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2012-03-07(Wed)

「性悪猫」三刷

2012年03月07日(水)
実はPC騒動の顛末は落着をみた…と思ったところで、USB機器が認識されない事が解っていた。
アレ、と思ったらノート左側のUSB2.0系2つはちゃんと認識。右手にあるUSB3.02つに繋いであるHDD、ハブとその先のデバイスが認識されていない。
ほほう…まだやるか…。
どう考えてもこれはドライバの問題。
というわけで一昨日の朝にマウスコンピュータさんにドライバはDLできないようだけどどこにあるの、と聞いてみたら、PC購入時にOSと一緒に「サプリメントディスク」というのがついてきて、そのハード(BTOなので)固有のデバイスのドライバ類、あるいは独自のサービス(アンチウィルスソフトの体験版やら)OSのリカバリの上に乗っかっているものを、その後に入れてやらないといけないそう。
んで、その「サプリメントディスク」という存在は知っていた。サポート見たし他の機器にはついているらしいし。
でもうちのノートにはついて無かったが。

結局DLさせてくれるとかそういうサービスはなく、ディスクを送ってもらうことになった。
それが今日の昼到着し、これで完全に一件落着。
…じゃなくて被害、損害は甚大だがもう仕方ない。

――やれやれ、と落ち着いて白い猫を撫でながらエスプレッソを飲みつつ、遠くに東山を眺める…

というのは嘘で、現実は行けないようにしてある仕事部屋の戸を何とか開けようと爪でガリガリやっているユキちゃんを引き剥がし、「ぎにゃーー!うにゃあああ!」(何するのよ、放してよ!)とすさまじい大音声で鳴くのをなだめすかして抱っこしながら、ベランダから外を見せようとしたら逃げられ、ついでに飲んでいた京番茶をこぼした。

そんなしょぼくれたトホホ人生にも、たまにはいい話がある。

夕方、やまだ紫の作品3冊の復刻をしていただいた小学館クリエイティブの川村さんから電話があって、
性悪猫の在庫が少なくなってきましたので、また再版をさせていただきます」とのこと。
少部数ずつであっても、こうして切らさずに残し続けていただけるのは、本当に嬉しい。
遺族としても、知り合う前からの一ファンとしても、そしてこれからひょっとしてこの素晴らしい作品に出逢う次の世代の「先輩」としても。


性悪猫」はもちろん俺が青林堂に入社した当時は人気の作品集。「しんきらり」ももう出た後だった。
性悪猫」は入社以前に初版を持っていた。
青林堂の本は丁寧な造本で、モノとしての愛着を抱ける本が多い。

性悪猫」はえんじ色の布クロス(本来クロスは布だがコストに合わないので紙に変わっていき、今ではクロスといえば紙クロス、布の場合はわざわざ布クロス、と言わねば通じなくなったのですよ)で守られた上製本。あくびをする猫のイラストが黒インクで箔押ししてしてあり、見返しにはやまだの描いた猫たちがたくさんちりばめてあった。そして巻頭には小学館クリエイティブ版で復活した、カラー口絵。
この作りで初版当時950円というのは正直破格の値段であった。

A5判のコミックスは白夜やけいせいなどのエロ系や白泉社双葉社の一部、竹書房などの4コマ系を除くと、青林堂、北冬書房(元青林堂の髙野さんの会社だが)、東京三世社ほか、あまり多くはなかった。
けれども「大人向け」というより、大人が読んでも読むに耐えうる作品は新書版では小さく、まして文庫では漫画の「線」を殺すと思っていたので、一読者としてはA5判が増えてきたのは嬉しかったと記憶している。

ところが出版業界の内側に入ってみると、実はこれが大変な艱難辛苦の路線であったことが解る。
青林堂が原価計算でギリギリに切り詰め、素晴らしい造本で950円で世に出す本は、大手はまず作らない。軽装版にして800円くらいで出すはず。しかし部数は大手ゆえに多い(=簡単に言うと儲けが多い)。
実際、A5判のコミックは80年代に入るとどんどん増えていき、書店の棚の奪い合いも激しくなった。何しろ俺ら零細版元の編集は「肉体労働から営業まで」だから、現実に書店の棚卸しまで手伝いに行ってるし、営業の現場でよく知っている。●価学会系の書店の誘いを断るのは大変だったなあ…

青林堂の場合、当初からA5判並製「現代漫画家自選シリーズ」や、A5判上製シリーズ「傑作シリーズ」というのが人気で、上製の傑作シリーズは1200円くらいが普通だったが、何しろボリュームと体裁が違った。
白土三平、水木しげる、楠勝平、つげ義春、永島慎二、勝又進、松本零士、手塚治虫…ビッグネームでも大手が出さなかった作品や、「ガロ」の異才を長く読んでもらおうという作りで上製の上に帯付き、さらにそこにビニールカバーまでつけていた(から、返品の改装が大変だった)。

何というか、大学のある駅前の個人経営の中規模くらいの書店さん。
その書店の、小中学生がたむろするんじゃなくて、小説とかアートとかそっち系の棚の、それでもあまりいい場所じゃない…天井に近いところ…なんかに、「おせん」「秘儀御法」なんかがまとまって置いてある。
で、恐らくかなりの「通」が見て年に一冊か二冊売れる。けれども、そんな解ってる人がやっていて、解ってることを解ってくれる読者が必ず少数はいて、そんな書店が全国にたくさんあれば、何とかやっていける。
だから、そういう人たちへ本を作る。そういう感じであった。(もちろん商売だから生臭い話もたくさんあったしカッコイイ話では決してない)

大手の場合はまだまだ上製に手を出すことはまだあまりなく、A5判並製が増えていく。
で、同じような装幀で同じようなページ数で、800円くらいのA5判並製のコミックスになる。
青林堂も見た目は同じような本で、850円とかそれくらいだったと思う。
ところがその両者、読者には同じような本に見えるが、版元から見れば全く違うのである。
青林堂は担当編集が原価計算をし、ここは巻頭二色をぜひ「ガロ」と同じように見せたいから一折二色、そうすると見返しの印刷は無理…マットPPも普通のか…あとカバーに特色使われちゃったからここを削ろう…とか、もう大変な苦労の末に薄利を載せた「定価」。
大手は部数も違うし、営業や宣伝力も段違いで、あの「定価」。
同じ作家の本で同じ体裁の本で、大手が500円でうちが1200円というわけにはいかないし、ファンにすれば意味が解らないだろう。

そんなことはどうでもいい昔話なのだが、ともかく、たくさん売ってたくさん儲ける、あとは知らん的な売り方ではなく、いいものだ、出すべきだ、残すべきだと思った本を少部数でも長く売る、これは思いの外大変だという話。

やまだ紫の「性悪猫」は、青林堂時代も一年に一回はちゃんと再版がかかっていた。
布張り上製本で950円(初版当時)、今なら絶対不可能な造本。
でもあんなにいい造本で本文にいい紙を使って、本来なら1200円くらいつけるべき定価を3ケタにしたのは、内容に自信があったから。
当時の担当は長井勝一夫人の、香田さん。猫好きで、やまだとは仲良しだった。
いい本だと言っても、いくら自信があっても、その「質」を解ったもらうためには買って読んで貰わねば始まらない。
大手の本に混じってグッと高い本になっては、ハナから競争にならない。色々な事情があった、苦労の結果。でも編集の腕の見せ所でもあり、そういう経験は後に自分も津野裕子さんの「デリシャス」や古屋兎丸くんの「Palepoli」(青林堂上製版)などに活かされたと思う。というか活かしたつもり。
いまだに「あれ白取さんが担当だったんですよね、本当にずっと手元に置いておきたいいい本!」と言われてニヤニヤしますが、作品は作家さんのもので、編集なんか影でいいんです。もう百万回くらい言ってますが、

俺が俺がと「前に出て来る」ような編集にロクな奴はいません。
いませんから、気をつけて!


零細版元に勤めていたから、少部数でも長く売れる…つまり時代や流行に関係無く読み継がれる本の有り難み、実力っていうものはちゃんと知っている。
それはつまり、知らなかった世代の読者にとっても、もちろん版元にとっても、何より作家にとっても、全てにとって良い事。
本当に本が売れなくなって「出版不況」と言われて十数年、それでもいいものはちゃんと残る、いや残せ!と喉から血を出すほどに言い続けてきた。
それに答えて下さったことに、心から御礼を言いたいです。
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tag : やまだ紫 青林堂 ガロ 性悪猫

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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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