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2012-04-23(Mon)

あれやこれや

2012年04月23日(月)
割合すっと寝られて、朝方ユキに7時頃起こされた。
枕もとでニャーニャー言うので撫でてやるとゴロゴロ、しばらくコテンと横になって大人しくなったと思ったらまたニャーニャー言って撫でるとゴロゴロ。8時くらいまでこの繰り返しでトロトロする。夕べちゃんとご飯あるの確認したしなあ、あ、今日病院だから起こしてくれてるのか。…違うな。
8時過ぎにユキと一緒に階下に降りる。
今ごろは朝の冷え込みもほとんどなく、桜も終わり、これから梅雨に入るまでの新緑の季節が、一年で一番いい。過ごしやすいし、何しろ緑が綺麗で心が安らぐ。
今後引っ越すところは窓からの眺望など文字通り望むべくもなく、街中になるので、ベランダから遠くを眺めるという「贅沢」はあと一ヶ月の愉しみ。よく目に焼き付けておこう。

今月から診察日が月曜に替わり、血液内科の担当医もN先生からK先生という男性の医師に替わる。病院で採血とレントゲンを終え、呼吸器内科受診。
採血結果はまだ詳細は出ていなかったがレントゲンの様子も良く、問題ないでしょうという事。
何か変わったことは、と聞かれて引越すること、その作業のため連日疲れている事、ここ数日は右足親指付け根の爪との境が膿んだことなどを報告。
引越の荷造りなどは必ずマスクをして下さい、と注意された。もちろんそうしているが、時々うっかり忘れたりもする。足の雑菌感染にしても、サンダルが壊れたので捨ててしまい、裸足で一日作業をしたせいだ。
I先生は「あなたの場合は感染しても、解りにくいと思うんですよ。はっきり解る頃にはけっこうやられてることもあるから気をつけないと」とのこと。
つまり外から雑菌が侵入してくれば、健康体なら当然免疫が働き、雑菌と戦う。その過程で熱が出たり痛みが出たり、すぐに反応が出る。そしてたいていの場合、そこらの普通の菌ならその段階で絆創膏でも貼っておけば治る。
でも俺の場合は何か鈍く痛いな…と思ったら色が変わっていたりする。痛い、と思った頃にはもう膿んでいる。そうとう菌がのさばってからじゃないと気付かない=戦うべき免疫力が少なすぎる。まあこういうのにも慣れてしまったので普通の人よりは遥かに気をつけてはいるが、そうしたって「うっかり」で簡単に突破されるわけでもある。

その後処置室で地獄の吸入。
処置室で対応してくれた看護婦さんに見覚えがあったので、「電話ボックス」(吸入を行う密閉・空調のついた個室)に行く間「南病棟ではお世話になりました」と言うと、一瞬ハッとした顔をし、それから目を見開いて俺の顔を指さして「そう! そうやねえ!!」と確認するように紙の名前と顔を交互に見た。
そういえば去年は一度も入院せずに済んだ。免疫が落ちてカリニ肺炎にかかり、ついでにデカい胸腺腫の摘出手術も行い、中央棟から離れた南西病棟に二ヶ月も入院したのは、もう一昨年の夏になる。

「あれからどうです?」と聞かれるので、「ええ、お陰様で元のただの白血病患者に戻りました」というと「大変やったもんねえ」と言われる。その後チラッと世間話をしたが、オンボロで有名だった南病棟…は胆嚢摘出入院の時だ、じゃなくて一昨年南西病棟にあった呼吸器内科であるが、結核などの対応をしている部署は北病棟へ、その他大部分は積貞棟へ移ったそう。積貞棟は俺も手術の時に一週間ほど呼吸器外科の病棟に居たことのある、新しくて立派な病棟だ。
そういえば、4人部屋で全員が癌患者って時もあったな。病棟としての居心地は悪かった=外科だからしょうがないが。あれはあれで楽しい思い出だ(このあたりの日記)。あの時相部屋だったおっさん、おじいちゃんたちは今も元気だろうか。琵琶湖で魚を釣っていただみ声のSさんはまだヘビースモーカーを続けてるだろうか。とか考えつつ涙目で吸引。

終わって血液内科へ移動、予約時間よりちょっと過ぎただけで順調に呼ばれた。
新しいK先生は俺よりも若い人で、物腰が柔らかく優しそうな感じで、前のN先生と同じような印象である。やはり想像していた通り、これはこの「血液・腫瘍内科」のカラーなのかも知れない。
「お話はN先生から詳しく伺ってますので」と言いつつ「大変珍しいご病気のタイプで…」とのこと。
こちらも、診断確定・告知されてから7年になること、4年半前にこちらへ来て最初のI先生に調べていただいた時と、先日N先生に調べていただいたデータで「進行度」にほとんど変化が見られないと言われたことなど、お話する。
K先生は何度も「本当に珍しい」と繰り替えされていた。
一応T-CLLが近いが悪性リンパ腫との境界型みたいなもの、と以前言われたことがあるし、そもそもが日本人ではあまりないタイプであるし、他にも医学的によく解らないけど細かく色々と「珍しい」という事は何度も言われている。
経過観察、肺の方も定期的に肺炎予防と新たな感染のないように通いつつ、何か変化があればすぐに対処する、そういう方針で今後も変わらないということ。最後に触診もしていただき、脾臓のエッヂも確認していただく。「ああ、…こっちの方まで…こっちはここまで来てますね…」と確認してから「大きいですね、これだけ大きいと苦しいでしょう」と言われるので「いえ、だんだんと大きくなってったので、慣れました」と話す。
なぜか、どっかの部族で女性が首に金属の輪っかをはめていき、どんどん首が長くなっていく映像を思い出した。そこまで思い出さずとも、女性の妊娠だってそうだし、ちょとずつ慣らしていくと、人間ってけっこう凄い造形にもなる。ま、腹がぽっこり出てるくらい「あの人よう肥えてはるな」で済むだろう。だからといってこの脾臓は「縫えない臓器」でありとても弱いという事は問題だが。

次回は引越があるので一週延ばしてもらい、5週後という事で、「今後ともよろしくお願いいたします」と頭を下げて出た。

今日は再来受付から採血受付、その間にレントゲン、戻ってすぐ採血。予約時間に呼吸器内科、血内までの間に吸引、最後の血液内科まで実にスムースにロスなく進行した。何と12時ちょいに会計の列に居る、これは今までで最速か…と思いつつ、心はもう「明青」さんのカウンタへ。

何かと気をかけて下さる明青の渡辺さんご夫妻であるが、こないだおかあさんが電話してくれた時に「今度から診察日が月曜になったので、時間が合ったらお昼食べに行きます」と言っていたのだ。
これまでは火曜=明青さんの定休日だったので、粛々とスーパーやコンビニで買い物をして帰ってたわけで、あのカウンタでご飯が食えると思っただけで、朝から何も食ってない胃袋が鳴りそうである。
この時期・この時間帯なら大丈夫と思い、わざと近衛の方のバス停まで歩いて206のバスに乗る。熊野神社のところまでは観光客も多いが、京大病院を挟んで北側に一つ進むとほぼ地元民か、せいぜいがラーメン街道へ向かう人くらい。


果たせるかな、数分待ってきたバスはガラガラだった。外人の観光客が3人、地図を見ながらフランス語であれこれ喋っていたのと、前の方にやはり地図を見ながら座っている女の子2人連れ。それ以外は確実に地元民と解る風情の数人。
一番後ろの席に座るが、マスクをしていると暑いくらいだ。外人3人連れの男性はTシャツ一枚である。本当にいい陽気になったものだ。ただ、この時期いきなり気温がぐっと下がったり、気圧の変化も激しいので、病体は気をつけないといけない。調子に乗ってはいけないのだ。
何しろ、もうじき、あの「悪夢のような夜」…連れ合いが倒れた日がやってくる。そして、「こどもの日」は3回目の命日だ。

明青さんの入口は網戸にしてあった。風が抜けて気持ちが良い。カウンタには数組すでにお客さんがいたので、「こんにちは」と言いつつ奥の席へ進む。夫婦で飲みに来ていた頃に俺が座っていた席だ。
もう二度と俺がこの席に座ることは出来ないだろう、そう思っていたが、もう大丈夫。「わたしは遍在である」と教えてくれたので、寂しいけれども受け入れた。
おかあさんに「早かったんやねえ」「で、どうやった?」と聞かれたので「変化なしです」と答えた。低値安定。医者も不思議なくすぶりタイプ。
旦那さんも「引越や何やって大変でしょう」というので、正直に「いやもうほんまに大変ですわ」と答える。だって大変だもん。かといって手伝って貰える作業じゃないし。

それよりも、今度のマンションは狭い。とにかく狭い、何しろ狭い。だから大量にモノを捨てていかねばならない。それが大変。
実際にこれは必要・不要の選別も大変だけど、それらの不要物の処理がまた大変だ。
けっこう「お宝」だってあるんだよ、買った時30万円!もしたソファーセットの「オットマン」だけがどうしても新居に入らないので、それ一つとか(笑)。
それは冗談としても、5.1チャンネルのアンプとホームシアターシステムとか、ガラス棚のついたコレクション棚とか、未使用のフィスラー圧力鍋セットとか、長女のももちゃんの旦那が家で刺身を盛ってくれた時の大皿とか、洋服ハンガーキャスター付2つとか、今どきアレだけどまだちゃんと動くVHS+DVDデッキとか、こないだも書いたけど80年代のエロ雑誌とか、マクロスライダーを取り付けると絶妙のベルボンの小型三脚とか、オークションかフリマでもやりゃあけっこう稼げるものを全部、「金を払って処分してもらう」わけ。
悔しい。
でも一つ一つ綺麗にして写真撮ったりネットにあげたり、相手に梱包して発送したりとか考えただけでせっかく治ってきた足の指がまた膿んで来そうなくらい面倒くさい。
「モッタイナイ!」と怒られそうだけど、申し訳ない、
「それどころじゃねえ!」

何しろ病院に通うのが楽で猫が飼えて初期費用が安くて更新料もないし比較的築年数も浅くて光ファイバが通ってて…というプラス面を優先し、物理的に狭くて収納ほぼゼロとか日当たりもほぼゼロとか立地的に便利な反面全然落ち着かない=人の出入りの声や自動ドアの開閉で騒々しいとか、マイナス面は極力我慢しようと思い、納得の上で契約した。
…のだが、さらに採寸のための内覧で携帯の電波が全く入らない事が解った。
不動産屋に聞くと管理会社に聞いてみるという。管理会社に聞いたら「キャリアに対処して貰え」とのことだったそう。キャリアに聞くと「基地局の設置予定はない」ということ。ホームアンテナをつけろとか面倒くさいことを言うし、どうやらこれはビル内に電波が届きにくい=7月になるまで我慢すれば何とかなりそうなので、余計な投資や作業はやめてとりあえずは我慢することにした。

問題はネット接続。
仕事がらネットは文字通り「生命線」である。
物件は「光ファイバ導入済」「インターネット即接続可」物件だったのでそこら辺は安心していたら、光ファイバ=関西電力のeo光だった。しまった…。NTT西・フレッツ光の移転手続きをすでにお願いして進めていた。
管理会社に聞いて貰うと、個別でフレッツの契約をしても構わないという事だが、NTTに聞くと「eoの光ファイバーは独自敷設されたものなので共用出来ないし、別に引き込む工事がいる」とのこと。その場合エアコンのダクトとか、何とかして室内へ引き込むわけだけど、外壁に何か打ち込むとか穴を新たに開けるなどの大きい工事だと、家主さん的にはダメという様子。

いずれにしても、余裕を見て動いたはずが、NTTがまず管理会社立合で内見して「どこからどう引き込むか」図面を引くという。それが最短で連休明けの十日、図面が出来て管理会社が家主にOKを仮に貰えたとして、そこから工事の日取りが決まるというわけ。つまり引越してから最悪十日~二週間電話もネットも使えないという事が判明した。
店子の分際で個別に回線を引くとか贅沢言ってはいられないので、粛々とNTTを解約し、加入したばっかりの「もっと割違約金」10500円(税別)を支払ってeo光の軍門に下る。
悔しい。
この物件は、要するに去年の事故前まで呪文のようにクリーンだ最先端だと言い続けてきた「オール電化」に近い物件なのであった(ガスが通っているが、全体としての給湯システムに使われていて、室内への引き込みはなかった)。だからキッチンはIHでした。俺の大嫌いな…。
でもいい、IHは我慢する、ガスコンロをその上に最悪置く!と思ったらコンロ用のガス線が来てないのであった。じゃあボンベのやつ置く。俺は「火加減」が見えないと嫌なんです。あとフランベとかアオリもしたいの。でもそれも、別にしなくても困らないからもういいけど。
ワガママを言わない。
猫と一緒に病人が大人しく暮らせるだけで良しとせよ。
そういう事だろう、そうします。
それより荷造り荷造り。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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