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2012-07-03(Tue)

井坂洋子さんと話す

2012年07月03日(火)
やまだ紫の親友で、高名な女流詩人である井坂洋子さんと、電話で一時間半ほどお話させていただいた。
…なんて書くと井坂さんはああいう人なので「そういう水くさい言い方しないで下さいよ」とお笑いになる佇まいが目に浮かぶのだが、連れ合いのやまだ紫の親友であったと同時に、ご主人の悟さんは編集者、業界人としても、俺の大先輩でもある。
夫婦ぐるみで麻雀やったり飲みに行ったりカラオケしたりと、楽しくお付き合いさせていただいた数少ない方のお一人だ。
先日(お中元?)そうめんを送っていただいたので、お礼の電話をかけるとお留守だったので、折り返しかけて下さった。

やまだ紫と井坂洋子という二人の才能の出会いは、もちろん俺とやまだの付き合いよりも早く、お互いに共鳴し合う仲、特別な存在として認め合っておられた同志と知っている。
井坂さんはやまだの死後も変わらず「紫さん」と言われ、折に触れ俺の健康状態を心配して下さり、連絡を下さり、先日は素麺を送っていただいた。本当に色々あったけれども、やまだと井坂さんの間は全く何ら、微塵も変化することはなく、それは井坂さんご夫妻とやまだ・俺の夫婦も同じだった。

世間話になり、井坂さんは「今の若い世代の人たちは詩を読まなくなって…」と少し嘆いておられた。
装幀を愛で、本を開き活字を目で追い、言葉一つ一つを噛みしめ、行間に思いを馳せる。
詩を愉しむってそういう贅沢で知的な行為な気がするのだが、いっぽうで、やまだは「難解な詩は読む側に苦痛を強いる、それは自分のやり方とちょっと違うし、わたしは漫画家だから」とも言っていた。
絵をつけることにより、削った言葉の鋭敏な感じがちょっと柔らかく伝わったり、逆に研ぎ澄まされ匕首のように読み手に突きつけられたりもする。だから
「本当は、絵を添えるのはずるい、んだよね」といたずらっぽく笑っていた。
でも、井坂さんはやまだの詩を早くから高く評価して下さっていた。
それは亡くなられたラ・メール主宰で『樹のうえで猫がみている』の連載を依頼して下さった、吉原幸子さんも同様だった。
何というか、自分みたいな凡人、浅学で非才でどうしようもない小物には解らない世界で、吉原先生にしろ井坂さんにしろ、通じ合う何かが必ずあったのだと思うし、今もそれがあるのだと思う。
そのやまだが亡くなったあとも、井坂さんはこうして俺を気遣って下さるのだけど、こちらが満足な恩返しが出来ているかと考えると心苦しいものがある。もちろん井坂さんはそんな事を言おうものなら逆に「何を言ってるの」と叱られそうだけれでも(いやお優しい方なので、諭すように言われるのだろうけど)、全く、何があっても、どれだけ時間や環境が変わっても、何一つ変わらずに接して下さる。
そういう人は、他にいない。
親類縁者ですら、数少ない。
誰でも親しくしていても、物理的に距離が離れれば何となく疎遠になる。
ネットだけの付き合いの人なら、最初からネットだけなので変化のしようがない。
知己を得てその後何か環境に変化があったとしても、他者からの情報よりも、自分が実際に会い、目で見て耳で聞き、経験して自分で出した判断を当然ながら最善とするので、結果、お知り合いになって以降、まったくこちらへの態度に変化がない。
正直、こちらに利用価値が無くなったと知ると途端に手の平を返すとか、俺の言い分も聞かずにデマだけを信じて誹謗するとか、もっと酷い奴はジャーナリストだかライターを名乗りながら、俺に会った事すらないくせに俺を名指しで批判したりする外道もいる。
そういう中で、かれこれ二十年以上、今に至るまで全く何も変化なく、もし今この瞬間井坂さんご夫婦が目の前に現れても、何年も会っていない時間など関係なく、変わらずに接することが出来る、本当に数少ない本当の友人と言える人だ。
やまだの思い出話はもう、この三年の間にさんざんした。
思潮社さんの『樹のうえで…』復刊に伴い「現代詩手帖」で特集いただいた時に、僭越ながら対談もさせていただいた。
でも、電話で話しているとやまだが傍らでにこにこ笑いながら、一緒に会話を愉しんでいるように思える。恐らく、井坂さんもそういうお気持ちなのではないだろうか、と勝手に想像する。
本当に心の澄んだ、歪みのない方だと思う。そんな井坂さんはやまだ紫を「凛とした人」と評して下さったが、俺は井坂さんにも同様のものを感じる。お二人が惹かれ合ったのは、やはり魂が共鳴・呼応していたからだと思う。
そんな井坂洋子・詩、やまだ紫・漫画による合作も収めた『夢の迷子たち』も、「絶版」という悪しき「ほったらかし」で放置された。
そういう「不遇な名作」はたくさんある。
今の若い人に行間や本のページをめくる感覚、自分でときめきながら書店の棚を彷徨った感覚含め、電子出版でもいいから何とか作品だけでも伝えたい、と思いを新たにした。
そうめん、生生姜おろしておいしくいただかなきゃバチがあたる。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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