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2012-04-02(Mon)

いろいろあるけど

ずーっとブログを読んで下さっている方ばかりじゃないですよね。
説明不足でしたか。…。
・京都になぜこだわるのか
 たくさん理由はありますが、全て説明するのも大変なのではしょりますが。
 連れ合いと二人で、「骨を埋めよう」と思って引っ越してきた。
 すべてが気に入り、水があった。つまり、ここが好きだから。
 また、かなり贅沢な今の部屋に出来るだけ長く居たいと思ったのも、二人で暮らした部屋だから。
 「もう一人だからいいじゃん」という感性の人には最初から通じない話。
 次に、体のこと。京大病院へ転院し、継続して診ていただけていること。
 いくつかの科に入院経験もあり、手術も経験した。つまりお互いによく知っている病院を変えたくない。
 病人にとって、病院や医師が一から全て変わるという事がどれだけのことか、健康な人にはなかなか想像できないでしょう。
 京都という町はコンパクトで、中心部の雑踏へ行かなければ自然も適度にあり快適に暮らせる。

 東京へ戻る話もある人に相談したことがあるが、病人になってみると、何と過酷な街かという事がわかる。
(一度だけ、四十九日に東京へ戻ったことがある)
 まず、スピードについていけない。それから街の広さ。どこへ行くにも地下鉄その他を使わねばならない。
 元気な人には刺激的で情報も多く、楽しい街。それは良く解るし、だから自分も十代で上京した。
 でも今はもうこんな病気になり、長年住んでいたからこそ、もうあそこで暮らすのは無理だと解る。
 その知人も「環境を言ったら、そっちに居る方がいいに決まってるよ」という。 

 実家に戻るというのも当然考えたが、まずその当の家族から「病人には寒すぎる、過酷」と言われている。
 北海道は家の中はあったかい、とよく言われますが、そうじゃない家もあります。
 これ以上あれこれ自分の家のことをあけすけに書かねばならない義理はないので省略。
 とにかく物理的に家の中を色々手を入れないと、今の状態では無理。それには当然お金がかかる。

・なぜ猫と離れなければならないのか
 他ならぬ自分が一番、ユキと別れたくありません。だからここ半年ほど、このままここに住まうことをベストと考え、歯を食いしばって睡眠を削り、自分の病身をけとばしながら来る仕事を全て受け、さらに効率が悪くてもチリを集めて丸めるような仕事まで貰い、頑張ってきましたが、それも終わりが見えてきました。
 離れずに暮らす方法はないかと、ずっと模索し、相談できる人にも聞き、あれこれ調べ、悩んできました。
 ユキは耳が聞こえないため、すさまじい大音声で鳴きます。
 現在のマンションはペット可が条件で探したのだし、高家賃だけあって防音もしっかりしています。
 しかしその高家賃が負担できなくなってきたため、引っ越し先を捜すとなり、ペット可でユキの声を外へ遮蔽できるような部屋はやはり高家賃で、それでは引っ越す意味がありません。

 また、やまだ紫の画稿・書籍、遺品の管理もあります。
 やまだの復刊や何かの問い合わせがあった場合、業界に居る自分ならすぐに対応できます。
 自分にもしもの事があった時は、夫婦ぐるみでお付き合いのあった友人の古書店主の方に、次女のゆうちゃんと相談して、倉庫なりにキチンと保管し、出版には素人のゆうちゃんにもアドバイスをしてくれるようにお願いしてあります。

 ついでに言えば、そういった類のこと、自分の死後の面倒なことへの対処、指示は全て書類にしてファイルに整え、すぐ目につくところに常に置いてあります。万が一孤独死・変死しても入った人がすぐに解るように。
…まず自分が癌告知と余命宣告を受けた時に、自分が死んだ後のことを真剣に考え始めました。
それから、連れ合いを亡くした後、全てを書類にしファイリングしました。
連れ合いの作品を後世に伝える。まずはそれを、ともすれば崩れそうになる「生き続ける」ためのモチベーションにして、頑張って全ての原稿と原画整理をし、何とか良心的な版元さん・編集さんに巡り会い、代表作も遺すことができました。
一周忌までに何とかそれを終えたあとは、思い出の一杯つまったこの部屋、この街で静に暮らしたい。それだけを目標に頑張ってきたつもりです。

 これから一人で引っ越し先を決め、時間をかけて引越作業をし、あれこれと病人にはきつい事が山積しています。
奇跡が起きて、条件全てがクリアできる物件が見つかる可能性も、まあ0ではないでしょう。
でも奇跡など起きない、連れが倒れ手術の結果を待つ数時間、寝ずに祈り続けた後、そう思いました。
今自分が生かされているのは、敢えて「何か意味があるのだとしたら」、おそらく連れの作品を次代へ伝える役割を果たせということでしょう。いくつかの代表作は遺すお手伝いができた。まだ伝えたいものはあります。
だからまだ死にたくないな、とは思ってます。

でも色々と生きにくい世の中になってきて(世の中のせいにはしたくないが)、
はっきり言って「生きるのが面倒くせえ」という気分になりつつあります。
これは危険です。
危険だということをよく理解しています。

このタイミングで、昨晩、「性悪猫」はじめやまだ紫の復刊事業を担当して下さった、小学館クリエイティブの川村さんが京都に来られました。手塚治虫先生関連のお仕事で、出張で丹波篠山まで出かけた帰りで、わざわざ京都へ寄って下さったのです。
「(性悪猫)の三刷、おめでとうございます」ということで乾杯し、しこたま飲んで、明青さんのおいしい料理をいただいて、最後はご馳走になってしまいました。幸福な時間でした。
生きているとこういういい事もある。辛い辛いと日々送っていても、たまにこうした「ご褒美」もある。
もうちょっとあがいてみよう、という気になります。ユキちゃんと暮らすことも含めて。
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コメント

よかった

もうちょっとあがいてみようか・・・
の言葉にほっとしています。

悪あがき

もうあんまり猶予がないんですけどね。
この大声で鳴く耳の聞こえない猫と暮らせるところを、何とか第一には捜しています。
あとどっかにお金落ちてないかな~とか(笑)。

でも、あと2ヶ月で引っ越すことは確定しているので、本当に難しい状況にはかわりないんですが。

説明

なんといいますか、「察する」という部分を持たぬ人が増えている気がするのです。
小生旧サイト時代よりネット上でこのようにお付き合いさせていただき、当然ずっとご様子を見て知っております。ただここ暫くの記事を拝見し「良い方向へ向かいますように」と祈念しておりました。
白取さんがここい至るまでに、どれだけ考え、苦しまれ、ご本人おっしゃるところの「あがき」をされてきたか。病身であられること、奥様を亡くされたこと、つまり人間の人生における最大のストレスを立て続けに与えられ、それでもなおかつ襲ってくる苦痛や悲運にお一人で立ち向かおうとされている。
そこに「こうすればいいじゃない」「何でこうしないの?」という言葉をかける神経を、小生は持ちません。
簡単じゃ、ありませんものね。人生。
先の事は解らないですし、解ったら誰も苦労しません。
何とかその場その場でよかれと思う最善のことをしてきたつもりが、結果論でものごとを語る人も多い。
「だから言ったじゃないか」が口グセの上司が昔居りました(現在は退職)。その人が事ある前に正確な忠告を冷静にした事を見た人はいませんし、現実に「だから言った」事などないのです。
でも、そういう人は居ます、確かに。

白取さんの言われるように、奇跡とは、それを期待して動くものじゃありませんよね。いつも自分が最善を尽くし、結果、そこにすっと神の手が如く何かが降りてくる、差し伸べられてくる。
それが結果として、後から、「奇跡」だったと解るのではないでしょうか。
きっと、白取さんが「もう少しあがく」事を選択されたのなら、それに答えて下さる方もおられるような気がします。
遠く離れたところに住んでおりますゆえ、何もお手伝いも援助も出来ずに、傍観者としてただ好きな事を申しまして本当に失礼とは承知しておりますが、何しろ、お体と精神の安寧を第一にお考え下さい。
経済的な部分で体に無理をさせておられる事、やめて下さいとは言えません。やりたくしてなさっている事ではないくらい、察しております。
ですが、せめて、精神は安らかでいらっしゃって欲しいです。

ブログでこうしてご様子を伺えることをずっと楽しみで、勝手に読ませていただいている者です。
説明を逐一せねば何も察することの出来ない人に、丁寧に労力を使ってご病気の方が、大変な時期に、説明をなさらなくても良いと思いますよ。
でも、そういうところが白取さんの白取さんたる部分であるとも思いますし、これまで、全てを包み隠さず開示されてきた方ならではだとは思うのですが。
本当に本当に、お体くれぐれもご自愛の程を。

Re:説明

いやその…、まあ全部俺が悪いんですよ。
因果応報なんて言葉大嫌いで因果を認めたくないだけです。
ここまでずっと97年からだから…かれこれ15年くらいネット上でお付き合いしていただいてるので、こちらの様子は恐らく親戚よりお詳しいのではないかと(笑)。
でもここ数年見られている人にとっては、何のこっちゃ、何でこいつこんな気ぃ短いねんアホかって事になるでしょうし。
ネットなんか面倒くさいからやめようと何度も何度も思いつつ続けてきたのは、やっぱり、ここでも「自分のため」なんです。
あ、ポストカードセットの件、ほんまにありがとうございました。助かります。

No title

うーん、察しろと言いますか・・・
ここまで実名であけすけに(スイマセン)何もかも書かれてる白取さんを見ていて、
なんというか自分ごときがかける言葉もなく・・・
それも察してることになるのだろうとは思いますが。
皆さん心配しておられるのだと思いますよ。
だって心配ですよ、僕も大病、入院・手術・リハビリなど経験して、ようやくちょっと白取さんの長年の苦痛が解ったような気がしますもの。
白取さんの場合ご自分の病気のこともありますが、
長年奥様であるやまだ先生の病気にずっと寄り添い支えてこられ、そして失う、
その過程もずっと包み隠さず書かれてきて。
なんというか、もう本当に誰か何とかしてくれっって無力な自分を恨みます。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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