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2012-11-17(Sat)

取り戻す日々

2012年11月17日(土)
病気…白血病を宣告され、免疫力がガクンと落ち、トンデモな数値ながら低値安定しつつ7年以上。
その間いろいろあった。
連れあいも誤診から来る1型糖尿病を抱えつつ、京都精華大学への教授就任。二年目からは毎週の東京~京都通勤がしんどくなり、2007年に二人で京都へ思い切って引っ越し。
その後俺は胆嚢摘出手術、2009年に連れ合いを失い、同年帯状疱疹が劇症化して入院、2010年は肺に穴が空いて気胸だと思って入院したら「ニューモシスチス肺炎」で肺の中が穴だらけ。その上縦隔に胸腺腫が見つかり摘出術なでの二ヶ月入院。
いやはや、満身創痍だが、根本的にいまだ「T細胞性慢性リンパ性白血病患者」であり、免疫抑制に近い状態にある。
だから薬でカビだの細菌だのウィルスだのに対抗しつつ、うがい手洗いを欠かさず、何とか生きている。
生き延びている、というか。

そんな自分でもここで報告してきた通り、編集者としてまた働けることになった。
連れあいが「あなたは編集者なんだから、編集者として生きて、死ぬべき」と誘ってくれたのだろう。そうとしか思えない。職場のこと、関わる業務のことはベラベラ書かない、というより書くべきではないので記さないが、肉体的なハンディより、精神的なもの、頭脳的なハンディが思ったより大きいことに気がつく。

どういう事かというと、肉体的…な部分は、つまり、白血病=血液腫瘍、つまり癌患者であるという特殊な事情を抱えていることであるが、主症状として巨大にふくれあがった脾臓と、免疫低下による易感染状態があるということ。
これは、はっきり言えば自分で調子を見つつ、具合が悪ければ率直に休み、動ける時に動くということが許されているので、有り難くそうさせていただいている。もっとはっきり言えば、自分の体調次第で自由に、任された仕事をこなしてくれればいい…という寛大な処遇をして頂いている、ということ。
問題は精神的、頭脳労働的な方だ。
精神的というのは、「自分はもう健康ではないのだ」「普通の健康な人と同じようには動けない」という思い込みだ。
いや思い込みというよりそれらは厳然とした事実なのだが、うまく表現できないのだけど、何かをやろう、こうしよう…と一歩踏み出そうとした時、そういう思考が習慣的に手枷足枷になるというか。しかも、自動的に。7年も「重病患者」をやっていると、オートマティックにそう考えてしまうクセがついてしまっている。
そして頭脳労働は、たくさんの人と触れ合う機会を意識的に避けてきた、それは易感染状態にあることから当然なのだが、映画館や劇場などの「不特定多数の集う閉鎖空間」は病院以外極力避けてきたことで、新しい「出会い」という刺激が極端に減ったことがある。
頭脳労働というと大袈裟かも知れないけれども、新しく人と知己を得る、お互いに会話を交わし相互理解を深めたり、あるいはその上で一緒に仕事をしたりという場合に、我々は想像している以上に脳、いや五感をフル回転させている事を実感する。
つまり、その機会を回避し続けていると、その回路そのものが麻痺する、鈍麻する、退化する…ということだ。

病気を宣告される直前まで、つまり2005年の夏前まで、現役編集者&フリーライター&イラストやWEB制作や何でも屋をやりつつ、専門学校で教鞭を執っていた。
毎年新しい学生さんたちが入って来る。まずは出席簿で名前と顔を覚えていかねばならない。
編集科の俺のクラスは「白取組」といい、毎年過酷な企画会議から編集会議を経て、卒制で一冊の本を作って、地獄のようなA3用紙にびっしりの設問に全て「記述式」で解答するという「単位認定試験」を経て出て行く。よく学生から「先生のクラスが一番過酷でした」と後で言われた。それでも卒業後に会いに来てくれたり、今でも時候の挨拶をくれたり、メールやSNSでコミュニケーションをとってくれている子も多い。
全然別な道に進んだ、けれども「あの2年間はとてもためになった」と言われると、とても嬉しい。今でも。

そういう若い人たちからこちらが教えて貰う、新しい考えや受ける刺激みたいなものが、ここ数年はほとんどなかった(いや少数ながら濃厚な出会い、例えば…劇画狼さんなどはあるにせよ)。
そういう刺激が無くなる→思考が停滞することは、ただちに「老化」へとつながる。
これが恐ろしいことだと思う。
町内にじいさんばあさんが普通にいて、壮年世代は時に叱られ、時に頼られ、怒鳴られたり逆に悪態をついたりしつつお互いに刺激を与え合った…なんて遠い昔のお伽話のようだが、まあそういう時代も実際にあったのは事実。そして今はそういう場が極端に減ったというのも現実。

職場のことを守秘義務に抵触しない程度にちょっとだけ報告すると、同じ干支の同僚がいる。
え? 違います、二回り違います(笑)。
親子、といってもいい年齢差。それでも色々教わることも多い。他にも連れあいの娘と同世代も多いし、自分に近い世代の人もいる。こういう、年齢的にも多様なところで、色々な人…当然違う時代を過ごし、それぞれに違う感性があって、でも一緒に同じ仕事をまっとうすべく…目標を同一にして頑張る、そういう現場にいると、寸断されかかっていたシナプスがピシピシと繋がっていく感じがする。
そう、この感覚、かつて病気になる前に編集として飛び回っていたあの頃の感覚を、今取り戻しつつ過ごしている、ただしゆっくりと。
ゆっくりとじゃないと、ついていけない。

若さ、健康、そして「普通」であることがどれだけ有り難いことか。
それを今若く健康で普通である人に必要以上に説くことは、まあ無粋で嫌味で上から目線になりやすい。
だから別に言わない。でも聞かれたら、自分の経験の範囲内で実感として答える。知らないことは知らない。想像は想像だと正直に言う。

これからもフリチン仁王立ちです。(毎度低俗で申し訳無い)
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まとめ【取り戻す日々】

2012年11月17日(土)

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コメント

それでも

仁王立ちで、元気につながりが戻りつつあるシナプスのピシピシっという音をたててる白取さん、いいですね!

Re: それでも

島本和彦先生の絵柄を一瞬思い浮かべました。ああ、駄目だな自分…。
でも二回り違う「先輩」は、「ガロ」や「花くまゆうさく」とか言っても、フツーにボーッと生きてたら知らない世代のはずなのに、ちゃんと通じるので、楽しいです。

だいぶ前にどっかに書いた(ボケ開始?)記憶がありますが、「共通語」ってあるんですよ。
世代とか時代を超えた、興味とか共通する感性みたいなものが必ず出逢う表現があって、映画や文学やもちろん漫画とかにもあって。いっぽうで、その世代にしか通用しない「世代語」もある。同時代を生きていた人同士じゃないと全く話が合わないという。
で、表現の中での「共通語」に、俺は「ガロ」って必ず入って来ると思ってるんです。
作家ならもちろん連れあいのやまだ紫も含め。
そこが通じない人は、世代に関係なく、何というか深いところで共感し合えないという思いがあります。
逆に言えば、そこが通じる人なら、世代は関係ないですよね。

ハードロックや漫画の話をする時に、年齢差とか性別を超えて「あれ、いいよね!!!」と盛り上がる瞬間とか、いいですよね、もちろん「ガロ」もそうだし。
メディアやガクシャは「団塊」「シラケ」「バブル・新人類」とか「ゆとり」とか色々輪切りにしたがるし、そういう「大雑把な箱」に放り込まれる典型みたいな人が多いからそうされちゃうんだけれども、実際は必ず「共通語」のある人らが世代や性別を抜きにして、見つかるんですね。
それもこれもご縁、出会いです。外に出なければ解りません。
人生まだまだ面白そうです。

Re: Re: それでも

まだまだ熱い、白取さん。 (^o^)/

Re: Re: Re: それでも

いやそうでもないです、もうヨボヨボです実際。
上の世代を超えて…という話にしても、
別に「知らなかった」「触れる機会がなかった」だけで、理解・共感
し合えないといっているわけじゃなくて、その機会があったらちゃん
と好きになる人っていますし。知らなかっただけで。
何かそういう多種多様なもの(人そのもや、人の考え、表現も含めて)
に触れる機会ってやっぱり必要なんですね。
それが周りの大人だったり先輩だったり図書館とか色々あるんだけれ
ども、今は触れ合わなくても自分の手にしやすいものだけ選んで取り
入れることが可能なので、実際に動き廻っている人と、ひきこもって
ネットだけで「情報収集」している人との差が開くばかりという。
これは両方やった実感ですねえ…。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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