--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013-07-01(Mon)

音を楽しむと書いて…

2013年07月01日(月)
この病気(血液腫瘍)にかかってから、あちこちに不具合が出ている。
その大きなものは文字通り巨大化した脾臓であり、腹部はそのせいで妊婦か子持ちししゃもかという状況。
もう一つはもちろん、白血球系・とりわけ免疫系が抑制に近いレベルまでダウンしたことによる、易感染状態。
このうち、巨脾の方は例えば強い衝撃を与えない・与えられないよう注意する(脾臓はスポンジのような臓器で、一度どこかが裂けたりしても「縫合できない」のだ)くらいで、どうしようもない。
ブラックホールのように、俺の癌に冒されたポンコツ造血幹細胞が必死で造った血球類を勝手にため込んで膨れている。
免疫抑制については、普通の人なら大丈夫な程度の菌、ウイルスその他で重症化あるいは即いのちの問題に関わるので、防疫にはじゅうぶん注意している。
夏でもマスク、そしてうがいと手洗いは基本。
それでも、再三ここでお伝えしているように、何しろ固形の腫瘍のように摘出できるものではないため、ぎりぎりのところで共存している。進行がきわめてゆっくりしているので「ゆっくり死んでいってね」ということだ。

さて数年前から、左手の薬指と小指が麻痺し、特に小指はひどいということもお伝えしている。
京都に引っ越す前、もうこれじゃギターもベースも弾けないわ、と思ってアコベ、エレキベース、あとストラトジャパンのエレキギターも処分した。エフェクター類は高校時代から使っていたものでガサついていたのでただのがらくた。ベースも値がつかなかった。
そういう自分は元々ドラムを叩いていたわけであるが、おそらく今の体力ではミドルテンポのブルースくらいが精一杯か、何しろ体力が持たない。
こういう話をすると、まあきっと若い頃や東京時代を知らない人は「ああ、いるよねそういう人…」とイタい人のように思われるんだろうなあ、と思うので普段は言わないことにしている。でも飲んだ時や知り合いのライヴなんかの時に、ついついこういう楽器をやっていた、とか一時歌で報酬を得ていたこともある、と話してしまう。
きっと今の病気の俺しか知らん人は「あーはいはい(笑)」なんだろうなあ、無念。

ドラムは高校時代にちょっと練習しただけで普通に叩けるようになった。
バンドで他にドラムが居なかったし、ギターはコードを覚えずにリード部分だけ耳コピしていたので、自動的にドラムになったわけでもある。本当は家でYAMAHAの30Wのアンプ(にヘッドフォン)、エフェクター類を並べてレスポール(のコピーモデルだがけっこう高かった)を弾きまくっていた。高校に入ってからは、知り合った音楽仲間で、今でも親友のU君がストラト(のコピーモデルで、こっちはけっこう安物だった)と交換してそれきりになった。(ちなみに京都転居前に売ったストラトジャパンは小川町の楽器屋でへそくりで買ったもの)
学校でドラムを叩き、家でギターを弾き、時々友達の家でベースに触らせてもらったりして、けっこう音楽漬けの日々だった。バンドではライブ前に冬合宿をしたり、本当、セイシュンしていた。
そのバンドはちなみにメンバー全員が上京し、しばらく続いたが空中分解した。
その後一人でドラムはバカみたいなので、家で基本からギターを練習始めたりして、よく連れ合い(21歳頃には団地で同居していたので)に叱られたものだ。何しろヘッドフォンでミキサーを通して数時間も没頭したりしていたので、ティッシュ箱をぶつけられたこともある。

歌に関しては、一時出入りしていた居酒屋のマスターがよく行くスナックで、フィリピンから来ているおねえちゃんたちが洋楽歌えるかというのでリクエストに応えているうちに、何かオッサンたちがチークをやっている時にビートルズの「Anna」とか「Till there was you」とかいろいろちょっとリズムがあってムーディな曲を勝手にリクエストで歌わされたっけ。そのときは飲み代ちょっとまけてもらう程度。
その後、それらを聞いた人から依頼されて、あるところで同じようなことをしてちょこちょこ小銭を稼いでいたというわけ。
まあこういうことは昔からの知り合いはみな「ああ…」と懐かしく思い出してくれるかと思うが、とにかく、最近…特にカリニ肺炎で肺が穴だらけになった後は、声量が無くなるわ肺活量は落ちるわ、音域は狭くなるわ、だいたいにおいて赤血球も少なめだったので息切れがして、昔みたいに歌えなくなった。

何かいろいろと人生の楽しみを失って、いやもぎ取られて来ている気がする。
音楽が、演奏するのも歌うのも聞くのも大好きだった。いや今でも。
音を楽しむ、というが、演奏はもう楽しめなくなってしまった。これは病気のせい。
せめていい音楽をいい音で聞きたい…と思うのだが、今の部屋ではそれも出来ないので、ヘッドフォンでライブDVDを見たりしている。
結局ヘッドフォン生活だけは昔から変わらないんだな。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。