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2012-05-05(Sat)

まる3年

CIMG4117.jpg
2012年05月05日(土)

今日で連れ合いである三津子・敬愛する作家であるやまだ紫を亡くして、まる三年。
一周忌までは泣き暮らした。
毎日花を絶やさず陰膳をこしらえ、向かい合うことで何とか自分も飯を食えた。
とにかく作品を代表作だけでも復刊して貰いたい、それをモチベーションに暮らした。
頑張りすぎたのか、復刊が決まったあとに帯状疱疹を悪化させて入院、地獄の痛みに苦しんだ。

一周忌を境に連れの陰膳の箸が消えたり、水晶の腕輪がほどけたり…不思議な事が多々起きた。
もういいから自分の病気のこと、体のことを考えて、穏やかに生きろと言われた気がした。
何しろ体の免疫はおそろしく低下しており、そのこと自体は血液腫瘍を宣告されたあと理解してはいたし、じゅうぶん注意していたつもりだった。
ところがカリニ肺炎を発症し、二ヶ月も入院を余儀なくされた。
しかし、白血病原発であろうと思っていた7cm大の前縦隔にあった腫瘍は、実は胸腺腫という事が解って全摘できた。
何か色々考えさせられた。
油断せず、大事に生きよう。ゆっくり。諭されたような感覚。

二年目は猫のシマが瀕死の中で迎えた。
シマのこともよく知っている大事な友人が東京から泊まりに来ていた。
二人で「ひょっとしたら命日に迎えに来てくれるのでは」と話した。
結局シマはその三日後に死んだ。これで夫婦と猫二匹で移ってきた暮らしがちょうど半分になった。

そうして迎えた三年目、もうここに暮らすことが出来なくなった。
引越しを控えて室内は段ボールが積まれて雑然とした有様の中、命日はやってきた。
「明青」の渡辺さんご夫妻からお花をいただいた。
本当に本当に、いつもいつも感謝の気持ちで一杯です。
お酒を備え、線香をあげる。夜はフンパツして寿司をとるのだ。そうして夫婦で一杯やろう。

京都は穏やかに晴れて新緑も美しい。
朝は子どもの日らしく、近所を子ども神輿が賑やかに廻っていった。
洛北の、のんびりしているがそこそこ便利で穏やかな暮らしと、ここから見える素晴らしい風景。
南のベランダ正面に吉田山、左手に大文字山の新緑が目に優しい。
北のベランダからは比叡山が山頂まで見える絶景。毎朝自然と手が合わさる。
この「贅沢な暮らし」もあと半月。
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コメント

No title

今夜はSupermoonって、月が大きいらしいですね。
お家からはよく見えそうですね。

No title

やまださんに心からお祈りを申し上げます。
そして、ここに書かれているように白取さんは、
ご自愛なさって、ゆっくり生きてください。
引越し先が京都内にできたのはとても幸いだと思います。
心を込めて。

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プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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