2007-07-30(Mon)

引越見積り

7月30日(月)
朝から前日の参院選関連のニュースなどをはしご。安倍さんは辞めないようなので驚く。自民党内からは安倍降ろしの風が吹き荒れることが予想されるのだが、総理大臣は「ボクちん辞めないモン」と言えば誰も辞めさせられないからね。
午後は1時ころ、引っ越しの訪問見積り依頼をした一軒目、A社の営業マンが来る。ネットでは数軒見積り額を貰っていたが、実際に各部屋を見てもらわないとトラブルの元である。営業マンは若い誠実そうな人で安心した。一応二人とも病人なので、お任せで廃品処理も同時にということと、ペットの輸送もオプションがあるならお願いしたいということで見てもらう。距離が距離だけに、最初は40万を軽く越える見積り額だったが、各種割引とかで36万まで下げてもらい、さらに他社の見積りも取ってるというと、決めてくれるならジャスト30万まで下げる、他社も大手ならウチと同じか逆に高い、安いところはそれなりの業者だという。もちろんセールストークなんだろうが、こっちも何度も何度も見積り業者を上げて同じ会話をするのも面倒だからと、連れ合いと相談し、猫2匹の輸送も込みで35万ジャストで決めることにした。
よそはその営業マンが電話で断ってくれる(笑)というので、やってもらうことにした。必死ですなあ、競争激しいもんなあ。その後夕飯はご飯炊いて、連れ合いの長女Mちゃんが俺の誕生日に送ってくれた冷凍餃子を焼き、ラーメンスープを作ってキムチ、納豆などともりもり食べた。今日は一日中選挙関連のワイドショーやニュース番組ばかり見ていた。夜は2時ころ寝る。
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2007-07-29(Sun)

参院選投票へ行く

7月29日(日)
夕べは2時前に寝た。今朝は連れ合いが9時過ぎに先に起きたあと、1時間ほどしてから起きた。朝はフランスパン、ソーセージ2本、コーンスープ。外は暑そうだったが、午後になって雷が轟き、豪雨になる。うちは荒川が近いので、それはそれは雷がダイナミックに轟く。ピカッ! からゴロゴロゴロ、ではなくて間を置かずにドーン! というのが多い。なので慣れっこになってるわけだけど、今回のは近い上にデカい。雷のことをデカい小さいと言うのはイカガナモノカとも思うが、まあそういう感じである。あまりの雷の近さでブレーカーが落ちたほどで、1時間以上続いたか。
…夕方近くには雨は上がったようなので、5時ころになって夫婦で参院選挙の投票に出かける。外は豪雨による「打ち水効果」のせいで涼しくなっており、あの蒸し暑い不快な感じから一転して涼しい風が心地よいほどであった。そんな中をてくてく5,6分ほど歩いて投票所である舟渡小学校へ。投票に持ってく用紙にはバーコードが印刷されてるが、これを利用してコンビニなんかでいつでも期間中には投票できるようにしたら、もっと若い人が行くんじゃねえのか、なんてことを思ってからもう何年も経っている。どう考えても、全ての有権者が投票に行く、ということを嫌がってる勢力が真剣に動こうとさせていないような気がする。いや技術的にはじゅーぶん可能なんだから、たぶんきっとそうなんだろう。
投票所はチラホラと人が出入りしてはいるが、俺たちと入れ違いに出てきた人は3人の親子連れ。俺たちとほぼ一緒に入ったのはお婆さんが一人。俺たちと入れ違いに入って来た人は子連れの若夫婦一組。ド田舎か? とツッコミを入れたくなるほど誰も来ねえ。投票を終えて、張り出されている投票率の表を見ると、4時現在で25%台、と書いてあった。前回よりも10%ほど低い数字だそうだ。もう最近では有権者というか納税者というか愚民どもというか阿呆というか、ま、ともかくニッポンのタックスペイヤーのあまりの政治参加意識の低さには腹も立たん。というか、政治参加意識とまでは言わない、ともかく有権者としての自覚の無さというか、まあ有体に言えば民度の低さということだろう。それでいて税金高えとか大企業だけ儲けてるとか生活が苦しいとか消費税高いとか、抜かしてんじゃねえぞタコが。心から、そう思いました。
その後バス停へ行き、10分以上待ってようやく来たバスに乗り込んで志村坂上へ行き、洋食店Pで生タコのカルパッチョをつまみに生ビール、連れはデカンタの白ワイン。ワタリガニのリゾットと季節野菜のトマトソースパスタに舌鼓。量的には9分目くらいながら味は堪能。ミルフィーユを2つ持ち帰りにして、薬局に寄って買い物してからタクシーで帰宅。その後はずっと選挙開票速報番組をはしご。8時の投票締め切りと同時に各局の出口調査結果が解禁となり、早くも自民惨敗の文字が躍る。さもありなん。安倍総理は選挙戦序盤から、自分から「自分と小沢(民主党代表)とどっちがいいか選べ」と言ってしまった。あ〜あ、言っちゃった、である。その結果がコレだから、当然辞めるんだろうなあ。辞めないわけにゃいかんわなあ。
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2007-07-26(Thu)

大山で丸川珠代に遭遇

7月26日(木)
大山ハッピーロードへ散歩がてら買い物に行った。商店街を何かが練り歩いてくるので何だろう、と夫婦で立って待っていると、自民党の参議院議員候補・丸川珠代様御一行、であった。丸川さんの運動員は赤いジャンパーを着て、汗だくで走り回って露払いをしつつ厚紙で出来た丸いうちわ型のチラシ(?)を配っていた。連れ合いは立ち尽くしているとそれを受け取ってしまったので、ちょうどポツポツと雨も落ちてきて蒸し暑かったため、ちょうどいいという感じで扇いでいる。

丸川候補は海外勤務期間中に住民票を米国に移動したまま3年ばかりほったらかしてあったことが発覚した。つまりはその間の地方も国政に関しても全く投票行動を取っていなかった、いや今回事前に投票しようとメディアを引き連れて行った区役所ではじめて知ったということは、選挙や政治に関心が無かったと言われても仕方あるまい。「でもそんなの関係ねえ!」(by小島よしお)とばかりに相変わらず精力的に駆け回っているのはある意味立派かも知らん。
実はだいぶ前、テレ朝でやってた何かのバラエティ番組で、丸川候補が焼酎を飲んで酔っ払って「アッハッハ」とやっていたのを俺たち夫婦は鮮明に記憶している。その後何年間も、丸川さんがテレビに出るたびに「タマヨだ」「相変わらず飲んでんのかな」という会話をしていたものである。何かバラエティ向きだという印象がずっとあったので、参議院議員に立候補というのは意外であった。

丸川さんは通りにいる人たちに頭を下げ、握手をしてまわっていた。近寄ってきて、連れ合いの手を両手で握り、「よろしくお願いしますね」と言って去って行った。連れ合いによれば思ったより小さく、思ったより色が黒かったのは選挙運動で日焼けしたせいだろう、あと思ったより強く手を握られたので、ああして何日も色々な人と握手をしていたのでは、腱鞘炎になりはしまいかと言っていた。そういえば以前新潟の選挙区で遊説をしていた田中真紀子議員が、「握手のしすぎで手が痛い」と言って包帯を巻いて廻っていたのを思い出した。あれは本当だったんだなぁ、と思った。

帰りがけになって、携帯にメールが入っているのに気付く。高校時代からの親友で札幌に住むUからで、このブログで俺たちが京都へ移住すると知ってのことだった。彼は今、あの社会保険庁に勤めている。連日残業残業で休日も返上で、もっぱら苦情や問い合わせへの対応を監督する立場にあるという。言ってみれば一番辛いところにいるわけだ。彼はダラ勤したわけでもないし、もちろん悪意を持って対応したわけでもなく、真面目にずっと勤め上げてきた「叩き上げ」である。
「6月から土日も通して毎日22時まで営業、先週土日は2日連続で同じ人と夜中の2時過ぎまで。せめて休日は休みたいもんだ。残業しても給料変わんないし、ボーナスも没収されるし、自殺や心の病で辞める人でどんどん人がいなくなってきたよ。45分仕事して15分休みだっけ?そんなの実際にやってる人見たことないよ」という。
本当に悪いヤツってのは、だいたい人から見えないところにいて、見えないようにやってるものだ。いつだってうまい汁を吸い、今いるところは腰掛けぐらいにしか思わず、こんな事態になっても下の者をコキ使ってふんぞり返ってるのはキャリア連中と決まっている。もちろん窓口の対応で不快な思いをしたという話もたくさん聞くし、俺も役所の対応でブチ切れそうになったことは一度や二度ではない。でもUはそんな人間ではない。お互い元気なうちに好きな音楽を聴いて、アレコレと言いたいことを言い合いたいものだなあ、昔のように。
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2007-07-23(Mon)

<中越沖地震>被害総額は1兆5千億円に

毎日新聞によると、16日の新潟県中越沖地震で、新潟県は今日「被害総額が1兆5000億円に達する可能性がある」と発表したそうだ。
泉田裕彦知事は会見で「個人の生活を直撃したのが今回の特徴。基金の設立を国にお願いしたい」と話した。
 県政策課によると、商工業施設の被害や売り上げの減少など商工関係で約3000億円▽住宅など建築物の被害約2000億円▽道路などのインフラで約700億円▽農林水産関係約400億円▽ライフライン約100億円――などとしているほか、学校など公共施設の被害など「その他」を約8800億円としている。
 試算には宅地や港湾などの直接的な被害のほか、農産物の売り上げ減少や風評被害などの間接被害の見込み額も含まれる。また、その他には、地震で停止した東京電力柏崎刈羽原発の停止による電力の売り上げ減少見込み額7000億円も見込んでいる。

【7月23日21時17分配信 毎日新聞】


…日々映し出される地震のニュースを見ると、地震そのものの被害も大変ながら、「その後」の被災者の方々が受けるさまざまなストレス、苦痛もまた甚大な被害であると思う。体育館のようなところで毛布一枚でパーテーションもなく雑魚寝をさせられる、それだけでも相当なストレスだ。しかも帰る家はないとなると、不安でしょうがないことだろう。
そう思ってホンの僅かとは思うが、ダイヤルQ2を利用した募金の番号へダイヤルした。
「お客様がおかけになった番号は、ただいま大変回線が混み合っており…」
っておい、どういうことよ? これ、街頭の募金を考えてみろ、「募金お願いしまーす」つうから並んでたら「今凄く混んでるんで後にしてもらえますか」って言うか? 何トンマなシステム作ってんだよ阿呆。
別な局ではニュース番組でやはりQ2を利用した募金ダイヤルシステムを紹介していたが、当初105円が引き落とされると言っており、俺たちはオイオイNTTは募金という善意に消費税取るのか? と憤慨したら、そうではなく全額が寄付されるとわざわざすぐに告知していた。じゃあ最初から100円にするはずでは? ひょっとして5円消費税、という頓珍漢な考えをそのまんま出して、募金に消費税かという批判が出たんで慌てて全額…という流れでは、と疑いたくなる。
以前、街頭で綺麗とは言えない身なりの若者たちが「どこそこの難民に募金を」と言っていたので、小銭を入れたことがある。その後、そいつらが別な名目で募金しているのを見た。そしてその後、それが全く当該機関なり難民なりに渡されていないこと、つまり詐欺であることが報道でわかった。なるほど、我々には本当に被災者に行くのかどうか確かめる術はない。ユニセフなどは領収証をくれるが、街頭募金ではまずない。だから、大手マスコミ、テレビ局が電話回線を通じて集めるならばそういうことはあるまいと、こういうことがあると必ず電話をするが、だいたい三回に一回は通じない。やれやれ、こうしてどれくらいの「善意」が諦めと共に消えているのかと思うと、嫌〜な気分になる。
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2007-07-23(Mon)

「変化なし」という奇跡

7月23日(月)
夕べは2時過ぎに寝たがなかなか寝付けず、朝は6時前から目が覚めてうとうと。7時に一度起きかけたが再び寝てしまい、目覚しの音で7時20分に完全に起床。連れ合いはまだ寝ていたので起こさぬよう支度をして、7時40分くらいに出る。外はどんより曇り空だが、携帯の「お天気アイコン」は<曇り後雨>なので傘は持たずに出る。何か忘れているような気がして階段で2階へ降りたあたりで立ち止まり、(マスクだ!)と思い出して戻って鍵を開け、玄関に下げてあるマスク入れからマスクを取り出し、ポケットへ入れて再び施錠して出る。
17号でタクシーを待つと5分ほどで空車が来たので乗り込み、病院へ向かってもらう。今日の渋滞はそれほどキツくなく、スムースに小豆沢まで出られた。そこから環七までがノロノロ…なのだがもう慣れたもの。運転手さんが気を使って「すみませんね、渋滞みたいで…」と恐縮するが運ちゃんのせいではないし「いえ、いつもここはこうですからねえ」と話す。
病院へは8時30分ちょい過ぎたあたりに到着、内科受付で連絡表を貰って地下の採血受付へ。14番。5分ほどですぐ呼ばれて3本採血。針が刺されて試験管にターッと血が流れ込んでいくのをいつものようにぢっと見る。診察予約時間は10時45分なので、1時間半以上ある。その後いったん外へ出るが、湿度が高く蒸し暑いので引き返し、地下のスタバでソーセージパイとアイスラテのトールで朝食がわり。外の椅子に座ってゆっくり食べるが、そこはタクシー乗り場。アイドリングの排気ガスが充満しているので、パンを食べ終わるとすぐ中へ入り、しばらく携帯ゲームで時間を潰す。それも飽きて上のロビーの椅子へ移動。テレビを見るがイヤホンを忘れたので画面のみ。さっぱり内容が解らないのでやめて、売店へ。京都の寺社めぐりの新書があったが、ブ厚くて上下2冊あるので、またにしようと他を物色、何もなくそのまままた引き返す。結局内科の受付前の椅子に座ってウトウト。毎回採血〜診察時間まで最低でも1時間はあるので、ここの過ごし方を考えないと…と思うが朝はバタバタして忘れるのだ。
ウトウトとはいっても、目の前はひっきりなしに患者やナースが行き交い、「○○さん、○科○番へお入りくださ〜い」というアナウンスが流れてるので浅〜い眠り寸前という感じ。すぐ近くに大口開けて寝ている爺さんがいたが、あれは耳が遠いせいだろうか。病院というところはそれにしても、老若男女、深刻な人もいれば軽い人もいるし、人生の縮図のようなところだなあと思う。健康な時には全く縁のないところで、若い頃は存在さえ意識せずに過ごしていたことさえあった。それが今では…と思うと溜息が出る。
10時40分になり、診察室前に移動して待つと、時間きっかりに名前が呼ばれたので入る。U先生「どうですか、変化ありましたか?」と言うのでまた「いえ、全然…」と話す。前回高かった尿酸値(UA)は4.2mg/dℓと正常値に戻っていた。なので薬が効いたわけなのだが、これは薬のせいで下がったと考えられるので、もうしばらく続けてみて様子を見ましょう、ということ。つまり病気のせいで高くなっていたのなら問題、というわけなのだ。白血球数(WBC)は相変わらず低く、今回も1200。好中球数が51%あるので重篤な感染の危険まではいかないが、これが下がる傾向に向かっているとまずい。血小板数(PLT)は88と過去最低レベル。血が止まりにくい…はずだが今のところ採血の痕もすぐ止まったし、歯茎や鼻粘膜からの出血も幸いなし。
で、「実はですね…」と京都行きの話を切り出す。これこれこういう理由で、秋からでも京都へ引っ越すようになると思う。だが自分としては、こちらさえ許してもらえれば、今の月に一度という診察を例えば一ヶ月半に一度あるいは二ヶ月というスパンにして、引き続いて見てもらいたい。ずっと経過を見ていただいており、細かい変化や体質も含め、数字だけではない自分の状態をよく把握していただいているわけだから、新しいところに通うよりは、新幹線を使ってでもこちらへ通う方が自分としてはいいのだが…という話をする。
U先生は新幹線で通うとなると大変だし、体に負担もかかる。京都へ移るというのであれば、向こうの病院へかかった方がいいだろうし、そのために必要なカルテや治療経過の情報は全て渡せる、また細胞の標本もあるので、必要とあれば貸与も出来る…ということ。確かにこの2年、俺の状態はほぼ横ばいで推移してきた。幸いにして癌の進行は「極めて緩やか」というレベルではある。だがそれはあくまで「幸いにして」であり、この1年が横ばいだったから、次の1年もそうだという保証はできない。なので1年前の状態が今にして思えば「2ヶ月に1度でも良かったかも知れない」が、だからといって今後そうしましょう、にはならないのだ。

ともかく、3月にやって以来MARK(骨髄穿刺)もやっていないので、とりあえず向こうへ行く前に一通り検査はやっておきましょう、ということになる。13日にMARK、レントゲン、CTをやって、27日にその結果も含めてその後のことを改めて相談しましょう、ということ。
実はU先生は俺の採血の結果を毎回「けっこうドキドキしながら見てるんですよ」とのこと。この病気つまり癌というのは、大人しくしていること自体が異常なことだ。いや、奇跡的と言いかえたい。進行があるのが当り前で、くすぶり、落ち着いている今の状態がどれだけありがたいことか、を改めて思い知った。そうか、そうだよなあ。このまま何となく1年、3年、5年…なんて行くかも知れないと思っていたが、それは奇跡の上に奇跡がずっと続く、ということなのかも知れない。
口腔を見てもらい、首周辺のリンパ節も診ていただくが、相変わらず変化はなく、腫脹はむしろ小さくなっているほどだという。問題は親玉である脾臓の腫大だ。「巨脾」というレベルに達している肥大化した脾臓だが、これが前回と比べどれくらい大きくなっているか、あるいは変化なくあるのか、それも含めて検査でわかる。

自分の状態がいつ悪化してもおかしくなく、悪化がすなわち入院と抗癌剤投与を意味し、その治療が回復には直結しない、という「現実」を思い知った。

帰りは薬局で処方されたサロベール錠100mgを35日分受け取り、バスで赤羽まで出る。パンとヨーグルトなどを買い、タクシーで12時半ころ帰宅。連れ合いは京都へ行く前に歯医者の総仕上げをやってもらうので、2時に出かける支度をしていた。早いな、と思ったら1時間間違えていたという。今日の経過を話し合うが、今の「無治療・様子見」という状態がいつまでも継続するという楽観的な考えは、とりあえず非常に楽観的であるということを再確認。しかし悲観的になってもしょうがない。今まで、不思議な流れでここまで来ている。きっとこのまま流れに任せていれば、悪い方向へは行くまい。少なくとも、この空気が悪く騒音粉塵悪臭さまざまなストレスだらけの住環境より、京都の一乗寺が悪いわけがない。いい環境に変われば、気持ちも変わるし、それは免疫にもいい。悲観的より楽観的の方が体にも精神にもいいことなのだ。
せっかく京都なんて、人も羨むいいところへ引っ越すことになった。この流れを素直に喜び、全てを前向きに考えよう。
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2007-07-19(Thu)

急展開・京都へ引越し決定!

7月19日(木)
京都に来た。もちろん、物件探しのためである。京都へ転居という急展開をして( 急展開・京都へ引越し?参照ください)から、一度連れが一戸建ての物件を何箇所か見たが、やはり古いのと、前の人の生活臭が濃く残っていて、かなりの「我慢」が必要だったという。今回は思いきってペット可というマンションに絞って、上洛前に当たりをつけておいた物件を数箇所、廻る予定。そのために二人で京都へ来たというわけ。

朝は俺だけ6時ころ目が覚め、その後しばらくうとうと。7時半ころ起きて洗顔などしていると連れ合いも起きる。9時前にバイキングの食事をとりに、ホテルの同じフロアにある広間へ行き、和食系でしっかり食べ、コーヒーまで飲む。その後部屋で荷物を自宅に送る算段をし、チェックアウトと荷物送り。11時ころには歩いて四条大丸方面へ向かう。曇り空だったが気温が高く、大丸まで歩くと汗ばんだほど。
大丸の地下で連れが佃煮を知り合いに送る手配をし、それから一軒目の不動産屋さんに電話。ちょうど今物件の鍵を大家さんのところへ取りに行っているというので、じゃあこれから向かうということにして、タクシーで出町柳まで。店はすぐに見つかり、入ると担当者が待っていてくれた。さっそく相談に入るが、一つは狙っていたが取られてしまった2LDK、これは叡山電鉄の一乗寺駅から徒歩1分という物件。平米数でいうと2LDKより狭くなる3LDKなら空いているというが、リフォーム前で散らかっているという。ただ、一応2LDKの方でリフォーム中の部屋を見て内装の感じを、リフォーム前の3LDKを見て間取りの感じを確認するという段取り。
社用車が出払ってるので、と担当さんが出してくれた自家用車に乗せてもらって物件へ行くが、昭和の物件だけあって天井が低くかなり狭い。だが猫を飼えて、しかも内装はオール入れ替えという物件はそう見つからないことは知っている。空き部屋の一つは西向きで、連れ合いは西日が毎日入ってきてたまらない、昔住んでいた団地時代でホトホト懲りたという。他のことなら多少妥協はするが、西日はカンベンしてくれというので、残念だなあということで一旦外へ。不動産屋の担当さんが大家さんのところへ鍵を返しに行ったのだが、すぐに戻ってきて「東向きがありました!」と言うので再び入る。すると、その部屋は何と叡電の線路ぎわの2階という物件。思い切り電車の通過音と、何より客と目が合うほどの近さで、勢い込んでいた不動産屋さんも「何でここが安いのか解りました…」と苦笑いしていた。
ここは結局2軒ともアレだねえ、というので外に出て次の物件へ向かう。こっちは同じく叡山電鉄の一乗寺、茶山どちらの駅からも5、6分という辺りで、北大路に面した南向きの物件。3LDKだというがやはり狭い。今の舟渡のマンションから比べると天井もぐっと低いので圧迫感があり、何だか寂しい気持ちになる。でもしょうがないよなあと夫婦で話しつつ出て、いったん不動産屋へ戻ってもらう。そこで連れ合いは担当さんに、今のでどっちかと言われたら最後の方ですね、と話す。ただ大きな決断なので、一応土曜日まで押えて貰えませんかというと、大家さんに電話して土曜までは他の客が来ても先客がいると伝えてくれるそうなので、土曜に返事をするということにして一旦店を出る。
うーん、ねえ…みたいな感じで、二人とも決め手はなし。だが贅沢は言えないし、そもそも俺たちの条件が最初からかなり厳しいことであることは、俺たち自身がここに至るまでにさまざまな調査をして、重々承知しているのだ。結局は妥協をするのかしないのか、という決断になるわけだ。その決断をする決心がなかなかつかない。

路上では暑いしいったん作戦会議だと、今出川通りに面した、何のことはない喫茶店へ入る。ミックスサンド一つと、俺はアイスオレに連れ合いはフレッシュオレンジジュース。アイスオレはなぜかガムシロップが入っている状態で出てきたので、やはりなあと思ったが、味が良いのでビックリ。サンドイッチも実に美味。店構えは失礼ながら東京で言うと夜はスナック、昼は閉めてるよりはマシなので喫茶やってます、みたいなヌルい印象を持ったのだけど、京都はさすが、侮れない。東京でもし「こんな感じ」の店入ったら間違いなく外れる、それを前提で入ったので嬉しい誤算だった。後で気付いたが、何とコーヒーは豆を自家焙煎している店であった。

作戦会議では、とにかく予約を入れているもう一軒の不動産屋へ行き、その物件を見て、いい方に決めよう…ということにする。実はその物件は、一軒目の不動産屋で見せてもらった、一軒目に案内されたのと同じマンションの、広いタイプの2LDKである。今回一軒目の不動産屋では「もう取られた」と言われた広めの物件だ。ひょっとしたら同じ部屋だったりしてね、とか話して笑う。だがあそこのマンションだったら多少広くても同じだろうから、もう見なくてもいいかもねえ、などと話すが、そうこうしていると件の不動産屋さんから携帯に何度か電話が入る。待ってるしなあ、ひょっとしたら他の物件もあるかも知れないし、今回は無くても探しといてもらって次回でもいいし、みたいな消極的な気持ちで店を出る。
タクシーを拾って川端通りへ出て、高野で降りる。店に入ると女性社員しかおらず、冷たい麦茶をいただいてるとすぐに東京にいる時に電話で話した担当さんが入ってくる。挨拶もそこそこに、実はこれこれで、ご紹介いただく物件はもう見てきました、と正直に話す。すると「あ、そうなんですか? こんなこともあるんですねえ」ということで3人とも笑い合うが、その後「ご予算的にはちょっとどうかとは思いますが、こういう物件があるんですよ」と紹介してくれたのが、今度は最初の不動産屋さんに2件目に見せてもらった北大路に面した南向きのマンション。これまたさっき見た物件、しかも土曜まで押さえてもらってる部屋だよ、と苦笑しかけるが、何とその最上階にメゾネット付きの物件が空いているという。家賃が2万上乗せしただけで、さっきの物件に2階が8畳と北向きのルーフバルコニーがつくという80平米超えの破格の物件である。
そそそそれ見せてもらいましょう、ということで、さっそく車でさっき行ったばかりの大家さんちへ行き、鍵を貰ってくるのを待ち、さっき入ったばかりのマンションのエントランスを入って、今度は最上階へ。「どうぞ」と促されて中へ入ってビックリ。部屋はリフォームがほぼ終わっていて、トイレはウォシュレットで広く、連れ合いが「うわあトイレ広い! 掃除しやすい」と驚いていたが、リビングへ進むと、さっき見た下の階の物件よりも最上階ゆえか、ずっと天井も高い。そしてそして、何といってもリビングの右手には二階へ上がる階段がぁ! 階段を上がると、8畳とはいえ板の間が合計で1.5畳分くらいあり、感覚としては10畳くらいあろうかという広さ。さらに目の前にはベランダというには広めのルーフバルコニーが広がるという素晴らしい部屋である。思わず二人とも「す、凄い!」と感嘆。
ただそこは担当さんによれば、一人迷ってる人がいるが手付けなどは貰ってないし、その人は何で迷ってるかというと、もちろん部屋は申し分ないが予算オーバーだというから、俺らがここで決めると言えば決まりますという。ていうかそれが仮に不動産屋のセールストークだろうが借りさせるための嘘であろうが、決めるも何も、こんな物件はどこを探しても見つかるまい。自慢じゃないが京都の不動産物件はこの数日でかなりの数を検索したし、実際にも見た。
連れ合いも俺もこんな素晴らしい物件が見つかるとは夢にも思ってなかったし、そもそも賃貸なので「妥協」をどれくらい自分たちが許すかということしか考えていなかったので、もう最高に嬉しくなり、もちろん即決。
すぐ不動産屋へ戻り、とりあえず申込金として一ヶ月分の家賃を入れて内金とし、あとは大家さんがダメと言わない限り契約ですという。なので俺が申込書を書き、その間に連れが近くの銀行へ行って金を下ろしてくることにする。
契約書は郵送で東京へ送ってもらうこととし、入居は秋ということで大家さんに調整してくれるというので、不動産屋さんがその場で電話してくれる。すると何と、大家さんはまだあの部屋に手を入れるという。クロスがちょっとはがれていたところがあったのだが、それを直すのは当然としても、メゾネットの8畳の畳を全部入れ替え、障子も全て張替えてくれるという。そして何と最後にダスキンを入れて全面クリーニングをしてから引き渡すというからビックリ。電話を切った後、担当さんも「ここの大家さんは自分の物件を愛してられるというか、徹底的にやられる人なんですよ」と言っていたが、借りる側にすればこんなに有難いことはない。これもきっと何かのお導きだろう。
連れ合いはすぐ戻ってきて、お金を払い、受け取りを貰って物件の資料と申込書のコピーを貰う。良かった良かった、ということで無事終了、最寄駅まで送ってくれるといので、北大路駅まで車で送ってもらい、大垣書店前でお礼を言って別れる。
この時点で2時過ぎ、アーケードがあって陽射しは遮られるがそれでも暑い。たまらずタクシーを拾って麩屋町まで行ってもらう。ちょっと休んだあと、タクシーで八条口へ直接行ってもらい、帰京。疲れたが、いい物件が予想外に見つかったので二人とも高揚気分である。その後夜まで引越しの段取りはこうしよう、家具はここだとかいろいろ激論。2時過ぎに寝る。
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2007-07-18(Wed)

「ガロ」再末期伝説の4コマer「ぼくは16角形」が復活(?)

YellowTearDropsのローリングクレイドルさんから教えてもらったニュース。
ななななななんと、「ぼくは16角形」さんがぼくは16角形ブログで作品を公開!
ああビックリした。
…えーと「ぼくは16角形」て誰? という人は、本家サイトの「4KOMA GARO」をご覧いただいた上で、今年の春に書いた拙文「4コマガロのこと」をどうぞ、って面倒くさいでしょうが大事なことです。世の中には下らぬと思われがちであっても、とても大事なことがございます、ええ。

夕べはちょっと片付けなきゃいけない仕事が重なって遅くまで作業をしていたんだけど、今朝起きてメールをチェックしてみてビックリ。そしてローリングクレイドルさんのサイトを見てすぐ、「ぼくは16角形」さんのブログへ飛んだ。
懐かしい作品が再び、掲載されていた。再末期の「ガロ」の、それでもまだ何とか俺と古山啓一郎君が担当していた名物投稿コーナー「4ガロ」の、紛れもない「最後の天才」が彼であった。当時、もし完全にシラフというか健全な状態でアレらの作品を描いて投稿していたとしたら、これはもう誰が何と言おうと本物の天才だ、と断言できた。でも俺と古山っちは、恐らくはこの人は精神を病んでいるのかも知れない…と、感じていた。ていうか見ている人たちもそう感じていたと思う。それでも我々は掲載した。
どうしてかというと、作品が誰のものよりも我々にとって「面白かったから」。
どんな状態の人が描こうと、作品として我々の目前に突き出されたものは、作品それ自体で評価されるべきだと思っていた、いや今でもそう思っている。(余談だが全くいいとは思わぬ絵や軸が「大家(たいか)の作品だから」という理由で高く評価されることは愚かだとも思う)
もう一つは、もし精神を病んでいる、あるいはそこまで行かずとも、何かを抱えている人にとって、掲載されるということで幾ばくかお役に立てるのではないかとも思っていた。これは本当だ。実際、新人編集者時代から始めてずっとやっていた「4ガロ」は、そういう役割も果たしていたのだということを後からずいぶんと感謝されたものだ。これは自慢だけど、誇っていいと思うので堂々と自慢する。

改めて、当時の「ぼくは16角形」氏の名作群を見て、今もってしても全く古びず、オリジナルだけが放つ光に満ちていることに驚く。皆さんもそうだろう。ちなみに名作ぞろいながら、あくまで個人的に一番好きなのは
コレです。
どうすか、タコがキュートでしょ。コメントにもありますが角度も最高です。実相寺監督かと思いましたよ。作品としては最も大人しい、普通の部類に入る小品(笑)なんで一般の方にもとりあえず楽しんでいただけるのではないかと。

ともかく、今後新たな作品をまた発表していただけることを、強く期待します。ああ、生きてて良かった。
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2007-07-17(Tue)

42歳になりました

7月17日(火)
42歳の誕生日、外は曇り〜雨。朝、連れ合いが京都へ出勤するので支度をしている気配で目が覚める。7時半過ぎ、出かけるのを見送ってから朝食、少しだけ仕事をしたあと、腹が張るのでソファで仰向けに転がっている間にウトウト。
一昨年の夏に癌告知と余命宣告を受けたあと、細胞の詳細な検査の結果余命の方は癌タイプが違ったために取り消されたが、相変わらずタイプのわからない癌に侵されているのは確か。幸い病状の極端な変化・悪化はなくずっと横ばいで来ているので、時々自分が病気であることをフと忘れている瞬間があるほどだ。人間というのは本当にあらゆることに順応性が高いのだろうか。
とはいえ、毎晩寝る前に般若心経を唱え、「今日も一日平穏無事に過ごすことが出来ました、ありがとうございます。これからも私たちが健康で、平穏に暮らせますように、お見守りください、お導きください」とお願いをする。これは入院していた頃から一日も欠かさず、毎日続けている日課となっている。お経を唱えるといっても心の中で暗誦するだけで、自分は仏教者ではないし、般若心経は宗派を問わぬ根源的な経ということなので、目に見えぬ大いなるものへの感謝をあらわす、という気持ちで読んでいるのだ。
病気になってから、全ては偶然ではなく必然である…という気持ちがより一層強くなった。
俺がこんな病気を得たことにも意味があるはずだ。そして、死ぬと言われた絶望の淵から引き戻され、自分が最も望んだ、連れと猫たちとの何気ない日常へ復帰できたことにも。素直に生かされていることに感謝をしたい、そう心の底から思っている。健康な人にこんな気持ちは解らないだろうし、俺も健康だと思っていた頃には解らなかったと思う。人ってそんなもんだろう。

中越沖地震は一日明けて一層の被害の拡大が報じられている。死者はお年寄りが多い。一人暮らしで逃げ遅れたり、助けが遅れたりした結果だと思うと気の毒で仕方がない。70歳80歳代の高齢を得ていても、ちょっとした自然の気まぐれで命を落とす人生もある。片方で生れ落ちた瞬間から不要だとゴミのように捨てられる命も、ある。命を大切に、と当り前のことを言うのは簡単だが、大切にしていても、天災には抗えない。つまり人間は自然つまり人智を超えた大いなる力の前にはこれほどに無力な存在だということだろう。
原発は小さい火災はあったものの、無事だった。テレビではこれこれのレベルの地震まで想定して強度を計算して作られている、いやそれを超えた地震が起こったらどうするのだ、という話が報道されていた。
地震で死ぬのは天の力だから、しょうがない。
だが原発事故によって漏れ出した放射能で、考えられぬ規模の死者が出る…という事態になれば、それは天災だからと言い切れるか。とはいえ、日本は今エネルギーの3分の1を原子力に依存しているのも事実だ。この狭い国土に、世界的に見ても巨大地震の巣窟、火山や活断層や大陸プレートのエッヂがこれだけ集中しているところは皆無だ。そしてその狭い危険だらけの国土に、いつの間にか原発が物凄い数、稼動している。怖い、と思う方が自然だろう。思わない人間は想像力が欠如しているだけだ。

かつて日本人の多くは、たくさんの「神」を信仰してきた。鰯の頭も信心ではないが、八百万の神がおり、自分たちが自分たちのみの力で生きているのではないこと、大いなる存在があることを普通に信じ、自分を律し、そうして社会を形成してきた。
自らの心の内に「戒め」を持たぬ者もやはり、想像力に乏しい、目に見えるモノだけを信じる非常に心の貧しい人間だと思う。
こうした「想像力」の欠如した人間が、人の命を預かったり、人の税金を預かって仕事をしたりする場合、困ったことになる。昔は普通の人なら誰もが「お天道様に恥ずかしいことはしない」という最低限の戒めを持っていたが、最近の政治家や官僚、公務員ども、拝金主義の企業経営者といったニュースを賑わす連中の品行下劣具合ときたら、もうほとんど落語である。

俺は死ぬ時に、恥ずかしい生き方はしなかった、と思って死にたい。立派なことは出来ないが、嘘をつかず、汚い企みで人を騙さず、陥れず、人を不幸にしなかった、と胸を張りたい。
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2007-07-16(Mon)

新潟、長野で震度6強

7月16日(月)
買ったばかりのメガネが壊れてしまい、プラスチックレンズの割れた細かい部分を必死で瞬間接着剤でくっつけようとするが、なかなかうまくいかない。そうこうしているといつの間にか商店街にいて、突然戦車が突っ込んできて暴れまくる。乱射される機関銃弾やこちらを向く砲身に右往左往。
そんな阿呆な夢を見ていたら、10時過ぎにゆっさゆっさと地震で部屋が揺れる。連れ合いは先に起きてトイレに入っており、こちらに「地震!」と叫んでいたが、こちらは寝たまま「揺れてるなあ、震度3くらいかな」と冷静。左手の箱の上にはユキが丸くなって寝ている。耳が聞こえない猫だが地震の揺れにもビクともせずに寝ていておかしい。
テレビをつけるとさっそくNHKで速報番組に切り替わっている。ご飯を食べながら見ていると続々と詳報が入ってくる。新潟県柏崎、長岡両市と刈羽村、長野県飯綱町で震度6強、新潟県上越、小千谷両市、出雲崎町震度6弱の揺れだというが、6強って一体…と驚く。だんだんと空撮などの映像も入ってくる。それらをずっと見ていて思ったのは、やはり瓦屋根の木造家屋の倒壊がほとんどだ、ということだ。
つい先日、夫婦で能登へ旅行した。ご存知のように能登地方もこの春、大きな地震に見舞われたばかりで、いまだに風評被害があると地元の観光関係者も話していた場所である。こちらは一度地震エネルギーの放出があったんだからしばらくは大丈夫だろう、ぐらいな気持ちで応援の意味もあって出かけた。タクシーの運転手さんと世間話をしていて、「この辺は立派な瓦屋根のお宅が多いですねえ」と聞くと、「そうですね、昔はこの辺はいい土があって瓦の工場もたくさんあったんですよ。でも最近は名古屋方面から安い瓦が入ってきて、地元のはすたれてしまってずいぶん減りましたけどね」と話していたのを思い出す。
日本は地震国ゆえ、その耐震建築技術は世界一だという。なのでもちろん、81年以降強化されたいわゆる「新基準」以降の、特に阪神大震災以降の建造物はかなりの耐震強度を持つそうだ。だがそれ以前の、それも木造・瓦屋根という日本古来の家屋の強度はどうなんだろうか…なんてその時思ったものだ。何せ、木枠の骨組みの上に、あれだけの重い瓦が大量に積んであるのだ。
映像でも、同じ棟続きの建物でも、瓦葺の棟がぺちゃんこに潰れているのに、トタン葺きの棟からは倒壊を免れているという光景が見られる。もうちょっと重い瓦をドカドカ載せるのはどうなのか、考えるべきなのかも知れない。
そういえば、先日京都の二条城本丸御殿のうち2棟が「震度6強以上の地震で倒壊する恐れがある」と市の調査で判明したという。京都市は春・秋に実施していた特別公開を今秋から中止、本格的な調査に入ると決定したそうだ。再開には5年以上かかる見込みらしい(本丸御殿以外は通常通り見学可能)。これも実はもともと創建当時のこけら葺(ぶ)きから、屋根を瓦葺きに替えたことで結果的に屋根への加重が増したことが原因ではないか、と言われているが真偽のほどは不明。ただこの「対策」はもともと阪神大震災によって玄関などの一部に傾きが出たりしたために、移設して補修したことの一環であった、というのが皮肉ではある。

はくたかの切符、車内にてテレビの映像はヘリによって被災地をなめるように映し出す。能登〜富山〜新潟にかけての海岸線には日ごろ見かけない震度の数値が表示されている。柏崎の原発の火災は一時は黒煙をあげていたので、「おいおいおい」とか思って見ていたが、幸いすぐに消し止められ、放射能漏れなどの懸念はないそうだ。ヘリの映像で、海岸線を走るJRの線路が土砂崩れで寸断されているのを見た。
また田園地帯ののどかな風景の中、「特急はくたか」が停電で立ち往生している映像も見た。「金沢行き」と表示されていたから逆方向だし時間は違うけれども、つい先日連れ合いと、能登からの帰りに金沢経由で越後湯沢まで乗ったのがこの「特急はくたか」だった。映像で映し出されている場所は当然その時に俺たちも通過した場所のはずだ。停まった列車の窓には不安そうな顔をしたおばさんと、窓のヘリにはお茶のペットボトルが2つ置かれていた。電車は停電しエアコンも止まってるのだろうか、気の毒になあ…と思う。何か人ごとではない感じがした。
迅速で効果的な被害者の救援と被災地の復旧・対策を望む。

★夜11時半の追記
まだ余震が東京でも何度か感じられているが、被災地では明日雨になるというから、二次災害が心配。
上に書いた瓦屋根・木造建築の日本家屋の問題は、NEWSZEROでも建築士が指摘していた。いわく日本の家屋は「台風に強い建物」を作ろうとしてきた、その結果重たい瓦を、屋根が吹っ飛ばないように載せた。しかしこの構造は地震には全くもって逆効果である、と…。素人が見ていて普段感じていたことだが、やっぱり専門家から見ても正しかったというわけだ。
やっぱり瓦屋根、立派だけど考えた方がいいだろう。
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2007-07-13(Fri)

赤羽まで歩いた日

ソフトバンク911T携帯のメモリを整理。
それにしてもついこないだまで携帯になぜ記憶メディアを抜き差し出来るようにせんのか、と思ってたらSDカードが刺さるようになってすげぇと思い、それがminiSDになりもう普通にmicroSDである。
今持ってるソフトバンクの911T(東芝)はいわゆる3G、第三世代携帯だが当然microSDに撮影した写真、録画したビデオデータ、プレイヤで聴く音楽データなどを記録する。2Gbなんて何年か前を考えたら物凄い容量なのだが、もう普通に使ってるし、足りないなと思うときさえあるからハイテクの進化とやらは恐ろしいスピードだ…ってジジィみたいなこと言っててもしょうがないんだけど。

んでデジカメのフォルダをパソコンのHDDに移動させてたら、5月あたりの写真データが大量に出てきた。ちなみに原寸は1600×1200ピクセルという解像度なので、一枚500kb〜1Mb近い容量になる。もちろんここに掲載しているのは縮小したもの。

荒川土手、背後は戸田橋・赤羽方面を望む
このときは天気が良く体調も良かったので、連れ合いが「荒川の土手まで散歩に行こう」というので出かけた日。我が家は戸田橋のすぐ傍なのだけど、土手までは歩いて7、8分かかる。そういえばもう何年も土手なんか行ってなかったっけ、と思いつつ上がってみると、視界が広く開けて気持ちがいい。日常これだけ遠くを見ることは、特に都会ではあんまりないことだ…というのでパチリとやった次第。
ちなみにこれは戸田橋付近の荒川土手つまり東京側の土手で、進行方向は赤羽方面ということになる。

都会にテトラポット。
天気が良く陽射しも強いが、風が出てきてちょっと半袖だけだと肌寒い。だがやはり気持ちがいいのでずんずん歩いていったら、右手に突然テトラポットが現れた。テトラポットというと消波ブロックの代表的なもので、もちろん海でよく見かけるもの。それが都会の、なんでこんなところに大量に? と思いパチリ。荒川は以前はよく氾濫したので、土手=堤防がかなり高い。そこの空き地にこんなものが大量にあるので、何かとてもシュールな光景に見える。

シロツメクサがいっぱい
さらに進むと、土手の上が広く整地されていて、シロツメクサがいっぱい生えているところに出た。写真は川を背に土手の上から北区・浮間付近の街を見下ろす感じ。これはまあいいんだけど、振り返って川の方を向くと、埼玉・川口の街並みが見えるのだが、ここは土手の上ゆえ荒川の水面は低いところにある。しゃがんでみるとこのシロツメクサの原っぱが直に街へつながっているかのような錯覚を覚える。


小さな排水路のような溝があったので、それを入れて撮ってみると、錯覚でこの小さな溝が道路であるかのような感じに見える。まるで近未来SFの都市へ通じる大草原、みたいな風景。


どうすか、真ん中の溝をかなり大きい道路と想像すると、面白いと思う。

とまあこんな感じで「散歩」してたのだけど、この日は何とこのまま歩いて赤羽まで行ってしまった。膝の方は幸い大丈夫だったが、それにしてもけっこうな距離を歩いたと思う。んでこのあとビール飲んじゃったんだよなコレが…
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2007-07-11(Wed)

イチローがMVP・MLBオールスターゲーム

夕べは「ガイアの夜明け」の後風呂に入り、その間録画しておいたワールドビジネスサテライトとニュースZEROを見た。ニュース23はカミカミ筑紫哲也がいないので面白くなく、報道ステーションは古舘が最近週刊誌に叩かれて大人しくなっちゃったのでつまらない。なのでZEROとWBSが面白い。これらを見終わって気付いたら2時過ぎになってしまった。

朝は10時ころ京都にいる連れ合いから携帯に着信が入った音で布団から飛び起き、居間に走るが間に合わず。ガックリとしばし呆然。しばらくしてかけ直すと、多田さんの住所を教えろというのでパソコンからメール。虔十書林の多田一久さんは、毎年山形の見事な佐藤錦を送ってくださる。そのお礼を京都から送るようだ。その後は残っていた茶碗一杯弱のご飯に、目玉焼き2つとウインナ炒めでMLBオールスターゲームを見つつ朝食。

今回は日本人が3人選出されたのだが、ファン投票による先発出場はイチローだけ。というか今年で7年連続であり、その前は日本でも7年連続でオールスターに出ているわけだし、本当に凄いと思う。
さてそのイチローだが、1・2打席とも簡単にヒットを放ち、0−1の5回、ワンアウト一塁で迎えた第3打席、相手の5番手投手ヤング(SD)から打った打球はグングン伸び、スタンドインかと思ったらフェンスを直撃。それをライトに入っていたグリフィー(CIN)が目測を誤り、バウンドした打球を追う間に一塁走者が生還、イチローも一気にホームイン、なんと逆転2ランとなるランニングホームランとなった。これで2−1と逆転したこともあり、その後ア・リーグが追加点を入れたので、このまま勝てばMVPだなと思っていたら、後半ナ・リーグもプッツからソリアーノ(CHC)が2ランで1点差に迫り、あららと思ってたら最後は四球を連発しながらも、何とかK・ロッド(LAA)が締めた。
結果的に試合そのものは非常に面白いものになったし、MVPは日本人初のイチローが受賞。ランニングHRもオールスターでは初と、見所も充分だった。斎藤(LAD)は途中登板し1回をピシャリと抑えたが、岡島(BOS)は途中一度肩を作ったものの、残念ながら登板はなかった。
笑ったのは9回にソリアーノが2ランHRを放って1点差と迫り、その後もK・ロッドが四球連発で一打同点orサヨナラという場面。ソリアーノはベンチで「さあ打て、そうすれば俺がMVPだ!」という風情で満面笑みを抑えきれず、身を乗り出して試合を見ていたが、最後の打者が打ち取られるや、能面のような顔になって無言でベンチ裏へ消えていったのがおかしかった。
それにしても、イチローのスターぶりは今さらながら本物だと感心する。オールスターゲームというのは、アメリカのベースボールプレイヤーの頂点に立つメジャーリーガー700人以上! から選出されるホンの一握り、キラ星のような文字通りスター選手の中でのMVP。これはもういくら賞賛してもしきれないほどの活躍だろう。こういうことって、単に「いい選手だから」ということではなく、巡り合わせ、運とかそういうものも味方につけないと、なかなかないものだ。記録に残る選手、記憶に残る選手という言い方をよくするけれども、その両方に高いレベルで名を残す選手が真のスーパースターだとすれば、イチローは間違いなくそうだ。
…でもイチローの発言を、映像を耳にし目に入れるたびに感じる、「あの感じ」…って俺だけだろうか。「イチローって、嫌な奴ちゃうん?」という、「あの感じ」。たぶん、後輩というか目下にいると可愛く礼儀正しい「いい奴」だろう。だがもし同輩、あるいは自分が彼の後輩だとしたら…。前に、松井(NYY)との対話を何かの番組で見た。イチローの態度は体育会系特有の、一歳でも年長なら絶対的に偉い、という尊大な「先輩風」吹かせまくりだった(イチローは松井より一歳だけ年長)。あれってイチローにマイナスにしかならない映像だったと思うが。確かにイチローは日本でもアメリカでも真のスーパースターであり、恐らくは世界中で最も優れた野球選手の一人である。松井の方は日本ではスーパースターであったが、アメリカではNYを除けばスターですら、ない。メジャー行きでも、実績でも人気でも何でも、確かにイチローは松井に対して全ての面で「上から目線」であっても、誰も文句は言わないだろう。
誰だっけ、アメリカの野球と日本の野球は実力的にはそれほど変わらない、ただアメリカ人はもう少し謙虚に、日本人はもう少し自己主張をするよう心がけるといい…というような話をしていた人がいたっけ。イチローはそういう意味ではアメリカ的なのかも知れない。
スポーツ選手、アスリートはもちろん現役でいる間はそのスポーツにおける成績、実績で評価されるべきだ。なので、イチローは間違いなく超一流の選手として最大級の評価と尊敬を受けるべき存在でいい。だが、例えばスポーツキャスターの栗山英樹(元ヤクルト)が後輩に接する際にも必ず敬語で接し、敬称をつけて話す態度をスポーツ番組などで見ると、やはり「そのスポーツをやめた後」どう生きるか、ということを考えてしまう。
それにしても岡島が登板しなかったのは残念。本戦前のHR競争の際、ボンズと再会し対戦を楽しみにしていたという報道があったが、ボンズは早々と途中で引っ込んでしまったし、岡島は登板の機会さえなかった。やはりはかない一夜限りの「真夏の夜の夢」が、メジャーのオールスターゲームである。来年は何人の日本人が出場できるだろうか、そして俺はそれを見られるだろうか。
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2007-07-10(Tue)

選挙には、行く。

年金・社保庁問題が今回の参院選の争点であるかのような印象を持ちがちだけど、この問題って与野党でどっちがどうするとかいう問題じゃないはず。むしろ社保庁に限らず、この腐った「親方日の丸」体質で税金を食みぶくぶくと太り続ける連中=公務員どもをどう再教育するかということを、それこそ超党派で考えるべき問題じゃねえのか?
日本は戦後、いや戦前、いや江戸時代からずっと「お上」つまり「お役人」天国であった。ただ昔はちょっとは国の仕事をしているという自負と責任感があったかも知らんが、とにかく民百姓に食わせてもらっているという意識は皆無、バカに代わって政をしてやっているという感覚ではなかったのか。もっとも教育が普及せず、そもそも近世まで歴然と「身分制度」があった世の中では、そういう部分は致し方ないという側面もないではない。しかし民主主義の世の中になり、役人すなわち公務員は、国民の血税で国民のために奉仕する「公僕」となったはずだが、意識だけは相変わらず「お上」のままらしい。
税金を集めておいて、それらをいかに無駄に使うかを日夜知恵を絞って考えている。嘘だというなら何故、あれだけ無駄な特殊法人がざっくざくと転がっている? それらをすぐにでも全て統廃合するなり、無駄を徹底的に暴き国家に対する背任なり詐欺なり窃盗なりでつるし上げないのか? 行政改革だと言いつつ、こういった部分には全く何ら手をつけずに、よくもまあ消費税を上げるとか抜かせるものだ。
こういった特殊法人が無くなれば、そこに勤める膨大な数の人間が失業し、その家族ともども路頭に迷うという。知るか。民間ではもっと厳しい「自由競争」にさらされ、その中で皆必死に経費節減に努めているではないか。もちろんそのために、いつでも切られる都合のいい働き手として「派遣社員」が使われ、非人間的な労働環境下でコキ使われて不要になれば捨てられている。ほとんど全ての大企業が末端ではこういう非人道的なことを平気で行い、その結果日本は今「景気が回復した」と言われている。
それに比べてコームインどものぬるま湯体質はどうなんだ。今回、社保庁は解体される。なぜかというと、国民の目にも解りやすいミスが続出したからだ。年金を預かり管理し給付するという、国民と近いところ、体面するところでこれだけひどい「仕事のしなさぶり」が明らかになれば、親方に怒られるのは当り前だ。というより、親方も国民の手前何らかの処分をしなければ済まされない、と判断したからに過ぎない。
だが国民がなかなか目にすることの出来ないお役所はどうだ? 地方・国家の違いはあるが、近くの区役所や市役所の窓口で、チンタラやってたり態度が悪かったりすれば、それは市民にすぐ指摘され糾弾される。だが本当の悪党は衝立の奥で鼻毛を抜いてる奴だったり、いや、そもそも勤務実態すら怪しい連中だ。天下りで特殊法人の役員になったジジィどももそうだが、日本全国の役所という役所で、いくらでも仕事をしていないコームイン様を見つけることが出来る。そして、そういうグータラ役人が多い自治体ほど、いや親方日の丸体質が強いところほど、分不相応なほど立派で豪華な庁舎をブッ建てている。こいつらを一度全て勤務評定を民間レベルで見直し、徹底的にリストラをし、不要な役所だの特殊法人だのを廃止すれば、消費税値上げなんか金輪際しなくて済む。いやひょっとしたら廃止できるかも知らん。
こんなことを書いているとお前は民主党支持か、いやさ共産主義者かと言う阿呆がいる。民主党の有力支持団体に自治労があるのは衆知のことだ。このバカどもだ、社保庁にコンピュータ導入の際に団交でキータッチ1日5000タッチ制限、45分キータッチ5分休憩などのバカげた条項を主張し、さらにパソコンが触れない=無能な人間を絶対にリストラしないように要求したのは。民間なら…と言うことさえもうバカバカしい。敢えて言えば、民間ではいったいどれだけの人が、勤める会社でパソコンが導入されたあの時代、お父さんたちが会社から帰ったあと必死でパソコンに向かい、人差し指雨だれ式でキーボードを叩き、それこそリストラされぬように死に物狂いで勉強しただろうか。それがコームイン様は親方日の丸だから、どんだけ無能でもクビにならねえ、ってか。呆れてモノも言えない。
今回の参院選挙だが、与党にも野党にも魅力ある政党がないのが実情だ。強いて言えば、共産党の主張だけはいつも正しい。ほんとうに、いつも共産党だけが「真の野党」だと心からそう思っている。だから、ダメなのだが。共産党は「真の野党」いや「永遠の野党」であってこそ真価を発揮するのではないか、とさえ思える。

安倍首相は「改革を進め、経済を成長させ、美しい国づくりを進める約束を果たす」と言い、民主党の小沢党首は「年金問題、子育て、農業政策」を「3つの約束」とし、今回の選挙を政権交代への試金石と位置づけている(9日)。安倍首相は特に「誰が首相にふさわしいかを選べ」とも言っている。誰もふさわしい顔はないのだが。それにしても、「改革」というなら「社保庁」や「年金」だけではなくこの国の公務員制度、税金無駄遣い(特殊法人、談合問題など)の構造的な改革だろうが、と重ねて思う。
拝金主義が横行し階層化が進む世の中がとても「美しい」と俺は思えない。働かない人間を甘やかすな、という乱暴な論理があるが、ワーキングプアの人たちは働かないのではない、「働いても働いても、いくら身を粉にして働いても、貧しい」のだ。最低賃金の低さ、派遣労働者をモノのように使い捨てる労働環境そのものをそれこそ「改革」してくれなければ、片方で(税制上も相変わらず優遇され続けている)大企業ばかりが太り、一方で貧乏人はどんどん貧乏になっていく。サラリーマンの給与はここ数年下がり続けているのに、社会保障は下がり続け、所得税減税で相殺だというレトリックによって住民税がバカみたいに上がった。現実には定率減税は廃止され、物凄い増税になっていることはよほどの馬鹿以外は皆知っていることだ。
ここまで国に馬鹿にされ、踏みにじられ、虐げられ、搾取され、一方でぶくぶくと太っている奴らがおり、そしてコームインは高楊枝だ。「選挙に行ったって何も変わらない」と言っている人間がいる限り、こいつらの思う壷であり、そして本当に「何も変わらない」。

とにかく投票には必ず行く。
全くもって虚しい権利行使ではあるが、行かない人間に政治や税金への不満を言う権利はないと思うからだ。
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2007-07-09(Mon)

人間は顔、らしい

林真理子が週刊文春の連載で「人は顔である」ということを書いていた(07/07/12号)。グッドウィルの折口会長、ミートホープの社長の悪党面と、宮内庁の侍従長を退職する男性の品のいい顔を比較してのことだが、「中年以降の働いている男の顔は第一印象を決して裏切らない」と言っている。
ふむ、まずい。
俺の顔は連れ合いにいつも「そんな怖い顔しなくてもいいでしょ!」と怒られたりする。何か聞かれて普通に受け答えしただけなのに、そうやってキレられたりすることがしょっちゅうだから困る。普通にコンビニへ行くのに歩いてるだけで職質されることもよくあったから、よほどの悪党面らしい。ということは、じゃあ俺は悪党なんだ、そうか、そうだったのか、あっはっはっは、と思ったがそういう自覚は今のところ、ない。まあ俺が悪党かどうかの真偽はともかく、連れ合いも常々、やっぱり醜いことをやってきた人間は顔に出る、と言っている。
安倍内閣が組閣された当初、我々はその顔ぶれを見て「あ〜あ、これはまたポンコツばかり集めたもんだ」と嘆息した。本当である。その後すぐに事務所経費問題で佐田行政改革担当相が辞任、「女は産む機械」発言の柳沢厚生労働相は居座ってはいるが、一連の疑惑で松岡農相が自殺、「原爆しょうがない」発言で久間防衛相が辞任…と、まあ見事な「第一印象通り」のポンコツ内閣ぶりではある。
ところでミートホープ社の田中社長は島田洋七似だと最初から思っているが、島田洋七も悪党なんだろうか?
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2007-07-05(Thu)

急展開・京都へ引越し?

連れ合いであるやまだ紫が、京都精華大学マンガ学部の教授をしていることは、このブログをいつも見て下さっている方々ならよくご存知だろう。この世界でも初となるマンガ学部は人気があり、非常に倍率が高く、狭き門となっている。だが発足3年目となる来年度からは、さすがに専任教授であるやまだのコマが隔週というわけには行かなくなってきた。つまり今までは隔週で東京から京都へ通い、ホテルに宿をとって、学校へ数日間出勤する…というかたちが、来年度からは毎週の出勤となるために難しくなるわけだ。
実を言えば(常連さんはご存知のように)、俺も病人なんだけど、連れ合いも病人である。
十数年前の誤診で慢性膵炎になり、膵液が流れ出て腎臓をおかしくした。その後腎臓に腫瘍が出来て摘出したが、この手術が極めて杜撰だったため、手術痕の痛みでほぼ一年間、七転八倒し続けた。臓器というのはつながっている。どこかが悪くなると玉突きのように別の臓器が悪くなる、ということはよくあることだ。その後肝臓も悪くし、胃か食道か解らぬが、大量の吐血や下血を繰り返した。ホンの2年半ほど前までのことだ。病院はかなりの数廻ったが、どこの病院でも結局は「原因不明」ということであった。癌で余命三ヶ月だの胆石だの腎臓だって悪性腫瘍だと言われたこともあった、だが治療と言える治療は「腎臓摘出」くらいなものである。そしてその「治療」のせいでその後地獄の苦しみを新たに味わうことになったのだから、意味が解らない。
こうした長年の「闘病」の末、連れ合いは右の腹部の腹筋が断裂しているため、ぼっこりと突出し、普段は腹帯をして腸が飛び出ぬように抑えている。急なくしゃみや咳き込みの際は右のわき腹をしっかり抑えていないと、怖いという。
幸い、精華大学で教職を開始する直前の吐血入院(昨年の2月)を最後に、原因不明の下血や吐血は一度も起きていない。これも一緒に20年以上暮らしている人間としては、奇跡に近いと思える状態である。特にここ十年ほどは、一年に最低一度は入院をしていたから、一年以上もこうして無事であるのは久しぶりのことだ。恐らく俺が一昨年の夏に癌宣告を受けてから、自分が病気なんかしていられない、という気持ちで踏ん張ってくれているのだと思う。そのことが無理をさせていると申し訳ない反面、逆に気力で病気を封じ込めていると思えば良かったとも思える。人間、前向きに何事も考えることが大事だろう。

さて、来年度から毎週大学へ出勤となると、通いではもう完全に無理だ。体力的な面からも、経済的な面からも立ち行かないことは必至である。ではどうしようといろいろと考えた結果、今住んでいるところは人に貸して、自分たちは京都で賃貸を借りて住む…という結論に達した。まあそこに至るプロセスを考えるにつけ、ハードルは高く多く、ちょっと考えただけで発狂しそうであるというのが本音だが、前向きに考えることが大事。
引っ越すとしたらいつがいいか、借りるとしたらどの辺りがいいか。まずそこから考えると、時期的には引越し作業も病人二人なので時間をかけてやるにしても、冬になると俺の方がいろいろと(風邪や感染症予防の面からも)不都合が出てくるので、避けねばならない。春の移動は繁忙期だし、移動の時期で不動産屋さんも強気だろう。では逆に、今年の秋はどうだろう…ということになる。もうすぐ秋だが、じっくりいい物件を探せるかも知れない。秋の紅葉の観光シーズンが始まる前に、めぼしだけでもつけようか、ということした。
次にどのあたりがいいか…だが、これははっきりしている。大学のある洛北より北の叡山の麓へ通勤するためには、やはり洛北しかあるまいと。具体的には精華大前まで通じている叡山電鉄沿線か、もっとも北まで延びている京都市営地下鉄の終点・国際会館〜北大路くらいまでのあたりがいいだろう、ということになる。市中、特に京都の中心部は高いし、そもそも空きが少ない。我が家は猫がいるので、ペット可物件は賃貸では皆無に近い。多少条件はこちらが折れるしかないよなあ、と話す。
善は急げ、である。さっそくネットで京都の不動産を数箇所検索。物件を十数か所ピックアップ。その中での一番希望の物件は京都の北のはずれ、岩倉周辺の一戸建て。築年数は驚くほど古いが、それは仕方のないことだ。とりあえず、物件を見るだけでも見てみようと、次の連れ合いの出勤時に内覧の予約を入れる。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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