2013-01-05(Sat)

漫画の本作りは楽しい

2013年01月04日(金)
今日は大阪から劇画狼が来て、三条友美先生の「寄生少女」写植貼りを指導。
ヤツが買ってきたミツワペーパーセメント(ソルベックスとラバーセット)が、事前に俺が指定しておいた「緑缶」ではなく「青缶」だった→どっか緑缶売ってるとこないか!(ドタバタ)→結局製造元サイトの販売店検索でLOFT発見→二人で買いに行く…という顛末はあったものの、何とか無事準備は整った。
整ったので安心してハマムラで二人で広東麺を食べた。
いや~うまかった!
生姜がきいてて体がほっかほかに…あれ、俺ら何しに来たんだっけ?
…とこれじゃあドリフのバカ兄弟みたいなので冗談ながら、道具は揃い腹も満たされ、後は仕事仕事。
三条大橋は行きは凄い人で、小雪も舞う寒さ。帰りは混雑を避けて歌舞練場まで行き、川沿いに橋へ出て戻る。

さて部屋では仕切り直しで、前に劇画狼こと千葉ちゃんにWordで打ち込んで貰っていたネームをインデザに読み込み、書体やQ数指定を入れて「セミ光沢紙」へ出力。これを「写植」がわりとする。
しかしまあ最近のレーザープリンタは凄い。本当に写植みたいな美麗さで出力される。
ちなみに各話タイトルはイラレ、カバーと帯の版下はフォトショ。それら3ソフトを連携。
shashoku.jpg
↑ぶんか社さん「月刊ホラーM」掲載時のタイトルを尊重するものと、あえて変えるものなども相談。

…自分でオペレーティング&出力しておいて何だが、ちょっと変な罪悪感にも似た…それはかつて「写植屋さん」という職業、会社が成立していた時代を知る者にしか解らないであろう、寂寥感みたいなもの…感覚を覚えた。

さてそれらの原画への写植貼り込み、ククリや白抜きなどの指定はもちろん、手取り足取り懇切丁寧に指導しました(笑)。
…こんなに丁寧に「優しく」指導したのは冗談抜きで初めてじゃないか。
気がつけば編集者も四半世紀どころか30年近くなっていて、途中専門学校で卵たちに教えたりもしたが、けっこう「怖い」とか「厳しい」と言われていたものだっけ。
そういえば昔、製版指定ではなく写植そのものを手作業で「白フチククリ」をするという実演を見せて、学生たちに喝采を浴びたこともあった。今思い出した。もはやほとんど何の役にも立たねえ技術だが。

とにもかくにも、まずは「写植貼り」を実演して見せる。
ペーパーセメントを裏面に塗布し、乾かし、カッターマットに貼り、切っては貼る…という一見単純なようでいて、実は原画に「作家の描いたもの以外の要素」を載せる、加えるという「大それた作業」でもあること。
写植の書体やQ数、貼り方などで作品の印象も当然変わる。
フキダシ一杯に、空間恐怖症のごとくすさまじいQ数で目一杯アンチGで埋め込む漫画をたまに見るが、あれは登場人物全員が怒鳴り合ってるようにしか見えない。
ちなみに、我が連れ合いであったやまだ紫先生は、縮小前原画原寸で「16Q基本で」、それとナレーションなどは「ガロ」ではデフォルトだった石井の中太Gではなく、「中Gで」と指定されてきた。写植が太いと、自分の細い線が「殺される」からである。
まあ、単にお客さん=読者がほいほい読んでいく字、という意味だけではないよ、という事。

あと、写植は何と言っても
・普通の糊で貼ってはいけない→理由:二度とはがせない(作家オリジナルの原画状態に戻せない)
・フキダシの作家のネームを消してはいけない→理由:写植が脱落したら、掲載誌がない限り二度とそこに何が書かれていたか、作家でさえ正確に思い出す事は不可能=作品そのものが変わる可能性あり
などなど、作家さんの生原稿を「作品」として扱う場合に注意すべきことを伝える。

作家の生原稿は何度も何度も書いてきているが、世界でたった一枚しか存在しない、オリジナルの原画である。

高画質で複製すればいいじゃん、という人は一度生原稿を手にして、その重み、筆致、版面の外の落書きや裏面のデッサンの苦心の跡、丁寧に消されたホワイトの盛り上がり…などなどを見るべきだ。
その上で、「別にそんなの印刷されたらモノクロ二階調で見えねえし」という感性なら、「編集者の話」に割り込んで来なくてよろしい。(ここら辺詳しく、というご要望があったので加筆)

…とかいうような、『原画の大切さ』とか『原画が第一』ということも、「マインド」として叩き込ませてもらう。
編集が好きだ、だから編集になった…という人と、とりあえずマスコミ志望、出版社は新聞社落ちたので来たがたまたま編集に配属になった…というような人とでは、やっぱりそこら辺「マインド」が違うのは事実。やっていくうちに育まれることもあろうが、まあ最初が肝心でもある。
劇画狼こと千葉ちゃんはそこら辺のマインドや思い入れは逆に強すぎるくらい持っており、それに技術と経験が追いついていないだけなので、それは経験者が補えばよろしい。

先達とは、そのために生かされている。

さてその千葉ちゃんが筋骨隆々の体でチマチマとカッターと定規を操作しつつ写植を貼っている間に、こちらは中身のデザインや版下データ作り。
先般出力しておいたカバーも実際に同じくらいのツカの本に巻いてみせると、「やっぱり…この質感いいよねえ」とお互い自然にニヤニヤしてしまう。
うん、やっぱり手に取って重みを感じ、眺めまわしたい。
それが、嬉しい。
cover.jpg
↑圧倒的な絵の力。ちなみに帯はまだまだ仮ver。

それにしても、もう本当に、溜息が出るほど三条先生の「絵力(えぢから)」が凄い。
もちろん作品もそれぞれ、本当に凄い。凄いという陳腐な語彙しか浮かばないほど凄い。

すでに作っておいた奥付の住所などの変更、他に作品解説や初出一覧はOK、あと作っていなかった目次、扉などをイラレで作ったり。
とにかく元絵が素晴らしいので、余計な小細工はほとんどしなかったが、「編集とは理詰め」である。
なのでそこら辺をよく相談し、齟齬のないように作っていく。その意味はおそらく、本が出来て手に取って貰えれば解るはず。
kaisetsu.jpg
↑作品解説(三条先生×劇画狼対談?)は買ってのお楽しみ!

ただ予想以上に彼の写植貼りに時間がかかり(ペーパーセメント事件でロスもあったので)、これは今日中の作業終了は無理と判断し、俺の方は別件の仕事の更新が予定と違ってかなり多かったこともあり、9時でいったん写植貼りは終了することになった。残りは彼が自宅でも出来るし、最終的にこちらも確認すればいい。

そこからあとは、各収録作品のタイトルに統一性を持たせるために、改めて全てを出力し直すことにし、その突き合わせ・確認など。
これから彼が家で写植貼りをやり、こちらは足りない部分のネームやタイトル出力に加え、カバーや帯といったツキモノ方面の版下作りやデータ部分の入稿準備、そして最終的に写植貼りのチェックなど。まあ初心者が貼ったら曲がりますよ普通(笑)。なのでとにかく丁寧に、かつサクサクと貼ってと指導。
あとは慣れだ。慣れた頃にでかい失敗をしたり手を切ったり写植を切ったりする。そして反省して一段階レベルが上がる、写植貼りの。
まあこのスキル極めても、今どきほとんど役に立つ場面はないけどな!

さあ「有言実行」劇画狼主宰おおかみ書房の第一弾、三条友美先生の「寄生少女」、予定では2月下旬刊行予定である。

まあ三条先生のホラーM掲載作を知ってて今さら「グロい」とか「キモい」とか言う人は(いないだろうけど)見ない方が良いと思いますが、「漫画好き」なら絶対に読むべき!…と心の底から思います。
グロとかキモいとか、そういった単純化された陳腐な言葉を越え、愛らしさや愛おしささえも感じさせる作品群。
こういう本作りに関われて編集者としては幸福であります。

電車を調べると三条を11時4分だかに出る電車で、家には1時前に帰れるという事。
10時半までにとりあえずこちらが出しておくべきタイトルなどの付き合わせを終え、飲みに行く時間は当然ないので、とりあえず家にあった発泡酒で「お疲れさん」の一杯。
そういえばここ三条で三条先生の本を作っているのも何かのご縁か、違うか。

とにかくこういう作業って不思議とあまり疲れを感じないのよね。
まあ元々損得抜きで協力していることで、要するに好きでやっていることだからだ。
でも、それが出来るのも生活の基盤となる仕事があるからで、どっちも大切なこと。
どっちも、生きて行く上で必要なことだ。

両方出来るなんて幸福なことだ、と感謝しないと罰があたる。
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コメント

なめくじ長屋から来ました。出来上がった本のクオリティの高さに脱帽していますwww
自分はただの漫画好きとして応援することしか出来ませんが、お体に気をつけて頑張ってください

ありがとうございます

いやもう本当に面白い本になるので、お楽しみに!
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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