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2012-07-16(Mon)

明日は誕生日なわけだが

2012年07月16日(月)
夕べは酒も飲めないし、結局昨日摂取したのは朝のコーヒー牛乳の後、ペットボトルのアクエリアスだけ。それも薬を飲むために飲んだようなものだ。なのになぜかモノを食った時と同じようにすぐ下痢。これって飲んだ薬、ちゃんと吸収されとるんやろか、薬効成分…。
空腹感はぼんやりとあって食欲も「あれ食べたいなあ」と思うものもあるのだが、舌がこれでは、今のこの状態で食えるもの…例えば冷や茶漬け(それもほぼ具なしにしたもの)、あるいはプレーンの雑炊を冷ましたもの、あるいはそうめんや冷たいうどんだが、それらも通常のつけ汁だと痛いので、にゅうめんみたいな汁を作って冷ましてから薬味無しで食うとか、あとは醤油をかけない豆腐など…列挙しただけで萎える。
それらどれにも食指が動かないし、義務感からだと作るのさえ面倒臭い。何せ固形物があたると痛いし、熱いものや刺激物はもちろん、醤油でも痛い。炭酸などむろん地獄。


夕べは3時過ぎまで寝られず、今朝は9時過ぎに起きた。
酒を飲んでいないので寝覚めは悪くない(笑)。というより単に寝不足気味なだけ。カーテンの隙間が猛烈に明るいので、久々のピーカンの様子だ。
口腔ケアをしていると、いつものようにユキが洗面台へ飛び乗ってきて、蛇口から出る水をペロペロゴクンと飲み始める。
「お姫様」が満足してポンと洗面台から降りるのを待ってから、寝起きで気持ちが悪いので頭を洗い、アルコール除菌スプレーとペーパータオルで洗面台を念入りに掃除。入院していた時は係の人が毎朝、洗面台を綺麗に洗剤で掃除してくれていたっけ。トイレは昨日掃除した。
出るところと入るところ、そこに関わる場所は常に清潔に。免疫抑制患者じゃなくても、常識か。
それから舌の糜爛部に軟膏を塗り、「ニュチュッとした塊」の存在感を感じながら例によって舌の上と上顎の間に挟みつつ、しばらくメールチェックと仕事の連絡など。

朝どころか昼になっても食欲がない。あっても食うものがないが。でも、いつもの朝の薬は飲まねばならない。
とりあえず水よりはマシかと、ジュースでも買おうと思いマンションを出ると、凄い日射しである。
人通りがなぜか多い。…あ、連休中だしここは京都の市中だし。
こちらは歩いて0分の角にあるおばちゃんの店で、グレープフルーツジュースと殺虫剤を一本買う。
ここは洗剤やら雑貨類で買い忘れていたものに気がついて、こうして買ったりする事もある。
このフルーツジュースも飲まないよりはましだろう、という気分的なものだ。
ジュースで薬を飲んで、口を洗い直して軟膏を塗り、ラクダのような顔で仕事。

夕方まで来ると、もう「腹が減った」という感覚が麻痺している。何というか、食わなくても平気。この先一週間絶食しろと言われてもたぶん出来ると思う。それに近いこともあったし。
体重を計ると2kgほど減っていた。
脾臓が腫れてるのがひいてくれりゃあいいのに…と思う。だがそれは無理。
とにかく自分に出来るのは、口腔内を清潔に保つことだけだ。あとは何とか栄養・カロリーを吸うタイプのものでもいいので補給すること。ま、それを買いに行くの面倒臭いし、明日病院行く時でいいやと。
数時間置きにイソジンでうがい・すすぎを入念にし、軟膏は塗りすぎるのも良くないので時々放置。
病院で調べれば解るだろうが、真菌にせよ単なる炎症にせよ、口内を清潔にしておく事に越したことはない。


明日・17日は俺の誕生日である。
実は、宅配の寿司屋から誕生日月の割引クーポンが来ていたので、出前でも取ろうと目論んでいた。
そして当然ビールを飲もうと。
別段誕生日など今更めでたいとか、お祝いとかではなく、まあ一つの「区切り」というか。
俺を産んでくれた母親にとっても、俺の生後半年で死んだ親父にとっても特別な日なんだし。

こんな病気になり、「10年生きてたら奇跡」だって言われて、もうまる7年になる。
そしてとうとう47歳だ…。なんだよこのトシ…。がっかりだよ。
ま、加齢は仕方ないしまた一年トシを取れた喜びっていうやつを、ビールでも飲んで寿司食って、ユキちゃんにもお裾分けして噛みしめましょう…な~んて思っていたのに、舌炎でビールダメ寿司もダメ。

本当に、ひどい誕生日だ。
これまでの人生でも最悪といっていい。
なんだかんだあった年でも、連れ合いが生きていて傍にいてくれれば良かったし、亡くなった後は一人で今自分が生かされていることの意味を噛みしめつつ、ささやかながら自分を祝うことも出来た。
一昨年、肺炎と胸腺種摘出入院中に誕生日を迎えたことがあった(2010年7月17日の日記)。
その時は、一連の流れから連れ合いに「もうちょっと生きてみようよ」と言われた気がした…と日記に書いている。実際、そう思った。
今回はどうだろう。
「もう、無理しなくていいよ」と言われているような気がしてならない。
なるほど、このところ「あっちの存在」に確信が持てなくなってきた…などと不遜な事を言うようになってきた時こそ、「その時」なのかも知れない。
そう思いながら、連れ合いの写真や小物、本を飾った棚に手を合わせている。語りかけている。返事を欲しがっている。
やまだの棚
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来週ですが

7月22日(日)、大阪・阿波座の「nu things」でのトークライブ「このマンガがひどい!劇盛」はせっかく誘ってもらったので、必ず行きます。
入院するわけじゃなし、最悪ずっと口を真一文字にしてラクダ顔で黙っててもいいんですが、恐らく笑ったり突っ込んだり聞かれたら答えちゃったりすると思いますので、よろしくお願いいたします。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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