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2006-12-30(Sat)

年賀状

年賀状ですが、今年も寒中お見舞いに代えさせていただきます。
よろしくお願いいたします!
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2006-12-27(Wed)

癌告知から500日

数年前からテキストファイルを日ごとに保存するのをやめて、エクセルで日記をつけている。カレンダーが自動になるのとデータ表示・管理がしやすいのでいいのだが、何といっても数値データをグラフ化したり、計算などがお手の物で重宝している。
去年の夏に、癌告知を受けた。あれから日記の日付欄のカウントがスタートしている。当初は余命一年無いと宣言されたので、何日生きられるかわからなかった中、一日一日のカウントが増えていくのを30、50、100…と積み重ねていくことが励みになっていった。
今日は癌告知から500日だった。
いや、ひとくちに500日というけれども、実は非常に短かったように思う。人生のジェットコースターでいうとどん底までイッキに降りたかと思うと急カーブやら細かい上下があり、今ようやく緩やかなコースを走れている…という感じである。

このブログで、また最近はメールや手紙その他で励ましてくれたり、情報を下さる皆さん、本当にありがとうございます。
人生の終わりなんていつ訪れるかは誰も知らない、それは健康な人も同じことだ。二年、1000日、三年…と生を積み重ねていけますように。
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2006-12-27(Wed)

教え子からのクリスマスカード

台風のような暴風雨が夜通し続いていたが、昼ころには青空。だが郵便を取るため玄関を開けると、もの凄い風。風は凄いが生暖かい、この時期としては気持ちの悪い陽気だ。フェーン現象とやらのせいだ。
郵便物を取って戻ると、教え子のNさんからのクリスマスカード。こないだはOさんからも近況報告の手紙を貰ったが、この二人と数人の教え子たちがこないだ集まったという報告だった。みんな元気だそうで、ひと安心。
Nさんは新しい彼氏が出来ました、とプリクラが貼ってあった(笑)。ひと安心。
二人ともときどきこうやって近況を報告してくれるのが嬉しい。一度縁あって関わった先生と生徒、関係を切るのは俺の側からではない。俺の方はみんな全部ずっと教え子であることは変わらない。なのでこうやって思い出してくれるというのはまだつながっているからであり、それはやっぱり嬉しいことである。
ていうか彼女たちはすこぶる優秀な生徒たちであったが、もっと心配な子らがたくさんいるんだけどなあ(笑)。
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2006-12-26(Tue)

若者にツケをまわし続ける日本

「白取さんは公務員批判がお得意のようですが、私の職場では人員が不足し、激務が続いており区民の皆さんの要望に丁寧に対応したくても出来ません。実際上の人らはブラ勤に近い状態で、その分の人件費を削って現場の若い人らの雇用にまわせと常々思ってますが。(中略)ところで自民党も公務員の人件費削減を改革として公約し、実行していますよ」
…また匿名メールですが、「自称公務員」というこの方、いやね、なん〜回も言ってますが俺公務員全てを悪だと言ってるわけじゃないでしょう(笑)。どんな業界でも悪は存在してる、人間ってそんなもんですよ。でも問題なのはその悪人の悪行が露呈した場合にキチンとした裁きや相応の制裁を受けるかどうかってこと。公務員の場合は犯した罪の重さに比して制裁が余りに軽すぎるということが問題だと言っている。例えば横領でも、彼らの場合は何せその金は税金である。俺らが必死で稼いだ金からむしり取られていく税金だよ。税金じゃなくちゃ重くねえのかという頓珍漢なツッコミは無視する(笑)。皆が稼ぎにあわせてお上に税金を納める。その金で国や地方自治体は、ひろく国民・住民のために公益サービスを行う。その手助けに仕事として携わっているのが公務員だ。彼らも税金は納めている。なのに、罪の意識がなさ過ぎる。自分が稼いだ金だったら使う際に慎重になろうが、国民から広く集めた税金だと思うから、大切に思うべきところをちょっとくらいポケットに入れてもいいだろう、となるんだろう。あとね、公務員の存在を全否定してどうするよ、俺なんか友達に公務員多いし(笑)。みんな真面目に働いてるよ、必死こいて。そういう公務員ほど、悪人どもの所業を苦々しく思ってるさ、当然。実際に任務に比べりゃ薄給で、しかも常に人員不足って公務員の職場だってたくさんある。そんなことは知っている。
ところで自民党の公務員人件費削減だあ? 寝ぼけたこと言わないで欲しい。その案というのは2010年までに5%の公務員削減というもののことだろうが、その削減は何のことかご存知か? 人数だよ。それも「新規雇用を二割削減し、あとは自然減」って…。一番削減すべき、長く居るだけでロクな仕事もせんでふんぞり返ってアガリを待ち、民間の数倍の退職金とあわよくば天下り先でのブラ勤でまた高額な給与を食み、半年や一年でまた退職金を貰い、たっぷり貯め込んだ上に手厚い年金を貰う、クソ蛆虫どもを削減せずに、これからの日本を担う若者の雇用を減らしてるんだよ。
じゃあアナタは民主党支持なのか、いやさ共産党員か、と言われる。違う、って。民主党の大きな票田は公務員だよ。民主党が思い切った公務員改革を出せないのはそのせいで、事実、マニュフェストを見てもこの部分に関しては自民党案と大差ない。結局はコームインどもの「既得権益保護」だ。こんな政治家どもに改革なんかできるわけがない。共産党も公務員の削減には手つかずだ。一応お子さんたちのために言っておくと、この国のシステムは官僚がいないとどこもかしこも動かないように、もう、長い時間をかけて、作られてるんです。なので公務員を皆殺しにせよ、と言ったところで国家が破綻しどっかの国に飲み込まれるだけだ。政治も例外ではなく、一部の熱心な(本当に稀だが)議員を除けば、答弁から質問から官僚=公務員の力を借りないと何も出来ないことになっている。議員は数年で入れ替わるが、官僚どもは定年までどっかりと居座り、税金を食む。ちょろちょろっと改革派が出てこようが、巧みにごまかして抜け道の多いザル法案を作って政治家、国民を騙し続けることなんかお手のもんだ。とにかく公務員の改革を公務員に任せる、公務員の監視を公務員にやらせる、そんなんで真剣にやれるわけがなかろう。
自民党に限らず野党諸政党も揃いも揃って「政治家」たちが、既得権者である公務員の年寄りどもにおもねり、ツケを全部若者にまわすのはなぜか?
それは若者が選挙に行かないから。政治への参加意識が薄いから。タックスペイヤーとしての自覚がないから。要するにバカだから。つまり、「票にならないから」。若者たちが全員政治や行政への監視を強め、意識を高め、不正を許さず声を上げれば自然と政治は若者へも目を向けた政策を作らざるを得なくなる。だが現実には、若い議員たちは上の世代のイエスマンとしてしか存在し得ず、若い有権者は基本的に投票という行為をしない。行っても組織票として何の疑問もなく上の言う通りの投票を強いられそれを行うか、人気取りのタレントだのスポーツ選手だのにホイホイ投票している。これじゃ、バカにされるよ。
一応硬軟取り混ぜて、読みやすくて解り易い以下の本でベンキョーするといいでしょう。

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来

光文社

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若者殺しの時代

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2006-12-24(Sun)

「昼はチリンチリン、夜はベロンベロン」…M1グランプリでチュートリアルが優勝

赤羽に連れと買い物に出る。今は風邪だけでなくノロウィルスもあるから、免疫力の低下している自分は怖い。なのでマスクなどで完全防備。冬物のパジャマ、食品類を買ってタクシーで帰宅、夜7時前くらい。その後は楽しみにしていたM−1グランプリを途中から見る。M1はしょせんは吉本お手製じゃないか、今年は素人で決勝に残った女二人組(変ホ長調)もいるが、それはアリバイじゃねえのか、みたいな謗りもあるものの、構図・構造はどうあれ見せられる「芸」は彼ら芸人が発するものに間違いない。テレビ、何とかチュートリアルには間に合った。M1は毎年見ているが、今年は連れに「チュートリアルが取るよ」と宣言というか予言(笑)していた。そしてやはり予想通り、ぶっちぎりの面白さで1000万を獲得した。
「予想通り」というのはまあ優勝という結果のことだけど、俺が予想していたのは例の徳井が外国人コメディアンをやるネタのこと。しかし今回はそれを封印(?)し、友人が冷蔵庫を買ったというネタで最終決戦3組にトップで進み、麒麟、フットボールアワーとの本決勝は自転車のベル(チリンチリン)が盗まれたというネタを大きく膨らませて爆笑をさらう。結果文句なく審査員全員一致で優勝した。審査員一致というのは初めて見た。去年のブラマヨの決勝も神がかり的な面白さで見事だったが、それに匹敵するというかまさる面白さだった。
実は数年前から「笑い飯」をひそかに応援しているのだけど、何年か前の車を運転するネタの後半、入れ違い加速していく二人の高速ボケが神業的なものだったので注目していたのに、最近はどうもその「加速」にいたるギアチェンジが今ひとつ。今回は意気込みを聞かれたコメントで、狙ったのか私服なのか意味不明のライオンズの帽子にダサいグラサンで「金、欲しいッスよ」と言った西田の風体が一番笑えたという始末。
それにしてもチュートリアルは「コント」ではなく「しゃべくり漫才」の面白さをキッチリと伝えてくれたと思う。4分間という時間の中で、シュールなコントやとっぴな設定での芝居はかなりキツい。よって本当に素の実力、話術、芸が問われると思う。去年のブラマヨもそうだったし、今年のチュートリアルもまさにそこの真髄を見せてくれた。たった二人で、何の設定も小道具もいらず、何ならマイクも使わずに周囲の人たちを引き込み爆笑させる正統派の「漫才」の力を再確認させられた。
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2006-12-22(Fri)

ホリエモンに懲役4年の求刑

最近よくメールでやりとりをしている龍騎さんから「以前からブログでも触れておられた、ホリエモンについてどう思います?」というメール。
さっきニュースで証券取引法違反の罪に問われているライブドア前社長・堀江貴文被告の論告求刑公判が行われた…とやっていた。
検察側は「多数の投資家を欺き、証券市場に混乱を引き起こした責任は重大。刑事責任を逃れるため、虚偽の弁解に終始し、全く反省していない」とホリエモンを厳しく断罪、求刑は「懲役4年」。
罰則はこの法律だと「10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金」、なので求刑がことさら厳しいものなのかどうかは解らないけれども、検察側の「堀江憎し」的な雰囲気は公判のたびにメディアによって伝えられてくる。もちろん個人的に憎いわけはなかろうが、どうもホリエモンの公判中の「態度の悪さ」が心象を害している…それは裁判官のも…ような気がする。
前にホリエモンのことをここに書いたけど、
2005年2月に「抵抗勢力」による「堀江叩き」の構図
では新しいかたちの経営者として突出してきた堀江という人間を、大人たちが快く思っていない、最初に堀江憎し・堀江叩きがあって袋叩きにしようとしていることに対して、おかしいと言った。別に堀江個人をことさらに持ち上げた覚えもないし、実際そんなことも言っていないはず。つづいて
2005年4月の「平成ホリエモン事件」文芸春秋5月号
で、一連のニッポン放送株・フジテレビ関連の事件の総括について、ようやく冷静な論評が見られるようになったことを報告した。
彼については個人的に好き嫌いはない、やっていることも是々非々で冷静に見るべき、その上で彼が汚いことをしたら叩けばいい、とはっきりと言ったはず。
そうしたら、
2006年2月ホリエモン事件の光と影---ライブドア堀江貴文元社長逮捕関連
で述べたように、彼が「汚いこと」を「どうやらやっていたらしい」ことが判明してこうした逮捕劇となったわけで、それは前に宣言した通りそのことについて叩く=批判することは当然のこと。
こんな子どもでもわかるような流れについて、俺に「一度持ち上げたホリエモンを手のひらを返して叩く」と批判してきた頭の悪い人がいたが、まあちゃんとずっと読んでくれている人たちは失笑していたので俺もサクッとコメント削除して微笑するにとどめました(笑)。
さて一番最初にここで堀江前社長に触れた記事は、実は2005年2月ライブドア社長日記である。そんなんどうでもいいんだけど、ここでは彼がレギュラー出演していたCX「平成教育2005予備校」で彼の出演部分がカットされていたことに対して、オイオイフジさん、それは過剰反応では? と思ったわけです。ホリエモンがタレント気取りでブイブイ言わせていたことの是非とか好き嫌いの感情はともかく、誰であろうと利用できるときは徹底的に利用、尻の毛までむしり取って不要になったり、そいつがちょっと反抗したりでもしようものならアッサリとポイ棄てする…というテレビに代表されるマスメディアの体質が浮き彫りになったという話。
昨日の福澤サンの件でも思ったけど、つくづくテレビって因果を背負った者じゃないとホイホイ出るもんじゃないよ。出ることによって因果を背負い込むことにもなるから、そこら辺の自覚がないまま踊ってると、まあ●●とか●●みたいな末路が待ってるわけで。出る杭は打たれるとよく言うけど、「ほどほどの出具合」をわきまえ、うまくスイスイと泳いでいく賢さと自覚がないと、テレビで長く活躍することは難しい。あ、巨大事務所にガッチリ守られてるから安心と思ってるアホタレ共も同じだ、ジャニーズ事務所のタレントの末路見れば解る(笑)。
無罪を主張し続けているホリエモンだが、公判は来年1月26日の最終弁論で結審するそうだ。
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2006-12-21(Thu)

亀田対ランダエタ戦

…見た。別に個人的に亀田興毅という人間が憎いわけでも、逆に好いているわけでもない。どちらかというとああいう世間的に言う「やんちゃなガキ」は気に入らない方だけど、彼がボクサーとしてはWBAライトフライ級世界チャンプであることは厳然たる事実だ。疑惑の判定と騒がれた前回の試合、確かに疑惑はあろうが、ボクシングのプロから見ても「判定通り」「やはりおかしい」と分かれた試合なんだから、素人が見たって解りっこない。なので試合の正当性ウンヌンについて、素人の自分は言う資格はないと思っている。感想として「オイオイ」というツッコミは多々あるが。
個人的に好きでも嫌いでもないと言いながら、自分が何で亀田一家を批判するのかは前に亀田親父VSやくみつるの項に書いたので割愛する。要するに彼らの人間性が嫌いだ、相容れないというだけの話で、くどいようだけどボクシング選手としての力量の話、評価は別。
今回は純粋に、前はダウンさせられ、それこそ「疑惑の」判定で辛勝した亀田興毅がどういう試合をするのかに興味があった。結果は皆さんご存知の通り。亀田は序盤から戦法をガラリと変え、足を使い、イン・アウトを巧みに使い分けた「技巧派」ボクシングに転じていた。ランダエタは動きがもっさりしていて、亀田の押し込む、乱打、引く、という一連の攻撃手法に最後まで対応できなかったようだ。乱打されるボディへのダメージと、時折カウンター気味にくらう頭部へのダメージがテレビで見ていても痛々しいくらい、「ド下手」な選手になっていた。たった4ヶ月ほどで、ランダエタに何があったんだと思ったが、体重が増えたということ以外は特にないし、本人も試合前までは自信満々だったから、これは当然ながら亀田が「進化した」のだろう。確かに見ていて亀田はそれこそ普通のちゃんとしたボクサーに見えたし。弟の大毅はゴングと同時に相手に突進しボコボコにするという、数ヶ月前までの兄のような凶暴性をいまだ失っておらず、むしろこの弟の方の今後が気になった。
翌日TBSの「ピンポン!」を見ていると、カンニング中島の訃報と相方の竹山の記者会見の模様が流れ、その後司会の福澤朗アナはカンニングのこれまでの足跡を解説する。日テレ『エンタの神様』でカンニングの売り出しから見ていた彼としてはやはりグッとくるものがあったのだろう、時折必死にこみあげる涙を堪えながらカメラに語っていたのが印象的だった…のだが、そこがテレビのつらいところ。その次のゲストが亀田興毅&大毅の兄弟であった。
ただの今まで涙を堪えて中島の死を悼んでいた福澤アナは、あのリングアナ調の大声で「ナニワのとう〜ケン〜、かめだぁぁぁ、こう〜〜きぃーーーー!!」と絶叫して二人を迎え入れた。テレビって因果だよなあ。因果者しか出てはいけないし、素人がホイホイと本来足を踏み入れる場ではないことを、こういう場面を見るたびに強く思う。
さてその「ピンポン!」生出演の亀田兄弟、特に兄の興毅はまるで毒気を抜かれたような大人しさで、あの一連のバッシング以来周囲のブレーンが必死で彼のイメージチェンジを謀ろう、コントロールしようとした結果が伺える。ボクシングスタイル同様、亀田興毅というまだ二十歳の「子ども」は、まわりの大人たちにいいように利用されていると思うと、つくり笑いを浮かべ「俺は何も変わってへんよ」と言う興毅がちょっと哀れに思えた。その横で17歳の弟は相変わらずの「やんちゃ」ぶりではあったが。
ところで「やんちゃ」という名詞・形容動詞であるが、本来は子どもに使う形容であったはずだ。辞書をひいても確かに
子供が活発で大人の言うことをきかないこと。いたずらやわがままをすること。また、そのさま。また、そのような人。
となっている(三省堂・大辞林)。こういう本来は子どもだから、つまり常識、知性、教養、モラル、何でもいいが大人が弁えているべき所作・思慮分別を知らないガキだからこそ許されるはずの軽い「やんちゃ」という言葉を、近年はイイ年をした大人に対してひんぱんに使うようになっていることが気にかかる。俺も敢えて「やんちゃなガキ」とカッコくくりで使っているのは、もちろん大人のくせにガキのような阿呆という意味でくくっているつもりだ。
でもまあ最近は「俺も昔はやんちゃだったけどさあ」とかちょっとカッコつけて言う知能の低い大人が多い、よく聞くとその「やんちゃ」とは十代後半から二十代になってからの話であり、その内容はよくよく聞いてみりゃ暴走族の過去だったりカツアゲだったり下手すると窃盗だったり恐喝だったり傷害だったり殺人未遂だったりしている。オイオイ、それって「やんちゃ」で済まされるレベルかよ、という話ばかりだ。まあそうやってこの国は幼児化し、子どもがカンタンにその場その場の欲情で交尾して子どもを作り、そうしてバカガキの拡大再生産を行っている。そういうバカの遺伝子ほど強靭だし(笑)、もともと普通の話・常識が通じないから、もうやりたい放題である。子どもは欲望むき出しで、抑制するという理性を持たないから、他の子にもすぐに伝染する。例えば学校にしても、誰だって遊びたい盛りに机に縛り付けられていたくはないが、それがルールだと教わって社会での集団生活に備える理性やモラルを身につけていく。だが一人でもバカガキがやりたい放題をし、それが管理者である教師に容認されれば、他のガキは必ずまねることになる。学級崩壊ってそういうカンタンな話だよ。官僚だの学者とか教育者とか称する連中がクソ真面目な顔つき合わせて税金の浪費しとるが、要するに「バカなガキが図体と年齢だけ大人になっただけ」の「バカ親」を何とかせにゃ、そいつらに育てられている…いや「育て」てないんだから、悪い見本と日常一緒に暮らしているその子らにまっとうな行動を期待したって無理だ。日本人がまだ、大人がちゃんと大人になっていた時代の教育現場の論理を、ガキがポロポロガキを作ってろくな躾も教育もしない今の現場に持ち込んだところで全く無意味だろう。家庭では躾を、学校では勉強を教わる。その最低限の役割分担さえなくなり、家庭で躾けられていないバカガキが集団社会での秩序や理性を保てるわけないだろう、と思う。
亀田親子が「バッシングをくらった」のは別に彼らが思っているように「疑惑の判定で勝ったから」だけではない。
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2006-12-20(Wed)

カンニング竹山の相方・中島が死去

 急性リンパ球性白血病のため闘病を続けていたお笑いコンビ「カンニング」の中島忠幸さんが20日午前11時46分、死去した。35歳だった。中島さんは、04年末に体調を崩して入院。06年夏ごろは骨髄移植の手術を行い、その後、一時は退院して自宅からの通院で治療を続けていた。中島とのコンビ復活を心底臨んでいた相方・竹山隆範(35)の懸命なサポートも実らず、ついに帰らぬ人となった。(スポーツ報知)
…今日は自分が親しんでいた人の訃報が相次ぎ、京都に出勤中の連れにも「青島幸男が死んだって!」とか「岸田今日子も死んでたんだって!」とメールしたりしてたのだが、夜になってまた訃報を目にしてしまった。
カンニングというコンビは確か日テレの『エンタの神様』で初めて見たのかな、中島の方は竹山のキレ芸に対する抑制役と思ってたら、ステージ上で逆切れして見せたこともあって、いいコンビだと思ってたらすぐに入院してしまった。その後の竹山はピンで売れていくわけだが、彼自身はすぐに「キレ芸は芸風で本当は腰が低くイイ人」とかバラされたりして、肝心の「お笑い」という部分でブレイクしたわけでは決してない。実際テレ朝の『笑いの金メダル』で時折見せる竹山の本業であるべき「お笑い」は悲しいほど芸に乏しく、寒い。
それだけに相方が復帰しての、コンビとしての「カンニング」がどうお笑いをこれから構築していくか、自分と似たような血液の病気だっただけにひそかに応援していたのだが。まだ35歳とはさぞかし無念だったろう。骨髄移植をし、一時は寛解して通院で経過観察までいったのに、再発したのか予後がよほど悪かったのだろう。骨髄移植はその前の抗癌剤投与も骨髄抑制期間中も、その予後も、本当に大変な治療だ。自分はその寸前まで行っただけだけど、映画『セカチュウ』(無菌室というものを理解してないのでは?)みたいな呑気な世界ではないだろう。ご冥福をお祈りします。
血液の癌というと、青島前都知事…というかこの人が前の都知事だったことを久しぶりに思い出したくらい忘れていたが、死因は骨髄異形成症候群、だったそうだ。これはよく前白血病段階とかいわれる、やはり血液の癌の広い定義の中に入るようなものだろうが、とにかく目に見える悪性腫瘍とちがって血液、血球の腫瘍というものはまだまだ解らないことだらけだという。それだけに先端医療の研究対象にもなっていて、日々発症のメカニズムなり治療法なりの研究が進んでいる。だが今、この瞬間に命の危機にあるような患者さんたちの場合はその成果を待つわけにはいかず、こうして亡くなっていくわけだ。タイミング、というと軽いような気もするけど、そういうものも確かにあると思う。俺はどうだろう。俺の病気は果たして俺の命あるうちに、治療法なり新薬なりの開発ができるのだろうか。

そういえばこのブログのコメントを遮断してから、以前よくコメントやメールをくれた人たちとは文通(笑)のようなものが続いている人もいるのだけど、北海道のマリさんのおじさんは、ずいぶん前に再生不良性貧血で亡くなられたそうだ。もし発病が10年、いや5年遅かったら、きっと今も病気と付き合いながらでも生きていたと思う、ということだ。
タイミング、というものは「運」という言葉に置き換えてもいいと思う。
先日自分の母親のことを書いたけど、書いていてさだまさしの歌のフレーズを思い出した。
「運がいいとか 悪いとか 人はときどき口にするけど そういうことって 確かにあると あなたを見てて そう思う」(無縁坂)
俺の場合は健康診断で病気が見つかり、トントン拍子で癌が確定し、抗癌剤投与寸前まで行き、虫歯がきっかけで治療が延期になっている間に癌のタイプが当初想定していたものと違うことが判明し、治療が中断した。そしてもう1年ちょっと経つ。今のところ、タイミングというか運はあるようだ、なぜなら俺は今生きているから。
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2006-12-19(Tue)

御用学者もやっぱり公務員

もう夜のニュースは血圧に悪いので見ない方がいいのかね。…御用学者・本間税調会長の「愛人と官舎住まい」問題。まあこういう話も改めて何か言う気にもならないが、どうも自民党内というか政府内にも、官舎から退去したことでこの問題は幕引きにしたいというような気配が漂うのが気に入らない。しかも「本人のプライベートな問題だから」なんて言う頓珍漢な馬鹿までいるのが理解不能。
そもそも入居にあたっては税調会長をお願いした政府というか官僚側から申し出があったらしいが、入居の申請は本間が所属している大阪大学を通じてなされたそうだ。大学の総務課によると、その書類で同居人は「妻」と記載されていたという。だがもちろん同居していたのは「愛人」だった。
となるとこれは、国立大学教授が公務員官舎に入居する際の申請書類に虚偽を記載した、ということになる。おいおい、んじゃあそれって公文書偽造か、あるいは詐欺とかになるんじゃねえの? 何度でも言うが、公務員の住宅建設費も維持費ももちろん税金。全部国民の財産のはずだ。税金で建設された立派な住宅ながら、その家賃は相場からするとかなり安い。そこへウソついて入居したんなら、その特権=つまり差額を不当に搾取したんだから、それとも横領になるんかねこの場合? ともかくこういう話はたまたま本人が潔く(というか「離婚調停中で解決後は結婚するつもりだった」とかいう「だからいいじゃん」みたいな厚顔さで)認めちゃったので、「おいおいそれはいかがなものか」ってな話になったわけだ。こんなことは日本じゅうの自治体で行われていて、明るみになってないだけの話なんだろう。何せこの国の公務員どもは腐ってて当り前、だからな。
それより法務大臣が記者クラブでこの問題にコメントを求めらて「自分は元役人だから民間人の感覚は解らないけどさあ」とヘラヘラと笑いながらしゃべっていたが、あのジジィ、なんか勘違いしてねえか? 腐れ役人あがり風情が、国民の税金を食んで楽してきくさったくせに、江戸時代じゃあるまいし「お上」という「特権階級」が「一般国民より偉い」って感覚かよ。
それにしても記者クラブってのも仲良しクラブか、あんなこと政治家に言われてみんなヘラヘラと聞いてる方もどうかしてると思う。なぜ怒号が飛び交ったりせんかね。「今の発言はどういう意味だ!」「我々マスコミの後ろには国民がいることを忘れるな!」くらい言えねえのかよ。…言えねえよな、次から記者クラブ出入り禁止だもんな。そしたら明日っから全部自分たちで歩き回って取材しないと記事書けねえもんな。記者クラブって「取材対象が用意してくれたぬる〜い空間」に肩までどっぷり漬かった最近の記者諸兄にとっちゃ、もう夜討ち朝駆けでの取材なんて「3K」仕事はやりたくはないわな。ていうか記者クラブが無くなったらどうやって紙面埋めていいのか解らなくてお母ちゃ〜んなんて泣き出すんだろうな。最近の政治家や官僚のスキャンダルはほとんどが週刊誌などのスクープだ。それを新聞が後追いするという阿呆なパターンが続いているが、新聞ってホンット、もういらねえし終わってると思うよ。
いろいろ言われて功罪もまたいろいろあった田中康夫前長野県知事の県政だが、一つ誰がどう見ても立派で素晴らしい勇断だったのは、「記者クラブの廃止」だった。本来マスコミ、いや報道・ジャーナリズムってのは権力が何か不正をしないか、国民に裏切り行為を働いていないかを監視すべきもののはずだ。責任が重くなるにつれ、扱う権力が大きくなるにつれ、それを担う人間の度量、品格、人格も問われるはずだ。もちろん犯罪行為を犯すなどとんでもないことなのは言うまでもなく、一般の国民ならまあまあで済まされることでも厳しく責任を問われるべき立場であるはず(実際は逆で一般ならクビかブタ箱という事件でも公務員どもはのうのうと高給と恩給付きだが)。そういう立場の代表的なものが政治家であったり、司法や行政に関わる人間であるはずだ。なぜなら、彼らは税金で養われているから…という紋切り型のことを言うつもりはない、彼らは「権力」を持っているからだ。もっと言えば「特権」でもいい。
実際に高級官僚といった人たちは、国民の税金を預かりそれなりに天下国家を左右する仕事の現場にいるので、個人や一企業の利益追求のために働いているわけではない。だから税金で養われているわけだし、多少の特権が与えられるのも目を瞑ってもいい。だがそれは当然ながら「まっとうに仕事をしている」人間に対しての、国民の「寛容なる容認」に過ぎない。国家、国民のために働くことが立派なことなのではない、それが彼らの選んだ仕事であり、その職責というものなだけだ。あまりいい気になるんじゃねえぞ、この木っ端公務員が。…ってやっぱし免疫に悪くて最近はニュースも見てられねえ。
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2006-12-17(Sun)

実家がなくなる

昼過ぎに函館の実家の母親からメールが来る。今住んでいる実家を潰して更地にするから、来年の春に明け渡してくれと所有者に言われたそうだ。この実家はもともとお袋が建てた持ち家だったが、十数年前に事業に失敗した際、知人に買い取ってもらい、以来家賃を払って兄と一緒に住み続けていた家だった。

今から三十年以上前、俺がまだ小学4年生だったころ、それまでの友達も呼べないような平屋の借家から、お袋が女手ひとつで借金もせずに建てた、ピカピカの一軒家に引っ越した。注文住宅というやつで、間取りから調度からあちこちにお袋の希望が取り入れられた7LDKの新築が「わが家」となった時は、ほんとうに夢のようだった。それまで古い2DKの平屋にひい婆ちゃん、お袋、俺たち兄弟の四人で住んでいた借家住まいだったのに、いきなり二階の3部屋が一つずつ俺たちに与えられた。一階はお袋の仕事部屋と寝室、応接間、そしてリビングとダイニングキッチンとなり、トイレは一階と二階の二つという快適さが自慢だった。北国なので二重サッシが普通だと思われるだろうが、うちの場合は普通の厚手のガラス戸が一枚だった。というのも強力なボイラーがあって、全部屋にセントラルヒーティングで暖房を供給していたので、真冬でも風呂上りに下着だけでウロウロしてもポカポカしていたものだった。屋根には電熱線が通っていて、積もった雪は端から溶かされて雨どいから下水道へ流れるから、雪下ろしの必要もなかった。ほんとうに、「夢」のようなわが家だった。それまで借家ゆえに、家に入れることが出来なかった猫も、堂々と誰に憚ることもなく飼えるようになったのも嬉しかった。

その実家には高校卒業までの八年間を過ごしたが、人生でもっとも濃密な十代、思春期のほとんどを過ごしたから、今思うともっともっと長かったような気がしている。最初の二年ほどは、ひい婆ちゃんが元気だったので、二階の和室が婆ちゃんの部屋で、残りの四畳半の洋室二つが俺たち兄弟の部屋だったが、兄貴の部屋にはテクニクスのバカでかいコンポとスピーカー、がっちりした金属製の勉強机が置かれていたので、二段ベッドが俺の部屋に置かれ、寝る時は兄貴が俺の部屋へ来て寝た。それはちょっと不満だったが、前の借家を思えば何てことはなかった。
俺が中学へ上がる直前、ひい婆ちゃんの容態が急に悪くなった。米寿のお祝いも無事にしたばかりだったが、足腰が悪くなり、寝たきりに近い状態になった。お袋は日中から夜中まで仕事でいないから、お手伝いさんを雇ったが、それでもつきっきりでの介護は出来ず、結局近くの親戚に引き取ってもらった。ひい婆ちゃんはそれから間もなく、楽しみにしていた俺の学生服姿を見ることが出来ずに、10月10日に亡くなった。
その後、和室が兄貴の寝室になり、俺の部屋には二段ベッドに代わって、専用の快適なベッドが入った。ベッドの下には引き出しの収納がついている立派なものだった。兄貴はそれから三年後、札幌の予備校へ通うために家を出た。二階の四畳半二つは間の壁に大工さんが穴を開けてくれ、まるまる俺の寝室と勉強部屋となった。高校に入ってバンドをやったりするようになると、学校帰りにはよく俺の部屋が溜まり場になった。みな、快適だと言って長居をするようないい部屋だったと思う。
実家が誇った最新設備のうち、一年か二年目の冬に、屋根の電熱線が断線して、融雪機能が壊れてしまった。函館はそれほど雪は積もらないとはいえ、放って置くと軽く1mくらいにはなる。適当なタイミングで雪おろしをしないと、屋根の上の氷状になった雪のうえにどんどん積もる重たい雪の塊が、轟音をたてて滑り落ちたりするから、人がその下にいたら間違いなく大怪我か即死という事態になる。なので、結局その年の冬からは雪下ろしが必須となった。
もう一つのボイラーも、大型ゆえに音ばかりデカく石油も食うくせに、数年でセントラルヒーティングの機能が衰えてきた。冬の北海道、道南の函館とはいえ暖房は死活問題である。結局小型石油ファンヒーターを各部屋に数台入れるという情けない事態になった。猫は家に3匹、野良も招いたりもしたので、家の中がちょっとずつ荒れてくるようになった。それでも、俺が実家を出る頃は、まだまだ素晴らしい自慢のわが家に違いはなかった。

上京して漫画家になるべく専門学校へ通いながら、その年の暮れには「ガロ」編集部・青林堂でのバイトが始まった。翌年には正社員になったので、すぐに多忙な生活に突入することになった。加えて安い給料だけでは食えず、アルバイトもしていたし、恥ずかしながら実家に無心もした。そんな状態で、高い交通費を出して実家に帰省することはなかなか出来ず、最初は正月、次は数年後に一回、その後もほとんど実家へ帰省することはなくなってしまった。
上京して十年ちょっと経ったころ、お袋のやっていた店が倒産した。店は一時はクラブ3件喫茶店1件を経営するほど繁盛していたのだが、時代の波に乗れなかったことが災いしたようだった。生ピアノの伴奏が流れ、上客ばかりが集う高級クラブで接待という時代が、急速にカラオケや安いチェーン店の居酒屋でというガチャガチャしたノリに転換していく…。そんな時代の波にあえて抗い、店内の改装などで設備投資のために商工ローンから高利の融資を受けたことも、事態を悪いほうへ導いたようだった。
結局お袋と兄貴は自己破産をし、保証人の印鑑をついた俺にも、あの悪名高いN栄という商工ローンの取立ての電話がかかるようになった。それこそ早朝から、慇懃ながら凄みの効いた取立ての電話が夜までかかるようになり、連れ合いが心配して相談してくれた、知り合いの弁護士さんに介入してもらい、何とか無事に乗り切ることができた。だがお袋は父が急逝した後、幼い子二人を抱えて必死で頑張って手に入れた、夢のわが家を手放すことになってしまった。店ももちろん、人手に渡った。
そういうことは狭い地方都市の「社交界」ではアッという間に広まり、あることないこと、ともかく噂が駆け巡ったそうだ。ただ辛かったのは身内の、いや身内だと思っていた人間の豹変だったという。主婦だった義理の妹が離婚し、生活のためと頼み込まれてホステスとして育てあげ、その頃には信頼して店を任せていたのだが、その妹はお袋が破産をすると、鬼のように自分が保証人になって立て替えた借金を返せと迫った。必ず返すから少しだけ待ってくれと言うと、店を一件剥ぎ取るように自分のものにすると、ひどい中傷を言いふらすようになった。法的な責任はもうなかったのだが、お袋は破産免責後も、妹には毎月頭を下げて借金を返済し続けた。そして数年後にようやくそれらが片付くと、ようやく小さなバーを一件、友人と二人で始めることが出来、古稀を越えた今も続けている。
実家はそんな生活の間にどんどん荒れ果てていった。元々自分が立てた夢の城、それも自分のものであればこそだった城が、人手に渡った後も住み続けられたことは幸いか、あるいは不幸だったかは知らない。だがやはり人のものになってしまったと思えば愛着も薄れ、手入れもなおざりになっていったのだと思う。去年の冬には、実家の屋根が積もった雪でいかれてしまったと聞いた。兄がお袋に頼まれていたにも関わらず、雪下ろしを面倒がって渋っていたらしい。気がつくともう築三十年を越えて、あちこちガタが来る頃ではあった。
そもそも家を買ってくれた人は古い付き合いの馴染みのお客さんだったそうで、お袋の心情も察してくれ、ずっと住んでいていいと言ってくれていたそうだ。家賃も相場よりずいぶん安くしてくれていたはずだ。だがその方もご高齢となり、ご子息は早くボロ家を壊して更地とし、「財産」として何らかの処分をしたかったらしい。主導権は完全にご子息の方へ移ったようで、非情な「立ち退き通告」が来た、というわけだ。

…この知らせをメールで受けて、俺はお袋にメールで返事を打った。直接電話で話そうと思ったが、途中でお袋はきっと泣くだろう。俺もそれを聞いて平静でいられる自信がなかった。だからメールで返信をすることにした。

「とうとうあの家が…、と思うと感慨深いです。そこはボロくはなったとはいえ、親子3人とひいばあちゃんと猫たちで、一時期は天国のように幸せな生活を送ったところでした。大人になって理解したことだけど、子ども二人を抱えて必死で働いてようやく手に入れた夢のマイホームだったんですね、貴女にとっては…。(略)
とにかく、その家に長い間ご苦労様でした、と言ってやってください。目と閉じると、まだ新築で輝いていて、家に友達を呼ぶのが誇らしかった頃の実家が浮かびます。あの木の香り、真っ白な壁紙、青々とした畳の匂い。トムがしっぽをピン!と立てて悠々と歩いてたり、思い出は尽きません。あの家に少しの間だったけど居られたことが、俺のその後の人生にはとても大きな財産でした。何年かおきに帰省するたびに荒れ果てていくのを見ると本当は凄く辛かったんだけど、そこに居続けなければならない母親のことを考えると…。
新しい棲みかへ移ることは一つ、心機一転と考えていい方へ転じましょう。 あなたが俺の健康を祈ってくれていることに感謝しながら、こちらも幸運を祈っています。 千夏雄」
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2006-12-11(Mon)

まりさんからフレンチローストいただく

12月11日(月)
快晴だが気温は低めのようす。朝は電話で起こされた、連れが出るとジェイコム板橋から。実は先日営業の女性が電話をかけてきて、光ファイバーでネットと電話もセットにするとNTTを休止にできてお得だし回線は速くなるし、3階なら外から引けるしとか勧めるので「じゃあ」と見に来させたのに、いきなり開口一番「ここ全体の回線を光にするというわけにはいきませんかね」と聞く。こちらは「いや、だからマンション全体に導入するにはうちだけじゃなくて全体、管理組合の合意が必要になるし大事になる、それに全体だと30メガを全体でシェアするわけだから速度が理論的には個数で割った数に落ちる、すると今のADSLと大差ない速度になるから意味ない、そう言ったら占有で3階までなら外で引けるからぜひにと言ったのはそっちですよ」と言うと、ため息とかつきつつ何か覇気のない、やる気のなあぁい感じでベランダを見る。数分見渡した後で「前に建物があるし、その上を通すには許可がいる、上を通さないようにするにはマンションの敷地を斜めにこちらの部屋に向かって延ばす、すると横切られる部屋の人が怒る」というようなことを言ってくる。なので「ああ、じゃあいいですよもう。元々こっちがぜひと言い出したことじゃないんだから」と言って帰ってもらった。朝の電話はそのことについての電話だが、特にすみませんでもなく(電話営業は工事担当者なんか知らないんだろう)、工事できないという報告だけを受けたようで、また何か新しいサービスが出来たら案内すると言っていたらしい。もうええ、っちゅうに。

午後仕事をしていると郵便局が「ポストに入らない荷物でーす、ハンコ要りませんから」と来る。受け取ると、北海道のまりさんからで、札幌の宮腰屋珈琲のフレンチブレンド。ありがとうございます! こないだブログにコーヒーのことを書いたのを読んでいただいてお送りくださったとのこと、いやホントに気を使わないでください。実は水出しコーヒーはもちろん冷やしてアイスで飲むものだけど、そろそろホットの季節ですよね。いや別に冬でも氷たっぷしのアイス飲む派ですが、ホットの日もあると。んで今使ってるのは大量に買ったフレンチローストのアイス用の豆なんすよね。それでホット淹れてもいいんだけど、やっぱり送っていただいたやつの方がうまいです。重ねて御礼申し上げます!

…ここのコメントとTBを不可にしてから読む人みんなが「何か寂しくなったねと言うんだけど、そりゃそうですな。ネットってそういうところが楽しみの一つなのに、匿名性をいいことにエロサイトの宣伝ばかり貼りつけるバカとか「いつまでクーデターとか言ってんだ、もうガロの事件なんか誰も知らねえんだよ、とっとと死ね」というメールなんかも来ます。匿名メール使ってもだいたいどっち方面からかは想像がつくけどな(笑)。
ともかくメールアカウントには皆さんもご経験かと思うが、毎日数十通のSPAM、ウィルス入り、スパイウェア入りなどが来ます。アカウントは仕事用、管理しているサイト用などを含めると現在20くらいあるので、毎日それらを削除したり、必要なものを分けてDLしたりするのでけっこうな労力と時間を費やす。ただメールなんかは、どんなに不愉快なメールでも削除すれば俺だけが不愉快で済むのだが、ブログや掲示板の場合は俺を応援してくださる人にも不愉快だろうと思う。なのでこのところip実数で一日に数百アクセス〜数千の日があったり、一番多い日で一万1p近くあったりしたので、とても対処しきれないと思ってこういうことになりました。
何か俺が今のところ元気で生きていることを応援してくださる方々には本当に申し訳なく、またどれだけいつも励まされているかを俺もお伝えしたいのだけれど、卑怯なバカ共にはネットというのは便利な嫌がらせの手段でもあったりするらしいので。

こないだお笑いのFUJIWARAが何かの番組でやったコントで、フジモンが原西扮する爺さんに「死ね!」と悪態をついたらジジイすぐに「生きるっ!」と言い返したのがツボにはまって笑い転げた。俺もまあ卑劣なバカ共には死んでやるか、俺は「生きる!」と言い返してやろう。
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2006-12-06(Wed)

双方向性とは

わが家のCATV導入は数年前だったが、先月から地上波デジタル放送をCATVのデジタル化とあわせて見られるようになった。3年遅れである(笑)。ただ全国で地デジが視聴可能になったのはつい先日なので、まあいいかと。これで従来の地上アナログ放送だけを見ている状態に比べ、視聴できるチャンネル数は莫大に増えた。例えば既存のテレビ局による通常放送で東京だとNHK2、民放6局。これらはあと数年だが、何ら設備投資を必要とせずともテレビさえあれば普通に楽しめること、従来通り。それが、これらの放送がデジタルになったのに加え、データ放送というものも見られる(多くはたいしたものではないけど)。またUHFアンテナがあれば先の地上アナログ放送に加えて関東各県のローカル局が数局見られる。さらにBSアンテナがあるのでアナログのBS放送がこれまでNHK2、WOWOW1チャンネルが見られたが、CATV経由でBSデジタルに切り替えたためにNHK3、WOWOWデジタル3、民放各局のBSデジタル放送5局が加わった。その上でCATVのコンテンツが50局ほど、財力がある人はその他に有料チャンネルを増やすことも出来る。いやはや、あまりの選択肢の多さに迷ってしまうこともしばし、という状態だ。

地上デジタル放送だが、前にもチラと感想を書いた通り、とにかく画質が素晴らしい。わが家のモニタはデジタル対応ではないが、PCにも使えるレベルのかなり高精細なアナログモニタなので、デジタル放送に変わった途端に、あまりの劇的な画質の変化に驚嘆した。いや大げさではなく、「おおっ!」という声が出た。切り替えの日は連れ合いが京都へ出勤中で、俺一人がジェイコムの技術者の対応をしていたのだが、思わず「すげえ!」と言って技術者の失笑を買ってしまったほどである。そんなにテレビ見る時間があるなんてお暇ですなあ、というイヤミも聞こえてくるが、病気になって以来外出せねばならない仕事を失ったので、引きこもり状態で家で出来る仕事だけにしている。
連れ合いも京都へ行く以外は居職なので、お互いが「仕事の時間」をキッチリと決めていないから、生活と仕事がシームレス状態になっている。つまり居間がありそこに続く部屋の仕事場でパソコンに向かっているのだけど、当然居間のテレビはついていて、連れ合いはそこでテレビを見てくつろいでいる。こちらはパソコンに向かって仕事をしつつもその音声は聞こえる。腹がきついのでちょっとずつ仕事をしては居間のソファに休憩に行ってテレビを見る。その逆に、こちらがソファに転がってテレビを見ている時に、連れ合いが居間にあるノートPCで仕事をしていたりする場合もある。要するに、わが家では朝起きてから夜寝るその瞬間まで、一日じゅうテレビがついているのだ。
とはいえ、今のテレビ番組については、ニュース、スポーツ、ドキュメンタリ、映画が主で、バラエティで定期的に見ているものはあまりない。出演者や内容で決める。あ、定期的に欠かさず見ているのは『タモリ倶楽部』〜『検索ちゃん』の流れだ(笑)。特にドラマの類は全くといっていいほど見ない。なので、渡辺淳一のエロ小説がドラマ化されて話題とか映画化されたとか、やれ今度の月9は誰と誰が競演だとかワイドショーで騒がれても、全くちっとも興味がないのでそういう場合はチャンネルを変える。そこで重宝するのが地デジならではのオンライン番組表だ。これはチューナに使っているHDDレコーダが受信するものと、CATVのセットトップボックスのものと2種類あり、その都度使い分けることも出来る。通常はHDDレコーダを地デジ視聴用としてメインに使用し、CATVとデジタルWOWOW用にはSTBを使うという形に落ち着いた。
で、この多チャンネルだけど、実は数ヶ月前にはCATVを解約しようか、というような話を連れとしたことがあった。結局見るのは日本映画専門チャンネルとかナショナルジオグラフィックとかヒストリーチャンネル、ディスカバリーチャンネル、アニマルプラネットなど数局しかなく、その他の40局分もったいないという考え。しかしCATVをデジタルに切り替えたおかげでハイビジョン画質(厳密にはハイビジョンそのものではないけど)でのCATV放送も見られるようになった(ディスカバリーHDとか)し、オンデマンドでいつでもコンテンツを「買う」ことも出来るようになった。
では今は多チャンネル・デジタル高画質放送によるテレビライフを満喫している…というと、うーんどうなんだろう。デジタル放送のメリットとして、高精細・画質などの他に「双方向性」ということがよく謳われる。双方向性というと十数年前のインターネット普及期にも言われた言葉だが、今のところ高精細以外の恩恵はあまり感じていない。
どういうことかというと、自分で見たいコンテンツを「選択できる」、そしてその選択肢がかなり増えた、にしても、である。それほど見たい、というコンテンツが増えたわけではないからだ。(あ、NHKハイビジョンの『世界ふれあい街歩き』は毎回その場所へ行って歩いているかのような精細画面ならではの臨場感があってよいが)
双方向性といえば、これまで大企業=既存メディアが「お前らはこの時間、この番組でも見てろ」と一方的に投げつけてくるものをただただ黙って受け入れるしかなかった状態から、こちら側が積極的に「選択」できるようになることだと理解している。このことはよく、双方向性のメリットとしてネットでよく言われる「既存メディアに対し誰でも個人がどこからでも発信ができる」と捉える向きが多いのだが、もちろんそういうこともあれど、俺の場合は「他者からの押し付け」から「自由な選択」へ、というのが最大のメリットだと思う。このあたりは確か『サイゾー』11月号神保哲生氏がコラム『メディア駆け込み寺』で書かれていることが解りやすく的確だと思う。
つまり双方向性のメリットとは「一人一人の発信」ではなく「オンデマンド性」である、ということだ。まっことその通り、である。そして既存の大手メディアが全くそこに気付いていないように見える。つまり、これまでのような大手テレビ局が広告代理店と大手タレント事務所と組み、「今これがキテます」「今はこの人が旬です」「この商品を持ってないと遅れます」と垂れ流し吹聴しても、これからは通用しなくなる…恐れがある…と…。言いたいなあ。でもたぶん何年経ってもおつむ空っぽのジャニタレに女子どもはキャーキャー言い、どれだけ憎まれ馬鹿にされてても韓国のドラマや俳優にキャーキャー言い、原価考えりゃ数万円のカバンや靴に数十万円払ってキャーキャー飛びつき、拝金主義の塊みたいな阿呆タレントをカリスマとしてキャーキャーあがめ、要するにテレビ局+代理店+タレント事務所=「悪の枢軸」の思うがままに大衆は動くんだろうな、今後も。

あ、思い出した、永島慎二先生の名作「黄色い涙」映画化で主演が「嵐」って何なんだよ! やっていいことと悪いことがあるぞてめぇら!!

引きこもり気味の自分が、テレビ三昧になったことで一層よく視界が開けたなあ、ということもある。
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2006-12-05(Tue)

プーチンのロシア

ロシア問題に詳しいジャーナリストの常岡浩介氏がBS朝日ニュースター「ニュースの深層evolution」に出演していた。
例の放射性物質による亡命ロシア人・リトビネンコ氏暗殺問題について解りやすくかつ的確な解説をしており、なるほどと思いつつ見る。中でもプーチンをなぜロシアの国民は支持しているのかというところを興味深く聞く。ロシアの国民はゴルバチョフ〜エリツィン時代に共産主義から自由主義、とりわけ経済の自由化を経験した。民主化という名のもとに自由主義を謳歌することになったのは我々の価値観からするといいことずくめなのだが、ソ連時代から比べると国民の経済状態は二極化し、貧しい人はより貧しくなってしまった。ソ連時代はKGBが恐怖で国民を統制し支配していたが、それが無くなり、市民は自由を得た。ところが経済はガタガタ、はっきり言って破綻した。プーチン時代になると、KGBほどではないがFSBが言論を統制し始めてはいる、だが経済はソ連時代よりはるかに良く、KGB時代ほど一般市民への締め付けはない。とすれば今のロシア国民がプーチンを支持しているのは頷ける話である…とのことだ。
それにしてもソ連という人類史上初めての共産・社会主義国家が70年という途方もない時間をかけて行った「実験」は、結局は崩壊した。マルクス・レーニン主義の本家本元がブッ倒れた後、残った国で元気がいいのは共産党一党独裁を堅持しつつ自由経済をうまくとりいれた中国(一国二制度)とベトナム(ドイモイ)くらいなもの。あとは米国相手に孤軍奮闘していたが経済は瀕死のキューバ、あとは北朝鮮など、どこも成功していない。人民は平等、財産は共有などという高邁な理想は、しょせん人間という性悪な生き物には向かないのかと思った。結局は特権階級が生まれ、その身分は固定化されるという新たな封建体制を作っただけだったじゃないか…。
まあそんな話は置いといて、プーチンという独裁者がちゃくちゃくとその王朝を築こうとしている今、ロシアの「人民」はそれなりにそのことを許容しているように見える。それは常岡氏の言うように、プーチンがジャーナリストの暗殺を指示しようが、政敵を粛清しようが、市民にはKGB時代のような相互監視や密告の強制、盗聴などといった手段をとらないからだ。KGB時代の「物凄く不自由」に比べれば、今の「ちょっとだけ不自由」なんて屁でもないのだろう。ウオトカでも飲んで寝りゃあ忘れるってものだ。
そういえばこないだロシアで粗悪なウオトカで急死する人が数十人だっけか、大量に出たというニュースを見たっけ。何か社会主義から突然資本主義の荒波に放り出されたロシア国民が可哀想な気もするが、彼ら自身が指導者をどう選ぶのか、どう支持していくのかしないのかを見ていくしかない。

ずっと昔、「ガロ」に入りたてのころに、長井さんが俺に「ほれ、君読書好きだろ、これやるよ」と『日本人はなぜロシア人が嫌いか』だっけ、そんな感じの上製本をくれた。長井さんは書評で送られてきた本や、神保町で昼飯の時に買ってきた本などを読み終わると、ポンポン俺にくれた。お蔭でふだん自分が興味のあまりない分野の本もずいぶん勉強させていただいたが、こういったことも「青林堂大学」と言う所以である。当時貰った本は今でも持っているものもあれば、増えすぎて処分したものもたくさんある。

…んで今発作的に思い出したが、以前知り合いで虔十書林の店主・多田さんの倉庫に、青林堂時代に会社に溜まっていた本を数箱預かってもらったっけ。あれ、その後倉庫にどんどん本が入り、俺の箱はどこにあるのか解らなくなったと言われてからさらに十年近い。どうすんだ俺。何が入ってるかもはや全くちっとも少しも全然覚えていない。
「ガロ」時代は給料だけでは食えなかったので、エロ本のライター、イラストレーター、レイアウト・校正、トラック雑誌の4コマ漫画、一般週刊誌の似顔絵描きなどなど、数え切れないくらいのバイトをやった。特にエロ関係には本当に助けてもらった、男優はやってないが。(ビデオ出演は杉作J太郎・獣人ライガー・みうらじゅんさんたちと競演したパチンコものがあったっけ)そういうのの掲載誌なんかもあると思うんだけど、俺の死後に箱が開けられて「投稿写真」だの「トラックボーイ」だの「パンチザウルス」だのワケの解らん本が大量に出てくるのもまた一興かなあと思う。
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2006-12-04(Mon)

今年最後の診察日

12月4日(月)

夕べは2時ころ寝た。今朝はフと気付くと脇に丸くなって一緒に寝ていたシマがおらず、隣を見ると連れが先に起きて支度しているようだった。枕元の携帯を見ると6時半前、携帯のアラームは6時45分にかけておいたから早く目が覚めたのだろう。今日からまた連れは京都へ出勤。俺は8時半に病院の日なので、そのまま携帯のアラームが鳴るまでウトウトしてから起きる。連れ合いはテキパキと支度をすると7時20分ころ、出かけていった。こちらはその後8時ころまでテレビを見てから出る。
今日は予報通り寒いが、まだまだこんなもんじゃ道産子としては寒い寒いとはいえない程度。しかし寒い。よく考えたら東京暮らしの方がとうに北海道時代を追い越していた。幸いタクシーがすぐに通りかかったので乗せてもらい、病院へ向かう。混むのは環八が開通してからは東坂下高島通り〜環八間、それから志村坂上〜環七まで。なので様子を見るが、渋滞は渋滞だがいつもの通りなので17号〜豊島病院前ルートで行くよう頼む。幸いひどい渋滞ではなく、病院へ着くと8時40分ころ。
すぐ内科受付で連絡票受け取り〜採血。本当は今日8時半採血予約だったが間に合わなかった。だが順番は13番、お婆さんが一人待っていたがすぐ呼ばれ、俺もジャケットとマフラーを脱いでいると椅子にかける間もなくすぐに呼ばれた。今日は通常通り2本採血。ブスリと静脈に針が刺さり、ターッと試験管の中に流れ込んでいく一部始終をじーっと見る。終わるとそのまま放射線受付へ、今度は12番で胸部レントゲン。小寒い廊下の長椅子で5分ほど待つ。季節がらゲホゲホと咳き込んでいる人もチラホラ、頼むからマスクをしろと言いたくなる。こちらは完全武装しているが、あちらこちらにウィルスを巻き散らかしているという意識ゼロのご様子、見れば立派な年齢でそれなりの身なりもされている年配の紳士が口を開けたまま右や左を向きつつ当り前のように咳をしている。こういう人に限って若いモンの礼儀がどうとかマナーがどうとか抜かすんだよな。なーんて考えていると2人ほど出入りがあった後に呼ばれて、上半身裸になって胸部正面と側面からの2枚を撮影。縦隔の腫瘍の大きさを見るのだ。終わって受付側へ周り、5分ほど待って即現扱いで上がったフィルムを受け取り、連絡票と一緒に内科のナースに渡して終わり。終わり、ではないか。これから本チャンの診察待ち。10時からなので小一時間あるので、ロビーの椅子で座って待つ。腹が減ってきたので販売機でカップのインスタントコーヒーを買ってしのぐが、これがまたマズいこと(笑)。最近水出しコーヒーを毎日飲んでいるのに慣れてしまい、インスタントをたまに飲むとあまりの落差に驚く。しかしコーヒーとは別の飲み物だと思えば暖かくて甘くてこれはこれでうまい。携帯のアナログTVでワイドショーを見たりしつつ時間を潰し、10時5分前に内科診察室前へ移動。時間ちょうどに名前が呼ばれてU先生の診察室へ入る。

「お変わりないですか?」といういつもの問いに「ええ、全然…」と苦笑しつつ応える。先生も笑いながら「血液の結果を見ると、『でしょうね』としか言えないですよねえ」とのこと。今回は白血球数が1500、好中球数が合計51.8%なので単純計算で777、血小板数も11万3千、貧血の度合いも成人男子としては低いが低い異常値の上限の方。もっとも白血球数などの100やそこらはもちろん誤差の範囲で、この程度の上下は変化なしと見る。レントゲンで見た縦隔の腫瘍も大きさに変化なく、気道の圧迫も水もなし。先生の所見も「変わりなし」とのこと。ホッと一安心。触診もしていただき、その際に「去年の入院のタイミングだと急にガクッと来た印象があったんですけど、ひょっとしたら数年かけてこうなってきた可能性もありますね。無理して治療に入ると副作用で亡くなる場合もあるから、こういう進行がゆっくりな場合は慎重な方がいいと思うんですよ」と言われる。うーん何とかこのまま気力で治せねえかなあと思うが、まあ癌細胞が現実にこれだけ増えていれば今の状態が、進行がないことが奇跡だと思うしかなかろう。
先生は次回を年内だと25日、次は年明け15日になっちゃうけどどうします、と聞くので「どちらでも…」と応える。二人でしばらくモニタとカレンダを見ながら「どうしましょう」「どちらでも」「どちらがいいですか」「先生のご都合は」「わたしもどちらでもいいんですけど」と不毛なやり取りを繰り返し、俺が「じゃあ15日で」と言って決着。何か気分的に12月25日に病院って嫌な感じがしないでもなかったもんで。でも先生はその日も普通に外来を見て病棟も入ってるというから、病院や医師にクリスマスもヘチマもないんだろうなあ。今回はベリチーム(消化剤)も余っているので不要と伝え、「よいお年を」といって診察室を出る。
地下で会計をすると3000円ちょい。連れ合いとお袋に変化なかったとメールで伝え、タクシーで池袋へ行く。東急ハンズの7階で皮の財布をじっくりいろいろ見た後、結局上品なグレーと緑の組み合わせの皮のチェーン付き札入れを買った。今使ってるのは新品だが安物の合皮で、カード入れ部分の透明窓のところがぱっくりと取れてしまった。安物買いの銭失いとはこのことだ。やっぱ財布はそれなりにいいもの使わないとなあと反省。それから西武の地下で明日からの朝用のパン、昼飯と夕飯用に弁当を買い、タクシーで帰宅3時半ころ。早いうちは池袋もそれほど混雑しておらず、とっとと帰ってくるに限る。
それにしても俺が今こうしてほぼ普通に生活をしていること自体が、大げさに言えば生きていることが奇跡だと思えば、奇跡ついでに癌が消えることもあるかも知らん…なんて虫のいいことを考える。そんなことはないのかも知れない、というかないのが普通なんだろうが、ともかく、今現実に「こうしていること」を素直に喜びたい。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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