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2011-12-31(Sat)

ご馳走

2011年12月31日(土)

今年もあと8時間ほどで終わり。
昨日、仕事が減った、しんどいとヘタレた事を書いたら知り合いから連絡があり、まあ「頑張れ」みたいな感じに励まされてしまった。いや心配かけてすんません。でもこればっかりは気力で乗り切れる問題でもなく、それもお互い解っていて、その上で言ってもらえるわけで、それは有り難いし申し訳ない。

今日は昼前に明青のおかあさんから「これから伺います」と電話。マンション下に着いたところでこちらは実家から送って来たじゃがいもをお裾分けに持って降りる。
明青さんは昨日も書いたが、毎年「感謝の料理」をお得意さんに配られており、うちは注文しておいた一人前のてっちりと一緒に届けていただいた。相変わらずの笑顔で「今年は何もなくて良かったねえ」「(料理の)写真撮ってや〜」「よいお年を!」と元気に帰られた。
そういえば今年は一度も入院しなかった、こんな状態なのに奇跡的と言える。大阪に飲みに出かけたほど調子のいい時もあった。
つくづく健康だけが羨ましい。
心身ともに健康であれば、絶対に苦境を乗り越える自信はあるし、病気になる前は何度も乗り越えてきた。本当に、健康だけはどうしようもない、どんな大富豪が金を積んでも治らない病気もある。
健康でさえあれば、たいていの事は乗り越えられる、高望みさえしなければ。


というわけで、さっそく写真を。
▼てっちり、これで一人前。薬味とポン酢もついてます。
てっちり


▼で、お料理の折り詰め。
元気が出ます。


▼フタをあけるとこう。
これを無料で配る男前。


▼せっかくなので大きい写真。
大きい写真


今年はけっこう身内や友人知人から酒や肴、その他色々と頂き物をした。この正月も数の子やイクラ、まぐろ、じゃがいも、吟醸酒、そして何より明青さんの素晴らしい京料理とてっちり。てっちり以外はタダである。感謝しておいしくいただこう。
これまでたくさんの人に助けて貰ってきたなあ、とこれらの料理を並べて思う。損得抜きで、利害関係が無くなってもずっと変わらない人たち。一番の感謝は、やはりこういう自分を助けてくれる人たちに。本当にいつもありがとうございます。

…きつい一年だったし、来年はもっときついんだろうけど、ぐだぐだ言っても言わなくても新年は来るし、金は天から降ってくるわけでもなく、仕事がドカンとくるわけでもない。
最後においしいものをいただいて締める。
年越しそばも自分で作ったダシで用意、うまかった。
ま、あとは飲んで食って年を越すだけである。

そういうわけで皆さん本当によいお年を。

年越し蕎麦
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2011-12-30(Fri)

年越しの準備

2011年12月30日(金)

一年が終わろうとしている。もう明日は大晦日だ。

連れ合いを亡くした年・2009年の大晦日は、ネットのお遊びで出して見た自分の名での「今年の漢字」に「生」が出た。連れ合いから「生きて」というメッセージを感じた。
ちなみにツイッター名でやってみたら「猫」。こういうプログラムが無数にある文字や数字の羅列からその時に選び出したモノって、そりゃあ何の意味もないと捉えるのが科学的思考である。そんな事百も承知だ。
だが、その「無意味」なものに「意味」を見出し、付加したり感情を動かすのが人間。「大晦日の「メッセージ」

その後は明青さんの暖かい心使い、料理と花に感謝した。(「年越しの料理」
明青さんは常連さんに「一年の感謝のしるし」に、年越しの料理を配ってまわる。大変だなあ、偉いなあ、と思いつつ、俺もう常連さんじゃないのに申し訳ないなあ、と思った。そんな事言いつつ毎年いただいている。

去年もその明青さんに、てっちりを一人前だけお願いした。
いつも頂いてばかりじゃ申し訳ないし、冬にふぐは絶対に喰わないといかん。これだけは譲れない。貧乏でも、季節ごとに旬のものを一度は、ちゃんといいものを喰う。普段粗食だろうが何だろうが、そういう場合は「本物」を喰う。他を削っても。抜いても。
というわけで『「明青」さんに感謝!』の昨年末だった。

今年は連れ合いを亡くして3度目の年越し。
何というか、今年もありがとう、来年もよろしくと感謝し合う家族がいないと、まあほっとくとだらだらっとだらしない方向へ崩れる、人間てそういうもんだ。
年越しの賀状は連れの生前から「もうやめよう、送ってくれた人にだけ寒中御見舞にしようよ」という事にしてある。おせちも、二人の頃はちゃんと栗きんとんから田作りから黒豆から一通り揃えたものだが、もう一人だと「形を整える」ことにあまり意味を感じない。
それより、あるものに感謝して、生きているということを実感しつつ好きなモノを食べる。そして飲む。それでいいと思うし、その部分こそむしろちゃんとする。

昨日スーパーで雑煮の材料は一通り揃えた。
おせち的なものは、幸いつい最近実家から塩数の子、冷凍いくらなどが送られてきたから、たいしたものではない。
今日は午後から用意にとりかかった。
昆布だしを沸かして白ネギと生姜で鶏スープを作る。去年もそうしたと思うが、今年も一人分×数日分だから、手羽中を買ってきた。

昨日から数の子の塩抜きをしていたのを出して薄皮を黙々と剥く。水気を切ってタッパーに入れる。
買っておいたほうれん草を茹でて水で締め、これも適量ずつ切ったのを塊にしつつタッパーに入れる。
昆布はやはり送ってもらった北海道南茅部産の上物。一人なので大部分は明青さんに使っていただいた残り。これでダシを取る。
最後に手羽中をレンジで軽く暖めてから、フライパンで皮目からこんがり揚げるように焼く。塩胡椒とほんの少量の醤油だけで味をつけ、身の方はほぐして酒の肴にするのだ。
残った骨は包丁の背でカチ割って行き、ダシ取り用の袋に入れて、昆布だしに投入。あとはこれを煮込んで行き、アクをとって漉せば雑煮のベースが出来る。
具は鶏肉とほうれん草、白ネギ、三つ葉、紅白のかまぼこ、そしてゆずの薄皮。餅は角餅。

さて足りないのはお刺身…だがこれも、実はいただきものだが、まぐろの柵を冷凍してある。これを塩水のぬるま湯につけたあと、ふきんでくるんで冷蔵庫で解凍。夜になったらこれらで一杯やる。
今日から年末〜正月モードです。


色々あった一年だった。まさか自分が生きている間に、あれほどの大災害を目撃するとは思わなかった。
それを通して色々な事も見えた。もともと人間、信用していた人に裏切られ、世話をしたと思っていたら相手は全く恩義を感じていないとか、マヌケなもんである。俺がマヌケな人間だからか。そういや連れ合いもよく「馬鹿正直」「クソ真面目」と言われ、「まるで正直で真面目なことが悪いみたいじゃない」と笑っていた。
愚直、というのとは少し違う。普通の人間が普通、と思っている事が、狡猾な人間、小賢しい悪党からは愚者のように見えるのだと思う。

とにかく、人それぞれそういったすれ違い・思い違いが多く、同じ方向を見ているのに全く違う事を考えていたりもする。
大災害だけは、そんなバラバラな人間たちを一つにした。中には「愉快犯」もいたし、「便乗犯」もいた。それでもこれだけ多くの人が震災や原発事故に関心を寄せたことはないし、安全を、よりよい復興を願うという気持ちは一つと思いたい。

来年は今年をどう述懐してるだろうか。
たぶんこの調子だと、病気よりも生活苦で大変だろうと思う。
連れ合いと一緒に地方に引っ越してきて、それでも東京時代とハンデのないネットでやり取りできる仕事がつながってくれていたが、それも気が付けば不景気やら色々あって半分ほどに減った。
地方に移ってネット回線はつながっているが、肝心の人間関係が寸断されたわけだ。というより、97年から俺の事を本気で「やくざ屋さんの手先になり金でガロを売ろうとしたひとたちのなかま」と思ってるウスラトンカチが居るらしいと知り合いのライターさんから聞いた。
まあ、そういう馬鹿にはもう説明も面倒臭いし馬鹿じゃなければ真相なんかいくらでも調べられる時代だし、そんな馬鹿なデマを信じて付き合いをやめるような馬鹿だったら馬鹿がうつるので別に切れてもどうでもいい。
ただ二次被害というのがあって、その馬鹿を馬鹿だと思っていない馬鹿が馬鹿みたいにそういうデマを妄信して俺を悪党だと思っているのもいるってんだから、もはや落語というかマンガである。
本当につくづく面倒くさい。だからどうでもいい、俺はだいたい病人だからストレスになるような事は考えたくもない。
とにかく大きなストレスは連れを失った事、病気、そして経済的な問題だ。こういうの、「何とかなりますよ!」…って人もいるが「ならねえよ!(笑)」と思わず苦笑したくなる。そういうのを「おためごかし」という。俺も、連れ合いも大嫌いだった。

つくづく、健康だったら何でも出来るのにと悔しい。肉体労働は嫌いじゃないし、若い頃に筋肉もりもりになるほどやったもんだ。しかしこんな免疫抑制患者ではまず外で働く事そのものがハイリスクという状態。人脈も京都や大阪でもっともっと拡げたいと思うが、病気がそれを許さない。じゃあ、どうしろっていうのか? と自問するが答えはまだない。

来年は今年をちゃんと述懐できているだろうか。

皆さんはよいお年を。自分にもよい年が来ますように。
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2011-12-28(Wed)

鳳仙花

2011年12月28日(水)

やまだ紫クロニクル、書肆データの(「鳳仙花」)を更新。
口で自分の気持ちを瞬時に相手に言い返すのが、ずっと苦手だった。
誰かに暴言を吐かれたり、一方的にまくしたてられて、それが間違っていると思ってもその場では丁々発止で相手に対することが出来ない少女だった。いや、一生そんな人だった。
その分、じっくりと心の中で言葉を選び、煮詰め、熟成させ、そうして絞り出したのが彼女の詩であり、漫画であった。
十代の頃に詩人の会をつくり、「COM」と出逢って漫画を始め、入選すると短編と同時に詩+イラストという異例の連載(天空への詩)シリーズをはじめる。
そんな、漫画に魂と心を込め、身を削って描いていたやまだ紫の初期作品集が、「鳳仙花」。
今読んでもグッと胸に迫るものが多い。
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2011-12-27(Tue)

忙しい

2011年12月27日(火)

年の瀬も押し迫ってきたというのに何で忙しいんだ、というとそりゃあもう他の人が休むため、ですわ。
何でも引き受けないと、こんな病身でやっていくのは並大抵じゃない。
割に合わないとか言ってる場合じゃないし、年末年始くらいゆっくり、なんて言ってもいられない。
病気で死ぬ前に生活苦で死ぬっての。
冗談抜きで有料メルマガとか色々考えましたよ。
連れ合いと話したテープとか残ってるから、対談とか語録的なものをファンの方に…と。
でも結局、妻でもあったやまだ紫のことはファンの皆さんに「タダで」開示したい。
だからああいうかたち「やまだ紫クロニクル」にした。

まあとにかく朝からあれやこれやと多忙だった。
去年の今ごろは…と思って掘り起こしてみたら、掃除をして買い物へ行き、雑煮を作って明青さんに頼んだふぐを食べ、年越しのお料理をいただいていた。
今年も明青さんにふぐは一人前、お願いしておいた。
実家から先日来、立て続けにじゃがいもと数の子、いくらが送られてきた。いやーもう正月これでいいじゃん。
病気と生活苦と闘う、それでも明青さんの料理は外せない。普段節制しても、外せないものってある、あっていい。
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2011-12-25(Sun)

聖夜。

2011年12月25日(日)

「きょう」で変換すると日付が上のように出るA-TOKちゃん賢いなあ。
と独りごちるクリスマスの夜ですが、去年同様ツリーもケーキもなく、朝は風呂の後にほうじ茶を飲み、ちょっとだけ溜まっていた作業をこなしてから昼は冷凍しておいた「何となく蕎麦屋で出る和風っぽいポークカレー」を美味しくいただき、部屋にモップがけをして猫の毛取りをして、積んでいた本のノルマをこなし、録画しておいたあれこれを見て、夜はおでんで一杯。

日本の冬であります。
生きているだけ儲けもの。
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2011-12-24(Sat)

聖夜?

今年もバカ話をしてきました。聖夜に(笑)。

なめくじ長屋奇考録 「このマンガがひどい!2012」第四夜!! 今年も死ねがとう! ひどい漫画を愛しこじらせた俺たちのまろやか総括座談会!!

何かいろいろ反響もらって、例年面白いです。誘ってもらってもう3年目になるし。
あとツイッターで感想とか見てると、明らかに若い読者でガロとか知らない人も多くて面白い。
ていうかそういう人の感想が知りたい。
「福満disってんのかコラ」とか俺に言う奴もいて、ああ、この人4コマGAROも福満さんがどうやって出て来たかも知らないんだろうなあ、とか。
ガロが破壊されたのが97年、あれからもう15年近く。いまさらながら、その時代というか時間の流れに驚く。
ともあれ、俺はガロ以前は漫画家になりたく、ガロ編集の間は凄い漫画家の才能に打ちのめされ、それでもガロ後もずっとマンガやアニメを見続けている。好きだから、でしょう。
エロもバカもガロ系も少女漫画も何も全部マンガ、それに今も昔も全く変わりはない。
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2011-12-20(Tue)

年内最後の通院

2011年12月20日(火)

病院から帰宅、落ち着いたら2時。

夕べは万難を排し(といってもビール飲まなかっただけ)、いつもは朝入る風呂も夜にして、湯冷めしないように厚着をして12時頃に寝た。
先日より構築の報告をしている「やまだ紫クロニクル」、ファンの方たちにちょっとずつ見ていただけているようで、反応が返ってくると嬉しい。
まだまだ半分ほどしか出来ていないし、もっともっと見てもらいたい絵や写真がたくさんある。だから永遠に未完成かも知れない。

さて、病院の方は採血の結果WBC1200、PLTその他も横ばい。相変わらずの免疫抑制状態だ。
肺の方はI先生が「お判りだとは思いますが、このところの毎月のレントゲンで肺を見ているというのは、肺炎の予後観察という意味より、むしろ新たな病変がないか、何か異常がないかという確認の意味が大きいんですね」と説明して下さる。
いやもう、それは一番安心だし、何かあればすぐに対応していただけるのは心強い。
とはいえ「一ヶ月というスパンだと抑えきれないものもありますから、白取さんくらい免疫が低下している場合は…」と言われるので、「何か異常があったら診察日じゃなくても来た方がいいですよね」と言うと、「そうですね、特に発熱があった場合はすぐに来られた方が良いと思います」とのこと。

そしてしんどい肺炎予防の薬剤吸入。今日は特にしんどかった。嘔吐感の連続。
ただ処置室へ入っていくと、顔なじみの看護婦さんが「あらお帰りなさい」と言われたので「?」という顔をしたら、「あらごめんなさい、間違えちゃった」と言われた。誰か別の患者と間違えたらしいが、それでも俺の顔も覚えているので自然に出たらしい。

呼吸器内科から血液・腫瘍内科へ移動、小一時間ほど待って診察室へ。
N先生も「お変わりないようですね、お風邪にもじゅうぶん注意なさっておられるようですし」とのこと。
「はい、そりゃもう感染には気をつけてるんですが…それでもアチコチ菌とかウィルスとかカビだらけですもんね」と冗談めかして言うと、真顔で「本当ですね、引き続いて気をつけて下さい」と言われる。
その、そこら辺にナンボでもいる健康な人なら何でもない菌とかウィルスで死にかけたんだよな、俺。

診察室を出る時に、何気なく「慢性の患者はこういうくすぶり型というか、進行の遅いタイプも多いんですか」と伺ってみると、N先生は「人によって違いますが…やはり白取さんの場合(ここまで進行が遅いのは)非常に珍しいと思います」とのことだった。
なので、「今は引き続いて感染に気をつけて経過を観察させていただいた方が、強い治療でかえってお体に負担がかかるよりはいいかと思います」とのこと。

元々非常に珍しい、白血病と悪性リンパ腫の境界型。T細胞性。慢性でリンパ性。巨脾以外は血球減少(赤血球は減少していない)とそれによる免疫抑制がある以外は、くすぶり型。非HIV感染者なのにニューモシスチス肺炎罹患。それも肺の中に穴を穿つタイプという珍しさ。珍しいづくしである。
名前も珍しいしな。
次は年も改まった、1月24日。今年は何とか入院せずに済みそうだ。有り難い。

帰りに自宅近所のスーパーで買い物をして、調剤薬局に薬をお願いするが、何と2万円弱。
ヘルペスウィルスを抑えるビクロックスがもの凄く薬価が高いのだ。先月からすさまじい金額になっている。
そういえば一昨年、まだ劇症化する前に一週間分処方してもらった時、「こんなの毎日飲むようになったら破産だな」と思ったのだが、そうなってしまった。破産するか。
破産するわけにもいかないし、「高いっすねえ」となじみの薬剤師さんたちと話していると、お姉さんが「ちょっとジェネリックで計算し直してみましょうか」と言って調べてくれた。

何しろヴィクロックスの他に真菌感染に対抗するミコシストカプセルが加わったが、それ以前から尿酸値を下げるザイロリック、朝の胃酸過多を抑制するパリエット、導眠剤のレンドルミンと30日を超えた場合の分にアモバンを常用している。
これらも出来るだけジェネリックに置き換えると、3500円くらい安くなることが判明した。
「じゃあ、次回からそうしてもらえますか」とお願いする。
白血病にかかって毎月診察と薬で3万もフッ飛ぶのは正直辛い。辛すぎる。

と思いつつマンション前に来るとこれまた馴染みの宅配便のドライバーさんが居たので手を振ると、うちの荷物があるからちょうどいいので、今上げましょうと言って出してくれた。
途中エレベータ内で「実は僕ツイッターのフォロワーて知ってました?」と言われて仰天。
うへええ、そら俺名前珍しいし一発で解るしな。いやーネットってこういう事があるから面白いわけでもある。
そして怖くもある。
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2011-12-19(Mon)

やまだ紫クロニクル=http://yamadamurasaki.net/

さて先だってから作成してきた「やまだ紫クロニクル」、独自ドメインと共用サーバで新サイトに移転させました。
http://yamadamurasaki.net/になります。
昔と違ってDNS切り替えもあれやこれやも、サクッと進むので楽ではあるが、アレッ今どっちのサーバーのファイルいじってるんだ?なんてこともしばしば…。

今後リンクバナーなんかも作ってアップしますんで、正式リンクは上記のURLにお願いします。
全著作書肆データは詳細なものになるので、道は遠いですが、あちこちどこかしら変わっているでしょう。
お暇な時に、ファンの方はちょくちょく覗いてみてください。
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2011-12-19(Mon)

やまだ紫全作品リスト

このところまたコツコツと構築中の、やまだ紫クロニクル。
エクセルで生原稿を整理しながら入力していった作品リストだったが、このたびwebに公開しようと思うにあたり、困ったのがhtml化。
何かあるんだろう、ツールとかマクロとか。知ってる、でも俺DOSコマンドとかhtmlタグ手打ちが安心する人なので、とりあえず締め切りもない作業なのでコツコツとテーブルへコピペしていった。
その間に間違いを発見したり、新たに付記する事が出たりもする。
なーんて思ってたけど、我らがやまだ紫先生の80年代、病魔に苦しむ前の90年代半ばまでの仕事量は尋常じゃなかった。本当に、あんな病弱で、小さな身体で頑張ってきたと思う。
俺もこんな身体だけど頑張らないとな、と思った。

エクセルやワードはご存知のように、そのままhtmlに吐き出すと、嫌がらせのようにどうでもいい余計な情報をすさまじい量で吐き出す。本当に嫌がらせとしか思えない。
なので、とりあえず主要な項目以外をいったん削除し、全セルを埋めた状態(空セルがあると後でややこしい)にして、テキスト+カンマのcsvで吐かせる。
エディタでそれを開き、正規表現で改行(\n)含めてカンマをhtmlのテーブルタグに適宜置換する。
ここでけっこうなテクニックが必要となり、けっこうな量の置換なので失敗に供えてバックアップも取っておく。
うまいこと各セルにそれぞれのデータが収まるように変換した後、リストのhtmlへ落とし込んでいく。

この作業が割合うまくいったので、夜までに絶筆までのリストをhtml化することが出来た。
全作品リストはこちら

リストからアンカーで写真や原画などをもっと見せたいが、死後にいったん整理した遺稿をまた掘り返すのは大仕事。やれる範囲で、ファンの方に出来るだけ喜んでいただけるような形にして行きたい。
これからは全書肆データの詳細なリストを作っていく。まだ完成は遠いが、あせらず頑張ろう。

全著作ヒストリー図
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2011-12-17(Sat)

「このマンガがひどい!2012」

今年もげウさんとこ(なめくじ長屋奇考録)の「クリスマス何それおいしいの?」企画「このマンガがひどい!2012」に参加させて貰います。
正直今年はゲストも凄いので、もう俺はええやろ、と言うたんですが「出ないと万力のような腕で締め落とす」と脅されたので、出させていただきます。ま脅迫のくだりは冗談ですが、毎年「来年のこのバカ企画ん時俺は生きてるんだろうか」と思うのも事実。
生きてる喜びをバカ同士でキャッキャウフフと噛みしめたいと思う所存です。

そこらへん、2年前のこの一文から全く変わっていないので、そんな感じでよろしく!
「このマンガがひどい!2010」対談に参加 - 白取特急検車場【闘病バージョン】
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2011-12-16(Fri)

とんかつ

2011年12月16日(金)

昨日、函館の実家から松前漬けやら生たらこ(塩たらこではない)、珍味などが届いた。
食いきれねえ。
というわけで明青さんへ持って行くことになり、今朝は「物々交換(笑)でとんかつ揚げるから、11時45分頃きて」と言われる。
いつものように朝風呂をして、風邪をひかないよう充分身体を乾かしあっためてから出る。
バスは逃してしまったので、近くの交差点から二つだけ乗った。
んでご馳走。
とんかつ
ビールまでいただいてしまった。
といっても今日は本調子じゃなく、ご飯とビールを少し残す。俺としたことが。
PCで解らないというところをちょっとだけ解説して、すぐ生協で買い物してバスで帰宅。
そして昼寝してしまった。
いいのか。まあいいか。
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2011-12-15(Thu)

とりあえずここまで。

2011年12月15日(木)

現在ここまででいったん中断。
気長にお待ち下さい。
やまだ紫クロニクル
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2011-12-14(Wed)

「やまだ紫クロニクル」

12月14日(水)

このところの忙しい状態から脱してぐったりしたのもつかの間。
しかしここ数日、休むどころか連日再び新たな作業にとりかかっている。

一昨年、連れ合いであったやまだ紫・三津子が亡くなったあと、一気に全ての画稿を新たに整理し、全作品のリストを作った。
途中、ライターの中野晴行さんや復刊の担当をしていただいた小学館クリエイティブの川村寛さんはじめ、ネットでも色々な方に助けていただいて、解る範囲でほぼ全作品を網羅した。
それから彼女の年譜も資料や遺された記録から、詳細なものに書き換えた。
そうなると、もっと詳細な書肆データをきちんと作っておきたい、年譜も写真を添え、ファンの方に喜んで貰えるようにしたい…と思い始めた。
けれども、悲しみと苦しみを紛らわすかのように、わざと忙しくそれらを始めたものの、その都度、最愛の妻であり最も尊敬する作家でもある人を失った事実と向き合わねばならなかった。
だからたびたび作業は中断したし、ずっと張り詰めていたものが一周忌を境にゆらりと楽になったような気がして、ゆっくりやっていこう…と思うようになった。
ゆっくりし過ぎた感があるが。

ここしばらくの、何の稼ぎにもならぬ、細いシノギという糸を繋ぐためだけの最悪な激務からは解放された。
忙しい状態に慣れてしまうと、躁状態になるのかも知れない。
ここで、中断していた「やまだ紫クロニクル」を完成させようと改めて思ったのだ。
作業中
前にエクセルで作った年譜やリストはあくまで私的な目的しか考えていなかったので、公開するにあたってはhtml化せねばならない。そのままエクスポートするとすさまじく余計な情報を吐き出すから、膨大なデータのhtml化が作業のほとんどを占める。
また写真を入れ込んだりするため、どうしてもcssやscriptを変えたり、新たな写真や画稿のスキャンなどの作業が生じる。
こうしたことをコツコツと、再びやり始めた。
これもまた「仕事」ではない、単なる地道で膨大な作業である。ただ、これは自分がやらねばならない事の一つ。
経済的にはこの不況時、本当にシャレにならない現状なので、現実逃避の側面がなきにしもあらず、ではあるが。

とはいえ、元来こうした「編集」行為と地道な反復作業は得意だし、嫌いではない。
いつになるか解らないが、死ぬ前には完成させて公開できるようにしたいと思う。
やまだ紫クロニクル
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2011-12-03(Sat)

カレーだカレー!

12月03日(土)

相変わらずチマチマと細かい作業や、あれやこれやと膨大な仕事がある。
「仕事」といってもこれらは先日来ずっと続いている「まったくのただ働き」だ。断ればこの先の仕事が消えるだけなので、拝み倒されて繋げるために受けてしまった。
心底後悔している。
どうせこういうのって、この先ロクな事にならない。だったら切れてしまっても良かったろうか、と考え始めるのも猛烈なストレスだ。
こんな事書いて大丈夫なんすか、と後輩から心配されたけれども、大丈夫なのだ。
何しろ相手は十二分に、俺が嫌々やっている事を知っているし怒っているのも知っている。その上で頭を下げてきてるんだから、もう仕方がないではないか。
そして、大元のクライアント様は恐らくこの末端の状況を何も知らない。世の中そうして廻っている。

ほぼ一日じゅうガシガシとパソコンに向かいキーボードを叩き続け、疲れたらモニタを消して寝る。こんな激務二十代の頃でもしんどかっただろうな。あの頃は健康で、その上徹夜が続いて倒れたりしたっけ。
その上今は病身。
薄皮一枚で踏ん張ってるような感じだから、ちょっとしたストレスなり何かの感染なり、要するにポンと押されるとくすぶっている癌が進行してもおかしくない。非科学的だと解っているが、気持ちの問題だ。そして気持ちの問題が免疫上大きいことは、科学の方も認めていたと思う。

一段落したので…というより「ああ〜料理したい!」という気持ちが爆発。肉が食いたい、鶏や牛じゃなく豚バラだ! となぜかピンポイントで思ってしまった。
このところ買い置きのラーメン、うどん、スパゲッティなどの麺類やらインスタントにレトルト、コンビニ弁当の類の繰り返しで発狂寸前。
スーパーに買い物に行き、バラ肉の塊を500g。あと野菜類を買ってすぐ帰宅。
最初はやまだ紫直伝のチャーシューを作るつもりだった。とろとろに柔らかく甘じょっぱいチャーシューは白飯でガフガフ食ってよし、ビールのつまみによし。ただあまり日持ちがしないし、さすがに一人で食べ続けるのも何だ。材料は八角も含め全て揃っているのだが、だいたい今「ビールによし」なんてのんびりした事言ってる場合じゃない。
とか考えていて、冷凍してあったカレーが切れた事に気が付いた。

カレーしかねえ。
やっぱりカレーだよ。白飯さえあればがっつり(北海道弁)食える。一回作っておけば手間暇かからない。

とはいえついこないだカレー作ったばかりだし、うちのカレーは前にも書いたように、基本的にビーフカレーしか作らない。よし、豚バラだからここはポークカレー、それもどうせいつもと違うカレーなら、ちょっと和風仕立ての蕎麦屋で出て来るようなやつを作るか。
肉を煮る時必須の生姜や白ネギの青い部分は何本も冷凍してあるし、人参玉ネギは買ってきたばかり。芋…芋買ってない!?
芋の入っていない和風カレーなどあり得ない。
というわけですぐに馬鈴薯を買ってきた。メイクイーンもいいが馬鈴薯のほろっと崩れるのが和風に合う。んであとで溶けちゃって甘くなるのもいい。

というわけで肉の下ごしらえが出来たところで、いったん冷ます間に野菜を仕込む。
その間に風呂を沸かす。今日はユキを洗ってやるのだ。
そろそろユキちゃんを洗ってやろうと思いつつ秋も深まってしまった。あまり寒くなると風邪をひく。
野菜と肉を弱火で煮込んでいる間に風呂へユキを連れて行き、あったかいお湯をかけて洗ってやる。「ニャア! ニャアア!」とわめきつつうろうろ逃げるのだが、シャワーを弱く直接身体にじわ〜っとあててやるとけっこう気持ちよさげである。それでもじっとしている事はなく、一番じっくり洗いたかった顔はあまり洗わせてくれなかった。
一回良く拭いてやり、床暖房をつけて暖めておいた部屋へ離し、カレー(の元スープ)の火加減をちょっと見てアクを取ってから自分も風呂へ。
上がって来るといい塩梅に煮えている。今どきは「アクも油も取るシート」なんて便利なものがあるので助かる。

あとは冷凍してある和風ダシを少しと隠し味の醤油、市販のカレールーとスパイスで完成。
カレー目指した「蕎麦屋で頼んだら出てくるような、ちょい和風だけどピリッとくる豚バラカレー」がドンピシャで出来た。
今日はもう何もしない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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