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2012-06-25(Mon)

生きている不思議

2012年06月25日(月)
夕べは大人しく(この場合は酒を飲まず、という意味)2時過ぎには眠ったと思う。で今朝は目覚ましもかけてないのに「クワッ!」という感じで目が醒めた。
引っ越してからたびたび説明してるかと思いますが、まあ地面よりちょいと高いだけの一階なので、カーテン全開にしとくとガス検針とかイッセー尾形演ずる酔っぱらったサラリーマンとか(うわ懐かしい)、路地に入ってきた人に丸見えになる。なので遮光カーテンとか暖簾なんかで「目隠し」しとるわけです。ゆえにほぼ、終日棺桶状態。いつ死んでもおかしくない俺が自分で「棺桶みたい」とお笑いに転嫁してるんだから、普通に笑ってくれていいです。
その、僅かな隙間から外を見た感じだと、まだ時間的に早そうだった。しばらくそのままトロトロし、いい頃合いだろうと思って電気をつけたら7時前だった。早すぎた。
やはり旧宅の寝室に置いてあったような、デジタルで暗い中でも視線をやっただけでちゃんと数字が見える=時間が解る時計がいると痛感。もっともあれは某国製の安物で、一ヶ月に5分くらい狂って行くというひどい代物であった。半年くらい放っておくと30分近く進んでたりしており、いちいち脳内で修正せねばならなかったのだが。

TVで朝のニュースを眺め、ネットをちょっとチェックして身支度を調えると8時。ちょっと早いと思いつつ出る。
20120625.jpg
初夏の朝は心地良く、特にうちの前から川沿いに東山通りに抜ける道は風情もあって、実に良い。越してきてからは一階という「出やすさ」もあり、外出も増えた。もっとも、今のように季節のいい時期を過ぎて地獄の釜ゆでのような真夏になったら…病人には過酷である、暑さも、寒さも。

バスは数分待っただけですぐに来た。病院方面へ向かうバスの本数は多い。時間も早いのでそれほど混んでもおらず、病院にはあっという間に着いた。中央フロアに着くと8時20分過ぎ。
8時半から開始される「自動再来受付機」稼働の順番待ち札を取る。1号機の33番。この受付機は常時稼働しているのが5~6台あって、手前の1号機に並ぶ人が一番多いはず。そしてこの中の7~8割は2階採血へ行くので、採血は恐らく150番前後だろうな…と予想しつつ列が形成されるまでぼんやり立ったまま待機。
8時半の受付開始前になると、そのぼんやりとした取り巻きがそれぞれの受付機前の行列に移動し始める。皆、手元の自分の番号を提示し、「あなた前やね」「あらもっと後ろやわ」なんて感じで、綺麗に受付機ごとに列が形成されていく。これ、真上から録画しておいて早送りしたら面白…くねえか別に。
粛々と患者たちは順番に診察券を機械に通し、タッチパネルに表示された自分の診療科目や検査項目を見て、確認ボタンをタッチし、「空耳アワー」の定番ネタ「農協牛乳」よろしくニョキッと出てくる携帯情報端末を受け取って、ほとんどの人がそのままエスカレーターに向かう。
俺も受付を済ませて2階の採血受付へ行くと、エスカレータ近くまで受付待ちの行列が出来ていた。
じりじりと少しずつ進む受付待ちをしばらく続けていると、採血室へ入る番号表示が見える位置に来る。表示が110番くらいになっていた=つまり今採血室へ入った人が110番で、残りは外で待っているか並んで居るので、やはり俺は150番あたりだな…と思ってたら案の定148番だった。

採血もサクサク進み、試験管3本血を採られ、その痕を抑えつつ階段で1階放射線受付へ行く。
レントゲンも数分ですぐに呼ばれ、胸部撮影終了。
さて、と時計を見たら9時半にもなっていない。呼吸器内科の予約は10時半である。やはり出るのが早すぎたわけだ。
とりあえずスマホを取り出し、某ソフ○バ○クの「下り最大42Mbps」が売りの「ULTRA SPEED(ウルトラスピード)」対応モバイルWi-Fiルーターをonにし、接続。いつものごとく普通に「3G回線」につながる。
速度、上り0.72Mbps下り0.65Mbps。失笑しか出ない。ちなみにWifi端末を切って3Gで接続しスピードテストをすると上り0.15Mbps下り1.29Mbps。
この端末、契約するときにウルトラなんとか(笑)のサービスエリア内であることもしっかり確認したのに、3G回線以外で接続された事がただの一度もない(笑)。洛北みたいなクソ田舎ならしょうがないというかも知れないが、京都駅前でも出町柳でも市役所前でも大阪・梅田でも、なんばでも、ただの一度も3G回線以外で接続された事がない。最初から「3G接続でたぶん最大でも下り1Mbpsくらいっす」と正直に言ってくれれば契約しなかったのだが。

…何でこんな端末持ってるかというと、入院した時に仕事が出来なくなると困るから。言わば「保険用」である。
最初の血液腫瘍確定診断直後の一ヶ月ちょい、胆嚢摘出手術での十日ほど、帯状疱疹劇症化で一ヶ月、肺に穴が開いたり胸腺種取ったりの手術で二ヶ月、一度も仕事に穴は開けなかった。
帯状疱疹でケロイドズルズルでモルヒネどころかソセゴンぶちこんでまで、仕事のためにコジマ電気までイーモバイルを契約しに行ったほどである。ただ、もうあんな地獄のような思い(このあたり)はしたくないので、「保険」をかけているわけだ。いつどうなってもPCとWifi端末があれば仕事は出来る、仕事をくれる人たちに迷惑はかけない、という。
…それにしても「ベストエフォート」とか本当にうまい、というか都合のいい「詐欺」だよなあ。
とか思いつつ、とりあえずスマホの電源を落とす。何しろこいつと来たら勝手に位置情報をどこぞに送ったり、あれこれと知らんところで知らんことをしよる。バッテリーが半日持たないというのは、ガラケーからスマホに移して最大の不満である。電源落としておきゃ安心、そんな思いをユーザーにさせるなよアホンダラ。(設定でどうにでもなるけど、その設定がいちいちアプリごとに面倒だったり、設定したために本当に使いたいアプリが不便になったりする)
スマホの小さい画面でニュースのヘッドラインをいくつかと、メジャーリーグの結果などを見たくらいで、目がしょぼしょぼしてくる。そしてWifi端末は鞄の中で高熱を発する携帯カイロ状態である。何だかなあ、と思いつつそっちの電源も切る。ほんま、要らんわこれ…。

とりあえず病院入り口にあるドトールの向かい、談話スペースに移動。ここに実はこの病院で一番ふかふかで体が沈むくらいのソファがあるのだ。珍しく空いていたのでどっかり座って、あとはひたすら待ち時間。もう何というか、こういうことにも慣れてしまった。暇だな、退屈だな、何か時間つぶし…とか全然焦らない。ぼーっと過ごせる。いや、これは逆にボケとか色々ヤバイのか。

そうこうしていると10時過ぎになったので、呼吸器内科の外待合へ移動。10時20分に診察室へ呼び出し。こちらが採血~レントゲンと早かったので、予約時間も繰り上げてくれたのだろうか。
I先生はいつものように淡々と「お変わりないですか」「肺の方はいいですよ」とのこと。一年前の画像も出して比較していただいたが、あの水玉模様のような痕は若干薄くはなったものの、さほど痕跡としては変わっていない。
「これはまあ完全に消えるという事はないでしょうね」ということらしい。

あれから二年。(このあたり
最初に自分の穴だらけの肺の画像を見た時は、正直自分で
「あ、コイツもう死ぬじゃん」と思った。
だって肺の中穴だらけなんだもの。しかも白血病原発だと思ってた前縦隔の腫瘍も何か大きくなっていて、怪しかったし。
カンファレンスで立ち会ってくれた看護婦さんの俺を見る(お気の毒に…)という視線と表情が今でも忘れられない。
そう考えたら、2年後の今こうして「いいですねえ」「そうすか」なんて先生と画像見てることが不思議、奇跡的いや奇跡なのかも知らん。奇跡なんかもう信じない俺だが、案外今そう息巻いている自分こそが奇跡の人だというのか。だって元々が血液腫瘍患者だ、先生たちも正直「何で生きてんやろコイツ」と思っててもおかしくない。ていうか多分そう思われてるし、他ならぬ自分が自分でそう思う。

こういう「生き死に」を、まさにそのエッヂギリギリでこの数年、ふらふらと歩いている。
何かの間違いで「死」の方へ足を滑らせる事も十二分にあり得るし、そっちの方が確率的には高いかも知れない。でも転びそうで転ばない酔っぱらいのオッサンのように、絶妙のバランス感覚で「おっとどっこい」と、身をくねらせて歩いている感じだろうか。

…とまあ、本人だからこうやって笑い話にしているが、連れ合いのやまだ紫もかつて書いていたように、健康で何の不安もない人間が不幸ネタとして病気をネタに使ったり、人の「生き死に」で簡単に感情を揺さぶれると安直に扱うようなものを見ると、本当に心底ブッ飛ばしたくなる事がある。
誰が何をどう、という話ではない。
世の中、言っていいことと悪いことがある。
で、言って悪いことでも言ってもいい人がいる。当然その逆もある。
生死や病気をふざけたりおちゃらけたりネタにして、その本人が笑いをとるのなら、笑ってあげるのが正解だろう。笑ってくれよ、それで救われるんだから。笑えなければ見ないフリをしてくれればいい。
でも、バリバリの健康な人間が「生き死に」や「死病」を簡単にネタにしたり、「命に関わる問題」でもないことで自分がまるで不幸のズンドコにいるかのように同情を誘う、つまり、かつてやまだ紫が俺と話している時に使った言葉で言えば
「涙の物乞い」(日記を確認したら正確には「物乞いではなく、涙乞いだ」でした)
…みたいな真似をする奴を見ると、本当にイライラするのである。

最愛の人であり、最も敬愛する作家であり、そして半身でもあった人を失った。残された自分はいつ死んでもおかしくない状態だ。健康まっさらな奴が「自分もいつ死んでもおかしくないから同じです」と言うのなら俺は「ああそうですかそれは良かったですね今後ともご自愛ください」としか言えない。
さんざん泣いた、一生分。40年間、ちっぽけなプライドと厨二病でほとんど泣いてこなかった分の涙を、一年で出し切った。あとは、こりゃもう、笑うしかないじゃないか。
でもそれは俺が俺を自分で笑い飛ばしてるんであって、人から面と向かって指さされて笑われたら、そら腹が立つよ。
本当、嫌がらせのメールとかコメントじゃないが、いい加減にしろよてめえら。人を騙し嘘をつき、誹り、それで飯がうまいか。うまけりゃ別にいい。太れ、醜くぶくぶくと。

…さて。
呼吸器内科の受診を終え、処置室で猫好きの看護婦さんとちょっと猫談義。
猫も糖尿になったり腎症になったり、もちろん白血病にもかかる。そういう病気の猫の看病を自宅でされているそうで、大変ですね、という話を少しだけ。保険がきかない分、悪徳獣医師にあたるとすさまじい勢いで金が飛んで行く。

それから地獄の吸入を終え、そのまま血液内科へ移動。
吸入している間に端末が順調に「外待合で」「診察室前で」と知らせてくれたので、診察室前の長椅子に落ち着いた。すると3つ4つ離れた席にやたら声の大きな患者がいて、見れば60代とおぼしき一目でその筋と解るオヤジと、そのバシタ(死語)である。
オヤジは60代らしい肉体以外はほぼExileに混じっていてもおかしくないスタイルで、さらに極太の金のネックチェーンをしている。サングラスのデカさと金ピカさも期待を裏切らないギラつきようでグッジョブ。写真撮ろうと思ったが病院内で殺されるのも嫌なので、チラ見&脳内保存するにとどめた。
オヤジ、大声で女の方へ文句ばかり言っており、どうやら「待ち時間が長い」というので怒っている様子。ふふ、大病院初心者めが…。なんてことはおくびにも出さずにいると、でかいのでどうしても全ての会話が聞こえてくる。どうやら予約票を確認しているらしい。
「センセ、誰や…Kや。この部屋やもんな、間違うてへんし」うへー、K先生って俺と同じやん。
「大体何のために予約時間ちゅうもんがあるんや、そやろ?ああ?」自分の女に凄んでいる。
そこにK先生の診察室から患者さんが出て来た。オヤジは「次はワシやろ」という感じでしばらく大人しくしていたが、別の人が呼ばれて中に入るとブチ切れて、通りかかった事務の女性を呼び止め
「何や、なんぼ待たせたら気ぃ済むんや?いつや!」とか言っている。
事務の人は笑顔のまま「順番ですからねー、今先生に聞いてきますからお待ち下さいねー」と言って踵を返し、診察室に通じる別の入口へ消えた。オヤジに向けた笑顔が踵を返すと同時に般若のように変化したのを、はっきりと俺は目撃した。これは真実の話である。
そしてすぐに戻ってきた事務員はオヤジに「もう次くらいですから、お待ちくださいねー」とにこやかに言うと小走りに受付の方へ立ち去った。その後俺は、もし自分がこの次に呼ばれたらいったいこのオッサンどんなキレ方するんやろか、と気になって仕方がなかった。実際オヤジはまだブツブツ言っている。
10分くらいで前の患者が診察室から出て来て、オヤジは「よぉし今度こそ次やな」みたいな体勢で行く気満々。
そこで俺の端末が鳴った。
唖然として文句も言えず硬直しているオヤジの方を出来るだけ見ないようにして、笑いを堪えて能面のような顔を作って診察室に入る。
入ったとたんに笑みが漏れてしまい、K先生が「どうですか、体調戻られましたか」と聞かれるので「はい、ええもう全然大丈夫です」とニコニコ笑顔で答えてしまった。ドア越しにオヤジの怒声が聞こえたような気がしたが、聞こえないように努めた。

採血結果、数値的には相変わらずのくすぶり状態が続いており、各臓器の数値もまあこんなもんか、という状態。
健康な人からすれば明らかに、ムチャクチャな異常な状態が、平常運転で何年も続いている。そして当然ながら生きている。飯も食うし酒も飲むし、屁もすれば猫の腹に顔を埋めたりもする。人間って本当に、不思議だ。
脾臓の触診もしていただき「食後、苦しくなったりしませんか」と言われるので、「最初の頃はあったんですが、もう7年になるので慣れてしまいました」と話す。
「女性の妊娠も十ヶ月かけてあんなになるじゃないですか、これだけ脾臓が巨大化して胃を圧迫していても、ちゃんと体が適応してくれるんですよねえ」と言うと、K先生もウンウンと頷きつつ「そうですね、画像で見ても(胃が)ねじれたようになっているんですが…」と不思議そうな顔をされる。
ともかく。基礎疾患たる白血病らしい血液腫瘍の容態的には安定はしており、病気が大きく動いたりはしていない。別の検査数値などでもそれらは確認できて、一安心。だからといって健康な体とはほど遠いどころか免疫抑制に近いので、引き続き感染などに気を付けて…ということ。

次回はひょっとすると大阪でのイベント直後になるかも知れないので、念のため一週遅らせて5週後にしていただいた。
薬代やばそうだな…と思ったが仕方が無い。どっちにしてもいずれは払うものだし、薬を飲んでいないと生きていけない。いや生きていけないわけじゃないが、飲まないと死ぬリスクが高まる。
お礼を言って診察室から出ると、Exileオヤジの視線がいきなり俺の両目を射貫いたわけだが、柔和な笑みで返し、そのまま会計へ向かう。

今日は病院全体が混んでいるという印象だった。
会計待ちも行列だし、会計の受付を終えた後もかなり待たされた。前回吸入の分を入れ忘れたというので、今回の会計は6000円ちょい。これにプラス、薬代があるわけで…。
とにかく「明青」さんのお昼だ。病院の日くらいは、うまいお昼ご飯が食える。ささやかな贅沢だ。会計まで全部終わったら12時半なんて、何てちょうど良い時間なのでしょう。

とりあえずバスで高野へ向かい、旧宅のマンションへ向かう。
途中、いつもの薬局に「こんちは!」と入っていくと「あれっ」「なんで?」と言われたので、「郵便物とか取りに来たんで」と話す。どの薬がどのジェネリックになって…とか一から別の薬局でまた変わるのもややこしいし、と思って「馴染み」の薬局にお願いしたかったのだ。
処方箋を出すと、「ええと、あるかな…」と不安顔をされる。あ、そうか、俺が定期的に処方されていた薬はもう常備しなくなったのか、と合点。川端丸太町の方にこの調剤薬局の本店があり、そちらで受け取れるようにしましょうか、と言ってくれたので、会計だけ済ませ、薬が揃ったら電話をくれるように、新しい住所の名刺を置いてきた。
川端丸太町の同じ系列の薬局は、病院の帰りに寄ってそのまま電車で帰って来られるところにある。別に歩けない距離でもないが、まあ体力や季節による。ちなみに肺で入院していた、今はなき南西病棟から見えたところである。

病院の先生や看護婦さん、薬局の薬剤師さんなど、自分の病気に関わる人たちを含めた環境は、なるべく変えたくない。引越は経済的な理由でどうしようも無かったわけだが、自分のことを長く見てくれていた「専門家たち」の存在は、こちらにとってとても心強いものだし、単純に「顔見知り」というだけでも大きな安心感がある。
それは病人にとって、とても大事。
しかし医は算術でもある。そんなこんなで13000円!ほどの薬代を泣きながら支払い、あとは連絡を貰って本店の方へ取りに行くことにして、旧宅のマンションへ向かった。
まだ「白取」になっているポストを覗くと、チラシや宅配メニュー類の中に混じって、郵便局の転送届けでは転送されないメール便の雑誌やDMみたいなものがあるので、それらを鞄に放り込む。残りはゴミに…と思ったらもうオートロックの中へは入れないのであった。
少し、寂しかった。
道路を渡ってバスの時間を見ると、北8はもう来る頃合いでドンピシャ。踏切の向こうにちょうど向かってくるのが見えた。高木町で降りて明青さんへ。

カウンタには話はほとんどしたことはないが、お互い顔を見知っている常連のご婦人が二人いて、俺は一番入口側に座る。真ん中に煙草を吸うご婦人を挟むかたちになり、エアコンの気流上こちらに煙が来るので「しまった」と思ったが、もう遅い。我慢我慢。
何しろ久しぶりの新鮮なまぐろの刺身、ほかほかのご飯とダシのきいた味噌汁、揚げたてのトウモロコシと玉ネギの掻き揚げ。自分でも呆れるくらい凄い勢いで平らげた。何しろ朝から何も食ってない上に、バスの中から頭の中は明青さんの昼飯で一杯だったわけで。
話好きの常連さんのお相手もおありでしょう、俺は食い終わって茶を飲み終えて一休みして、すぐお暇する。
今時分ははも落としがうめえよなあ…とか思いつつ、旦那さん筆による夜のメニューを眺めていると、昼飯を食ったばかりなのにまたよだれが出そうなのである。
あー、また夜に飲みに来たいなあ。ちょっとまた頑張ろう。頑張れる範囲で。何かモチベーションがないと、人間頑張れないっつーの。

うまい飯も食ったので北大路を軽快に小走りに信号無視で渡り、髙野までバスで戻る。
イズミヤで買い物をし、市バス206番一本で、知恩院前まで戻る。自転車とスクーターの接触事故直後らしく、救急車と警察などで騒然としていたが、こっちは暑い中大荷物を持っていたので、朝通った道を戻り、家に着くと3時近かった。

ユキちゃんは電気を消していった暗い仕事部屋兼寝室の、俺の椅子の上にいた。
何かちょっと不憫になり、思い切り撫でまくって可愛がってやった。その後も動くたびに付いてまわるので、その都度撫でてやる。ありがとう、こいつが居なかったらどれだけ寂しかっただろうか。
俺が出かけた後、さんざん泣き、捜して疲れて寝てしまったのだろう、尻尾がびしょびしょだった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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