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2013-01-14(Mon)

裏方頑張る

2013年01月14日(月)
おおかみ書房第一弾、三条友美先生の「寄生少女」。
データ部分も大詰め。
本文は入稿データ化し終えたが、カバーなどツキモノ関連は、何しろうちのプリンタがA4対応までになってしまったので、半分ずつ出力して貼り合わせて巻いてみたり、切り貼りが大変。
切り貼りといえば、こないだから劇画狼ことおおかみ書房代表・千葉ちゃんに「指導」したアナログ原稿の写植貼りだが、まあしかし一昨日の最後の追い込みは参った、やはり任せてばかりでは進まないので、最後は中腰で切った貼ったをやったりしたっけ。

さてカラー部分はチラ見せするとこんな感じ。
kiseishoujo.png

DICの4C用のチップ(特色ではなく)って色のキャリブレーションの時に便利なんすよ。
なかなかモニタで見ている色が本当の色かは、特にプロセスインクだと不正確になりがち…
って素人さんは何のことだか解らないか…
dictip.png

昔は大元の「版下」そのものが一から手作りで、大きな方眼の入った台紙にロットリングでトンボから書き入れてったものです。
作家の原画は別に綺麗に大事に保管しておき、縮小率を計算し、コピーをアタリで貼り、写植を貼り、色指定を入れ、時にはアミやグラデの指定、特色のチップを貼ったりトレペをかけたり…と、まさに「手作り」。
そうやって製版に入れるまでに完成した「版下」は、版下を作る人によっても個性が出たし、工作というか、それで一つのアートぽい手作り感があった。
今はデータ入稿が当たり前になったとはいえ、それでもこうした諸注意とチップを貼付するというクセは治らない。
「肌色綺麗にお願いします」とかつい書き入れても、オペレータにすれば「いや、だってデータだし」と苦笑すだろうけど、データだからこそUNDOの効く調整が出来る利点もある。
一番いいのはデータ持参して出力見本出してもらって、ああだこうだ言い合ってGOを出したいところだが、この度はしょうがない。

そういえば、昔は印刷屋さんも製版屋さんも、製本屋さんも、事務所ではなく工場を見に行くとすごく喜んでくれたっけ。
編集は印刷の営業といつもやりとりをしているが、校了近くや、夜中の入稿なんかだと工場へ直という時もあるし、職人さんと話すこともある。ていうか非常に、よくあった。

データ入稿が一般化するより前、たった4色のインクでいかに原画に近く再現させられるか、それが製版屋の職人の腕やセンスにかかっていたし、印刷屋の調整…これも職人技にかかっていた時代が確かにあった。

ガロや単行本でお世話になっていた光栄印刷の社長さんに、ちょっと無理なお願いをした時。仏頂面で
「白取君はさあ、一回うちの工場来てから言った方がいいよ」と言われたことがある。
そうだな、と思って戸田の方にあった工場へ本当に出かけた。
社長は本当に来たか、と「来い」と言ったくせに喜んでいて、頼みもしないのに案内をしてくれ、「あれが今度入れた最新型の独逸製6色機だよ」とか教えてくれたっけ。

同じく、青林堂の本の製本をお願いしていた、笠松製本さんの社長さんに会いに行った時。
おもむろに上製本の端っこをつかんで立ち上がり、さらに大きく手を上に伸ばして、かなり高いところから、強めに床に向かって本を落とした。
わざと、ツカ…いわゆる背の部分が床にぶつかるようにナナメに。嫌な音がしたが、それを取り上げて社長はひと言。
「な? これでも壊れないのがうちの製本なんだよ」
上製本(ハードカバー)の表1の端っこをつまんで、ぶらんぶらんさせているが、本当に全く見返しすら切れてなかった。
まあそれがどうしたという話なんだけど、職人さんはプライド持って仕事してた、裏方には裏方のプライドがあったという話。
今ももちろん、そうだけど。
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コメント

懐かしい!

私も15年ほど前でしょうか、カナダの地元日本人向けの月刊雑誌を出版・発行する事業をやっていて、白鳥さんがおっしゃる「手作り」の作業を毎月1回、徹夜しながらやったものです。(カラーではなく、アクセントの赤色一色だけなので、もっと簡単でしたけど)
なんと懐かしい作業の一連。このような簡単な版下作りなので、徹夜明けの早朝、工場の中が見えるガラス窓のついた工場内事務室で版下を渡し、じゃあお願いします!と担当のおばちゃんに声をかけたのが思い出されました。本当に懐かしいです。

Nanako様

ああ、編集やられてたんですね。
北米には北米のインク会社があって、それによる色指定も今はソフトで簡単に出来る時代ですよね。
小さいところはエディターもデザイナーもなく、エディトリアルデザイナーとしてやらざるを得ない場面も多くて、ワーッと校了して、その後の「エディターズ・ハイ」とでも言うべき感覚は、新聞でも雑誌でも書籍でも、たぶん共通のものがありましたね。
いや、今もですけど。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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