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2012-10-15(Mon)

再スタートへ

2012年10月15日(月)
午前中ちょっと所用を済ませてから、仕事(というより、仕事につながるかどうかの面接)のために出かける。
こちらが鞄を出したり、ふだん家の中では履かないジーンズなどで身支度を始めると、外出することを察知したユキがうろうろ周りをついて回るようになる。
出がけには玄関脇で「にゃあ!にゃああ!」と鳴く。
いや、あのね、すぐ戻ってくるから…とかなだめつつ、出かける。

外出は某所にて某打ち合わせというかお話を聞いていただく件で、非常にいい方たちでなごやかに終了。
それから、まっすぐ帰宅…ではなく、バスで京都駅まで出る。
腕時計をもう2年くらいしていない。電池が切れたからだが、一時期持ち歩いていて、電池交換と見るたびに持ち込んでは「うちでは出来ない」とか「メーカー修理になる」とか、さんざん「何でも出来ますよ」とか言ってたくせに「これは私には出来ません」と突っ返されたり。
いや、ていうか、あの、普通に量販店で買った安物(ただし国産)なんすけど、何で?
と思いつつずっと止まったままだった。
それから外出するたびに時間はスマホの画面をいちいちタッチして確認したり、公共の場所では時計を探したり…というのが習慣になってしまった。でもそれって、けっこう面倒臭い。だからこその腕時計であって。

この腕時計、実は自分のそれまでつけていたヤツが壊れて、そのまま若い時の布バンドの安物をつけていた。
まだこの世に存在していた連れあいが、「もういいトシなんだからさ、ブランドとか値段なんかどうでもいいけど、自分で本当に気に入ったものを買ってつけなよ」と言ってくれた。そうだよな、と思った。
気持ちと知能、頭脳は18くらいから全然進化していないが、気がつけば40代。ブランドを冠しただけで値段がヒトケタ二桁変わるものは最初から眼中にないものの、そうか、今まで腕時計を値段と機能以外で選んだことってあんまり無かったな、と思った。
たまたま、京都に夫婦で転居してから、東京に出張仕事があった時、連れが「マシンのサポートとかあるから一緒に来てよ」と秘書扱いで一緒に行ったことがあった。
連れが出席したイベントはつつがなく終わり、一泊し、帰りの新幹線までけっこう時間がある。「どうしようか」と言うと、連れあいは「こういう時は予感がある」というので、新宿西口でパチンコ店に入った。
俺はパチンコ店というとトイレでお世話になる事が多く、その頃の台の液晶画面や何やらボタンの様子の意味も不明だったし、何よりもう充満するタバコの煙が体に悪いと思い、連れのところへ向かった。
爆裂していた(笑)。
いや、何というか、千両箱を椅子の背に数段×数列積み上げ、その横に店員がいて煽るというトンデモナイ状況になっていた。
クソ真面目でギャンブルなんか俺と一緒になるまでほとんどやった事のない彼女は、こういう「予感がある」という時は本当によく当てたものだ。
こちらはそれを見て仰天、「あとは任せた」じゃないが、店を出て新宿の南口をぶらぶらした。
東京での編集者時代は何十回来たかしれない場所。「新宿」全体なら数百回だろう。新幹線の時間は夕方4時東京発で、とりあえずそれには間に合いそうもなかったので、駅で1時間後の指定席に変えてもらった。店に戻ると、彼女はまだ出していた。
なので、そっとまた店を出て、カメラ量販店チェーンのある一帯をぶらぶらして、時計の専門館みたいなところへ入った。そこでゆっくり時間をかけ、色々な時計を見た中で、気に入って買ったのがこの国産の腕時計。
それが、彼女の死後電池が切れて止まり、そのままだったという次第。

京都駅のターミナルから歩いて量販店まで行き、店員に尋ねて広いフロアの一番奥の奥にある電池交換コーナーで腕時計を見せる。
係員は「あー…ええと、これはですね、すぐの交換は出来ないんですが…」と済まなそうに言う。聞くとガラスカバーがどうたらとか専用工具を使ってうんたらとか、要するにデリケートなので壊しちゃうとアレだから「メーカー修理」だということ。
どれくらい、と聞いたら一週間か十日前後、というので「でもこれ新宿やけど<同じ量販店>さんで買うたんよ、何ですぐ交換できひんもん売るわけ?」と、自分にしては珍しくちょっと食い下がってみた。
すると係の人は小声になり、「あの、実はここに交換できる技術者がいないんですが、すぐ近くに出来る方がやっておられるところがあるんですが…」と言われる。あくまで個人的に、好意で教えますという風情。
それによると、前にここが近鉄デパートだった時代(俺と連れあいがちょくちょく来ていた頃は近鉄で、そのうち取り壊され、京都タワーの上から工事の様子を見物したりしていた)に入っていた時計屋さんが、近くの洋品店で時計販売と電池交換をやっているので、そこ行ったらやってもらえる…かも、という。
ふむ。
…長いことさまざまな時計を扱ってきた、老職人の姿を脳内想像した。

場所も近いので、とりあえず歩いて言われた場所へ向かう。
もうこの時はピーカンで、ジージャン脱いで半袖になっても暑いくらい。洋品店はすぐ見つかった。
入っていくと本当に普通の洋品店だが、左側の什器の奥に向こうを向いていた小柄な老職人が振り返った。そこには腕時計がいくつか展示してあって、什器も時計用のだった。壁には「電池」と書かれた箱が詰んであり、奥は作業台になっている。ここだ。
洋品店は奥さん(?)が営んでいるのだろうか、小柄な老人は「時計交換ですか、やりますよ」と言って俺の腕時計を見せると「ああ、これね、これはねえ…」とニヤリ。これは絶対、過去に交換歴があるはず。
俺がこれこれこうだと某量販店に言われ店員さんに紹介されて来たと告げると「ああ、ナニナニ君やな、私、前は近鉄に入ってましたから」という。
で、この時計は普通にパカッと工具で蓋を外して電池の交換は出来るが、再び嵌める時に全面がガラスで受けの部分が非常にデリケート、もし何かの弾みでどこか欠けさせちゃったりすると困るので、みんな「交換出来ない」と言うのだろう、という事だった。
それでここでは出来るんですか、と聞くと「うーん…高い時計壊すのも怖いし」とにやにやしているので、こちらも知ってるくせに、と思いつつ「高くないですよ、量販店で2万円しなかったくらいだし、ちょっとくらい傷ついても構へんし」と言うと「じゃあやってみますわ!」となぜか嬉しそうに受け取って、「そこ座っといてな」といわれ、丸椅子に座る。
こちらは十分とか三十分後に来いとか言われると思ってたら、作業を始めるとすぐに蓋部分のガラスを外し、ムーブメント部分をこちらに見せてくれた。
「これが電池な、中はなかなか見られへんもんやし」と言うので「ハア」とあいづち。もう機械式時代からフルデジタルまで、長年さわってきた人に任せるしかないし、何か言われてもこちらには全く理解不能。
それからものの二、三分で「はまった!」と言って振り返った職人の手には、俺の腕時計が見事に元通りになっていて、いままで消えていた液晶表示がちゃんと見えるようになり、秒針も動いている。
「おおー!凄い!」と喜ぶと、嬉しそうに「良かったなあ」と言いつつ「じゃあ時間合わせますか」と言うので「何かこういうデジタルもんて面倒臭いん違います?」と聞くと「いやあ、こういうのはここを長押しして…ほら、ほいでそれからここで合わすようになってますねん」と言って棚の時計を見ながら、これまた瞬時に時間も合わせてくれた。
凄い。あのPCやソフトのマニュアルみたいな説明を見るのかと思うだけで憂鬱だったのに。
「いやー、ややこしい説明書見てやらんとあかんと思てたんで、ほんま助かりますわー」と本心から言うと
「こういうのは、まあ大体みんなこういう感じになってますんや」とにこにこしている。
「ほんまありがとうございました、で、おいくらで…」と聞くと「1000円」とにこにこしたまま言う。
「えーっ!?」と思わず声が出てしまった。
これまで何軒も時計屋でダメだったのにこうもアッサリ交換してくれると、もっと取られるのかと勝手に自分の中で釣り上げていただけだった。よく考えたら時計の電池交換の「相場」である。
ともあれ、1000円払って「ほんま助かりました!」と合掌すると「いやいや」と笑っていた。職人て格好いいなあ。

これで、いちいち時間を確かめるためにスマホの画面をタッチせずとも腕時計で済む。
三津子が亡くなってしばらくして電池が切れたが、また、動き始めた。時間が、また。
よっしゃ再スタートだ。

その後いろいろ繁華街でまとめてヤボ用を済ませ、バスで三条京阪へ戻り、荷物を持ってへとへとで帰宅。
午前中は薄曇りで涼しかったのに、この暑さは何だ…。
ユキは気配を察知したのか、奥の部屋から小走りに出て来て「にゃあ!」と鳴いた。
その後はこちらが動くたびについてまわり、ソファに横になると腕枕をさせられる。
動けなくなるので、頃合いを見計らって敷きパッドの下のクッションに移して、布団をかけるようにしてやると、満足げにすやすや寝て居る。

生きてる限りは頑張りまっせ、家族のために!
yukisleep.jpg
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コメント

再スタート何度も応援

うん、頑張って!
時計も生き返ったし、何度でも、再スタート、再々スタートでも応援してますから。

Re: 再スタート何度も応援

いつもありがとうございます。
相も変わらず人からは「器用」と言われる何もかもが中途半端で結局
「器用貧乏」な自分ですが、編集者にとってはそれも武器かなと。
オタクでも何かのスペシャリストではなくても、浅学非才であることも、
馬鹿を自覚すれば立派な武器じゃないかと思います。
そんなわけで、自分にはやっぱり編集しか出来ないんですね。
生涯一編集者として、前向きに倒れる所存で頑張ります、ゆるゆると…
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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