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2005-05-27(Fri)

香山リカ「『萌え』市場に沸くおとなの無責任」に思う

「『萌え』市場に沸くおとなの無責任」香山リカ
(リレー連載「作家の眼」8)【週刊ポスト6/3号】


複数のシンクタンクの試算と分析によれば、アニメ、コミック、アイドルといったいわゆるマニア消費者=オタク層の市場規模は2900億円だという。うち「妹」を中心とした「特定キャラ」を「偏愛」する、「萌え」層のそれは980億円だそうだ。この数字の根拠や「萌え」層のつかみ方がよく解らないものの、何となく「凄いな」という数字ではある。我々庶民にとって、1億くらいまで…はそこそこリアルな数字(あくまで妄想としてだけど)ながら、100億だの「兆」になると「たくさん」と同じようなものです。

さてポストの精神科医・香山リカさんのコラムは、この数字を引用したあと、例の「監禁王子」Kの事件を挙げ、「オタクが日本を救う」などと言っていると必ず冷や水をぶっかけるような事件が発生する、と述べている。件のKが異常とも言えるほどの「調教ゲーム」マニア、つまり「普通の人」から見る「オタク」であったことを言っているのだろう。この香山さんの一文が掲載されている見開きページの上部には、その手のエロゲーの扇情的なジャケが複数、無造作に散らされた意味あり気な写真が掲載されている(あの、宮崎勤事件時の報道を想起させる)。

そして「オタク」や「萌え」など、好きなキャラを「偏愛」するという“愛”の中には、性的な要素も含まれており、当然バーチャルな妄想を現実に実行したい…という人間が「まれに現れる可能性も当然出てくる」と述べている。「まれに」「現れる可能性」は「当然出て来る」と思う。その通りで当然の危惧というか懸念だ。そして現実に、確かに「まれに」ではあるがこうして出てきたわけでもある。精神科医である香山さんとしては、精神分析学的に言う「去勢されたオタク」ばかりではないから、規制すべきだという声もありながら、「そんな気概をもった人がいったいどれほどいるだろうか」と述べている。
「気概をもった人」と言う表現が、どうしても規制を容認するか、もしくは規制すべきだと主張すること=気概をもった人ということで肯定するような記述をしているように思えてならない。
しかし結局「オタク」や「萌え」を賞賛するおとなも、危険視するおとなも「両方無責任だ」と断じている。だがここで読む側に生じた素朴な疑問は、
「あなたはどっちのおとななの?」というものだ。

この一文の結びは『犯罪が起きるたびに一瞬眉をひそめるが、すぐに忘れて「オタク文化は日本の誇り」と声高に叫ぶ』ことを「そんな無責任な繰り返しをいつまで続けるのだろう」となっている。
ううむ解らん。透けて見えるのは、「どちらかというと規制もやむなし」というスタンスなのだけれど、学者さんに多い、独特の日和見にも読める。あるいはシンクタンクなどの「後付の分析」とか。

世間の、多くは汗だの土だのホコリにまみれた一般人・庶民の営みから離れ、上空に敷かれた透明な一枚の板の上から白衣を着てメガネの端っこをチョイと時々いじくりながら、下々を冷静に「観察」しているようなものだろうか。学者さんはそうすることが商売だから、きっとそれでいいのだろう。


俺は学者ではないし知識人でもない、ただの編集者という一庶民なので日々地を這い、「監禁ゲーム」とやらが話題になればアキバや虎の穴にそれを見に行き、オタクが現象になればオタクに取材をし、アルコール依存症に興味を持てば施設に取材に行く、という人間だ。興味本位と笑われても結構。

だが、さまざまな表現の現場に行き、生の声をいろいろ聞き、接した経験からひと言言わせてもらえるなら、
「ほっとけ」
ということだけである。
それを「野放し」と捉え無責任と断ずる意見も多かろう、けれども、その多くはあまり表現の現場に関わっていない、どちらかというと普段あまり感心のない層の人たちに多いように思える。表現規制についての是非は何度も立場と意見を表明しているのでここでは改めて繰り返さないけども、監禁・調教ゲームの類を千本も所持していたというのは、オタクの中でもかなりディープな「エロゲオタ」であり、そのK某が、その歪んだ欲望を生身=つまり三次の人間へと向わせた。妄想を実社会で、具体化させてしまった。
そのことそれ自体が問題で、断罪されるべきは実行した人間すなわち犯人のKであることは自明だ。
彼がはまっていたゲームの存在すら知らなかった人たちは、それはもう穢らわしい、犯罪の原因はコレだと、犯罪行為と同等に糾弾し、そうして簡単に規制しろ! と叫ぶ。
いささか呆れてしまう構図であるが、肝心の犯人Kの人間性、それこそ歪んだ性格とそれを形成せしめた生育環境などの方がよほど問題だと思うのだが。(あくまで報道によれば、であるが)幼少時から裕福な家庭で経済力を背景に欲望を抑制することを教えず、金で人を自由にすることを父親が文字通り背中で教えて、さらにはこうした重大な犯罪を現実に犯した後でも、信じられないことに犯人の身内から「あの子は悪くない」と庇う声が反省や謝罪より先に出るという、Kをそいう大人にしてしまった彼らこそがこの犯罪を生んだ、と言ったら言い過ぎだろうか。


彼のビジュアルが奈良の事件のK某(苗字が同じ)とは正反対であったことで、何やら「監禁王子萌え」の女性が盛り上がってるという「報道」が、今度は「週刊文春」で話題になっていた。同性にも関わらず、彼に監禁され蹂躙された被害者を「のこのこついてった方が悪い」「金貰ってそういうことするのが商売なんだから」と逆に非難するような向きもある…。
それはミニスカを履いて痴漢に遭った女子高生や、薄着で夜道を歩いていて強姦された女性を「そんな格好してる方も悪い」という論理に似ている。そんなもの襲った方が悪いに決まってるのに、だ。

エロゲーを規制すれば性犯罪が無くなる、という単純な頭の構造は、包丁が料理にも犯罪にも使用されるし、例えば二次元のエロゲよりも三次元のドラマや映画の暴力や殺人シーンから受ける影響の方が大きいように想像するけれども、二次→三次の場合「規制!規制!」と叫ぶ人たちから、三次→三次の場合に「そういうシーンのある小説を規制しろ」「映画も駄目」「AVだのエロ本なんかは以ての外ざます!」という声はあまり聞こえて来ないように思う。
ああ、そういう人たちとお付き合いがないだけか。

頭の中で個人が何を妄想し何を考えても、犯罪を実行しない限り罪は問えない。
何に「触発」されるかなど、それこそ十人十色、いや万人万色だろう、どこで線を引くかは、大きなお世話に他ならないと思うのだが。「でも犯罪は抑止、予防しないといけないからどこかで線を引く」と言う人もいるけども、それを「検閲」と言うんじゃないか。
難しい問題ではあるが、「表現の自由」は息苦しくなってきつつある。
かつては棲み分けが出来ていた、趣味趣向の異なる人たちが、例えばネットであったり、マスメディアによって引っ張り出されることで、お互いを「見つけてしまった」不幸というか、何が一般・普通で何が異常・変態(笑)なのかは、明確に線引きなど出来るわけもなく、であれば犯罪を犯さない限りは互いの趣味趣向には口を出さない、というスタンスが表現の現場にいる人の冷静な態度だと思う。
学者さんは冷静だけど、こういう現場の「中」にはいないので、どこかこうした他人事みたいなスタンスになるのは理解できるけれども、我々はそうはいかない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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