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2005-11-13(Sun)

連れ合いが吐血・入院した

11月13日(日)
今夜の9時45分、たった今連れ合いが救急車で運ばれて行った。
連れ合いはここ二日ばかり食欲がないと言っており、今日は朝から何も食べていなかった。ソファに寝ていては気持ちが悪いといって、台所や洗面所でオエ、とやっていたのだが、夕方足元のゴミ箱にゲエエと吐いたものを見ると、何と赤茶色の血であった。「救急車呼ぼう」と言うと、実は朝も2回吐血した、前の時も休んでたら一日で治ったから朝まで様子を見る、という。
その後俺がパソコン仕事を終えてソファに転がってテレビを見ていると、寝室で休んでいた連れ合いが起きてきて、台所にゲロォォオと吐いた。スッ飛んでって見ると、やはり大量のどろりとした血。夕方のゴミ箱に吐いた量より多い。静脈血なのか、赤茶色をしている。さすがにこれでは朝まで待つなどと悠長なことは言ってられないので、お姉さんに電話する。お姉さんはすぐ行くと言い、それまで救急車は待つことにした。救急車で病院へ搬送した後、誰か家族が付き添っていなければならないのだ。これまで、俺は何度も連れ合いを救急車に乗せて病院へ運んだ、そしてその度に付き添ってきた。けれど今回は俺がこんな体なので、一晩付き添っているのは到底無理だからだ。
連れ合いはソファに横になり、時折うげぇとゴミ箱に吐こうとしたりしているが、呼吸が荒く顔色は白い。お姉さんは30分くらいで来てくれたので事情を説明すると、Yちゃんからお姉さんの携帯に電話があり、これからYちゃんも来るという。お姉さんが来てくれたからいいと言ったのだが、もう出ちゃったというので、さらにYちゃんの到着も待つことにする。その間連れ合いは何度か吐き気を訴え、その後はしきりに暑い暑いという。だが体は触るとむしろ冷えており、その前に体温も測ったが、平熱からやや高いくらいだった。とにかくYちゃんを待ち、その間入院に備えてタオルやティッシュ、薬品などを紙袋に整えてひたすら待つ。
9時半ころYちゃんがようやく到着したので、すぐに119番に救急車を手配した。数分で今度は救急車から電話があり、事情を説明していると、その最中に連れがゴミ箱にゲエエと大量に吐血した。2,3度に渡ってかなり多くの血を吐いたので、そのことも電話で告げる。Yちゃんはなみだ目になって連れ合いをさすってあげていた。救急隊は10分足らずで部屋に直接到着し、バイタルなどを測って俺らに容態を確認したりしたあと、ストレッチャーに連れ合いを固定し、運び出して行った。それと同時にお姉さんとYちゃんも一緒に出て行った。
俺は明日自分の受診と検査で朝からN大病院だ、それにこんな体なので着いてってやれない。まったくなんでこんな目に俺らはいつまでも逢わなくてはならんのだろう。そういう俺も、腹の膨満は妊婦のようだし、ここ数日はこうしているだけで首の後ろ側に鈍痛がし、同時に目眩が始まる。
お姉さんが来る前に、二人で手を握り合って「もうこんなに辛いんなら生きていたくないね」と思わず話し合う。連れが以前、手術後のあまりの激痛の日々にそんなことを言った時、俺は何を言うんだ、と叱った。だが今なら俺も同じような心境になってしまう。いっそ二人で死んでしまった方がどれだけ楽か…。
けれど、俺が諦めたら連れ合いも諦めるというのなら、俺は諦めない。だからやっぱり二人で頑張ろうと話す。
連れが生きていてくれなければ俺は闘病しても意味がないから諦めるしかない。連れも同じ心境ならば、二人ともお互いのためにもう少しだけ頑張ってみよう。明けない夜はないと信じたい。
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コメント

ありがとうございます

今までは連れが病気になっても自分がついていてやれたし、支えてやることが出来たんですが…。自分が癌と闘病することになり、そうしたことで連れに心労を与え、かつ今度は看病も出来ず…となると絶望的な気分にもなったのは事実です。
自分はこんなに弱い人間ではなかったはずだ。そう思っても、「こんな人生ならもう、いいや」という気分がどこか片隅にチラチラと出てきます。
不遜な言い方ですが、健康な人は確かに「そんなこと言うな、生きてればいいことがある」といいますし、俺もこれまでそう言ってきました。だがそれは本当か?と今、自分自身が問う立場にあります。正しいと思ったことを貫いても、人を裏切るまいと思っていても、多くを望まず誠実に生きようと思っても、何かそれが報われたか?と。
でも、生きていくしかない。「しかない」という消極的な言い方しか今は出来ませんが、諦めることはまだしたくありません。
これまでも多くの人から励ましをいただきました。その人たちを裏切ることは出来ないですし。自分よりもっと辛い人はいるし。

本当です

ローリングクレイドルさんが書かれた通りだと思います。気持ちを強く持って、頑張ってと言うのは確かに勝手です、でも僕も言わずにはいられないのです。
前にも書いたような気がしますが、世の中には嘘や不誠実なことを重ねて人を不幸にし、その上に、つまり人を踏みつけた上に立って自分さえ良ければいいという連中がたくさんいます。あの、白取さんが戦った連中もそうでしょう。
これだけ時間が経って、冷静に客観的に見て、どちらが正しく、公明正大な態度で、嘘いつわりなく言動を貫いたか。もうみんな知っているはずです。それならば、正義を訴え貫かれた白取さんたちがこのまま辛い目に逢っているはずがありません。
鬼畜連中などどうでもいいのです。健康があれば…

信じております

安っぽい言い方しか出来ませんが、本当にお二人の絆に心打たれました…当人しか分からない苦しみなのは重々承知ですが、いずれやまだ先生と白取さんが健康に笑って過ごせる日が来ると信じておりますので、どうかくじけぬよう祈っております。明けない夜はないし、冬が来たりなば春遠からじです。

勝手なことと分かっていながら、言わずにはおれません。お二人の絆の強さならば、病気にも打ち勝てると確信いたします。でなければ、世の中嘘です。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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