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2009-02-07(Sat)

大学で漫画を教育するということ。

俺が受け持った京都精華大での2008年度の講座「作家研究」の講義は1月で日程が終了、来年度はこの講座があるのかないのか、全く何ら大学側からはアナウンスもメールの一通も来ぬままであった。もっともこの講座は選択制だしオマケの教養講座みたいなものなので、どうしても実技実技と学生は向かうゆえ、受講登録数自体が十数名と少なかった。そのうえ毎回ちゃんと来てくれる学生は7〜9名という感じだった(が、その分熱心に聞いてくれた)ので、人気のない教授のゼミより少ない講座である。なので、学生たちには「来年度はもう来ないかも知れないので、また縁があったらどこかで逢いましょう」と最後に伝えておいた。

幸い、この講座を受講してくれた学生たちは皆、おおむね「知らない作品をたくさん知れて良かった」とか、「とても勉強になりました」とか言ってくれたので、お世辞でも嬉しかったっすよ。あと何人かの作品…ネームや原作なども見たけれど、「これだけ熱心に作品の批評を受けたのは初めてです」と言ってくれた子もおりました。でも編集が作家の作品を一生懸命読むのは当然のことなんだが。
結果、ジャナ専のかつての教え子たちほど密にはつきあえなかったけど、あたた方ももう俺の教え子なので、いつでも作品は見ますし、相談も受けますよ。生きているうち、だけど。

…さて過日、精華大の専任教授である連れ合い(やまだ紫)が入試立ち会いから戻り、言いにくそうに「来年のあなたの講義、やっぱり無くなった…」と言う。こちらはもう予想はついていたので「あ、やっぱりそう? しょうがないね」と応えておいた。会議の場で、というか会議で議論もなく、すでに、「学部長から既決事項なので」と突然告げられたので、びっくりしたという。

もともと、大学の非常勤講師なんぞというのは、まったくもって単なるショボいアルバイトと同じで、給与の額もコマ数で決まっており、それを12ヶ月分割して「月給」として貰うわけだが、週1コマだとその額は毎月3万円(と交通費)ということになる(笑)。要するにこの「月給」で生計を立てるのはもちろん絶対的に不可能だし、アルバイトとして…というかお金のためだったら、やらない方がいいと思う。
それに非常勤講師は立場も非常に弱く、よく別な大学の非常勤講師の方が「俺らなんて紙切れ一枚で簡単に解雇だからね」と話していたのを聞くことがあるが、いやいや、紙切れ一枚さえ、必要ないってことだ。ただ学校側としても、私学というのは学校法人というものを「経営」していくという側面もあるので、人気の無い=人が集まらない講座を維持していくのは要するに経営的にはNGということなのだろう。

俺が精華大で教壇に立つようになったのは、プロデュース学科の熊田先生が「あなたは若い学生たちに教えていた方が、絶対体にもいいよ」と言ってくださったからだ。ジャナ専で97年から癌宣告を受ける05年前期までずっと教壇に立っていたが、自分でも教職に向いていると思い始めていたところで頓挫したことも、心残りでもあった。なので、元々金が目当てでもなかったし、たった週1コマの講座が無くなったことが経済的に別段大きく痛いというわけではない。
ただ、やはり若い学生たちにいろいろな漫画や作家さんのこと、あるいは漫画に限らずこちらが経験した様々なことを伝えていく場が無くなったのは正直、残念である。それに若い学生たちの新鮮な感性に逆に触れさせてもらうことで、こちらが教わることもたくさんあった。つまりはカッコ良く言えばそういう「知的交流」の刺激がなくなることが、何より残念なことなのだ。

今の漫画界、それから漫画をアカデミックな場で教えるということについては、まだまだ、た〜くさん言いたいこともやりたいこともあった。
漫画を描く、ということをコミッカーズ的な漫画技法(つまりコマ割りやワク線や集中線や効果線やトーンワークやいろいろもろもろ)を習得する、うまくやれるようになる、と誤解する学生も多い。
ちょっと考えれば解るはずだけど、それはアシスタント仕事であり、出来ないより出来た方がもちろんいいが、必要絶対条件ではないことをまず理屈で理解すべきだと思う。「絵がうまい」というと一般の人たちは「写実的な絵がうまい」と勘違いすることが多いが、漫画絵というものは全てが写実になったら写真や映画でいいということになるし、何よりその作家の個性の否定になる。
例えばホンの喩えの一つ、こんな当たり前のことも、理屈でキチンと理解させてあげてから、伸び伸びと「作品を創る」「個性の輝きを身につける」「感性を磨く」ことも実技と同じか、あるいはそれ以上に重要な要素として教えるべきだし、教えられるのが四年制大学だと、俺は思ってきた。

精華大はもちろんそうした四年制大学という場でマンガ学部を持つ、日本で唯一(2008年度現在)の大学だ。漫画というのはもちろん、産業になって久しい。というか半世紀以上が経っているわけで、俺が物心ついた頃にはもうすでに漫画業界というものは巨大マーケットを誇っていたし、それは年々拡大していたし、拡大こそすれ縮小するとは誰も思っていなかったと思う。
もちろん少子化でこの先物理的に人口が減少してゆけば、当たり前だが読み手の数は減る。だが一方で漫画を普通に大人になっても読むという年代はもう還暦を過ぎているわけで、そう考えれば、精華のマンガ学部設立はむしろ遅かったという感さえする。(もちろん、そこに至るまでの関係者のご苦労は大変なものだったと思うのは当然。こちらの記事中の「追記」をご参照ください
とにかく、ようやく本当に「学部」に昇格してまだ3年だ、「四年制大学での漫画教育」は始まったばかりなのである。その段階で、講座の構成、カリキュラムなどに「試行錯誤」があるのは仕方のないことだとも思う。
それを踏まえた上で、いろいろとまだまだ不満が実のところ、た〜くさんある…と提言して行くつもりだったが、まあもうそれもいい。別な学校なりで機会を与えられればそこでやるだけの話だ。
多くは語れないが、精華も大きく関わっている「京都国際マンガミュージアム」であるが、コンセプトは素晴らしいものの、公開がいかんせんメジャーなマンガばかりに偏りすぎている。「メジャー」に対して「マイナー」という言葉が対語としてあるのでしょうがなく「マイナーマンガ」と呼ぶが、例えば「ガロ」系にしても劇画系にしても、扱いが低すぎると思う。「マイナー」という言葉を「劣っている」と無意識に捉えているフシがそこここに見られる。このことは俺の持っていた、実技ではない「教養講座」つまり座学の講座の人気の無さにも現れている。

何度も書いているように、メジャーな作品=いい作品ではない。メジャーな作品というのは作家や編集者や版元などもの凄い数の人たちが関わって(それこそ「産業」だ)、作られている。なので、作品がいいか悪いかではなく、売れるか売れないか、が大きくその作品の評価の要素となるのは必定。簡単に言うと産業としての漫画の論理は「売れたらいい作品」「売れない作品など存在しないも同じ」ということになるのだろう。
それはそれで、マンガというものを産業というか経済という一側面から見れば「正しい見方」だ。それは絶対的に正しい。メジャー、いや、いつも言うように「マス」コミックの世界での大御所、手塚治虫先生の名を出せば街を歩く人百人全員が知っているだろう。ではつげ義春の名前はどうか。百人中数名だろうか。90年代にブームがあったから、もうちょっと多いか。いずれにしてもその程度だ。では白土三平はどうだろうか。
とまあ、こんなこと今さらガキみたいに叫んでもしょうがないので、ちょっと飲みついでにこういう話を連れ合いとよくしている…という風情でまあご容赦いただきたい。ただその一般人が「知っている」あるいは「よく知っている」ぐらいのレベルの「喫水線」があるとしたら、そのあたりを浮いたり沈んだりしている作家・作品はゴマンとある。ちょうど巨大な客船が沈没した後に無数の価値あるもの・無いものがプカプカ波間に漂っているようなものか。しかし海底深くに沈んで誰の目にも触れないところにもお宝はあるのではないだろうか? そういうところに目を向けさせるのも、役割としてはあるんじゃないか?

今、学部昇格はまだないものの、大学で漫画を教える学校はどんどん増えている。しかし精華に限らずこれから大学という場で、教育としてマンガを教えるのであれば、「コミッカーズ」的な技法や、「同人誌の作り方」みたいな、要するに実技としては楽しいかも知れないけれども、「慣れれば誰でも出来るようになる」ことにあまり力点を置かない方がいいだろう、と重ねて言っておきたい。もちろん従来の美術、芸術系の大学の基礎講座としてのデッサンや絵画技法は当然必要だろうが、それは、字を書くにあたってペンや筆の持ち方やいろはという文字を教えているに過ぎない。
問題は、「キミたちは表現手段として漫画を選んだ。では、漫画で何を表現するのだ?」ということではないか?
また、漫画という技法以外の表現手段を積極的に学んだりすることも大切だと思う。油彩でもいいし水彩でもいい。何かがそこからまた漫画にフィードバックされればいいだろうし、されなくてもいい。しかし必ず勉強にはなると思う。もちろん何でも意識的に向かわねば、つまり「与えられた課題なのでこなす」という態度では何も身につかないのは言うまでもないことで、それは何についても同じだろうし、受け手の側の意識の問題である。
連れ合い(やまだ紫)は昨年「チョークアート」の講師を招いて、学生たちに作品を作らせた。漫画とは全く違う画材、道具を使って作品を描かせることで、自分たちが漫画という手法を選んだこと、あるいは今後どうしていくのかということを見つめ直し、何かを吸収できたのではないか。
以前から「いい漫画家になるにはどうすればいいのか」という単純かつ普遍的な問いにいつも、「いい小説いっぱい読んで、いい音楽いっぱい聞いて、いい映画いっぱい観な」というかつての師、長井さんの言葉を使ってきた(漫画家になりたい人へ)。
それに対して「でも先生、どうすればそういういいものに出会えるのかがわからないんですよ」ということも学生からよく聞く。そこのガイドや道筋を教えてあげる、ちょっとヒントを与える、いやあからさまに教える、それが「教育」の場で求められてるような気がするのだが。
俺一応編集の端くれなんで言うけど、
漫画家は、同人誌の作り方なんか知らなくたっていいんだよ。
むろん知らないよりは知っている方がいいだろうし、趣味でやって楽しいんだったら全然問題ないが、そのレベルの話だ。そもそも昔は同人誌というのは文字通り「志を同じくする者」同志が漫画なら漫画作品を持ち寄って切磋琢磨したものだ。かつて80年代までには全国の高校や大学にだいたい漫研がすでにあった、しかしそれらの発行していた「同人誌」は文字通り「創作系」が90%で、パロディはほとんど無かったと記憶している。何が目的かというと、漫画という表現手段で自分の何かを人に見てもらいたいから創作をした、商業誌にはまだ掲載してもらえないので、であれば自分たちで本を作って…という当然の成り行きであった。そこに相互批評は当然あったし、辛辣な意見でケンカになることもあったし朝まで議論したりしたこともあっただろう。ていうか俺たちだってそういう時代があった。
問題は「本の作り方」ではない、「どうしたらいい漫画が描けるか」、それだけだった。漫画をどうやって描くか、どうやってお話を作ったらいいのか、そのためのさまざまな知識や教養を、四年間、大学という場で仲間と過ごし吸収できるなんて、本当に70年代後半からしたら夢のようだと思う。要するに「本の作り方」なんか知らなくても「いい作家」になれるし「いい作品」だって描けると思う。
もう一度声を大にするが、
本を作るのは「編集者の仕事」です。
漫画家はいい作品を作ることだけに目を向けて、全身全霊をそっちへぶつけて欲しい。余計なノンブルがどうしたとか版面がどうだとか、そんなん俺たち編集者が悩めばいい話だ。作家はつまらん細かいきまりごとやテクニックだの、ウジウジとそんなん勉強せんでもいい。ていうかそんなん誰だって4年もやってりゃうまくなる。うまくならなくたって、漫画家になってる人は山ほどいる。
極端な話、教室のホワイトボードに一面、素晴らしいコマ漫画が描かれたとする。原稿用紙の規定に反してるからそれは「ダメ」か? 違うだろう、その作品をどうやって本という形に落とし込むか、それを考えるのが編集者だろうが!!! 

とにかく、まだまだ若い世代に伝えたいことは山ほどある。やっぱり残念至極、である。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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