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2009-08-04(Tue)

明青さんから花をいただく

8月4日(火)

近畿地方もようやく昨日梅雨明けしたそうだ。そういえば昨日はいい天気だった。
夕べは10時半ころベッドに上がった。早いな、と思ったが何だか話し相手もなく写真と差し向かいで晩酌をしていると、酔いがまわるのが早い。自分の場合十代の頃から大酒呑みで(もちろん法的にはいけないのだが)、それこそ飲めと言われれば一升酒を飲んでもケロリとしていたものだ。高校からの友人たちなら知っているが、ウィスキーをコーラやジュースで割るという気持ちの悪いものを、平気でそれこそジュースのごとくがぶがぶ飲んでいた。それでもたいして酔わないと、呆れられた。
三津子も酒が強かった。
好きだったし、実際に飲めた。だから青林堂関係の忘年会でも飲み会でも、だいたい最後まで残っているのは俺と三津子だった。先輩のYさんはそれほど強くはないのに量を飲んだので、最後はへろへろになっていたし、もう一人の先輩は酒は強かったが量を飲むより眠くなるたちだった。
女の人では、恐らく彼女が一番俺が一緒に飲んだ中では強かったと思う。病気を得たここ数年こそ足元が怪しくなったが、それが普通であり、それまでは誰よりも強かった。
それが今では俺も缶ビール数本で酔っぱらうとは安上がりでいいよな、と思う。

今朝は7時ころ起きた。ジジイかよ、と自分で思った。
ユキは今朝もベランダに向けて置いてある丸い折りたたみ椅子ですやすや寝ていた。シマはいつもそうしているように、下の三津子の仕事机の椅子にいるはずだ。
ユキをそのままにしてそっと下へ降りていくが、よく考えたらユキは耳が聞こえないからそっと行く必要はなかったのだ。降りて行くとシマがもう階段の下へ来て「ひゃっ、は!」と鳴く。
ユキは「にゃーん」という正統派(?)の「猫らしい鳴き方」をするがシマはそういう声が出せない。呼べば返事をするが、それは「きゃっ」とか「ひゃっ」という喉力を必要とするような声だ。何の加減か時々「ひゃっほぉぉーーう!」とか言って走って行ったりするので、夫婦でよく顔を見合わせて笑ったものだ。
猫に水と乾燥エサをあげて、トイレや洗顔、ひげそり。三津子に「おはよう」といつものように声をかけて、お茶をさしかえ、杯に冷たい水を入れて置く。そして線香を立てて祈る。祈るというよりは、いつも「謝罪と感謝と愛」の言葉を毎日語りかけている。
朝は食欲がなく、冷たい水を一杯飲んだ。
しばらくしてザイロリック(尿酸値を下げる薬)を飲み忘れたことに気付いて、胃酸過多ぎみだったこともあり、野菜スープを温めて食べ、薬を飲んだ。

さすが梅雨明け、外はもう絵はがきのようないい天気だ。東山、大文字山に日が降り注ぎ、青空に白い雲がゆったりと流れている。夏の陽射しが外にある木々や街、家々を白く輝かせている。予報では35℃まで上がるというから、路上の体感温度は大変なことになるだろう。
その後11時過ぎまで仕事をしてから、自転車で買い物に行く。
いつものスーパーの裏口に自転車を停めて、明日の月命日のために肉や刺身など、ご馳走を買う。花も4種類。それらをカゴに載っけたりハンドルにぶら下げて帰宅すると汗だく。
花を花瓶に活けるが、こないだ買ってきたひまわり2輪はまだ頑張ってくれている。「ありがとうね、綺麗だね」と言うと、切り花だってのに長生きするのだろうか。

花で埋まるそれから買って来たオムライスでも暖めて食べようかと思ったところでドアフォン。出ると「明青」のおかあさんで、上まで来てくれるという。
玄関でスリッパを出して上がっていただこうとすると、「ここでいいしすぐ帰るし」と言われ、三津子の月命日にと花束を持って来て下さった。「紫でまとめてみました」とのことで、綺麗だ。それから、あの美味しいトマトもいただいた。すぐ帰られるというので、御礼を言って頭を下げる。
すぐにいただいた花も大きい花瓶を出して活けた。
「三津子、また花でいっぱいになったね」と語りかけて、オムライスを食べた。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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