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2012-04-09(Mon)

「奇跡」って何だ?

2012年04月09日(月)
どうしてこう昔っから生きるのが下手なのかなあ、と思う。
この下手というのは何というか、不器用というのか。
よく「白取さんは器用ですよ、何でも出来るし」と言われることがあるけれども、そういう器用さ、小手先のこざかしい部分は確かにあると認める。でも、器用貧乏というほど器用でもないし、結局どれもこれも中途半端だし、肝心の編集としても一流ではなかったと思う。別に何流であろうと構わんし、そんなもの気にしないけど。

前に「奇跡など起きない」と書いた。
連れ合いが突然隣で倒れた。俺は救急車を呼び東京の家族で唯一連絡のついたゆうちゃんに「ほんの少しでも可能性があれば手術をして、リハビリでも何でもして助けよう、いいか」と聞いた。「ちかちゃんに任せる」と言われた。
だから手術を選択した。
ここでも書いたことだけど、やまだのファンで『コスモス短歌会』に連載を依頼して下さった桑原正紀さんの奥様が、同じような状態からリハビリを続け、懸命な介護の結果車椅子で外出できるまでに回復した…という例を知っていたから。
早朝の病院でずっと「奇跡」を祈った。

そして裏切られた。
連れ合いは手術後一度も意識が戻ることなく、というより手術は何の効果もなく、結局一週間後に死亡した。だから、ああ、祈っても無駄なんだ、なぁんだ神も仏もいねえじゃねえかと思った。不遜だった。
その後、「もしあのまま逝かれていたら」と考えた。そうしたら恐らく自分は正気ではいられず、きっとすぐ後を追ったと思う。今でもそう思う。

考えてみて欲しい、ずっと勤め青春を捧げた雑誌とその会社は同僚と思っていた連中に突然叩きつぶされ、自分はネガティヴなデマを業界じゅうに言いふらされ、何だか知らない間に「対立軸」に立たされ、何だか知らない間に尻ぬぐいを無給でさせられた。挙げ句業界での人間関係はズタボロ、いまだにそうだ。
でもまあそれも何回も書いている。俺と直接何度も会い、何度も話し、一緒に仕事もしたのに、デマを簡単に信じて手の平を返す。そういう人ならお付き合いしていただかなくても結構。
連れ合いは「やまだ紫」というガロの作家の一人として、いち早く俺を対立軸に立たせた連中に「言いたい事はわかるけど、やっていることが間違っている」と糺した。
そうしたら、今度はやまだのネガティブなデマ・悪評が業界に流された。
これはけっこう後になって業界内の友人から聞いた。
用意周到で組織的な動きに、俺たち夫婦二人が敵うはずもない。

「やまだ紫はアシスタントいじめをする陰湿な漫画家で、後輩が有名になるのを快く思わず悪口を言っている」

これが、そいつらの流したデマだ。やまだに一度でも会い、話した事があれば彼女がそんな人間ではない事くらいすぐに解るはずなのに。
やまだはアシスタントいじめどころか、アシスタントのために台所に立ちご飯を作り、おやつを作っていた人だ。生き証人ならいくらでもいる。
俺は今度こそ自分のことよりも怒り狂ったが、彼女は達観していた。
「世の中声の大きい人の勝ちだよ。面の皮が厚くて、嘘を平然とつける。泣いてみせた後にベロを出す。恥を知らない連中に、私たちは敵わないよ」
そう言っていた。
「あなたが怒って同じ土俵で一人で戦おうとしても、結局罠にはまってもっと傷つくことになるよ」とも。
俺は納得は出来なかったが、実際は連れ合いの言う通りだった。

あの97年からもう15年。やまだが「嘘のストーリーでも、何度も何度も十年二十年言い続けていれば、本当だと思う人たちばかりになる」と言っていた。そうだろうな。実際そうだ。
何しろガロがどうして崩壊したか、両方を俯瞰して全てを知っている俺に取材に来た人は片手で足りる数。
なのに、なぜか総括的な事を(俺と会ったこともなければ、ガロ時代に聞いたこともない名前の人が)言ったり書いたりするのを何度も見ている。不思議な感覚だ。
もう一回言うけど、フリーライターだかのNさんさ、俺が死ぬ前に俺に謝っといた方がいいんじゃないの?
あんたけっこう業界でいい地位にいるけどさ、俺に一度も取材をせず事態を取材者としてキチンと俯瞰することもせずに記事書いたよね。俺を一方的な悪者にして。これ、許して貰っておいた方が気持ちいいと思うよ。
もっともアンタがそういう「恥知らず」で、別にほっときゃ死ぬ奴にそれこそ死人に口無し…と思ってるんならいいけど。

嘘でも、声が大きくて、継続すれば本当になる。
「だったらおまえが書けよ」と言われたこともある。
もちろん、こちらに何一つやましいところはないし嘘もついていない。元より利用者の少なかった時代からインターネットで全ての動きをリアルタイムで包み隠さず公開してきたのだから。
戦う気満々で、もちろん完全勝利するつもりで全て証拠書類や画像も揃えていたが、やまだに止められた。
「そうやって常に敵と戦うことよりも、平穏に暮らすことを考えようよ」と言われた。
彼女も俺も病を得てからは、特にそう思うようになった。

そうだ、せけんなど どうでもいい。

夫婦助け合って行ければそれでいいや、と思って暮らしていた。
ところが連れ合いは誤診から膵炎を患い、後の手術や後遺症の苦しみ、抑鬱などにつながっていく。俺は俺で何とか寄り添い支えていくつもりが、本人が白血病宣告された。
それでも、俺たちは恥ずかしい生き方はしてこなかったはずだ、大丈夫、とお互いを励ましてきた。
俺の癌は進行が遅いタイプと判り、やまだは京都の大学へ招聘された。奇跡のように京都に転居が決まり、奇跡のような人生で最大の幸福な時間を過ごした…のは、たった一年半で「はい終了!」

俺、よく生きてるよな。

自分でほとほと感心する。これだけ書いてきて…というかかなりはしょっているが、長くお付き合いいただいている方ならお判りのように、普通死んでますよ。本当に。そしてそれを誰も咎めないと思う。
連れ合い以外は。

「奇跡など起きない」と書いたことの言い訳だったのだが、要するに、今「生かされていることを奇跡だと思え」と思うしか「落としどころ」が見つからない。
それは解る。そう思ったし、そう思ってもいい。
だけど、「何それ?」とも思う。
生きること、生きていられること、それは当たり前に皆が享受している「普通」のことだ。
もちろんそれさえ、地震や津波に突然に奪われたり、あるいは生き延びたと思ったら原発事故で家や故郷を失ったり…。叶わない人はたくさんいたし、居る。
愛する人と一緒に、贅沢は言わない、健康で、笑い合って支え合って老いたい。何ということもない「日常」をただ送りたい。
これってけっこうな「贅沢」であったのだ。
それを続けることが「奇跡」と呼べるほどに贅沢なことであったのだ。
そう、思えと?
もしそうだとしたら、この世界って本当に生き辛く、苦行でしかないではないか。
なぜ生きねばならないのかの答えになっていない。「それは生かされているからだ」では先の叶わなかった人たちがなぜ生かされなかったかへの回答にならない。

…と、色々と考えるわけです。
引越にあたってモノを捨てていかねばならない。モノと俺の未練、執着も。
そんなものとうにないわと思っていたが、実際ちょっと手をつけ始めると、色々なものが色々な思い出を色鮮やかに俺の脳裏に再生してくれる。くれる、くれる。困る。作業の手が止まる。

自分もいくら慢性とはいえ十年生きるのは稀と言われつつ、もう7年生きてきた。
なのでいつ死んでもいいように準備はしておこうと、私物を処分したり、蔵書(というほど立派なものではないが)を二束三文で処分したりして、気がついたら周りは彼女のものばかりになっていた。
だから、これから引っ越すために捨てていかねばならないのは、やまだ紫という作家の作品や著書などではなく、「三津子」という連れ合いの衣服や使っていた道具や長年愛用していたものたち、本などである。辛い作業なのである。

自分のケツは自分で…とか偉そうな啖呵を切っておきながら、でも色々な人に助けていただいている。
「明青」のおかあさんも電話をくれて心配して下さるし、「手伝いに行く」といってくれる主に筋肉質で大阪に住む劇画好きとか、もちろん身内や友人もいる。
今日は東京の知人が「夜行バスで週末パッっと行って粗大ゴミとか本なんか重いもの運んだりしてパッと帰る」というのを、丁重にお断りした。ありがとう。お気持ちだけで充分です。

やまだが猫の絵を描きロゴをデザインした、神田小川町の古書店「虔十書林」の多田一久さんも、大きい絵や置ききれないものがあったら倉庫に入れてあげる、と言って下さった。その時「…色々あると思うけどさ」の後のひとこと、
「心配しないで」
という言葉が、どれほど心の支えになったか。
自分は本当にバカで見識のない、短気でしょうもない小物なわけだけど、それでもちゃんと支えようとしてくれる人がたくさんいる。
これが「奇跡」なんだな、と思った。
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Re: No title

え!!返信してませんでしたっけ?
すいませんです。でも作品見てくれと言われて、今まで断ったことは一度もありません。
精華で一年教えた時も、ネームやシナリオ(原作)など色々見せて貰って楽しかったです。
指導するとかおこがましいにも程があるけれども、自分がこれまで見聞してきたことの上で
自分なりに何か感想なり意見を言うことは編集じゃなくても誰でも出来る事だと思います。
今はwebで発表し、それを編集側もチェックしてますし、コミケに大手のスカウト(笑)が
足を運ぶようになってずいぶん経ちます。
幅広く色んな人の意見を聞けると思いがちですが、実は、自分から飛び込んでいかないと
本当のプロには見てもらえなかったりもします。だって、忙しいもん編集って。
若い人たちにいつも言ってたのは、「まず他人に見てもらえ。出来るだけ沢山の人に」
という事でした(そうだよね?教え子諸君)。
ネット社会だからネットだけで、来て見てくれる人だけでOKという「同人作家」さんなら
それはそれで、それも立派な創作活動。そこからどうするかは本人の自由ですし、どうすれば
正しくて何が間違ってるとか、ないと思います。本人次第。
頑張って下さいね。

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No title

大変な状況であるらしいことは、文面から察することができていましたが、今日のはホッとする内容。
ちゃんと身の回りに自分のことを気にかけている人はいる、支えようとしてくれてる人はいる。
よかったです。

97年

あれからもう15年ですか・・・、そうですよね。
僕もレスリングとか柔道とかサンボとか色々やって元気な若造でしたし。
まさか自分が病気になって手術とかするとか思いもしませんでしたし。
デジタルガロの経緯よく知ってます。憶えてます。
インターネットが爆発的普及/前夜みたいな時期で。ISPって言葉も普及してなくて、プロバイダには田舎の中小企業とかも参入してむちゃくちゃな黎明期の後だったし。
でもネットやデジタルで漫画を始めるスタートラインには大手も零細もなく、みんな横並びだった時代ですよね。ガロがそこへ真っ先に飛び込めば、面白いことになる・・・ってワクワクしたのを憶えています。
創刊号は、まずは接続と、それに関する説明って感じで、webと次の展開がもの凄く期待される内容でした。ピンク色のエビスさんの顔が怖かったけど、ガロが新しい時代の先頭きって何かやる!という期待にドキドキしました。
その後はただただもう、白取さんのお体のことが心配で。人の健康を心配している場合じゃなくなっても、これだけ長くお付き合いさせていただいていると、もう他人ごとじゃないような気がして。
そうですね、もう15年。
せけんなど、どうでもいいですよ。
それが無法者の思う壺だったとして、でもいいじゃないですかそれで。そんなせけん。
奥様はとうの昔に「ああせけんさま」とおっしゃられ、達観されておられたように思えます。
ご自分のご健康といいますか、体調といいますか、あとはそれだけを考えて一日も長く生きてください。お願いします。
本当に、お願いです。

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いえあ

同じipですぐ横でみんなで入れ替わりアレだけどだいじょうぶだよ。うん。

Re: いえあ

あんたら一緒で楽しそうやな!飲んでるやろ!畜生!
←のメールフォームからやないとコメント公開されるから気ぃつけや!(笑)
でもいろいろありがとう!
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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