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2010-11-30(Tue)

血液内科受診日

11月30日(火)

朝方、ユキがまた布団の上…しかも足の間に丸くなって寝ていたので、寝返りを打てず固まったまま目が醒めた。そ〜っと足を動かすと目を開けたので布団を持ち上げて中に誘うが、そのまま寝相を変えてまた寝てしまった。仕方なくこっちもそのタイミングで寝相を変えて寝直す。何ネコに気を使ってるの俺。

起きたのは8時過ぎ。
今日は血液内科の受診日なので、9時ころ支度をして出る。ここ数日暖かかったが、今朝はちょっと寒い。ついこないだまで「暑い暑い」言ってたのに、もう明日から12月だ。

タクシーで病院へ行き、自動受付を済ませて採血受付へ。列はなかったが、待っている人数が多い。ていうか座る椅子がない。仕方なく窓側のソファに腰掛けるが、この位置からだと番号が見えない。まだ50人待ちくらいだったので気長に待つ。しばらくして採血室前の廊下へ移動するが、ここも両側のベンチは埋まっていて、番号掲示板の裏側しか空いていなかった。時々番号の進みを確認に立ちつつ、20分以上待ってようやく試験管3本の採血。
予約時間は一応10時半ということになっているが、混んでいるようだから11時は過ぎるな、と予想。ドトールは例によって座る席がないので、いったん地下のローソンへ行く。自分の場合店に悪いという気がするのと、元もと出版屋なわけで「本は買うもの」(買って読んでいただくもの)という刷り込みもあるせいか、どうにも立ち読みというのが長時間出来ないタチだ。週刊誌も目次だけ眺めてよさそうなら買うことにするが、あまり食指が動かず。結局そのまますぐ出てしまった。

2階の外待合の椅子に座り、携帯に入れてある音楽を聴きながらウトウト。といっても半覚醒状態なので時々はっと時計を見るが、血内の場合は呼び出し機がバイブで知らせてくれるのでただ待っていればいい。
11時を過ぎてすぐ「外待合へ」となり、それから10分ほどで診察室へという指示が出た。
前回から変わった女医のN先生は「お変わりないですか?」と言われるので「はい、ありません」と答えると「そうですか、良かったです」と笑顔で言って下さる。「今日は採血の結果が遅くて、お待たせしてすみませんでした」と言いつつ今日の結果を見て「白血球も血小板も今回は増えてますし、炎症(CRP)も無いので、いい状態と言いますか、安定されてますね」とのこと。
喉のリンパ節も触診していただくが、アゴの下のぼこっとした塊は「唾液腺ですから大丈夫です」だそう。唾液腺には耳下と顎下があるんだっけか…。
あと、昨日インフルエンザワクチンを摂取したことを報告。素朴な疑問として、抗体を作る方に免疫が一生懸命になって、他が疎かになるというか手薄になり、例えば去年みたいに帯状疱疹ウィルスが活性化するとか、そういうことはないんでしょうか、と聞いてみた。
N先生は「白血球、T細胞は細かく色々な役割をするものに別れていますから、そういうことはありませんよ」とにこやかに言われてしまった。そりゃそうか。言われてしまうとその通りである。
俺の場合はその中でも「CD-4」がエイズ患者並に少ないと解った(入院中の検査=「元の生活」)わけだが、その他に関しては低いとはいえ不全というレベルまで落ちてはいないらしいし(好中球数などはかろうじて危険値より上)。

N先生は「お薬の吸引(肺炎予防)の方は続けてられますよね?」と言うので「はい、月一で……」と答える。「あとはこれまで通り人混みを避けてうがい、手洗いで気をつけていくしかないんですよね」と言うと「もうよくお判りになってらっしゃると思いますが、そうなんですよね」とのこと。何しろ元の病気が血液腫瘍だ。これを治す薬がない以上、下がった免疫力を元に戻す方法はない。
「何か小さくても異常があったらすぐ病院に連絡して下さい」と言われる。去年の帯状疱疹はホンの1mm程度の発疹ですぐ薬を飲んだのに、劇症化した。俺の体だと、最初から点滴でガッツリやっつけないといけなかったわけで、もうあんな痛い思いは二度としたくない。思い出してもゾッとする。
次回は年明けの方が空いてますから、と言われて4日になった。もう来年の話か……。
お礼を言って診察室を出て、会計をして外に出る。

陽射しはけっこうあるが、空気が冷たい。すぐにマフラーをして、熊野さんの方へ歩く。修学旅行らしい小学生の一段がガヤガヤと歩いている。交差点の手前に来ると、中学生らしい制服を着た男の子が道に仰向けに倒れていた。一瞬「?」と思ったが、顔が笑っていたのでふざけているだけだと解った。その後八つ橋の店からぞろぞろとその子と同じ制服を着た男女20人くらいが賑やかに出て来た。
それらを避けながら、スーパーで買い物をし、タクシーで家の近くまで戻り、弁当を買って帰宅。
もちろんすぐにうがい、手洗い。
変化のなかったことに感謝。
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2010-11-29(Mon)

インフルエンザワクチン接種

11月29日(月)

朝はゆっくり9時半ころ起床。昼前にI内科から電話がある。
先日I先生とお会いした時にワクチン接種のお願いをしておいたのだが、先生は俺の病気のこと、つまり免疫力が著しく低下していることをご存知なので、熱や咳の患者さんが来た日は避け、かつ他の患者さんがいない時に電話して下さることにしていただいた。
事務の女性が「午前の診療が終わり患者が切れたようなので、今から来られますか」というので、すぐ伺いますと返答。マンションの下にこういう理解あるお医者さんがおられるというのは、本当に有り難いことです。
すぐ着替えてマスクをして一階に降りる。クリニックの入口はマンション入り口のすぐ隣だ。

問診票に記入、体温を測って少し待ち、呼ばれて処置室へ。
I先生が来られて「今回のワクチンはAソ連型の季節型と、新型用の混合で一本で済みます」という説明をされる。ただちょっと気になるのは、去年みたいなことが起きないか、ということ。
去年俺は帯状疱疹になったが、例えば著しく少ない体の免疫が、ワクチン接種によって抗体を作る方へ取られ、そこへ潜んでいたヘルペスウィルスが暴れ出して、ということは考えられないんですかねえ、と。
もちろんそれは去年も考えたことだし、血液内科の先生にも聞いたのだが、はっきりと因果関係がある・ないは聞けなかった。とにかく、もし帯状疱疹がまた再発したら、すぐまずI先生に相談し、バルトレックスを飲むなりして、京大病院へ連絡しましょうということになる。おそらく再発した場合は、前回同様点滴での治療になるだろう。とすればまた入院だろうが、前回は劇症化してからだったし、もう普通の人のように錠剤だけでは治らないと解ったので、最初から点滴を入れてウィルスを退治すれば、長くはかからないだろう。
「色々気を使っていただいてすみません」とお礼を言ってクリニックを出る。

その後コンビニへサンドイッチ、ホットドッグを買いに行くとゲホゲホと咳き込んでいる人がいる、当然マスク無し。避けるようにしてそそくさと帰宅した。もちろんすぐにうがい、手洗いを入念に。
インフルエンザも風邪も目に見えない脅威だし、いざ暴露されたらマスクでは防げないわけだが、まあ用心に越したことはない。
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2010-11-26(Fri)

土鍋でご飯

11月26日(金)

いつも寝る1時間くらい前に導眠剤を飲む→布団へ、という流れなのだが、夕べは布団に入る前に間が空いたせいかタイミングを逸してしまった。朝方まで全く寝付けず、往生した。
8時前あたりからようやく眠れそうになったというのに、9時頃にユキが例によって布団の上に丸くなり、こちらの寝返りを妨げる。人間寝ている間も無意識にゴロゴロと体制を変えるものだが、それが阻害されると、その時に目を醒ましてしまう。「猫など床に下ろせばいいだろう」と思う人もいるだろうが、丸くなって幸せそうな顔で寝ている猫を叩き起こして放逐出来る心の「頑丈さ」がない。

そんなこんなで午前中は朦朧。
睡眠は免疫の恢復という面で重要なのは言うまでもなく、つまり寝不足は健康な人にとっても言いことではないし、健康体ではない自分には実感として本当にしんどい。
食欲もなくゴロリとソファに転がりメールチェックをする気にもならずにテレビを習慣でつけるのだが、何しろこの時間帯は本当に何も見るものがない。もっともこんな時間にテレビを見る層などマスコミ的には相手にされてないのだろうが。結局国会中継くらいしかないのだが、それも見ているとイライラしてくるから、これまた免疫上よろしくない。

昼ころ少し気力が回復してきたので何か食べなきゃと思い、こないだネットで注文して昨日届いていた一合炊きの土鍋で飯を炊こうと思い立つ。もう一度洗って火にかけてあるから、すぐ使える。
ボウルで一合米を研いで指定の水に浸しておくが、ネットのユーザーレビューなどを参考にすると、火加減にもよるが水は指定量より多めがいいとあるので、若干多めにした。こういう口コミがすぐに参照出来るのはネット時代の便利さではある。
おかずは卵かけご飯用の卵と、冷凍してあった筋子を切って自然解凍。20分ほど米を水に浸し、さらに炊きあげるまでには解凍されるだろう、と予測。

結果から言うと、米はうまいこと炊きあがった。軽く二膳分、俺の一回の量だと一膳よそって、残りは七〜八分目という感じで二膳分はない。底に軽くいい感じでお焦げも出来ていて、炊きたてならではのうまさで感動。
ただ筋子を解凍してみたら、どうにもまずい。考えてみれば春に送ってもらったやつだった。もうとっくに冷凍焼けしていたわけだ。筋子は諦めて、卵かけご飯と味噌汁にするが、これはこれで炊きたてご飯には合うわけで、満足。

そういえばこないだも電話してきたゆうちゃんと話していて、俺が料理のことをよく書いているので「それにしてもマメだよねえ」「主婦みたい」と感心というより半分呆れられたが、何しろ買い物以外ほとんど外出しないし、仕事も家で済むと、結局生活のバリエーションとリクリエーションは食事ということになる。読書や音楽・映画鑑賞といっても、無尽蔵に鑑賞するものが沸いてくるわけでもない。
先日も書いたと思うが、食事は必ず二度三度は摂らねばならないので、必然的にそこに変化や喜びを見出すしかない。
引きこもりの人はここを疎かにする=インスタントやコンビニ系・ファーストフードやジャンクフード中心にすると、健康を害する。精神的にも肉体的にもよろしくないと思う。幸い自分は料理をすることが嫌いではないし、性格も向いていると思うから、まあこれでいいのだろう。

それにしても土鍋で炊く飯はうまいということは知っていたものの、これほど違うかと驚いた。これからは一合ちょっと=二膳分炊いて、半分は面倒な時のために冷凍しよう、とこれまた主婦のようなことを考える。
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2010-11-25(Thu)

「はじめの穴 終わりの口」

11月25日(木)

はじめの穴 終わりの口
井坂 洋子
幻戯書房

連れ合いの親友で詩人の井坂洋子さんからお電話をいただく。
先日、幻戯書房さんから出されたエッセイ集「はじめの穴 終わりの口」をお送りいただいた。とても上品な装幀で、読みやすく、それでいて井坂さん独特の感性に溢れる上質なエッセイ。
詩人という「ことば」を大切にする方の文章は基本的に読んでいて、安心感があるというか(詩人じゃなくても文筆家ならそうなのだろうが)、平易な言葉で深い内容をさらりと読まされてしまう。井坂さんは、やまだ紫という「漫画家」の「ことば」を常に高く評価して下さった方でもあるが、やまだ紫、井坂洋子に共通するのはこうした「凛としたことば」の煌めき、という気がする。こんな自分がいくら褒めても説得力のかけらもないが。

井坂さんはこちらがお礼のハガキを出したのを見て「お元気ですか」と電話して来られた。
井坂さんのエッセイにはやまだ紫の思い出も一篇収録されていて、懐かしかった、「それにしても(やまだが亡くなって一年半、)早いですね」ということや、こちらの体のことを心配いただく。
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2010-11-24(Wed)

変な音

11月24日(水)

ここ数日ぐらぐらしていた前歯の仮歯が、朝トイレでくしゃみをしたら取れてしまった。
朝のことを済ませてホットドッグを食う前に、瞬間接着剤でとりあえず接着。5年前に日大に入院した時、抗癌剤投与で歯を調べられ、大変な口腔状況というので突貫工事で治すことになった。何しろ命がけの抗癌剤治療開始のため、免疫力低下時に悪さをしそうなものは排除しておかねばならなかった。つまり虫歯は抜かれ、前歯の差し歯は新しいものを作っている時間はないので、歯根の金属も外されて新しいのが打たれ「癌が治ったらちゃんとやりましょう」と言われて仮歯を入れてもらった。
結局その仮歯がこれまで数回作った差し歯で一番の出来だった。5年間一度も外れず、何の不自由もないどころかとても快適に過ごすことができた。それ以前にけっこうな金額をかけて作った差し歯はどれもこれも人を馬鹿にしたような出来だったので、この仮歯を入れて下さった先生には感謝している。最低なのは中学時代に入れたもので、一週間持たずにくしゃみでフッ飛んだっけ。
それにしても接着剤でくっついたとはいえ、心配である。これはきっと最新式の電動歯ブラシのミクロな震動がいけなかったのだろう。ここ数週間、微妙に動くようになってきたのだ。ああ、しかし接着はできたがいつ外れるか解らない、あの日々がまた、と思うと憂鬱だ。
もっともこんな体なのでもう歯医者に通うこともあるまいし、金をかけて差し歯を新調する気もないが。

その後ホットドッグを食べつつメールチェックをしていると、例によってペットボトルのコーヒー牛乳のせいで腹がゴロゴロしてくる。朝一のに続いて二度目のトイレへ行って水のような便を出すのも、日課のようなもの。いちいち腹は痛いが、こんなのも普通の人がたまに下痢すると辛いだろうが、ずっと続いていると習慣みたいなもので、平気である。

トイレで読みかけていた週刊文春を手に取り、真矢みきと阿川佐和子の対談が面白いのでそのまま読んでいると、リビングの方で「ガチャン! カラカチャーン…」という音。
ユキが仏前のお茶を淹れたコップにすりすりして床に落として割ったか、と慌てて流してトイレを出ると、何も異常がない。
ユキはベランダの窓際に佇んでいて、驚いてフッ飛んだという風情でもなく、普通にしている。猫が何かに驚いた後は尻尾が太くなっていたり背中の中心線から毛が逆立ったりしているものだが、眠たげな顔だ。
それに何より、先ほどの音の発生源が見あたらない。
仏前のお茶の陶器のコップはそのままだし、それよりさらに一段高いところにある線香立ての前のお茶をいれた小さなおちょこも異常なし。
台所に積んであった食器は崩れるようなものはないし、それどころか寝る前に全部ビルドインの食洗機にかけたから、食器そのものがない。シンクの中にある猫エサの皿くらいで、それももちろんどこかへ落ちようがない位置で、起き抜けに洗って置いたままになっている。
トイレのドアはいつも長くなるとユキが捜しに来るので開けておいたから、先ほどの「音」はかなり生々しかった。というより明らかにリビングのあたりでガチャンと皿かグラスのようなものが割れる音と、床にあたってゴトンと重量がかかる音までしたので、慌てて出て来たのだ。
全く何も異常がないということが信じられない。

とにかく異常がないので、まずは午前中にやらなければならない仕事にかかる。不思議なこともあるものだ。
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2010-11-23(Tue)

天ぷらを揚げる

11月23日(火)

この間ビーフシチューを作った時の人参と玉葱が一つずつ余っている。こういうのは実に中途半端なもので、ハテどうしようかと思い、天ぷらを作ることにした。
料理好きだった連れ合いが作ってくれた人参の掻き揚げは絶妙で、山盛りの天ぷらで白飯をバクバク食い、晩酌をした頃を思い出す。

掻き揚げは天ぷらの中でも難易度は高いことは重々知っている。衣の塩梅、素材の仕込みや水切り、油の温度、そしてもちろん肝心なのは揚げ方。
昔、初台(渋谷区ながら、新宿圏。甲州街道沿い)に職場があったとき、今はオペラシティが建つ側に交番があって、その西側角に立ち食い蕎麦屋があった。まだあるのかどうか知らないが、そこは「天ぷら蕎麦」と普通に頼むとその場で玉葱の掻き揚げを揚げてくれた。サクサクでアツアツの揚げたて出しつゆと絡んで絶妙にうまかったのも思い出す。玉葱と白ネギくらいのシンプルなものだったが、玉葱の甘みといい歯ごたえといい、最高だった。

というわけで人参は人参、玉葱は玉葱で分けて揚げた方が好きなので、玉葱の方には若干太めに刻んだ白ネギも混ぜて揚げることにする。
連れは天ぷら粉を溶く水に氷を入れ、カランカランとかき混ぜていた。二人でよく台所に並んで揚げたものだが、一人になってからは手がかかるのでやっていなかった。
かき揚げと人参の天ぷら

まあ、仕事の谷間は時間があるし、その時間を一人で潰す手段…読書だの映画や音楽鑑賞などはやり尽くしている感がある。一人になってからはゲームもやらない。「うおう」「やった」と言っても笑い合う人が居なければ虚しいだけだ。
料理は「食事」という一人であろうが何だろうが一日に数度はしなければならない行為。これに仕込みから作業、消費、保存など一連をこなすことでけっこうな暇潰しになる。暇がない時は逆に恐ろしく手を抜くことも出来る。

さて準備万端整えて、夕方、北朝鮮が韓国がわに砲弾を打ち込み、韓国が応戦するというニュースを見つつ天ぷらを揚げる。大騒ぎしている人も居るみたいだが、少なくともこれがすぐ戦争になることはあるまい、とのんびり見る。というより当たり前だが南北朝鮮は休戦状態にあるんだし、今年に入ってからも北は否定しているものの韓国の艦艇が撃沈されてるわけだし、記憶にある範囲でも銃撃があっただのスパイが入ってきただの、小競り合いは数知れず。

さて掻き揚げも人参もうまいこと揚がったように見えた。
出来上がりを連れにも日本酒と一緒にあげてから、ビールを用意して食べてみる。ちょっと油っぽく、サクッとした想定より重い感じだった。うーんやっぱり難しい。京都に来てからは、天ぷらはほとんど塩(抹茶塩や塩山椒など)で食べるようになったが、人参の方は昔からおろし生姜と天つゆにひたひたさせて食べるのがうまい。人参はまあまあうまいこと揚がった。

何度か練習してみようかとも思ったが、一人分・少量を揚げるための下ごしらえや油の処理・後片付けその他を考えると、プロの揚げてくれる揚げたてをほくほく食べた方がいいわなあ、と思った。
人参一本、玉葱一個で大きなかき揚げが3つ、人参の天ぷらも山盛り出来上がった。三分の一も食べたらもう結構、である。
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2010-11-21(Sun)

イチローメジャー2244本・全安打

11月21日(日)

仕事をしつつ、午後からNHK-BS1で放送しているイチローのメジャー2244本・全安打放送というのを見る。何と終了まで7時間! 途中途中ニュースやスタジオでのその年の短いまとめを挟んだりするが、基本的にイチローの全ヒットのみに、守備位置ライトでのスーパープレイ、盗塁、節目節目の記録更新イベントなどの印象的映像を挟むというもの。
仕事をしながらも、どうしても野球好きとしてはテレビに目が行ってしまう。

最近の彼のヒットで一番印象に残っているのは今年9月、LAA(ロスアンジェルス・エンゼルス)を迎えての一戦の内野安打だ。(イチローがメジャーに行く前からMLBの中継はよく見ていたし、当然2001年にイチローが渡米してからも中継があると見てはいたのでたくさんあるわけだが、トシのせいで記憶力が落ちているのだと言われれば否定は出来ない)

さてそのヒットの前、実はヤンキースからエンゼルスに移籍していた松井秀喜の打席。松井は鋭いスイング、打球はライトへのホームラン性の大飛球。ライトを守るイチローは打球に向かって全力疾走し、思い切り飛びつき、掴み取ろうとグラブを伸ばしてジャンプ……。が僅かに届かず、松井の打球はホームランとなった。

投手が力一杯投げ、打者はそれを力一杯打ち返す。守備はそれを力一杯追いかけて掴み、投げる。そういう野球のプレイの中でも、最もダイナミックな現象がホームランだ。よく花火にもたとえられるが、たった一振り・一発で「4塁打」つまり1点を奪ってしまう、何というか、野球の上で最強のプレイ・結果であり表現でもある。どんなに投手が頑張って完全試合をしても、味方が1点も取ってくれなければ試合は引き分けであり、つまり勝てないわけだ。
イチローは当然そのホームランを「殺し」にかかったが、敵わなかった。イチローは松井より一歳年長で、いわゆる「体育会系」の世界では一年違いはきっちり先輩・後輩である。さらにイチローにしてみれば、先にメジャーに来て実績を残しているという自負もある。さらにその上、ホームランだけが野球じゃねえ、という思いもあるだろう。この二人の関係は熱いイチローとちょい引き気味の松井、ずっとそういう感じで続いている。(対談の映像・二人の態度は実に興味深い)

さて、目の前でデカい花火を後輩に、それも自分の手の届かぬところへ打ち上げられたイチローが悔しくないわけはない。そのあと、同じ試合での自分の打席で、イチローは何をしたか、それが「今年一番印象に残ったヒット」である。

イチローは「コツン」といとも簡単にバットにボールをあてて転がすと、全力で一塁へ走り抜けた。内野安打。イチローは「これも野球」ということをプレイで見せたのだろう。
ジャストミートされた打球が外野の前に落ち、野手が「はいはいヒットヒット」と緩慢に内野へボールを戻す…というのも同じ「ヒット」。キャッチャー前にポテンと転がった打球を捕手が必死で拾い、体勢を崩しながらも全力で一塁へ投げる…がイチローは間一髪、一塁を駆け抜けている、それも「ヒット」。
改めてイチローの全ヒットを見ていると、こうした何でもない選手にとっては何でもない内野ゴロが、イチローが打てばたちまちエキサイティングでスリリングな一瞬に変わるということを、まざまざと知らしめられた。アメリカでも同じように思ったファンが少なくないというレポートをよく目にする。

アメリカ人は大雑把、派手好き。ゆえに野球…本当はすさまじく細かいルールと、繊細で絶妙なフィールドという舞台(例えば塁間、投手・打者間などがほんの少し長かったり短かったりしただけで、全く違うものになっていただろうと言われている)で行われるこのスポーツにも、剛速球を思い切り打ち返し、スタンドに叩き込むことこそ至高という価値観があったと思っていた。いや実際どうなのか知らんし、そういうファンの方が多いだろうが。
しかし、これまで「コツン」とバットに当たり損ないのような打球がコロコロと内野に転がる、「ああ、アウトね」というプレイがイチローの脅威の走力によって「ヒット」になる。

ベースボールはアメリカ発祥のスポーツであることは言うまでもないが、日本に入ってきてもう長い。野球がアメリカ人の心のスポーツであると同様に、ある一定年代より上の世代にとっては、やはり野球は物心ついた時から「国技」であり、身近でもあり憧れのスポーツだった。
思い切り投げ、それを打ち返し、思い切り走る。常に「思い切り」「全力」があったはずだけど、高校〜プロと高度な次元になるにつれ、そこはやはり色々な技巧・テクニックも入る。常に全力では体が持たないので緩急の間、というものも必要になる。試合全体もそうだけど、一つのプレイ、一つの投手対打者の対戦中にもそれがある。駆け引きだったり、計算だったり。
ポテポテと内野にゴロが転がる、「ああ、しまった打ち損じた」で緩慢な走塁をするか、左打席から猛然と一塁へ驚異的な走力で走り出すかで、全く質が変わる、そのことに改めて・今さらながら感心する。
「長い」と昨今言われる2時間前後の野球の試合の間には、そういった一つ一つのプレイの細かい波と、試合を決めるような大きなうねりがたくさんある。その「波」は野球に精通すればするほど微細なものを感知できるもので、逆に、野球に親しんで来なかった人間にとっては単なる冗長なものともなり得るのだろう。

それにしても、他のスポーツでも同様だろうが、その競技が生まれた国へ、人種や言語風俗文化何もかもが違う地へと赴き、そこでトップの地位に立つということは並大抵のことではない。しかも、それを10年維持するということがどれほどすさまじい所業であるか。

イチローは野球選手としてプレイすることに加えて、そのマスコミへの対応が独特の言い回し・態度とも相まって、というよりスターとしての宿命もあり、毀誉褒貶にさらされてきている。かく言う自分も「生意気な物言いだな、もっと素直になればいいのに」と思って来た。
しかしこうして異国の地で思い切りバットを振り、走り、跳び、投げ、駆け抜けるイチローを見ると、やはり選手というより一人のひたむきな「生き様」を見せられる思いがする。インタビューや取材ではクールに装う彼も、チームメイトと冗談で破顔一笑し、ケン・グリフィーJrにくすぐられて身もだえ、不仲と言われた内野手のフィギンズとはベンチで打撃論を真剣に交わしていた。
記録すなわち自分のことしか考えていないという批判もあるが、「報道」や「ゴシップ」ではなく、ずっと試合を見てきている限り、チームメイトからはきっちりリスペクトされているし、シアトルのファンからも愛されているのが、この十年の映像を追っていくとよく見えてくる。
今年だったか、イチローがライトへのファールフライを捕りにスタンドまで体を差し入れ、グラブが顔にあたってしまった女子高生は、それこそ「今、あたしの目の前にイチローが!」と狂喜乱舞した映像は有名だ。しかし、実はそれはほんの一例で、別な日に同じような状況で、中高生くらいの男の子がやはりイチローがすぐそばまでボールを追ってきた時に、全く同じリアクションをしている。「見た? あのイチローが今俺の、すぐここまで来たんだぜ?」的にハイになっていた。

イチローの全ヒットの「背後」に映る、そういうフィールドの他の選手や観客たちの表情もまた、面白かった。
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2010-11-18(Thu)

熱い風呂

11月18日(木)

昼前にゴミを捨てに行く際、部屋着にデニムの上着を一枚羽織っただけで玄関を出ると、えらく寒い。マンション下のゴミ置き場のカートの中にゴミを投入して振り返ると、一階のI内科・I先生と遭遇。
「白取さん、またそんな寒そうな格好で〜!」と言われてしまう。「あ、すみません…」と苦笑すると「下も裸足にサンダルて…(笑)」と指摘された通り、確かに季節感が無いというか、実際に俺本人も寒い。
でっでもねっ、居職だしい、仕事場にしているリビングは床暖房でぽかぽかだしい、し、しかも足元には猫が丸くなってたりするからあ……という言い訳が頭を過ぎるが気持ち悪いので口からは発しなかった。

それはともかく、I先生から前に「血液内科に行ったら接種していいか、また聞いておくように」と言われていたインフルエンザワクチンのことも改めて「お願いします」とお伝えして、早々に郵便物を確認して部屋に戻る。

何度も書いているが、当マンションは、いや大概の建物がそうなのだろうが、上階へ行くほど下の階の熱が昇るのか、うちは暑い。夏などは尋常ではない。その分冬はかなり冷え込むまで、部屋全体は床暖房以外これといった暖房をつけずに過ごせる。夏があれだけ暑いんだから、冬はその分ぽかぽかしてくれれば多少暖房費の節約になるのだが、冬になるとしっかり冷えるので納得がいかない。

昼飯前に風呂を沸かす。ここは浴室暖房もついているので、冬でも暖かくしておいてシャワーで済ませることも多いが、寒くなってくるとやっぱり湯に浸かって芯からあったまりたい。追い炊きが出来ないシステムゆえに一人だと何となく贅沢な気がするのは貧乏性のせいだ。
風呂の用意をして出て来ると、ぐっすり寝ていたはずのユキがいつの間にかドアの外に待ち構えていた。ちょっとでも姿が見えないと不安なのか、探しに来る。
よく見るとこいつの左後ろ足のかかとが何故か青い。いったい何をやらかしたのかと思ったら、例の「泣きながらくるくる」運動を旧仕事部屋の棚に載っかってやったらしく、シャチハタのスタンプが下に落ちていた。フタが外れていて、どうやらそのインクが擦れたらしい。ゼムクリップを入れた小さな容器も落っこちていて、クリップが散乱している。
こいつはとにかくわざわざ狭く窮屈なところへ体をねじ入れては尻尾をくわえてくるくる回転するという妙なクセがあるが、その時「くるくる運動」の周辺にある小物を散乱させるのが困る。
やれやれと軽く片付けをして昼からゆっくり風呂に入った。ちょい熱めの湯にしてかなり長い時間浸かっていたため、上がると暑いくらい。しかし湯冷めしないよう、すぐにスエットを上下着込む。
インフルエンザなんかに罹ったらたちまち命の問題に関わってくる状態だが、普通の風邪だって怖いのが今の自分の体。
しかし風呂上がりに体から湯気を出しつつ「う〜」なんて言ってると、生きてて良かったなあ、と思う。
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2010-11-16(Tue)

生きております

11月16日(火)

夕べ天気予報で朝は冷えると聞いたので、寝る前にボア毛布を一枚出して掛け布団の下にかけて寝た。しかしまだそこまで寒くはなく、寝ている間に半分足ではじいて畳んだ格好で寝てしまい、その畳まれた上にユキがいつの間にか寝て重しのようになっている。
朝方ちょっと小寒くなったので、はじいた毛布をかけようとしたがユキが重しになっていてかけられない。そーっと起こさないように足だけを滑り込ませる。何猫に気を使ってんだか。

その後ウトウトして8時前に起きる。そっと布団というかマットレスから降りるが、ユキがキッチリ目を開けて「起きるの?」という顔をしている。女房気取り。
窓から見える比叡山の山頂に手を合わせ、枕元の鈴虫寺のお札、東を向けて置いてある神社のお札に手を合わせる。いや別に仏教徒でも神道の信者でもないが、「今日も無事目が醒めた」「生きていた」ことへの自然な感謝。
階段を降りてトイレやら洗顔やらを済ませ、猫の水を換え乾燥エサをやり、仏前のお茶を換えて線香を立てて手を合わせる。写真の連れ合いはいつもと同じように困ったような顔で微笑んでいる。
そうこうしているとトントントンと猫が降りて来るので、パウチの生エサにおかかを振りかけたのを皿に盛って出してやると、ぴっちゃぴっちゃと舌鼓を打って食べている。こちらはその間にホットドッグを暖めてカフェオレの用意、というのが大体標準的な朝。

今日もちょっと立て込んでいる仕事。
今の作業はキーボード操作はショートカットが多くマウス操作が多いので有り難い。とはいえ左手の小指〜中指が弱い麻痺状態なので、小指での「a」や「ctrl」が実にきつい。ショートカットはWindowsの場合ctrlキーと何か、なのでしばしばかなり強く意識的に押すか、違う指で代用せねばならない。それではショートカットにならない。

午後、「明青」のおかあさんから電話。今日お昼ご飯を食べに来たお客さんが、白取さんのブログが更新されてないと心配しはってましたよ、とのこと。ああ、ツイッターの頻繁なつぶやきを控えてブログで、とか言いつつ半月放置。聞くと入院中に差し入れと本を下さった方だったそうで、恐縮しきり。
今は仕事優先であとは極力左手を休ませる=ネットの書き込みなどをしない、という状況なのでこんな感じですが、使わないと退化しそうで怖いということもあります。
ていうかちゃんと生きているか、と心配して下さる方がおられる、そのお気持ちにちゃんとお応えせねばと思います。
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2010-11-15(Mon)

白鵬連勝止まる

11月15日(月)

前の日相撲のことを書いたら、白鵬の連勝が63で止まった。相手は稀勢の里。二十歳そこそこで大関候補の一番手と有望視されていた大器だが今一つ突き抜けずにいた、まだ24歳の日本人力士。
終始一貫下がることなく、怖れずに突き合いにも応じて終始攻勢に出て横綱をばたつかせ、結果見事に叩き出した。白鵬は立ち会いの張り差し、相手の頬をはたいてまわしを取るという、相手にとっては屈辱以外の何者でもない立ち会いをよくやっており、あれで一手遅れるのに何故相手はその隙をつかないのかと常々思って来たが、稀勢の里は序盤突き放して白鵬をカッとさせ、さらに終始離れてバタつかせる相撲を取った。よくやったとしか言いようのない相撲。大関候補と早くから言われてずいぶん経つが、双葉山を破った安藝ノ海のように、これを機会に飛躍して欲しいものだ。
ところで昨日作ったビーフシチューはホーローの鍋にどう見ても十人前はある。ジップロックに小分けして冷凍。牛肉は贅沢をしてもいい肉を使った方がいいなと反省。そういえば連れは圧力鍋でほろほろにしてたっけ。

夜はNHKで、日本が世界最先端、今後これで生き延びる……はずの環境ビジネスで、国を挙げて攻勢をかける韓国に負け続けているというレポート。がんばれニッポン。
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2010-11-14(Sun)

ビーフシチューと相撲

11月14日(日)

このところ寒くなってきたので鍋や汁、煮物系が多くなった我が料理生活(笑)であるが、どうもマンネリ。思い立って、仕事を終えて午後からビーフシチューを作ることにした。材料はささっとスーパーで買ってきた。何を作るか決めていれば買い物は一瞬で終わる。ただ、普段は免疫不全の自分の場合毎日買い物に出るのも怖い気がして、どうしても数日分のものを適当に買ってしまう。

下ごしらえを終え、夕方相撲を見つつシチューを煮るが、初日なのに結びの一番になっても空席が目立つ。それも溜まり席、土俵に近い特等席に空きの紫座布団が目立つのは、地方場所とはいえあまり見たことのない光景だ。
今場所の見所といえば相変わらず白鵬の連勝だけということもある。特に今場所は双葉山の69連勝に並ぶか抜くかというところで、そこへ向かっていよいよ…と盛り上がるにはあと数日かかる。それ以外は相変わらず上位は外人力士ばかりだし、白鵬と大関陣の力の差も歴然としていて、スター不在という感は否めない。
にしても、このガラガラ具合は異様な印象だ。

物心ついた時には相撲ファンの曾祖母の影響もあって、すでに茶の間には相撲中継があった。もっとも昭和中期の生まれなら誰でもそうだろうが、そう考えればもう40年以上相撲を見てきたことになる。近年外人対外人という取り組みも何ら珍しい一番ではなくなり、幕内上位だとむしろ日本人同士の対戦の方が珍しいかも知らんという中、結びも白鵬と栃ノ心という外人同士の戦い。
東欧、旧ソ連系の力士はアマレスからの転向が多いと見られ、どうも廻しを取っても起重機のように持ち上げようとしたり振り回すだけの力だのみが多いのだが、体が出来ていることもあって、ちょっとコツを憶えるとスイッと上位に来る力士も多い。
把瑠都や阿覧などもそうだが例えば柔道のコツ、押して相手に踏ん張らせておいて引くとか、体を預けるとみせかけて投げるとか、「崩す」ということを憶えていくと強くなりそうなタイプは多いんだけどな、と思いつつシチュー鍋を時々かき回す。そういうテクニックに加えて、突っ張りなど飛び道具を兼ね備えればかなりモンゴル勢に対抗しうる勢力になると思うのになあ……などと考えつつ見ていたが、白鵬と栃ノ心は残念ながら相四つだ。がっぷり組めば栃ノ心に勝ち目はない。
解説で舞の海が言っていたように思い切って左に変わって振り回して崩れたところを一気に押すとか寄るとか、何か奇策が無ければ……と思っていたら中途半端に左に変化気味に上手を取りに行き、案の定白鵬に電光石火の投げで上手を切られると、逆に白鵬十分の体勢からの上手投げであっさり土俵に叩き付けられた。それにしても思わず出て来た言葉は「強い…」。投げは下に打つ、とよく言うがまさに土俵に叩き付けるような上手投げ。これは双葉山の連勝記録に死角はないように思えた。
立ち会いの張り差し…格下の相手の頬を一度はたいてから廻しをさすという悪癖があるのは見苦しいが、これにより一手遅れる隙をつく力士もいないし、仮にそこをついても土俵さばきとスピードについて行けるのも見あたらないのは残念。白鵬は強いしいい力士ではあるが、ライバルがいないという状況は見る側にとって面白いものではない。
見所といえばこの連勝記録くらいで、後はご当地九州の人にとって魁皇の「勝ち越し」くらいか。これだけ日本人力士の有望株がなかなか浮上せず、外国人力士ばかりになるとさすがに結果かダイジェストでいいか、という気になる。

そんなこんなのうちにシチューが出来上がった。火を止めてしばらく放置。2時間くらいしてまた火をつけてふつふつと煮立つ寸前まで暖めてよそる。
うーん、うまい。だが連れ合いが生きていた頃によく作ってくれた味に比べると、やはり今一つ。だいぶ近いが何かが違う。隠し味には家庭それぞれで色々なものを入れるが、うちではそれほど特殊なものは入れてなかったはず。愛情、なのかも知れない。
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2010-11-13(Sat)

何事もなし

11月13日(土)

日中は仕事。それ以外は左手の痺れがあるので極力休ませるため、昔録画した映画のDVDを見たり読書をしたり。
雑誌の書評で面白そうな漫画や小説をたまに買うが、このところハズレが多くて本当にがっかりする。「感性」でオススメされたものは、結局その人の「好み」なのであって、要するにラーメン評と同じようなものだ。他人の趣味趣向・感性が自分と同じなわけもなく、信用する方がバカなのだ。

夕方、テレビで「報道特集」を見る。
APECのプレスセンターで日本や他国のジャーナリストたちが口を揃えて「閑散としている」と嘆いている。中にはつい先日まで韓国でG20の取材をし、そのまま日本へ来た記者もいた。「かつて日本はアジアの中でリーダー的な存在だったが…」と、ある東南アジアの記者は嘆く。今は全く存在感が薄い、と。
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2010-11-09(Tue)

呼吸器内科診察日、帰りは徒歩で帰宅

11月9日(火)

このところ、12時頃には導眠剤を飲んで寝ているのに、朝方必ず目が醒めてしまう。ごろごろと寝返りを打ち、肩口に丸くなっているユキを撫でたりしてるうちにウトウトするが、薄い眠りを繰り返して8時ころに起きる。何だか疲弊している。導眠剤が合っていないのかも知らん。
今朝もそんな感じで起きて、あれやこれやですぐに9時を過ぎた。今日は呼吸器内科の診察日なので、採血は9時半までに終えておきたい。支度をしてタクシーを拾い、病院で受付を終えて採血受付へ着くと9時25分。しかし結局そこから十数分待たされた。まあ概ね予定通りなので良しとする。

1階に戻って放射線受付、胸部レントゲンも数分の待ちですぐ終わる。ドトールを見に行くと空いていたので朝のセット、ジャーマンドッグとカフェラテを座って食べた。別に「ここのこれが食べたい」というわけじゃない。感染が怖いので買い物や用事以外は極力外出を避けているわけで、当然外で飯を食う機会が激減したから、こういう機会をなるべく利用したいというだけ。
ゆっくり食べてから2回の外来の外待合へ上がると、吹き抜け1階ホールの大画面テレビでは国会中継をやっていた。見下ろす位置のベンチに座って眺めるが、音声が聞こえない。今日は携帯を持って来たので、ワンセグにしてイヤホンで音声を聞く。

このところの尖閣ビデオ流出問題で、民主党が激しい野党の追及・攻撃に遭っている。海保は命がけで「国境」を守る職務を果たしていて、自分たちの職務に違法性がないよう、後で証拠として残るように常にああして映像を撮るようにしているという。なので映像には時間やシチュエーションの解説が、撮影者や周辺の職員の声で入れられている。つまり元から自分たちが間違っていたなら撮影などするわけがない、悪人は自ら証拠映像を公開前提で記録などしない。彼らは自分たちの行為が法に則った正当なものであると信じているから、ああして複数のカメラでキチンと記録している。
支持政党だとかイデオロギー的な問題以前に、「国民感情」というものがある。いたずらにそこに迎合するのはポピュリズムという誹りを受けようが、是々非々で考えてもこれはそもそもが公開すべきものだった。従って世論が「中国への配慮」から「非公開」にした決断を批判するのは当然。野党が与党の失策を追及するのも、当然。
前原国交相(当時)がビデオを見て「一目瞭然、向こうに非がある」と自信を持って即断できるほどの映像、それをなぜ見せなかったのか、見せていればその後どうなっていたか、色々考えれば、やはり見せて堂々と日本には非がないと言うべきではなかったか。中国の論理は「あそこはうちの領海」だが、どこの国の領海でも、故意に他人の船にぶつけることは違法だろう。
もちろん今の日本は経済的に閉塞状況にあるので、中国の安い労働力は魅力だし、富裕層の日本への投資、あるいは成長する中国企業への投資など、日中関係を重要視する論理もよく解るが、自分たちの正しい行いを堂々と訴えることも出来ず、ひたすら顔色を伺い揉み手をしながらお付き合い「させていただく」のはやはり気持ちのいいことではない…と、いうことを周囲のオッサンが会話しているのが聞こえてくる。
国民世論というものは、バカにするものじゃない。

そんなことを考えつつ国会のやりとりを聞いていると、11時を過ぎたので大画面テレビを見下ろす位置から、呼び出しアナウンスが聞こえる受付カウンタの横に移動。手元のワンセグ画面を眺めていると、11時20分ころ呼ばれて、診察室へ。

レントゲンの画像では、I先生に説明いただいたように、前回より肺炎に関しては白い部分が少なくなっているように見える。先生は「ただ、レントゲンでは解りにくい部分もありますから、3ヶ月ほど撮ってないので念のためCTも撮りましょう。それからそれを一緒に見ましょう」と言われる。
レントゲンや採血の結果気になることがあるから…というのではなく、あくまで退院後は一度も撮ってないことと、レントゲンの画像だけだとどうしても見えにくい部分があるということなので、もちろんこちらもちゃんと調べてもらう方が安心。
その場で緊急で撮影を入れてもらい、とりあえず撮りに行き、映像が出来上がって電子カルテで見られるようになるまでの間に、いつもの薬の吸引をやって貰いましょうか、ということになった。

再び放射線受付へ行き、今度はCTの廊下の待合へ。6〜7分ですぐ呼ばれ、単純CTの撮影。これも撮影自体はすぐ終了だ。一度呼吸器内科の外来へ戻り、先生に「終わりました」と声をかけ、肺の薬の吸引用書類を貰って、処置室へ。
しかしまあこの薬の吸引は何回やっても気持ちのいいものではない。ヨダレはだらだら出るし、油断すると吐きそうになる。しかも前回同様、今回も古い機械で、何度も機械を止めてはフタを開けて薬剤が噴霧皿の中心に溜まるようにゆすったりしなければならず、疲れた。
30分ほどで吸引を終え、診察室前でぐったりしていると、数分でアナウンスで呼ばれ、再度診察室へ。

CTの画像で前回…8月のものと比較すると、やはり断層写真ゆえ一目瞭然。マウスホイールでぐりぐりと動かしていくと、断面が連続して見られるので、穴というか袋のような空洞は塞がったり縮小したり、あるいは消失したりしているのがよく解る。
先生は「肺の経過はとても良いですね」ということで、一安心。ただ3ヶ月前の断層で最も違うのは胴の太さ。俺が「けっこう太っちゃいまして…」と言うと「いいことじゃないですか、どれくらい増えました?」と聞かれるので、「5、6kgほど…。入院で5kgほど痩せたんですが、取り返してちょっと増えたくらいです…」と話す。「どうしても外出しないし運動不足になって」と言い訳すると、I先生は笑いながら「普通に生活されて大丈夫ですよ、そんなに気にしなくても」と言われる。まあ食欲があってものが食えて、それでちゃんと太れるということは悪いことではないだろう。

次回は血液内科が祭日で1週延び、呼吸器の方を通常通り入れると続いてしまうので、5週間後ということになった。お礼を言って診察室を出る。会計は高かった。採血・レントゲン・CTとやったからだろうか。処方箋を持って外に出ると風がひんやり。
薬を受け取って、病院の脇を抜けて左京区役所へ向かって歩く。区役所へは8月分の高額医療費の還付手続きに行くのだ。こうして何度も何度も手続きのために足を運ばねばならないのもどうかと思うが、まあ自分の場合は普段あまり出歩かなくなった、それこそ病院か買い物くらいになったので、軽い運動・散歩がてらと思うようにする。
しかしずいぶんと季節は進んだ。薄物のシャツにデニムのジャケット一枚だと、うすら寒い。区役所での手続きは数分待ってすぐ終わり、そのまま向かいにあるいつものスーパーで買い物して帰ろうと思ったが、運動がてらの散歩のついでだし百万遍へ出て何か食べようかと考えつつ、歩き出す。
今出川まで普段通らない住宅地の裏道を抜けて、百万遍に抜けた。普段食べないものにするか…と考えるが、ファーストフードみたいなものは一瞬食べたいと思うものの、現実に食べることを想像すると「どうもなあ」と思いつつ、そのまま東大路を決め手のないまま歩いた。
紅葉はまだもう少し先か。まだ緑のうちにところどころ茶色い塊が点在するのは、ナラ系の木が虫で立ち枯れている状況。今けっこう問題になっている。それとは別に、ところどころに本物の紅葉が散見される。

結局ゆっくり歩いて途中の元田中のスーパーで買い物をし、?野の弁当屋でハンバーグ弁当を買って帰宅した。何と全行程歩いてしまった。家に着くと2時半ころで、さすがにちょっと疲れた。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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