2006-08-30(Wed)

今日のお茶濁し猫写真 060830

真っ白・青い目の美人、ユキちゃんなんすが…






















こんな顔で寝なくても…
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2006-08-27(Sun)

日本人の「民度」

登山家の野口健さんがTV番組でエベレストでの清掃登山の模様を紹介して、「酸素ボンベや出したゴミを平気で捨てて行く登山隊がたくさんあり、その多くが日・中・韓のアジア隊のものだ」と話していた。余談だが「ガロ」クーデター事件(「ご心配は有難いけど。」参照)直後、ボランティアで事態収拾にあたっていた我々は、糊口を凌ぐためにツテでいただいた某大手会社のWEBマガジンを隔週で取材・編集・アップ管理をしていた。その際、野口さんは五大陸最高峰登頂最年少記録保持者で、一度インタビューのオファをしたことがあった、その時彼は外国へ行っていて、残念ながらそれは実現しなかったということがあった。(その後曲折があり「グレートジャーニー」で有名な関野吉晴さんにインタビュー取材ができた)

さてエベレストだが、遺棄されたゴミを見れば、それがどこの国から持ち込まれたものかはプリントされている言語などですぐに解る。だというのに、平気で置いていくということは、「自分だけ良ければそれでいい」という民度の低さが感じられるというものだ。つまりそのこと=ゴミを残していくことで自分の国の評価に関わるというところへ考えが及んでいないということだろう。
先のアジア諸国が目立ち、ヨーロッパなど欧米系の国のものは少ないという。もちろんこれは民度というか環境保護への意識の高さもあろうが、ではアフリカ諸国や中南米もそうかというと、エベレスト登頂という「大プロジェクト」には人的にも経済的にもかなりのコストがかかるので、それなりの「力」を持つレベルに至った国じゃないと、独立した一国としての登山隊を組めないという側面もある。
極寒の高山にあるゴミは、バクテリアが分解することもなく、腐敗することもなく、全くそのままの形でいつまでも放置されている。もちろんそれを平地に持ち帰れば、それらはたちまち強烈な腐敗臭を放つことになるのだが、驚いたのは、遭難者の「死体」まで、かなりの数が遺棄されたままだということだ。酸素ボンベは30年くらい前のもので1本30kg。最近のものだと3,4kgくらいに軽量化されたそうだが、それでも何十本と消費すれば、それを持ち帰ることの負担はかなり大きい。なのでポイポイ捨てて平気で下山するのだろうが、死んだ仲間の死体までとは…。死体は服や靴なども入れれば70〜90kgくらいになろう、確かにそれを運ぶためには大変な労力がいるのは解るが、埋葬さえせず、放置とは驚きだった。
野口隊の清掃登山ではもちろん、ゴミもボンベも回収するし、遺体は埋葬し手を合わせているわけなのだが、ともかく野口さんは、「旅の恥はかき捨て」ではないが大自然を汚すこうした恥知らずな行為を「自分たちが国を代表しているという意識が低いということ」であり、つまりは国を大切にしていない、卑近な自分(とせいぜいその周辺)さえ良ければいいという考えしか持っていないという意識の低さの表れであると嘆いている。
では自分たちの国はどうかというと、日本を代表する名山、富士山が不法投棄のゴミだらけで世界遺産登録を見送られたというのは有名な話だろう。もちろん、野口さんはエベレスト清掃登山にいったん区切りをつけ、富士山の清掃登山にも力をいれているから、本当に頭が下がる。

富士山だけではなく、日本国中、ちょっと田舎に足を伸ばして、観光地からちょっと外れた寂しい山間部などへ行けば、不法投棄のタイヤの野積や産業廃棄物の山、そこまで行かなくても家庭から出た粗大ゴミがわずかな処理料を惜しむのか、道路わきに投げ捨てられたりしている光景を簡単に目撃できるというものだ。
富士山の場合は、観光客というよりは樹海などへ確信犯的に廃棄物を不法に投棄しに来るものが多いという。逆に風光明媚な観光地では、その自然を愛でに来たはずの観光客による自然破壊が問題となっている。そういった観光地では、地元は観光客の落とすお金で経済が成り立っていることも多いので、客には来て欲しい、でも大元の自然は壊さないで欲しい、という板ばさみだろう。
だがあるニュース映像では釧路湿原や知床、摩周湖など国内有数の大自然を誇る北海道の東部で、「もういいから誰も来ないでくれ」と地元の住民が怒っていた。ゴミを捨てるなど日常茶飯事で、入るなというところへドカドカと踏み込み、貴重な植物を踏み散らかす。取るなという草花をむしり取る。野生動物の生息地で静かにしろというのにギャーギャーゲラゲラと大声を出す。そういう観光客に、それまではそのお金も地元振興と環境保護に使われると、じっと我慢してきた地元の人たちが、「こんなバカ共ばかりが大挙して来るんなら、もうお金なんか落としてくれなくても結構」と言っているのだ。

日本民族は礼儀正しく綺麗好きでつつましく勤勉…っていつの話だろう。それでもまだ、日本の街頭は綺麗な方だと思う。行ったことのあるいくつかの外国の町々は、厳格に規制されている一部の観光地を除いて、普通の街角は本当にゴミや吸殻、痰やツバで汚れているところが多かった。日本はそういう意味では、どこへ行っても概ね綺麗にされている。しかしそれはもちろん、「綺麗にしてくれている人」がいるからに他ならないことを忘れてはいけないのだ。
ともかく、こうしたことを見聞きして、「日本人は本当にモラルが低くなった」「日本人の民度は地に堕ちた」などと言うつもりはない。「日本人は」と一くくりにされては、「綺麗にしてくれている人」たちに申し訳ない。モラル意識のない、あるいは低い「困ったちゃん=バカ者」がおり、その数が年々増えていると思う。
だが、海外から見たら、それもこれも全部ひっくるめて「日本人」である。特にエベレストの山頂で日本語の書かれたインスタントラーメンのビニール袋だのカップ麺だの、少年漫画誌だのを見た人たちはそう思うしかないだろう。ああ恥ずかしい。富士山を世界遺産に…ってもう、本当に恥ずかしい。

昨日のたまこさんの拙記事「猫殺し鬼畜作家」坂東眞砂子へのコメントで思ったことなんだけど、日本人の「捨てる」ということへのモラル意識の低さはゴミだけではなく、生き物にも当然言えることだ。
心ない「飼い主」に捨てられ、保健所によって引き取られた結果処分される犬や猫の数は、年間80万頭にのぼるという統計がある。もうずいぶん前、『動物のお医者さん』がブームになった頃はシベリアン・ハスキーを飼う人が増え、ブームが去ると巷にあの一見ちょっと怒ったような哀愁を帯びた顔をした犬種の野良が増えたっけ。こういった例はまあ山ほどあって、名犬ラッシーやベンジーやらの映画の後はその犬種、ムツゴロウさんの監督映画『仔猫物語』の後は茶トラ猫。記憶に新しいのは『アイフル』のCMの影響で日本中に溢れたチワワだろう。
捨て犬や捨て猫の数は年々増えているのは日本が決して民度の高い国なんかじゃないということだし、むしろその時々のブームに犬種や猫の種類が大きく変化するということは、いかにメディアに簡単に動かされ、熱が覚めれば次のブームに向かう「バカ者」が多いかということの証明だ。

言うまでもないことだが、猫や犬はゴミではなく「生き物」である。
自分も小さい頃からたくさんの生き物と関わって生きてきた。犬や猫だけでなく、虫もあれば金魚やシーモンキーだって。
いつだったか、まだ小学生の低学年だった時の夏、トンボをつかまえてきた俺は「昆虫標本キット」みたいなものの説明に従い、トンボの両の羽を虫ピンで台座に止めようとした。トンボを楽に「殺してやる」薬はまだ打っていなかった。手順を間違えていた。トンボの左の羽をピンで固定し、右の羽を固定しようと暴れるトンボの胴体を押さえつつ羽をグイと引いた。途端に「ミリミリ」と嫌な音がして、トンボの胴体は左右に避けた。中からは緑色のどろりとした液体が出てきた。小さかった俺は「うわぁ」と大声を出して玄関の三和土に尻餅をついた。もう、触れなかった。
短い生を必死で生きようと空を飛んでいたトンボを捕まえ、その小さな命を奪ってしまった自分の罪の大きさに自分は泣いた。それも生きながら体を引き裂くという残酷なやり方でだ。トンボはしばらく断末魔にのたうっていたが、そのうち静かになった。「ごめんなさい、ごめんなさい」と号泣しながら自分はトンボの骸を家の前の土を掘って埋めた。そうして、その後ただの一度も昆虫採集をすることはなかった。そうした「無意味な殺戮」を二度と出来なくなってしまったのだ。
今でも深刻な害がない場合に虫を殺すことは、何となく避けてしまう。増してや生きるためでもないのに面白がって動物を追い掛け回して殺す「狩り」や「釣り」はどうしても出来ないし、映像も気持ちよく見ることが出来ない。(そこを履き違えると、外来種を「キャッチ&リリース」して生態系を破壊した問題になる)

言い古されたことだけど、我々は「他者の生」の犠牲がないと生きていけない生き物だから、その犠牲に対して「いただきます」と礼を言って食べる。もちろんそんな深い意味などなく、形式的な食膳の挨拶・習慣として単純に発声していることの方が多いけど、忘れがちなのは自分のために「生」を「提供してくれた存在」への感謝だろう。菜食主義という人たちがいるのだが、植物も生き物である。しょせんは自分が生きるというご都合のために、他者の生を食らっているに過ぎない。動物を食わぬということでその罪というか、「業(ごう)」から免罪されるわけではないと思う。むしろ潔く人間や全ての生き物が持つ業を認めて、ならばせめて犠牲へ感謝して、必要以上の犠牲を欲さず、犠牲を残さないようにすべきだろう。そういう自分はどうかと問われれば、全くもって偉そうなことを言えた義理じゃないんですが。

今、スーパーの切り身で売られている魚と、水族館やテレビで見る生きた魚とが結びつかない子供たちが多いという。そこにはやはり、自分たちは他者の命をいただいているのだという、敬虔な気持ちは育たない。昔ある屠場を取材させていただいたことがある。普通なら、そういった社会の奇麗事の「裏側」を、「もっと見るべきだ」と勧めるのだけど、あれは勧められない。同様に、捨てられたペットたちが、迎えに来るはずもない「ご主人様」へのかすかな希望と、やがて来る「処分」という確実な絶望への予感とを湛えた目で必死に「助けてください」「死にたくない」と訴える保健所(の管理センター)も、勧めない。
以前、教え子たちに自由課題で取材をさせ記事にまとめるという課題を与えた際、捨てられたペットの最後を取材したいと申し出た子たちがいた。最初は生半可な気持ちでそういうところへ行くもんじゃないと諭したが、何度か話しているうちに本気であるということが理解できたので、許可することにした。まあ結果から言うと取材はNGに終わったのだけど、それでも良かったのだと思う。彼らは取材を申し込む段階で、どういう趣旨でこういう意図を持って紹介したいということを熱心に相手側へ伝え、相手側はこれこれこういう理由でそれは許可できないというやり取りがあった。その何度かのやり取りで、お互いに理解し合う部分があり、お互いが納得した中での「取材NG」だったからだ。
屠場にしろ保健所のセンターにせよ、そこにいる人たちは決して好き好んで生き物の命を奪っているわけではない。そのことを背景も含め、本当に心から理解して貰えない限り、安直にその現場だけを見せても、受け手の側の感受性に線は引けないから、一律にお断りするしかない。詳しくは書けないが、概ねそういったことだ。

そういった「現場」を見て何かを感じることの出来る者ならば、それはもう「そういうことがある」ということを知ってもらえるだけで充分なのだ。問題は、そのような存在を知ることもなく、知ったところでそれは別次元の話だ、自分だけは許されると思う傲慢不遜な人間だ。そういう連中は、ゴミを不法に投棄しても誰かが処分してくれると思うし、生き物を捨てても誰かが拾ってくれるだろうと軽く考える。誰も拾ってくれなければ行政によって捕獲され殺されることは知っている。だが「自分が捨てた、この生き物は別」と考えている。そいつらとて、家畜の屠殺現場や犬猫の処分現場を見れば、涙を流し「可哀想」と言うだろう。しかしそれを我が身の問題と考える知力を持っていない。だから、見せたところでそれは単なる「お涙頂戴」にしか受け取ってもらえないのだ。そんな馬鹿な、と思われるだろうか。

別なニュースでは、ある海岸で、浅利を密猟する人間が後を絶たないという映像を流していた。その浅利は漁協の漁師さんたちが稚貝をお金を出して買い、海辺に撒いたのが成長したものだ。いわば自然養殖の結果であって、当然それらは漁師さんたちの所有財産でもある。そもそも法的に漁業権を持たない者が一般人の禁猟区域で漁をすれば違法に決まっている。だがそういったことだけではなく漁師さんたちのものを盗んでいる、という側面もある。
彼らにマイクを向けると「ちょっとぐらいいいじゃん」とか開き直る者もいれば、すぐに「あ、じゃあ戻します」と海に投げ捨てる確信犯もいる。先のペットを捨てる「自分の場合は大丈夫」とか、不法投棄や密漁などの「バレなきゃ何してもいい」などに共通するのは、やはりモラル意識の低下すなわち民度の低さだろう。石原都知事が以前、中国での反日デモを評して「民度が低い」と言ったが、それでは日本が高いのかどうかは大いに疑問だ。比較の対象が間違っているかも知れないが、「民度」ってそういうことも全て含んでのことだろう。

それにつけても、以前「他人を見下す若者たち」でも書いたけど、自分の中に「内なる戒め」を持たぬ者が増えていると思う。昔と今とでは社会環境が違う、だからモラルも変わっていく…という論法があるが、違うと思うよ。例えば目上の人にタメ口をきくな、という「常識」がある。これはもちろん長幼の序という儒教的な礼節の教えではあるから、時代が変わって多少崩れてくることは(不愉快だが)仕方のないことかも知れない。(儒教でいえば、女は家にいろ的な女性蔑視はむしろ排斥されていいという乱暴な意見もあるが、儒教の教えってそんな単純なもんじゃなかったと思うが。例えば「長幼の序」にしても、単に「年長者を敬え」ではなくて、そこには「長じた者は幼い者を庇う」ということが付随していたはずだ)
だがいつの時代にも変わってはいけないこと、守るべきものがあるだろう。
法律やモラルウンヌンもあろうが、「お天道様に恥ずかしいこと」はしたくないと思う。
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2006-08-26(Sat)

最近のお取り寄せ

食品の裏側―みんな大好きな食品添加物

東洋経済新報社

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著者の安部司氏は、以前食品添加物会社のトップセールスマンで、作れぬ味はないと豪語するほどの凄腕「添加物合成マン」でもあったそうだ。最近講演などで、白い粉からアッという間に「とんこつスープ」を作ってみせたり、一見体に良さそうなビタミンCたっぷりの炭酸飲料が、いかに化学合成薬品まみれで作られるか、を実践して見せて人気の方だ。これを取り寄せて読んだのは半月くらい前だが、つい先日も別々の日に別々のチャンネルで何度かその実演を見たので、かなりの人気とみた。
人気、というと不謹慎かも知れない。この本はよくある「食べてはいけない」みたいなものではなく、自分らが普段口に入れているものにはどれだけの化学薬品が入っているかを知り、知った上でそれらを摂取することを選択するのか、あるいは違うものを選択するのか、それは消費者の自由だと述べている。つまり知れば本人が自由に選択できるから、リスク覚悟で簡便さや安さを取るか否かの判断材料になるということを教えているのだ。知らないということと、知っているということは大きな違いがある。
だが現実にスーパーやコンビニで買い物をすれば、その際成分表を見てお判りのように、添加物なしのものを探すのは極めて難しい。
結局、産直みたいなものがいいことになるわけで、ではそういうものが安価に手に入る環境というのは都会から離れた山や海に近いところということになり、食の安全と引き換えに別なものを犠牲にすることにもなる。こういった生活上の矛盾は、現代では普通に生活していれば必ずつきまとうもので、もうどうしようもないことだろう。ああ恐ろしいとか大変なことです、で結ぶのは簡単だ。俺の感想としては、解りました、でもどうにも出来ません…

2ちゃんねるで学ぶ著作権

アスキー

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これで著作権法を真面目に学ぼうと思う人はいまいが、まあネット上で掲示板へのカキコやブログにせっせとペーストなんかをしている人たちは、読んでおくといいかも。会話形式になっているので軽く楽しく、読めてしまう。2ちゃんねるもここまで巨大になっちまうと、ひろゆき氏もいろいろ大変ですなあ。
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2006-08-25(Fri)

漫画家になりたい人へ

前記事「ガロ的編集道」ってに関連することです。

先日、連れ合い(やまだ紫)が教えている京都精華大学マンガ学部のAO入試が行われた。その様子については外部に漏らすわけにはいかないし、突っ込んだことまでは聞いていないので機密漏洩なんかそもそも出来ないんだけど、エピソードとしてやまだの体験談を一つだけ。
ある学生が
「『ガロ』が無くなってから、自分はどこへ作品を持って行ったらいいか判らない」とか
「商業誌で自分の作品が受け入れられるかどうか心配だ」というようなことを言ってきたそうだ。
やまだが『ガロ』でかつて描いていた作家だと知っていてのことだから、今どきの若い子にしてはたいしたもんだと妙な感心をした俺ではありました(笑)。ちなみに、「今どきの若い子」は『ガロ』なんか知らねえよという向きは、少なくとも漫画を描いたり漫画家を志す若者たちには、通用しないという。みな、『ガロ』を「かつてあった」伝説の雑誌としてちゃんと認識しているし、リスペクトもしているという。
そうか、今はネット社会だからね、叩けばいくらでも調べはつく。読もうと思えば読める場所も確かに、ある。(ちなみにやまだ研究室に、自分が編集していた頃の『ガロ』を寄贈させていただいた)

「先日の記事に関係する」というほうに話を戻すけど、どうもその子は
商業誌という世界は資本の論理が先行し作家性重視ではないらしい
から
自分の描きたい作品が編集あるいは版元によっていじられてしまい
結果
作家としての自分を出せなくなってしまう
ということを危惧しているようだ。これには回答も含めてその場面の話があるのだけど、守秘義務があるので(笑)詳しくは書けない。
まあともかくそんな話を京都から帰り、遅い夕飯を取る連れ合いから聞かされたわけだけど、俺個人の見解なら問題はないでしょう。

そこんとこに関連して、前記事「ガロ的編集道」ってで述べたように大手メジャー商業誌の世界にだってちゃんとしたプロの漫画読みである編集者はたぁ〜〜〜くさんおり、むしろサラリーマンやっつけ編集者の方が少ないでしょ、ということが一つ。俺、大手メジャーの「マス・コミック」を憎んだり否定したり(笑)、してないっすよ全然。
さらに、先日も「マス・コミックの力に驚嘆」で述べたように、「商業的な成功」と「作家性を強く出すこと」と「高いレベルでの創作」を同時に実現させられる作家たちもたくさんおられると思う。
さらに手前味噌を続ければ「マス・コミックの力に驚嘆 2 」で引いた『ガロ』からメジャーへ巣立って行き成功している作家の一人である、古屋兎丸氏の言う
「メジャー誌という制約と要望の多い中でどうやって自分を出すか、どう表現していくかを考えていく」
ことが出来なければ、商業誌で作品を発表すること=漫画でメシを食うことは出来ない。
プロというのは、その道で食える立場にある人のことだ。プロの漫画家というのは漫画で原稿料を得て生計を立てている。そうである以上、対価=原稿料を支払う側からの、何らかの意図なり干渉なりが入るのは仕方のないことだ。だからといってそんな環境では自分は作品は描けない、というのであればプロの道を諦めて、同人誌などを発表の場に選択するしかあるまい。それはそれでいいが、ある意味自慰行為を他人に見せているようなものと言ったら言い過ぎか。

優れた作家というのは、商業誌であろうとキチンとオリジナリティを持った作品を高いレベルで発表できる人のことだ。
あの『ガロ』からだって、たくさんの人がメジャー・非メジャーを問わず商業誌へ巣立っていっているではないか。
つまらん心配をする前に、まず自分のオリジナリティ、作家性とは何かを真剣に考え、技術を高め、お話を創る下地になる様々な「表現」を吸収することに時間と労力を費やしたほうがいいと思う。

漫画とは「絵とお話の両輪だから」は、我が師であった長井勝一翁の言葉だ。
当り前じゃん、と思う人も多いとは思うが、実際、『コミッカーズ』(美術出版社)以降、アマチュア作家の画力というかテクニックは物凄く進歩した。プロがどんなペンを使ってるのか、どんなトーンワークをしているのかなどなどが公開されて久しく、テクニックに関してはプロを凌ぐアマチュアもたくさんいる。まあアマチュアの場合「好きだから」という理由で流行りの絵柄を模倣しているうちにそうした絵ばかりになってしまっている感もあるが、ともかく、絵に関してはかなりのスキルを持つ「アマチュア」も多い。だが「話を創る」部分はどうか、と。

昔勉強した写真・カメラの世界では、機材に凝りプロ顔負けの道具を多数所有し、技術と理論に長けた「アマチュア」のことを「ハイ・アマチュア」と呼んでいたと思う。他の分野でも使うのかも知れないが、ともかくこのようなハイアマは、技術面では確かにプロと同等あるいは凌ぐほどの「腕前」を持っているが、肝心な「絵心」がないため、構図は凡庸だったり、対象が全くつまらなかったりすることが多い。
漫画の世界のハイ・アマには、もう一つの車輪である「お話」が創れない人が多い。
それは、同人作家の多くが「創作系」ではなく「パロディ系」であることからもよく解るだろう。もちろんパロディとて、本編の「アナザー・ストーリー」を創るという反論もあろう。だが、しょせんは、人が産み出した世界の上にアグラをかいているに過ぎない。
いや、同人漫画はそれはそれでいい。なぜなら同人漫画だからである。好きな人が好きなように描き、それを好きな人が対価を払って買うわけだから。

さてハイアマの多くは絵だけを見れば(オリジナリティという部分ではともかく)、それはそれはペンは走ってるし道具も使いこなしてるし、背景やパースもプロ並だ。だが創る話が三文芝居…という場合が多い。これではいくら絵がうまくても、全く使い物にはならない。いや、原作がついて単なる絵描きとしてなら通用するかも知れないが。
漫画家、というのは単なる絵描きではない。
長井師の言葉を借りるまでもなく、ストーリー創りが伴って初めて漫画家となる。別に集団で分業体制でも構わないが、ともかく漫画というのはそういう表現だ。
絵、デッサン、技術の巧拙は、何とでもなる。教えればよほど不器用な人でない限り、大概上達する。
でもお話をどう創るか、どうやって人を作品世界に引き込んでゆくか、それも自分という他にはない作家として、オリジナリティある作品を構築していくか、を教えるのはたいそう難しい話であろう。
例えば70年代に『ガロ』でデビューした蛭子(能収)さんなどは、他誌に軒並み「絵が下手すぎる」という理由で叩き落とされていた。川崎ゆきおさんも、『ガロ』以外ではデビューできなかっただろう。でも、そういった作家さんたちには「絵の巧拙」などどうでもいいほどのオリジナリティと、話の面白さがあった。それがその人の「作家性」だと思う。

昔、長井さんは俺が漫画家志望の18歳だった時に、いい漫画家にはどうやったらなれるかという稚拙な問いに対して
「いい小説いっぱい読んで、いい音楽いっぱい聞いて、いい映画いっぱい観な」
と言った。
全くその通りだと、二十年以上経った今でもそう思う。
どれだけさまざまなジャンルの作品に接し、自分の感性を鍛え、熟成させた己の創作意欲を作品に昇華させることが出来るか…が、いい漫画家になれるかどうかなんだと思う。
薄っぺらい人にはそれなりの漫画しか描けない。そういう人は、結局メジャー誌へ運良く行けたとしても、それこそ薄さを突かれて編集の言いなりになるしかないのだろう。

時間があるうちに、それこそ貪るように小説でも映画でも漫画でもいい、さまざまなジャンルの「表現」を吸収するべきだと思う。それらはその気になって見渡せば周囲に溢れているのだから。
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2006-08-24(Thu)

「ハンカチ王子」とか

8月24日(木)
連れ合いが京都から電話で、今日の夕方帰京すると連絡が入る。
毎朝、バイタルの記録とネットで各新聞などのニュースを一通りチェックするのが日課だが、白血病関連のニュースを見ていて、ちょっと気になることがあり検索して調べているうちに、このサイトある白血病患者の戯言にぶつかった。
teruさんという慢性骨髄性白血病の患者さんの、病気発覚から5年生存後までの記録。その途中途中の様子がまさしくドキュメンタリー小説のように記述されており、涙が出る。更新が2001年で止まっており、リンクサイトなどを見ても、この方が現在お元気なのかがわからないことが気にかかる。

●ワイドショーというか世間は相変わらず…ですね。

■早実のエース斎藤クンに人気沸騰
 「ハンカチ王子」って(笑)…。斎藤君の今後が心配です。変なスキャンダルに気をつけてね。
 今年の甲子園、たまたま仕事も休みだったので決勝は2試合とも見ることができた。俺の出身地である北海道と今住んでる東京の対決なんで、盛り上がって見たでしょう…と言われたんだけど、そういう意識では全く見てません。
 ていうか、北海道つうと一からげにされるが、俺の故郷の函館と苫小牧は何百キロも離れてて、他の県ならたぶん県が違ってるくらいだろう。ただ苫小牧は亡父の出身地で今でも墓と親戚がいるので親近感はあるけど。だから札幌や旭川、さらには稚内や根室とか言われると、もう全然知らない街と同じ。ゆえに、地元意識で甲子園を見て駒大苫小牧を応援したことは、ない。同様に、早実ったって西東京、それも国分寺(八王子と間違ってたくらい)。国分寺なんか行ったことねえよ俺(笑)。ただ王監督がリハビリ中であり、励ましたいというのを聞いて、ああいい話だなあと素直に思った。
 さてそんな2校の対戦だったわけだけど、純粋に一つのスポーツ、試合として面白かった。
 高校野球というと短期間に集中的に試合を行うことで批判もされるが、もう何十年もそういうルール、皆同じ条件下でやってるわけだから仕方がないこと。そこに昔の日本人的な悲壮感を見出す人もあれば、因縁や美談などのドラマ性を見出す人たちもいる。それぞれがそれぞれの思いを甲子園という舞台で戦えるという、ある意味特権を持った選手たちに託すわけだ。
 だけど、純粋にスポーツの試合と見ても、プロ野球やメジャーとは違った「野球」のスタイルがそこにあって、それはそれで面白い。ガムを噛みつつとか、金髪や長髪をなびかせもせず、暑い中キビキビと動く選手たちの試合運びが心地よいし、判定にも絶対服従で、確かに何か悲壮感みたいなものは感じる。ある程度ファッションを犠牲にさせられていることも、抑圧された中で必死で戦う…という、ストイックな美学のようなものに見える人もいるだろう。
 ともかく、夏3連覇という偉業を達せず、駒苫は「ハンカチ王子」に破れ、今やメディアは優勝〜優勝〜準優勝と、これでもじゅうぶんな偉業だと思う駒苫のことは忘れたかのように、「ゆーくん」を称え追いかけアイドル化させている。
 高校生ながら、あの落ち着いたマウンドさばき(選抜まではむしろ闘争心を外に出す熱い体質で、それゆえにカッとなって打ち込まれたというから、意図的なものだ)が出来ること、スタミナ、速球に加えスライダー・フォークのキレの良さにも驚いた。ヤマを張られた時にカッキーンとホームランされることが度々あったものの、確かに「プロ級」だ。だがやはり何といっても高校生離れしているのは、そのルックスだろう。
 特別にハンサムというわけではないが、(動物行動学者・竹内久美子的に言うと)シンメトリーに整った端正な顔だちと、他の子供たちのように眉毛をビッと剃っていないところが、男から見ても可愛いと思う。ニュースショーに引っ張りだこだった時にキャプテンと並んで映っているのを見ても、対照的にキャプテンが眉毛をほとんど化粧前の女の子のように剃っている醜悪さが目立っていた。まあ丸坊主でピアスも金髪もダメとなれば、眉毛くらいしかオシャレするところがないという気持ちは判るが、鏡見て自分を客観視するという「最低限の知性」を持てよ、と言いたい。その点「ゆーくん」の眉毛は整えてはいたが、男らしさを保ち、よろしかった。
 これからしばらくはスター扱いだろうし、ドラフトもある。進路を巡って周囲の大人たちと巨額の金銭がうごめく世界に放り出されることになる。さっそく、中田などのマネージメントをしている会社が動き出したそうだ。そこで自分を見失わなければ成功するだろう。まあ眉毛とマウンド捌きを見ている限りは大丈夫そうだけど、そこはやはり「野球少年」。親も含めた周りの大人がちゃんと守ってやらんと。
 ところで今大会、駒苫は「倒すべき敵」としての悪役(ヒール)的存在を引き受けたわけだけど、戦いぶりは薄氷を踏むようなものだった。だからこそ決勝はああいう激戦になったわけだし、どっちが勝っていてもおかしくなかったわけだ。なので絶対的悪ではなかったにも関わらず、ゆーくんが戦う相手ということで必然的に悪にされたきらいがある。田中君、可哀想になあ。
 日本人は判官贔屓だから、地元の高校が敗れ去った後は興味を失うか、そうでなければ「倒すべき相手」駒苫に「立ち向かう挑戦者」早実を応援する側にまわるだろう。
 ところが、現実には実力は伯仲していたわけだし、加えてルックスも完璧で都会的な「ゆーくん」に対して駒苫の田中君はゴツく田舎くさい容貌。さらに駒苫はご存知の通り去年あたりから不祥事もあり、甲子園にもよく出てきたなあというチーム。つまり、本来判官贔屓すべきは最初から駒苫であったのだ。田中君に幸あれ。

■パリス・ヒルトンが歌手デビュー!
 ってUB40の曲のパクリじゃねえかよ!
 UB40ってバカテク(ベースなんかもう、発狂しそうなくらいすげぇぞ)のソフトロック・フュージョンバンドで昔っから好きだったんすけど。金持ちなら何やってもいいんだな。
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2006-08-23(Wed)

「ガロ的編集道」って

自分は長井勝一「ガロ」編集長に叩き上げられ、ガロ的な「編集道」で鍛えられた「ガロ者」ではある。んでガロ的な編集道というのは何かというと、

無から作品を生み出す作家の才能というものを尊敬し第一と考えること
編集はあくまでその作品を世の中に送り出すサポーターであり良きアドバイザであること
作品は商業的成功=売れることが望ましいのは言うまでもないが、それを最優先にして作家に強制したり、混乱・疲弊させるのは以ての外であること


従って先にある作品と絵柄や作風が似たようなもの(成功の安易な踏襲)よりは、多少の冒険があっても独創性を評価すること
などなどが、そうであると自分は理解している。

中でも難しいのは、ここで言う出版というあくまで商業出版であるから、どうしても商業的成功つまり売れて欲しいということは作家・編集側共通の願いであるということだ。現実に、多少の稚拙さや冒険みたいなものを容認しつつオリジナリティを最大限に評価していく…ということと、商業的成功が両立していくことは極めて少ない。なぜなら多くの一般読者は「ナニナニのようなもの」を求めがちだし、「売れるパターン」という大手マス・コミック業界が作ったパターンに慣らされている。なので、それまで「見たこともないような」独創性のある作品・画風をすぐに受け入れ、ましてや評価するということは難しいからだ。要するに評価されるまで時間がかかってしまうわけである。

では「ガロ」デビューの異才というのはいつまでも認められないかというと、そうではない。誰にまず評価されるかというと、目の肥えた読者や批評家、そして大手非大手を問わず「漫画読みのプロ」である編集者などからだ。
「漫画読みのプロ」である(べき)編集者は、常に全方位に目を光らせて漫画を漁っている(はず)。どこかに新しい才能はないか、今自分の部署では受け入れられないかも知れないが、いずれきっと世に出すべき原石はないか、鵜の目鷹の目で常に探していると思う。俺は現役時代そうだった。エロ漫画から少女漫画まで、暇さえあれば貪るように読んでいた。余談になるが、読者投稿コーナー『4コマガロ』を始めたのも、半分はここからとんでもない才能が出てこないか、という編集者根性からであった。(もう半分は、読者諸兄からのお便りやハガキに時折沿えられてくるイラストや漫画に、素晴らしいものが多かったので気軽に公開させたいという意識であった=こちらを参照=WEB4コマGARO 歴史と殿堂

けれど、もうずいぶん前にある大手編集者と話していて、自分にとっては当り前だと思うこうした「漫画読みのプロ」として当然のことが、全く思い違いであったことがわかった。彼が言うには、多くの大手版元の編集は、サラリーマン化して分業体制になっており、自分の担当部署の競合誌程度しか読まないし、あとその他で読むのはせいぜい趣味の範囲くらいなのだという。つまり一般の漫画ファン、マニアと呼ばれる人たちよりも、実は漫画を狭い範囲でしか読めていないというのだ。なるほど、それではいつまで経っても似たような作品しか生み出せないし、発掘も出来ないだろう。
サラリーマン化というのは、そういったプロ意識の欠如もあるが、職人的編集者というものも減少させていく。
自分は職人型だと断言する(笑)が、それは貧乏な版元で、原稿発注と催促・入稿、写植指定と張り込みなどといった当り前の実務だけでなく、それこそ紙の発注から版下制作から製版オペーク(解る人は驚くだろう)から、果ては注文受注や品出しや返本整理・断裁、さらには書店周りの営業、取次営業まで、ありとあらゆることを経験した。単に貧乏で一人で何でも出来ないと仕事にならなかったからだけど、お蔭さまで「何でも知ってる、何でもできる」編集者になれたと思う。今でも出版編集のどの部署に放り込まれても、全く混乱せずに仕事が出来る自負はある、だから学校でも教えることが出来た。言ってみれば「編集の職人」であり、叩き上げの誇りを持っている。
サラリーマン編集者の中には、青焼きや刷り出しが半裁で上がってきた場合、張り合わせたり折って校正したりすることが出来ないのがいるそうだ。大手の場合は製版・印刷・製本までがセットとなっていて、大手印刷会社がグロスで全てやってくれる。写植貼りも、アルバイトたちがテキパキとやってくれる専門の部署がある版元も多いから、出来なくても大丈夫という。じゃあ何をやって給料貰ってるのかと疑問に思うほどだが、その分作家と密接に付き合い、指導したりしているんだろう。
別に大手編集者批判をしているのではない、そういった意識までサラリーマン化してしまった「サラリーマン編集者」にそれでいいのかよ、と問うているだけだ。何より、俺にこういった現状を嘆き、憂いている人が大手雑誌編集者なのだから、大手編集者が全てやっつけサラリーマンではないわけだ。ただ、漫画が巨大産業化してしまった今、資本・経済の論理で大きな金とたくさんの人が動くようになって久しいわけで、そんな中で「職人編集者」なんて言ったら鼻で笑われ「いつまでも貧乏やってんじゃねえよ」と言われるだけだろう。まあ俺の場合は正真正銘の「ガロ者」なので、それで結構だけど。
(アニメなんで関係ないかも知れないが、巨額の金が動きたくさんの人が動くようになって堕落した最も解りやすい例が、スタジオジブリだとよく言われる。ただ近年でも「千と千尋…」という質の高い作品を作るために、やはり何かを犠牲にしなければいけないのかも知れない、と思い直した。プロジェクトが巨大になれば、当然巨額のカネが動くし、解りやすい利害関係で動く連中がわんさかたかってくる。「作品」だなんて思わない、漫画もアニメも映画も単なる「商品」としてしか見ることの出来ない人が多く関われば関わるほど、万人が好むつまらぬものになるのだろうし、その状況下で敢えて「作品」を質の高いエンターテインメントに仕上げるのは並大抵のことではない。たいていはつまらないアイドルや旬の芸人やタレントを起用しては失敗に終わる。もっともそれが「マス」ってものだが。)


さて「編集って何だ」って問われることも多い。
「何だ」って聞かれて、「読んで字の如く集めて編むことだ」とジジィみたいなことを言っても説明にはならない。
一定の方針のもとに、いろいろな材料を集めて新聞・雑誌・書物などを作ること。また、その仕事。映画フィルム・録音テープなどを一つの作品にまとめることにもいう。
「―部」「雑誌を―する」「テープを―する」

三省堂提供「大辞林 第二版」より

つまり漫画や出版に限らず、メディアには何にでも「編集」という概念が存在する。ドキュメンタリー映画にも、撮影したフィルムを一つに「編集」したものを見せられているわけで、編集の手=意図や方針、あるいは思想や哲学が入っている。ニュース番組にだってもちろん編集が入っている。「一定の方針のもとに」というのが、それを送り出す側の組織なり個人なりの意図や方針、思想や哲学によるものだろう。
いきなりアレだけど、男子なら誰でも昔あるいは今、自分のエロ本だのエロビデオ(今はDVD)だのを見るだろう。それらの「素材」(笑)を、ある時自分の思い通りに並べ替えたり、色んな素材をくっつけたりしたりする人間が現れる。それが「編集」であり、それをしたことがある人なら編集者になれると思う。いや、本当の話。編集という作業は最初からオタク的なものだ。その対称が好きで好きで仕方がなく、愛すればこそ、自分好みに纏めあげたい。その愛の発露が編集という形で自分を動かすのだ…と、俺はそう思っている。

「ガロ者」の場合は、漫画が好きで、愛しているから、編集したい。そしてその愛すべき作品を生み出す作家は、最高の尊敬の対象だ。全く何もないところから、自分を感動させてくれたり、教えてくれたり、笑わせてくれたり愉しませてくれる作品を、世の中に生み出す人って素晴らしいではないか。
だから、作品を単なる「商品」などとはとても思えない。それは愛のない人間ができることだ。
冒頭に掲げた「ガロ的編集道」というのは勝手に俺がついさっき思っただけのことだけど、根底にあるものは一読者として漫画を愛した時から全く変わっていない。その自分がすうっと自然に「ガロ」の編集に入っていけたのは、そこに漫画への愛を認める「編集道」があったからに他ならない。



前項ご心配は有難いけど。に、一晩でたくさんのコメントをいただいたので、御礼と共に返答します。

■「ガロ」の嫌な死に方 (やまだ 紫)
やまだ紫先生ありがとうございます。私的には自分の連れ合いだけど、公的には自分の尊敬する漫画家であり、業界でも「ガロ」でも大先輩にあたるひとです。97年の事件の際には作家としていち早く、クーデター組が同義的に間違っていることをはっきり実名で指摘したひとでもあります。
彼女とは「性善説」について議論したことがあります。彼女はずっと人は生れ落ちた瞬間に悪であるはずがない、という「性善説」をとっていました。対して俺は「性悪説」で、そんな甘いことを言ってると寝首をかかれると言っていましたね。もう20年も前の話です。
あれから十数年経って、彼女が「性善説」を信じたいのに、裏切られる事件が起きたのです。
つい最近、彼女は対人関係が広がったことによって、年齢はほぼ同じながら、同じ漫画家の一人にひどく無礼な振る舞いを受け、その後はさんざんな嫌がらせや言われのない中傷までされて傷つけられた経験があります。ますます「性善説」がぐらついたのです。
連れ合いだから言うのではなく、以前声のデカい奴ほどよく喋るでも書いたように、やまだ先生は誰もが「真面目」で「穏やか」な人だと評する人物です。だからたびたび人に騙されたり、裏切られたりもします。そんな「善人」を騙す「悪人」がいる、つまり人間には二つのタイプがあると考えれば、人間は「性悪」な奴も「性善」な人もいるのかな、と考えてしまいますね。
それにしても、本当に『ガロ』は嫌な「死に方」をしたものです。

■なんといっていいか・・・ (龍騎)
いつもどうもです。
当時、たくさんの人が真相を知って「ただちに告訴すべき」と言ってくれました。もちろん俺は当事者ではないので、青林堂社長であったYさん、後継者になったFさんの判断に任せるしかなかったわけですが、この経過も「ガロ編集部総辞職(クーデター)事件」(白取特急★編集長日記/ガロ編集部総辞職事件顛末日誌に詳細公開しているように、確かに「裁判で争えた状況じゃなかったよなあ」でしたね(笑)。
よろしければ日本のサブカルチャーを考えるもご覧ください。

■なんだかつらいです (たまこ)
コメントありがとうございます。
Y社長、と書きましたがもちろん山中社長、ですね(笑)。この山中さんに全てを押し付けて、山中ガロを全否定する向きもあるんですが、それは全く的外れで容認できないことですよね。俺しかいないので何度でも繰り返しますが、山中体制の功績は倒産寸前のガロ・青林堂を経済的に救っただけではなく、間違いなく「ガロ」の部数を「特集導入・名作劇場導入・サブカルチャー情報誌化路線」によって3倍にまで回復させたこともあります。こうした部分と、皆の反対を押し切って映画を撮ったことや、『デジタルガロ』の部数を大幅に増やしたことなどで相殺させるというのは乱暴な論理でしょう。つまりは是々非々で評価せねばならないというのが俺の一貫した姿勢なんですけど、世の中にはそれさえ気に入らないという勢力があるんですよね。
いずれにしても、「山中ガロ」が好きだった、あそこから「ガロ」を知り遡った…という人もたくさん、いるわけです。その意味でも90年代ガロはキチッと評価されるべきだと思います。

■私は (しげ)
コメントありがとうございます。
>現実に「ガロ」亡き後は「アックス」がその世界を継承しているわけですし、あそこ以外には確かにできませんからね
その通りだと思います。自分は是々非々の立場ですから(笑)、これも何度も表明している通り、「アックス」青林工藝舎は、「ガロ」の作家を使い、以前の「ガロ」的なことを続けていますから、「ガロ」的世界の継承と言えるでしょうね。それに、実際いい作家を発掘してるし、いい本もちゃんと出してると思いますよ。読者の方々は、結果はともかくいい漫画が読める、作家さんたちは作品の発表の場がある、それでいいんだと思います。
ただ同義的に、被害を受けた人間は、決してその出発点を忘れるわけにはいきませんが。

■Unknown (Unknown)
>いまの若い人はそもそもガロなんて知らないし、ましてや何でなくなったかにも興味なんかないとおもうが。いつまでもグジグジ言わない方がいいとおもうよ。
えーと、こういう無礼なコメントはサクッと削除してるんですが、脈絡が合わなくなるので掲載。下の方のUnknown氏の回答が全くその通りと思うので、そういうことで。


■ていうか (YY)
コメントありがとうございます。
「いつまでも言う人間」がいないと、あの事件が「どっちもどっち」だの、果ては美談であったかのような総括をされてしまいます。俺が生き証人として存在している限りは、嘘は嘘だと言い続けないとならないのです。それに彼らの同義的な責任は謝罪や保障がない限りは消えないのです。

■Unknown (Unknown)
>いまの若い人はそもそもガロなんて知らないし、ましてや何でなくなったかにも興味なんかないとおもう
その通り。

>いつまでもグジグジ言わない方がいいとおもうよ
そんなこというと犯罪者の自己弁護や自己保身のための嘘が「事実」として「歴史」になってしまうよ。この件に限らずいつまでもグジグジと拘泥する人間が必要なんだ、たとえ一人でもさ。

お見事、その通り(笑)。何ら付け足すことも訂正することもありません。



…というわけですが、メールなんかもけっこういただきました。おそらくクーデター組シンパでしょう、「とっとと氏ね」もありましたが、残念ながら俺はまだ生きてますね。
「あたしはアックス大好き。どんなにあなたが非難しても、あたしは読み続けると思う」
というメールをくれたAさん。
俺は「あんな雑誌読むな」なんて一度も言ってませんよ。俺はそんな偏狭な人間じゃないつもりです、だいたい是々非々だし。よく芸能人にもスポーツ選手にも「●●が好きだ、だから全てを肯定し赦す」という盲目的なファンがいますが、そいつの勝手だと思う反面、自分にはそういうのは無理だなあと思いますね。あ、水木しげる原理主義者なので水木先生は何をなさっても言われても、児玉清のように元気良く「その通〜り!!」と答えてしまう反射神経はありますが。

「長井未亡人である香田さんがアックスにはいるではないか。白取側には誰がいるんですか?」
というメールをくれたR/Kさん。
こりゃまた直裁な物言いですね。香田さんがなぜ向こうへ行ったのか? クーデター組と行動を共にしたのか? それは確かによく問われることです。
一度、事件の後電話でお話したことがあります。香田さんとは入社以来ずっと同じ部屋で机を並べて仕事をさせていただいていたわけなので、お人柄もよく存じ上げております。香田さんはその際「あたしは何だかワケ解らないうちに、周りでTさんとかがバタバタし始めて、ただ言うとおりにしていただけ」と話しておられました。
それが本当か嘘かは、どうでもいいことでしょう。その答えと、行動という結果で充分ではありませんか。



いずれにせよ、俺が愛した「ガロ」はもうありません。跡形もありません。
自分としては、せめて生きているうちに「ガロ的編集道」をどうにかして漫画や編集を愛する多くの人に伝えたいな、という希望はあります。ただ「多くの人」だと、曲解する者、悪意あるバカなどが入ってくるので、あくまでも「漫画や編集を愛する多くの人」としました。でもそういう場に立つことは難しい状況ですね。
俺がいなくなれと願う連中に対して「死んでたまるか」をモチベーションに、それを目指そう。
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2006-08-22(Tue)

ご心配は有難いけど。

8月22日(火)

昨日の夜、突然旧知の漫画家の方から電話があった。彼は年齢も俺と変わらず、彼がデビュー当時から担当をして単行本も何冊か作らせていただいたりと、もう二十年ほどのお付き合いである。だが97年の「ガロ編集部総辞職(クーデター)事件」(白取特急★編集長日記/ガロ編集部総辞職事件顛末日誌参照)以降、何となくそういった漫画家さんや業界の人たちのほとんどは、俺と接触すれば「白取派」であるという烙印を押されかねず、そういった色付けを嫌うことからか、疎遠になっていた。
そもそも、誰がバラ撒いたか知らぬが(本当は知っているが)、俺がある日突然「ヤクザの手先」になったり「金の亡者」になったり、ヤクザと手を組んで「青林堂やガロを売ろうと考え」たり、作家さんから預かっている大切な原稿を「売り飛ばそうと」したりとか、するわけ、ねえだろうっつーの。
ある日を境に、<ガロ編集部にいてそれまで普通に付き合っていた白取千夏雄という人間が、そのような卑怯で愚劣で恥知らずな人間に豹変する>ということを、いくら俺がいなくなった方が都合のいい人間たちがバラ撒いたとして、それをそっくりそのまま鵜呑みにする人がいることが、信じられなかった。なので、当初は俺がそれまでと変わらないこと、今後もそんなに変わるわけもないこと、そもそもガロのクーデター事件は水面下で綿密に計画されていたことであり、自分は親会社に転属しており、クーデター組の動きとは離れたところにいて知らなかったこと…などを、一生懸命関係各位に説明し理解してもらおうと努力をした。
だが、途中で…一年近く経ってそれも諦めた。
なぜかというと、一つはいずれ事件の真相は多くの人に理解されるだろう、という期待があったこと。
事件発生からのクーデター組の動きや、自分たちの犯した数々の犯罪行為(証拠多数あり)を隠蔽するための工作などは、逐一当時の掲示板に書き込み、いわば事件をリアルタイムで「中継」していたので、97年当時のネット人口は信じられないほど少なかったが、インターネットは必ずや爆発的に普及するという確信があったためだ。
もう一つは、俺という人間をガロを通じてでもいい、長く知っていてくれたはずなのに、いくら巧妙にとはいえ、「白取はとんでもない奴だ」という誹謗中傷をそっくりそのまま疑いもせず鵜呑みにして俺との接触を断つような人間は、結局その程度の人間であるわけで、ならば別段無理にこちらから頼んで関係修復をせずとも良い、という諦めがついたこともあった。
現実に、ガロ時代にはそれはもう公私共に密に付き合いをさせていただいた人の中で、事件を境に手のひらを返すように知らん顔を決め続けている人も多いのだが、変わらない態度で今も接して下さっている人もいる。ならば変わらない人と、俺も変わらずにお付き合いをさせていただければそれでいい。何より、人がどうこう言う人物評より、自分が現実に接して感じたことを信じ、継続してくれる人がいればそれでいいと考えたのだ。

昨晩電話をかけてくれた人は手のひらを返すような人ではなかったのだが、彼はパソコンを持たず、ネットもたまにネットカフェなどで情報収集(自分の創作に必要な範囲で)するだけだと言っていたから、俺の容態…というか近況は知ることがなかったそうだ。騒動の後も何度か、この前には何年か前に突然電話をいただいたりしたが、まあそんな感じのつながりであった。
彼が言うには「白取さんが大変な病気で、もういつ死ぬかっていう状態だって聞いたから」ということだ。
俺「誰に聞いたんすか(笑)?」
彼「いや、もうみんな言ってますよ。TさんとかYさん(いずれも漫画家)とかも、他の人もみんな。」
俺「あー、住所の解る人にはこないだ近況報告に暑中見舞い出したからかなあ。」
彼「Tさんはね、梨送るって言ってたから。近日中に届くと思うよきっと。」
俺「ああ、それは有難いけど気を使ってもらって申し訳ないっすねえ…(笑)」
彼「でも元気そうで安心しましたよ、本当にどういう状況か解らなかったんで…」
というような感じで、まあこちらの現況…つまり、癌宣告を受け一度は余命も告知され、抗癌治療のために入院をするところまで行ったが、曲折の結果病気の「型」が急性のものではないことが解り、今は退院して経過を慎重に見つつ治療の機会が来るまで待機中である…ということを説明した。
彼の話の中で「Sさんて覚えてるでしょ、元ガロの。彼とも時々電話で話すんですけど」という言葉が出た。Sというのはクーデター組の一人で、今は事件後に自分らで興した版元にいる編集者のことだ。俺は冗談半分で「もちろん覚えてますよ(笑)。今度会ったらブッ殺す、つっといてくださいよ」と話したが、彼は「とにかく、人の言うことってアテになりませんからね〜」と話を微妙に避けた。
つまりこういうことだろう。あの97年夏の、「「ガロ編集部総辞職(クーデター)事件」というのは、今となっては事件を起こした側の説明も、それを否定し非難する側の説明も、「どっちもどっち」であるということを言いたいようだ。
冗談ではない。
「どっちもどっち」というのは、双方に非がある場合に使う日本的な曖昧で中途半端な総括方法だ。
今この瞬間でも、俺は山のような資料と克明な記録(それはそれは、やましい人間にとっては戦慄するほどの詳細な記録と資料だ)によって、「あの事件」の全てを「正確に」説明できる。もっともそこまで全てを白日の元に晒せば、当然いくら犯罪がらみとはいえ、時効も成立してしまった今は、こちらを名誉毀損で訴えるくらいのことをしてくるだろう。それでもこちらには何の嘘もない以上、徹底的に白黒つけてやるという意味では望むところでもある、だが残念なことに自分はこんな病気になってしまった。
あの事件に白黒はっきりつける以前に、自分が日々、生き延びていくことが最重要な問題になってしまった。
これも何かの因果なのかも知れない、そう思えば以前のように頭に血が上ることも少なくなったというものだ。



俺が病気になったことを知り、ざまぁみろ、死ねばいい、とっとと死んでくれ、さあいつ死ぬんだ、まだか、早くくたばれ…と、そう思っている人間がいる。いや、きっとこうだ、俺が病気になったことを自分たちに逆らったことによる「天罰」だとあろうことか不遜な喩えをし、俺の病気と死を酒の肴に下品な冗談で笑い飛ばしているのだろう。
こういうことも、今となっては「死んでたまるか」というモチベーションになっているのだ。
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2006-08-21(Mon)

マス・コミックの力に驚嘆 2 

マンガ美術館&スポットガイド

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<前項からつづく>
近年、マンガを優れた文化・表現(や産業)と認め、マンガで町興しを図る自治体も多い。本書で紹介されているものにも、そういった側面はもちろんあるだろう。国や官公庁も、マンガの力を正当に評価し、積極的に支援しようという動きもある。私事ながら、連れ合いが教鞭を執っている京都精華大学には、ついに本年度から日本初の「マンガ学部」が誕生した。官、産、学と、もはやマンガは無視できないものとなったわけだ。
自分はかつてマンガ学会が発足する、アカデミックな場でマンガを教える…という動きに、「マンガは安価で気楽な庶民の娯楽でいい、官界やアカデミー界から支援やお墨付きを得なくとも構わない」と述べた。それは、一つに結局は「マス・コミック」の世界しか取り上げられず、評価もされないことが予想されたこと、一つに役所や学者が絡むとロクなことがないこと、にあった。
マス・コミックは何度も述べているように、マンガにおける「文化、表現、コンテンツ・産業」といった側面のうち、売り上げといった経済的なものも含めたコンテンツ・産業部分、物量=数的な部分で優位性を持っている。簡単に言えば多少表現という側面で難があろうと、マスは力で売ることが出来る。
もっとカンタンに言おう。
要するにクソみたいな作品であろうが、テレビ局、代理店と組み、アニメならジャニーズ事務所や旬のお笑いタレントだのを声優にするとかすれば、ヒットする=数的優位に立つことはカンタンである。マス、ならばだ。
だがそうした恵まれた(?)環境にない、数的にはマスの世界の数百分の一というものであっても、表現という側面において非常に優れたものはたくさんある。そっちの方が多いかも知れない。だが、政や官の側がマンガにも理解があるようなそぶりをみせ、媚びた笑顔で手を差し出してくる対象は、結局は「マス」のものだけだ。むしろ積極的な支援(そのほとんどは金銭的なものとプロモート的な部分だ)が必要なのは、経済的に恵まれた「マス」の影に隠れているものたちだろう。
ここで誤解してもらいたくないのは、「マス・コミック」の全否定ではないということだ。『マンガ美術館&スポットガイド』に紹介されているような「マス」の世界の作品たちの素晴らしさについて、何ら疑問の余地もないし、否定するものもない。そう何度も言っている。
だがマスの世界・業界では「売れないものは存在しないのと同じ」ゆえに「非メジャーには優れたマンガなど存在していない」という乱暴な論理がいまだに根強いことも知っている。そのことに、強い違和感を覚えるのだと言っている。自分は『ガロ』者だから仕方がない。

奇麗事を並べようとも、マンガ家だってそれで食っていくためには、読者のニーズといったものにも配慮しなければならない。勢い編集者の言うことや要望をきかねばクビになる=発表の場さえ与えられないことも知っている。優れた作家は、そういった状況においても、高いレベルで「商売」と「作家性」を両立させられるものである、と思っている。先の「文化、表現、コンテンツ・産業」といった側面を「コンテンツ・産業=物量、経済」と「文化・表現=オリジナリティ、作家性」と分けてみるといいかも知れない。
『ガロ』の場合は後者を圧倒的に重視したために、優れた作家をたくさん輩出した。だがあまりに前者において非力だったため、雑誌として彼らを食べさせることは出来なかった。結果的には優れた才能は発掘した、だが彼らを食わせて行くのはメジャー誌…という関係が生まれ固定化されていったことは事実である。原稿料=金を貰う以上、金を払う側=版元の意向が編集者を通じて作家側へ影響するのは必定だ。そしてその編集者の向こう側にはやっぱり、金を払って本を買う読者がいるのも事実だ。自分の表現を貫き、そのことが結果的に読者を喜ばせる…というのは理想だけど、順番としては読者を喜ばせることが第一に来て、そのためには多少自分がやりたい表現は犠牲にする、ということがどうしても生じてしまう。そのことはマンガ産業の中では基本的なことであり当然のことであり、今さら意義を唱えることではないほど、日常である。

ちなみに、俺が『ガロ』で最後に担当し単行本刊行を持って辞めた作家さんが古屋兎丸氏だ。彼は『ガロ』連載時から確信犯であり、極めて意識的に作品を創り発表し、やがて来るであろうメジャーからのオファーに続くデビュー以降にも明確なビジョンを持っていた、稀有な作家である。その彼が「予定通り」メジャーマンガ誌から連載を貰い、続けていく中で会った際に、こう言っていた。
「『ガロ』では表現に対して制約のない中でどう描くか、がテーマでもありました。でも今は、メジャー誌という制約と要望の多い中でどうやって自分を出すか、どう表現していくかを考えていくのが楽しくて仕方がないんです」
古屋兎丸が天才と呼ばれる所以だろう。だが現実に彼ほどの実力と、高い意識を持っている「作家」は少ない。
だからこそ、仮に文化・芸術とまではいかなくても、一つの優れた表現としてマンガを政・官が認めるのならば、せめて金銭・生活の心配なく好きな表現をさせてやるという暖かな援助が出来ないものだろうか、と思ったわけなのだ。マスの世界で揉まれることを愉しむ余裕のある古屋君のような異才は本当に少ない。(白取チカオ デジタルG・INTERVIEW 古屋兎丸・辛酸なめ子

ただ、とにもかくにも政や官、学がマンガを認めた、そのことは当然であり、いいことだとは思うとする。迫害されるよりはずいぶんいい(笑)。理想は「ほっといてくれること」なのだが。つまり先に「役所や学者が絡むとロクなことがない」と述べたのは、そういったところに棲む人間らは、結局「何が我々が認めるべきマンガであり、何がそうでないか」の線引きを求めてくる。答えないでいれば勝手に頓珍漢な線引きをしたがる。というか、それが彼らの仕事だ。やれ補助金を出すにはこのような規定があるとか、やれ奨学金にはこう…という具合だ。そこで必ず「これは優秀」「これは愚劣」という差別が始まり、お上から「これはよし」とお墨付きを得たものが「優れたマンガ」とみなされる…という事態を懸念した、というわけなのだ。
政や官の硬直ぶり、これはもう直しようがないし何にも彼ら方面には期待していないので、どうでもいい。願わくば規制や頓珍漢なカテゴライズや意味不明の評価などを勝手に持ち込まないで、黙っててくれればそれでいい。あとは「学」である。京都精華大学では世界初の「マンガ学部」立ち上げにあたって、芸術学部内にマンガ学科を設置し数年間の準備期間をおいた。漏れ伝わるところによれば、それでもいまだ、試行錯誤であるそうだ。教師陣の間ではネットを駆使して毎日ディスカッションが行われている。傍らで見ていて、その頻度たるや、想像を絶するものがある。
自分はかつて学校でマンガを教えることに疑問がないわけではなかったが、今では僭越な言い方だけれど「それでいい」と思っている。これほどの情熱を持って教える側が対峙するのであれば、それも日々試行錯誤をしつつも常に動き、感じているということが心強いではないか。
絵画や文学、映画、音楽などの表現を教える場は今、大学からカルチャースクールまで、どこにでもたくさんある。マンガだけが大学教育の現場から排斥されていいということはなかろう。(「専門学校でマンガを教えているところはたくさんあるから、大学での教育は不要」という論法はその意味でナンセンスである)…何より、マンガ学部にはマンガという表現を教えるマンガ学科と同時に編集(プロデュース学科)を教える部分が併設されていることが興味深い。試行錯誤ということも、実は大切なことだろう。決められたシラバスに沿った機械的な教育こそ、マンガという自由な表現には一番不似合いではないかと思うからだ。

ところで、この本『マンガ美術館&スポットガイド』に『長井勝一漫画美術館』は紹介されず、やっぱり良かったのかも知れない。
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2006-08-20(Sun)

マス・コミックの力に驚嘆

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この本、何かで紹介されていたのを読んでから度々書店に行く機会があるたびに探していたのだが、見つからなかった。そんなんAmazonで買えばいいじゃん、と思われるだろうが、この本の定価1380円。Amazonは1500円以下は送料がかかってしまうのだ(笑)。だが結局、Amazonで「サイゾー」と一緒に購入して手元に届いた、そして一気に読んだ。この「読みたい本が書店にない」という問題はもうずいぶん以前から指摘されているし、このことに関しては言いたいことは山ほどあるため、割愛する。
まず断っておくが、この本は「ガイド」とあるが、写真は一点もない。本当に見事に一点も、掲載されていないのだ。全てが(もちろん地図や目次その他の規定部分以外は)著者である進藤氏のカラーイラストで構成されており、まずはその点に賞賛を贈りたい。
28歳で脱サラし、フリーのイラストレーターになった著者は、矢口高雄先生の故郷に建てられた「横手市増田まんが美術館」に紹介されている矢口先生の「ガロに投稿し30歳で銀行員を辞め、漫画家に」という経歴にわが身を重ねて感動している。幸運なことに家庭で小さい頃よりマンガ好きの両親からマンガについて「英才教育」を受けたそうだが、31歳という著者の年齢を考えると、なるほどそういうこともあるのかと思った。
さて本書に紹介されているマンガあるいは漫画家に関する美術館やスポットは15箇所。矢口高雄、石ノ森章太郎、水島新司、リカちゃん、赤塚不二夫、スタジオジブリ、長谷川町子、田河水泡、藤子不二雄A、松本零士、手塚治虫、水木しげる、富永一朗、いがらしゆみこ、やなせたかし、である。どうだろうか、ジブリとリカちゃんが若干異質な感じが無きにしもあらずであるが、納得のいくラインナップだろう。というか、やはり改めて思うのは「マス・コミック」の力である。
マンガという表現は、横手市まんが美術館が賞するように、「昭和の日本が産み出した最もパワフルな文化」だろう。マンガを日本が世界に誇る文化、表現、コンテンツ・産業として高めたのはキラ星のような、先のお歴々の顔ぶれの功績は確かに大きい。だがもちろん、それを支え受け継いできたのは他でもない、我々マンガファンすなわち日本の国民たちだ。いわゆるビッグ・ネームによる「マス・コミック」は、マンガの持つそうした側面=「文化、表現、コンテンツ・産業」全てにおいて高いレベルにあるもので、単に部数の多いメジャー誌に発表されたからといって、このような作家たちのレベルに名を連ねられるものではない。
近年テレビやゲーム、アニメなどとタイアップしメディアミックス(という言葉さえ死語化したように)「マス」の力でゴリゴリと押し付けられる「作品」はたくさん、ある。掃いて捨てるほど、産み出されては消えていく。発行部数が数百万という信じられないような「マス」の雑誌に連載をし、初版で十万部単位というかたちで単行本が発行されるマンガは、間違いなく量的には「マス・コミック」なのだけど、ではマンガ史に刻まれる、いや、先のビッグネームのように愛され、記憶され、それだけではなくこのような形で残っていくものは多くない。
もちろん、「マス」以外の世界からだって、マンガ史に残る名作はたくさん出ている。一部の研究者やマニアと呼ばれる人たちにしか認知されずとも、マンガを「表現」として捉えた場合に確実にエポックとして刻まれていく作品は、むしろ「マス・コミック」と対等な数存在するのではないだろうか。だが、やはりこの本に掲載される作家・作品に比べると、「文化、表現、コンテンツ・産業」全方位的に高いレベルにあるということがいかに大変なことかがよく解るだろう。
そういったある意味突き抜けたマス・コミックの世界、中には国民的と冠されるものもあるのだが、そのようなものに魅力を感じない人たちもたくさんいるとは思う。だけど、間違いなくここに掲載されているものは後世に残っていくものたちだろう。自分はマンガ業界に居たが、いわゆる非・メジャー、というかマスどころか恐ろしくミニマムな世界の、それも特殊な位置で棲息していた者だ。この『ガロ』という世界でさえ、矢口高雄(ガロに掲載されていた白土三平作品に触発され、投稿)、水木しげる(もちろん初期ガロの重要な執筆者)という方々と直接の接点があった。もっと言えば、手塚治虫は『ガロ』に対抗して『COM』を創刊したわけだし、あの時代にマンガに関わっていた人たちならメジャー・非メジャーを問わず『ガロ』のことは知っていたはずだ。その意味ではマンガは描く側、作る側にとってはみんな「仲間」だった。
『ガロ』者の自分でも、この本は届くや一気にページをめくり、あっという間に読み終えてしまった。顔は終始、ニヤニヤしていたと思う(笑)。これは自分がかつて親しんだ顔ぶれが並んでいることもあるのだけど、やはり著者である進藤やす子氏の力が大きい。画力もさることながら、マンガをマンガによって見せるというある意味非常に難しい作業を、実に伸び伸びと、ご本人が楽しくて仕方がないという風情で描かれているのが大きいと思う。この「画力」という部分では、自分も模写にはかなり自信があり、ここに掲載されている全ての作家の絵を模写したことがある(いがらしゆみこも、ある)者にとって、本当に素晴らしいの一語に尽きる。赤塚不二夫の原画を見て、その線の美しさに驚嘆するというのは、自分が何よりその線を模写してみて実感するからだと思う。(いや本当に、トキワ荘組の線は、物凄い。)

<この項、つづく>
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2006-08-15(Tue)

癌宣告から一年

8月15日(火)
朝はマンション前の解体工事がお盆で休みのせいだろうか、静かだったので概ねよく眠れた。朝飯に連れ合いがコーンスープとサラダを作ってくれている間、いつものようにバイタルを測定する。血圧と体温を朝晩、体重を一日一回測り続けて一年ほどになる。
そうだ、今日は癌宣告を受けてからちょうど一年である。
ご飯の前にメールチェックをしていると、昨日のWEB仕事にちょっとミスがあったことが連絡されており、慌てて作業をしなおす。それからトーストを焼き、サラダとアイスコーヒーで食べる。
こんな淡々とした朝だけど、一年前はこの「今」である一年後が想像できなかった。生きているのかどうかさえ、わからなかった。
そう思うと、パンも野菜もコーヒーの味も、体に染み渡るほど、うまい。腹が減るっていいことだ。夜痛みもなく普通に寝られること、朝は自然に目が覚めることって、本当にいいことだなあ。

なんてしみぢみしていたら携帯にメールが届いており、Yちゃんから子供ら(M,S)とそっちへ行くと入っている。食べようとする頃にMから電話があって、もう向かってるというので慌しく朝食を終える。
こちらは取引先が車で打ち合わせにこちらまで来てくれるというが時間がまだ決まっておらず、結局1時半ころ連れだけがマンション下に降りて、Yちゃんらと車で出かけていった。
バタバタと慌しい日ながら、これも生きていればこそ。ありがたい、ありがたい。そしてまた一年後を目指そう。
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2006-08-14(Mon)

MARKの結果出る

8月14日(月)
今朝は7時ころから目が覚めてうとうと、7時45分に携帯の目覚ましで起きた。クリームパンとアイスコーヒーで慌しく朝食。朝のワイドショーでは、首都圏南部で大規模な停電が起きており、世田谷区や渋谷区などの数十万戸で電気が止まり、電車や信号まで止まっているという。今日はお盆休みで混乱は普段よりは少ないとは思うが、クーラーが止まったり冷蔵庫が止まるわけで、この暑さの中では大変だろう。
8時15分ころ支度をして家を出ると、すでに30度くらいあるだろうか、かなり暑い。その中を中仙道まで出るとちょうど空車が来たので乗り込む。17号を仲宿まで直進、やはりお盆のせいで車は少なく、信号以外はノンストップで進み、病院まで15分程度で着いた。そのまま1階に上がって新患受付ロビー前を通って内科受付へ行く。こんなお盆の時期に新患受付へ来ている人たちは、変な言い方だが本当に具合が悪い人たちだろう。汗をかいてぐったりしている子供、眉間に皺を寄せて待ちくたびれている風情の若夫婦、顔色の悪い中年男性…と、気の毒なくらい調子の悪そうな人たちが数十人。8時半から始まったはずの受付だが、10分ほどでこれだけの人が待っていることに少し驚く。内科受付前の廊下にある長椅子にも患者がずらりと並んでいた。ただしここはなぜか老人が多く、慣れた様子で談笑している人もいる。
内科受付にドアを開けて入り、採血に行くので看護婦さんから連絡表を受け取り、とって返して地下の採血受付へ行く。受付で16番という紙を渡される。8時40分で16番とは、意外と多い。7〜8分ほど待たされて採血。いつも右腕からだったが今日は趣向を変えて(?)左の腕を出す。2本採血される。この時点で8時50分くらい。診察予約は9時45分なので、1時間潰さねばならない。ロビーへ行き、いつもの窓際の椅子に腰掛けて携帯電話のプレーヤーでmp3を聴く。マイケル・シェンカーのインストゥルメンタル曲。

9時40分ころになって内科の診察室前へ移動。廊下の椅子はもう新患が増えて一杯になっていたが、中の診察室前の待合は比較的空いていた。予定時間の45分から10分近く遅れて呼ばれて中に入る。今日は先々週やったMARKの結果が出ているはずだ。
U先生は「こないだの細胞の結果なんですけど」とカルテをめくり、「異常細胞の数はそれほど変化がなかったんですね」とのこと。俺もホッとして「そうですか、良かった」と答える。「前回の時は前々回から比べると少し増えていたんですけど、今回は横ばいですねー。ただ…」というのでビクリ。
「細胞の中に染色体異常が見つかりまして。実はこれまでの検査結果だと、染色体の異常はなかったので、これは今回初めて見られた現象なんですね」とのこと。それが何を意味するのか、いいことはなかろうがどう悪いのだろうかと構えていると、「この染色体異常は通常白血病の前段階に見られたりする現象なんですけど、白取さんの場合は今回これが何を意味するかは、様子を見ていかないとまだ解らないんです。こういう異常染色体がどんどん増えていけば当然悪いことで、治療が非常に厄介になることが予想されるんですが、今の段階ではまだそうなるかも解らないので…」とのこと。
「はあ…」と少し落ち込んで聴いていると、「でも採血の方は…変化ないようなんですよね。実はまだ細かい結果が出てなくて。LDHなんかどの患者さんも出てないんですよ」という。「白血球数は1400ですけど、好中球数も4割ほどありますし、血小板数も今回10万ありますから、やはり今の段階で急いで治療をするという段階にはまだない、という結論でいいと思うんですね」という所見。
とりあえず、MARKによる骨髄生検の結果、細胞に染色体異常が見つかったことは良いことではないそうだが、それが今後どうなっていくかはまた検査しないと解らないし、今現在抹消血の所見も変化がないので、様子見を継続しようということだ。
「お腹の張りはどうですか、相変わらずですか」というので「ええ、ただ食欲が良くあるというかありすぎるくらいなので」というと「そうですか、苦しくなったりすることはあるでしょうね、胃がこれだけ圧迫されてると」と笑われる。診察ベッドに横になって下腹部の膨張、鼠蹊、腋下、首周辺のリンパも触診していただくが変化なしということ。縦隔に関しては次回レントゲンをまた撮るということになる。最後に「どうします、ベリチームまた要りますか?」と言われたので、「お願いします」と処方してもらうことにした。やはり油こい食事や食べすぎたきらいがあるような時は用心して薬を飲むようにしているが、そのお蔭か誕生日の夜にピザを食ってその夜〜未明に強い腹痛になって以来、大きな腹痛はない。小さな腹痛も7月26日と27日以来ないが、これは毎食後ではなくとも用心して薬を飲むようにしているからだろうか。次回は一ヶ月後、9月11日となり、処方箋をもらって礼を言って診察室を出る。

会計は365番で、いつもに比べると半分〜3分の1くらいの数か。にも関わらず混雑ぽかったのは診察する側に休みが多いせいかも知れないな、と思いつつ病院隣の薬局へ行き、処方箋を渡す。10分ほど待って2週間分のベリチームを貰い、病院へ戻る。日差しが強く、汗がじわりと出てくる。
家で待つ連れ合いと、函館の実家にいる母親に「MARKの結果は横ばいだった」とメールで報告する。母親は先日携帯を買ったと言って、四苦八苦の結果メールの送受信やファイル添付にも成功した。昭和ヒトケタ生まれであるが、我が母親ながらたいしたものだと思う。ビデオの録画もろくに出来ない人だったはずだが、俺がこんな状態になって、とにかくコミュニケーションが取りたいと必死の様子が伝わってくる。染色体の異常は心配だが医者にも解らぬことであれこれ悩んでもしょうがないだろう。
連れ合いからは「良かったね」と返信が来る。母親からはしばらく経ってから「奇跡が起こらないかと祈ります」と。今のところは変化なし、変化がないということが奇跡であると思いたい。

帰りがけに区役所へ行き、住基ネットカードの写真付きを身分証明書がわりに作ろうと、申し込み手続きをする。受け取りは近くの出張所を希望と書く。カードが出来ると役所から連絡の郵便が届き、それを持って受け取りに行くそうだ。その後地下鉄で坂上、バスで西台と買い物をして帰宅。
ワイドショーでは今朝の停電の騒ぎをやっていた。今朝の停電は7時40分ころに東京都と千葉県の都県境を流れる旧江戸川にかかる送電線にクレーン船が接触、電線が損傷を受けたのが原因だそうで、約3時間後に全面復旧したが、3都県の約139万世帯で一時送電がストップし、東京電力管内では過去2番目の大規模停電となったという。
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2006-08-13(Sun)

亀田親父×やくみつる 3

えーといわゆる「若気の至り」=「若けりゃある程度のやんちゃ公認」に意義を唱えたこと(?)が気に障ったんすか、一部の方から匿名にてご批判のメールをいただきました。匿名なんで毎回答える必要もなく、不愉快な場合はサクーッと削除して仕舞いなんすが、匿名(というかいわゆるハンドル名)でもなるほどと思うものもございます。

記事リンクをたどって拝見しました。
あなたのブログ中の「亀田親父×やくみつる 2」と題された一文について、意見を言わせてもらえますか。
自分はかつて暴走族に属したことのある人間です。
自分らの仲間は今はみんなまじめな仕事について、家庭を持ってちゃんとやってます。
子供たちにもちゃんと礼儀を教えてるし、シツケもしてるし、曲がったことはさせない教育をしていると思ってます。
それは、かって自分が曲がったことをした経験があるからです。
警察のお世話にもなったし、先生にも苦労かけた。親ももちろん泣かせた。
だから、子供にはそういうことをして欲しくないしそういう人間になってほしくない。
そう思って今は厳しくやってます。
うちの子はまだ5歳だけどできればちゃんといい大学へ行っていい会社に入っていい暮らしをしてもらいたいと心から願ってます。
もちろん暴走族なんかにさせるつもりはないです。
自分の過ちは絶対に繰り返させない。それが親としての責任です。
こんな自分だけど、それでも許されないんでしょうかね?

XXXXXXXXXXXXXXXXXX@yahoo.co.jp(X部分はこちらで伏せてますが無意味な半角英数字の羅列ですね)


…原文ママです。アカウントとかヘッダなどを見ると
(Received: (qmail 64692 invoked from network);
12 Aug 2006 22:32:49 -0000)
yahooのフリーメールだしデタラメなアカウントだし、まあ最近こういうの多いっすね、エロメールも含め。
まあそれはいいんすが、元珍走団(一般呼称=暴走族)であった過去を素直に反省して、今はちゃんとした家庭を築いて子供にもちゃんとシツケと教育を施している。ご立派じゃないですか。あなたの「今」は何ら恥じるものではないと思いますよ。ただ、殊更に立派だと威張るものでもないとは思いますが。親がちゃんと子供に躾を施し、正しいと思う教育をし、哲学を教えていく…って、「当り前」のことなので。
ただ、まあ昨今こういう当り前のことを放棄している家庭が多いし、躾や教育という名の「押し付け」や「暴力」も横行している、その結果の不幸な事件も頻発しているわけだから、その意味で「当り前のことを当り前に施す」って案外貴重なのかも知れないですが。
ともかく、あなたの「今」はいいんです。こちらが前の記事でも、ずっと前の記事でも、本家サイトの日記でも(99年8月の日記=直リン http://www.digipad.com/tokyu/diary/diary9908.htm)繰り返しているように、俺の言ってることは「若気の至り」という一言で「自分の過去の過ち」を「自分で許すな」ということだ。
では「元暴走族」「元ヤクザ」なんでもいいが、そういった過去を持つ者は永久にその罪から逃れられないのか、一生過去を恥じ後悔し卑屈に生きなければならないというのか。そんなことは言ってない。過去に犯した罪を償えばいいだけの話だ。法を犯したのなら法に従って償う。その機会を逸した=時効となっているのなら、被害者に謝罪する。被害者が特定できないのなら迷惑をかけた社会に謝罪する、つまり社会に自らの行動を持って何らかの貢献をするとか、いくらでも方法はある。これも7年も前にそう書いている。

自分の文章の引用(それも7年も前の)で申し訳ないですが。
若気の至りとはいえ、彼はある時期確実に近隣に騒音を撒き散らし安眠を奪い、無謀な運転で多くのドライバーに危険を与え、善良な市民に傷害や恐喝といった手段で理不尽な暴力を加えることで一時のカタルシスを得た。彼らが言う動機とは「何かムシャクシャするから」「(社会や家庭、学校などに)ムカついたから」といったまさしく子供じみたものだ。そしてそうした幼稚な動機から重大な犯罪行為を多々犯し、刹那的なカタルシスを得る。少年だからたいていは説諭で帰されるか、まれにブチ込まれても数ヶ月ですぐ出してくれる。戻ってくれば仲間に対してハクがついた、社会なんて甘いもんだ、と思う。そしてまた暴走行為を繰り返す。そうしてさらに多くの人に迷惑をかけたのだ。
 よく若気の至りと言うが、どんな人間でも若い時期はある。多くの人はその時期、さまざまな誘惑と戦いながらも、彼のように他人に迷惑をかけずに大人に成長してきたではないか。それが彼にはできなかったのだ。誰だって若気の時期がある、犬猫だってある。いくら「あの時はオレも若かったからさぁ」とヘラヘラと更正し真面目になったように主張しても、彼が多くの人に行った行為に対して何ら謝罪も補償もしていないのは事実である。「元暴走族」「元ヤクザ」なんでもいいが、本当に「まっとうになった」と認められるのは自分が犯した犯罪や迷惑行為に対して、法も相手=被害者も納得する責任を取ってからじゃねえのか。
白取特急 99年8月の日記より)

社会には確かに「必要悪」ってあるよ。グレーゾーンも必要だよ。そんなことガキじゃないんだから知ってる、って(笑)。でもそういう部分に棲む人間は、以前は自分がそういうところにいることをちゃんと認識して、はばかるところがあった。これも前にここで書いたけど、金貸しが昔は引っ込んでたように。
昔取材した関西の広域暴力団の若頭Tさんは俺に名刺を渡すとき「これ、あまり人には見せんといてな」と言い「わしらカタギの人らとは生きる世界が違うからな」と言っていた。カツ丼を食う背中で人を殺せると思えるほど(笑)、ホンモノの迫力のある人だった。

元ヤンキーの義家氏もそうだと思うが、他にも元暴走族とか元ヤクザとかで、今現在ボランティアで非行少年に道を誤るなと説く人たちはたくさんいる。時々メディアで取り上げられたりもするので耳目に触れる機会も多いだろう。でもほとんどの「元暴走族」はそのまんま「俺も昔は悪かったけどさあ」で済ませているだけだ。つまり自分で自分を赦し、何ら責任も取らずにいるだけだ。その上で、「自分の子供はまっとうに育てる」って。あんたのバイクの騒音で日夜不快な思いをさせられた近隣の住民の方々、あんたがカツアゲしてなけなしの金を取られた同級生たち、あんたにムシャクシャするという理由だけでブン殴られたおじさん、あんたにムラムラしたからと強姦された女性らは一生心の傷を背負って生きてくんだよ。それこそ謝れば済むってもんじゃないだろう。
騒音被害程度で「心の傷」って言い過ぎかな? 俺もそうかも知らんと思わないでもない、でも俺みたいな病人がちょっと具合が悪いと早めに休んだりしていて、バイクの騒音でたたき起こされる、不愉快な目覚めに動悸がする、免疫に良くないと思う。そういう確かに「些細なこと」かも知れないことがどれだけ不愉快なことかは、バイクふかしててめぇらが「自分さえ楽しけりゃ何やったっていい」と思う連中には理解できまい。その「他人の痛み」がわからないから、そういう想像力と感受性を持たないから、そもそも暴走族になるんだろう。

元暴走族に限らず、世の中最近「自分さえ良ければ他人がどう思おうと関係ない」という粗暴な連中が増えてないか、と。そしてメディアがそのことに加担してないか、というのが<亀田問題>での重要な部分でもあったはず。
「俺も昔は悪かったけどさあ」の結果「なので今はまっとうに生きている」は当り前のことであり、偉くもないし威張ることでもない。その上でその「過去の悪行」をどう自分で贖罪したのか、しているのかを問うている。メディアはこれまでも「俺も昔は悪かった」のに、結果「自分で自分を赦した」だけという薄っぺらい連中を寛容に使ってきた。元暴走族や元ヤンキー、元ジャンキー、元ヤクザ、元児童買春者などなど、元犯罪者のオンパレードだ。元児童買春常習のロリコン野郎が政界進出を目論むとか薬物常習者だった元モデルが今やカリスマ主婦呼ばわりなんてのもあって、そりゃあもうテレビは何でもありのワンダーランドだ(笑)。
…まあそのことはいい、テレビのモラル感覚なんかアテにする方が愚かであることはまっとうな人間なら誰でも知っていることだから。だがそういう連中の中には、そういった過去を「売り」にする、つまり自分の「箔」であると公言してはばからない連中が少なくない。つまり悪いことをやって他人に迷惑をかけても、かけたもん勝ちであるという姿を公器を通して刷り込んでいるわけだ。そういうことの長〜い間の積み重ねが亀田一家を生み出し、亀田一家を礼賛しさえする風潮…というか勢力を生んだんじゃないのかね。

「匿名さん」は自分の子がすやすやと寝ている深夜、バイクの騒音がバリバリと聞こえる時、何を思いどういう行動に出るのだろうか。
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2006-08-12(Sat)

亀田親父×やくみつる 2

こないだバスに乗ってたら、コワモテの父親と母親(二人とも金髪、ジャージ上下、親父は刺青アリ)が4,5歳くらいの息子(短髪の金髪だが襟足が異常に長いというアレ)がデカい声出したり騒いだりするのを諌めもせず、元気があっていいみたいな調子であおっていたのを見た。別にそんなの亀田の影響じゃねえじゃん、と言われるだろう。俺もそう思いたい。だが確かめたわけではない、なのに、確実に彼らが亀田一家を肯定していることが100%であると確信できるのだ。なぜだろう。彼ら夫婦の、親子の会話を聞くとはなしに聞いていると、彼らの哲学が亀田の親父=史郎氏のそれと全く同じであることが解るからだ。恐らく彼らに「亀田親子、好き?」と聞けば、必ず「もちろん!」という答えが返ってきただろう。いや、むちゃくちゃを承知で断言する。
亀田問題、もうどうでもいいかも知れないが、
<ボクシングの興行の一貫としてのパフォーマンス&それを放送するTBS&その利権にむらがる皆さん=亀田一家肯定>と、
<ボクシング興行から離れたところでの亀田一家の言動&それをヒーロー・スター扱いで放送するTBS&その利権にむらがる皆さん=亀田一家肯定>、
そしてこうした問題をごっちゃにした上で
<盲目的にメディアの垂れ流す虚像を信じて動かされることによる亀田一家肯定>と、
同じ亀田スキスキ亀田絶対正しい亀田なにやってもOK! でも確信犯と盲目的ファンでは構図が違うんですよね。
でボクシングの興行の一貫としての「相手選手への挑発」とか「異常なまでの強がり」なんかは、まあこれまでもいろいろ例はあった。アリの例を出すのは余りにレベルが違いすぎるとしても、辰吉なんかは印象としてはやや近かったと記憶している。ただ、辰吉はちゃんと敬語は使っていたが。亀田興毅の場合は、無名なうちからテレビ局=TBSがスター扱いし、一家とTBSと協栄ジム(と、いくつかの団体)がスクラムを組んで突き進めている点で、突出した例であると言える。
この「ボクシング興行」と、「親子の絆」「一家の愛」「教育とは何か」「躾とは」とかいう問題とは全く別の問題なのだけど、こういうものをセットにすると大衆が喜ぶしドラマ性が強まったりするので、まあ利用する側にしてみればオイシイからそうしたりする。だが先の<盲目的亀田スキスキ>な人たちは、そうしたメディア側というか、「チーム亀田(でガッポリ稼げる時に稼いどくぜな人たち)」側のもくろみにコロッとひっかかって嬌声をあげたりするから、始末におえない。


先日テレ朝「スパモニ」で亀田史郎氏と「直接対決」をしたやくさんのコメントは、今朝のテレ朝「サタデースクランブル」でも放送された。
己さえ良ければ他人などどうでもいいという悪しき風潮の最も象徴的な例であり、それを礼賛しさえする姿勢を看過できない…と、これまでの主張と同じもの。というか映像も「スパモニ」での史郎氏との直接対決後の自省も含めた感想のものと同様だったから、それを再び放送したということは、やくさんの主張はそれ以降変化はないということだろう。つまり、「挑発パフォーマンスはやりすぎだったと認めるが、自分の主張は変わらない」ということだ。
「サタデースクランブル」にはコメンテーターとして鬼塚勝也(かつて亀田と同じ協栄ジム所属でWBAジュニアバンタム級王者)、ヤンキー先生こと義家弘介、どうでもいいが元ヤンキーのタレント・保坂尚輝が出演している。

ところで、先日の木曜日発売になった週刊文春(8/17・24合併号)の巻頭特集は『亀田興毅「汚れた闘拳」』である。亀田問題に興味のある人はぜひ読むべきだと思うが、30代半ば以上の人なら誰もが覚えているであろう、「薬物オレンジ事件」についても言及されている。これは1982年に文春が5週連続で、協栄ジムの金平正紀会長(故人、現桂一郎会長の父)の悪行を暴いた記事の目玉の一つであり、自分のジムの選手を勝たせるためにここまでやるか、というイカサマや不正の数々を白日の元に晒したことで、当時かなり世間を騒がせた。金平協栄ジム会長兼全日本ボクシング協会会長(当時)の悪行は多い。代表的なのは協栄ジム所属でWBA世界王者だった具志堅用高の防衛戦で、対戦相手の宿泊先のホテルの料理長を買収しステーキに薬物を混入させたこと、さらにやはり自ジムの渡嘉敷勝男の世界戦で対戦相手に薬物入りオレンジを食わせようとしたこと=「薬物オレンジ事件」である。こうした記事は単なるスキャンダルレベルではなく、詳細な実名証言とオレンジの領収書や薬物の袋などの証拠写真と共に掲載されたために、金平会長はボクシング界から「永久追放」されている。ちなみに具志堅は金平会長の悪行のアオリを食った形になり、その天才的ボクシングセンスと圧倒的な強さでタイトル防衛を続けたにも関わらず、その「偉業」さえ灰色ではないのか=つまり金平のイカサマのお蔭ではないかと揶揄されたりもした。もちろん、具志堅の強さは本物であったのだが。
その金平前会長だったが、なし崩し的に「永久追放」されたはずのボクシング界に復帰し、92年には鬼塚勝也を世界王者にしている。そして、この試合も実は「疑惑の判定」「国辱」と言われたことは記憶に新しい…。

さて話を今回の亀田騒動に戻そう。亀田を必死で擁護していた渡嘉敷、さらに今日「サタデースクランブル」に出演した鬼塚は「判定はプロが下したもの」とやはり亀田擁護的な発言に終始していた。二人とも、共に協栄ジム=金平会長に世界王者にしてもらった元チャンプであることは非常に興味深いことだと、週刊文春は指摘している。なるほどねえ…。そういえば今回亀田のタイトル獲得に強い疑問を呈したガッツ石松は、鬼塚の疑惑の際にも「正しい判断(判定への疑問を公言)」を唯一、貫いていた人だった。

…義家先生は「ある程度のやんちゃは許してやるべきだ」というスタンス。さすが元ヤンらしい。「若気の至り」は大目に見てやれ、ということだろう。俺は反対だけど。「若気の至り」については以前から述べているが、若くてもまっとうに生きてきた人間の方が多いのだ。一部のバカが、若いというただそれだけの理由を免罪符として、好き放題の振る舞いをし、法を犯し、他人に迷惑や危害を与えて、それを自分のカタルシスとしてきた。そのことを後で「若かったから」とヘラヘラ言われて、当時迷惑を受けた側はそれで済ませると思うのか、と言っている。別にそうは言っても、世の中グレーゾーンがないと窮屈だし、現実にそういう部分がクッションとなって、息苦しさやギスギスした管理社会一辺倒にならない「幅のある社会」を作ることも知っている。だが、好き放題欲望の赴くままに暴れ、他人に迷惑をかけてきた連中が、その尻拭いもせずに「若気の至り」と自分で自分を許すことに、俺は強い違和感を覚える。
元ヤクザ、元珍走団(一般呼称=暴走族)、元ヤンキーでも何でもいいが、そういう連中でも、かつての悪行を反省し、今その道を歩もうとしている若者に正しい道を教える役割を負っている人たちもたくさんいる。ヤンキー先生=義家氏もその一人だろうとは思う。だがテレビという巨大なメディアの影響力を考えたとき、簡単に「他人に迷惑をかけなければ何やったってええやんか」を肯定すると、とんでもない社会に今後、日本はなっていくと思う。亀田の親父=史郎氏は「他人に迷惑かけなければ」という前提を置き、一見この論法が正しいような錯覚を覚えさせるが、問題は彼の論理の「実践例」だ。前の記事で述べたので繰り返さないが、じゅうぶんすでに「他人に迷惑をかけている」ではないか。

それにしてもTBSという放送局は、特定の個人、家族、営利団体とこれだけ密接に癒着し、公器を駆使して興毅をスターにし(シャレね(笑)、金儲けのためにはモラルの低下も厭わないという体質を露呈したわけだが、その厚顔無恥ぶりにはあきれ返ってしまう。かつてのオウム真理教騒動の際、TBSはあろうことか、オウム側に情報をリークし結果的にオウムによる坂本弁護士殺害に「加担」したという過去を持っている。あれで「TBSは死んだ」(©筑紫哲也)はずだが、TBSはこうして恥知らずな体制を続けているし、筑紫さんも平然とニュースでモラルの低下を嘆いたりしている。テレビって、そういうものか。

繰り返しになるが、亀田問題でネットはまだまだ沸騰しているけれども、今出ている「週刊文春」の亀田特集は擁護派も反対派(?)も、一度読んでおくべきだろう。
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2006-08-11(Fri)

亀田親父×やくみつる

 亀田父がテレビで公開ゲンカや−。プロボクシングWBA世界ライトフライ級王者・亀田興毅(19)=協栄=の父・史郎さん(41)が7日朝、テレビ朝日の「スーパーモーニング」に緊急生出演した。バッシングを続けるガッツ石松さん(57)、漫画家のやくみつるさん(48)と一触即発のガチンコ討論。何を言われようが、子供はオヤジが守るという教育哲学を貫いた。-----8月8日 スポーツ報知


亀田三兄弟の父親、史郎と漫画家やくみつる、元世界チャンプのガッツ石松がテレ朝の生番組で公開討論(?)をしたという。残念ながら放送を見ていないので何だが、さっきその検証みたいな番組を昼にやっていたのを見た。やくさんは興毅ばりの悪趣味なヤンキースタイルのファッションで臨み、親父に金亀印のタコ糸を放り投げて挑発、「これで亀を縛っとけ」と発言。これに気色ばんだ親父に対し「腹立つやろ、あんたの息子はこれと同じことやっとんのや」と。
こういったやりとり…バトルというのか、流れに関しては驚いたことに当日から2ちゃんねるやら個人のブログやらでさんざん書かれているうえ(2ちゃんねるを見なくても教えてくれる人がいる)、動画までアップされていたりするので、番組を見ていない者でもほぼ正確に解る。

番組には視聴者から電話が殺到し、その三分の一程度がやく激励だったそうだが、亀田激励がそれよりやや多かったというのに驚いた。やくに対する激励というか反応は予想通り「亀田の問題は家庭での『躾』の問題だと思っていた、だからやくさんはよく言ってくれたと思う」というもの。面白くはないが、至極まっとうな意見だと思う。対して史郎派は「何といっても亀田家は正しい。応援する」という非論理的な単なるファン心理というものが多く、中には「親子の絆を見て感動した」というものさえあった。むろんこういった内容に関しては、そもそものソースが現在亀田批判派側の急先鋒となってしまった感のあるテレ朝なわけだから、公開するものに作為が加えられていてしかるべきだ。なのでわざとそういった…つまり亀田批判派がまっとうな常識人であり、擁護派は単なるミーハー的な「今どきの」バカ共…という印象を与えるものにしているのだろう。
その上で敢えて…なのだが、もうこの問題に言及するのもアレで(笑)恥ずかしい感さえあるのも承知の上で、以前意見なんか書いてしまったためにこうしてまた書きます。

亀田「親父」史郎氏はご存知のように
「子供を守るのが親の仕事」
「子供に自信を持たせることが親の仕事」
という、一見まっとうに聞こえる教育論をメディアに登場しては繰り返し述べている(著書にもはっきり書かれている)。
だがこのまっとうな教育論は、どう実践されているかというと
「子供を守るのが親の仕事」=「子供の喧嘩に親が出て何が悪い」だし、
「子供に自信を持たせることが親の仕事」=「自分が近所の子供らを集めて、遊びの中で作為的に自分の子供を一番にする」である(この実践例も著書に書かれている)。
どうだろうか、教育論そのものは一見正しいとしても、その実践方法がまるで間違っていやしまいか? いや、「しまいか?」つーか(笑)、おかしいだろ、と。
彼のいう教育とは全て「俺の子」に盲目的に向けられた愛情だ、子に盲目的愛情を注ぐことは悪ではないかも知れないが、そのことで他人を不快にさせようが迷惑を蒙ろうがお構いなしである。他人の子などどうでもいいのだ。だから彼の論理と実践は、正確には「自分の子供だけを守り、他の子なんか死のうが知ったこっちゃねえ」であり「他人の子を大人である自分がブン殴ってでも自分の子にだけ自信を持ってもらえばいい」なのだ。

これでは動物と同じである。

いや動物でも、親のない異種の子に乳を与えて育てて…なんていう美談をよく聞くから、亀田史郎氏はそれ以下かも知れない。
「他人に迷惑かけなければ何やったってええやないか」という論理にしても、自ら他人様の子供に、その親にも迷惑かけとるやないか、と(繰り返すが、これは史郎氏が自ら著書で実践例を述べている)。今回にしてもテレビを見た多くの人間をその不遜な態度(礼儀を知らない、目上の人を敬わない、スポーツの試合で対戦相手への敬意に欠ける…などなど)で不快にさせているではないか。つまりすでに「他人に十分迷惑をかけている」のだ。そのことに気付いていない。いや、気付いていても気にしないだけか。彼の言い分によれば応援してくれる者は全て味方で、それ以外は敵であり、敵を不快にさせてもそれは「自分らのスタイル」であって「曲げるつもりはない」のだから確信犯である。
やくさんは今日の昼のテレ朝『スクランブル』で「持論を曲げるつもりはないが、後で自分の発言をスポーツ新聞などで読み、こんなことをこんなタイミングで言っていたのか、もっとこう言っておくべきだった」とか、タコ糸を放り投げる形になったのはまずかったとか(テーブルが予想以上に大きくピンマイクをつけていなかったので立って渡すわけにもいかず、勢い挑発するように投げる格好になってしまったそうだ)、「興毅がやったスタイルをそっくり演じて親父にその異常さ、不快さを認識してもらう作戦」は失敗だったと認めている。
ネット上でも、やくさんがあのパフォーマンスをする以前に述べていたこと=興毅の態度が礼に欠ける、親の躾への疑問、タイトル戦そのものへの疑問などへは賛同が多かったものの、あの挑発行為に関してはそれこそ「安い芝居を見せられた」が主流だ。やくさんが自ら「興毅スタイル」を演じ、それを見せられた親父が反省する…というシナリオを描いたのならそれは最初から無理だったろうし、ただ単にパフォーマンスでやったのなら親父と同じレベル(「興毅は戦うためにパフォーマンスやっとるんや。ケンカするならするよ。オモテに出るか」---8/7・スーパーモーニング)に堕ちることになる。さらに挑発だったというのなら、責任を取りオモテに出なければならなかった。なので全ての可能性において「失敗」であったということになる。それは素直にやくさんも認めたというわけで、やくさんのこれまでの主張が「史郎にノックアウト」されたわけでは決して、ない。

それよりもタレントが自分のブログなどで先の亀田×ランダエタ戦について何の考えなしに「感動した」とか書いて炎上するような、いい大人による余りに考えなしの「無邪気という名の愚鈍さ」が気にかかる。小学生や中学生ならまあいいが、それなりの年齢の人間がテレビに登場して、無知、非常識、本当にひどいモラルの低下を撒き散らし、結果「バカの拡大再生産」を行っていることが大きな問題だと思う。最近タレントや芸人が平気で「俺(私)バカだから〜」と言うが、ある意味その後の自分の発言や行為を「バカのやることだから許してネ」と免罪符的に使う分には許せなくもない。だが「俺難しいことよくわかんねえけどさ〜」とバカ免罪符を額にブラ下げつつ、もっともらしいことを真顔で言う「バカ」にはつくづく、トホホホという思いをさせられる。そんなに言うならテレビなんか見なきゃいいじゃんとよく言われる。自分でもそう思うこともある。でもテレビってそういう部分もひっくるめて、今見なくては色んな意味でイタい人になってしまうメディアである以上、トホホホと言いながら見てなくてはいけないこともある。

和田アキ子が山本問題に続いて亀田問題についてもご意見番的にトンデモ論理を撒き散らしてくれたりとか、まあ言いたいことはヤマほどあるが、昨今のテレビのバカさ加減についていちいち腹を立てていては免疫に良くない(笑)。ここはバカはバカだなあと指差し笑うしかないのだろう。ところでガッツ石松の「天然」が「芸」であったことがはっきり確認されてしまった…という結論が多い「スパモニ」登場であったがその結論付けは早計だと思う。
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2006-08-06(Sun)

キムチチャーハンの作り方

8月6日(日)
亀田一家となんとか一家の黒い関係もあることだしTBSがそーゆーことに加担したりしてることだしもう「TBSは死んだ」(©ちくしてつや)わけだし「TBSは見ない!」とか一瞬アオいこと思ったのだが「チューボーですよ!」を見てしまった。ゲストの須藤元気、ロボットダンスがいかしていたが、卵を割るのとフライパンをあおるのは苦手なようだった。
今回の「お題」はキムチチャーハン。番組で3人の「巨匠」(プロの料理人)のレシピが紹介されていたが、それを取り入れた自分の普段のレシピを公開。

■キムチチャーハンの作り方
<用意するもの>
キムチ ご飯 卵 白葱 牛肉か豚肉 (赤ピーマン、にんじん、しいたけなどお好み野菜)
にんにくペースト ごま油
★キムチは刻んだら軽く絞っておくこと。きつぅぅく無理に絞る必要はない。
★にんにくペーストは大きいスーパーなどで瓶入りが売ってます。なければ生にんにくをおろしたやつでOK。ていうかその方が本当はベスト。
★フライパンはチャーハン用と目玉焼き用2つ用意で同時進行。目玉焼きは半熟に!
★簡単料理に見られがちだけど、チャーハンは「スピードが命」のけっこう難しい料理です。フライパンのあおりがちゃんと出来ない人は、とりあえずやめておいた方が無難。

1 ごま油(サラダ油でも可)ににんにくペーストを投入、いためる。にんにくはこげやすいので注意。
2 そこへ牛肉の細切れを投入、香りがつくように炒める。なければ豚肉でも可
3 細かく切ったキムチを投入。手早く、強火で炒める。ちんたらやってると白菜から水が出るので注意
4 白葱のみじん切りを投入、軽く混ざったら他の野菜を投入。赤ピーマンなどだが、なくてもOK
5 いよいよご飯投入。ご飯すべてにキムチの赤い色がつくように均一に混ぜる
6 混ぜは木べらで斜めに切るように混ぜつつ炒める
7 味付けはキムチの味に塩コショウ、しょうゆなどで調整
8 同時に半熟目玉焼きを用意する
9 チャーハン全体が混ざったら型に移す。ご飯茶碗でOK
10 皿に茶碗をひっくりかえして盛り付けたら、その上に目玉焼きを乗せたら完成。
(本当は熱した石焼ビビンパの器があればそれによそるとおこげが出来ていいが、普通はないので)

半熟目玉焼きを上にトッピングするというのが番組の方法。それいいな、と思った。スプーンとか蓮華で黄身を割るとトローリ…というのが。「どっちの料理ショー」なんか見てても、この「卵の黄身トローリ」攻撃にみんな弱い。別に卵なんかどこの家にもあるし半熟目玉なんて数分で台所行けば作れるのに何で皆弱いんだろうね(笑)。
半熟目玉が嫌だという珍しい人は通常のチャーハンのように、最初に油を敷いたところで卵を手早くかき回して、いったん取り出しておき、ご飯投入と同時くらいに混ぜ込むといいでしょう。「黄金チャーハン」を作りたい場合によく、最初に熱いご飯に卵を溶いて混ぜ込んでコーティングしてから炒めるとパラパラになる…とよく言われていますが、家庭の火力だとかなり難しいです。失敗する可能性大なので、普通のチャーハンのように混ぜ込むか、目玉焼きトッピングにするといいでしょうね。
あ、あと白ゴマを最後にパラパラと振るとソレっぽいですな。

…お腹が空きましたか。そうですか。
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2006-08-05(Sat)

花火大会

8月5日(土)
朝、向かいの製氷工場の解体の騒音で起こされた。全くこのあたりは平穏に過ごせないことになっているようだ。

休日は静かだったので気がつかなかったが、引っ越してきてすぐに我々は自宅の周囲が工場だらけだったことに気付いた。鉄工所はガッツンガッツン終始金属音を響かせ、製氷所や製本所、印刷所、リネン工場などが騒音と悪臭を日夜撒き散らす場所だということは、不覚ながら平日に見に来なかった我々には気付けなかった。そして越してきてすぐに17号の共同溝工事が始まり、深夜〜早朝ずっと騒音に悩まされている。信じられないことに、この工事は引っ越してきて7年経ったというのに、いまだに続いている。その後隣の歯科一家が建て直し工事を始めて物凄い騒音が挨拶も遠慮もなく日夜響いて閉口した。さらにそれが終わるとその隣にある自動車修理工場の騒音が響き出し、タクシー会社の車庫が隣接していいるが、そこの運転手たちは早朝に下卑た笑い声や大声、アイドリング音を撒き散らす。こうして書いているだけで頭がくらくらしてくるが、こんな地獄のような場所に越してきた自分らがマヌケだったと諦めるしかない。

…その後も朦朧としたまま布団に居続けたが、11時ころフラフラと起きる。連れ合いは今日、明日と会議などがあって京都へ出勤する。なので化粧と支度は済んでおり、そのままソファに横になって休んでいたようすだが、俺が起きると起きて、12時前に出て行った。外は猛暑で、ドアを開けるとムアッと暑い。連れ合いも病弱なのでこの暑さは心配。
その後1時ちょいにメールが来て、「新幹線乗ったら夏休みでガキばっかり!」だと。拷問だなこりゃ、と同情する。今日は荒川を挟んで戸田市と合同で開催される、「いたばし花火大会」の日。7時過ぎからドンドンといい音が響き出し、時折大きな「ドォン!」という音で窓ガラスがビリビリしたりする。
連れは江戸っ子なので火事だの喧嘩だの花火だのというとワクワクそわそわし出して、落ち着かない人である。以前は花火というと一大イベントで、俺も元気な頃は昼前から荒川の土手に敷物を持って場所取りに行き、夜になると友人らと缶ビールやつまみを持って見物に出かけたこともあった。何年か前は友達と合流できず、終わってから飲み屋で落ち合うと、直後にバケツをひっくり返したような大雨になり、店内が水びたしになった…なんてこともあったっけ。
去年の花火の時は癌がほぼ間違いないという頃で、外科でリンパ節を摘出して生検に出す入院手術から退院し、あとはガリウムシンチもやって、結果を待って治療のために入院を待つ…そんな時期だった。とても花火を愉しむ気分になれず、家で夫婦でテレビを見て過ごしたっけ。あれから一年、まだ生きている。良かった。

さきほど9時前、「ドドドドド!」とナイアガラらしき音が最後に鳴り響いた。これにて花火大会は終了、今頃土手から17号のあたりは物凄い人ごみで混雑しているだろう。
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2006-08-04(Fri)

亀田VSランダエタ戦について

亀田興毅とランダエタの例のタイトルマッチ。もう誰が見ても意見は同じだろうし(亀田一家、TBS、一部の亀田を支援している関係者各位を除いて)、これだけさんざん語られているのでどうかと思っていたが、ちょっとだけ言及したこともあり、言いたいこともあった。でも。
ここに俺の言いたいことすべてが、理路整然と、でもフランクに読みやすく、素晴らしい感覚でまとめて書かれていた。いや本当に素晴らしい。頭のいい人っているもんだな、と感心しました。(あくまでもこの件について、であるが)

きっこの日記
http://www3.diary.ne.jp/user/338790/
きっこのブログ
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2006/08/post_bd8e.html
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2006-08-02(Wed)

2つのおめでとう、1つのありがとう

8月2日(水)
11時過ぎ、ワイドショーで王(貞治ソフトバンクホークス)監督の退院会見を見る。胃癌のため腹腔鏡手術で胃を全摘するという手術から二週間で退院。開腹に比べてやはり凄く速い。王さんの様子はやはりちょっと頬がこけ、やつれて見える。体重が7〜8kg落ちたといっていたが、それでも気持ち的には元気そうだった。健啖家というか美食家だったそうだが、胃の全摘後は腸が膨らみ代役を果たすようになるまでかなりの時間がかかるそうだ。それまではちょっとずつしか食べられないし、それも消化にいいものに限定されるから、思うように好きなものが食べられずに寂しいだろう。それでも健康が保証されるのなら何でもないことだと俺は思うが。固形の癌は早期なら取ってしまえば安心だから、ちょっと羨ましいほどである。ともかく王さん、退院おめでとう。

夜のニュースでは亀田興毅がWBAライトフライ級王座決定戦に判定勝ちし、世界チャンピオンになったと言っていた。判定は「?」と思わないでもない部分があるのだけど、とりあえず彼は世界チャンピオンになった。キャンキャン吼えるだけではなく、世界を獲るという「公約」を守ったことになる。だからとりあえず祝福したい、おめでとうと。
19歳・亀田興毅、微妙な判定で王座奪取−WBAライトフライ級王座決定戦
(SANSPOCOM サンケイスポーツ公式サイト)

ただ今度はただのチンピラではなく、世界チャンピオンである。具志堅用高も「ボクシングはスポーツだ、相手に対しても社会にも礼儀を守れ」と週刊誌で苦言を呈している。メディアもいい加減、持ち上げるだけではなくそういう部分をきちんと判らせるべきだろう、本人にも、見ている一般大衆にもだ。

夜9時過ぎに、連れ合いが向かいの工場の枇杷の葉を取りに行きたいというので、二人でハサミとビニル袋持って出る。うちのマンション向かいにあった製氷工場は、いつの間にか操業をやめていて、どうやら取り壊される様子と聞いてしばらく経った。連れ合いが今日の日中、バス停に行く途中で見かけたところによると、工場の敷地にあった枇杷の木が2本とも無残にも切られていたという。切られた木はまだ片付けられていないというので、葉だけでも出来るだけいただいてこよう、ということで向かう。

なぜ枇杷の葉を…というと、実は痛み止めの湿布のために使っていたからである。

連れ合いは以前にも書いたと思うが、2002年に右の腎臓摘出手術を受けた。別な症状で入院したところ、CTその他の所見で右腎臓内に悪性腫瘍があると言われ、取らねば命に関わると言われた。なのですぐに手術となり、バタバタと段取りが決まり、手術となった。
摘出手術は成功したものの、その後は患部の痛みで連れ合いは地獄の日々を送ることとなった。手術後の患部をカミソリで切られるような痛みが断続的に襲い、夜も寝られず、処方された痛み止めはほとんど効かずに、あとは麻薬しかないと言われた。それから1年余り、色々な薬剤、療法を試したが、結局痛みは現在でも時折ビリっと走ることがあるように、完治していない。
くしゃみをするにも右の脇腹を抑えてしないと、腸が飛び出るようで怖いという。ふだん外へ出歩く時はもちろん、腹巻きというか、医療用の腹帯が欠かせない。着るものも、それを隠すためにオーバーオールしか着られない。
もし、開腹手術をした人が全てこんな目に逢うのなら、世の中大変なことになっているはずだ。ゆえに、摘出手術自体は成功したものの、これでは「失敗」あるいは「事故」ではないのか。
しかし執刀医はその後再三にわたる我々の訴えに全く耳を貸さず、「そういうものです」「手術で神経を切断したので治りません」挙句「気にしすぎでは」と言われた。もうこの人たちを相手にするのはやめよう、と思った。

その後、連れ合いの親友で、夫婦ぐるみで親しくさせていただいている詩人・井坂洋子さんから、「枇杷の葉を痛いところに貼ると、痛みがやわらぐ」と聞いた。もうその頃には藁にもすがる思いだったので、何でも試してみようと思っていた。
たまたま、うちのマンションの向かいの工場にある木が枇杷だと知った。そして試してみたところ、連れ合いは「痛みが薄らいでよく眠れた」と感動していた。それはもう、涙を流さんばかりだったし、苦しみを傍らでずっと見続けていた自分にとっても嬉しいことだった。枇杷の不思議な力、いや自然の力に敬服した。
それから何度か、木に「ちょうだいね」と言いながら二人で葉を何枚かずつ、貰いに行くようになった。

その2本の枇杷の木は、向かいの工場の金網で囲われた塀と工場の壁、ホンの50cmほどの隙間に植えられていて、窮屈そうに、それでも立派に葉を繁らせていた。それが今は、なるほど根元30センチくらいでばっさりと切られて、上の部分は無くなっている。
連れ合いが「こっちにある!」というので工場の入り口側へ廻ると、そのほかにあった樹と一緒に、無残に切られた枇杷が重ねられ、放置してある。うち捨ててある、と言った方がいい。
上に重なっている他の木をどけたいが重くて二人でも動かない。二人とも腹筋に力を入れる作業は命取りになりかねない。
なのでその下になっている枇杷の木だけを何とかを引っ張り出し、顔を出した枝をぐいと引き、連れに抑えてもらって俺が葉を片端から切っていった。

この木が生きていてくれた頃は、夜中に葉を切らせてもらい、持ち帰って冷蔵庫に保管しておいた。人目があるので、夜にハサミとビニール袋を持って、夫婦でこそこそと取りに行った。そうして枇杷の木に「ビワちゃん、ごめんね、ちょっと頂戴ね」と挨拶をして葉を何枚か貰って帰ってきた。
連れ合いが腹が痛いとき、そうして保存してあった枇杷の葉を水にちょっとさらしてから腹に貼って腹巻きで抑えていたが、もうこれで、いただいてくることも出来なくなった。
とにかく出来るだけたくさんの葉を…と思うが、倒れた別の木の下敷きになっていて届かない部分がほとんどだった。それでもビニル袋2つほぼ一杯にして、持ち帰った。切っている間は二人で「可哀想にね」と話しつつ、感謝しながらいただいた。最後はどちらともなく木に合掌した。ちょっと涙が出た。
切られると解っていれば救うことが出来たかな…と少し考えたが、結局「じゃああげる」と言われてもうちはマンションだし、植え替える場所もない。仕方がなかったとはいえ、心が痛んだ。
枇杷の木よ、今までありがとう。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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