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2011-07-30(Sat)

ミナミで串カツ&飲み

7月30日(土)

大阪に飲みに行く。
漫画、というかエロバカ劇画レビューサイトの「なめくじ長屋奇考録」を運営している劇画狼=げきがウるふこと、げウさんに京都まで来てもらったのが、一年前の6月。ちょうどまさかのカリニ肺炎にかかっていた頃で、細かい咳をしたのを憶えている。まさかその後2ヶ月入院、手術など思いもしなかった。
でもって「次はこっちが大阪行きますわ〜」なんつって一年。「そろそろまた飲みましょうや」という話をしていて、季節も良くなったので出かけることにしたわけ。「今度ぜひ」とか言って社交辞令に終わる事の多いこの業界、そういうのは実は嫌いである。飲もうや、と言ったら飲もう。会おう、と言ったら会おうよ本当に。
行きつけなのでぜひそこへ、と言われていたミナミのバー・プカプカで飲む前に、げウ氏と待ち合わせて串カツでも食ってから行きましょう、という段取り。こちらは大阪は何度も行ってるとはいえ、最後に行ったのは3年以上前。土地勘も狂うほど、その間に大阪は激変した。
ところでスマフォに機種変更したのはいいが、ガラパゴスSH003という「一昔前」の機種のせいか使って慣れていくうちに、とんでもなく使いづらい事に気付く。ていうかフリーズしすぎ。ていうかバッテリー持たなすぎ。
満充電して、うちから叡電、出町〜淀屋橋〜なんばと、ほぼただ音楽聴いて二、三度ツイートしたくらいで、なんばに着いて地上に出たらフリーズ。
スマフォでフリーズしたら正直お手上げ。何しろ電源オフにしようにも、長押ししたらメニューが出る。その中にある「電源OFF」をタップしてもフリーズして無反応。待ち合わせの5時より数分前に余裕で着いた、俺って段取り君だな、と思ってたらこのざま。高島屋前というアバウトな感じで、後は携帯で…なんて言ってたら携帯がフリーズとは話にならん。
とりあえず地上に出ようと、丸井から地上に出て高島屋の向かいに出ると雨がぽつぽつ。ふざけんなよ、と思いつつ小走りに屋根の張り出している地下通路の出口まで行き、スマフォをタップしたり電源ボタン長押ししたりあせってると、何かのはずみで(これまたふざけんな、という感じ)電源が切れた。これ幸いと再起動し、げウさんの携帯に電話。
幸いこちらのいる反対側にいて、横断歩道を渡るとすぐに落ち合えた。いやはや何だこのスマフォ。

レバ刺しさっそく、まずは串カツでも…というので案内された店へ。
正直、めっちゃうまかった。
二人とも生ビールを水のようにがぶがぶ飲み、串カツはほどほどに、あとゴマとネギ塩味のレバ刺しを食べたが、初めての味わい。にんにく醤油やごま油で食べることはあったがこれは珍しい。そして本当にうまかった。
これはげウさんも「こんな時期だから無いかと思った」ということで、思わず写真を撮るほど。安くて美味しい店でわいわい飲んで食って話してたらアッという間に7時半、良い時間なので、歩いてバー・プカプカへ移動。
その前にげウさんが「ちょっと一緒に寄りたいところがあるんで付き合ってもらえますか」ということで、何とまんだらけへ一緒に入った。

80年代のエロ劇画の単行本のオススメを聞かれていくつか答え、さらに以前話したことのある、「ガロ」時代に表4広告の色校正で正しくは「作・画 根本敬」というのを「作・面」に誤植されていたのを、俺が校正ミスで掲載されてしまった号を発見した。げウ氏にそれを言うと、「それは貴重」と買われてしまった。何か恥ずかしい。
でもあの当時の「ガロ」はもう手元に一冊もない。60年代から羽良多平吉さんデザインの背表紙のあたりもズラリと揃っていて、懐かしかった。

そんなこんなでプカプカのある雑居ビルへ雑踏の中、歩く。
道々、行き交う人たちは土曜の夜のせいか華やでいて、賑やか。こういう雰囲気は久しぶりだ。
プカプカ、本当は8時くらいから開店なのに、今日はマスターの「エロ漫賀道雄」氏(もちろん本名に非ず)が特別に早く開けてくれたそうで申し訳ない。雰囲気は昔よく行った、新宿歌舞伎町の雑居ビルのような感じで、ゴールデン街とか彷彿させるたたずまい。30分好きな曲をかけていいということでScorpionsをSDカードに入れてったら、カードリーダーを忘れたというエロ満賀氏にフハッとしつつ、常連さんも交えて音楽や馬鹿話で久しぶりに楽しく飲んだ。

時間を忘れるくらい楽しく飲んで、気が付いたら9時半過ぎ。「じゃあちょっと最後のシメに泡盛飲みに行きましょう」というので、さんざんビールがぶがぶ飲んだ後なのに隣の店に移動。沖縄出身のマスターがやっていて、島ぶどうや島にんにくを肴に泡盛をロックで飲む。これもなかなかうまかった。

と、いうわけで久々にワイワイガヤガヤやいのやいのと賑やかに飲んで、10時過ぎに御堂筋の路上で「駅まで送っていきますよ」というげウ氏を制して別れた。「前回ご馳走になったので」ということで今日はほぼ、げウさんの奢り。いやーご馳走様でした。

地下鉄御堂筋線で淀屋橋、始発で京都・出町柳行きの特急に乗り、スマフォで音楽聴こうと思ったらバッテリー切れ。あれ、こういうこともあろうかとわざわざアダプター持ってってプカプカで飲んでる間わざわざ充電して貰っていたはずなのに、電源すら入らない。
モノを作るんなら真面目にやってくれよSHARPさん…ええ、シャープさん?(でも旧式モデルを買った自分がマヌケなのか、でも旧式も出た時は新型で…ブツブツ)
結局音楽も聴けずただ黙って座り、時々ウトウトっとしつつ出町に着いた。叡電に乗り換えて一乗寺まで行って、少しだけコンビニで買い物をして無事帰宅。

京都は日中雨が上がった後、すさまじい暑さだったが、夜になったらちょうどいい感じで涼しい風が吹いていた。
低気圧の多い冬はきついことも多いが、季節も良くなって、たまには賑やかな都会に出てワイワイ飲むのも楽しかった。
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2011-07-25(Mon)

Facebook

7月25日(月)

しかし不景気である。
またちょっと定期の仕事が一つ減ってしまって、大変。時間は余るようになったけど生活が大変。たっぷり時間に余裕が出来たのに精神的にカツカツって、良くないわなあ…と思うがしょうがない。

ところで自分の場合は日常PCで仕事をしていることが多く、また入院してもそれが続けられないと経済的に破綻するわけなので放さなかった。つまりはPCに向かう&ネットにつながってる環境が正常=平常。
で身内や友人知人の多い京都を離れて独り身になってしまったが、こんな病人ゆえにいつ死んでも不思議はない。
病気の状態はじわじわと低値安定しつつも免疫力は確実に不全に近く、血液の状態も正常とはほど遠い。死んでも間違いなく誰にも気付かれないのは、後始末に色々迷惑もかけることになる…ということでツイッターで一日ひと言なんかつぶやけば、とりあえず「あ、生きてるな」という生存確認になるという状態。
ブログだとこうして更新作業が必要(もの凄く簡単なんだけど)で、ツイッターのようにホイッと一瞬で終わる方が楽だ。ゆえにツイッターやるようになったらブログがおろそかになった。ところが誰でもツイッターやってるかというとそうではなく、ブログの更新がないと「どうしたん?」と心配して下さる方がおられる。自分もツイッターの字数では延髄反射になりがちで、本当はこっちの方が近況報告には色々いいんだけど、ついついブログ無精になってしまう。

こうしたネット環境にあると、東京を離れても友人や知人とはメールなりツイッターなりでしょっちゅう接触があるのでさほど寂しさは感じないし、ツイッターだけでつながっている人もけっこう増えた。
ところがツイッターは匿名なので、プロフィールに情報がなく相手がメールやDMで教えてくれないと、当然誰だかさっぱり解らない人もいる。
まあこんな世の中で、ネットとはいえ顔から本名から何から全部さらして「フリチン仁王立ち状態」ってのもどうかとは思いますが…。

さて教え子は一度「申告してくれー」と呼びかけたら答えてくれた数名は把握したんだけど、普通は相手の年齢も職業も下手すると性別も(それはあまりないけど)不明だったりする。そうすると一応、自分なりに会ったことのない人には基本丁寧語という事になる。誰にでも突然タメ口で話す人もいるが、普通、それは「非礼」ということになるし、そういう非礼をする相手を不快と思うから、自分はしない。
なので、会った事はないけどネット上で友人ぽくなった人などの例外を除き、一応そういう実社会でのルールみたいなものは守ってる…と思う。

何を言いたいのかと言うと、ツイッターの場合アイコンとハンドル=ニックネームだけしか解らない人が多いので、ついついうっかり似たアイコンの人を混同しちゃうという事が起きる。いや滅多にないが、どうもそういう人がいて、例えば教え子だとすっかり思い込んでいてタメ口をきいていたような事が起きる。起きたような気がする。

というような事を友人と世間話していたら、「じゃあFacebook始めたらいいじゃないすか」みたいな話になった。そいつはやってないくせに、人に勧める。「やってみてどんな感じか教えて下さい」とか調子のいいことを言う。
まあ乗せられてアカウント作ってみたんだけど、ハッと気付いた。
Facebookとて完全実名じゃないし、そもそも、ツイッターを匿名でやってる人が実名でFacebookやるか、というよりツイッターの匿名アカウントとFacebookの実名アカウントを「これ同じ自分っす」と言うか。
とほほほ。

去年、肺の手術で入院した際(「手術前夜」)に本と御見舞を送って下さった堀あきこさん(とご主人)から、日本酒が届いた。
さっそく御礼のお電話をすると、たまたま奈良へ行く用事があったので、お盆も近いのでお送りしました、とのこと。「八咫烏」という、ご存知日本サッカーの守護神にもなっている名前のお酒。ありがとうございます。

その後お二人がFacebookアカウントを持っておられ、たまたま作ったアカウントが役に立った。これもまた何かのご縁でしょう。南無…。
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2011-07-19(Tue)

診察日

7月19日(火)

病院受診日。
大型の台風が近付いているが、まだ外はさあさあと切れ間なく雨が降り続いていて、風もない。ただ気圧が下がっているのか、単に自分の体調のせいか、腹が苦しく寝床に入ってからもほとんど寝られなかった。
朦朧として8時ころ下に降りて、朝のもろもろを済ませて横になる。相変わらず体調は良くないが、病院へ行かねばならないと、9時過ぎに家を出た。
外は予想に反して雨はほとんど降ってなく、風がやや出て来たかという程度。病院へはスムースに行けた。
しかし出た時間が遅かったせいか、採血で30分以上待たされ、しんどかった。レントゲンはすぐ終わり、呼吸器の外待合へ行って携帯で音楽を聴いていると、胸に入れておいた呼び出し端末が診察室へ入れと言う。これで呼び出したということは、一回アナウンスで呼ばれたのか…と恐縮しつつ診察室へ。
I先生は「まだ採血結果は出てませんが、先に吸入されといたら良いかと思いまして」とのこと。それは有り難い。吸入の処方を貰って処置室へ行き、いつもの個室で吸入タイム。処置室の看護婦さん数人とはそろそろ顔なじみになってきていて、その中の一人が「さっき呼吸器(の外待合)で白取さん呼ばらはったでしょ、その時あれ、何で私白取さんてお名前憶えてるんやろ思って」と笑う。毎月吸入に来てるので応対しているうちに憶えていただいたんだろう。
それにしても今日は吸入もしんどかった。
いつも楽ということはないのだが、今日は体調が悪いだけにしんどさも尋常じゃなく、数回本気で嘔吐しかけたほど。しかし吸入器の方はかつてないほどの快調さで、結局一度も機械を外して振ったりすることもなく、30分。
呼吸器の受付で吸入を終えた旨伝えて中待合で待っているとすぐ呼ばれて、採血の結果と前回の感染症などの検査結果を伺う。

採血の方はWBC1600といつも通りの低値安定、若干高かったCRPも0.1と正常に戻っていた。カリニ肺炎や日和見感染に多い肺炎など、また結核なども全て陰性。結核などにかかった場合、逆に反応が無く気付かない事もあり得るのだが、俺の場合はちゃんと抗体があり、かかった場合はすぐに反応が出る事も解ったので、これまで通り毎月レントゲンを撮り採血できっちり見ていきましょう、ということ。
次は8月16日、何とお盆で五山送り火の日である。大学は休みだが「病院は平常通りなんですよ」とI先生も苦笑。
それから血液内科の外待合へ移動。しばらくするとすぐ外待合で待てという表示が出たので、おお、今日はサクサク進行するわいと思って椅子に座ったのが11時過ぎだったか。
ところがここからが地獄のような待ち時間で、ようやく呼ばれたのは12時半をまわってからだった。体調が万全じゃないときにずっと椅子に座って待っているのはきつかった。

N先生は申し訳なさそうに「お待たせしてすみません〜」といつものように仰る。
採血の結果の低値安定という所見も呼吸器のI先生と同様で、細かい部分でちょっと気になっていた箇所(肝機能の数値や炎症反応など)も今回は戻っているし、問題なさそうですね、ということ。ただ前回追加で入れた検査の結果で、ちょっともう少し細かく調べたいものがあり、それは専門機関じゃないと出来ないそうで、費用は大学持ちで調べさせて下さい、とのこと。病気の進行か、あるいは免疫機能に関してちょっと重要な部分らしい。こちらとしては嫌も応もないので、「お願いします」と頭を下げる。
リンパ節の腫れや脾臓の大きさなども触診していただき、それ以外は問題ないということでひと安心。

会計を終えて病院を出ると、ちょうど今、という感じでざあっと雨が降ってきた。風もそれほどではないがちょっと朝よりは出たか。薬局へ行くと混雑していたので、スーパーで買い物をして帰ってきてしまった。
家の隣の薬局で調剤してもらい、やれやれと落ち着いたら2時過ぎ。
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2011-07-17(Sun)

46歳

7月17日(日)

46歳になった。
46なんて言ったら今の自分でさえ「なんというジジイ」と思う年齢だ。
白血病(的な血液腫瘍)が判明して、正確なタイプがまだ解らず、しかし暫定的なタイプであれば余命は一年無いと言われたのが6年前の今ごろ。その時、当然ながら「6年後」なんかとても想像できなかった。1年後に自分が生きているのかどうかも解らなかった。2年、3年、ましてや5年という単位はとてつもなく長く感じられた。
どうやら1年で死ななくてもいいタイプだと、自分の癌が「じわじわくる」奴だと解ってからは、連れ合いに心労をかけたと思う。何しろ、「一年では死なないけどいつ死ぬか解らない」と言われた明かな死病を抱えた人間と暮らす。そして自分もあちこちに病気を抱えていた身だ。そんな夫婦で助け合い、いたわり合い、手を取り合って支え合って生きた。
それも2009年の5月で終わった。
まさか連れ合いが先に、あんなに急に逝くとは思わなかった。
死ぬならもうどう考えても自分の方が先だろうと思っていたし、支えてくれた連れ合いが逝ってしまったのなら、もう自分も生きている意味がないと本気で思った。今でもどこかでそういう気持ちはある。
連れはもちろん人として尊敬できる人であり愛すべき女性であり、そして敬愛する作家だった。
その連れ合い=やまだ紫が亡くなったあと、影でこそこそあり得ない誹謗中傷を言いふらしている連中がいたことを、少し後になって業界関係者から複数の証言を得た。
本当なら、「やまだ紫」という作家が亡くなったのであれば、それなりの特集なり何らかの漫画界の「礼儀」があってしかるべきだと俺は思っていたし、今でもそう強く思っている。
ところが、「ガロ」の事件にも関連し、やまだを不当に貶め、本人を現実に知る人なら一笑に付すような、絶対にあり得ない人格を傷つけるような「嘘」によって、そうした「追悼」を潰す連中が居たことが、もう名前も全てはっきりと解っている。
でも、もういい。
先日会ったある方からは「「ガロ」の事件は、長井さん亡き後に分裂して原稿や版権がヤクザに売られそうになったのを救ったんだと総括されてるんですよ」と聴いた。ああ、もうそんな話は97年以来嫌というほど聞いたから空いた口が塞がらないという事もなかったし、その人は「当時はネットのユーザも少なかったし、検証しようがないことですから、そのまんま信じている人がほとんどですよ」というのも、苦笑交じりでそりゃそうだろうな、と思う。「当時2ちゃんとかツイッターがあったら、そりゃあもう『祭』だっただろうねえ」とも。
もう別にそれもどうでもいい。
俺が一方的に何故かその「ヤクザ」(笑)の側について、結託したとか大金貰って新しい「ガロ」を始めるんだとかいうそれこそ「漫画」みたいな根も葉もない誹謗中傷ならなんぼでも聞いたし、当初はせめて知る人には逐一説明もしていったが、途中から相手の組織だったオルグに個人が立ち向かうのは無理と判り、また自分や連れの病気もあって関わりあっていられなくなった。
俺っていう個人と付き合っていた人、またやまだ紫という作家と付き合っていた人が、なぜ、別な人間から「あの人たちはコレコレこうだ」と言われてそれをそのまんま鵜呑みにして、俺たちを誹謗する側に廻ったのか?
俺たちにそう思われてしまうだけの、どこかマヌケな一面がきっとあったんだろう。
やまだは「馬鹿正直」「クソ真面目」と言われた人だ。俺はそんな彼女を助けよう、サポートしようとずっと思っていたけど、結局二人揃って狡猾で卑怯な連中の掘った穴に落ちたというだけの話。

俺はどうでもいいが、やまだ紫という作家の作品、また個人を知る人なら、やまだがどういう人か解るだろう。
個人を知らない人でも、たぶん書かれた作品や文章などから得られる印象そのままで、間違いないと思う。それは編集として夫として公私両面で関わった自分が保証する。
信じない、中傷する側の嘘を信じるという連中は、しょせんその程度の連中だから、もうどうでもいい。


…46歳なんか世間的にみりゃまだまだ若造である。
でも40で血液の癌と宣告された人間にとっての6年は重い。重かった。
この間に公私ともに最も敬愛する人を失った。
今の自分に虚栄心もなく、今さら嘘をついていい格好をしようという気など毛頭ないことは理解されるだろうか。
もっとも嘘で騙され踏みつけられたことはあるが、その逆は今後もしたくない。
人を騙し、嘘をつき、不当に自分を高める・他人を貶める連中は残念だけど確実に居る。というより、世の中そういう連中の方がきっと楽に、得をして生きているはずだ。表向きは苦労した、大変だ、なんて言いながら確実に陰では舌を出し札を数えているんだろう。

まあ、こういった気分の悪い話はもういい。
正直、考えて不愉快になることは免疫力の落ちている自分には有害でしかないと思うし、応援して頂いたり、支えて下さる方々への感謝だけを忘れずにいたい。
来年の誕生日に生きてるかどうか全く解らない、自信もない、だから常に自分の死を考え死後に迷惑をかける人をなるべく減らしたい、そこに集中してまた新しい46歳という年齢を生きる。
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2011-07-07(Thu)

七夕

7月7日(木)

もう今年が半分過ぎてしまった。
今日は七夕であるが、会いたい人も今は亡く、特に星に願いもない。
年齢を経るごとに、特に死病を患ってからは一年一年が大事なはずなんだけど、はっきり言ってアッという間。十代の頃の濃密な時間との差は年々呆れるほどに広がる一方で、さりとてそれを今の十代の子に言ってもポカンとされるか失笑されるだけだろう…とか考えつつ、今日も蒸し暑い京都である。
このところちょっとややこしい仕事があって、東京から離れていてもネットがあればデータとメールのやり取りで出来る有り難さを実感しつつ、逆に「定時」が一切ない束縛感があるという不思議。
それでも減ったとはいえ、仕事があるというのは本当に有り難いこと。
出版、編集関係の友人知人と話したりメールなりでやり取りするにつけ「不景気ですねえ」「仕事減りましたわ」ということばかり。
こちらも仕事自体の総量がガクンと減っている昨今、その中でさらに出版関連の割合は激減したといっていい。一応死ぬまで一編集者であるつもりだが、コンサルやアドバイザ的なこと以外、編集者としての業務はほとんどなくなった。これは版元が東京に集中し、作家もその近辺に居住し、打ち合わせやらアレコレでやっぱり面と向かう必要も多く、従ってこの仕事は東京に居ないといかんという構図はある。
だが東京に居たところでこの不景気は変わらず、自分の病気が改善するわけでもない。

ま、色々しょうがない、ということだ。

ホットプレートを買ってしまった。
こないだお好み焼きを焼いて以来、やっぱりホットプレートがあると何かと捗るな、と思い熟慮の末(笑)買うことにした。先日届いたので、テフロン加工された厚底鍋と波形プレート、それにたこ焼き用プレートを洗って一度空だきしておいた。
たこ焼きプレートは関西だとデフォルトで家にあるものらしいが、連れ合いが生きている頃から、我が家にあった記憶はない。じっと見ていると無性に焼きたくなる。
そういえば、たこ焼き最後に食ったのいつだっけ…と記憶をたぐると、連れの生前、京都に来てから三条商店街を散歩したときに二人で食べて以来だと思い出した。家でも外でも、一人で食うもんじゃない気がして、それ以来食っていない。しかし目の前には焼いてくれと言わんばかりのプレート。
というわけで、スーパーで明石の生食用ボイル蛸(こういうのが安く売ってるのは関西のいいところ)と、テフロン用のたこ焼きピックを買ってきた。何しろ、その他の材料は家にある。
生地を作って冷蔵庫で数時間寝かせてから、夜の晩酌にたこ焼きを焼いた。
よーく熱して油引き(これも我が家にある)で穴に油をならしていき、生地を注いでちょい火が通ってから一個一個ばらけるようにピックで溝を切って蛸を入れていくが、ここからは時間との戦い。刻んでおいたキャベツ紅ショウガをうまいことばらけるように置き、頃合いを見てくるりくるりと返していく。なかなか難しいがテフロンなのですぐにコツを会得。面白い。ひっくり返った頭に油を軽く塗っていく。これで外がカリッとなるわけ。
プレートは外周部と内側では焼け具合が違うので、それを入れ換える時も、コロンと転がすように動かすのが面白い。なるほど、こりゃ家族でワイワイやるもんだよな…と思いつつ一人でも意外と楽しい。

●まあ人生初にしてはうまかった。
あとは生地を作る際にダシをもうちょっときかせるのと、山芋なんか入れると良さそうだな、とか。精進精進。
いや精進してどうする。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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