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2013-06-20(Thu)

やまだ紫「性悪猫」の韓国版刊行

詳細は決まり次第また。
shouwaruneko-k.jpg
最近仕事仕事仕事で忙しすぎるのと、前回の診察で採血の結果これまでなかった赤血球系に異変が見られたことなどで、ブログ更新もSNS書き込みも何も出来ない状態でした。
まああんまりいいことが無かったわけです。

そんな中でもいいことはやっぱりあって、例えば「ペコロスの母に会いに行く」で今や「時の人」の岡野雄一さんが、あるお仕事関連で訪れたこちら側の担当者に、
「やまだ紫さんの写真、白取さんへ渡して下さい」
と託して下さったり。
Yamada_fromOkano.jpg

もう40年以上前の写真で、彼女は「しんきらり」を描くことになる団地で暮らす以前、千歳烏山というところに住んでいた頃だろう。
岡野さんは俺より一回りくらい年長であられるが、実は40歳まで東京で小出版社の編集者をされていた。だから当時、岡野さんの在京編集時代と俺の新米編集時代の5年ほど、神保町~水道橋あたりを歩いていた時期が重なっている。
不思議なご縁。生きていればこそ、のご縁だろう。
ご縁といえば「ペコロス…」を自費出版から全国へ送り出した西日本新聞社の担当編集者、末崎さんも、実は「ガロ」時代に俺が担当していた作家さんと親しかったりして、これまた業界狭いですねと大笑いしたり。
むかしサブカルという言葉がまだ死語ではなく、カウンターカルチャー的な意味合いで本気ですごかった時期があった。
「ガロ」界隈、エロ劇画やサブカル誌などの小・零細出版社系はなんとなーくみんな知り合い・連帯感があって、それは時間を超えても同じだったりする。健康なら長崎へお邪魔して、それこそ飲み明かすくらいの共通の話題が山ほどある。

「COM」でデビュー後、女流の作家として注目され期待もされていたやまだ紫には、男性ファンも多かった。
岡野さんは編集者であったが、そのときは「7人くらいでおしかけました」とおっしゃっていた。
そういえば彼女はこの頃、よくミニコミの取材も快く受けていた。
台所から居間へふっと来て、皆に飲み物が足りているか、何か運ぶものはないか…、そういう気配りをいつもする人だった。
そんな一瞬のスナップだろう。
俺と出会う前の、彼女の写真。
岡野さん、ありがとうございました。


それから、小学館クリエイティブさんから復刊していただいた「性悪猫」が、韓国で翻訳出版されます。
これも嬉しいニュース。
日本版のデザインがほぼ踏襲され、クレジットなどの確認もあるのだが、ハングル読めないし(笑)、小クリさんというか川村さん(いつも大変お世話になりっぱなしでございます!!)にお任せした。

いい作品は時代を超えると信じてきたし、国境も越えると信じている。
日本でもコマーシャルなものしか見ない読まない、知らないという人の方が遙かに多い。
けれども、30余年前のこの作品が、少しずつではあるが着実に、読まれている。
青林堂時代にも少部数ずつの再版を何度も何度も繰り返し、筑摩書房から文庫版が出て、さらには作品集にも収められた。
その後品切れ状態がずっと続くという「塩漬け」に遇い、普通ならそれで消えていくのが、流れの速いこの業界。そして「売れるもの=いいもの」という余りに思考停止の価値観が横行する中、復刊され、それも三版めである。
そしてとうとう、国境を越えた。
きっと、そんなに多くはなくても、好きになってくれる人はいると思う。

生きていればこそのいいニュースも、たまには。
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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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