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2012-11-10(Sat)

忙しくも充実

2012年11月10日(土)
今週は忙しかった、いろいろと。
新しい仕事の方はまだ感覚的に解らない部分(対人関係・取引先との関係など、まだ短時間すぎて今一つ掴みきれないなど)が多いが、これは正味引き継ぎ期間が半月も無かったので、仕方ない。そこを慣らしながらも、なし崩し的に実業務に入っていく…っていう状況で年末進行だし、素人なら実際裸足で逃げ出す状況。こちらは経験者なので慣れなくても、慣らしながら現実の業務をやっていくしかない。
病人なれど「自分の受け持ちだけキチンとやってくれれば良し」という会社のご配慮と、少人数のSNSを作ってファイル共有なども行えるようにしたので、在宅でもある程度の業務はこなせるように環境整備を自分なりに整えた。なので、時間的には割合それほどあせらずに動くことが出来ている。

前からの知人に現況を報告するたびに「良かった」と喜んで頂けるのがこちらも嬉しい。先日は実家から送って来た昆布などを持って、高木町の明青さんにも挨拶に伺った。そうして話して行く中でつくづく、これが東京での「現場復帰」だったら恐らく無理だったろうと思う。

健康だった頃には普通の電車や地下鉄での移動、あちこち飛び回っての取材や原稿取り、その他もろもろ全般、何をするにも東京は広い。急いでる時は大江戸線のエスカレータを二段飛びで駆け上がって吐きそうになった事もあった。平面上の移動距離もさることながら、上下の移動距離も、必ずしも全てがエレベータやエスカレータではないので、とにかく体力勝負であった。
もうそんなの、こんな病人にはとうてい無理である。

では京都では…というと、やはり街がコンパクトであることで、基本的に自転車や歩きでそこそこの用事が済むところ。それにバスも地下鉄も電車もあるし、地下鉄なども路線が多くはないから大深度に潜っているわけでもない。東京に比べると地上までのエスカレータの整備は進んでいない駅も多いのだが、元々深くないので、それほど疲れない。
本当に、ほどよく「慣らしつつ」仕事が出来るいい環境にあると思う。街が人に優しいというか。人が優しいかどうかは別であるが、概ね、自分の場合は人に恵まれてきた。

京都の人を外の人は閉鎖的とかプライドが高いとか陰湿とか(笑)、まあよくネガティブに言う人を見かけることがあるのだけども、少なくとも5年半住んでみて、幸いにそういう露骨な印象を与えられたことはほとんどない。
見えないところでどろどろした世界がきっとある、でもそれは日本中どこにでもある世界だ。京都だけではない。それにどこまで行ってもしょせん自分は「京都人」ではないので、そのどろどろに足を踏み入れることは恐らく今後もない。だから、きっとそこで嫌な思いをすることもなかろうと思っている。

職場では常勤の社員でも時給のバイトさんでもない契約社員みたいな立場ゆえ、定時もないし逆に言えば忙しい時は自分の家が「分室」状態になったりもする。当然休日など関係ない。ただ、それも含めて自分の健康状態には非常に助かっている。
ずっと会社の机に座って電話でアポを取ったり、企画を考えたり、スケジュールを調整したり、あれこれをしていてちょっとしんどいな、横になりたいな、と思う時がある。でも床に寝るわけにはいかないので、じっと我慢。時々どうしようもなくなると、ふらっと外に出て、鴨川の近くのベンチや欄干で背中を伸ばす。まあ、見つかれば警官に職質されること間違いない。(こないだ実際された)
同じ姿勢を長く取る、これは健康な人でも血流が停滞するし、体に良いことではない。しかも俺の場合は脾臓が妊婦のごとく肥大しているため、常に圧迫感が酷い。本当に取って捨てたいほどの時もある。だがコレを取るのは命がけの大手術になるし、いったい全治何ヶ月の入院になるのか見当もつかず、さらにはその後社会復帰できる保証もない。だいたい主治医も推奨していない。
なので共存して生きるしかない。生きるためには働かねばならない。
とまあこういう仕組みに、世の中はなっとるわけです。いわゆる理ということですな。

そんなこんなで他のこれまでの作業が家であって出られない日でも、会社からのメールなどの連絡にはすぐに対応できるし、SNSでのファイル共有には助けられる。いやはやサイバーな世の中です。
この年齢になると時々、「今2012年」ということに愕然としたりするわけですが(オッサンにとっては、少年時代のSF的年代が「今」なのだ)、やっぱり確実にネットやIT関連のスペック向上の恩恵に預かって暮らせている。
この、ハッと冷静に立ち返ると信じられないくらいのハイテク(死語)社会に、小さいうちからゲームなど遊びから入っていき、PCや携帯、ネットと完全に順応していく子らも今は普通だろうが、自分の場合は本当にここまで何とかついてきたお陰様で、こうして病人でも何とか仕事が出来るというわけだ。

先日、俺より半年ほど前に入ったアルバイトさんたちと合同の歓迎会を開いて貰った。
会社の近所のイタリアンのレストラン&バーみたいなところで、飲み放題でワイワイガヤガヤ楽しく「歓迎」していただきました。自分の子供くらいの年回りの「先輩」もいる中、あくまでもこの中では俺は最下層にいる新米であり、この中においては教えていただく事が多いのだ、と立場を弁えている。でもまあ飲みの席になれば、全く違う話になり、そうなると音楽の話になったり病気の話になったりと、色々と年齢が違っても理解し合える話題もあったりと、楽しかった。

別な日には、俺と入れ違いで退職する人のための、送別会もあった。こちらは我々の部署だけの少人数で。それはそれで楽しく、そういえば、こうしてたくさんの人との飲み会に参加するのは何年ぶりだろうかと思った。
この日は朝からスカーッと気持ちの良い日本晴れであった。こういう日は気圧の関係か、腹の張りはないので助かる。夜の飲み会までも調子が良く、そして10時前で解散になった後も調子は良かった。京阪の電車の時間を確認すると、たった今電車が行ったところで、次に停まる電車は十数分後。
ああ、じゃあ四条まで歩けちゃうやん…。と思い、調子も良かったので川端を歩いて帰ることにした。五条あたりは薄暗いのだが、徐々に宮川町に近付くにつれて、風情のある店構えの灯りがポッと見えてきたりする。本格的な冬にはまだ遠いので、底冷えもないから、まあ夜の散歩みたいなものだ。
Frescoが開いていたので入ってみると、この時間なので生鮮…刺身などが3割引。家で待っているユキちゃんにあげるのだ、決して自分が飲み直すためではない…と言い訳をしつつ買ってしまう。
四条川端あたりの喧噪を早足で通り抜けて帰宅し、うがい手洗いなどをしてからユキをなでくりまわし、甘えさせてやり、そして刺身をやりつつやはり一杯やってしまった。
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まとめ【忙しくも充実】

2012年11月10日(土)

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そんな日常

そんな日常が本当は一番嬉しくて、一番幸せで、周囲の人にとっても一番安心できる。
ですよね。 (^_^)
ユキちゃん、いいぞ、愛嬌ふりまくれ。

ユキちゃん

土日は基本的にきっちり休む、を旨としている仕事人が多いところなので、自分も週末はユキを出来るだけ甘やかしてます(笑)。
でも、前からけっこう甘やかしてたなあ…とも思います…
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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