークを繰り広げる番組で、かなり視聴率が高かったはず。自分も見てたし。
ある日突然欽ちゃんがほとんどのレギュラー番組からの降板を宣言してテレビからほぼ消え、劇団を立ち上げた(はしのえみ、Take2はココ出身)あたり、つまり85年〜91年ころというと、自分はもう青林堂(ガロ)で働いており、残業残業の頃。芸能界にもほとんど興味がなかったので欽ちゃんは「消えた」という認識だったと思う。たぶん今の20代後半から下の人にとっての欽ちゃんは「仮装大賞」の司会のおじさん、ではないだろうか。なので98年に長野オリンピックの司会に抜擢された時は、見ているこちらも「何で?」という強い違和感があったのを覚えている。
でもこの時期にイメージ回復のためにわざわざ番組を作ってもらえること、人気絶頂時に引っ込んだにも関わらず、いわゆる「干された」状態にならなかったことなど、彼は今さらながら業界人に、そしてそれを通じて国民に愛されたキャラクタなのだなあと実感。今回の球団「やめることにしました」〜「おれやる、やらしてな!」騒動にしても、俺みたいに「子供かあんた」と感じる人間の方が少なかったようで、そのうえ「こんなにいい人なのよ欽ちゃんて」というメディア側の擁護が凄いと、おかしいよと表明する方が悪役のようである。要するに今の「俺ナンも考えずに言ったり走っちゃったりするもんだから…ごめんなあ」という「キャラ」を許容できるかどうかなんだろうなあ。昔の欽ちゃんを知ってると「ええ〜、そういうキャラでしたっけ?」という目で見てしまうのはいた仕方ないところ。だって欽ちゃんといえば、徹底的に台本を練り上げ、舞台やテレビでのコントもその通りに行うという、言ってみればドリフターズなどと同様、古い芸人の部類に入るタイプだったはず。(そのためにTVが作った漫才ブーム=アドリブやリアクション重視には批判的だったし、それがゆえに人気自体が下降した;古いタイプの芸人である、その芸人としての評価、また若手を育てたことなどへの評価は今回の騒動とは別の話)
自分でシナリオを書き、その通りに演じて見せる芸人・欽ちゃん…その意味では今回の球団「やめることにしました」〜「おれやる、やらしてな!」騒動は考えナシにおろおろした結果と取るか、結果的にGolden Goldsの宣伝に大きな貢献をしたと見るかは、「自由だ〜!!」
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2006-07-28(Fri)

メディアについて思うこと 3(ていうか補足?)

亀田兄弟のことについて触れたところ、メールで以下のような文面が寄せられた。
メールアカウントは匿名の保証されるフリーメールだし、そもそも匿名なのでこちらも礼を尽くす必要もないと思うので勝手に公開する。

@前略(挨拶の前略ではなく前置き部分をこちらが略した、という意味です)@
…ところで白取さんの「亀田批判」ですが、私は彼らの大ファンで、彼らがマスコミに露出してああいう態度を映像を通じてばら撒くことに、何ら不快感も疑問も持っていません。彼らがああいう、白取さんの言う「礼を失した態度」を振り撒くことには、ちゃんと意味があるんです。ボクシングの世界は、選手たちの生活は本当に厳しく、これも白取さんが書かれている通り、専業すなわちプロで試合だけで食べていける選手などホンの一握りなのです。ご存知かも知れませんが、日本の場合は興行権も何も、全て力のあるジムが仕切っており、その代わりプロモーションや試合相手のブッキングなども面倒見てくれますから、弱小ジムの選手などは大手の言いなりになるしかありませんし、そうしなければ試合などできないというのが実情です。
亀田兄弟は確かに、「作られたスター選手」であるかも知れません。ですが、そうしなければ彼らはボクシングで生計を立てることは出来ません。ではボクシング以外のことをやれと言うのはまた違う次元の話です。問題の彼らの言動ですが、それらも「作られたイメージ」であること、想像に難くないでしょう?つまりあれは「亀田兄弟」というブランド、ユニット、イメージ、何でもいいですがそういった「商品」の一つの意匠に過ぎないのです。

@後略@

と、こういう内容でした、匿名とはいえ、メールありがとうございました…って誰だか知らないけど。
えーと、俺よく読んでる雑誌というか大好きな雑誌(笑)に「サイゾー」があるんすが、この先月号=7月号にちょうど「亀田の強さは本物か?」という記事があったんすよ。内容は『亀田興毅の「実力の正体」 伝説のボクサーになれるのか?』と題して、日本のプロボクシング業界の仕組や現状解説、そしてその中での「亀田一家の戦略」みたいなものを書いてくれており、興味深い。
匿名氏がメールで書いてくれたように、現在日本のプロボクシング界は、一部の大手ジムによって牛耳られている。もちろん亀田兄弟が所属している協栄ジムもその中の一つであることは言うまでもない。驚くべきは、弱小ジムは満足な興行さえ打つことが出来ず、さらに一般人がジムオーナーになろうとしても、1000万円といわれる「加盟金」を協会に支払わねばならないというハードルがある。その上興行を打つにはプロモーターライセンスの取得が必要で、これまた金がかかる。そうしてもしジムオーナーになれたとしても、狭い業界、大手ジムの「顔を潰す」「興行を脅かす」ようなことが出来るかどうか、想像してみたらいい。
さて有望選手(もちろん実力は言うまでもなく、スター性をも兼ね備える亀田のような)を見つけたら、その選手を他の国内有望選手とぶつけることはまずないという。選手に自信をつけさせるために、いわゆる「かませ犬」と戦わせ、「無敗」「連勝」という付加価値をつけ、商品価値を高めるのだという。…という、といってもほとんどの人はそんなことにはとうにお気づきだと思う。亀田興毅が戦ってきた相手はみな、外国の無名か格下、引退寸前のようなボクサーではなかったか。亀田本人はそんなことは関係ない、ほんならお前やってみろや、みたいなことを言うのだが、それは無理。あとは亀田本人が、タイトルマッチで実力をそれこそ自力で証明してみせればいいだけの話。
話を匿名氏のメールの件に戻そう。
亀田兄弟、あるいはその父親も含めての「亀田一家」の傲慢不遜な態度について。匿名氏はそれらを見ても何ら不快な思いは持たず、まさしく「ボクシングで食っていける稀有な選手」ゆえに許されるのだ、という。さらにその「礼を失した態度」も含めて「作られたスター選手」の「商品の意匠」である、という。
なるほど、確かにそれはそうです。もし亀田興毅がリング外では「優等生」であったら、ここまで人気が出ていなかったかも知れません。でも本当に彼の「傲慢不遜な態度」は作られた意匠、キャラ、芸風だろうか? 「サイゾー」7月号では、渡辺二郎(元世界チャンピオン)がビシッ、とそのあたり気持ちよくインタビューに応えている。「いつも兄弟3人で練習しているやん。自分より弱いやつが相手でしょ?」「(亀田本人が自分のボクシングスタイルを「ケンカだ」と言っていることについて)それが彼の美学やったら人がとやかく言う問題やない。(中略)だけど、チャンピオンになっても、あんなにキャンキャン吠えていたとしたら、どうかと思うよね。」…さらにリングサイドで吼える父親にも苦言を呈し、最後には「ご近所さんには、えらい嫌われてるって報道されてましたやん。大阪を捨てておいて、何が『浪速の闘拳』やねん、って書かれてた。今は『浪速のスピッツ』ぐらいにしておいたほうが可愛げあるけどな」と宣うた。
渡辺二郎、さすがである。(ていうか「サイゾー」、今もっともいいぞイケイケ! と応援している雑誌である)
親父も含め、亀田一家のああいう全く礼儀を知らぬ不遜な立ち居振る舞いというものは、確かにテレビ的で受けはいいだろう。皆もそれを期待している。だが「芸風」つまり演じているものではないことは、渡辺の指摘からもよくわかるし、「ご近所の皆さん」が一番よくご存知であろう。父親は以前、自分の子が学校でいじめにあったら、自分がドツきに行った、つまり子供のケンカに親が出たことを得々と語っていた。何だこいつ、と思った。つまり彼らは本質的に野蛮なのであり、「力こそ正義」であると確信しており、その本来の「性質」でそのまま生きているに過ぎず、マスメディアはそれを「許容」しているだけの話ではないのか。
だから、亀田一家はプロモータだのジムだのに「やらされている」のではなく、好きでやっているし、あれ以外のスタイルなどやるつもりもない、いや出来ないのだろう。余談ながら、通常はジムが所属ボクサーのマネジメントを一手に引き受け、テレビ出演やタレント活動、キャラクタビジネスなども仕切るという。だが亀田の場合は親父がボクシング以外のマネジメントを他の会社へ渡して、ガッチリと息子で稼ぐ体制を固めている。だからあれだけの露出が可能なわけだし、ひとたびメディアに許容され、お茶の間に蔓延させられた「亀田像」はもう「アリ」なわけで、つまりは亀田一家の思う壺である。
問題はその「許容」にあると言っている。礼儀をわきまえず乱暴な言葉遣いを平気で大人に対して行い、力こそ全てという価値観をばら撒く、いやそれを良しとしてばら撒くのはマスコミである。ちょっと前には金こそ全てという価値観をばら撒いていたマスコミは、ホリエモンや村上逮捕、さらには福井日銀総裁の守銭奴ぶりなどを経ても、拝金主義はとどまることがない。テレビという巨大なメディアが全国に向けて、力が強けりゃ何してもいいよ、金さえあれば何でも出来るよ、という価値観を国民に、子供たちに植え付け続けている…といったら言い過ぎか?
仮に匿名氏が言うように、亀田一家のああいう態度が芸風、意識的なキャラだとしても、それでも青少年(笑)に「あれでいいんだ」「ああなりたい」と思わせるには十分だろう。一人の亀田興毅クン、それが作られたキャラであっても、それを見て数百人数千人の亀田もどきが全国に生まれる。そいつらはキャラを作っているのではなく、「本物」だよ。そういうガキに何か非礼を注意しようものなら逆ギレされ、力こぶを盛り上げ拳を突き出し「何やコラ、文句あんならかかってこんかい!」と言われますよ。周囲を見渡しても大人たちは知らん顔。頼みのそのガキの親を見れば、「何じゃいコラ、うちの息子に何か文句あんのか!?俺が相手したろかボケ!」である。
プロスポーツ選手は現役時代に一流であればそのプレーで人を感動させることが出来る。一流でなくても高校野球のひたむきさに感動させられることだって、実際にある。そのスポーツにおいて、最も輝くべきは、選手そのものであるべきで、選手がスポーツをしているときであるべきだ。だから亀田クンはリングの上で戦う時が最もカッコ良く、輝いている時のはずだ。それ以外では、ボクシングのリング上ではないのだから、キャンキャン吼える必要などないし、礼儀正しい一人の若者であっても何ら問題ないはず。
イチローはマスコミ嫌いで知られ、その対応ぶりはサッカーの中田ヒデや現役時代の貴乃花(横綱の方)などに共通するものがあり、選手はプレーで見せるもの、というスタイルを貫いているものと勝手に、好意的に解釈していた。たいてい現役を退いてベラベラしゃべり出すと、オツムがアレな人は馬脚を現すことが多い。現役時代からベラベラとイタい状況に陥る選手もけっこういるが。
亀田クンはリング以外で渡辺二郎が言う通り、吼えすぎである。そしてプレー、試合では選手として一流であるかというと、実はまだ実績はないに等しい。であればこれも渡辺の言う通り今はまだ『浪速のスピッツ』ぐらいが適当であろう。
関係ないかも知れないが、「サイゾー」8月号掲載の敬愛する高橋春男先生の連載『バカを訪ねて三千里』はぜひご覧いただきたい。
「教訓----ところで、イチローは確かに天才だけど、ヒデって天才だったっけか?」けだし名言である。

自分のキャラを作り、それをメディアと共に既成事実化させて拡大再生産してゆく、その術に非常に長けた先達がいた。もちろん国民全てはフシ穴ではないものの、95%くらいはだませてるんじゃないだろうか…。

サイゾー 2006年 08月号 [雑誌]

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2006-07-28(Fri)

メディアについて思うこと 2

【いろいろ考えていたらとても書ききれなかったので、分けてみました】

TVを口を開けて見ていれば情報はタダで、雨あられと降り注いでくる。ニュースだって映像や解説付きで流してくれるから活字を読み込むよりも理解しやすいかも知れない。しかしTVはスポンサーがいる以上、その意向が強く働いているし、彼らの代弁者である広告代理店、そしてタレント事務所などの意向も絡む。スポンサーは営利企業ゆえに、最終的には自分のところの製品をより多く売るために、あるいは企業イメージや知名度を上げるために金を出しているのだ。その金は本来消費者のものだから、本来消費者である視聴者が最も番組制作に対しては強い意向を持つはずだけど、実際はそうではない。
TVは巧妙な戦略で視聴者を動かそうとしている。下らぬバラエティ番組でも、裏では数十人単位の大人たちが会議をしあれこれと頭を絞って制作している。表に出るのはそのホンの表層部分に過ぎない。それを見ている大衆は別に構えてもおらず、深く考えもせずにいるわけで、最初から勝負の結果は明白だ。そうしてTVに洗脳されていく。TVのバラまく「スタンダード」に大衆がどんどん染まっていく。
どうでもいいが、「グルメレポーター」とかいう連中の下品さはどうにかならないものだろうか? ほとんどが箸もまともに持てぬ連中だし、そもそも「味を伝える」という極めて形而上的なことを体現できるだけの語彙も知識も持たぬ者の方が多い。彦麻呂とかいうデブはモノを口に入れると、咀嚼したものを丸見えにしながら大口を開けて「味の@@@やぁ〜」と意味不明の言葉を発する。食事中にコイツが出ると、わが家ではチャンネルを変える。気持ちが悪くなるからだ。何が悲しくて、人の口の中で咀嚼途中の食べ物を見せられつつ飯を食わねばならないのか。
以前なら、こういう映像を流すと即座に「汚らしい」「食事どきに不謹慎だ」と抗議が殺到しただろう。それ以前に、「こういう映像はナシ」という抑制が制作側にあったとも思う。だが今は夕飯どきのCMでも平気で、洗剤は汚い便器の映像を、汚れた洗濯物を、排水溝の毛だのぬめりをCGでそこまでやらんでも、というぐらい克明に再現して見せ付ける。こういった映像は直裁に示す必要はあるまいに。また消費者金融=金貸しは、昔はひっそりと大人しくしていたものだった。高利貸しなんて胸を張って世間様に言える商売だったか? 生理用品では若い女性タレントが平気で「多い日も安心」だの「オリモノ」だのということが、なぜ平気なのか? それを見せられてなぜ、大衆は不快と思わぬのだろうか? こうしたことは全て、テレビが長い時間をかけて形成してきたスタンダードである。
年長の者への礼儀に欠く言動をヘラヘラと許すバラエティ番組や、こ汚い言葉遣い、無知無教養を開き直ること、箸が使えない、礼儀や作法は無視、別にこちらとて威張れたものではないが、そのことを十分にわきまえている。恥じるという回路を持っている。
ボクシングの亀田兄弟が周囲の大人に平気でタメ口を利き、不遜な態度をしても、誰も注意しない、できない。本来それを躾ける役目の親からして、あの調子である。その映像が毎日タレ流される。それを見た子供たちは「強ければ何してもいいんだ」と思う。(ちなみに亀田兄弟の父親は俺と同い年だったと思う)
若いうちは欲望と衝動に任せて行動するから、後先考えずに突っ走ることもある。まあそれが若者の特権(とかいう免罪符もどうかと思うけど)と言えなくもないが、躾けをキチンと受けていない「子供」が「子供」を作る。その子を誰が躾けるというのだろうか。格闘技が強ければ何をしても許されるし、これからの長〜い人生、それだけで乗り切っていけるし、やがて結婚し子をなしても、その子にいろいろなことを教えて行けるというのだろうか。スポーツは確かに、それに秀でていればいい。別に勉強など出来なくてもそのスポーツをやらせたら誰にも負けぬ、それでいい。ただしそのスポーツで死ぬまで食っていければ、の話だ。だがほぼ全てのスポーツにおいて、それは不可能である。
プロスポーツで、死ぬまではともかく現役年齢の間だけでも、それだけで食っていけるレベルに達するということは大変なことだ。食っていけるレベルに達しても、一番実働時間が長いと思われるゴルフ、次が野球かと思うが、それでも超一流と言われる層はホンの一握りであり、ピラミッドの底辺には数百万!!という数の「アマチュア」がいるというのが現実である。亀田兄弟は若くしてそのレベルに達しているのだから(本来の競技自体というよりは周囲のもてはやしによって、CMだのその他の芸能活動において「食えている」のだとしても)、それはそれで凄いことであることは認める。だが自分が40、50、いや70、80になってもあの調子で世の中渡っていけると本当に考えていたとしたら、それは相当におめでたいとしか言えない。

別に頭も鍛えておけ、という当り前のことだけではない。俺なんかこんな偉そうなことを言えた義理じゃないことぐらい重々承知している。でも、若いうちは「バカだなあ」で済む場面も、30、40になったら単に「可哀想な人」になるだけだ。十代のころ、「自分が何も知らないことさえ知らない」でいたころは、好きなものだけ取り入れ貪って、それで自分はモノを知っているような気分でいた。それがとてつもなく恥ずかしい。そう気付くのが早くて良かったと、中年になって心からそう思う。「人間死ぬまで勉強」というのは本当のことだ。
新聞を「読め読め」と若い生徒たちに勧める意味は、実はそういう部分にもある。興味のない記事でも何とか読む努力をする。そうしていくうちに自然と見識が広まる。そうすれば多方面へきっと知識欲も広がり、結果幅広い知識や教養が得られると、信じている。

偏差値教育的な頭の良さ…それは学歴だったりするが、それだけで人間の価値をはかる傾向にも拍車がかかっている。そういった「お勉強がいかにできるか」だけではなく、人としての幅広い知識や教養、ひいては人格というものが評価されるのが、本来大人の世界のはずだった。偏差値的な頭の良さというよりは、知恵とか、違う種類の頭の良さの方が、社会では実際に役に立つことが多い。もちろん、お勉強も出来ず知恵もない…というのは最悪だが、それならそれでも生きていく術はいくらでもある。昔は「俺がそうだから子供に苦労はさせたくねえ」つってお父さんは頑張って汗して働いた…という図式が普通にいくらでもあった。
しかし今はどうだろう。前項でも述べたように、エリートしかエリートにはなれない。つまり、残念ながら貧乏人は貧乏人にしかなれない。先日、NHKスペシャルで「ワーキング・プア」の実態を追った番組が放送されたのを見たが、ほんとうに日本は悲しい国になってしまったな、と感じた。考えてもみて欲しい、時給800円で8時間、足を棒にして働き、一日の報酬が6000円ちょっと。30日休みなしで働いて、18万円「にしか」ならないのだ! 18万ももらえれば、一人なら何とか暮らしていける。借金もなく、健康であればの話だが。だが、もし離婚し子育て中の母子家庭だったら? もし会社をリストラされた50代のおっさんだったら? 夕方のニュースショーを見ていたら、働きながら育ち盛りの子を育てている母子家庭の様子がいくつか紹介されていたが、一日の労働時間が軽く12時間を越える家庭がほとんどで、それでいて年収は200万程度など、本当に厳しいものだった。救いは一つの家庭は子供たちが親の苦労を理解していること、もう一つの家庭は貧しくても幸福だと言い切ったこと、最後の母親は必死で働いて1000万を貯め、保育所を開業できたことなど、「明るい例」にとどまっていたことくらいである。だがその影にはその何十倍、いや何百倍の苦しく辛い家庭がひしめていることは想像に難くない。
いっぽう、TVでは金持ちをもてはやす番組で溢れかえっている。高価な食事や食材のレポート、ヒルズ族だのといって株やITで儲けた連中をまるで神であるかのように卑屈なまでに持ち上げ、豪邸拝見だの高級外車何台所持だの、どこそこに別荘をお持ちだの、手には数千万の腕時計がとか、うんざりするほどの拝金主義ここに極まれりといった感じだ。
そういうものを見せられても(見たくなければ見なけりゃいい)、それが「俺もいつか」と、貧乏人のモチベーションにつながるのなら、それでいいのかも知れない。でも現実には日本にはその「いつか」を実現させる社会の仕組みは、もうない。ごくごく一部の例外と幸運と、恐らくは信じられないような努力があってようやくその一端に触れられるかどうかだろう。


絶望的な気分になる「ニッポンの将来」だが、それでも生きていかねばならない。というより、俺の場合は生きていられることそれ自体が有難いことであることに変わりない。その生かされている社会がいい社会ならもっといいのにと思うのは贅沢すぎるのだろうか…。
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2006-07-27(Thu)

メディアについて思うこと 1

今日も連れ合いは京都の大学へ出勤中。WEB仕事を終えた後、夕方ソファで一人ごろごろしつつテレビを見ていると、ドアフォンが鳴る。「お中元のお届けです」というので開錠すると部屋に来たので判子を持って玄関を開けると、「ハンコは要りません、新聞屋です」という。何だ、ずいぶん詐欺的な勧誘だなと思ったら、洗剤を2つ差し出して「新聞取ってくださいとか、そういうんじゃないのでご安心ください、以前取っていただいてて、今そのお礼のご挨拶にあちこちまた廻ってるところなんで」という。で「最近はどちらをお取りですか?」というので「どこも。うち新聞一切取ってませんから」というと「あ、そうなんですか…じゃあまた機会があったら」と、携帯の番号を書いた契約のペラ一枚を手渡して帰って行った。
このところ、実はわが家では新聞を取らなくなっている。なぜかというと新聞は当り前だがどんどん溜まる。こまめに縛って回収に出せばいいだけの話だが、雑誌類もあり、けっこうな重さになる。本当に物凄い量になる。うちは言わば病人が二人、そういう力仕事はなるべく控えたい。主要なニュースはテレビやネットで得ることが出来、深く知りたいニュースは速報ではなく、きっちりとした取材に基づいた記事を週刊誌や月刊誌でじっくり読む。そういうスタイルである。

実は先日ある新聞社の記者の人と話したのだが(この件についてはいずれ告知します)、最近の若い人は本当に新聞を読まなくなった、という。それは本当にそうだと思う。専門学校で講義をしていた頃は、口を酸っぱくして生徒たちには毎年「新聞を読め」と言ってきた。矛盾してるじゃん、と思われるだろうが、ちょっと意味合いが違う。
毎年「メディアを送り出す側」の業界へ入りたいと希望した生徒が、数百人という単位で学校へ入学してくる。彼らのうち百人くらいが編集になりたいと希望して俺の講義を受けることになる。そこで彼らに必ず「この中で毎日欠かさず新聞を読んでいる人」と問うと、だいたい手を挙げるのは10%以下だ。30人のクラスなら1名から多くて3名程度。読む理由としては実家なので親が取っており、何となくというもので、特に目的意識を持って読んでいるわけではないという。読まない理由の方はいろいろあって、一番多いのが経済的理由だ。毎月4000円(約)の出費は痛い、考えられないという。あとは読んでいる時間がない、活字ばかりで読む気にならない、興味がない…などなど。
それはそれでよぉく理解できる理由だし、金のことを言われたらそれ以上何も言えない。それに携帯やネット接続などにはけっこうな出費はしており、新聞から得られる情報はそれらから得られるという子も多いので、自分のことを考えても、反論はできない。
それでも、新聞を読め、と話していた。
なぜかというと、彼らに漫画や雑誌類を除いた読書量や時間を問うと、これまた非常に寂しい回答しか得られない。パソコンでもけっこうな量の活字を読んでいるから、これ以上は別段読まなくても…とも言う、そりゃそうだ。でも敢えて新聞を読めというのは、これまでの「メディアの受け手」の側にいた「消費者」であれば、自分の好きな小説やコンテンツ類を金を払って選べばいい。だが「メディアの送り手」の側に来たら、単なる好き嫌いとか個人の感情でものごとを選んではいけないからだ。それに新聞はテレビや芸能情報以外に、政治、経済、社会、家庭その他の記事も載っている。毎日新聞だけでも意識的に読んでくれれば、少なくともふだん自分が偏った好みで取り入れているジャンル以外の情報が目に入る。それに伴って活字を読み込む力も自然に鍛えられるだろう。できれば同じ事件や事象でも、報道にもスタンスがいろいろあるから、複数の紙面に目を通してもらえれば一番いいが、経済的な負担がさらに増えるので、それは定期的に取る新聞を変えればいいと思う。
とにかく、毎日イヤでも届けられる新聞を、義務感でもいいから読み続けていけば、一年、二年…と経った後で必ず有益な何かをその人に残してくれるはずだ。好き・嫌いで行動しがちで、しかし本来一番知識欲が旺盛なはずの時期に、そういったことをイヤでも自分に課すことは大事だと思う。
でも、数ヶ月後に同じ質問をしても、手が上がる数は増えないことの方が圧倒的に多い。
そもそも、世間一般の「今どきの子」を見ていれば、毎日新聞の全紙面を熟読している子の方がむしろ同世代からは「おかしい」「変」、我々大人の世代からは「感心」「偉い」と言われるのが現実だ。だがメディアの送り手側の現場に関わりたいという明確な目的意識を持って学校へ来たはずの子らが、新聞さえ全く読まないことに何の危機感も疑問も感じていないことに、本来なら愕然とすべきところでは、ある。

そんなことを思い出しつつ、今日もいつものようにニュースサイトを一通り見て、各新聞社のサイトをはしごする(最近のオススメは朝鮮日報 Chosunilbo Japanese Editionで、韓国メディアの日本に対する報道スタンスが面白い)。
ヘッドラインだけで終わるものもあれば、クリックして内容を読むものもあり、その中からもっと深く知りたい記事に出会うと追跡を始める。検索エンジンなども駆使すると、ヘッドラインや報道だけでは判らない、細かいディテールが見えてきて、面白い。
面白いというと不謹慎なのが災害や事件・事故報道だが、今日はこの記事に目がいった。


Yahooニュース - 共同通信 - 時速78キロ暴走と言えぬ 猶予判決に両親無念

自転車の女子中学生をトラックではね死亡させたとして、業務上過失致死罪に問われた運転手に、地裁が禁固3年、執行猶予5年という「温情判決」を言い渡したというものだ。
それはそれは、愛娘を14歳という若さで失ったご両親の哀しみや怒りは察するに余りある。運転手に極刑を望んでも感情的には仕方のないところだろう。だが飲酒していたわけでもなく前科もない、逃走したわけでもなく、反省していないわけでもない。となるとある程度の軽い判決が出ることは想像できたと思う。
だけど問題は「制限速度50キロの現場でどれだけの速度が出ていたか」が争点となっていたという点だ。この地裁の裁判長は、
時速95キロ以上との検察側主張を「科学的根拠に欠ける」として退け、78・8キロ以上だったと判断。その上で「被告の過失は重いが、暴走とまでは言えない」と判決理由を述べたという。(共同通信;Yahoo!ニュース 7月27日20時3分更新記事より)
制限速度50kmのところを80km近い速度でトラックが走れば、それは暴走ではないのか? 暴走とまではいえないというのは個人の主観で、何キロオーバーからが暴走という定義はない。俺ら歩行者からすれば明らかな暴走であるが、例えば珍走団(旧称・暴走族)の阿呆どもにすればそんなのはヌルいということになるだろう。
この、下らぬ、本当に遺族感情からすればやりきれない「争点」と、裁判官の見識・人間性の薄っぺらさがどうしても許せないと思う。俺がおかしいのかね。
被害者、その遺族の支援を行っているサイト・・・柳原講演の記録へ 交通事故絶滅をめざし、交通犯罪を告発し、クルマ社会を問い直すでは、事件の経過だけではなく、裁判の経過報告も見ることが出来る。こうして一つの事件報道、いや裁判の結果報道から、その背景を探って行き、全体像を把握することが出来るのが、WEBのいいところではある。「ふうん」で終わるか、「待てよ」となるかの違いだ。
交通事故の死者数は90年代に入って以降、緩やかながら減少傾向にある。飲酒運転、無謀運転への罰則も強化された。でも、相手が酒を飲んでいようが珍走団まがいの暴走車だろうが、ほんとうに不幸な過失の結果だろうが、被害者にとっては同じことだ。不幸にして被害者が命を落とした場合、遺族にとっては相手が何であろうと死んだ家族は戻らない。
相手がけっこうな速度で動く金属の塊であり、それがぶつかってきたら生身の人間はたまったものではない。トレーラーと軽自動車がぶつかれば大概軽四がぐしゃぐしゃになる。だがその軽四だって、歩行者にとっては「走る金属の塊」である。運転者は凶器を扱っているのだという自覚をして欲しい。事故を起こせば、相手が人間だった場合、お互いが一瞬にして不幸のどん底に陥る可能性があるのだ。相手だけではなくその家族、友人、愛する人全てを不幸に叩き落すのだ。酒飲んでたからとか、無灯火だったとか、信号無視だったとか、そんなことは被害者にとっては「哀しみの上に怒りの上塗り」をすることに過ぎない。一番の訴えは「失った人を返して欲しい」、それだけだろう。それが叶わぬから、奪った相手を罰して欲しいと思うのだ。
人ひとりの命を奪ったこと、その人はもう二度と戻らないというのに、そのことに対する処罰が「執行猶予5年付きの禁固3年」だとしたら、これは無罪認定に近いと思う。増してやその理由が「制限速度を遥かにオーバー(約30km/h)した明らかな無謀運転=暴走」を暴走とまでは言えないから…であっては、遺族は泣いても泣ききれないだろう。信賞必罰でなければ、自由主義の世の中って成り立たないのではないだろうか。
光市の母子強姦殺人事件の遺族である本村さんは、事件の直後からマスコミに積極的に登場し、事件の詳細を敢えて公表し、その上で極刑を望むと強く訴えた。それは「人を殺したんだからお前も死ね」といったような単純な「目には目を」的なものではないことは、彼をずっと見続け、訴えに耳を傾けていれば判る。常々、連れ合いとも話しているのだけど、あれほど聡明で勇気のある若者を、他に知らない。
裁判官に限らず、医師、官僚にも言えるが、もっと血の通った一人の人格者として考え、行動して欲しいと思う。
超難関の国家試験に合格するためには超一流の大学に入る、そのために猛勉強する、塾や家庭教師はもちろん、小学生から高額な教育費をかけられた者しかその道へは進めない。貧乏でも頭が良ければ…という時代ではもう、ない。貧乏なら高額は教育費を払えないので、そこから上のさらに高額な費用がかかる世界へは進めない。エリートの子弟しかエリートの世界へは入れない、身分制度化がもう始まっている。その現実の是非がどうこうより、現実にそうなっている。だが、であっても、いやエリートであればエリートなりの自覚と責任が求められる。それが昔はノーブレス・オブリージェというものだったはずだ。もちろん、この言葉(高貴な者にはそれなりの責任が伴う、というような意味だ)には身分制度の肯定という側面があって嫌う人も多いが、今の政治家たちや官僚、金持ち層には無理を承知で敢えて、この言葉の意味を噛み締めてもらいたい。
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2006-07-26(Wed)

カンガルーの思い出

全然脈絡ないすけど、こないだ何かのテレビでカンガルーの「ハッチ」を観た。ハッチつうのは須坂市動物園(長野)にいる人気者で、サンドバッグと格闘したり、デカい金玉丸見えで(当り前だが)ひっくり返ってたり横座りでくつろいでたりという、あのオッサンくさいナイスな奴ですね。
で、それを見て発作的に思い出したのがオーストラリアでのカンガルー体験。
それは97年の1月、あの「デジタルガロ」(詳しくは本家サイトの白取特急★編集長日記/ガロ編集部総辞職事件顛末日誌から、「デジタルガロの真実」をご覧ください)刊行へのバタバタの真っ最中のこと。
どうしても外せない、大切な身内の結婚式があり、家族や親戚一同とオーストラリアへ行くことになり、メルボルン〜シドニーと滞在していた時。式以外は観光というわけで、カンガルーはじめコアラやウオンバットなどと触れ合える、保護地域みたいなところへ連れてってもらったわけです。ちなみに当時は「州法で野生のコアラには触れないので、抱っこしたりは出来ません」と言われて「へえ」と思ったのだが、この後テレビなどで見るとタレントや素人が普通にコアラにベタベタと触り抱っこし嘗め回していたが、アレはどういうことだ。

ともかく、野生のカンガルーがあちこちにいる草原みたいなところに行くと、十数メートル向こうに大きなカンガルーがおり、思わず「あ、カンガルーがいる!」と指差したら、そのカンガルーが物凄いスピードであっという間に我々のすぐ目の前まで来ると、あのボディビルで見かけるポーズをしたのである!


言葉で説明してもアレなので図を描くと上のような感じ。クリックでデカくなります(笑)。
もちろん起立しており、背の高さはこちら(170cm)とほぼ同じだったような。で、とにかくその大胸筋上腕二頭筋つうか、もう凄いんすよ(笑)。ビシッ、と筋まで立てて。まさしくボディビルのポージング、なかやまきんに君も真っ青という見事なマッチョぶりでした。
て、これだけのことなんすが、よくカンガルーに限らずどうぶつって擬人化されてキャラクターになったり、過剰に可愛く描かれてファンシーグッズになったりするじゃないすか。でも俺の「カンガルー」のイメージといったら、筋肉ビシッ! でポージングするマッチョなオッサン、です。顔もタレ目のくせに目が笑ってなくて、けっこう怖かったりするし。やったら負けるな…と思いました。
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2006-07-25(Tue)

「他人を見下す若者たち」

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最近の…といってもここ一ヶ月くらい。全部新書、その上全然脈絡ないっすね(笑)。高血圧ウンヌンは連れ合いがちょっと高いと言われてその治療というか投薬も受けているため。「名字と日本人」は暇つぶしにと思ったら、けっこう面白かった。

他人を見下す若者たち

講談社

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普通本は買ったら一気に読んでしまうのだが、この本はちょっとずつ読んでいたもので、先日読了。

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2006-07-24(Mon)

ALWAYS 三丁目の夕日

前から芸能界というところ、テレビというメディア業界の異常さはよぉぉく存じ上げてきたつもりだが、ここ十数年のテレビの荒廃ぶりは本当にひどい。もっとも俺たちより上の世代に言わせれば、もっと前からひどくなったと言うし、その上の世代はもっと前からだと言い、そのまた上はそもそもテレビそのものが下らないと言うんだけど。

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2006-07-23(Sun)

極楽・山本事件2 欽ちゃんの迷走

極楽とんぼの山本圭壱が(よりによって俺の誕生日に、誕生した地である)函館で未成年との飲酒と淫行に及んだ、例の事件。事態は事件そのものより、欽ちゃんこと萩本欽一による「スタンドプレー」の話題で持ちきりとなり、スポーツ新聞やワイドショーなどへ格好の話題提供&露出となった。これをして欽ちゃんの巧みな演出というのは言い過ぎだろう、何故なら計算された演出にしては、余りに稚拙であり、拙速であり、そして頓馬だからである。
当初欽ちゃんは「大好きな野球だけど、やめることにした」と言い、山本へは「球団、無くなったよ!」と叫んだ。涙は搾り出そうとしてはいたが、残念ながら溢れることはなかった。どうにも口調と表情から通常なら伝わってくるはずの共感や憐憫といったものが、こちら側に浮かばなかったのは、そのせいかもしれない。その日、(山本の所属球団であり、欽ちゃんがオーナーである)GoldenGoldsの公式サイトでは、すぐに球団解散の欽ちゃん発言が訂正され、そのすぐ後には肯定されるという迷走を見せたそうだ。これは見たわけではないが、とあるニュース番組でそう報告されていたし、実際に見たという証言もたくさんあるので事実なのだろう。
ここで「欽ちゃん涙の球団解散発言」の際に感じた不信感というか違和感は正しかったのだな、と確信した。
まあ子供でもなければ、今どきアマチュアの野球チームの運営がそうそう美味しいものではないことぐらい、誰でも知っているだろう。というより、美味しいどころか持ち出し、赤字のクラブチームがほとんどだ。なぜそれでも彼らはやるかというと、「大好きな野球だ」(欽ちゃん発言より)からだろう。アマチュアのスポーツって、そういう純粋なところが発露な場合がほとんどだと思う。でも欽ちゃん球団の場合は、ユニフォームを見れば一目瞭然お分かりのように、いくつかの企業スポンサーがついている。そこから当然、資金が援助されている。入場料など雀の涙であって、こうしたスポンサーからの金がなければ、そもそも遠征など出来ないだろう。そのことは全く異常でもずるいことでも何でもなく、むしろ素晴らしいことだと思う。企業が広告という形であれ、とりあえずアマチュアのスポーツチームを「援助」する形だから、それはそれでいい。
だが、芸能人、テレビなどが絡むと、ちょっと話が変わってくる。欽ちゃんは芸能人だし、チームにも芸能人…山本もそうだった…がいる。マスコミにも取り上げられ、そのことが宣伝にもなっており、球団側は話題を提供することで両者の利害が一致する。それが「世の中の仕組」である。
欽ちゃん球団…GoldenGoldsは芸能人が作り、在籍し、マスコミとも連携し、企業が金を出しており、恐らくは広告代理店が絡み(絡んでないわけがない)、そのようにたくさんの大人たちがうようよと集まっている「組織」なのだ。特に代理店なんかが入ってきたら、あれやこれやと口を出して来ないわけがない。これは俺もイヤというほど経験していることだ。
それなのに、欽ちゃんは「辞める」と一時の感情に任せてメディアの前で発言してしまった。周囲の「大人たち」は大慌てだったことだろう。
そしてたった4日でそれは撤回された。
たった4日でいいのか、という問題ではない。確かにその点だけは欽ちゃんが記者からの質問に激昂した通り、そういう問題ではないのだ。問題なのはたくさんの人が絡む球団の解散だの存続だのという大きな問題を、山本の事件があったからといって腹を立て、さりとて知らんフリも出来ず(未成年との酒席には他の選手も同席していた)、責任を問われる立場としては、ああいう格好で追求の出鼻をくじくしかなかったわけだ。
案の定、周囲は大慌てで右往左往し、公式サイトは迷走し、地元では存続の署名運動が沸き起こり、映像を見たマスコミは欽ちゃんの責任追及ではなく、同情を持って報道することとなった。そうしてそこまですることはない、欽ちゃんは悪くない、みんなもあんなに望んでるのだから、さあ存続へ…というレールが敷かれる。まあ、そんなところであり、それはそれで規定路線・予想通りなのでどうでもいい。
ここで一番可哀想なのはGoldenGoldsでまじめに野球に取り組んでいた選手たちだし、純粋にGoldenGoldsを愛しているファン、特に地元のファンたちだろう。欽ちゃんは「所属選手である山本が起こした不祥事については、監督である自分は責任を痛感している。関係各位には心からお詫び申し上げ、今後こうしたことの起きないように指導を徹底したい。謝罪以上の責任の取り方については、このような球団は個人の一存で決められる規模を超えているので、周囲ともよく相談して決めたい」となぜ言えなかったのだろう。
そこが欽ちゃんのいいところさ、あの言葉に嘘はないよ…という声もよく聞かれる。
そういう芸能人への過度の甘やかしが、こういう事件を招くのではないのか。未成年の買春や淫行に及んでも、シャブやマリファナに手を染めても、素人を殴っても、飲酒運転しても人をはねても悪質な違反で逮捕されても、万引きどころか集団窃盗をしても、もっと言えば「若い頃」暴走族だったりチンピラだったりしてたくさんの犯罪を犯し人に迷惑をかけてきても「やんちゃ」で済ませる、つまり何をしても数ヶ月かせいぜい一年程度の謹慎でしゃあしゃあと何事も無かったかのように「復帰」してくる奴らで、テレビは溢れかえっている。
吉本は今回異例の早さで山本を解雇した。今回のことだけではなく、何度もこうしたことがあり、堪忍袋の緒が切れたのだという説もあるが、とりあえず吉本の会見では「許されざる不法行為」というような表現を使っていた。これが未成年との飲酒と淫行を指すのなら、130Rの板尾やそのまんま東らはどうなるのだろうか。板尾はしゃあしゃあとNHKの番組にまで出演しているし、吉本ではないが東は政界へうって出るようなことを抜かしている。もっと言えば、未成年の少年たちへの長年に渡る「ホモセクハラ」行為で知られるジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長の所業は、それこそ絶対に「許されざる不法行為」ではないだろうか? テレビは全く報道しなかったが、週刊文春が被害にあった少年たちの告発記事を載せ、それをジャニーズ側が訴えて争われた裁判では、結局ジャニーズ側の敗訴が確定しているというのに。(一審は文春が敗訴したが控訴、2003年7月に東京高裁はジャニー喜多川の「ホモセクハラ行為」について、告発した少年たちの証言が「具体的で信用できる」とし、文春側の記事が信用に足ると認定した。この判決が最終的に最高裁で確定している)

山本を庇う気持ちも、ことさらに非難する気もない。「めちゃイケ」などでのキレ(笑)のある芸風はけっこう笑わせてもらったし、キレで言うなら相方の加藤は「狂犬」ぶりで売ってたはずではなかったか。そういえば、欽ちゃんと(坂上)二郎さんのコンビ「コント55号」の全盛期、欽ちゃんはその「キレぶり」が芸風で、それこそ温和な二郎さんを殴る蹴とばす押し倒す、それこそ汗だくで舞台狭しと「キレて」いたっけ。もっともその全盛期も昭和40年代までで、自分とてその最晩年しか知らないから、その後の「欽どこ」や最近の「仮装大賞」などでキャラを転換してからのイメージしか持たぬ人の方が多いのかも知らんが。

朝のワイドショー「スッキリ!」のMCに抜擢されるなど、キャラに合わぬ異例の抜擢を受けている加藤であるが、これまでの極楽とんぼの芸風を見てきた者にすれば、柄に似合わぬ優等生ヅラをしている加藤より、今回こうした不祥事を起こした山本の方が「しっくりくる」と言ったら言い過ぎだろうか。
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2006-07-20(Thu)

極楽・山本事件

livedoor ニュース - 極楽・山本わいせつ行為でクビ

何かこのニュース尾を引いてますが。
16日に欽ちゃん球団の遠征で函館入りして、その夜から未明にかけて(と、いうことは17日なわけで)未成年の女の子と飲酒&淫行。

って人の誕生日に人の故郷で何やってんだよ...
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2006-07-17(Mon)

誕生日

41歳になりました。
中年になってからは毎年とりたててめでたくもなし…と思ってきましたが、今回は感慨深いものがあります。
去年癌宣告と余命告知を受けてほぼ1年、あの頃は来年の誕生日を迎えられるかどうか、本当に解りませんでした。もちろんその時告げられた病気の型ではなかったことがその後判明し、いったいどれくらい生きられるのかもわからない状態になり、その結果の「今日」なわけです。
これまでWEBや手紙、あるいはお見舞いなどで励ましていただいた全ての方に、感謝します。
ちょっとここ数日腹部がかなり膨満して辛い状態なので、簡単で失礼します。
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2006-07-13(Thu)

米原万里さんが亡くなる 追記・癌と生きるうえで

全ての代替療法が詐欺ではない、にしても。
自分の体の中の細胞は日々、ストレスにさらされており、癌細胞への変化の危機にさらされているそうです。健康な人でも、毎日数千の細胞が癌化しています。体の免疫作用によってそれらは退治されますが、次から次へとその戦いは繰り返されています。当然、いつか「癌化の勢いが免疫力を上回る日」が訪れても不思議はありません。問題は生きているうちに出来るだけ「その日」が来ないように暮らすことなのでしょう。強いストレスを感じない暮らし方をする、難しいですがそうなったらなるべく心身を休ませ、ストレスは溜めないようにする。喫煙や過度の飲酒、暴飲暴食を避け、不規則な生活を改める。こういった当たり前のことで、「その日」の到来を先に延ばすことが出来るのだと思います。
それでも、不幸にしてまだまだ人生先が長いと思われる時機に、「その日」が来てしまった人が、癌患者です。
ですが、「その日」が来たからといって、それがただちに「死の宣告」ではありません。
いわゆる余命宣告にしても、それはそのまま放置した場合の話であって、「その日」から癌細胞が何らかのタイミングで確認されるまでのタイムラグが小さければ小さいほど、治る確率は高くなります。早期発見が出来れば、ほとんどの癌は治ります。
一部の例外(発病してしまったら早期に発見できてもあまり意味のない癌=つまりその部位なり腫瘍そのものを取り除くということが出来ない、血液の癌と言われる白血病や悪性リンパ腫など)を除けば、早いうちに発見された悪性腫瘍=癌そのものは、それを物理的に除去=摘出できれば治癒の可能性が極めて高いことは、すでに現代医学では常識ですし、数多の臨床例によって証明されています。そしてその手術も薬剤にしても、日々確実に進歩しているのです。あの黒澤明監督の映画『生きる』の時代、「胃癌」が発見された段階でもう「死刑宣告」と同様に思われていた時代とは隔世の感があるでしょう。
もちろん、幸い初期の癌を早期発見でき、それを摘出できても、患者は次に再発せぬよう注意しなければなりません。大体の人はこの段階で、先の「その日」をいかに遅らせるかということに気づいて、不摂生を改め、自らの健康に気を配るようになるはずです。
いずれにしても、癌患者は常に死の影におびえている人がほとんどです。前向きに明るく癌と戦っている人もたくさんおられますが、どんな人でも、癌を宣告された日から、そういった心境に達するまでには、恐怖と葛藤があったはずです。自分もそうであったように。
現代医学では、癌を完全に消滅させる、進行度に関わらず完全に治癒させるという決定的療法はまだ発見されていません。
したがって、患者さんたちの中には、ご自分が現在受けている治療による痛みや副作用に苦しんでいる、それでいて目の覚めるような改善効果が得られない等など、満足がいかない、不満がある、心配である、その他さまざまな不安定な状況に置かれていると思います。
そこへ、魅力的な「第四の療法」が提示されます。
そのほとんどは、手術、化学製剤、放射線照射という現在主流の療法の欠陥…副作用や痛みなどの欠点が「ない」かあるいは「軽い」ことを謳います。
今現在、苦しんでいる癌患者がそこに魅力を感じることは必定です。当然、興味を持つでしょうし、中には自ら試してみる患者さんもおられるでしょう。
ですが、そういった「第四の療法」のほとんどが、「極めて高額」であります。
もちろん保険が適用されないということがその理由ですが、それにしても、それほどの金額が必要であるのか疑問な療法もかなり多いのもまた、事実でしょう。
そうして、それらの極めて高額な療法を勧める人たちの多くは「現代医学の限界」を声高に叫び、欠陥をあげつらい、それに気づく人がまだまだ少ないために被験者すなわち患者も少なく、治療費が高額になるのである…という巧みな言説を使って勧誘するものです。そしてそれは結構な説得力を持つものです。実際に、そういった療法の中には、医学の現場から支持する人がいるものもあったりするので、患者を混乱させます。

先日、たまたま雑誌を整理していたら、亡くなった米原さんの「私の読書日記」が掲載された『週刊文春』が出てきました。今年の2月のものです。ほんとうに、何も意識せずにぱっと開いたページが米原さんのページだったので、思わず読み返してしまいました。「癌治療本を我が身を以て検証」と題されたその文章は、米原さんの癌との闘いの様子が、その真剣さが、鬼気迫るものとして伺えるものです。
抗癌剤治療による副作用の余りの激烈さに「死にたい」とさえ思ったこと。その二年半前に卵巣癌を摘出、さらに一年前には左鼠蹊部リンパ節に転移が発見されてからは、何とかして体へのダメージが大きい従来の手術・放射線・抗癌剤治療を避けようと、代替療法を探しては挑戦し続けたこと。そうしてそのほとんどが「弱みに付け込んで犯罪的に高価であった」こと、そうして自らの「再発によって全く無効であることを確認できた」こと…。
米原さんは結局、壮絶な戦いの後、今年の5月に亡くなったことはここでも触れましたが、たくさんのことを遺してくれました。もちろんご本業である様々な実績もそうですが、こうした赤裸々な自らの癌患者としての戦いの記録の中で自らの実体験を元にした「安易に詐欺に引っかかるな」という教訓もその一つだろうと思います。
必要なのは、こうして乱立するたくさんの第四の療法、民間療法を適切な方法で「評価」する公的な機関なり民間のネットワークでしょう。何よりも、実際に体験した患者の生の声、治癒率などの客観的かつ公平なデータの集積と公開です。その裏づけのないものや、改ざん・隠蔽するような療法は、もはや療法とは呼べない、ただの「商売」かあるいは「悪質な詐欺」でしかないでしょう。この場合は、ことが命に関わることであり、癌に苦しむ患者から高額な金を巻き上げるという意味において、極めて悪質であると言えるのではないでしょうか。
しかし、現実にどれが本当に効果があり、どれが詐欺であるかということは、先に述べたような評価機関やネットワークが確立されていない現状では、癌患者からは見極めにくくなっています。そして、詐欺師たちはそこに付け込んでくるのです…。
もちろん、全ての代替療法・第四の療法が詐欺であるなどと言う気は毛頭ありません。
例えば、キノコなどの菌類が免疫力を高める効果があることは医学界でも認められていることですから、それを意識的に摂取することで免疫力が高まり、結果的に癌の進行を遅らせたり、縮小させたりということがあるかも、知れません。それが事実だとしても、だからといって「キノコで癌が治る!」というと言い過ぎでしょう。同様にサメ軟骨だの何とか乳酸菌だのといったものも、全て「健康食品」として日々の健康増進にはいいかも知れませんが、それによって「癌まで治る」と謳えば、詐欺に近いグレーゾーンへ入ることになるでしょう。つまり、「ビタミンCは体にいい」というレベルと同じだと考えれば、おのずとその効果も、適正価格も見極められるのではないでしょうか。
また、活性化自己リンパ球療法なども、「現時点で三大療法を凌駕するには至っていない」とキチンと謳えば、あとは高額でも試したいという人は自己責任でやればいいわけでしょう。ちなみに米原さんは温熱療法(癌細胞は熱に弱い、だから高熱環境下に自分を置けば癌だけが死ぬ…という理屈)も実際に自分で試されたのだが、余りの高熱に苦痛を訴え疑問を呈したところ、医師から罵られ、金を返すから二度と来るなと言われ放逐されたといいます。
さまざまな「療法」「健康法」「健康食品」などが、従来の三大療法では食い止められない癌に苦しむ患者の前に提示される、そしてそれらのほとんどが高額かつ詐欺的であるという「現実」。
そういったものの「効果」に関しては、「だって私はこれで治ったんだから」という「臨床例」が宣伝役になり、口コミだったりネットへの書き込みだったり、かつまた書籍などへ登場することで「普及」に一役かったりします。ですが、この臨床例が実在し本物であったとしても、その効果が本当にその療法や薬品・食品摂取によるものかは検証不可能なことが多く、もっと言えば、実在しないこともまた多いのが現実です。手口は巧妙なのです、何せ「詐欺」ですから…。
何を信じ、何を実践するかは患者本人の選択の自由であっていいでしょう。ですが、今現在、信頼できる医師からキチンとした説明を十分に受け、自身も納得してその方針なり治療なりに委ねている場合なら、心穏やかに今のままいること。それが心と体の平安につながるでしょう。その心と体の平安は自己免疫力の向上になるわけですから、ヘタに高額な「健康食品」だの薬剤に手を出す必要はありません、無料ですし。
もし今現在、治療を任せている医師なり病院が信頼できず、心の平穏が得られずに体も苦痛な状態であるなら、それは大変不幸なことです。その不幸な状態での判断と行動は、大変な困難を伴います。健康な人でも病院や医師選びは難しいうえ、癌という困難な状況に置かれた患者は、心身ともに本当に尋常ならざる環境にあるわけですから、周囲のご家族や友人がよき相談相手になってあげることが重要でしょう。そうして十分な意見聴取と調査の上、速やかに転院されるのがいいと思います。
実は、病院や医師が信頼できるかできないかの見極めは、比較的簡単です。医師である前にまず人ですから、普段からの態度…表情や言葉遣いである程度人間性がわかりますが、その上で

・自分の疑問や質問に嫌な顔をせず、真摯に答えてくれるかどうか。
・セカンドオピニオンを求めたいという希望に、積極的に協力してくれるかどうか。


この二点だけを注意深く確認してみるだけで、かなりの部分、判定が可能です。
患者は最大の情報源です。何しろ、その病気を罹患している本人なのですから。ちょっとした小さなこと、些細な報告でも、本当に治したいと思う医師であれば聞こうとするはずです。繰り返しますが、患者がその病気の最大の情報源なのですから当然でしょう。
同じ理由で、他の医師の意見を求めることにも快く同意するはずです。本当に治したいのなら、自分以外の医師の見解も知りたいと思うのが当然だからです。
いまだに患者を見下しふんぞりかえってるような「センセイ様」はその時点で失格です。医師としての技量など、しょせん素人からは判定不可能ですから、まず人間性から判断してみましょう。そうした上で、他の患者さんの評判やキャリアなどを調べられればベストです。ちなみに自分の場合、タクシーの運転手さんの口コミが以外と正確だったという経験を持っています。病院に患者さんをよく運ぶからでしょうね。

ともかく、まずは従来の医療法の中で、最も自分に適した環境を選択すること。このことに最大の努力を払うべきです。それが、米原さんの遺して下さった貴重な「教訓」なのだと思います。その上で、信頼できる医師を見つけ、代替療法に興味を持ったらその医師に聞いてみればいいと思います。自分も、そうしました。
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2006-07-12(Wed)

とろみちゃん

7月12日(水)
とろみちゃん
今日も一人なので、買ってあった牛肉を野菜と炒めようと、夕飯の支度を開始。牛肉は焼肉用の四角く切ってあるヤツを縦に半分に切って塩コショウで軽く下味をつけておく。フライパンに油をひいたら、普通は肉から炒めるのだが、牛は火を通しすぎると固くなるので、野菜から炒める。野菜の量はもやし、ニラ、キャベツ、にんじんなどをこま切れにしたものを割りとどっさりと。野菜は火を通すとカサが減るので、多めくらいでよろしい。
塩コショウをしつつフライパンをあおりながら炒めて、野菜に火が通ったら牛肉を投入。軽くあわせた状態であおりながら用意しておいた酒、顆粒の鳥ガラスープの素を投入。これらをまんべんなく混ぜ込む。そうしたら醤油を垂らして軽く味見をし、全体を絡めたらいよいよコイツの登場。
その名もとろみちゃん
これは顆粒状になった片栗粉が、じょうろの穴のような出口からパラパラと放射状に放出されるという優れもの。事前に水に溶いておいたり、溶いておいたはずのが沈殿してて慌ててかき回したり、という手間が一切不要になった! まるで塩コショウでもするかのような手つきで「とりみちゃん」をふりかければ、あとは全体をあおって混ぜていくだけで見る見るうちに全体に片栗が混ざり、いい感じのとろみがついていく。うーん革命的だぜとろみちゃん。

…出来上がった牛肉野菜炒めは食欲が勝ってバクバク食べてしまい、写真撮るのを失念。
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2006-07-10(Mon)

「病状変化なし」、されど疲労困憊…

7月10日(月)
夕べは2時前に寝る。朝は連れ合いが6時半ころ目が覚めてしまったようで先に起き、俺はしばらく布団にいたが結局7時前に起きてしまう。今日は曇天、雨は降りそうだがどうだろう。朝は昨日買ったメロンパンにアイスコーヒーで簡単に済ませる。その後今日から京都へ出勤する連れ合いは7時半ころ、一足先に出かけて行った。その後こちらは8時過ぎに家を出る。
財布の中を見ると万札しかなく、これじゃ(先月のこともあるので)タクシー乗れないなあと思いつつ17号に出ると、ちょうど池袋行きのバスが来たので乗ってしまい、結局区役所前までバスで行く。こういう「不特定多数の人」がいる「閉鎖空間」は風邪などの感染が怖いので避ける…はずだが、乗ってしまったものはしょうがない。
区役所の中のATMで千円札を数枚おろして、そこから病院まで千円ちょいだろうという計画だったが、区役所に入って何を思ったか、住基ネットの写真入りカードを作る手続きをしようと思い立ってしまう。俺の場合運転免許証がないので、身分証明になるものといえば保険証くらいしかない。これには写真がないので、公的な身分証明としては一ランク弱いものという扱いになり、別なものを追加で要求されたり、不便なことがままある。なので住基ネット(システムの脆弱性とか危険性とか、あるいは国民総背番号制の是非とかは置いといて)のカードに写真を入れると、公的機関が作った身分証明書として認められるというので、いつか作ろう作ろうと思って機会を逸していた。今回区役所にせっかく来たので、どうせその場では発行してもらえないから、手続きだけして帰りに寄ろうと考えたわけ。とりあえず外の証明写真撮影機に500円入れて顔写真を撮影し、それから指定された窓口に行くと「申し込み用紙を書け」というので書く。すると、横に置いてあった、さっき撮ってきた写真を係のおっさんが見て「あれ、これサングラスかあ、一応透明じゃないと身分証明になるカードだからなあ…メガネこれしかないの?」と不吉なことを言う。俺が書きながら「はあ」とか答えてると「うーんどうかなあ、行けるのかなあ」とひとりごちた後、「ちょっと係長に聞いてきますんで」と引っ込んで行った。嫌な予感がしていたらやはり、「これ、せっかく撮ってきてもらって申し訳ないんですが、取り直すわけにいかないですかねえ」と言うので「ええ?」と嫌そうな顔をすると、また奥に引っ込み、係長とやらに掛け合ってくれたようだが、すごすごと「やっぱりこれ、目がはっきり見えないとダメらしいんですよ」と言う。どうやらお役所なので一切融通は聞かないだろうと瞬間的に判断し、「ああ、じゃあいいよもう」と写真をつかんで立ち上がる。「その係長に死ねって言っとけ」という言葉が喉まで出るがこらえて、「すいませんね」と済まなそうに言うおっさんを手で制し、そのまま外に出た。時間と500円の無駄だった。
中仙道の方へ出て東京三菱UFJ側へ渡り、タクシー代の千円札を出すためにATMに並ぶ。ところが4台あるATMにへばりついてるおっさんや爺さん、女がみんな振り込みを一人で何度も何度もしているようで、全く動かない。俺の前には2人待っていたが、5分ほどしてようやく一人だけが動き、その後もしばらく待たされる。なるほどこういう日は何をしても全くダメだと思い、諦めつつひたすら待つ。「ったく振込みなんか今時ネットでやれよ!」と叫びたくなったところで俺の番になったので9千円下ろしてすぐ外に出る。この間1分かからず。それから区役所の中を通って山手通り側に出て、ちょうど来たタクシーで日大病院へ向かう。
この時点でもう9時、9時指定の採血に間に合わない。別に間に合わなくてもいいのだが、9時過ぎになるとグッと混雑するから待たされるのが嫌なのだ。ていうか最初からタクシー待って直接行けば良かったのだけど。診察予約は10時だが、このままだと採血の結果が診察時間までに出ないから、遅らされる恐れが大…と思ってると9時10分前には何とかついた。すぐ内科受付で連絡表を貰い、地下の採血受付へ行くと64番で、案の定待合室の椅子は全て埋っている。あららと脱力、廊下の長椅子に座って待つ。20分以上待たされ、9時半を過ぎてようやく呼ばれて2本採血。いつもならここから1時間とか1時間半とか時間をゆっくり潰すのだが、今日は10時予約なので、もう20分ほどしかない。しかもその20分じゃ採血の結果は出ないから、恐らく10時には呼ばれないと思う…けれども、だからといって何分後にずれるかも不明。ということは予約の時間には中待合室に入り、あとはひたすら呼ばれるまで待つしかないのだ。やれやれと思いつつ、でも自分が悪いんだよな、何で区役所なんか寄ったかなあ、ていうかそもそもバスなんか乗るから区役所へ…とかいろいろ後悔しつつも、やっぱり自分が悪いんだしと納得しながら中待合室の3番診察室のドア前の椅子に座る。音楽聴いて呼ばれたのを聞き逃すのも怖いので、携帯のVアプリで麻雀ゲームをしこしこやる。すぐ10時になったが、案の定俺の予約は飛ばされたようで、順番に1人、2人…と消えては出てとこなされていく。
10時40分を過ぎたあたりでようやく呼ばれたので入ると、U先生「何かお変わりありました?」と聞くので「いや、それが何も…」といつものように答えると、先方も「採血の結果でも全く変化ないですねー」とのこと。変化がないことはいいことだし、それが確認できるのは安心につながる。ホッとして、採血の結果を見せてもらう。WBCは前回1400まで落ちたのが1700になっている。このあたりはやはり誤差範囲なのだろう。血小板も10万を上回っているし、貧血も軽度なので心配なし。LDHは高いままだが、それも200台でずっと来ているから変化なし、CRPの炎症反応もない。肝機能その他も全く今のところ異常なし。従って「様子を見ましょう」が引き続き現段階での「治療方針」となる。触診もしていただくが、やはり変化なし。
こないだ出してもらった消化剤のベリチームだが、U先生が「どうでした、効きました?」というのでここ数ヶ月の間、2週間に一度くらいは消化不良で吐いたりしていたのが、ちょっとまずいかなと思った時は食後にベリチームを飲むようにしたら、一度も吐かなかったと話す。すると「じゃあまた出しておきましょう」ということになり、2週間分処方してもらう。まあ必ず毎食後飲むわけじゃなく、肉を食べた時、市販の油こい弁当を食べた時の後などに飲むようにしているから、量的には十分だ。
さらに「骨髄の検査=マルクをそろそろやりましょうか」ということになり、今回は生検も含めたやつをやりますというので、7月31日に一度マルクのために病院へ行くことになった。生検もあるということは、通常の骨髄穿刺の針よりさらに太いやつになり、そして痛みも倍率ドン、さらに倍! である。去年、最初のマルクがそれだったが、うつぶせになってベッドのパイプをつかんだ手が内出血したのを思い出す。とにかく痛いんだ、あれは…。だが受けないわけにはいかない、癌の進行を見るうえでは欠かせない検査なのだ。
次回診察日は一ヶ月後でいいということで、8月の14日となった。この日には31日のマルクの結果も出ているだろうとのこと。礼を言って診察室を出て、地下で会計を済ませ、外に出る。雨かと思った天気は薄日が射すくらいになっていて、気温もぐっと上がっている。今日は内科受付前の廊下はいつもよりもぐっと混雑していたが、いつもの調剤薬局もやはり混んでいる。なので並びの少し小さめの薬局へ入り、処方箋を渡し、10分ちょっと待たされてベリチームを受け取り、外へ。病院の敷地内へ戻り、バス停を見ると11時半、21分の赤羽行きは出てしまったばかり。やれやれと思っていると池袋行きがそろそろ出ます、みたいなことを言ってたので走って乗り込む。乗り込んでから何故池袋へ行かねばならないのか全くわからなくなってきたので、千川で降りる。そこでメシ食ってライフで買い物して帰ろうと思ったからだが、よく考えたら俺は今日坂上のジンコーヒーでアイス用のフレンチロースト豆を買うつもりだったのだ。ライフで買い物をして荷物を持って坂上へ行くのはバカバカしい。じゃあマクドでメシでもと思ったらちょうど昼で混雑しており、全く無意味に外に出てタクシーに手を挙げる。そのまま坂上まで行ってもらい、ジンコーヒーでフレンチローストを600gひいてもらい、レトルトカレーパック5袋セットも買う。おくちゃんで久々に立ち食い蕎麦食おうかと思って歩いていくと休み。ナンだよと思い本屋をちょっと覗き、洋菓子屋でマドレーヌなどを買うとけっこう荷物になったので、結局オリジン弁当を昼用にしょうが焼きエビフライ弁当、夕飯用に唐揚みぞれ和え弁当を買い、タクシーで帰宅12時45分ころ。
今日は本当に間が悪かったというか、俺が悪いのだが判断ミスの続いた日だった。精神的にドッと疲れた。
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2006-07-06(Thu)

水出しコーヒー三昧

7月6日(木)
Amazonから注文してあったタイガーの水出しコーヒーが作れるコーヒーメーカーが届いたので、早速使ってみる。水出しは一回目は早く水を落としすぎたのか薄めでたいしたことはなかったのだが、水をゆっくり落とすようにして4時間くらいかけて出たのを飲んでみると、なかなかの美味。去年は珈琲館の炭火コーヒーのようなアイスコーヒーが飲みたいと思い、試行錯誤をした結果あみ出したのが二度出し法。これはまだ癌告知を受ける前だったが、まず普通にコーヒーメーカーでコーヒーを作る。次にその熱いコーヒーを使い、新しい豆でドリップするという方法。熱い出来立てのコーヒーを再度コーヒーメーカーに入れるわけにはいかないから、コーヒーメーカーでは次の分のコーヒーを水から作り、二度出しは鍋に移したものを別なポットにフィルタでドリップするしかない。なのでこうした作業を台所でひたすら暑い中汗をかきつつやってたことを思い出す。
この水出しができるコーヒーメーカーの場合、豆はホットよりは多めに使うが、二度出しよりは少なくて済む。それに何といっても数時間かかるとはいえ、ほっときゃ出来てるわけで、病弱の身には助かる。それに熱いコーヒーを冷蔵庫で冷やすのは時間がかかったし、熱いものを氷に注ぐ方法だとどうしても薄くなったわけで、それを思うとフレンチローストの濃い味がそのまま出て、アイスにもすぐなるのでいい感じである。その後も夜まで3、4回出して2ℓのペットボトル一杯溜まったのを冷蔵庫で冷やした。今年の夏はアイスコーヒー三昧だな。

TIGER 水出し&浄水コーヒーメーカー クロムシルバー ACO-A060SJ

タイガー

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今日は「お見舞い」として編集者の長沢さん・漫画家の宮脇要子さん夫妻から野菜ジュースの詰め合わせが届いた。ありがとうございます。さっそく夫婦でいただきました。
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2006-07-02(Sun)

「出版不況」--細く長〜く…ではダメか? 補の改

★昨年5月にアップした白取特急検車場【闘病バージョン】:「出版不況」--細く長〜く…ではダメか? 補の改稿です。
★何か自分の命があまり長くはないと知って、もっとはっきり言っておきたいことが増えてきましたので。


 「マンガマスター ―12人の日本のマンガ職人たち」の項で紹介したように、日本漫画がどんどん欧米に紹介され、アチラ側からも積極的に日本漫画を研究する人が増えている。
 俺も昔、ブラスト出版というところから「Comics Underground Japan」(Blast Books)というガロ系漫画のアンソロジーを出したことがある。原稿をセレクトしたり向こうに複製を送ったりしたのが95年ころ、本がアメリカで出版されたのが1996年だから、いくら何でもガロ系の漫画をアメリカで紹介するのは早すぎたか、と。
 その後2000年になって、先に言及した「Secret Comics Japan」(Viz Communications Inc.)を編著書としてVIZさんからやはりアメリカで出版させていただいた。
 その後、ブラジルのConrad Editraがそれらの仕事を見てコラムやインタビューの仕事をくれ、一時は日本での編集エージェントになったのだけど、向こうの経済的事情と体制の変化で解消となった。井上雄彦さんにConradの仕事でインタビューしたのは2002年頃だったか。

 ともかく、日本の漫画やアニメーション、関連してゲームなどが世界的に優れた文化、表現でありコンテンツであることはもう充分認知されている。けれども、優れた漫画やアニメがたぁぁくさん世に出て久しいこの国、他ならぬ日本の、特に政官界がそれに気付くのはずいぶん経ってからだったと思う。宮崎駿さんの作品が国際的に高い評価(『千と千尋の神隠し』が第52回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞)を得て、はっきりと「これからは日本の漫画やアニメも世界にアピールできる有力なコンテンツだ」「ビジネスだ」「ひょっとして誇りうる文化かも」となってきたに過ぎないような気がするのね。
 以前から、小野耕世さんのように積極的に世界に向けて日本の漫画やアニメを紹介されていた先達はたくさんおられますが、ほとんど孤軍奮闘というか手弁当っすね。国が力を入れてバックアップするとか保護をして次代の作家を育てるとか、そういう動きは本当に鈍いし不十分だ。
 けれど、では、国なり地方自治体でもいい、要するに政や官の側が「保護」したり「後押し」するようになると、はっきり言って俺らは迷惑なことも多い。
 つまり彼らは自由な漫画やアニメというコンテンツ全てを「保護・育成」しようなどとは思わない。保護して「いいもの・悪いもの」を必ず選別する、いわばそうした「お上のお墨付き」のものとそうでないものに分かれるだろう。で、そういうお墨付き、昔よく言った「文部省推薦」のもので面白いものってあったかね? いやまあ全部がつまらないとは言わないけれど、ガロ系、例えば根本さんとかマディ上原さんとかキクチヒロノリさんとか絶対未来永劫、お墨付きは得られないし、たぶん見つかったら抹殺しようと動かれるかも知れない。
 それは冗談としても、漫画っていうのは人を数百円で笑わせたり泣かせたり感動させたり怒らせたり欲情させたり、ともかく一番手軽な大衆の娯楽だったんすよね。そういうところにお上、官憲だとかが入ってくるとロクなことにならない。だから別にお墨付きもバックアップも本当は必要ないんすよ。必要だと叫んでる人もいるのかも知らんけど、俺は迷惑。ガロ者だからかねえ。

 お上になんか評価されんでも別にかまわない、むしろほっといて欲しい。褒めなくても、世間知らずのキャリアエリートや政治家、お利巧ちゃんの学者だのが無理に理解あるところを示そうとしてか、小理屈をこねまわして漫画を褒めるのを見聞きすると、何かムカムカするのよ俺。漫画も理屈こねなきゃ読めない、不幸な人間のような気がする。
 ともかく、別に日本では漫画やアニメはほっといて、業界に任せといてくれと思う。これから漫画やアニメが世界に誇る日本の文化・表現・コンテンツ・ビジネスになる、それを国が認めバックアップしようと思ってくれるなら、最高のバックアップは「口を出さず、規制をせず、ほっといてくれること」です。
 そうしておいてさえくれれば、諸外国でもちゃんと日本漫画のいいところを理解する人たちはどんどん現れるし、増えてくる。

 最近、やまだ紫「愛のかたち」がフランスの出版社Editions PHILIPPE PICQUIERより仏語訳の刊行が決定した。かの出版社では、この作家の過去の作品を非常に高く評価し、これ以外にも複数刊行したいと話しているそうだ。

 ところが、彼女の漫画作品で日本で読めるものは何点あるのか?

 連れ合いだから言うのではない、編集者になる以前から、連れ合いとなる以前から、「性悪猫」「しんきらり」を漫画史に残る名作だと思っている。当然フランスからも高い評価を受けた、当然だと思っている。なぜ、日本ではその正当な評価をしないのか?  と思うのだ。
 お上の評価など、どうでもいい。われわれ業界や、読者の目に任せておけ…と胸をはって言いたいのに、では「漫画の国ニッポン」の読者レベルはというと、どうだろう。
 津野裕子という、やはり非常に優れた漫画家がいる。先に述べた、アメリカで出版したアンソロジーでも絶賛された才能である。日本では一般の漫画ファンでも知る人は少なく、著作も弱小版元から3点、それも2点は品切れという津野裕子作品を、アメリカ人が外から高く評価する。
 キャリア30年を越え、新作の評価も高いやまだ紫作品を日本の版元は「見殺し」(品切れ状態で再版もせず放置状態)にしている現状、そしてやはり外からフランス人がそれらの作品を高く評価し、出版する。こうした状況は枚挙に暇がない。
 漫画の国ニッポンつったって、結局はたくさんの人が見る「マス」のコミックがたくさん売れてるだけの話なんですよお客さん。テレビでちょっと宣伝すりゃガーッと売れる、マスメディアが「右向け右」と言やぁほとんどのイッパン大衆はその通りに動く、コミックも「産業」になって久しい現在、その例に漏れません。
 漫画という優れた表現が、日本という国で独自の進化を遂げ、今だに進化し幅を広げているというのに、読者がついていっていない。四半世紀前くらいまでは、マスコミが大きく漫画を取り上げるということも少なかったし、漫画が原作で映画になるなんてのは、アニメを除けば、安易に作れるアイドルを主役にしたどうでもいいプロモーション映画でもなければほとんど見られなかった。漫画は「表現」としては不当に世間に虐げられ、蔑まれていたといってもいい。
 漫画は何とかして世間に認められようと、いや、そんな気負いなどなく、自由な表現を模索して、流行や商売ヌキで試行錯誤をして、メジャーもマイナーもシームレスで切磋琢磨していたいい時代があった。
 漫画はその後テレビドラマや映画の原作になることは珍しくなくなり、普通に漫画を大人になっても読む世代は還暦を迎えるという時代になった。漫画を差別するような人間は本当に少なくなった、社会も変わった。何せ政府が漫画を日本が世界に誇るようになったのだから。
 でも、日本ではテレビが最大のマスメディアとしてだけではなく、大衆を簡単に動かせる巨大な影響力を持つ唯一絶対の手段となってしまっているから、テレビに出ていれば阿呆でも先生、テレビに出てれば下手糞だろうが有名歌手、テレビに出てれば芸がなくても芸能人…と、とにかくテレビ至上主義となってしまっている。大衆は独自に優れた表現を探す努力を放棄し、テレビに審美眼を一任してしまって久しい。何だこの国の文化って。
 インターネットの時代になって、ようやくテレビに対抗し得るメディアの台頭を予感させるようになったものの、やはり不特定多数への絶対的な影響力という点では全く太刀打ちできない。ネットからスターに、というパターンは、結局その「素材」を「テレビが取り上げたから」そうなったに過ぎない。

 …こんな情けない状態をいつまで続けてるのだろう、そう思うと胸を張ってお上に漫画という表現を「いいから黙って見とけ」と言ってもいられないではないか。 メディアを大衆という「受け皿」に送り出す「送り手側」で、テレビに対抗してきたのは版元、出版社側だ。それはずっと、出版といってもあくまで活字であったが、活字の世界では相変わらず活字至上主義者が跋扈している。だが売り上げという点で漫画がそれを支えるという自己矛盾も同時に抱えている。それでも活字側が一定のリスペクトを得ていると、それが錯覚だとしても、一応そういう了解の構図がある。売れる・売れないだけでは測れない、その作品そのもののを評価し、いいものを後世に伝えていこうという気概がまだ、かろうじて残っている。(危なくなってきているが)だから、一定のリスペクトを社会から受けていられる。
 漫画の世界ではどうだろう? 過去の名作を今に伝えよう…と言って引っ張ってくるのは、結局過去に「マス」として売れたものではないか。ジャンプやサンデー、マガジンなどに代表される、その時代にバカ売れした作品を数十年後にまた引っ張り出してきているに過ぎない。もちろん、優れた作品だから過去にバカ売れしたのだろうし、実際に今見ても面白いものも多い。だがそれらは、昔も今も巨大な大手版元という資本のもと、送り出されたものである場合がほとんどだ。
 ガロ系などの作品は昔も今もほとんど社会に大きく紹介されることはなく、従って一部の濃い漫画ファンの間で細々と語り継がれていくしかないのだ。
 昔は、いや少なくとも俺がいた頃のガロ=青林堂の頃は、弱小の版元であればあるほど、小部数でもいい本を出していけた。2500部や3000部を、それこそ「無くなったらすぐ再版」していった。結局いっとき、流行でバーンと売れるものより、版元を支えていってくれたのは、俺たちの毎月の給料となり版元の土台となってくれていたのは、そういった「本当に長く愛される、時代に左右されぬ優れた作品」であったはずだ。
 だが今、売れる・売れないだけが価値基準となり、弱小版元は本を出したところで書店で棚を貰えずに、評価を得る前に大衆の目に届くことすら出来ないのが現状だ。目先の利益を追わねば版元は自転車操業が出来ないから、勢い初版部数は低く抑え、その代わりサイクルを早くする、いわば「ヒット&アウェイ」的な、刹那的などうでもいい本が増える。点数が増えればこれまた書店でのスペースの奪い合いとなる。
「いいものを長く売れ」なんて、もはやそういう現場では鼻で笑われるだけだろう。

 だが、言い続けなければならない。

 出版不況でいろいろ考えてきたが、「本当に良いものを長く売る」ということは全てではないが、選択肢の一つとして確かに、あると思う。
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2006-07-01(Sat)

ラーメンとタバコの煙

7月1日(土)
夕べは2時ころ寝て、今朝は猫の出入りで何回か起こされたが、11時前に先に連れ合いが起きた後もうとうとを繰り返し、11時半ころにようやく起きる。病気になってから、本当に一度寝ると起きるのが重い。スパッ、シャキッと爽快に目覚めることがほとんどないのはどうしてだろうか。今日は曇天、だが気温は高そうだ。梅雨に入ってからあまり雨が続いたという記憶がない、今週も月〜水まで雨という週間予報だったが、結局月曜にちょろっと降っただけ。今日の予報は一時的な雨だがどうなることか。
その後12時前に支度をして、夫婦で志村坂上に出かける。あっさりした醤油ラーメンが食べたいね、という話を夕べしていて、今日は買い物もあるので板橋中央総合病院向かい、イタリアンレストラン・プチアナ隣のラーメン屋に行くことにした。
俺は味玉ラーメン、連れは冷やし中華、二人で餃子一枚。ここのラーメンは取り立てて美味! というわけではないのだが、魚ダシのきいたごくごく普通の醤油味。この「ごく普通の醤油味」が恋しくなる時ってありますよね。ええ、あります。解りますよその気持ち。という皆さんの声を聞きつつ、美味しくいただく。
だが途中から隣の二人掛けにジジィが二人座り、いきなりタバコをふかし出した。まあ一年前までエントツのようにタバコを吸っていた俺ではあるが、食べ物屋やカウンタでは吸わないのがマナーだと思い、守っていた。だがこういう輩はそんなことはお構いなし。今どき珍しいくらい、全く非喫煙者に無頓着な様子で、ゴルフの話をしながらムキキキと下品に笑い、タバコをぶううとふかす。その煙が空調の向きによってこちらへ来る。立ち上がってラーメンの汁を頭からかけてやりたくなったが、もったいないのでやめる。そもそも「タバコ吸わないで」と言いたくても、店が喫煙を許している以上、こちらは相手のマナーに期待するしかないのだ。文句を言う方が間違っている。ともかくラーメンも餃子も満足したが、食い物屋で喫煙と非喫煙を完全に分けられないのなら、禁煙にすべきだと思うがどうだろう。喫煙者とて、メシや麺と一緒に他人のタバコの煙を「食べ」たいとは思わないだろう。
店を出た後は小雨がちょろっとパラついた中、そのまま歩いて珈琲館へ入る。禁煙席で俺は炭火アイスコーヒー、連れは何か甘いやつを頼んでいた。その後買い物して帰宅。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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