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2011-01-31(Mon)

1月31日(月)

冬は健康な人でも免疫力が落ちる季節、病人には過酷な季節でもある。
言うまでもないが人間は本当に絶妙なバランスで体を平常に保とうとする働きがあるが、恒常性の中でも体温を一定に保つというのは重要なことの一つ。気温が低いままだと、体はそれに対応しようとするが、自分のような病気だと、免疫不全に近い状態で、体はかなり無理をするんじゃないだろうか。
とにかく、冬はどんよりとした曇り空のように、体調も重苦しく低い状態が続くことが多い。
白血病が発覚した5年半ほど前と今を比べると、本当にその落差に愕然とするほど、明らかに体力を含め色々な部分で衰え、悪化していると実感する。でも昨日や一ヶ月前と比べると、ほとんど変わっていない。
この極めて緩やかな「進行」がどこかで急落するのか、突然に途切れるのか、もはや神のみぞ知るというか、神が居たところで「知らんがな」と言うのではないか。

そんなこんなでここ数日調子が悪く、当然ながらビールも飲まない日が数日続いている。当たり前っちゃ当たり前なわけで、調子が悪かろうが何だろうが飲む人は飲むので、俺の場合は幸いアルコール依存ではなさそうだ。いや、サッカーアジアカップ決勝の夜は間が持たずヒレ酒を作ってしまった。調子があまり良くないので、アルコールはあったかい方がいいだろうというワケの解らん配慮(笑)。それも結局一口だけで、連れの写真に添えた。
体調が良くないと酒もまずい。
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2011-01-30(Sun)

サッカー・日本、アジアカップ優勝!

1月30日(月)

サッカー・アジアカップ、日本は決勝戦をオーストラリアと戦い、延長120分1−0で勝ち、見事に優勝。
真夜中から2時半ころまでという深夜の長丁場になったが、とても途中で寝られる展開ではなく、試合開始前からびっちり最後のセレモニーまで見てしまい、3時半過ぎに寝た。
中継でフィールドが映ってまず「あれ?」と思ったのはツイッターでもつぶやいたけど、朝日新聞社の広告から「旭日旗」をあしらった社旗のマークが消えていたこと。(まあ、あれを見て「帝国主義日本の残滓」「失礼」「だから猿だって言ってやらあ」と言う人が出てきても困るので、塗りつぶしたかしたのだろう)

さてタフな試合だった。
個人的にはこの試合はGK川島のセーブが無ければ90分で負けてただろうし、長友の脅威のスタミナと攻撃参加が無ければ、李の決勝ゴールも無かっただろうし、つまりは監督とチームが一体となって勝ち取った勝利だったと思う。
試合は前半からオーストラリアの体格を活かしたサッカー、ロングボール・ハイボールを上げてはゴール前に走り込むという高さを意識した攻撃に苦しめられていたが、愚直とも言えるほどに繰り返されるワンパターンのそれは、むしろこれだけ同じことやり続けられると、見ている方は「そのうち一本くらいは入ってしまうのでは」という恐怖さえ感じていた。
しかし監督は後半に高さのある岩政をDFに投入することで高いボールへの対応、疲れの見えてきた相手に長友を一枚前へ出すことで攻撃に転じる(惜しいシュートが立て続けに生まれた)、そして前田→李の交替については監督が試合後「高さに強い前田を外すことになったが李はやってくれると思っていた」と言う通りドンピシャの采配だった。

大会MVPは本田、決勝のMVPは川島になったが、長友や長谷部や遠藤はもちろん、ゲームごとにMVPが入れ替わる「全員で勝ち取った優勝」という印象。ワールドカップ後のアジアカップは新たな、若い世代でチーム作りをしていくことが多く、この大会で「チームが出来上がっていく」というのはサッカーファンからよく聞くこと。

それにしても退場あり逆転あり延長ありPKありワンサイドもあった、まさにチームが色んなバリエーションの試合を経験することでまとまっていく、仕上がっていくという過程が、優勝という最高の結果で終わった大会。本当に見ていてワクワクドキドキハラハラ、そして最高に気持ち良かった。にわかというには長いことサッカーも楽しんできたが(それにしてもTOTOをあてたことはないが)、しょせんは見るだけの素人は素人。優勝したんだから、素直に評価して「おめでとう」でいいと思う。

そんな感じで今朝は昼まで寝てる…はずが、なぜか7時半に起床。
びっちり仕事が詰まっていたので、夜までかかりきり。朝は食わず昼はカップ麺。夕飯は冷凍ご飯にとろろ芋をすって出汁と合わせ、醤油をたらしてとろろご飯をかっこむ。味噌汁は前の晩作っておいたジャガイモの味噌汁。ゆっくり料理する時間の無い時、ここ何日か調子の悪かった時は食事に手を抜いてしまうが、反動で余裕が出ると何か作りたくなる。
夜になって「やべっちFC」はじめ各種スポーツやニュース番組が始まる。昨日の優勝を反芻する番組を見るというのは実に気持ちのいいことだ。そんな感じで楽しみつつ、買っておいて使ってしまわねばならない野菜があったのを何とかしようと考える。
大根は「雪下大根」という、雪の下で文字通り寝かせておくという甘みの強いみずみずしい大根があり、このまましなびさせるのはどうしてももったいない。なので、3分の1はイチョウに切って浅漬けに、残りは輪切りにした後面取りして4分の1にカットし、ダシ醤油で柔らかく煮込む。最後にほんの少し残った部分は短冊に刻んで味噌汁に入れてしまう。
もやしはすぐに傷むので、ごま油と軽く胡椒をして炒めてしまい、ついでにキャベツと豚肉も塩胡椒を軽く振って炒めてしまう。これらを配分よく3つくらいにパック分けしていったん冷蔵。これはやきそばの具用だ。残ったのはピーマンで、1つは薄く輪切りにしてトマトソースを塗りチーズをチラしたトーストの上にパラパラとベーコンと一緒に並べてオリーブオイルをたらし、オーブンでピザトーストにする用。残りのピーマンはもうちょっと持つから、チンジャオロースだな。
今日は忙しいのと体調が本調子じゃないので、休肝日。これらは明日以降のおかずや晩酌の肴。
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2011-01-27(Thu)

命日・記念日

1月27日(木)

今日も調子はあまり良くない。目がしょぼい。左手指の麻痺はちょっときつめ。洗顔の時に不自由する。
日によって状態が違うが、冬はやはりよろしくない日が多い気がする。
食事も手を抜いて簡単なものにする。調子のいい時に作っておいたものが冷凍庫に一杯あるので、このところ順調に消化している。
夜、7時ころに実家・函館の母から電話。ベタベタした親子関係は昔から全くないばかりか、18で上京してから帰省した回数が十回に満たないという親不孝のうえ、5年前には白血病宣告を受けるという、心配かけ通しの息子ではある。
こちらがとりあえず無事であると話すと、実家の方では今老猫の「介護」が大変で、母親自身も足腰が弱ってきているからほとほと参っているという。まあ電話のたびに同じ事を言われている気がするが。元もと野良だった猫を家に入れるようになって、その後も自由に外と行き来させてきた割に、十三年というから立派なものだと思う。
こちらも何匹も見送ってきたが、野良の寿命は驚くほど短い。半野良の場合でも、外へ出ると病気を貰ったり事故に遭ったり色々リスクもあるので、完全な室内猫より短命だ。とにかく母親は年齢、俺は病気で、猫を飼うのもこれが最後だろうと話す。
幸いうちの猫たちは今のところ元気だが、実際に猫が病気になり躄って糞尿を部屋じゅうにタレ流すような状態になったら、きついと思う。きついけれどもいったん預かった命を絶対に途中で捨てたり、責任を放棄することはしたくないし、出来ないし、これまでも最後まで必ず面倒をみてきた。物理的に入院したりすれば他人の手を煩わせることになることが辛いが、それでも責任は全うしたい。
そういえば、先日は亡父の命日だった。昭和41年の1月22日。俺が生後半年、兄は3歳。両親は大恋愛の末に結婚し、銀行員だった父は当時の世相もあって「モーレツ社員」が求められ、体を酷使した結果、早世してしまった。
二人の子を遺して愛する夫に先立たれた母の悲痛は、我が親のことながら察するに余りある。
「命日?そんなの昔っから考えないようにしてきたさ」とのこと。
考えないわけはないし忘れることの出来ない日なのだろうが、だからこそ、「命日」とか「お盆」とかいう特別な日を作って、いつしかその日以外は忘れてしまうよりも、365日いつも思い、共にあると思い続けてきたということ。
最愛の連れ合いを失った、今の自分にもそういう気持ちはある。
連れ合いの三津子が亡くなってから一年間、四十九日で家を離れた日と入院していた間以外、毎日欠かさず陰膳をつくり、花をあげた。写真と差し向かいでないとものが食えなかった。9月5日が彼女の誕生日、5月5日が命日で、毎月5日は月命日…。けれどそんな特別な日を作らずとも、一日たりとも忘れたことはないし、写真を見ぬ日もない。母親もずっとそうしてきたのだろう。

電話のあとちょっと確認したら、今日はその亡父の誕生日(昭和10年)だった。自分は父のことを写真でしか知らず、記憶も全くない。だから「命日」などにわざわざ拘泥するのかも知れない。
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2011-01-26(Wed)

『カラ―版鉄人28号限定版BOX』

1月26日(水)

どうもここ数日、調子がよろしくない。冬はただでさえ免疫力が落ちる季節、寒い・体が冷えるというのもいいことではないし、仕事や用事以外はぐったり。
それでも夕べはサッカー・アジアカップ、準決勝の日韓戦を最後まで見てから寝た。
結果は周知の通りなわけで今さらどうこうはないが、いや本当に面白い試合だった。審判のジャッジが正直「?」で、前半の韓国PK、後半の日本PKはどちらも不要だった気がする。前半は日本が押し、後半は韓国が脅威のスタミナと馬力を見せた。まさに一喜一憂、1-1で延長に入って前半日本が勝ち越し後半で韓国が追いつくという、展開としてはもっともスリリングでエキサイティングな試合。しかも結果が勝ちなんだから最高だった。

夜は床暖房を弱くするのを忘れて寝たせいか、猫も布団に来なかったので割合熟睡できた。
朝起きるが腹部に膨満感がある。昨日は朝胃液を吐いたが、今朝はそこまでひどくはない。朝のことを済ませるが食欲がない。仕事をして、昼前にようやく何か食べられそうになったので、トーストにカフェオレだけ。
その後ソファで休んでいると、宅配業者が来る。荷物を受け取ると、小学館クリエイティブの川村さんからで、ズシリと重い箱を開けると何と!『カラ―版鉄人28号限定版BOX』である!
これは小クリさんのサイトでたびたび「速報」(『カラ―版鉄人28号限定版BOX』速報5)というかたちで情報を見ていたのと、中野晴行さんのブログでも言及されていたので「こんなもの凄い復刻を作れるのはここしかないなあ」と垂涎羨望のマナコで眺めていたのであった。
それにしても大きい、B5判でしかもカラーでの復刻というのはちょっとあまり聞いたことがない。
「鉄人」は自分の世代でも、すでにアトムと並んで「国民的ロボット」漫画だったし、実写版もアニメもとうに存在していたビッグな作品。確か中学か高校のあたりで再度ブームが来たと記憶しているし、近年は「KOBE鉄人PROJECT」の18mという巨大なモニュメント設置も話題になったので、本当に息の長い作品だ。何といってもあのフォルム、ここまで時代が進むと、逆に新しい。カッコイイ+カワイイ=を何て言うのか知らんけど、漫画版からずっとどこかに「愛らしさ」がある「鉄人」。いやー凄い。
やまだ紫作品の復刻でもお世話になった小クリさんは、近年こうした復刻においても漫画界に素晴らしい貢献をされていると思う。
中身? へっへっへっへ! もうマジでビニール手袋して触ってますからね! うちには医療介護用の極薄手袋200枚ってのが数箱ストックされてるので、料理の時に肉を揉むのやら、掃除の時やら、「鉄人BOX」を丁寧に閲覧するのやら、重宝するんですよこれが!

※詳しくはこちらでゼヒ!カラー版鉄人28号限定版BOX1 - 株式会社小学館クリエイティブ
※特設ページ…鉄人28号 誕生55周年記念出版 カラー版 鉄人28号 限定版BOX

小学館クリエイティブさん、ありがとうございます!
…本当に凄いですよ、この内容…
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2011-01-24(Mon)

積ん読

1月24日(月)

朝は羽布団の重ねた間にユキが潜り込み、例によって重し状態。
こちらがそっと気を使って寝相を変えるのは不条理極まりない。ここは寝室に猫を出入り禁止にし、強い態度で臨まねばならない。それが人間の人間たる尊厳を、猫に体で教えることなのである!…なんてことはなく、いつものように猫に気を使って薄い眠りをだらだらと9時過ぎまで。これはこれで幸福なことだ。
今日は朝から調子が悪い。
具体的にどこがどうとかいうことがあるわけではない。例えば肺をやってから、胸腔鏡を入れた右脇下が時々神経痛のように痛むとか、右肺の中の部分が疼くとか、相変わらず左手の麻痺は治る気配もなく悪化もせず、目眩というほどではないが目には慢性的な疲労感があり、そしていつも通り下痢である。
何度も何度も書いている気がするが、白血病という大きな病気を抱え、その上で小さな不快がいくつもいくつも積み重なると、やはり辛い。辛いものは辛い。
仕事はやらねばならないので辛かろうが何だろうがやる。しかしそれ以外は極力横になって、「積ん読」だった本を何冊か消化する。友人知人が勧めてくれる本や映画、アニメ、音楽はレンタルを利用したり、出来る範囲でなるべく触れるようにしている。閉じて狭まった範囲で生きていると、思考もそうだし、感性が鈍る。目を酷使しては何もならないから、そこら辺も緩く考えよう。

考えてみれば十代の頃から、漫画は少女漫画から三流エロ劇画まで幅広く出来うる限り読み漁っていたこと、死んだ父が遺してくれた東西の文学全集やSF、音楽なら母や兄貴の影響でシャンソン、演歌やフォークからハードロックまで聴いたことなど、その「幅」が実に後で役に立った。漫画は自分でも描いたし、音楽も自分でいくつかの楽器をやった。
一つのことを深く掘り下げたり耽溺するオタク的な溝にはまらなかったことは幸か不幸か、今の浅学非才な自分になったとはいえ、編集という仕事には非常にプラスだったように思える。
「オタク」は作家やその分野のオーソリティになるにはいいことだが、編集という職業には(個人的な趣味以外では)あまりプラスにならない。その分野の仕事しか出来ない編集は、潰しがきかないし、オタクとオタクが仕事で作家と編集というタッグを組む場合、成功すればいいが反発し合うこともある。
編集者、と名乗る人はたくさんいるし、自分もまあそうなるんだけど、フリーや社員編集者や、そのジャンルもどれだけ幅広くやったかとか、色々ある。ただ「編集」って何ぞやということでいうと、そのへんの中学生だって、溜まったエロ本のグラビアから好きなのを切り抜いて並べたりするだろうし(笑)、録画したテレビ番組を編集したり、本棚の本を並べ替えたりするのだって、広義では編集の一端だろう。それが職業になるかどうかって、厚い壁があるようで、実はそんなにはないのでは、とも思う。
偉そうに編集というフィルタがかかったものとそうでないものと、質に差があるのではないかと思う反面、でも、結局その差異が明確に現れる事象を事実として定義したり提示できる例は多くはない。
アイディアを出すとか資料を集めたりプロデュースをするとか、いろいろ編集さんの役割はあるけれども、結局のところ、作家が作品を世に出す時のお手伝いをする、ということにかわりはない。それが自分であっても他人であっても、編集者的な視点を持つか否か、というような。
まあ編集は裏方なので、声の大きい奴にろくな奴はいない。これは経験上、自信を持って言えるけど。編集じゃなくてもろくな奴はいないか…(笑)。

さて恒例(?)の料理シリーズ、今日は夕方調子が少し戻ったので、蟹肉団子スープに鶏の手羽中を焼いて投入。

蟹肉団子スープは飽きたので、一杯分を冷凍。
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2011-01-23(Sun)

回鍋肉(ホイコーロー)

1月23日(日)

朝はまたしても布団の上にズシリとユキが重しになっていた。
夜中から布団に入れてくれと来てはどこかへ出て行き、戻ってきては入れろを繰り返すのだが、こちらが深く眠っている時は仕方なく布団の上で寝たりする。
今日はびっちり仕事…のはずが資料が間に合わず、アテが外れた。
いつものT君とは別のS君がおもしろ情報を色々教えてくれたので、ネットでそれらを見ているうちにまた目が痛くなってきたので、PCをやめてテレビをつけて横になって眺める。
テレビはメシの時間になると食欲を喚起させる「情報番組」やらコーナーが増えるが、夜はこちらが晩酌しつつささやかな酒肴を楽しんでいると、バラエティでお笑いタレントの鼻の穴にカメラを突っ込んで粘膜を写したり、CMではトイレの汚れや歯垢をリアルなCGで再現したりするので、晩酌の時は油断していると痛い目に合う。

何か最近すっかり料理ブログみたいになっていて、非公開コメントやメールでもよくそこを指摘されて何かアレですが(Kさん、Mさん、Oさん、いつもどうもです!)、さて夕飯。
今日は前に焼きそば用に買ってあったキャベツがちょっと余っていたのと、昨日買い物したピーマンで何か…と考え、冷凍してあったブタバラ肉で回鍋肉(ホイコーロー)を作ることにする。
これは男の料理…炒め物系では定番だと思うが、何度も作っているので鉄板。豆板醤だの甜麺醤だの、別に不必要。ちょっと離れたところのスーパーで地元が仕込んだうまい味噌を買ってある(といっても安い)ので、市販の「食べるラー油」と合わせればいい。あとは酒みりん塩胡椒でたれは問題ない。肉の方は塩胡椒に醤油でちょっと揉んだあと、片栗粉をまぶしてギュッと固めておく。こうするとバラ肉でも塊肉のような食感と、塊にはない薄い肉がミルフィーユ状になった柔らかな食感が同時に味わえる。
(そのかわり、重なった肉を中まで火が通るように焼くと焦げるので、適当なところで野菜を被せて蓋をするような感じで酒をまわし入れ、さらに本物の蓋で弱火でちょっと蒸すようにすると完璧)
てなわけで土鍋でご飯を炊いて、蟹肉団子スープとでご飯。回鍋肉は我ながらすこぶるうまく、飯が進んだ。
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2011-01-22(Sat)

冬は鍋

1月22日(土)

朝9時前に起床、先日の打ち合わせの仕事が詰まっていてバタバタと片付ける。午前中、青空に薄く雲がかかるいい天気。
このところ調子が悪かったが、今日はだいぶいい。極寒でもなさそうだったので、出かける支度。
実は年末に「明青」さんに届けていただいたてっちりの代金をまだお支払いしていなかったので、ずっと気にしていた。お店のノートPCがかなり古く動作ももっさりしているので、うちの使わないノートを持って行きがてらお支払いを…なんて言ってこんなに経ってしまったわけ。
こちらがバタバタしてたり調子が悪かったりしたのでもたついたのだが、私用・仕事の用事で郵便局へ行く用事、銀行へ行く用事、断線したケーブルなど細かい買い物をする必要性など、たまたま外出しなければいけない状況が重なった。これを逃すとまたいつになるか自分でもよく判らない。
週末はお昼もけっこうお忙しい様子と思うので、今日は用事もあるし、お昼をご馳走になってばかりだったし、昼食は済ませてからお客さんの少なくなった頃合いを見て、1時過ぎに出る。

お店にはお客さんが一組ちょうど帰るというところだったが、今日・明日は忙しいとのこと。新しいノートにデータや環境を移す作業があるが、こちらもお店が忙しくない時にと思っていたので、頃合いを見てまた、ということにしてノートPCを置いていくことにする。
肝心のお支払いは、いつもご馳走になっているのでいらないと言ったのに、例によっておかあさんにきっちりお釣りまで受け取らされ(変な日本語だけど)、お店を辞す。
それから歩いて近所の郵便局とスーパーのある交差点へ戻り、もろもろ用事を無事済ませ、ちょっと買い物をしてから帰宅。

さてまた料理ネタ(笑)。

晩は前にハンバーグを作った時の残りを冷凍してあった合挽肉に、買ってきたカニ缶を使って蟹肉団子鍋を作ることにする。
これは挽肉にしょうが汁、塩胡椒で軽く味付けをして捏ねたものにカニ缶を混ぜて丸めた肉団子をいくつか作り、油で揚げて、その後でコンソメスープで軽く煮るというもの。
実は連れ合いが生前よく作ってくれた料理の一つで、シンプルながら実にうまいものだった。
そういやずっと食べてなかったなあ、冬はこういう鍋や煮込み料理が恋しいなあ、と思った次第。

まずは市販の顆粒コンソメにキューブ状のブイヨン、塩胡椒などでスープを作っておく。隠し味に醤油など、お好みで味を調える。連れ合いと一緒の時は土鍋で作っていたが、今はホーロー鍋。


ミンチ肉は下味を軽くつけて入念に練る。カニ肉は最後に軽く混ぜ合わせる。食感の欲しい人はスジを細かく切って混ぜてもいいし、ネギ系も合うが、うちはシンプルにミンチとカニのみ。


これを一口大に丸めて、油で揚げる。後でスープに入れるから、中の肉汁を閉じ込めるように、高めの温度の油で表面を転がすようにまんべんなく揚げる。この団子の段階でもうまいので、あんかけとか別な料理にも使えるから、多めに出来たら冷凍しておいてもいいでしょう。


完成。もやしの食感が少し残ってるくらいがいい感じ。
この「鍋」の野菜はシンプルにもやしのみ。うちの場合は夫婦とも飲み助だったので、他にもつまみを色々用意することが多く、おかず・食事というよりは酒肴だった。もちろん好きな野菜をたくさん入れてもいい。


これはついでに、ふかしたジャガイモでじゃがバター。
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2011-01-20(Thu)

大寒

1月20日(木)

朝はこのところいつもユキが布団に出入りするたびに起こされる。それにしてもここ数日は本当に寒い。暦の上でも大寒ということになるらしいが、洛北・賀茂川(合流して鴨川になる前の西側の川)の河川敷にはまだ雪が残っている、とニュースでやっていた。うちの北側のベランダにも普通に雪が残ってるが…。


ところで松の内も開けてしばらくすると、神社仏閣でお賽銭の勘定がよくニュース映像で流れる。不況とはいえ、年に一度とここに限りフンパツする人も多いという。
京都の場合は世界中から観光客が訪れるので、毎年他国の通貨のお賽銭もけっこう入っているという。近年は経済成長を背景にした中国と韓国の通貨が外国通貨の半分を占めるそうで、中でも中国が急増中らしいが、とにかく他にも世界中から投げ入れられるお賽銭は国ごとにお札も硬貨もバラバラ。
夕方NHKの京都ローカルニュースを見ていたら、いただいた神社側も、両替しようにもまずは通貨ごとに分けねばならず、その手間も大変らしい。なので北野天満宮や伏見大社など市内の主立った神社は日本円とその他にだけ分けて、外国通貨は神社庁に持ち寄るのだそう。毎年この時期、それらは重量で約10kgにもなるという。
巫女さんと禰宜さんか、神職姿で麻袋にまとめられた外国通貨の賽銭をタクシーで神社庁へ持って行く姿は何かシュールである。結局集められたお金は、まとめてユニセフに寄付するのだそうだ。
世界中から集まったお賽銭が、また世界のために寄付されるという「イイ話」。とはいえ日本円の賽銭に関してはもちろん非課税なわけだし公表の義務もな…げふんげふん。

それにしても大寒とはよく言ったもので、リビングはエアコンを強めにしていても、床暖房のないところはスースーする。あったかい汁物や鍋物が恋しい季節。夜は白菜と豚肉を煮た。



下は前に買った鯛兜とアラの半分を塩焼きしたもの。
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2011-01-19(Wed)

「ケータイ廃人」

1月19日(水)

朝は8時前にユキに起こされた。目眩はここ数日では一番若干まし。
目眩がするとき困るのは買い物だ。目眩に限らず体調の悪い時でも配達してくれるネットスーパーをこの3年間ずっと捜していたが、イオンもイズミヤもずーーーーーーーーーーっと「エリア外」。生協は先の予定を考えて注文しないといけない。一週間先の献立なんか考えてられるか! と思いつつ検索していたら、阪急グループの「阪急キッチンエール」が左京区まで対応エリアを拡大してくれていた。
一昨日メールで問い合わせるとすぐ折り返し電話がかかってきて、うちの住所も配達範囲内という。ありがたい、というので即申込み・目眩もあったので即買い物。そして注文の翌日だった昨日配達してくれた。生鮮・野菜や、米やペットボトルの重い荷物も玄関先まで持って来てくれる。
俺のような病人や独居老人など、こういうニーズはもっともっと大きいと思うのだが、スーパー大手の対応はぐずぐずとのろく、半分諦めていただけに助かった。

そんなわけで昨日はローリングクレイドルこと佐藤勇馬さんからご恵贈いただいた「ケータイ廃人」を読んで大人しくしていた。送っていただいたのが届いてすぐ読みたかったのだけど、このところ目の調子が悪かったので読書、というより仕事以外で目を使うことは控えていた。ちょっとずつ読んで…と思ったが面白くて一気に読んでしまう。「面白い」というより、興味深いというか、ぼんやりとは知っていたことがクリアになる感覚というか。下段に資料・注釈もついているので、内容を読み進んで行く際のもやもや感もない。

ケータイ廃人
佐藤勇馬
データ・ハウス


自分の場合、京都にいるせいか仕事の打ち合わせは携帯よりも圧倒的にメールの方が多い。友人知人は俺がほぼ在宅なのを知っているから、固定電話にかけてくる。無料ゲームで釣ってアイテムを買わせようとしたりするサービスにも興味ないし、新機種にいい加減買い換えたいと思うのはゴツくて重いから、という一点のみだったが、それも感染が怖くて外出を控えるようになったら不便も感じなくなった。幸いである、のか。
「ケータイ廃人」を読んでいると、近年の急速な携帯の普及…とりわけ子供たちへのそれによる問題や、インターネット回線への接続が安くなったことと高速化したことで、PCの代替端末として高機能化していったことで、「それまでは遭遇する機会のなかったトラブル」が激増していることを痛感する。
もちろん車の普及で生じたトラブルもあるしPC・ネットの普及でもそうだし、テクノロジーの進化とコミュニケーション手段の多様化が進めば、当然それに伴ってさまざまな「これまで無かった事態」が起こり、当然その中にトラブルも含まれるだけのことなのだが。
大量CMによるゲームへの誘導と課金のからくり、「プロフ」で行われる売春、SNS・ツイッターやミクシィ依存問題、規制によって枷を嵌められたサラ金のアフィリエイトという実態、そして次々と新手の現れるケータイ犯罪。
それにしても、子供を持つ親、教育に携わる教師など、読んでおいた方がいい本だと思う。トラブルに対処するため、とかいうことより前に「こういうことが現実に起きている」ということすら知らない事象もあるし、自分には無関係という安易な考えへの自戒の意味も込めて。

というわけで目を酷使してしまったわけだが、今日は調子は悪くない。

午前中に仕事を片付けて、京都に着いた仕事関係の知人と携帯のメールでやりとり。朝早くに着いたそうで、漫画喫茶で時間潰してますというので、慌てて会う段取り。
普段はメールや電話で打ち合わせなどは100%済んでいたし、それで何ら齟齬は生じていなかったのだが、今回ちょっと込み入った話と打ち合わせがあって、直接話しましょうということになった。
もちろん俺の状態はよくご存知の相手なので、自分から京都へ行く、日帰りで帰る、という段取りを済ませたあとで連絡して来られたわけ。申し訳ない限り。
支度をして外に出ると、「比叡おろし」とでも言うべきか、風が強い。気温の低さより風が冷たいので、慌てて帽子を取りに部屋に戻り、マスク手袋マフラーに帽子というスタイル。
相手は「祗園四条駅近くにいる」ということなので、最近運動不足なので電車で行くことにする。

本当は今の時期電車やバスに乗りたくはないのだが、この時間は空いているし観光シーズンでもないから大丈夫だろう…と踏んで叡電に乗り、電車に乗るのは何ヶ月ぶりだろうか、それにしても電車の中の暖かさよ…とか思いつつ出町から京阪で四条大橋へ出る。
途中「川の近くは寒いから、四条河原町でいいですよ」と打ち合わせ、阪急前で落ち合った。
京都に移ってもう3年ちょっと、ということはこの人とも3年ぶりということになる。直接会うとやはり懐かしく、お互いに笑顔になって「老け具合」を確認し合った。
喫茶店へ入り、結局2時間ちょっと話した。世間話はほとんどなく、ほぼ100%仕事の話。やはり会って話すべき内容だった。
帰りはと聞くと「出来るだけ早く」と言うので、喫茶店を出て四条烏丸駅までの道を教えがてら寺町まで一緒に歩き、その間にちょっとだけ世間話。
「次はゆっくり来てくださいよ、酒でも飲みましょう」と言い、最後は握手をして別れた。
こちらはそのまま買い物もせず、まっすぐ帰宅。
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2011-01-17(Mon)

目眩

1月17日(月)

朝起きたら外は雪で真っ白、空はどんより。
いろいろちょっと立て込んでいて、食欲なく何も食べずに作業開始。
気が付くと外は青空が見えていた。
昼前に何か食べないとなあ…という義務感でトーストを焼こうとして、ホコリを被ったコーヒーメーカーに目が行った。
昔は近所の商店街にあるコーヒー店で、目の前で焙煎してもらった豆を自分で挽いてドリップしたり、夏はコーヒーを濃く二度出ししたのを冷やしてアイスコーヒーを作ったりしていたものだ。けっこう長い立ち仕事だったのだが、それも病気になってからはコーヒーメーカーに任せることにし、さらに一人になってからは市販の粉を一杯分だけドリップするだけだった。
ぽつねんとホコリを被っているコーヒーメーカーが何となく可哀想になって、丹念に洗ってから、久しぶりにコーヒーを落とす。水出しも出来るやつで、けっこう愛用してたっけ…。
それからトーストを2枚焼いて、コーヒーで食べた。

それにしてもここ数日また少し目眩がする。くらくら、というほどではないが目を動かすとぐらっ、とくる。
連れが亡くなったあたりは強度のストレスもあったせいか、目眩がひどく歩くのも辛いことがあった。あれに比べれば軽いものだけど、パソコン仕事にはしんどい。メガネの度が進んだのかも知れないし、そもそも酷使し過ぎでもある。とにかく作業は進めないといけないので、それ以外はまた目を休める。
ソファに横になって目を瞑っていると、ユキがにゃあにゃあ言って脇の下に無理やり体をねじ込んできて、額をぐいと押し当てるようにして丸くなった。
動かないようにしてやっているうち、こちらもうとうと。
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2011-01-16(Sun)

おもろい時代

1月16日(日)

夜中に何度もユキが布団に出入りするので、その都度起こされる。
大人しく下のリビングで床暖房ぽかぽかで寝てくれればいいのに、潜り込んでくる。まあそれは布団の中はぽかぽかだし、こちらのどこかに密着しているので安心感もあるんだろうけど、熟睡できない。
こういう時はきっと外がぐんと冷えた時なんだよな…と思いつつ、薄く、だらだらと9時頃まで寝た。
起きて北側のベランダからいつものように比叡山を眺めようとして障子を開けたら雪。既に数センチ積もっていて、さらに降り積もり中。
先日、放射冷却に比べれば雪が降る湿気のある寒さはまだいいもんだ、てなことを書いた覚えがあるが、今回の雪はかなり寒さを伴っていると体感できる。同じ雪でも色々あるなあ…と思いつつ朝のルーティンを終えて、仕事のメール確認や連絡。

仕事ではないが、友人のT君からメール。彼は敏腕バリバリのプログラマでありSEでもあり、重度の漫画・アニメオタクでもある。ただネット上のニュースは幅広く、いつも驚くほど早く教えてくれる。彼は仕事上だか立場上だか(実は一度も直接会ったことは、ない!)、ツイッターやブログをやっていない(本当はやっているのかも知れないが、知らない)ので、直接メールで「配信」してくれる。

再三ここに書いてきたように、一昨年連れが亡くなったあと、どうしてもテレビをほとんど見られなくなってしまった。
といってもタレントがゴルフをしたりうまいものを食ったり旅行したりしてる映像…つまり「彼らが楽しんでいる映像をただ見せられるだけ」のものや、わっはっはと笑えるお笑い番組・バラエティのたぐいが見られなくなった。そういうものを蔑んでいるわけではなく、夫婦の時は二人で眺めていたからだ。
ニュース、それもニュースショーではない純粋な報道番組、スポーツの類はそれでも見られていて、一年ほどしてようやくまた以前ほどではないものの、バラエティも見られるようになった。
ニュースはネットの方が早いことも多くなったのと、テレビの場合は放送時間に見ないといけないので、どうしてもまずネットからニュースもチェックするのが習慣になる。
そうすると、「自分が読みたいと思ったニュース」しか読まなくなるので、なるべく幅広くと思っても、芸能関連の下らないゴシップ関連や、テレビだとよくある「番宣」の類の「ニュース」(実際はニュースでも何でもない)などを全く見なくなってしまう。だから時々気晴らしに見るバラエティで「誰?」という人が多くなった。まあそういう番組は見なくても知らなくても全く不便・不自由がないわけだけど、そうではない人との共通の話題に困る。

T君はそのあたり絶妙で、例えば海老蔵クラスの「事件」になれば普通にニュースとしてこちらもたびたび見るが、年末のO桃&A木騒動、某店のおせち騒動などはネットでの「話題」段階で教えてくれたので、逆にテレビが取り上げる前から見ていた。やはり近年のネット社会が進むにつれ、情報を受け取る側にもかなり色々なスタンスの変化が生まれてきているなあ、としみじみ思う。
若い人の中にはその「ネット」の情報しか知らない、それも自分が選択した狭い範囲の情報しか知らない、という人もいるだろう。新聞の購読数の激烈な低下にも、それは現れている。
何か判らないことがあっても全て「ネットで調べられる」「最悪誰かに聞けばいい」という。ただ、当然ながらそういう人が貰ってる「ニュース」のソースも、言うまでもなく元もとマスコミの人が集めて配信しているものだし、ウィキペディアだって誰かが記述・編集して載せてあるものだ。まして他人に聞くということは、その人の考え、趣味趣向が混入するバイアスがかかる、フィルタがかかるという懸念がつきまとう。マスコミの流すものもしかりで、同じ事件・出来事の報道でも会社によって全く変わったりもするのがいい例だろう。
そらリアルの実社会でも同じだろう、という話だが「いい悪いの話」ではなくて、自分の若い頃と比べたら何と楽チンか、ということなのだ。

「バカと思われるのが嫌なバカ」は、狂ったように「知らないこと」を潰していくために本を読み漁り、博識な人には質問責めにしたり、古書街をまわり内記図書館から国会図書館まで出入りするようになる。要するに今でいう中二病ってやつだし、痛い若造なわけで、まあ自分の若い頃なんすけど(笑)。

とにかく情報・知識の収集という目的は同じなのだが、その手間と時間、労力が今のネット社会とはケタ違いだった。ただ、部屋にいてキーボードを叩きマウスをくいくいすれば目の前に表示される「情報」と、足で苦労して集めた「情報」と、やはり苦労度に比例するのか重さが違う。これは両方実体験してきた世代ならではの実感だ。
誰でも得られる情報の集積が知識、教養や哲学みたいな深みを持つかどうかはもちろん本人の資質によるわけで、結局バカは死んでも治らないのであるが、それは置いておく(笑)。ただ入手方法が困難であった・苦労して集めたものの方が、その「集める苦労」という行為そのものの記憶とセットになるので、身になっているような気がする。

今の自分は相変わらず知らないことだらけで浅学非才のただの凡人なのであるが、そんな中でも苦労して集めて身に付けたものや、たくさんの才能ある作家さんたちと仕事の上で関われたこと、伝えていただいたたくさんの言葉は本当に宝物だ。
作家さんじゃなくても、そこらへんに居るおもろいおっさんやおばはんの抱腹絶倒の人生経験談も、大学の先生の専門的な話も、面白い・面白くないという観点からだと対等に評価されるので、面白くてちゃんとためになる・役立つってハードルが高い。役立つというのは「考えさせられる」「刺激を受ける」ことによって「自分が高まる」ことでも十分だろう。なので世間話やエロ話にもそれなりの意味がある。だから、やっぱり色んなところへ出て色んな人と会ってナンボ、という編集という商売は面白かった。
「ガロ」の仕事や取材で関わった人らの感性、作家さんの仕事場で伺った創作に関わるお話、関わらないけど見せていただいた趣味のことなんかも含め、それらはネットで居ながらにしては得られないものだったのは確かだ。

もちろん今の20代の人たちは物心ついた時にはインターネットが「普及」していたんだから、スタートラインが全く違う。ネット社会に最初からある人たちは、かなりの情報を自室に居ながらにして集めることができて、その上でリアルな社会…本や教師などから補完・補強することも出来る、と考えると、やはり羨ましい。順番としてどっちの方がいいかという話ではなく、自分が苦労してかけずり廻っていたかなり多くのことが、今ではクリック数回で得られる、という「今」現実の話。

さてT君はマンガ・アニメ関係のオタク情報にも非常に精通していて、こちらの弱い部分も補完してくれるから、非常に有り難い。しかもオタクでありながら、かつて「ガロ」を読んでくれていたように、そちらの幅も広い。本当に脱帽する。「オタク」という意味がもう変化しちゃったのでややこしいが、とにかく、文学から萌えアニメまで幅広く興味を持つ方が、マンガやアニメを差別する「活字信奉者」や、逆にマンガやアニメしか見ない「オタク」よりも世の中面白いと思う。経験上。
加えてよく思うのは、昔はテレビや映画に出られる人は一握りの「芸能人」でありスターであったし、また活字に限らず漫画も含めて作品を商業的流通に載せる…つまり本を出せる作家も限られていた。さらに、そういう表現に対する批評はさらに少ない媒体で限られた人たちが行っていた。
けれど、近年はネットの普及で、誰でも買った本について正直な感想を述べることが出来る。作家と対等どころか見下して、したり顔で批評をする素人さんも多い。また表現そのものも、何も商業出版をせずとも同人誌もあれば、ネットで発表もできる。それらの相互乗り入れも今や当たり前の時代。

片方で、ネットやPCとその周辺、ゲームも含めたテクノロジーの進歩がめざましく、30年前には無かったり想像も出来なかったり、あるいは想像はしたがこんなに早く具体化するとは思えなかった技術が次々に目の前に提示されるようになってきた。

T君に限らず他にも数名、自分を気にかけさまざまな情報をくれる人たちがいてくれて、「死んでる場合じゃないですよ」「こんな面白い時代ないですよ」と言ってくれる。そうして、熱心に色々と教えてくれるわけだ。
「もう少し、見てかないと損ですよ」
そう言われていると、何となくそうなのかな、という気になってくる。
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2011-01-13(Thu)

お猫様

1月13日(木)

朝方寝苦しいと思ったら、掛け布団の上・俺の足の間にユキが寝ていた。両足の間に重しが置いてあるようなもので、無意識で寝返りをうてずにいたらしい。こちらが目を醒ました気配で先方(笑)も目を開けてこちらを見ていたので、布団の肩口を持ち上げてやったら中に潜り込んできた。ようやく横向きに姿勢を変えられる。
そんなこんなでその後は若干寝不足気味で、8時ころ起きた。体のアチコチが痛い。もっともこれは猫のせいではなく、このところ根を詰めてPC作業をしているからだ。休めという人がいないと、本当に区切りをつけるのが難しく、集中してると休憩も忘れてしまう。
リビングのテーブルでTV用のハイビジョン液晶モニタに向かいつつ仕事をしていると、床暖房が心地良いせいで、こちらのあぐらをかいた足に猫が寄ってくる。ひどい時は2匹同時ということもある。
この2匹はふだん仲が悪くて、くっついて寝るとか、仲良く毛繕いし合うということはほとんどない。そればかりかこの部屋の中ですれ違うだけでユキは「うにゃ!」と威嚇の声を出し、すっかりオッサンになったシマは早足ですれ違う。なのに、こういう時はテーブルの下で俺の足に体重をかけ、ほとんど近接して寝るんだからどういうことなんだか。
結局寝ても起きても、「お猫様」に身動き取れないように固められているようだ。

猫同志が仲がよろしくないと、どうしても間に立つというか、人間が両者の間で右顧左眄することになる。犬はリーダーを求めるので、それこそ「権勢症候群」でもない限り、普通は飼い主を頂点に序列が出来て秩序が保たれると聞く。
でも猫の場合は個体個体がリーダーなので、気が合う同志は仲良くやるし縄張りも共有できるかわり、ソリが合わないと何年一緒に暮らしてても猫パンチの応酬になったりする。親子でもケンカばかりするのもいるし、年齢も性別も違うのにいつもくっついているのもいる。そのあたり人間とよく似ている。
そして人の愛情も、奪い合う。
片方が甘えタイムに入って喉を鳴らして寄ってきて、撫でろ、毛を梳いてくれとスリスリしていると、必ずもう片方がそこへ割って入って来る。
シマは一人で二階で寝ていることもあるが、ユキが階下で俺に毛を梳かせていると、必ずどんどんどん! と降りて来て、その間にわざわざ入って来て香箱を作ったりするから面白い。面白いが、どちらかを依怙贔屓するわけにはいかない。
猫はちゃんと愛情を注いでやらないと、拗ねる。犬のように健気にハアハアと息を荒くし尻尾を振って飼い主に愛情を求めたりせず、暗いベッドの下から目だけを光らせてじっと見ていたりするからややこしい。
まあ、そういう自分勝手のように見えて、過度に媚びず、群れず、自由で、なのに愛情を求めているというところも猫の魅力なのだ。

それにしても二匹が仲が良ければこちらも気苦労をせずに済むし、見ていても楽しのだが…。
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2011-01-12(Wed)

風邪?

1月11日(水)

どうも昨日からくしゃみが出て、背中が寒い感じがする。何かに取り憑かれた…のではなく風邪だろうか。真冬だし容赦なく外は寒いので、家の中でも暖房しているリビングから、廊下のドアを開けてトイレのある玄関脇へ出ると寒気がするのは当然としても、床暖房・エアコンが効いている仕事場=リビングのテレビ前でも背中がゾクッとする。
もし風邪ならいかんな、と思って昨日はあったかくしてとっとと寝た。
今朝は幸い昨日と同じような感じで、風邪らしい兆候もあれど悪化していることもなく、特に変化無し。
変化がないというのはいい事だ。この時期油断すると普通の人でも風邪をひきやすいし、インフルエンザもある。自分は重症化しやすいので注意しているが、こればかりはもう正直運頼みという感じではある。

一応本業の仕事のことはあまり書かないことにしたし(先方の希望と、守秘義務というのもあるし)、病気もあってあちこち出かけたりも出来ないから、どうしてもそういう卑近な話題ばかりになる。
一人だと食生活がいい加減になって体調を崩す、なんてことが世間的に良く聞く話だけど、俺の場合はもりもり食えているうちは大丈夫だろう。そういえば知り合いにメールで「最近料理写真多くないですか?」と笑われた。
夏に入院・手術した時は5〜6kg痩せたが、それを取り戻し、さらに3kgくらい太った。太れるうちはまだいい。
…と思うがこれ以上太ると違う方面で色々まずいかも知れない。そう思いつつ、土鍋で飯を炊く香ばしい匂いに腹が鳴るのであった。
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2011-01-10(Mon)

ヘァンブゥァーrグ

昼に湯煎するタイプのハンバーグを作って食べたらすこぶる付にまずかった。
なので夕方買い物に行った時、発作的に牛豚合い挽き肉と有機栽培の玉葱(一個148円)を買った。関係ないけどそのスーパーの毎回習慣で提示している会員カードのポイントとやらがえらく溜まっていて、レジのおばちゃんに1月で切れるのが多いから商品券に換えた方がいいと言われて、やってみた。
カードのバーコードを機械の指示通りに読み取り機にあてると、5000ポイント以上あって、何と500円の商品券相当のレシートが10枚出て来た。その都度印字するのでペロッと出るたびに取って次を待つというので、後ろに並んでた小学2年くらいのガキもとい男児が「すげえ…」とつぶやくのと、その親が舌打ちするのを背後で聞きつつ全部取って帰宅。

夕飯は仕事が残っていたので簡単にお稲荷さんとポテトサラダで済ませたが、意外と早く終わったのでビールにする。
で、つまみがわりにおもむろにハンバーグを作った。



マッシュルームが無かったので、市販のドミグラスソースに赤ワインと椎茸(!)を加える。3つくらい出来て、2つは真ん中を凹ませた形を作ってから袋に入れて冷凍。

箸でほろっと割れて、ジューシーで柔らかく美味だった。
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2011-01-10(Mon)

イマイチ。

1月10日(月)

朝方ユキがベッド脇から顔の横にドッ! と上がってきて起こされる。布団の中に潜り込んできて丸くなっているのを触りながらうとうと、結局そのまま7時半起床。昨日の日中には無くなった雪が、夜の間に数cm積もっている。小雪が舞っていた。家の内外でユキが舞うのかい。

午前中携帯のメールに着信があるので見てみると、取引先の担当者からで、トラブルの報告。こちらも仲間に連絡を取ったりと、バタバタした。うーん急いで作業をしたものは大体おかしなトラブルがついてくる。
別件でも俺ではちょっと判らないレベルのトラブルがあり、K君と連絡を取っていたが、そっちは午前中には解決した。やれやれ、こういうことは不思議と重なるものでもある。

夕方諸々が一段落し、風呂。髪を乾かしてから、いくつか買い物と郵便物出しがあったのを思い出し、済ませてから入るんだったと後悔。外は昼前から青空になり、時おりチラチラと雪が降ったり止んだりだったのが、いつの間にかけっこうまた降っている。
体をじゅうぶん温めてから厚着をして買い物に出かけた。傘をさし、もちろんマスクに帽子にマフラー、手袋。メガネがサングラスだったら完全な変質者である。

買い物を終えて買ってきたものを片付け、おもむろに数日気になっていたガス台の換気扇フィルタを交換。使い捨ての薄手ビニール手袋をしてから、受け板を外して茶黄色くなった前のフィルタを外して捨てる。受け皿は油落としの洗剤スプレーをかけてしばらく放置、その間に換気扇本体をアルコールを染みこませたキッチンペーパーで拭く。油はアルコールでよく落とせる。
こういう作業は「もうそれくらいにしなよ」と言ってくれる人が居たうちは、それで踏ん切りがついた。今はやり始めるとキッチリやらないと気が済まないので、入念に掃除。よく考えたらこういう作業も普通は風呂の前にやるよな、と思った。
今日はトラブルあり手順違いありで、今いち。
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2011-01-09(Sun)

PC三昧

1月9日(日)

世間的には3連休の中日ということになるらしい。関係なく仕事の予定が入っている。

さてどうも朝から仕事で使っているメインノートPC(Core2Duo)がおかしい。
というより2008年に買った後、半年でキーボード全体がぶかぶかしてきて右上の方がはがれかかってきた。トタン板みたいにペコッと持ち上がる感じ。
もちろん初期不良にせよ何にせよ、一番使う部分なんですぐ交換に出せよ、という話だけど、我々仕事で毎日ガシガシにPCを使う人は「修理のために何日〜何週間かマシンを預ける」ことは物理的に不可能。その間代替マシンでうんたら、と言われても、長年の積み重ねで自分に絶妙の設定にしてあるアプリケーションの数々、ブラウザ環境その他をそっくり移動させたりバックアップ取ったりで何日かかるか、という話。
当然その間は仕事にならない。毎日仕事してる人にとって仕事にならない日があると、とても困る。
ゆえに不良品をつかまされた不愉快さは置いといて、だましだまし使い続けることになる。そうしてたら、次にキーボードのエンターキーがブッ壊れた。次に方向キーの「↑」が取れた。もうね、本当に…orz と思いつつ、ワイヤレスキーボードとマウスに切り替えた。結果論だが十倍楽になったケガの功名は置いておくとして。
とにかく仕事柄キーボードは徹底的に酷使する使い方なので、まあ最初にいかれるのは仕方ない、他に不具合はなし…と思っていたら、去年の夏にDVDを認識しなくなった。かろうじてCDだけなぜか読み書き出来るので、iTunesで買った曲だけは焼いておいた。年末にはCDドライブとしても壊れた。そして年明けから変な音を出すようになった。
経験上、こら死にかけとるなあ、と判る。
光学ドライブがいかれてもまあ取り立てて不便はないからいいか、CDや映画を借りてとりあえず取り込むこともあるが、先代のマシンもあるので別段困らない。(そのマシンは2005年に入院時の友であったPentium Mマシン)
しかし本体から異音がするのは嫌な予兆だ。とにかくサーバのようにほぼつけっぱなし状態で酷使の限りを尽くしているので、悲鳴をあげているらしい。
仕事でPCを使うようになって15年以上経つので、痛い思いは何度もしてきた。なので今もデータ類は全て外付けHDDに記録している。最悪本体にクラッシュが来ても仕事のデータやバックアップは無事なようにはしているが、先のアプリの設定やインストール、環境設定を全く同じにすることは不可能だ。何しろOSはいまだにWinXpで、新しくマシンを買えばWin7になる。Xp互換モードがあるというが、結局「環境が変わる」ことに変わりはない。
最近はその環境も含めてそっくり移転させるソフトもあるが、OSが変わったら無理だろう。だいたいアプリケーションやドライバの類も正確にどれがどれくらい入っている、など憶えてもいない。極力オンラインソフトなどは「これは使用中」と判るようにミラーリングしてあるが、完全に同期させていない。ああ面倒くさい。

ちょっとだけ将来に備えてバックアップや環境移転の準備をするが、それだけで半日がかり。もし仕事やプライベートのデータを外付けにバックアップしていなかったら、数日かかるところだ。それにしても面倒くさい。そしてその合間にも仕事の連絡や作業はある。
気が付いたらPCに6時間くらいかかりきり、という感じ。体じゅうビキビキになった。
そういうわけでそれ以外は極力PCを休ませてやることにして、「積ん読本」を消化。
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2011-01-07(Fri)

TEPPEN

1月7日(金)

朝方、ユキが階下でウワォンウワォン、ニャアニャアと大音声で鳴き続け、徘徊しているので起こされる。ユキの悪癖というか何というか、俺の姿が見えなくなったり、単に何か不満があったりすると俺が居てもこういう行動をとる。
プリンタと壁の間とか、狭い空間に無理矢理入り込んではもの凄い声を挙げながら自分の尻尾をくわえてクルクル回転しては徘徊し、また同じことを繰り返す。
耳が聞こえないので「コラ」とかその都度言っても全く学習しない。基本、「寂しい」という感情の時が多く、俺が買い物などで出かけた後や、寝ている間にトイレに行ったことに気付かずに捜し回る時とか、あとはこちらが二階の寝室へ上がった後、それを見ているのに「くるくる行動」をとる。
隣近所に漏れ聞こえたら、あの家は猫を虐待している、と絶対に思われるだろう悲鳴にも似た大声だ。本当にやめて欲しいが、学習させることも出来ないからやめさせる方策はない。
一番いいのは「くるくる」してるところへこちらが赴き、「こら!」と手をあげるマネをするくらいだ。こうした早朝にやられると、ぬくい布団から出て下へ降りて止めさせ、また戻ってくるという非常に面倒な行動を強いられる。

今朝は時計を見るとまだ5時半。外は暗い。寒いわ眠いわで放っておいたが、一時間経ってもまだ続いているので、しょうがなく下へ降りて行った。
リビングの脇にある5畳くらいの洋室、ここは前に夫婦の仕事部屋に使っていた部屋だが、今はリビングで仕事をしているので、物置になっている。仕事部屋当時にパソコン机にしていた机の上には文具や書類、本、プリンタ台の上にプリンタが鎮座してあるが、その台と押し入れの襖の10cmちょっとの隙間で、案の定大声を出しながらくるくるしている。
足音を偲ばせなくても聞こえないので、つかつかと部屋の入口まで行き、いきなり電気をつけて視界に入ると、仰天してフッ飛んで逃げていった。床にはユキがそこへ入り込む際に蹴散らしたペンだのハサミだの、クリップやら資料書籍だのが散乱していて、片付ける気にもならない。
やれやれ、と思って窓の外を見ると、しんしんと雪が降り積もっていた。寝ている間にけっこうな量降ったようす。まさか雪だ、と知らせたわけじゃないよな、ユキだけに…と思って自分でも失笑しつつ、ベランダに出る。年末にも書いた気がするが、こういう雪の時はそれほど寒くない。カメラで雪が降る街を撮影して戻る。すっかり目が醒めてしまった。

結局そのまま起床、朝のもろもろを済ませてホットドッグとコーヒーで朝食、その後はごろりとソファに転がっていた。しばらくしてメールチェックをすると、いつもネットウォッチをしているT君が「2ちゃんねるの板が荒らされてますね」とのこと。メールは昨日の夕方だった。ニュース速報といくつかの板が、「記者」のPWが流出したかして、何者かにスレッドを乱立され機能停止しているという。
ふうん、大変だねえ…と思いつつ、ついでというか、そのままPCで仕事。本当は昨日始めている予定の仕事をちょっとさぼっていたので、早起きさせられたついでに片付けてしまおうと、とりかかる。昼までには終了。


さて今日は七草、お粥を食べる日なのだが、昼は生ラーメンが残っていたので食べてしまうことにした。冷凍してあった刻みネギ、雑煮用のほうれん草チルド、出来合いのメンマと豚角煮でおいしくいただく。お粥どころか濃厚醤油ラーメン角煮載せ。

ところで先のT君から今日の午後に来たメールによれば、フジテレビ系で4日に放映された「芸能界特技王決定戦 TEPPEN」で、「絵画部門」で1位(=TEPPEN)になった本村弁護士の鉛筆による細密画が、ある写真のトレースではないかとネットで話題になっている、という。(本村健太郎弁護士がフジの番組「芸能界特技王決定戦 TEPPEN」で描いた絵にトレース疑惑 | ニュース2ちゃんねる
指定されたサイトに彼のテレビで発表した「作品」と、オリジナルであるといわれる写真(カラー)の比較画像があったので見てみたら、これはもう模写というレベルではなく明らかにトレースだと思える。
「模写」の場合はオリジナルを見本、手本にして、それをそっくりに描こうとする。何度も見て、構図や色、線、アクセントその他を学習するために、非常に効果的な手法。漫画でも、よく勧める。
ただ、「トレース」の場合はオリジナルを、それこそ「下敷き」にしてそのまんまなぞる、ということだ。これもまた意味がないわけではなく、どうしても構図をうまくつかみにくい初心者などは、複製したものを下にしてなぞってみたり、例えば書道などでもお手本を透かしてなぞるなど、別段珍しいことではないが、両者は似て非なるというか、全然意味が違う。
自分で写真を撮ってきたものをお手本に、模写をしようがトレースをしようが、対象となっているものに肖像権その他の権利を主張されなければ問題ない。
ただ他人が作品として発表したものをお手本にした場合、トレースは論外だが模写をしても、参考にして描いたとしても、断っておかないと後で訴えられて負けることがある。漫画家さんはこれに配慮して資料は自分で撮影する、という人が多い。(以前池上遼一さんにインタビューした話を書いたことがあるが、作品をたくさんの人の前に発表するプロはとりわけそういう部分には注意している)ましてや他者の作品をトレースし自分の作品だと公表した場合、あくまでも今の時点で「仮に」著作権者に無断でトレース作品を自分の作品として公表したとしたら、かなりまずいと思う。
著作権者に事前承諾を取っていたとすれば、そこの問題(著作権に関して)はいい。テレビなので当然ディレクタやプロデューサなど複数の「フィルタ」が通ってるはずだから、何らかの大人の事情はあったはずだろう、何しろ彼は弁護士である。
ただ著作権の問題どうこうより、その絵画が作品としてどうなのか、という評価はまた別問題。
そもそも鉛筆画と油彩や水彩、写実画と抽象画や漫画、「絵」と言っても色々あるので、いい悪い・優劣を十把一絡げに評価するのは元もと、非常に難しいわけではある。

それよりこの番組、実は録画して後追いで俺も見ていました(笑)。
正月はダラダラと酒を飲んで、バラエティをザッピングしたり同録したりしたのを消化する、という感じだったので。
この番組中の「ピアノ部門」では、カンペキにベートーベンを弾いたミッツ・マングローブが上かと思ったのに青木さやかに負け、その青木さやかは初代TEPPENのさゆり(かつみ・さゆり)に負けた。最終的なさゆりの勝ちは納得したが、ミッツ×青木の時は「?」と思った。しかし審査員の服部克久が演奏時の感情の表現としての表情も重要、というようなことを言っていて、そういえばミッツは演奏時に楽譜をずっと追ってばかりいたな、と妙に感心したり。
ピアノの演奏はとりあえず「楽譜」があるので、まずミスタッチをしたりすれば、そこが減点になるのは判りやすい。ただ、その上で強弱(これも楽譜にある場合が多いけれど、演奏者の表現としての起伏など)、表情、もっと言えば気迫とかオーラ(笑)みたいなものを感じさせるとか、とかく芸術・表現は評価が難しい。

他にも卓球対決や剣道対決などもあって、意外な人が意外な「特技」を持っていることが判ったり、その真剣な姿が感動を呼んだりする…という狙いでこの番組は作られている。武道やスポーツはルールがあって点数や審判で勝敗が決まるものなので、そういう部分は判りやすいと思う。

さて件の「絵画部門」だが、個人的にはHGの絵が一番面白いと思った。技法的にどうこうより、面白かった。パパイヤ鈴木とダチョウ倶楽部・肥後の絵は評価以前に基礎的な画力が足りなすぎで、ヘタウマの味までも行ってない感じ。ヘタウマの領域なのは南キャンのしずちゃんだったが、今回の絵は今一つ。もちろんこういう「評価」などしょせん個人の主観だということだけど。

で、本村弁護士の絵だが、絵の巧拙ということでいうと、「本物そっくり」=写実がうまいという人も多いが、それだと写真が一番いいということになり、絵の否定になると思う。まあ何度もそう言ってるし、誰でも知ってることだと承知の上で繰り返すが、「本物そっくりに描くこと」はもちろん需要もあるし意味もあるし画力・技法も必要だ、でも、似せれば似せるほど、個性・作家性というところからはどんどん離れていくように思う。
もちろん細密画でも「この人の絵だ」と判る域に達している画家もいるけれども、総合的な「絵がうまい」かどうかということだと、写実絵がうまいのか、それとも個性ある作品としての絵をうまいというのか、その部分で判断が分かれる。
とにかく、番組を見ていた限り俺は、本村弁護士の絵にはあまり魅力を感じなかった。仕上げ前のデッサンかな、と思ったくらいだ。
「鉛筆は難しい」と番組中に誰かが言っていたと記憶するが、経験上、逆ではないか。俺の場合は少なくとも鉛筆はもの凄く簡単です。写真をトレースしていいなら、かなりいい線いく自信もある。トレースしていい=個性を出さなくていいということは、これほど個性のない人間にとって有り難いことはないくらいだ。
鉛筆デッサンは何度も何度も線を重ねて描けるので、悪く言えばいくらでも誤魔化しがきく。
例えば漫画の場合、多くの場合鉛筆で下書きやラフを描くことから始まる(最近は一からフルデジタルという人も多いが、デジタルもundoがきくし、修正がいくらでもできる、それに最近のタブレットは優秀で、筆圧感知やツールを組合わせれば鉛筆で描いたようにも描ける)。
鉛筆画の段階、デッサン段階=グレー階調だと素晴らしくうまいのに、ペン入れしてそれらの線が消されると「アレレレ」という人を商売柄たくさん、見て来た。
自分の手でたくさん描かれた「どの線を捨て」て「どの線で決める」のか、この選択がまさしくセンスだし個性で、写実とは離れたところにある漫画絵の魅力、ダイナミズムにつながる…んじゃないすかね。違うかも知れないけど。

で、しかも既存の…それも写真家が作品として発表したものを、それもそっくり「トレース」したのをオリジナルであるかのように(審査員に「目が閉じているのが惜しい」と言われていたと思うが、その時に「元の写真がそうだった」とか言っておけば罪が軽減されたかも知れない)言うのは、さすがにどうかと思う。
もちろん番組は編集されて放送されるから、もしそういう部分をカットしていたら、本村氏もお気の毒ということになる。

ああいう写実画は元になる絵なり写真なり、つまり「お手本」があることは誰でも容易に想像できるから、そこは了解の上で批評することになるけれども、まさか見る側もまんまトレースだとは思わない。
ちょっと前にネットで別の人が発表していた詩を女子中学生が盗作してコンクールに応募し、賞を受賞したということが話題になったことがあった。審査する側の不見識・不勉強を責める意見もあれど、実際は「まさかオリジナルだといって盗作は送ってこないだろう」という性善説にも似た「暗黙の了解」があったのは事実だろう。ましてや今はネット上でプロアマ入り乱れてもの凄い数の「作品」が発表されているから、事実上全てに目を通しておくのは不可能。
「じゃあググっとけよ」ってことだろうか(笑)、しかしそれを油断、不勉強と糾弾するのは酷だと思うし、今回の本村氏の「作品」も、本人がオリジナルだとドヤ顔で持ってきた以上(学生時代から絵は得意で賞も取ったと紹介があった)、審査員を責めるのは気の毒な気がしないでもない。

それにしてもラーメンの味にしても、絵の巧拙にしても、他者が「良し悪し」を判断するってのは難しいということだけはよく判る。



夕飯は土鍋でご飯を炊いた。ほっかほかのアツアツ。


おかずはチンジャオロース。市販の素は味が濃いので生しいたけと日本酒を加えてかさを増す。


自家製白菜の浅漬けも。


チンジャオロースは量が多くて2回分、半分だけ食べた。
「あーおいしかった。ご馳走様でした」と声に出すと、普通に手が合わさる。韃靼(だったん)そば茶でほっと一息。仏様と連れ合いの分も淹れた。


今日は休肝日。
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2011-01-06(Thu)

暖かい寒さ

1月6日(木)

年末ちょっと冷えたあたりから、羽毛布団を2枚重ねにした。真夏は何もかけず→薄い羽毛掛け布団一枚→プラス毛布→プラス厚手羽毛布団、という経過。元もと薄いのとセットの掛け布団で、四隅と中間をボタンでパチンと留めて2枚重ねることが出来る方式。なので真冬は重ねると中間に空気の層が出来てさらに暖かいというわけ。
というより、暑い。
おまけにユキちゃんが潜り込んできて湯たんぽのようになる。
京都の冬は「底冷えがする」とよく言われる。2007年に引っ越してきてからまだ4度目の冬。連れ合いと一緒に2度年を越し、失ってから2度目の年を越した。
引っ越してきた翌年・子年の正月は狛犬ならぬコマネズミがいるというので、二人で大豊神社へ初詣に出かけたが、その時に東山の麓の境内では、さすがに底冷えを体感した。
二人でその寒い中食べたうどんは本当においしかった。
それ以外は北海道生まれのせいか、言うほど「寒い!」と思ったことはない。
ただ、何というか、「寒さに包まれる」感覚と「足先から寒さが這い上がってくる」感じは判る。それが「底冷え」なのかも知れない。
幸いうちはマンションの上の階のせいもあって、割合暖かいと思う。エアコンの効率の悪い暖房でも、時々休ませて床暖房だけで過ごす時間も多い。
東京に居た頃の寒さで思い出すのは、真冬の青空の下での寒さ。放射冷却というやつか、金属的な寒さという感じだった。あと、殺伐としたビルの間を吹き抜けるビル風や、高速道路や巨大な橋から吹き付けてくる人工的な寒風。真夏のヒートアイランドといい、つくづく暑さも寒さも人工的な感じがするのが、東京という街だった。
北海道、函館の冬は18歳まで過ごしたけれど、気温から言うと一番低かったはずだ。ただ若かったせいか、雪が降ってるのに学ランだけで中学校へ通ったり(真冬はアノラック的なものを着たが)、とにかくマフラーというものをしたことがなかった。手袋もほとんどはめた記憶がない(スキーなどを除いて)。
何しろ上は吹雪、下は風で積もった雪が吹き上がるという地吹雪のサンドイッチというのも体験したが、それらは「自然の寒さ」だし、雪というのは暖かいものだとずっと思っている。
あの、真冬の大都会、放射冷却の中ビルの谷間から吹く風に比べれば全然暖かかった…というのは若かったせいだろうか。

京都の冬はキーンと透明感のある、どちらかというと故郷に似た「暖かな寒さ」を感じる。山や川があるからかも知れない。底冷えがする、盆地やから寒い寒いという人たちにはちょっと申し訳ない気がするが、気持ちのいい寒さだ。
まあ、一人になってしまった心の寒さが一番、こたえる。
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2011-01-05(Wed)

仕事の邪魔

1月5日(水)

リビングのテレビ台の上に液晶テレビがあって、ノートPCをHDMIで出力して仕事をしている。仕事中はテレビがPCモニタになるのでテレビは見られない。2画面にする手もあるが、それだとハイビジョン画像を左右に二つ表示することになって上下が無駄になり、かなり小さくなる。何より文字を打つのも小さくなって大変。

まあそんな感じでリビングのテーブルの上に仕事の道具…筆記用具からタブレットからキーボード・マウスが常時置かれている。ソファはあるがそこに座って仕事をするとテーブルの位置が合わないので、ソファがあるのに床に座って仕事をしている。
高さ調整にいくつかクッションを重ねて座るのだが、ちょっと休憩に立ったりトイレへ行ったりする目を離すと

すぐこういうことになる。
ま、まあ可愛いからいいけど…。
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2011-01-04(Tue)

鯛兜焼き

1月4日(水)

病院の帰りに買い物した材料で、夕飯の鍋を作る。年末年始、色々料理をしたのでめんどくさくなって、出来合いのレトルト入り鍋の元を買った。魚売り場にいい鱈の切り身があったので、白菜、生しいたけ、九条ネギ、焼き豆腐などと鍋にする。
うーんしかし出来上がりは今一つ。そう、もちろん鍋のスープに納得がいかないのだ。ほんのちょっとだけピリ辛でごま風味の「寄せ鍋」用とあるスープ。
やっぱり一から自分で出汁を取ってから味付けした方がうまいんだなあ。手間はかかるけどかけただけのものは出来る。味噌汁でも何でもそう。でも作ってしまったので食べる。もちろんまずくはない。まずくはない、というそれだけってのも何だかなあ、と思うのは贅沢か。

その後仕事をちょいと片付け、夜に晩酌を軽く…と思って鯛の兜を塩焼きすることにした。
大振りの、刺身をとった後の頭を半分に割ったもので、たったの136円だったか。カマの部分もついていて、これは安くてバカうまなのだ。夫婦二人の頃から、スーパーで見つけるとだいたい買うようにしていた。というよりこんな安くてうまいものを何故皆さんさっさと買わないのかが不思議。

買ってきたばかりとはいえ、匂いを嗅ぐとやはり魚臭い。流水でよく洗い、特に血合いのところは丁寧に取る。奥の方のは爪楊枝でほぐすように取り出す。鱗は包丁の背でこすると飛び散るように取れる。
あとは両面に軽く塩を振ってしばらく放置し、水を出す。出すというより塩を身に染みこませる。
そうしたらいったんまた流水で塩を洗うのだが、自分の場合は料理酒をボウルの上で流しつつ全体を洗うようにする。臭みも取れて一石二鳥。
あとはガス台の魚グリルで鱗の方から焼くだけだ。弱火で焼いていくが、うちのグリルは天地が狭いのと、不完全燃焼が多くて本当の「弱火」にならない。なので何度か途中位置を変えたりしつつ焼くのだが、どうしても中央部の盛りあがっているところが焦げてしまった。ただしそこは見栄えが悪いだけで、身はほとんどない部分なので問題無し。
次は反対側をひっくり返してじっくり焼く。ここは焼き色が目安。表面に薄く焦げ色がつくくらいで十分。ここでお好みで塩をしてもいいが、俺の場合軽く塩を吸っている兜に、食べる時に大根おろしと醤油をちょっと垂らしてつけるのが好きなので、塩はせず、焼き上がりを待つ。
その間に大根おろしと檸檬汁を用意。
鯛兜は煮てもうまいし、あら汁(潮汁)にしてももちろんうまい。
ただ酒の肴なので汁物にはせず(しかも鍋食った後だし)、塩焼きが一番ビールにも合うし日本酒も進む。

焼き上がり。中央部の焦げは仕方が無いか。
それにしても大きい。皿は直径25cmくらいあると思う。


目の裏から眼窩部分をすくい上げてじゅるっと食べる。ここも栄養たっぷり、とろとろ。カマの部分も骨から丁寧に身を外して食べつつ一杯。実にうまい。

最後はこんな立派な「鯛の鯛」が取れました。
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2011-01-04(Tue)

血液内科・呼吸器内科ダブル受診

1月4日(火)

さて三が日は予定通りだらだらと過ごすことが出来た(笑)。元日と2日は昼間からビールを飲んで、昨日まで撮り溜めておいたスペシャル番組の類を消化。途中ウトウトして寝たり、見事な寝正月であった。
今日は血液内科と呼吸器内科のダブル受診日なので、夕べは節制してビールは飲まず(ウソ、小さい缶を3本だけ飲んだ…)、早寝をした。今朝は7時起床。
病院はどうせ8時半からなのでゆっくり支度をし、8時20分ころ家を出る。タクシーもすぐに来て道路はガラ空き、スイスイ走ってすぐ病院。さすがに今日は空いてるだろう…と思ったら、中央待合の再来患者用自動受付機5〜6台にそれぞれ長蛇の列。皆さんお早いことで…。
比較的短い列の方へ並ぶが、やはり巨大病院。視線をエスカレータにやると、受付を済ませた患者がどんどん自分のかかっている病棟の受付を目指して上っていく。
後ろの女に突き飛ばされて追い越されたりしつつ、まず2階の採血受付へ行くが、すでにここも長い列が出来ていて、ようやく貰った番号札は172番。すげえ。まだ8時45分になってないよ。15分くらい待ったか、採血3本終えて、次は1階のレントゲン受付へ。レントゲンは空いており、5分弱ですぐ呼ばれて撮影もすぐ終了。

ドトールは満員か、と思ったらちょうど席が1つ空いたので、カフェラテとジャーマンドッグのセットを食べる。さて、ここからはどちらの科に先に呼ばれるか微妙なところだ。採血の結果が出るまで1時間として、血液内科は10時10分、呼吸器内科はいつも11時頃のはず。しかし呼吸器内科はレントゲンの結果が出ればいったん呼ばれる可能性もある。となると血内は端末で呼ばれるから、アナウンスが聞こえる呼吸器内科の外待合だな…と判断して移動。
果たせるかな、40分ほどで呼吸器内科の方が先に呼ばれた。

I先生はレントゲンの画像を見て、変化なく、炎症もないし引き続きいいようです、とのこと。血液は細かい部分は出ていないが、もう大まかな項目が出ていて、それらも低値とはいえ変化なく安定。WBCは1900とちょっと増えていた。
で、I先生は今日血内もあると知っているので、この待ち時間の間に薬を吸引したらどうですか、と言って呼んでくれたのだが、この時点で9時50分、吸引は薬の用意やらで全部で35分くらい。途中で呼ばれるかも知れないので、血内へ廻って、終わったら呼吸器内科へ戻ることにした。

その後血内の外待合で音楽を聴きながら待つ。今日のBGMは2000年代以降のJ-POPごちゃ混ぜ。曲名もよく憶えていないのも多い。「桜坂」、「さよなら大好きな人」あたりがもう10年かよ! という感じ。「HOTEL PACIFIC」とかもそれくらいか。何かこの10年って自分ではもの凄く圧縮されているのが判る。クイズ出されたら全く正解出来ねえな。出されることもないが。
などとぼーっとしていたら端末で呼び出されて診察室へ。

N先生は「お変わりありませんか」と言われ「はい、特にないです」と答えると「良かったですね」とにっこりされる。今回はWBCがちょっと増えたのと、尿酸値が8.6と高かったのが変化といえば変化だが、数年の単位で見ると小さな上下かと。ただ尿酸値は思い切り思い当たるフシがあるので、これは病気のせいよりも日頃の行いのせいであろう。言わなかったけど。
N先生に「ちょっと手が冷たいのでごめんなさいね」と言われて「全然大丈夫です!」と言って首などを触診していただく。リンパの腫れも目立たないようで、引き続き様子見ということ。次は5週後の2月8日になった。

そのまま同じフロアの呼吸器内科の受付に移動し、戻ってきた旨報告。しばらくして呼ばれて、薬剤吸引の処方を貰って処置室へ。薬と吸入器の用意をしばらく待っていると下腹部に差し込みが来たので、トイレへ行く。戻ってくるとなぜか看護婦さんが「あ、良かった!」と言うので、どうやら捜されたみたい。いつもけっこう待たされるので、何も言わずにトイレへ行ってしまった。
さっそくいつもの電話ボックスみたいなところへ入って吸入開始。このオエッとくるのとだらだらと出るヨダレ、不快感は何度やっても全く慣れない。慣れたかな、と思った回もあったが気のせいだった。
ただ慣れたのは吸入器の「扱い」で、薬剤の混じった蒸気が出なくなっても、いったんその部分を外してから中央に集めるように揺さぶって再び装着すると、蒸気がまた出て来る。それを4〜5回繰り返すとようやく出なくなるので、終わりと判る。まあこんなことに慣れてもしょうがないけど。

終わってまた受付に報告してしばらく待つ。すぐI先生がひょこっと顔を出して呼んでくれ、診察室へ。
相変わらず免疫不全状態なので気をつけて下さい、とかインフルエンザワクチンは受けたことなどを話していると、先生が「肺炎球菌のワクチンは打ったことありますか?」と聞かれる。もちろんないので「ありません」と言うと、打っておいた方がいいかも知れませんね、とのこと。
いわゆる普通の肺炎、というとおかしいが、風邪が悪化して肺炎を併発する…という話がお年寄りにはよくあるが、その多くがコレだという。「お年寄り並、ということですね」というと先生も少し笑いつつ「そうですねえ」と言われる。ただし、これで予防出来る肺炎は全体の3分の1から4分の1程度。季節性と新型インフルは受けているから、さらにこれのワクチンを打っておけば、予防的には効果的でしょう、とのこと。
ただ、俺の場合保険が適用になる条件には入っていないようで、その場で調べていただいたが、年寄り並の免疫力といっても年寄りじゃないし、脾臓の巨大化によって正常に働いているとは思えないが脾臓の摘出はしていないし、抗癌剤などの薬剤投与による免疫低下が予想される状態にもない。
実際にこれほど免疫力が低下している患者が居るのに、「これこれの条件を満たしていない」というところがいかにもお役所仕事という感じだ。ただそこらに普通にある菌だし、感染した場合俺の場合は重症化する恐れもある。なのでついでといっては何だが、今日打っていただくことにした。
すぐI先生に注射の処方と処置室へ連絡を入れていただき、こちらは処方箋と次回の検査票を持って、再び処置室へ向かう。入っていくとさっきもいた看護婦さんが「白取さんですよね、お注射の」と言うので「はい」と言って紙を渡し、問診票を書かされた。その問診票はいったんI先生にサインを貰ってから、注射が発注される。なので廊下の椅子で待つ。処置室に常備されていない薬剤や注射は、下の院内薬局から注射が届くまで早くて10分、遅いと30分というところか。

今度はトイレも行かずに待っていると、10分ほどで注射が届いて、すぐに右肩に皮下注射された。この皮下注射はよく痛いという人が多いのだが、俺の場合全く平気。今回も「じゃあ、ちょっと痛いですけど我慢してくださいね」的なことを言われたが、全然平気だった。抗体が出来るまで3週間ほど、まあ普通の健康体の人ならしっかり出来るのだろう。俺の場合は不明ながら、打たないよりは遥かにいいはず。
これからまだまだ寒く乾燥した日が続く、風邪もインフルエンザもその他の感染症も怖い。普通の体なら何でもない菌やウィルスが俺には危険、というものも多い。

注射が終わっていったんまたI先生に報告して、俺が忘れていった会計用の紙などを渡していただき、下の会計へ。珍しく待つことなくスッと会計受付終了。何だ、朝一だから混んでるように見えただけなのか…と思いつつテレビを眺めていると、どこかの神社の様子が映っていた。
あ、初詣。
思い出して良かった。ただ、家のお札はそのままだ。持って来て交換するのだったが、仕方ない。10分以上経って何気なく会計受付前の方を見ると、何と長蛇の列、それもも2重に折り返しが出来ている。ちょうどエアポケット的な瞬間にスッと入れたようだった。同時に端末が鳴り、カード会計機で会計。高かった。命のためなら仕方ない。

それから病院を出て、熊野神社へ向かう。
曇りだが時おり青空が見える、という天気。気温はそれほど低くない。病院からは歩いて5、6分というところ。お賽銭を入れて鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。社務所で新しいお札を貰い、ついでにおみくじを引く。小学生お女の子二人が受付をしていて、可愛い。
おみくじは「半吉」何か良いこともあるが悪いこともある、どっちつかずという内容。木の枝に結んでから境内を出た。それからスーパーで買い物をし、タクシーでマンション前へ。先月同様、お隣の調剤薬局に処方箋を渡して荷物を部屋に置いて、薬を受け取り、コンビニでパンと週刊誌などを買ってようやく任務完了。1時半だった。

1日に続いて、今日も若干の年賀状をいただいた。
今年も年賀状は失礼したので、寒中お見舞いを返礼として換えさせていただきます。皆さんすみません、ありがとうございます。
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2011-01-02(Sun)

穏やかな正月

1月2日(日)

今日もゆっくり起きて、猫たちにご飯をあげたあとはこちらの雑煮作り。
昨日同様、スープに具材を入れて味付け、餅を焼く。
連れ合いは雑煮の仕上げに柚子の皮を載せるのにこだわっていたので、買い忘れたのは残念だったな…と思いつつ、そういえばと思い出した。
俺はなますはあまり食べないが、連れは自分で作ってよく食べていた。大晦日に「明青」さんからいただいた料理の中に紅白なますがあったので連れにあげたのだが、あれの皮が使える。
というわけで料理はこの状態から

大晦日のうちに全ておいしくいただいてしまった。

ちなみになますはこういう風に洒落た器になっていた。


なので、底の部分を切る。


これで紅白なますの器としては遜色なく、かつ雑煮の上に柑橘のいい香りが漂うということに。


京都は昨日今日と青空も見える穏やかな天気。大雪は日本海側だけなのか、大晦日の雪はあれ以降積もることもなく、それでもまだ残っている。
母親に電話すると、13歳の糖尿だと言われた猫がやたら水を飲んでは徘徊し、あちこちで尿をする、相変わらずその始末にずっと追われていると言っていた。何だかあんまりいい話題もないが、変わりないということはいいことかと無理矢理納得。

昨日は昼から一杯やりつつ録画しておいた番組を見てうとうとしたり、夜はてっちりを食べて雑炊で締めた。今日も同じような感じ。日中明るいうちのビールはうまい。そしてよく効く。
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2011-01-01(Sat)

WEBデジタルガロ掲示板のログデータ

http://yamadamurasaki.net/old_log/index.htm
こちらから、1997当時のログが全て、一切の改ざんなしにご覧いただけます。
多少なりとも、現在とは比べものにならないほど普及率の低かったインターネットの反響、
こちらの対応、読者の疑問、その他「事件」の推移がドキュメント的に俯瞰できるはずです。
2011-01-01(Sat)

てっちり&雑炊

大晦日に届けていただいた「明青」さんのてっちり

を、鍋に。
晩酌の肴としての鍋ゆえ、いろいろとごちゃごちゃ余計なものは入れず、昆布を敷いてネギと椎茸のみを加え、ちょいとアクを取ってからいただく。

味は…天にも昇るとはこのことでしょうか。って死んじゃ困るけど。

でもって仕上げは軽く一膳分のご飯を入れて塩のみで味を調えて、溶き卵で雑炊。蓋をしてしばらくしてから薬味のわけぎの残り、芹を投入。


味は…天国のようで御座居ました。
いや、生きてて良かったほんまに。
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2011-01-01(Sat)

白血病告知から6年目

1月1日(土)

2011年元日。
毎年思うが「2011年」ってSFかよ、と思う。
普段あまりテレビ、というかバラエティを見なくなったが、大晦日はダウンタウンとアンビリーバボーの特番をダブル録画して、紅白を見つつ、時々他チャンネルをザッピングするという見事なテレビ依存の日だった。夕方から晩酌をしつつ、「明青」さんにいただいた料理をいただき、1時過ぎには寝た。

今朝は8時ころユキが布団に入れろと枕元に来て、その後9時過ぎまで一緒にウトウト。ゆっくり起きて朝のもろもろを済ませた後、雑煮の支度にかかる。
連れ合いがいた頃作ってくれていたのは、圧力鍋で煮た鶏ガラスープをベースにした醤油味の雑煮。
さて今年は手羽中とあご節、昆布でとったダシを二度漉して小分けしたスープがある。角餅をオーブンで焼き、スープは塩と醤油で味付け。ダシ醤油だと甘めになるし、ベースになるスープの段階でじゅうぶんダシを採ったわけなので、仕上げは普通の醤油を使う。酒や味醂は入れない。歯触りの野菜は最後に散らす三つ葉があるので、白ネギは斜め切りしたのをくたくたに煮る感じで最初に椎茸、鶏肉と一緒に投入。ほうれん草は仕上げ直前に暖める程度にスープに浸す。
餅が焼けてきたら、スープに入れてとろっとするまでちょっとだけ煮込む。これが我が家の雑煮。
もちろん出来上がったのは連れの写真にも添える。正月はいつも夫婦で昼からお屠蘇だと酒を飲みおせちを食べ、夕方気が向けば近所の神社へ初詣に行くという、ゆるい感じで過ごしてきた。今は一人だが、雑煮が実にうまい。我ながら素晴らしくうまい。既定路線通り、おかわりもする。

大晦日あたりからツイッターのTLではやれうちの方ではこういう雑煮、うちではこうだというご当地雑煮談義が面白かったが、自分の場合北海道、函館の雑煮がどうだったかほとんど記憶にない。18まで居たはずだが、おせちやお屠蘇の記憶はあれど雑煮って食べたっけ、という感じだ。なのでそれ以降、連れ合いと一緒になってからの関東風の雑煮が「我が家の味」だ。
名古屋あたりを境に餅のかたちも角から丸に変わり、地方によってはあんこが入った汁粉のようなものもあるという。どれが正式だとかいう話ではなく、地方ごとに雑煮のスタイルがあるし、その地方でも今度は家庭ごとにアレンジが変わるものだ。
家庭によっては海老を入れたり味噌仕立てがあったり色々だろうが、それはそれぞれの家庭の味。
京都でそういえば何年か前、夫婦でお邪魔していた割烹で丸餅・白味噌のお雑煮をいただいたことがある。白味噌というと甘いという印象を持っていたが、素晴らしく美味かった。まさに和風ポタージュとでも言うべき濃厚で極上の味だった。だからご当地で色々雑煮のバリエーションがあるが、スタンダードがこれというものではなく、それぞれの地で食べるそれぞれのご当地料理だと思えばいいのだろう。

午後、さいたまに住むゆうちゃんの娘たちから年賀の電話。その後変わったゆうちゃんに聞いたら、やっぱり雑煮は母譲りの鶏ベース醤油味だそうで、うちも同じだと笑った。

白血病だと判ったのが2005年の夏、もう6回目の正月を迎えることが出来た。相変わらず普通ではない状態にあるし、ここ一年ほどは入院も手術もしたが、白血病原発とはいえ本体の白血病そのものは無治療。有効な薬もないし、抗癌剤・骨髄移植など過酷な治療に耐えられる体でもなさそうだ。そろりそろりと用心していくしかない。

今年も何とか生きていられますように。いい年でとか飛躍したいとか野望はない。普通に暮らせればそれでいい。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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