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2012-06-07(Thu)

鍵を返す

2012年06月07日(木)

新しい部屋は1階にあり、両側はそれぞれビルに挟まれていて、元々日射しはほとんど入って来ない。だがもちろん明るい・暗い、その明るさの度合いである程度の時間や気温予測は可能ではある。ところが窓側はビルの谷間と言っても50cmほどの砂利がまばらに敷いてある小道で(今測ったら65cmだった)、そこはガスメータの検針の人が入って来る通り道でもある。人が頻繁に出入りしたり往来する意味の公道ではないにしても、少なくとも「知らない誰か」が窓の外をいきなりスタスタと歩く可能性があるという意味だ。
その道側に窓が二箇所、外開きのドアが二箇所ついている。ドアを開けてその小道へ出たところで何が出来るわけでもないし布団を干すことすら出来ないのだが、デザイナーとやらが格好いいかもと思って作ったのだろう。ただここは一階だ。
別に月に一度ガス検針のオッサンが通ってこちらと目が合ったところでどうって事はない。しかし表側からこの「路地」に入る部分は塞がれているとはいえ、裏側からは簡単に入って来られるわけで、つまり、入って来る人がガス検針の人だけとは限らないのだ。
実際開栓の時に大阪ガスの係員が「入ろう思たら酔っぱらいでも誰でもふらふら入って来られるんで」と言っていた。立ち小便をしようと建物の隙間に入ったら意外と奥が広かった…なんてイチモツモロ出しのままの酔っぱらいと目が合うのはあまり気持ちのいいものではない。ていうか見たくない。
この部屋の窓はそれを考えてなのか、天井から1mちょいのところで切れて、一応平均的な日本人なら、よほど背伸びをしないと外からは中を覗けない高さになっている。しかし二箇所ある開閉式(外に向かって開く、片開き式)のドアは、これが長方形というには余りに細長い幅60cm程度で高さが2m以上というもので、要はガラス部分の幅40cm弱で天井から床までが外から丸見えと考えればよろしい。
そういうわけで窓の方は遮光カーテンで塞ぎ、長方形のドアの一つは本棚ではめ殺し、もう一つは長い暖簾で目隠しをした。
これで不意に人が通っても一応、かなり不自然に暖簾の隙間に目をくっつけたりして「覗こう」と思わなければ、外からは見られなくなった。もっとも、検針以外の不埒な奴がこの空間へ入り込んできて努力して中を覗けたとしても、そこにあるのは猫とオッサン一人の部屋なのでざまあみろなわけではある。

で、朝になって目が醒めても時間が解らない。何しろ部屋が遮光カーテンで薄暗いので時計を見るには枕元のスマホをつけるか、テーブルの上のミニペンライトで壁の時計を照らすしかない(メガネ外してるから)。眠くてぼよーっとしてる時はどっちも面倒臭い。遮光カーテンの隙間から見える感じ、日の当たり具合でまだ8時くらいかな、などとアタリをつけて起きると10時近かったり、逆にまだ7時前だったり。
まあそんなこんなで今の部屋が自動ドアの開閉が常にうるさく外の声が丸聞こえ=中の音も外に丸漏れとか、キッチンが極小すぎてすさまじく使いづらいとか色々あっても、「住めば都」的にだんだん慣れてきて、順応していくのだ。人間てそういうもんだ。

それはそうと先日来、前のマンションの鍵と清算を済ませずにいる。
引越直後はこちらの体調不良、その後は大家さんが忙しかったりこちらが用事があったりで、なかなか予定が合わなかった。いくら何でも月が変わって一週間も放置するのも心苦しい。昼前に電話してみると、大家さんの方は「今日は午後からやったら大丈夫ですわ、2時とか3時にしましょか」と言われるので、じゃあそのあたりの時間で、着いたら連絡しますという事にする。
何しろそれなりに落ち着いてきたとはいえ、退去確認をしてもらい、鍵を返却し、契約時の保証金や修繕金などの精算をしなければ「引越完了」ではないのだ。

新しい部屋は上記のようなストレスはあるものの、住んでみると日中は繁華街とは思えぬほど、閑静である。この界隈が繁華街といっても古道具店・古物商が集まる骨董街であり、元々ガチャガチャした店はなく、そういった店目当ての客がうろつかないところ。平日休日関わらず、外は非常に静かだ。車は抜け道によく使われるので割合入ってはくるが、うちの前はちょうど角になるので減速するところ。
あとは1階で防音がほとんど無いに等しいため、通りの人の話し声がもうすぐそこで話しているように筒抜けであるところくらいで、つまり外を人が歩かず車が走っていない時は、基本的に全く静かである。
前のマンションは6階だったとはいえ、北大路に面していたから、騒音というより「適度に賑やか」だった。ただ定時運行する騒音バイク野郎と、外車ディーラーで空ぶかしをするすさまじいエンジン音と、いったい何時間続くんだと思われたアイドリングの重低音=低周波の不快さには参った。
薄皮一枚で生きている人間にとって、そこに些末な事とはいえ「ストレス」が何枚も乗っかってこられると、本当にしんどい。他人がうるさい・不愉快だと思う「騒音」を心地良いと感じる感性については「好き嫌いの問題」でいいのだろうか。好きだから爆音騒音をたてても良く、嫌いだと思う人間は聞かなければいい、では済まないのに。音は否応なしに聞こえてくるし聞かされるものだし、低周波は数分続いただけで頭がズキズキしてくる。

ところで今の部屋で唯一最大の騒音といえば、このマンション自体の「防音対策ゼロ」という問題だ。部屋の音から外の音から何もかもがお互い筒抜けである。一度部屋の中で普通に(常識的な範囲の音量で)音楽をかけて、部屋の外に出てみると、エントランスホール…というか宅配ボックスがあったり郵便受けがあったり、要するにオートロックと誰でも入れる外側の自動ドアの間の空間で、はっきりとかかっている音楽が聞こえた。知っていれば歌手も歌詞も判別できる。
だいたいこちらが部屋の中にいて、エントランスホールで宅配の配達員が来ると、「はい」「○○便です」「はーい」というやり取りまで全てがはっきりとこちらにも聞こえる。うちなんか宅配が来たらそのまま肉声で「はーい」と言った方が早いだろう。
そのエントランスは外から誰でも入って来られる自動ドアと、オートロックでロックされた内側の自動ドアの合計二つに挟まれた空間だ。このドアが開閉のたび、モロに機械の動作音と開閉の衝撃がうちへ響いてくる。特に内側のドア、つまりオートロックドアの閉まる際は音だけではなく、ドアが壁に当たる都度かなり大きな衝撃がある。耳が聞こえない猫が熟睡していても震動で飛び起きるレベルである。
このコンボが人の出入りのたびにワンセット必ずあるというのはけっこうな精神的苦痛ではあるが、それでも一分おきに開閉されるわけでもない。夜は薬を飲んで寝ればうるさくて寝られないということもない。
逆に快適になった点も、実は多々ある。それはまたいずれ。


さて1時半近くなり、サイトで時間を調べておいた京都バス、大原行きに乗るために川端へ出る。
けっこう日射しが出て来たが、気温の割に日射しが心地良い。あの肌を刺すようなじりじりと暑い凶悪な日射しになる前の季節、梅雨入り前のちょうどいい時期。バスは空いていて、座って髙野橋まで。
実は髙野橋からイズミヤに向かう手前で電池交換をしてくれる時計屋を見つけていた。数年前、連れ合いが生きている頃に一緒に新宿で買った時計の電池が切れてしまっている。電池が切れたらすぐ入れ換えればいいのだが、動かない時計は腕にはめていてもしょうがない、鞄に入れておく。時計の電池交換そのものを忘れる、というパターンでずっと来ていたので、今回はメモまでして忘れぬように持参したのだ。
店に入り見て貰うが、結論からいうと「自分では出来ない」。何か蓋を開けるのに使う器具の口径が合わないとか言い訳していたが、十分ほど時間を無駄にした。結局電池交換は諦めて、そのままイズミヤへ。
イズミヤも今後はそうそう来ることはないかもな、と思いつつポイントカードで買い物券を発行してみると、500円券が2枚発券された。これは1000円分の商品券のようなものだ。溜めとくものである。
で、4Fで買い忘れていたトイレ掃除の器具と、洗面台の歯ブラシ立て、シンクのたためる生ゴミ袋ホルダなどを買う。1000円引きになったので嬉しい。何しろ今回の引越で全てを、本当に全てを吐き出した。素寒貧、一文無し、無一文、人間失格、何でもいいが要するに本当に一から、いやゼロから建て直しだ。


マンションに着いてすぐ、大家のKさんに電話して、自室…だった部屋のポストを開けてみると、何やら凄い量でパツンパツンである。転送されないカタログなどのメール便、住所変更したはずなのになぜか定期購読している業界紙も2回分入っている。頼んでもいない分厚い電話帳やらチラシ類もどっさり。それらの中から明かな自分宛の郵便物などを袋に入れてしまい、ゴミ類は最後にしようと、とりあえず6階へ。
玄関の前に立つと、中にはまだはっきりと夫婦で暮らしていた頃の様子が脳裏に再現できる。
ついこないだまでの雑然とした引越前の様子よりも、もう三年も前の「二人と二匹」だった頃。
もうこの部屋とも、本当にお別れである。
連れ合いが亡くなった後、いつだったか、ぼーっとGoogleのストリートビューを眺めていた。
自分のマンションを見てみると、まだ下は自転車屋が出て行った後で今の井原先生のクリニックが入る前の画像だった。
つまり、その画像が撮られた時は、まだ連れ合いは生きていた。
この画像にあるマンションに、二人暮らしている。
そう思って思わず6階の自室ベランダにフォーカスをあてた。俺が大学の講義に出かける日、連れはよくベランダからこちらを見下ろしていて、目が合うと手を振るのが見えたっけ。ここでの暮らしは、本当に、本当に二人とも人生で最良の日々だった。ありがとうございました。


鍵を開けて部屋に入ると、当然がらんとした室内が奥まで見通せ、三和土には残していった台車と掃除用の箒とちりとり、紙袋類。
少し空気が籠もっていたのと、猫トイレを配置していた臭いが若干あったので、ベランダを開けて風を通す。ついでに網戸のレールにたくさん残っていた猫砂の丸いのも簡単に箒で掃き出しておいた。
風を通すために玄関を出て、これで最後だな…と思いつつ比叡山をスマホで写真に撮る。緑が実に綺麗で、背景の空の青に合う。秋は紅葉が綺麗で、冬は墨絵のような荘厳な雰囲気を纏う。実に素晴らしい光景であるが、もう最後なんだなあ…なんて思っていたら、大家さんのKさんが上がってきた。
挨拶もそこそこに、確認のため部屋へ入る。

Kさん曰く、クロスはもう猫がおったらあかんです、それはもう承知の上ということ。クロス全とっかえ、その他建具の方へどれだけ被害が出ているかという事。二階の和室の畳も、畳は最初から全とっかえするものだからいいとして、壁紙にはユキのざっくり削った後が生々しく残っている。
その他、意外と簡単に確認してまわると、すぐ下に降りてリビングの俺の仕事机をこないだまで置いていたあたりに腰を下ろし、書類を取り出した。
5年前の契約時の契約書や、預かり金がいくらなど書かれた書類など。退去引きや返金の額。更新が2回あり、その分の更新料は未精算だ。何しろ連れが亡くなった後は、「別にわたしがええ言うたら住んで貰っとってええんです」と言って下さり、面倒な更新手続きなどはせずにそのまま居させて下さった。
Kさんは「契約に私情を挟んではあかんのやけど」と少し笑いつつ、結局「でもねえ、やっぱりあなたの体の事とか色々考えさしてもらって、これ(更新料)と残金(預かり金)で相殺させて貰いますわ」と言っていただいた。その差は、実はかなりあった。正直請求されれば分割で支払いさせて欲しいというお願いをするつもりだった。
思わず「ありがとうございます」と帽子を取って頭を下げる。
何度か書いているように、元々このあたりは染め物工場が多かった。Kさんもここで親御さんの染工所を引き継ぎ、それから先を考えてマンション経営に転じる事となり、土地取引のこと、宅建、マンション経営のことや税金のことまで猛勉強したそうだ。人生最大の転機だから、それはそれは慎重に、かつ充分に準備をし自分のスキルも高めて臨んだというわけである。
だから当然、この物件を愛しておられる。毎日様子を見に来られるし、何かあればすぐに対処していただける。そもそも何か言う前に対処されていることも多い。
昭和の物件ながら室内は防音がしっかりしていて、新しいマンションに引けを取らないよう光ファイバーやBSは当然、床暖房を入れ、ビルドイン食洗機、浴室暖房・乾燥機などを備え、そして一昨年はオートロックのドアフォンがタッチパネル付液晶画面のものに切り替わった。
本当なら、猫を飼うことは承知の上といっても、実際にあちこちを見ればけっこう傷をつけたところも多い。それでも嫌味な話ではなく、Kさんが飼っていた犬の話などを世間話でしつつ、「猫はしゃあないですよ」と言って下さる。
契約というか、清算の話はそれで終わり、あとは座ったまましばらく世間話をしていた。こちらにもお世話になった話から思い出話から、本当に色々話は尽きない。
それから部屋を出る時、台車と掃除用の箒などは粗大ゴミに出すと言ったら、だったら使うから置いてっていいということ。これは正直、本当に助かった。玄関を出たところで比叡山を眺めて、しばらくそこでまた立ち話をする。

Kさんは70代半ばになられるがご壮健で、犬を連れて比叡の山頂まで登ったりしたそうだ。俺たち夫婦が契約のあと大家さんのお宅にお邪魔した時に玄関にいた、大きなゴールデン・レトリバーを憶えている。何と、通算もう500回も登っているそうだ。「もう阿闍梨様じゃないですか」というと「いやあ」と笑っておられたが、すごい健脚ぶりである。
今は数年前にその愛犬を亡くされ、奥様と次の犬を飼うかどうか相談した結果、諦めたという。12歳で亡くなった愛犬、次を飼うとしてあと十数年、自分はちゃんと世話をし続けてやれるだろうか、と。犬は猫と違い散歩に連れていかな可哀想だ。
…で、不思議なもので今はその後に入居されたあるご夫婦がそっくり生き写しのような犬を飼っておられ、よく散歩に連れ出させて貰っている、とのこと。「暇があれば連れ出しとるんですわ」と笑っておられた。
比叡の山々を指さし、あそこの谷が千日行で行者が駆け下りてくる谷、あっちの山の下にあるあの谷はよく自分が登っていくところ、など色々教えていただいた。それにしても、足元の家々からずっと裾野につながり、晴天に緑が映える比叡の山頂までが一望できる、素晴らしい景観である。
思わず合掌。

「じゃあ、ご縁があったらまたお会いしましょう」と言っていただき、こちらも「ちょくちょく参ります」とお話する。井原先生にもまだちゃんとご挨拶をしていないし、新しいところの近所で一から捜すより、大病院以外の自分の事をよく知ってくれている「かかりつけ医」は引き続いてお願いしたい。だからまた、ここには本当に何度か来ると思う。
大家さんと下に降り、ポストのゴミを取って、マンション前で挨拶をして別れた。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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