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2012-04-19(Thu)

足、膿みました

2012年04月19日(木)
引越作業で体全体に負荷がかかっているが、箱を持ったり動かしたりを何度も繰り返していると、当然そのつど手足の末端に力が入る。
そのせいか一週間ほどで手足の親指付け根・爪と肉の間がぱかぱか開くようになってきた。その時点で実害はないし痛みも大きなものではなかったので、とりあえず手袋をして作業。
そのうち左手親指と右足親指の爪の付け根に雑菌が感染したようで、痛みが出て来た。ギュッと押すとかなり痛い。もう人間が感じる最高レベルの痛みはほぼ体感したので、これくらいの痛みは屁でもないのだが、作業の度に小さく痛いのでウザい。
そう、こういう時のために「ゲンタシン軟膏」を近所の調剤薬局で名指しして購入してあるのだ。
患部をアルコール消毒し、ゲンタシンを塗り、滅菌ガーゼで固める。巻きっぱなしは逆によくないので、一日二回交換する。勿論その都度消毒。

これで三日、左手親指の化膿は完全に治った。ところが右足の方は少し感染が強いというか、化膿が進みそうな気配。
朝起きたら痛みが強くなっている。ギュッと押すと、茶色い汁が出て激痛。あ、激痛といってもそんなもの(以下略)

とりあえずこれを放置しておくと、自分の場合は自分の免疫で守れないので、足から攻め上られて最悪切断という事だってある。いや、本当にそういう事はあり得ない話じゃないのだ。
帯状疱疹の時だって、普通の人ならそれでOK、という対応をすぐとったのに、自分の体では全くウィルスに太刀打ち出来ず、結果劇症化して皮膚はひどい火傷のようにズルズルになり、血膿と激痛で苦しんだ。ロキソニンはおろかモルヒネやソセゴンも効かない地獄のような激痛で、一ヶ月も入院したのである(このあたりの日記)。
甘くみないでとっとと対処すべき。
そう思っていつものように足を綺麗に洗い、軟膏も落として患部が見える状態にして、サンダルでマンション下のいはら内科へ。本当に、ここは自分ちの下がいいお医者さんなので、離れがたい理由の一つなのだが…。

看護婦さんに問診された後診察室に入り、これこれでこうなって、と患部を見て貰う。井原先生とはこないだゴミ捨てに降りた時にお会いした。俺が引越作業をしている事をお話しているので、すぐに「ああー、今大変なんですもんねえ…」とすぐに事情をご理解いただけたご様子。
こちらの「消毒→ゲンタシン→患部保護」ローテーションは「対処としては正しい」というので、後は「援軍」を送り込んでもらう必要がある。抗生物質である(セフゾン100mg錠)。
今毎日飲んでるのは抗ウィルス剤と真菌などに対応するものと、月一の肺炎予防薬吸引。そこら辺の雑菌風情にまで負けるようになってきたか…と、ガックリというより、引越であれこれ動かしたのもあるんだろう。物理的に負荷がかかり続けたこともあるが、ただでさえ免疫抑制状態なのに、ストレスや疲労でさらに少ない免疫力が落ちた。そういうところにつけ込んでくる。
右足をちょっと引き摺って、お礼を言って病院を出て、マンションの隣の行きつけ(?)の調剤薬局で薬を貰い、そのまま部屋に戻って消毒・軟膏・保護の後、さっそく薬を飲む。

人間は「健康」というのが「当たり前の状態」で普通に暮らしていられるが、俺にしてみれば「普通の健康体」は強い免疫というキラキラ光るまぶしい「シールド」に守られた存在で、羨ましい。

足がまだ痛いので、引越は休養日にする。
こんな事ぶっ続けてたら文字通り身が持たない。
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No title

本当にお大事に!ご自愛ください!今から足切断なんて、とてもじゃないけど冗談になりませんから。

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どうも…

皆さんにご心配おかけしてすいませんです。
アルコール消毒、ゲンタシン、抗生物質内服コンボで痛みはだいぶ薄れてきました。
何か色々ダメな感じになりつつあるんですね、体が。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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