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2005-09-19(Mon)

病病介護

9月19日(月)
■17日・土曜日は一時外泊許可がまた下りたので、洗濯物を持って病院玄関からタクシーに乗り、一人で自宅に帰った。自宅近くの蕎麦屋で連れ合いと待ち合わせて、お昼を食べた。癌告知を受けた日からスッパリとタバコをやめたが、店内にはタバコの煙がもうもうと立ち込めている。混んでいるから相席で、それも隣の客がまだ蕎麦をすすってるというのに、食い終わった一人のジジィがブッカブッカ煙を吐き出してタバコを吸っている。俺は自分が吸ってた時でも、お昼どきの混んだ食い物屋では吸わなかったが。タバコをやめるとこういうマナーの悪さは特に目につく鼻につく。それに物理的にも副流煙という実害もある。マスクをしていてもガンガン煙が来るので殺意さえ覚えた。
蕎麦屋では玉子とじ蕎麦を久々に食べるが、これがもう美味で汁まで完食。連れは食欲がないといってカレーうどんを半分以上残す。その後家に帰るが、連れは喉がいがらぽいといってゲヘガハ咳をしては、そのうち台所へ行って吐いたりしているので心配。今日は検診の日なので夕方病院へ出かけて行き、山ほど薬を貰い、帰りがけに夕飯の弁当を買ってきてくれる。ひどく疲れたと言い、俺が弁当を完食する横で食欲がないと言って全く食べなかった。俺は病院の習慣で夕方の検温を自分でし、電気血圧計で血圧を測る。低めだが正常。連れのを測ってみると、何と180近く。高血圧ではないかと慌てて測り直すと同じような数値で、明日急遽病院へ行って診てもらうように言いつける。糖尿病に高血圧を併発すると、大変なことになるからだ。連れの容態が心配で、癌の俺が心配しているという変な構図。

連れの容態が良くないのは、疲れのせいだと思う。先週は俺が一時外泊で戻ってくるために、娘のYちゃん(さいたま市在住)に手伝ってもらって部屋の掃除をするので大変だったそうだ。俺の免疫力が落ちているから、猫がいるために家の中は雑菌だらけホコリだらけ毛だらけ灰だらけ…というわけだったので、仕方がない。それに加えてお袋まで急遽出てくることになったし、そういう「高揚」したのが今週もまた続いたからかな、と思う。あと実際問題、自分の連れ合い=つまり俺が癌だというので入院していて、死ぬかも知れないとか一人遺されたらどうしようとか、それだけでも物凄いストレスを受けていると思う。俺ももちろんそれは同じことだが。
フと一人で考えた時、やっぱり俺は死にたくないと痛切に思うし、自分が死ぬことも辛いけど、あの人を遺して逝くことを思うと何とも辛い。自分が死ぬことを考えても涙は出ないのに、連れを遺して逝く、遺された連れのことを思うと涙腺がゆるむ。連れ合いも同じだろう、そうして薄皮一枚でふんばっている。
ストレスで人間の体は一日に数千個の癌細胞が発生していて、それを人は免疫力で潰している…ということはもう書いたと思うけれど、その人間が感じるストレスで最大のものは「配偶者の死」。次が、「配偶者の重篤な病気」だ。つまり連れ合いはここしばらく、最大のストレスに日々さらされているということになる。ましてや連れ合いはこれも繰り返すが誤診による膵炎・腎臓摘出・肝不全の身。そこへこのストレスだ。
だから今俺は一番連れ合いに「癌が感染る」ことが心配なのだ。
「癌が移る」など、医学的には何の統計も根拠もない。けれども妻や夫や親が癌になる。すると、そういう「身近な愛する人が癌になったこと」という最大のストレスが、癌患者の周囲の人を襲う。すると、そのストレスで周囲の人間に新たに癌が発生する…ということだ。癌でなくとも長年連れ添った夫婦、片方が癌になり闘病の挙句死ぬ、それを看取った連れ合いが後を追うように死ぬ、そんな話は枚挙に暇がないだろう。とにかく土曜日は早々に二人とも休むことにした。

■18日・日曜日は、夕方までに病院へ戻ればいいことになっていたが、連れを休ませるために昼前に支度をして、俺だけで病院へ戻ることにした。持ってきた洗濯物と交換に洗ってもらったパジャマやタオル、新たなこまごました荷物の入った重い紙袋を持ち、「ついていく」という連れを説得してマンション前で別れ、一人でタクシーを拾って病院まで戻った。昼食は出ないから、食堂でラーメンを食べて、売店で飲み物を買い込み、さらに重くなった荷物を持って病室へ戻った。ナースステーションに「戻りました」と報告すると「早かったですねえ!」と驚かれた。
連れはその後、午後に病院へ行って血圧のことを相談すると、やはりいろいろ心配したり働いたりしたので高揚したのでしょう、とのこと。降圧剤を処方してもらったそうで、ひとまず安心。

■今日は午前中、仕事。お昼間際に研修医のS君(♂)が一人で来る。今日は祭日なので他のDr.は休みなのかも知れない、彼と同じく研修医のSさん(♀)がチームの中では一番下みたいだし。触診など一通りしてもらい、その後ちょっと世間話。明日血膠内科のカンファレンスがあるので、T科長と相談の上、何かしらの治療方針なりの説明があるでしょうとのこと。細胞サンプルを送って意見を訊いているJ大学の先生からの返事はまだ届いてないはずだから、はっきりと診断がつくかは不明だろう。あとこないだ取った骨髄の細胞、遺伝子の転位だかがやはり起きていたそうで、それははっきりしたが、やはり病名のはっきりした見極めが難しいという。T細胞性であることは間違いないということだったのだが、それも未確定になってしまった。
彼は俺が顎の下のリンパ節の腫れが「今日は小さい」と言うと触って「本当ですね、これは…(定規をあてて)5mmくらいですね、小さくなってますね」と言い、わきの下も確認。左脇の下も若干小さいといい、あと脚の付け根のソケイ部を触って、「ああ、これはもうはっきり小さくなってます」と言う。俺が「自分でも毎日触って確認してるんですが、今日は小さいですよ」と言うと、脾臓を確認して「脾臓も…前はもうちょっと腫れが大きくて固かったような気もしますねえ」と不思議顔。
「白取さんの場合はほとんど変化がないままずっと来てるんで、治療方針も難しい部分がありますねえ」と言うので俺が「無治療のまま寛解した症例もありますよね」と言うと「そうですそうです、あるんですよね!」と言って「よく勉強されてますねえ」とニヤリ。「その場合は地固めって言って、残ったわずかな癌細胞を化学療法で叩いて、あとはもう外来で様子を見るんですよ。その場合はもう移植まで行かなくても治ることもありますし、仮に再発した場合は、最初にやるはずだった化学療法から始めるんです」という。
俺は「自分でも症状がこれだけ変化がないと、脾臓の腫れと免疫が下がってる以外は痛みとか不都合を特に感じないから、はたして抗癌剤でこの大人しい癌細胞を叩けるのか疑問なんですよ」と言うと、S研修医も「僕もそう思います、S先生(主治医のS先生、イニシャルがSばかりでややこしい)も様子を見たほうがいいという意見です」とのこと。俺はもちろん抗癌剤投与を受ける気満々で、そのために入院したと思っているのだが、明らかに自分の病気…癌の進行が遅く、容態も悪化というには大人しすぎるのは気づいている。なので、ここに至ると暴れていない、つまり進行していない癌を抗癌剤で叩くことが可能なのかということに疑問を感じ始めてきているのだ。俺は「抗癌剤、つまり化学療法で死ぬ人もいるんだって言うしね」というと「そうなんです、薬でというのじゃなくて、治療中の副作用で肺炎になったり、感染症で亡くなるということがほとんどなんですよ。なので、こういう大人しい症状の場合は強い治療は避けるのが普通なんですよね」とのこと。なるほど。ついこないだ「来週からコホリンを入れましょう」なんてことになってたわけだったが、もし入れていたらどうなっていただろうか。とにかく主治医のS先生は様子を見るべきという意見で、実際この間も進行がこのまま遅いのなら、外来で治療のタイミングをはかるという方法も視野に入れる、と話されていた。ともかく明日は定例のカンファレンスがあるので、T科長とも相談してなんらかのまた報告があると思う、とのことだった。
「無治療で寛解」というのもまんざらあり得なくはないな、と本気で思い始める。

■今日の御礼
外泊から戻ると、友人のKから郵便、あけるとRainbowのDVD。ありがとう!
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コメント

おおお!

癌細胞なんてガツンとやっちまってくださいよ!
「無治療で寛解」、それで行きましょう。いや、白取さんなら大丈夫です。「無根拠で太鼓判」で申し訳ないです。。。

Unknown

ご無沙汰してます。食欲も旺盛なようで一安心しています。外来になったら美味いものおごらせてください。

こんにちは

お加減いかがですか?
ずっとロムだけさせて頂いていましたが、
Doctor Doctorを今絶唱して書き込む事にしました。
「似てる人々」を思いついたので、笑って下さい。

巨人の上原と桜庭あつこ
松岡修造と浜口京子

どうですか?

おつかれさん

おはようさんです。
秀ちゃんが名盤を送ったのであれば、キャラ的にオレはこっちだと思い迷盤を送ってみたよ。
(年相応のシャレでスマン。おかげ様できのうで40になりました。)
不思議な格好のリッチーもさることながら、チンピラみたいなグラハム・ボネット、投げやりなコージー・パウエルが見所でしょう。

病魔の正体・・・?

おっす!
奥様も、大変お疲れさまであります。

さて、白取編集長の病態に関しては実は以前から気になっていたことがありました。
暫定的な診断名が与えられていたものの、主治医の先生が症状と細胞の形態に疑問をお持ちであると書かれていましたので、もしかして、表面抗原(?)とか今回の遺伝子解析のような検査によって、別の診断名が与えられる可能性も高いのではないかと。
ともあれ、遺伝子転座が発見されたのであれば、病魔の正体を掴むところに、かなり近づいてきたのではないでしょうか?
転座のタイプの中には、予後がよいとされているタイプや、著効する分子標的薬があるタイプも有りましょう。やはり検査~診断に時間を掛けているなりの成果が上がりつつあると感じています。
それにしても、九州以外でもコホリンの投与がふつうに検討に挙がるとはやや意外でした。

細かい話はまた別の機会にすることにして、とにかくまずは一ヶ月でも早く(できればより安全な治療で)治癒に向かうことを祈念致します。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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