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2010-12-31(Fri)

「明青」さんに感謝!

2時半ころ、下鴨高木町「明青」のおかあさんから電話。
「これから伺います」とのこと。先日お昼をご馳走になった時、大晦日のてっちりを一人前予約しておいたのを届けに来て下さる連絡。
夫婦で毎週伺っていた頃からお世話になっており、もちろん連れ合いが倒れて俺が一人になってからも、入院すれば猫たちの世話や御見舞、何かにつけご心配をいただいて、相変わらずお世話になりっぱなしである。
毎年ご贔屓さんのところへこうしてタクシーで廻ってお届け物をされるのだが、今年はこの大雪で大変だろう。

頃合いを見て下へ降りると、もう到着されていた。大きいお金しかなかったのだが「じゃあ今度の時で」と言われる。ああまたもや申し訳ないことに。
さらに! てっちりをお願いしたのと、いつもご贔屓さんに配るお料理までいただいてしまった。その素晴らしいこと!

▼こちらがてっちりかと最初勘違い。

▼開けたらこちらがお料理!!!!

▼どうですかお客さん!

▼てっちりはこちら、薬味とたれ付。

▼この新鮮なふぐの身…じゅるり…


正直、お客としては本当に不義理をしているわけだけど、こうして変わらぬお気遣いをいただき、なおかつその上ご心配・ご迷惑をおかけしたりと、もう本当にただひたすらに頭が下がるのみ。
感謝感激、これで年を越せる! そして来年もちょっとだけ頑張れる!
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2010-12-31(Fri)

大晦日の大雪

12月31日(金)

夕べは結局仕事を片付けてしまおうと作業をして寝たら2時過ぎ。今朝は9時過ぎにやけに外が明るいなあ、と思いつつうとうと。10時半ころゆっくり起きて、いつものようにベランダの障子を開けて比叡山を見ようとしたら、何と一面真っ白。すでに5cm以上積もっていて、なおもしんしんと大きめのぼたん雪が降り続いている。
今日は正月の分の野菜類をちょっと買い足しに出かけようと思っていたが、これはちょっと…。一階に下りて朝のもろもろを済ませ、仕事の完了を確認。
ベランダに出てちょっとカメラで撮影。こういう雪の時は、真冬の快晴時よりむしろ暖かいことを知っている。
ツイートを見たゆうちゃんから「京都は雪なの?」とメール、MとSが羨ましがってるそうなので、あたりをパンして、ムービーメールを送ってやる。
買い物へ出ようかどうしようか思案。北海道出身で氷点下の寒さも大雪も当たり前のように経験してきたが、それも18まで。それ以後はずっと関東に暮らし、冬に帰省したのは2・3回という程度だ。もっとも帰省したこと自体が5・6回くらいという親不孝だが。
寒さには元もと強い体質ながら、外に出て滑って転ぶ方が怖い。もう雪道の歩き方を忘れている気がする。いや、ああいうのは体が覚えていて忘れようがないのだけど、今の筋力・体力で再現可能かどうかが心配。

それにしても「親不孝」といえば、最大のそれは逆縁の不幸だろう。父は俺が生まれてすぐに病死しているが、昭和ヒトケタ世代の母親は俺と兄、二人の幼子を抱えて、死に物狂いで頑張ってきた。人生も後半になり、息子が白血病になり、その妻、つまり俺の連れ合いが急逝した。
連れ合いと俺は年齢差もあったが、実子はいない。つまりお袋にしてみれば孫の顔が見られなかったということになる。俺自身は連れの子供たち…ももちゃんやゆうちゃんを子供とは思わないが、そういう血がどうだとかいう区分け以上に大事に思っている。そういうことだから、すまんねえ…というようなことを話した記憶もあるが、正直、お袋は本音を言えば孫の顔が見たかっただろう。
だがしかしこういうことは全て「縁」。ご縁が無かったということだし、そういうことを言えば血のつながった親戚でも、全くソリが合わず幼児期の法事以来一度も会ってない人らもいる、その人らに正直何の「ご縁」も感じない。
俺自身がそう割切っていても、相変わらず独身のままと思われる兄、そしてこの先亡くした最愛の連れ合い以上に愛せる人など絶対に見つかるはずがないと思う俺が、新しい孫を作る可能性はほぼゼロである。その上で親より先に逝くとなれば、これはもう「ご縁だから」と俺が言うことさえ傲岸不遜に思われても仕方が無い。
「逆縁」とはそういう、大罪のようなものだと思う。自殺にしろ病気にしろ、誰しもそう考えれば望んで犯す大罪ではなかろうが、不幸にして、結果としてそうなってしまうことはある。
連れ合いと俺のお袋は近年とくに仲が良く、お袋も「これからもっと仲良く色々な話が出来ると思っていたのにねえ」と残念がっていた。連れも結果的に逆縁となってしまったのだが、遺された者の喪失感、悲しみ、寂寥感は消えることがない。
連れも長く病気に苦しんだ。さらに病気になった俺を心配し、二人でそろそろと手を取り合って、ようやくゆっくり同じスピードで安寧に暮らしていた、それが突然壊れた。残念などという言葉ではとても表現しきれない。

遠くで自分の無事を祈ってくれる人が身内や友人など、少なくない数居てくれる以上、やはり一日でも長く生きることで報いる、そうするしかないと思う。
今年は長く入院し手術をしたり、はっきりと免疫力が低下・つまり体が弱っていることを思い知らされた。それゆえ来年は「絶対に頑張る!」ではなく、「もうちょっと頑張ろう」くらいの感じで行きたい。

皆さんも良いお年を。
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2010-12-30(Thu)

雑煮のスープとり

12月30日(木)

ここしばらく面倒な仕事の案件にかかりっきり。ちなみに出版業界とはちょっと違う案件、だいたい年末にガッと入って来るのは面倒なものが多いが、仕事があるだけ有り難く、かつ贅沢は敵。
そんなわけで昨日掃除した以外は年末年始という季節感が全くないルーティンの日々。今日で仕事は区切りをつけて、明日は年越し蕎麦を食べて元日は雑煮でも作ろう、と思いたった。

夜になってようやく一段落したので、鍋を取り出して雑煮のスープ取りを始める。

連れ合いと一緒の頃は、毎年大量の年末年始の買いだしに出かけたものだ。近く…といっても車で小一時間ほどのところに住む次女のゆうちゃんが車を出してくれることもあったっけ。で、おせち的なあれこれを分担して支度をするのが常だった。連れは食べない塩数の子を塩抜きし、皮を黙々と剥ぐのは俺の仕事。連れは正月から毎朝食べる雑煮用のスープを作ってくれた。
圧力鍋で鶏ガラスープを作り、鍋ごとベランダに出しておく。正月はまずその鍋を取り入れてお玉でスープを二人分片手鍋に取り、塩みりん醤油などで味を調えて、焼いた餅や鶏肉をちょっと煮込み、トロっとしたところを取り、三つ葉を刻んで載せ、最後に柚の皮を削ったのをちょいと置いて完成…というもの。この雑煮、スープが絶品でよくおかわりをしたものだ。
だがもう作ってくれる連れ合いはいないし、一人なので大がかりに大量に作っても仕方が無い。しかし雑煮くらいはちゃんとうまいものを…と思う。正月だし。季節感ないけど、醸し出したいし。

さて昆布、あごや鰹の削り節は常備してあるので、白ネギ青部分、冷凍しておいた椎茸、生姜、手羽中と煮込んでスープ作り。肉屋で鶏ガラのごついのを買ってくるまでもなく、凍った手羽中を軽く煮てから包丁で骨を叩き、アクを取りながら煮ていく。
圧力鍋を使わないのでけっこう1〜2時間ほど煮込むのだが、まあ時間ならあるし、この手間が年末・正月の支度という「季節感」なら気にならん。

いい色合いになってきたところで、一回スープを漉す。けっこうな量になったので、その段階のスープを洗って取っておいた500mlのペットボトルに数本小分け。鍋や汁もののベース用。雑煮用は昆布とネギ、ダシ用の鶏肉片を煮出し用の袋に入れて投入、一晩置く。
なーんてえらい手間かけて阿呆じゃねえの、と言われるかも知れないが、いいの別に。季節感だから。ていうかこういう作業好きだから(笑)。

というわけで年末年始用にフンパツした琥珀エビスをグイっとやりながら、湯豆腐で晩酌。袋から取り出したあごの削り節は冷まして猫にあげる。ユキは先ほどから匂いに誘われてうろうろしながら鼻をクンカクンカさせていたので、ガフガフ食べている。
ま、こういう年末もまた良かろう。
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2010-12-29(Wed)

大掃除?

12月29日(木)


昼飯のカレーうどん。特に意味はないけどなぜかこのところ麺写真連発したので、ついで。
ダスキンモップを契約しているので、ふだんは猫の毛、ほこりなどはササッと拭いている。何しろうちの掃除機ダイソン君は重いうるさい頻繁にゴミ捨て、なので病身には重労働。ついつい掃除機をさぼりがちになり、気が付くとモップ掃除をした時に舞った毛やホコリが落ちて積み重なったりする。これは肺にも良くない。
年末だし大掃除をしよう、と二階和室(寝室)に上がってダイソン君を…と思ったら、人の布団の上の毛布で気持ち良さそうにシマが丸くなっている。シマはもちろん耳が聞こえるので、掃除機の騒音は大嫌いだ。動かしただけで血相変えて逃げてしまう。
ううん、ここは寝てるし…後でいいか…。結局挫折。
その後すっかりやる気が失せてしまい、仕事などを片付けていると、トントントンとシマが階段を降りてきた。やっぱり衛生上、掃除は頻繁にやった方がいいよな…。

まずマスクをして二階から掃除機がけ。四隅に猫の毛が固まっている。綿埃のようになっていて、ゾッとする思い。念入りに床も、ついでに布団も吸引。それからエッチラと掃除機を一階に下ろして、玄関から入念に吸引。汗が噴き出してくる。
自分の場合筋力がどうとかいうより、乳酸の回復というか吸収というのか、まあ要するに快復力が遅いと実感。もちろん病気以前にこういうことはなかったが、それと運動不足が相まって、ひどく疲れる。一度大仕事をすると、喩えではなく本当に動けないほど疲れてしまう。なのでやる時は一気にやってしまわねば。
掃除機掛けを終えて、今度は床をクイックルワイパーで拭き、最後にワックスをかけて終了。細かい部分の小物の整理やホコリ払いはまた別の機会に。
終わってぐったりと横になるが、シャワーする体力の回復まで時間がかかりそうだ。とりあえず顔だけ洗おうとするが、麻痺のある左手の小指が曲がったまま言うことをきかない。両手で水を掬うと小指と薬指の間から水がダダ漏れして、うまく洗えない。
このひきつれるような指の麻痺も、筋肉疲労が回復するにつれ軽度なものいなる。要するに無理せず、無理したら休んでろということ。
大掃除というにはあまりに簡単というかこんな体たらくではあるが、とりあえず終了。
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2010-12-28(Tue)

今年もあと数日

12月28日(火)

昼は焼きそば。

年の瀬も押し迫ってきた…というようなことをテレビをつけてると聞くのだけど、相変わらず何の変化もないので普通に日々が過ぎて行くだけ。
といっても廃人のように過ごしているわけではなく(笑)、それなりに仕事をして、そういう関連の電話なり連絡は取り合い、時おり友人から連絡もあり家族とも連絡は取っている。
先日は御歳暮というものを頂いてしまい、そのお返しを送ったり会話をしたりもしてます。ええ、何か仙人みたいな生活してるわけじゃありませんから。
外出こそ、冬になって特に感染症に注意する意味で控え気味とはいえ、呼吸器内科の先生が言うように「あんまり気にしないで、普通に生活して下さい」というのを心がけようとは思っている。
テレビは報道関連、スポーツやドキュメンタリとドラマの一部を除いて、特に「バラエティ」というジャンルをほとんど見なくなった。何か学べるものでもなく刹那的に笑ったり、単純に暇潰し以外に何の役に経たないジャンルなので見なくても一向に困らない。ただ「バラエティ」という分野でのしてきてる「タレント」という人種の名前と顔が解らなくなると、時おりそういう人らが報道バラエティ的なシームレスな場に出て来ると、「あんた誰?」的な感覚になる。こちらにしてみれば「いきなり報道とかジャーナリズムにご意見垂れてるけど、お前何なの?」だし、向こう様にしてみりゃ「あんた自分のこと知らんのかよ」ということなんだろう。
そのあたりのバランス感覚って、引きこもりには恐らく難しいのだと思う。引きこもりは基本的に対面して他者とコミュニケイションをとることはないから、「相手に合わせる」ことをしない。情報も自分の興味のある範囲でしか集めないから、当然恐ろしく偏る。
では普通に社会に出てさまざまな人らと(否が応でも)コミュニケイトしなければならない、普通の人はどうかというと、別段興味もなければ好きでもないが、相手…大抵は卑近な職場なり交友関係の人たちに「合わせる」ために、そういう情報を仕入れるという側面もある。まあ自分もそういう部分は今でもある。
昔は引きこもっているとほとんど全ての情報から遮断されてしまうため、テレビや新聞雑誌程度に頼るしか無かったが、今では引きこもっていてもネットがあり、逆にマスコミから「提供される」情報以上に、自分から積極的に集めることも出来る。
けれど引きこもっていると、その情報をでは実際にどう活用するか、簡単に言えば誰かとその情報を元に話し合い共感したり、あるいは価値観の違いをぶつけ合ったりという「対人コミュニケイト」が出来ない。
ネットで活字で、あるいは映像+チャットなりの手段は増えたが、やはり顔を付き合わせての会話、対話、議論とはかなり隔たりがあるように思う。
まあ簡単に言えば「会って話せば簡単に得られる情報」を得るのにもの凄い手間と時間がかかるのだ。ちょっとした呼吸、間、表情の機微。それと組合わされた「言葉」。
感染は怖いとはいえ、元もと自分は編集という、外に出て人と会ってナンボの商売。来年は用心しながら、体の許す範囲でもうちょっと外に出たいというのが目標であり希望である。
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2010-12-27(Mon)

年の瀬

12月27日(月)

ここ数日グッと冷えてきた。ニュースによると東北地方では大雪、高速で車が足止めなどの被害が出たりしているらしい。
関西、というか京都は穏やかな青空が広がっているが、気温は低い様子。風もあるようだ。青空を背景に東山と吉田山、白い雲。ベランダから刺す光のあたるところで猫がくりんくりんと腹を見せつつ転がっている。

さて昼過ぎに部屋も体もあったまったので買い物に出ようと思い、メモを持って外に出る。もちろんマフラー手袋マスクの完全防備。駐輪場へ行くと、マンション下のI先生と会ったので「寒いですねえ」とご挨拶。
自転車を漕ぎ始めると、耳が冷たい。ああ、帽子も被ってくるんだったと思ったがもう遅い。
スーパーは買い物客がけっこう多く、年末の年越し蕎麦や正月用のしめ縄だの鏡餅だの、料理が並んでいる。そういえばもうあと5日で新年だ。
しめ縄や鏡餅はどうしようかと一瞬思案するが、たぶん年内にもう一回来るかな、と思い今日はやめる。

今年は、いや今年も年賀状は出さない。
去年は連れ合いの喪中だったこともあって、寒中見舞いにさせて貰ったが、これからはそうしようと思った。儀礼的なこと、慣習・風習、縁起ごと、それらを一人できっちりと全てをこなしていく気力がない。

先日のクリスマスも、今年は全く何もしなかった。夕飯は土鍋でご飯を炊いて普通に鮭を焼き、大根おろしと味噌汁で済ませた。ケーキも無いしツリーも飾りも何もない。いつもと同じ、普通の日。
こういう儀式って、一緒に愉しむ人が居てナンボ、一人だと別段何もしなくても全く影響がない。それじゃあ寂しいだろう、と思われるかも知れないが、最愛の連れ合いを失った寂しさ、言いようのない寂寥感に比べて、あれ以上に寂しいことなどもう一生起こらない。だから辛くもないし寂しくもない。淡々としたものだ。
クリスマスをもう二度と二人で仲良く過ごせないことはもちろんひどく寂しいが、こうして一人でいることは寂しくはない。そういうことです。

さてスーパーで保存のきくもの、冷凍できる類の食材などを買い、袋二つを自転車で持ち帰ってきたが、部屋までやれやれと到達してから昼飯を買い忘れたことに気付く。
たまに変わったものを食べたくなるので、こういう場合は弁当を買ったり(逆に、普段は自炊のためコンビニ弁当などはほとんど食べない)するのだが、荷物が多くてついついすぐに家を目指してしまった。寒かったし。
うがい・手洗いを済ませ、買ってきたものを一通りしまってから、そういえばこないだ買った生ラーメンがあったな、と思い出した。
「小樽じょっぱり亭・あっかんのしょうゆ」(笑)。(じょっぱり亭
これはトンコツしょうゆなどのこってり系、支那そば系のあっさり系とも違う、濃厚なしょうゆ味にちぢれた卵麺という、北海道ラーメンの王道。特に京都に居ると、うまいちぢれ麺で卵麺にはまずお目にかかれない。さらにこうしたトンコツ背脂系に頼らない、濃い醤油ラーメンも食べられない。
ただ残念なのは麺とスープしかついてないということ。いわゆる「素ラーメン」(そんな言葉あるのか)というかプレーンだ。麺は別茹でして湯切り、スープは別に熱湯で溶いておいたのと合わせるのだが、その間に白ネギを刻み、さっき買ってきた煮卵・豚の角煮・メンマを用意して合わせる。
うまい。
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2010-12-21(Tue)

このマンガがひどい!2011

去年に続き、なめくじ長屋に棲息するバカマンガ愛好家のマンガバカ、「げきがウるふ」ことゲうR45、いや「ゲうR45」ことげきがウるふ氏ってああ面倒くさい、とにかく「このマンガがひどい! 2011」に参加します。
去年は狂乱の第三夜第四夜(最終夜)と続いて出演(?)しましたが、今年もクリスマスイブイブの第三夜、イブの第四夜の二晩にわたって出演します。

「このマンガ…」ってのはどっかから出てるマンガガイド本のタイトルみたいですが、一切関係ありません。人様の表現にランキングをつける気も、高みに立って「読め」と言う気も毛頭ないです。
ただ、「ひでえ」「おもろい」と読み捨て、「たかがマンガ」をコケにしリスペクトする企画です。なので、クソ真面目な人は見ない方がいいです。
推奨スペックとしては適当に漫画を幅広く読んでおり、かつ冗談が解り、かつクリスマス?何それおいしいの、みたいな人だと酩酊状態にちょうどいいかも知れません。
どんなマンガが青少年に推奨すべき優良なもので、どんなマンガが有害で規制すべきゴミなのかとか、そういうことを断じるってことがどれほどナンセンスか、失笑と脱力を持って世に問う、いや一切問わない二人の馬鹿による雑談に興味のある人はビールとししゃもとかを用意して刮目せずに待て!

去年(「ひどい!2010」)参加に際しての記事はこちら
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2010-12-19(Sun)

とんかつ!

12月19日(日)

昨日「明青」のおかあさんから電話があって、お店のPCのエクセルがちょっとおかしいというので、見に行く約束があった。
体調は、このところ食うと出る飲むと出るの下痢状態だったので、夕べはビールも飲んでいない。朝は8時半頃起きるが、腹はどうやら治ったというか、デフォルトの下痢体質に戻っている感じ。
朝のもろもろ、朝食はパンで簡単にして、シャワーするが、外に出て風邪をひいてはいけないので部屋と浴室暖房を暖かめにする。
11時過ぎにバスに乗って高木町、コンビニへ寄ってからお店へ。

さっそくPCを見てみると、エクセルはセル内の数式が消えていただけなのですぐに修復。詳細は割愛するが、こうして外に引っ張り出して貰えると、こちらも有り難い。たぶん、きっと、そういうこともあって…なのだろうと思う。すみません、ありがとうございます。とにかく今は理由がないと、買い物と病院以外は家から出ないのだ。
PC作業はすぐに終わり、「ご飯食べてって」と言われて「今日はご馳走にならんぞ、ちゃんと払うぞ」と思いつつ寒ブリの刺身ととんかつ、生ビールまで出て来た。
う、うまい。

やっぱり死ぬほどうまい。
こちらのとんかつはお昼も夜のメニューにもあるが、あのね、食べた方がいいと思うの。
ご主人がとんかつ好きだってこともあるんだけどね、あのね、食べた方がいいよ。死ぬ前に絶対。ダメ、絶対。いや食べないとダメ、絶対。

それにしても腹具合が心配だったのに、全然問題なし。何て現金だ俺の腹。

その後お客さんも入れ替わり入り、こちらもブラウザの更新なども終えてお暇することに。
毎度毎度ご馳走になったままだと何なので、年末のてっちりを一人前お願いし、お昼の分をお支払いしようとすると、また頑なに拒否される。
しかもポテトサラダのおみやげと共にもの凄い力で店を追い出されてしまった(笑)。
ドアに指を挟まれていやはや困ったな、と思っているとすぐにおかあさんが「ごめんねえ」と顔を出し「てっちりの分は大晦日にいただくし、後ノート(店のは余りに古いので、うちの使ってないのと入れ換え)は年明けにでもお願いします」とのこと。

結局ご馳走になってしまった。情けない。
で買い物をしてバスで帰宅1時半過ぎ。
今日は青空が気持ち良く晴れ渡り、陽射しも暖かくて湯冷めもせず、良かったのだが。

その後、ゆうちゃん家から電話。
MとSに本を買ってやったことのお礼で、Mがかけてきた。何が欲しいかと事前に聞いていたのだが、その際「活字の本」しかも「伝記が読みたい」というので驚いた。で、今日何の本買ったのかと聞いたら「ヘレン・ケラーと野口英世の伝記」というのでさらに驚く。小学○年生でオイオイ、と思ったが、自分もよく考えたら同じ頃に伝記やら星新一とか読んでたしなあ。

途中で母親であるゆうちゃんに替わって雑談、例の「KAGEROU」の話になった。
向こうもこちらも、自分で買う前に知り合いとか友人に貰った、ということで笑ってしまった。同じように「読んだ? 読んでない? じゃあ買わなくていいからこれあげる」と貰ったという全く同じ構図。で、感想も「ラノベ?」で一致。<以下ネタバレ注意>

状況描写が細かくいい感じのところもある。だけに、他の甘い部分との対比が際だつ。肝心の主人公と他の登場人物の会話部分になると、40の男ではないな、と。情景描写などにけっこういい感じの箇所も多かったのだが、説明的な部分と話を進める会話の場面になると突然荒くなる箇所もあり。普通に小説を読んできた大人なら、恐らくかなり途中途中でつっかかる部分があると思う(難解という意味ではなく、むしろすらすらと読めてしまうが、気持ちとしてのひっかかりがある、という意味)。
共通した読後感は「中高生にはいいかもね」ということ。もしくは本人のファンで、ルックス・知名度で買う、話題だから読む、そして絶賛する人がいても、それは個人の趣向の問題なので別にそれでいい。
でもうまくなる、とも思う。ただ「うまくなる過程で世に出す」のは、賞に無垢の状態で応募した一般の文学志望の人たちに、どう映るのだろうか…という疑問を感じる人もいるだろうが。

さて電話のあとさっそく本を送ってやろうと、自分がMたちと同じ年くらいの頃に読んでいた星新一の文庫本を出すと、メチャクチャ茶色く焼けていて、しかも「白取」とか名前まで書いてある(笑)。本を貸すと絶対に返って来ないことを当時身をもって体験していたな、と思い返す。
でたまたまパラパラと何冊か見たら、奥付が「昭和49年」だと! 小学生でも星新一はやさしいとはいえ、40冊くらいあったか。活字、文字、小説というものへの入口になってくれた本たちに感謝。
昔は新刊=単行本、文庫は時間が経って出る廉価版という考え方だったので、値段も安かった。薄い文庫なんか100円台(もちろん新刊)からあった。
しかしさすがにこうなりゃもうゴミかな、と思いつつ、前に送ると言っていた、撮りためた映画のDVDのクッション代わりになると、箱の隙間にそれらを詰め込む。

筒井康隆は初期ハチャメチャナンセンスはさすがに小学生女児には早いと思い、入れなかった。
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2010-12-14(Tue)

呼吸器内科診察日

12月14日(火)

ゆうべは12時ころ床に就いたのに、何故か寝るタイミングを逸して悶々とした。1時、2時…となっても眠れずに往生。朝方ようやくウトウトしたら、例によって「布団に入れろ」と戻って来た猫に起こされたり。で、こちらを起こした猫は布団に潜り込んできて気持ちよさそうに丸くなって寝てやがる。いまいましいが可愛い。可愛いが納得いかない。

そんなこんなで7時、まだ早いなと思い次に目が醒めたら9時半だった。
慌てて起きて、朝のもろもろを済ませて家を出る。
こういうときは必ず何か忘れ物をするのだが、エレベータに乗ってから携帯を持っていないことに気付く。しかし今日はどうせ携帯で音楽を聴いて待てない日(呼び出し機ではなくアナウンスで呼ばれるため)、別にいいやとそのまま外へ。
ネット社会になり、かつまた東京を離れ、本当に携帯を使う頻度が減った。長電話なら安い家の電話でする。メールはPCの方が楽だし、だいたい仕事中にも迅速に新着が解ることでは携帯と同等。「無料」と称して肝心なところから先はガッツリ課金するとか、買い物をしないと強化できない仕組みになっているふざけたゲームサイトにも、全く興味がない。
それでもこんな病身ゆえ、何があるか解らないので、安全のために持つことにしている。まあうっかり忘れても、今日は病院。安全というなら病院に行くんだから一番安全だ。

タクシーで病院へ着くと10時。診察予約時間は10時10分。ははっ、もう間に合わないや…と思いゆっくりレントゲンの受付をして、待合の椅子に座って待つ。
病院に入った時から思ったが、今日は混んでいるようだ。師走だしな、とぼやっと考える。レントゲンの待合の椅子もほぼ満席。目の前の液晶テレビでは、正月のおせちの作り方…田作りや昆布と鯖の煮染めやら黒豆煮などをやっている。ふうん、と感心しつつ見入ってしまう。ついつい主婦モードが発動する。
いつもよりだいぶ長く、15分以上待ってようやく呼ばれて胸部レントゲン。撮影自体は一瞬。

その後はすぐ2階の呼吸器内科外来受付の外待合に座り、ひたすら名前が呼ばれるのを待つだけ。この時間が長いのは正直しんどいのだが、今日は自分が遅くなっただけの話。それに長く待つと解っているのと、いつ呼ばれるのか解らずに待たされているのとでは、やはり気持ちが違う。
隣の椅子の老夫婦は、どっちが患者なのか不明ながら、旦那よりおばはんの方がむちゃくちゃイライラしていて「いつまで待たせんねやろか」「もう帰ろか」などと話している。

結局11時過ぎ、1時間ほど遅れて名前が呼ばれた。
いつも容態に変化がないか聞かれ、こちらはその旨報告をする。撮影したレントゲン画像のデータはもう電子カルテに取り込まれており、I先生は「肺の丸い穴もまた塞がってきてますね。いいですよ」とのこと。画像を見ながら「塞がってくんやねえ…」と小声で感心したようなことを言われる。
何しろHIV感染者でもエイズ発症者でも抗癌剤治療中でもない、慢性白血病患者の免疫低下でのカリニ肺炎、しかも「穴タイプ」。貴重な症例として今後に活用して下さい…と思いつつ、こんな珍しい患者もそうはいないか、と思う。
切れた薬を処方していただき、次回は年明けの血液内科と同じ日にしていただいた。
最後は処置室で肺の薬を吸引。
相変わらずまずい。ヨダレだらだら。時々吐き気。吸入器は途中途中煙が出なくなるのでその都度開けて薬剤を真ん中に集めて再開など、面倒。
何度目かになるのでこちらを憶えていたのか、見覚えのある看護婦さんが「いつもすいませんねえ」と言われてしまう。

会計をして外に出ると、いつものように何とも言えない安心感というか開放感というか、気持ちが楽になる。いつ死んでもおかしくない状態にありながら、もう5年以上無治療でこうして生きている。
数値ではトンデモなことになっているし、実際普通の人なら何でもないウイルスでダメージを受けたりしつつ、それでも、まだ死なずにいる。
ここから先の一年一年はサバイバルだと承知している。だから余計に病院で「まだ大丈夫」と言われると、心底ホッとするのだ。

病院に来るついでに買い物をして帰ることばかり考えていたので、ついそのままタクシーに乗ってしまった。今日は処方箋があるから、いつもなら病院のすぐ南にある調剤薬局へ寄って薬を貰い、病院近くのスーパーで買い物を済ませてから帰宅…つまり用事はまとめて済ませ、余計な感染リスクのある外出を極力減らす…というパターンなのだが、今回は近所のスーパーで買うものがあったので、「あれを買わなきゃ」と忘れぬように思っていたため薬のことをすっかり失念していた。猪か俺は。

近所のスーパーで買い物を済ませ、荷物を両手に提げて、マンション隣の調剤薬局に寄って処方箋を出す。
「この荷物置いてすぐ来ますので」と言うとにこやかに「いいですよ」と対応していただく。うちの隣なので、調剤はいつもこちらでお願いしてもいいのだが、病院の帰りにまとめて買い物と薬も済ませて帰宅してしまうので、今回はイレギュラー。
いったん部屋に戻って買ってきたものを冷蔵庫などへしまってから、再び隣の薬局へ。
薬を受け取るときに「どうですか、お体の方は」と言われたので、実は夏にこれこれで入院して、と言うと「え? ヘルペスの後ですよね、今年の夏ですか?」と驚かれた。
一年前、帯状疱疹が劇症化し入院寸前まで、こちらでガーゼを買ったりしていたのだが、その後はなるべく一度にまとめて用事を済ませようと、病院近くの薬局へ行くようになっていたから、結果的にかなりのご無沙汰をしていたわけだ。
抵抗力が落ちているので、なるべく外出も控えて買い物もまとめて…みたいな話をすると心配そうに「お大事になさってくださいね」と言われる。うちの一階にあるI先生のクリニックもそうだが、こちらの容態を知っている病院や薬局が自宅から1分圏内にあるって、実は大変有り難いことだ。ああ、やはり今度からはこちらに薬もお願いしよう。
その後コンビニでちょこっと買い物をし、ようやく一息つくと1時半ころだったか。

これで年内の病院は終了…といっても今年もあと半月ほどで終わりである。

ニュースで、京都の緑の木を枯らす「楢枯れ」被害が、とうとう下鴨神社の境内にも広がって問題になっているとのこと。(ちなみにうちから下鴨神社までは健康体ならいい散歩コース圏内である)
ここ数年、大文字で有名な東山にも真夏なのに紅葉のように茶色く枯れた部分が目立つようになってきたが、とうとうそれが市街地にも及んできたそうだ。

この「楢枯れ」は害虫によるものなので、最大の抑止方法とは「木を苅ること」だそう。この虫の活動が鈍る冬の間に、被害にあった木を切り、薪などに使って、周辺の木への侵食するのを防ぐのだという。他の木々、森、山を活かすために病んだ木を刈り取る。いわゆる「間引き」とは似て非なることだ。
病気の自分が死ぬことで周囲の他者への病の伝染が防ぐことができ、かつ死んだ体が役に立つということか。俺の病気は伝染はしないが、死んでも角膜くらいしか役には立つまい。一応臓器移植カードは初代のもの、一番古いカードを持っている。当時は健康体で献血もしていたが、今では血も臓器も役に立たんだろうなあ。
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2010-12-09(Thu)

大根おろし

12月9日(木)

朝はゆっくり起きたので、朝昼兼用に土鍋でご飯を炊く。一合炊き(実際は二合くらいまでなら炊けそう)のこの土鍋を買ってから、電気釜を使わなくなった。というより、ご飯を炊く頻度が増した。
さんまの干物を焼き、生たらこ、味噌汁でご飯にするが、底にちょっとお焦げが出来た炊きたての飯はすこぶるうまい。スーパーで干物の方が生より多少日持ちがすると思って買ったさんまの干物が当たり。塩加減と凝縮されたうま味が絶妙で、大根おろしとの相性も最高。
味噌汁だけはインスタントにしたが、それでも大満足。たったこれだけの、贅沢でも何でもない一食の満足度が大きいと幸福感も大きい。

自分の場合、魚は焼き魚や干物などの場合大根おろしが必須。しかしこればかりは大根が常備されていないと、非常につまらない事になる。こういう些細な拘りは誰にでもあるだろう、納豆にはネギ必須、とか。無くてもいいが、とても寂しいという。
だが大根は保存しておいてもスカスカになるので、今回残った分の大根もおろしてしまう。そうして摺ってすぐに冷凍用の小袋に薄く板状にして密閉、冷凍したものを使うたびにパキッと割って使っている。昔何かで見たが、何でも大根のビタミンは摺って時間が経つと急激にどんどん失われていくので、冷凍は迅速にやらないとほとんど栄養が無くなってしまうというのだ。なので冷凍する際に袋に板状になるよう薄く入れるとすぐに凍るし、使う時も適量割るだけで、解凍も早い。
と、また主婦のようなことを…。
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2010-12-08(Wed)

変な夢

12月8日(水)

このところ小寒くなったせいか、猫が布団の上、あるいは中に侵食してくる。無意識で猫を起こさぬように、こちらが気を使う。使わなくてもいいし、病身の人間の方が大事だろうということなど百も、いや万も百万も承知しているが、無意識だから仕方が無い。
眠りが浅いと夢をよく見る。
醒め際の夢は何故か知らぬがSM○Pの草Nぎ君と焼き肉屋で飲んでいる、というもの(笑)。もちろん草Nぎ君とは実生活において面識がない、近接したことはおろか遠くから目撃したこともない。もっと言えばテレビで見かけたとしても例のお外で全裸咆吼していた事件で失笑することはあっても、殊更にこの人を見続けようというタレントですらない。言い過ぎたか。

とにかく「夢」の話である。あ、この場合の夢も願望的な夢ではなく、単にレム睡眠中に脳内で何か記憶の断片とか色んなものから勝手に編集・再生される映像のことだ。違うか、ていうか説明が過剰か。
さて飲んでいる店、現実には入った記憶のない、でも何か…ドラマや映画などではよくありそうなお洒落な焼き肉店だが、ここには何度来てるらしくて、割合二人で楽しく飲み食いしている。ちょっと薄暗くて間接照明のある店内で、客もけっこう入っている。草Nぎ君は気さくに「先輩」と呼んでくれている。そうすか。まあ年齢的にはそうだ。
さて帰る段になると草Nぎ君が心配そうに「大丈夫ですか、けっこう今日食べちゃったし」と気を使ってくれる。けっこういい奴だ。こちらは「大丈夫大丈夫」と言って財布を取り出しつつレジへ向かう。まあだいたい後輩と飲む時は奢ることが多いので、こういう時は多めに持っているようにしてるのだが、レジでこちらにスッと出されたのは四角いメモ用紙のようなものに油性マジックで書かれた「31万なにがし」という数字だけ。「えっ…これ、明細もないし、いくらけっこう飲み食いしたとはいえ、この数字は無いんじゃ…」とさすがに青くなると、背後にいる草Nぎ君が心配そうに「あの、本当に大丈夫ですか?」と言う。けっこういい奴だ。
「あ、ああ。ええと大丈大丈夫」とか平静を装いつつ、もう一度その5cm四方のメモ用紙を確認するとヒトケタ違い、3万1千いくらだった…というオチ。何とか無事会計をして笑顔で別れて、俺はなぜか夜の町を自転車で帰る…というところで目が醒めた。変な夢。

ていうか、草Nぎ君ごめんなさい。
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2010-12-06(Mon)

井坂洋子詩集『嵐の前』

嵐の前
井坂 洋子
思潮社



思潮社さんから、井坂洋子さんの詩集『嵐の前』をお送りいただきました。ありがとうございます。

少し前に、やまだ紫の詩を掲載いただいた「現代詩手帖12月号 現代詩年鑑2011」もお送りいただいており、このところよく詩を読んでいる。二階の本棚には井坂さんが親友であったやまだ紫に宛ててお送りいただいた詩集が今も並んでいる。やまだは十代の頃から詩の同人を組むなど、「ことば」にも拘りを持つ人だった。彼女の遺した本には、詩集も多い。

井坂さんには少し前に幻戯書房さんから出されたエッセイ集「はじめの穴 終わりの口」もいただいており、つい先日もお電話で少しお話したばかり。

今回の詩集もとてもいい。
自分はもちろん詩に関してはド素人なのだが、どこかやまだの「ことば」と同じような、凛としたというかピシッと筋の通ったものを感じる。それはもちろん正しいとかそういうことではなく、自分の表現としての「ことば」というものへの鋭い責任の取り方、という意味で。
若い頃は現代詩、それも女性の詩は正直を言うとあまり興味がなく、苦手な方であった。やまだ紫という作家の作品と出会い、強烈にその「ことば」の持つ力を意識させられたが、それは彼女の『性悪猫』という作品からだった。
それからやまだを通じて井坂さんと知遇を得て、夫婦ぐるみで親しくさせていただくようになったのだけど、やはり初期の作品は自分には少し難解であった。
ただ今の井坂さんの境地と言うか、「ことば」は、今の自分にはとても共感できるもののような気がする。この「共感」というのは「同意」という意味ではなく、何というか、スタンスとか目線みたいなものが理解出来るような気がする…というか。
批評家でも文筆家でもない俺が何を言ってもやはり無駄(笑)、自分の「ことば」を持たぬ情けなさを感じるわけだけど、「いいな」と思うぐらいは許してもらいたい。
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2010-12-02(Thu)

ご心配いただき…

12月2日(木)

夜9時ころ明青のおかあさんから電話。
お昼に男性客が店に来られ、白取さんの体調はどうですかと心配されてましたよ、とのこと。ご自身も奥さんを亡くされたという方だそうで、俺のブログの更新もないので大丈夫だろうか、とご心配いただいたようだ。
おかあさんも「大変やろうけどブログ見てそうやって来られる方もおられるから、更新もたまには……」と。もう本当にすんませんです。

ここのところ、ちょっとキーボード使いの激しい仕事にかかりっきりで、左手の痺れのせいで誤入力がないよう、休み休み慎重になっている。当然仕事以外では極力使わないようにしているので、ブログやツイッターもほぼ休止状態。生存報告は身内ならホイと電話やメールで「大丈夫〜?」が出来るが、ご覧いただき、ご心配頂いている方はそうはいかないわけで、これをサボっているのも申し訳ない気持ち。ちょっとずつでもちゃんと生きてますよ、ということはご報告せねばならんと反省。
っていつも反省ばかりだけど。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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