2010-02-25(Thu)

現代詩手帖3月号

現代詩手帖2010年3月号

「樹のうえで猫がみている」刊行にあわせ、思潮社さんの『現代詩手帖』2010年3月号に、追悼特集「やまだ紫の世界」が掲載されます。


内容は
・対談 井坂洋子(詩人)×白取千夏雄(やまだ紫夫)

・「ガロ」に掲載され一話で未完となった井坂洋子さん原作の漫画「番人」再録(単行本未収録)

・エッセイ…齋藤愼爾、上野昂志、こうの史代、吉田アミ、岬多可子、山本ふみこ、三角みづ紀、村上知彦、高取英、檜垣立哉(順不同)

・全書肆データ、略年譜

となっております。
ぜひ、ご覧下さい。

「現代詩手帖」2010年3月号/思潮社刊・定価1200円
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2010-02-20(Sat)

嫌がらせ

2月20日(土)

なんだかこのところもの凄く忙しい。
自分の場合最低限暮らして行ければいいくらい稼いでいれば、もう贅沢も何もしたくはないので、ことさらに仕事を増やすつもりはないのだけど、ルーティン以外にブワッと大波が来てしまった。
とにかく一日中パソコン画面と向き合う毎日が半月ほど。その間休憩にテレビを見るというのは結局同じモニタを眺め続けることになるので、テレビをやめて読書をするようにしていた。
テレビのバラエティを見なくても全く不都合がないことに気が付いたが、それはそれで寂しいものがある。ニュースはネットでも見られるしその方が速い場合さえあるとはいえ、「大手マスコミ」の「フィルタ」を通し整理されたニュース番組を見ることも必要。
新聞も同じ理由から読むようにしているが、習慣からつい読んでしまう。ただ新聞の場合はそろそろコストパフォーマンスを考えると必要なくなってきたとも思う。

忙しいとはいえ、なるべく5時半から6時あたりで仕事はスパッとやめて夫婦の晩酌に…という習慣は変えたくなかったしそうしてきたが、このところは陰膳を作って「先にやっててね」と言って仕事を続けることが多かった。
何だかなあ。

その連れ合いが亡くなってから、猫たちが自分の側を離れなくなった。片方を櫛ですいてやると、もう片方が「自分も」と言うかのように必ず脇へやってくる。二匹仲良くしてくれたらいいのだが、猫にも相性というものがあるのだろう、いつもケンカばかりしている。
でも猫たちが居なかったら・・・と考えただけでもゾッとする。
恐らく自分は生きていられなかっただろう。


それにしても、このところ数日おきにこのブログへ嫌がらせのコメントが来る。数年前にあらゆる掲示板、コメント欄を荒らし回ったエロサイトの宣伝書き込みに似た、極めて低劣で下らないワイセツな書き込みだ。
こういうことは初めてではなく、こういうことがあるためにコメントは承認制にしているわけだが、単なる商売目的のスパムならこういう承認制のブログには書き込まない。

つまり、明らかに
「俺と三津子への嫌がらせ」
が目的の書き込みだ。
もう引用するのも嫌になるほどの低劣でワイセツな書き込みを、わざわざ、三津子の月命日どころか命日のコメント欄に執拗に書き込む。
彼女の復刊情報のコメントにも。
何度も何度もだ。
業者なら、繰り返すがコメント欄が承認制になっているところへなど書き込みはしない。反映されないと解っているところに宣伝しても意味がないからだ。それにURLで導引することを狙うだろうから、そこからアシがつく。「違法な勧誘をしている」と被害届を出されればオシマイだ。そんなリスクを負う行為を数年前ならともかく今は出来ないことになっている。
つまり、これらは、明らかにこれは俺たちへの悪意を持って行われているということになる。

その余りに見苦しく下品な「悪意」「反感」「憎悪」を、俺という個人と連れ合い、やまだ紫に持つ人間は多くはない。

というより、ほぼ特定出来ている。

俺が病気になったことで乾杯し、俺の死を下品な冗談のネタにし、笑い、さらには三津子の死までをも喜んでいるであろう腐った連中などこの世に数人しか存在しない。

そいつらの名前も顔も知っている。

被害届も考えたが、もうどうでもいい。
生かされている時間を、腐った人間のために煩わせるのは勿体ない。
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2010-02-05(Fri)

また、月命日

2月5日(金)

夕べは12時ころ就寝。朝は6時ころまで比較的良く寝られた。導眠剤を飲むタイミングはやはり、布団に入る1時間半ほど前がベストのよう。

朝方うつらうつらしていて、夢か半覚醒状態かというあたりでなぜか「あ、隣に三津子がいる」と何の疑問もなく思っている瞬間があった。その時右手を伸ばすと、まぎれもなく暖かい彼女の手で上下からふわっと包まれた。目を開けたがもちろん隣には誰もいない。
ただ手の感触は確かに暖かい、人のそれだった。
先日井坂洋子さんと対談したとき、しきりに「何か解るかたちで出てくれれば」と言ったからだろうか。…まあ、世間の人は「気のせい」「夢」と言うのだろうし、別にそれでもいい。

ここ数日ちょっと体調が悪い。どう悪いかというと朝の吐き気がひどくなったわけでも、食欲が落ちたわけでも、どこかが痛むというわけでもない。
もやもやと目がかすむような感覚があったり、めまいほどひどくはないが体にビシッとした安定感がなかったり、仕事をずっとしているのだが「やる気」がまったく出なかったり。
慢性の白血病の進行ステージと治療目安基準はいくつかあるが、俺の場合は横隔膜を挟んで上下のリンパ節に腫脹が見られ、脾臓は左腹部を被うように腫れ、白血球こそ増加ではなく減少気味ながら血小板数も減少。さらに意味のない発汗、そして気力の減衰。
まあだいたいもう末期的ではある。特に帯状疱疹で入院した後、退院してからしばらく経ってからの「気力の減衰」が自分にとってはしんどい。
やる気が出ないのだ。
仕事はありがたいことにちゃんと継続していただいており、その納期も決められている。だけど前のように一日の作業時間を決め、時間配分と休憩を考えつつ…となかなかいかない。毎朝起きて朝のルーティンをこなす。猫のご飯と水、洗顔やトイレ、シャワーをしたり時には洗濯機を廻したり、彼女やご先祖様にお茶を淹れ花の水を換え、線香を立てて手を合わせる。
普通はここから自分のメシだ、仕事だ、部屋の掃除も…となるのだけど、最近はもうそこまででぐったりしてしまう。
ここ数日、朝はセブンイレブンで買ってあったレンジでチンするだけのホットドッグとカフェオレだけ。毎日、毎日それだけ。つまり朝食も面倒なので朝の「一連のルーティン」に組み込んでしまったわけだ。お腹が空いたな、何を食べようかという気持ちはあるのに、「何か」を食べに行こうという気持ちにはまずならない。作ろうかという気持ちになることはたまにあるが、一番多いのは「あるものでさっさと済まそう」という消極的な空腹感の解決法だ。

ううむ、俺は連れ合いを亡くしてから明らかに鬱傾向に傾いている自覚はあるが、どうもこの気力のなさは病気の進行というより、抑鬱状態である。
連れを失ったこととガンという病気を抱えていること、孤独であること、全て普通の人にとっては耐え難いストレスであろうことが二重苦三重苦で自分に降りかかっている。変な言い方だけど、弱い人間なら死んでるだろうな、と思う。俺は強い人間ではないが、自分で自分を「殺す」ようなことはとても出来ない。(今のところは)
よって今朝は何も食べず。
出来れば買い物にも出かけたくないのだが、花や生鮮品は配達してはくれないので、最近は仕方なく数日に一度スーパーやコンビニへ出かける程度。インフルエンザや風邪の感染も怖いというのもある、けど要するに気持ちの問題だ。

今日は入院時の高額医療費負担分を返してやるという書類が来たので、区役所へ行かねばならない。
用紙があって、「十日以内に手続きに来い」という。それを過ぎたら権利は消滅するのだろうか。その期日の間には土、日といった手続きの取れない日も入っているから実質一週間程度。
役所のやることによく「血が通ってない」「冷たい」と言う人がいるが、「想像力が足りない」というのが本当だろう。高額な医療費を支出した人の中には、健常者同様ピンピンして出てった人もあろうが、普通は退院直後は当然病み上がり。あるいは慢性的な基礎疾患を抱えた人もいるだろう、その人間に「領収証や保険証印鑑を持って手続きに来い、こっちが指定した期間を過ぎたら終了だから」というより、何か一度聞き取りの電話を入れるとか、用紙に記入し必要書類と返送させるとか、ないものか。
お金は大切なので、返して貰えるなら返して貰った方がありがたいに決まっている。書類が来たのは3日。仕事が忙しかった。そして今も忙しいし来週もまた忙しい。週末は役所が休みなので、調子が悪いが今日くらいしか行ける日はない。
どんよりと曇って寒そうな外を見やり憂鬱になるが、昼あたりに少し日が射してちょっとでも気温が上がったら出かけることにしようかと思案。

その後陽射しも出そうにないので、11時過ぎに着替えて出る。やはり寒い。すぐタクシーが来たので、東一条の左京区役所へ。5分ほど前の人を待って、高額医療費還付の申込書類と領収書の束を渡す。
係の男性は丁寧な応対で、向こう側の書類つまり俺が被保険者証でいつどこの医療機関でいくら払ったか、というのを打ち出したものと、持って来た領収書の要所要所を照らし合わせている。今回は去年の帯状疱疹の加療、入院が10月と11月にまたがっていたので、書名する書類も2種類2枚ずつ。片方には捺印も。
最後に保険証を簡単に確認し、向こうから「確かに受付ました」という確認の用紙を2枚貰って終了。

それから東大路へ出て、しばらく近くへの買い物くらいしか歩いてなかったので、足が萎えないように百万遍方面へてくてく、ゆっくりと歩く。しかし目的もなく歩いているとはいえ、一人で会話もなく「散歩」という気分ではない。
連れ合いと二人で京都へ来て、一緒にあちこち歩いたなあ、というより、いつもいつも二人一緒だったなあ…。
でも今はもう一人だから、四季の移ろいや古都の風情を愉しむ相手もないわけで、思えば遠くへ来たもんだ。
そのうち元田中へ出たのでスーパーで、今日は月命日、彼女が好きだったあっさりした酢の物、水菜の漬け物のほか、白身の刺身も買った。それら少しだけを買って、そのまま歩いてマンション前のコンビニで週刊誌と明日からのホットドッグ、ヨーグルトなどを買って帰宅。

最愛の人を失った5月5日から、数えて9回目の月命日だ。もうずいぶん、彼女の声を聞いていない、会話をしていないと思う。たった9ヶ月なのか、という気持ち。でも去年の節分に二人で下鴨神社へ出かけたのはついこないだのようだ。あれから一年。短いというのと、長いという気持ちが半々。

そうか、朝俺の手を握ってくれたのはやっぱり君だったか。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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