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2012-03-27(Tue)

ちゃんと拭こう

2012年03月27日(火)
京大病院受診日。
昨日でツイッターをやめた。
キツイ、辛い時に励まされ助けられた事もあったが、今の自分はあの短文で乗り越えられるほど甘くない状態まで来ている。
決して「そんな事やってる場合じゃねえ」という意味ではない。
気軽に「ラーメンなう」がツイッターのいいところで始まったはずだし、それはそれでいいんだし、そうじゃなくたっていい。人には人のツイッターの愉しみ方があるんだから。

俺のような状態であっても、頭のいい人なら短文でササッと言いたい事をスタイリッシュにまとめちゃったりなんかしちゃったり出来ちゃうんだろうけど(笑)、俺の場合はとにかく漫画「未来日記」ではないが、「全てを記録」するしか出来ない。もっとも自分の場合は「傍観者」ではなく、自分のことを記録するのだが。それで、乗り切る。
ツイッターまで手というより頭が回らない。じゃあ放置すれば、アカウントがあるのにツイートが無いというのは「無言」と判断される(俺はそう判断してしまう)ので、その「無言」に何か他意を汲み取られるのも困る。
そういう判断からです。


さて、翌朝病院だというのに、ゆうべはなかなか寝付かれず、布団の中で寝返りばかりうっていた。
その度にユキが「ニャー!」と昼夜関係のない大声で鳴くので、はっきり目が醒める。
位置を変えてゴロゴロ言うのをなだめてやり、それからまた寝に入り、ウトウトしかけると、いつの間に下へ行っていたのか、ユキがベッドに上がってきて耳元で「入れて!」と鳴くので起こされる。
そんなことを繰り返して明け方だよもう…と朦朧としていたら、次はもう朝の8時半だった。
どうにか4時間弱寝たか寝ないか。

今朝は良い天気で、日中は気温も上がりそうな気配。しかし朝はまだ寒い。
朝の日常でアッという間に9時を過ぎてしまい、病院へ向かった。
再来の受付も採血も、それほど多くはなさそう。
ただ、この一ヶ月の間の自分の状態を顧みれば、とても免疫が上がるどころか下がる一方の生活しかしていない。
何しろ食うためのシノギで無茶ばかりしてきた。病人じゃなくても倒れるっていうくらい、地獄のような作業の連続でその見返りは微々たるもの。それを量でこなすしかない。

採血を終えて先に呼吸器内科、I先生に呼ばれる。
WBCが1000。久しぶりの低水準。やはりな、ということで驚くことでもない。
「どうですか」と言われるので、体調に変化はないが、これこれこうで色々大変ですとお話する。
まあ「仕事が減って経済的に大変」みたいなこと言われても、先生も苦笑するしかないという風情である。
それはそれとして、「肺の方は、(状態は)いいですよ」とのこと。新たな感染も炎症もない。

次回は一ヶ月後だが、年度替わりで「血液内科のN先生の外来診察日が月曜に替わる」とお伝えすると、
I先生は「ぼくも月曜出てますよ、じゃあ同じ月曜にしましょう」と言って下さった。
正直、病院というある意味「患者の坩堝」に「免疫抑制患者」が行く機会は、なるべくなら減らしたい。
「助かります、ありがとうございます」と御礼を言うが、実は、これが「やらかした」という事は後で知る事になる。
処方と吸入の指示票をいただいて診察室を出て、処置室へ向かう。
肺炎の予防薬吸入。今回も30分で薬剤が噴霧されきっておらず、15分追加された。もう本当、これ地獄。

それから血液内科の受付へまわり、呼吸器終わりましたと伝えてしばらく待つと、割合早めに呼ばれた。
N先生も「どうですか、お変わりありませんか」と言われるので、「体調は変わりませんが生活がアレで精神的にはボロボロです」というような感じ(笑)でご報告。
N先生は「感染予防という点では、この冬も風邪もひかれなかったし、今なさっておられる対策で完璧だと思います、ですからご病気に関しては引き続き、こういう形で(くすぶり型ゆえ)様子を見ていければいいんですが…」とのこと。
…そこから先、病人だろうが何だろうが食っていかねばならず、そこら辺に関しては医師の領域ではないしどうにもならない。

自分は客観的に見られれば、きっと鬱状態だろうと思われる。抑鬱状態にないわけがない。ややこしい言い方だがそうだろう。
でも精神科に行けば、カウンセリングを受けるとか話を聞いてもらうとか投薬を受けるとかそういう事なわけで、それで問題(病気とか妻の死とか経済的困窮とか)が解決するかといえば解決しない。

俺の場合は抑鬱状態にあるとすれば、自分でその「鬱の原因」がはっきり3つ解っているわけで、これのうち2つ=「病気」の治癒と「妻の死」の回避は解決できないのである。

あと一つ、「経済的問題」の解決は宝くじでも当たれば別だが(絶対に買わないし、買わないから当たらないけど)、自分がやれる範囲で睡眠を削って働くしかない。
そこへ、例えば「いい抗鬱薬がありますから…」と言われて薬でも追加されたら、高い薬価が経済的な面で負担になっていて、その経済的な面がストレスになって抑鬱になったとして、その治療に投薬を…って、それではマッチポンプみたいなものである。
「お話を聞いてもらうだけでも…」という事例もよく聞くし、それで助かる人が多いこともよぉく知っている。
連れ合いが生前手術の後遺症に苦しんだりした時に、一時期鬱状態になり投薬を受けたのも横でついて見てきた。

俺は、鬱にはならない。…たぶん。
なっているとしても一人で対峙する。たぶん大丈夫。

人間最後に頼れるのは自分だけ。
自分のケツは自分で拭け。
…これは大学受験予定だったのに、「(『ガロ』の長井さんが来る専門学校へ行って)漫画家になる勉強がしたい、無理なら諦めて受験するから」と母親をだまして(すんません)上京するという話を了承してもらった時に、母親が言った言葉。
まあ、そういうことなんだろう、あくまでも「俺の場合」は。

ともあれN先生は親身に色々話を聞いて下さるし、聞けば解る範囲で全て答えていただける。
「カウンセリング」ならこれで充分です。
そんなこんなで、N先生に「来週から月曜に替わられるんですよね、I先生も月曜おられるというので、同じ日にしていただきました」とお伝えすると、
「はい? あの、私は金曜に移動するんですが…」と笑顔のまま言われ、すぐに
「あ、でも、月曜でもちゃんといい先生がおられますし、私よりも経験の長い先生で、化学療法やリンパ腫の専門ですし…」とフォローして下さる。

あ…俺やっちまったな…。

月曜と金曜間違えてI先生にお伝えしたのだった。
つまり、今まで=呼吸器内科I先生と血液内科N先生が同じ火曜が外来診療だったので良かった、
それがN先生が月曜に(本当は金曜)移動する、でもI先生は「月曜でも大丈夫」、
やれ助かった…と思ったらコレです。月曜と金曜ってどこをどう取り違えて記憶していたのか。
N先生は「別に私じゃなくても」というお気持ちなのだろうが、やはりこっちの状態をずっと把握して診ていただいていた先生が替わるのは、患者側には不安なものだし、N先生には色々お世話になったので、できれば続けて診ていただきたかったのだが。
「月曜の先生にも、白取さんのご様子はちゃんとご説明しておきますから、ご安心ください」と言われる。
N先生の患者への対応…つまり俺への対応から、誠実で丁寧なお人柄というのはよく解る。きっとちゃんと引き継いでいただけるだろう。
そう思い「お世話になりました」と御礼を言って頭を下げた。
京都へ来て4年半、京大病院に転院した最初のI先生から、これで2度目の交替になるけれども、この病院の血液内科の雰囲気って、お二人のお人柄や帯状疱疹の劇症化で入院した時の病棟の感じなどから、いい印象しかない。新しい先生もきっとよくして下さるだろう。

それから会計へ向かうと長蛇の列。並んでいて、そういえば呼吸器のI先生から次回の採血とレントゲンの票を貰ってなかった…と思い出し、会計受付を済ませてから二階へ戻り、受付でその旨申告、しばらく待って受け取り、また一階へ。どういうわけか会計待ちの椅子は全て塞がっており、立っている人も多い。
仕方なく東側の出入り口近くへ行って椅子に座る。こっちは日陰でテレビもないが、しょうがない。
しばらくして会計が可能になったと端末が鳴動。今日は4000円ちょいと安い。

バスに乗ろうかと考えたが、この間長く歩いてその後膝が腫れてひどい目に会ったのと、「病院の往き帰りはタクシーで」というのは、連れ合いとお互いずっと決めごとにしていた。(それには色々、理由がある)
無理せずタクシーでまっすぐ一乗寺へ。買い物を済ませてマンションへ戻り、隣の調剤薬局へ処方箋をお願いしていったん部屋に戻り、再び降りる。

薬局で薬を受け取ると、会計が1万円ちょっと。
俺が思わず「あれ安っ!」と声を出すと、「え?」(何か間違ったかしら)という感じでいつもの女性薬剤師さんたちが見直すが、日数が違ったのだった。前回は35日分で、今回は28日分。
「なあんだ、あっはっは」と三人で顔を見合わせて笑うが、
「でもよく考えたら結局その先また払うもんなんすよね」と言うと「そうですよね~」とまた三人で苦笑。
「ご体調はどうですか?」と言われるので、体調より不景気がね~、と言うと
「病院の方もありますしね…」と言われ
「いや、病院は今日は4000円とかなんですけど、採血の項目によったり、大きい検査が入ったりすると2万3万という時もあります」と言うと、お二人とも「え~!!」と驚かれる。
「その上高いお薬になりましたもんねえ」と言われ
「そうなんですよ、何回飲みに行けるかっていう…」と冗談めかして言うとお姉さんは
「そうですよ! 何回おいしいもの食べられるかっていう…」と真顔なのがおかしい。
「だからね、その分普段の食事を切り詰めて節約して…ウウッ…」と泣く真似をしながら「お大事に~」という笑顔に送られて出て来た。

部屋に戻って着替えると、リビングの「しんばり棒」で開かないようにしてあった引き戸が、ちょっと=ユキの通るくらい開いている。
いったいコイツ猫のくせにどういう腕力をしているんだ、と思いつつ手前のドアのしんばり棒を抜き、旧仕事部屋に入ってみると、やはり奥の側の棒が外れて転がっている。
鳴きながら暴れ回ったらしく、「ミニ台風」でメチャクチャ。毛もあちこちに散乱している。
おまけに押し入れの戸も10cmくらい開けてあるから、きっと中もめちゃくちゃだろう…。

とりあえず今日は天気もいいし風はやや冷たいが、窓を開けて掃除。猫の毛と、ホコリがわだかまって凄い。
普段モップでこまめに床は掃除しているつもりでも、強力な掃除機掛けは必須だ。
カビやダニ、雑菌類のどれがどういうタイミングで命取りなのか、本当によく解らない。言えるのは普通の健康体では何てことはない連中が、自分にとっては巨大な敵…は大げさか、まあ脅威になり得るということ。
N先生が褒めて下さった、俺の「日常生活での感染防止対策」つまり
不特定多数の集まる閉鎖空間には行かない、外出した後はうがい、手洗いなどを欠かさない、病院ではマスク必須、身辺や身体の清潔に気を付ける…
などなど、改めて確認すると色々面倒くさいが、この「面倒くさい」がどんどん広がっていくと、最終的に「生きるのが面倒臭い」になる。そういうメカニズムってよく知ってるし、理解できる。
だから面倒くさがっちゃいけない。
生きることが面倒臭くなったら、あとは死ぬしかない。
「おまえ何でまだ生きてんの? とっくに詰んでるのに人生やめないの?」
という奴がいることも、ちゃんと知ってる。

それよりまず、このところこうしたクソ面白くもない近況を書き続けているのは、俺にとって「記録すること」が唯一の自己カウンセリングみたいなものだから。
何度も何度も繰り返して申し訳ないけれど、これまでずっと辛い時こそ、全てを記録し俯瞰し相対化して、切り抜けてきた。
「辛いこと」の本体からは切り抜けられなくても、それによって「精神が崩壊」することからは切り抜けられる。
だからといって、世の中で鬱病になったりする人たちに対して「自分で乗り越えろ」とか「弱い」とか言う奴は、単に鈍いのか想像力が欠如しているか、真に、ほんとうに辛い目に遇ったことがないのだと思う。
人間は弱いというか、弱く生まれてくる。だから弱くて当たり前なんじゃないか。

昔ある若造が「人間は泣きながら生まれてくるものだ」などと知った風なことを言ったのを見たやまだ紫は、俺にこう言った。
「人はねえ、泣きながら生まれてくるんじゃない。生まれてから、泣くんだよね」

【もちろんシェイクスピアの引用を、まだ人生の何たるかも知らない若造が得意げに「自分の言葉のように」言うな、という意味です。何か誤解があると申し訳ない】
どういう生き方をするのか、そのままずっと弱いまま生きていくのか、あるいは強くなっていくか、それはその人の人生次第。
弱いということに無自覚な場合もあるし、その逆もあろう。弱い自分をどう克服するか、克己する方法を見つけるか探すか掴むか、あるいはそんな事にすら考えも及ばずただ生きるのか、あるいは人を罵倒したり不快な思いにさせることだけがまるで生き甲斐であるかの如く他者に悪態をつきながら、それが「楽しい人生」か。

弱いままでも全然構わないし、強い人も、世の中には本当に見ていて「偉いな」と感心するほど強い人がたくさんいる(いやケンカが強いとか格闘技とか独裁者とかそういう事じゃなくて)。
ただ、自分が強いから、一方的に弱者を認めないとか、否定し劣っているというのは強い人のする事ではない。
どんな人生を選ぶのかは本人次第で、本人の自由で、だから本人の責任。それは自分で責任を取るということ。

ケツは自分で拭かないと。

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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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