--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013-08-09(Fri)

また輸血&病状ご報告

2013年08月09日(金)
★おまえの場合は「便りのないのは良い報せ」、きつい時こそ怒濤の記録癖が出る…
とよく言われる。
その通り、これまでさまざまな艱難辛苦、理不尽、苦痛、慟哭、怒りを記録することで乗り越えてきた。
今回もそのようなことです。


先日来、親から級友知人などから「大丈夫」「くわしく」など色々あったが対応できなかった。
何しろモニタに向かえなかったし、電話にすら出られなかったので。
なのでまとめて詳しく報告しておきます。


今日は朝寝坊してしまい、シャワーを浴びて猫の世話やらを済ませ、9時過ぎに慌てて病院へ向かった。
一歩外に出たら、すでに軽く30℃は超えているであろうという暑さ。日中は36℃という予報。

◆今日までの経過を整理すると、
先週の金曜つまり2日の朝には微熱があり嘔吐した。
ただこの日はどうしても出なきゃ行けない仕事があって吐き気止めを飲んで出て、終わって帰ってきてブッ倒れた。
何というか、普通に椅子に腰掛けているだけでひどく辛い…というよりきつい、しんどい。首より上に何とも言えない頭重感のようなものがあり、そして軽いが頭痛と目眩がする。
なので、きっとまた何かショボい菌に感染したのだろうと思い、月曜の毎月の受診日まで我慢することにした。

で、5日月曜、採血のあと呼吸器内科でI先生に「やっぱり赤血球だいぶ落ちてるから、(血液内科のK先生と)ちゃんと相談するように」と言われた。
で、相談した結果赤血球の成分輸血となったわけ。
(5日の日記「輸血してきた」


この病院からの帰りが吐き気とだるさで最悪だったわけだが、実は一番きつかったのはこの日の夜から翌日6日、7日あたり。
5日は病院から戻り、大人しく水分採ってじっとして、抗生物質飲んであとは寝るだけだし、夜になったら目眩がおさまってきたのでブログの更新も出来た。

◆ところが翌6日火曜日…というより未明。
朝5時頃尿意で目が覚めると、もの凄い頭痛。
いつも薄暗い中ちゃんと生きて目が覚めたことに感謝し、身を起こそうとして異変がないか確認しつつゆっくりと起きるようにしているが、すでに異変。
そうして立ち上がろうとしたら、膝から崩れ落ちてしまった。
危ない危ない、ソファ側じゃなかったら頭の鉢をどこかの角にぶつけて割っているところである。
これは…と思いつたい歩きをしつつトイレへ行き、血尿のような濃い尿を出したあと検温、
39.8℃。
やばいな~、下がらなかったら救急案件だな。
ヘタするとそのまま入院である。
考えると寝られなくなるので、アモバンを1錠飲んで再度寝る。

次に11時過ぎに目が覚めると37.4℃まで下がっていた。
何とか助かった、ただクーラーついてるし送風機つけて二度寝したのであてにならん。
薬を飲もうととにかく買ってあるもので済ませる。ハムサンド、アイスオレでいつもの抗生物質と抗ウィルス剤などを服用、午後3時半37.7℃とやはり微熱。

食欲がないので、夕食後指定だった抗生物質クラビットを4時ころアイスオレで飲むが、当然5時すぎに未消化のまま嘔吐。
これはもうダメかもねと思いつつ、水分採らねば死んでしまうので、千円札を持って外の自販機へアクエリアスを買いに出た。

夕方5時半38.9℃、7時過ぎ37.4℃。
このあたりが頭痛、吐き気、目眩、腹部の圧迫感など責め苦が重なったつらさのピークだった。
正直「もう頑張らんでもええやんか」と思った。75%くらい。
俺はじゅうぶん頑張ってきたし、これから頑張ったところでこうした苦しみしかないんだったらもうたくさんじゃないかと。
こういうダウナー系に陥ることは良くないので、寝てしまおうと思い同眠剤を飲んでひたすら寝た。
だいたい誰かから電話がかかってきても出られないし(喋ると吐く)、かけることも出来ないし、そもそもPCのモニタもスマホの画面すらしんどい。何もしないでいるしかない。

夜中、3時まえ寒気で目が覚めると39.1℃と上がっていて、朝方5時前に嘔吐。

7日水曜日
前の晩8年続けている仕事(これは9年前からのルーティンなので今までの入院時も手術直後も穴をあけたことはない)の作業をとりあえず瀕死(?)ながらも終えておいたので、転送だけ。でもぐったり。
この夜は熱のせいで、明け方寒気で目が覚めた。
クーラーを消し、枕カバーにしていたバスタオル一枚にちぢこまってくるまったほど。
どうせ高熱だったろうししんどかったので体温は測ってない。

とにかく寝ること、水分採って余計なことは考えず、何もせず、休むことしかない。
自分のような血液腫瘍の患者は「悪い部分を採れば良い」わけではない。だましだまし、付き合ってくしかないのだ。
同眠剤半分飲んで寝て、目が覚めたら10時半。
楽になっていた気がした…とはいえ前の日が酷すぎたわけで、それでも起きた瞬間の感覚が全然違う。頭重感や目眩、明らかに不調ではあるが「死にそう」ではない自覚がある。
生きてるっていいなあ。

とりあえず朝のもろもろを済ませ、コーヒー牛乳のみ。
その後、ずっと続く軽い吐き気を我慢。もうプリンペラン(頓服の吐き気止め)が切れてしまったので、また処方して貰おう。MLB見つつ気を紛らわせる。
12時半、久々に排便、「通常通りの下痢」。病気関係なく、俺の場合は特急が平常運転である。

午後1時には36.6℃と平熱に戻った。
ただ首から上の不調は軽くなったものの、腸というか下腹部のあたり全体が気持ち悪く、相変わらず寝たきりでいるしかない。
気持ちが悪いのが困る。何も食えてない。
3時、しばらく気持ち悪いのを我慢していたが、またしても胃液を嘔吐してしまった。
吐くものがない状態での吐き気は本当にきつい。
数回吐いたなか、最後血が混じった。
これは胃からか喉からかは不明ながら、危険な出血ではない、経験上。
とは思いつつ素人判断は危険なので一応報告用にスマホで吐瀉物を撮影。
苦しいわ涙目だわ手が震えるわで苦労した。
ていうか何でこんなに熱いんだ俺のスマホ!

4時過ぎ、吐いたら少し楽になった。
とはいえ何ら解決にはなっておらず、むしろ悪化していると言えよう。

自力でものが食えてない。

今日になって、水分補給後に嘔吐。おそらくひきつった食道か胃で出血。
抗生物質のせいか熱の方は微熱をいったりきたりで平熱に戻りつつある、しかし症状が良くなっているという自覚も特段にない。
6月に高熱が出た時のように、やはり月曜、処置室で輸血と同時に抗生物質を流し込んでもらった方が良かったのではないか。だいたいクラビットは1錠吐いてしまったわけだし。

自力でものが食えなくなったら入院だ。
タイミングを見計らい、夜7時半ころ冷蔵庫を開けたら目についたコンビニのひやし中華(小鉢)を食った。
吐き気も治まっててくれたので、20分以上あけてクラビットも飲んだ。
その後吐き気がチラチラと「どうすか?」とご機嫌伺いに浮上するが「すっこんでろ!」と押さえつけ、体を起こしたりお茶を飲んだりでやり過ごす。

こういう時、やっぱり一人ってしんどいよなあ…と思う。
連れ合いが病気病気、入院手術だと大変だったとき、マヌケだったとはいえ少なくとも俺が常に傍に居てあげることは出来た。グチを聞いてやったり慰めてやったり、時には喧嘩もしたが、とにかく一人ではなかった。
でもまあ、今の俺には誰もいないわけで。

つい先日も古い友達に「おまえ本当強いと思うよ、俺なら十回死んでる」と言われた。
そんなに死ねるかって(笑)。
10時半37.2℃

それにしても、入院となるにしてもその間の猫の世話などを知人にお願いしなければならず、それにあたりせめて…と考え、溜まっていたゴミや空き缶の袋を縛って出した。
それだけでくったくたのへとへとで千日回峰行を終えたような状態になる。やったことねえから知らんけど。
やはり部屋の掃除、せめて床拭きくらいはしたいのだが今の体の状態ではとても無理。

6時37.7℃
相変わらず微熱が下がらず不快感で寝てるだけ。
水分やクッキーくらいたべようかとも思うが吐くのが怖い。

8日木曜日
朝方…というより未明、4時前に目が覚めてトイレへ行き、アクエリアスの冷えたボトルを持って戻ってくる。ごくごくと飲めたらいいのだが、一口でやばいと思ってやめる。
また吐き気がきそう。
とりあえずパリエットとレンドルミン1錠を飲んで横になるが、吐いてしまいそうだ。
水も飲めなくなったら病院どころか命の危険だっての。
明日は病院、それまでの辛抱。

幸い脱水の兆候はない。
まぶたの裏を見ると貧血は続いているようす。
この貧血…赤血球が壊れたり、血小板がたった3万くらいまでに減ったり、はたまたここ何年もずっとそうだったように白血球が激減して免疫抑制が起こったり…などの症状は、何しろ血液腫瘍というのはそういうものなので、仕方がない。
足りないものは輸血で補うしかない。
足りない結果起きる不具合…感染症などにはその都度対処していくしかない。
何しろ根本の白血病を治せないんだから。

体温は37.7℃。
まだ微熱がるということは、何らかの感染症がまだ引き続き治まっていないということ。
あるいは何らかのウィルスや菌が体内に入ってどこかの臓器で悪さをしているかも。
とにかく寝るしかない。さっき飲んだ水分と薬を吐かないよう、体制を気にしつつ目を閉じる。

次は目が覚めたら9時前。
昨日までの頭重感、頭痛、めまいがやや軽い。あの眼球を動かしただけで「シュッ、シュッ、…」と音がするような異常な感覚も弱い。
とりあえずトイレで大をして(昨日食ったのは唯一ミニひやし中華だったのでそれだろう)、朝のもろもろ、体温は36.9℃。

1時半ころ、腹が減ってきて、昨日よりマシだし食えるかもと思い、冷凍のオムライスをチンして食う。何とか食えた。うまくも何ともなかった。
おかゆやうどんを煮たりした方がいいに決まっている、解ってるんだけど台所に数分立つということを「想像しただけで」食欲が萎える。

何というか、今ぱっと目の前に降りてきた「食欲」のタイミングを掴まえて、それがするりと逃げて行く前にレンチンでも何でもいいからぱっと食えるもんを放り込まないと、調理なんかしてる間に今度は「吐き気」の方が「お呼びですか」と顔を出す。

2時過ぎからはPCに向かうことも出来るようになった。
(ここまでの記録は全て、ベッド上で横になって打ち込んでいたメモを元にしている)
編集の仕事はモニタに向かえないと全く商売にならんので、このタイミングでささっとやらなければいけなかったことを済ませた。

それらを終えたら3時半、体温36.6℃。
…これでまずは熱の方は大丈夫のようだ。
つまり何らかの感染症でどこかに炎症が起き、発熱していたという症状はクラビットの投与で治まりつつあるということか。
でも問題はやはり赤血球減少。
これまで7年間無かった病気の「進行」。
貧血がここに来て起きてきたというのはちょっと怖い。いや、かなり怖い。
毎月輸血してたら破産するし、だいたいそれで済むもんなのか。

熱が下がり、頭痛目眩は軽く残っているものの、胸部に鈍痛がある。咳なんかすると鈍く痛い。

その後夕方お袋から電話があり、ちょうど仕事中だったので終わってからかけ直してこちらの容態を話す。
うちの死んだ猫、シマそっくりの母娘猫が庭に来るようになり、エサをやっているというのでびっくり。全然懲りてねえじゃん。
去年十数年連れ添ったフクちゃんという猫を失って悲しみのどん底に沈んで我が母親曰く「もう、ほんっとに生き物はたくさん。猫はフクちゃんで終わり」、百回以上聞いた、たぶん。
でもまあそのうち絶対家に入れるだろうな。子猫の可愛さは悪魔的ですらあるし。

それから仕事関係でいくつかようやく電話をかけられた。
編集仕事の相棒はやはりここ数日気を遣ってわざと電話をしないでくれていたそうで、申し訳ない。

あとはこちらが明日再検査なので、なるべく入院回避の方向でお願いするつもりだけどどうなるか、ということなど。回避したいけど医者に「入院しないと死ぬよ」と言われたらするしかないし。
病気が進行した以上、それがどの程度なのか、また脾臓が他の臓器にどう影響を与えているかなど、これを機会にあれこれ入院して調べましょう、となるのが普通だろう。
俺が医者ならそうする。
うーん困った…。

…というわけで今日9日金曜日
採血の結果は
blood.jpg
WBC 0.6→0.6
RBC 2.04→2.14
HGB 6.6→7.0
HCT 20.5→21.0
…という感じで、月曜の輸血以後あまり変化なし。
ちなみに
PLT 39→41と横ばい、あとLDH 454→442と相変わらず高い。
T-bilは2.4→1.8、CRPは4.0→3.9とこれらも改善と言えるほどではなかった。


ちなみにこれがどういうことかというと、
2005年8月1日、つまり癌宣告を受けて入院した年からず~っとほぼ毎月採血を受けてきて(途中安定期があり6週に1度の時があった)、
データ上2005年~2011年つまり去年まではじわじわと横ばいに近いかたちで下がってきたものが、ここ半年から1年の間でがくっと落ちたということ。

2005年に白血病の確定診断を受けてから、これまで胆石発作と胆嚢摘出手術、帯状疱疹劇症化、カリニ肺炎で肺穴だらけ&胸腺腫摘出などの他、小さな感染症による発熱その他、ほんとうに色々あった。
この病気が原因で起きたものもあるし、胆石のように違うものもある。
でもまあそういう中でも、大元の白血病じたいは大人しくくすぶってくれていたのだが。
数値を比較すると、いかにここ最近の数値が尋常じゃないか解る。

K先生は
…まず発熱と肝機能の異常は、おそらくまた前回同様何らかの感染症ゆえクラビットで対応したところ、まあ劇的な改善はないが熱が治まったというところで引き続き投与で様子を見ましょう。
…ただ赤血球の数値が落ちてきたこと、つまり病気が動いたことに関しては、これが本当にぐっと落ちていく傾向が続くのあ、あるいは一時的なものでまたくすぶり状態に戻ってくれるのかはまだ判断できない。
まずは今日もあまり改善が見られないので再度輸血をして、それから一週間後にまた採血をさせてください、という事になった。

やれやれ、また輸血である。

準備に1時間くらいというので、今このタイミングしかねえ! と思い、レストランで醤油ラーメンを食った。
いや、やっぱり昔と麺が変わっただろこれ。でもうまかった。
気の持ちようだ。病は気から。ラーメン食ってアイスコーヒーまで飲んだ。
こんな普通に外で一人でメシを食うのは何ヶ月ぶりだろう。
どうだ、普通の人みたいじゃないか俺。
実際は車椅子こそ使わないものの、つたい歩きで1㎞/hくらいのヨボヨボ加減だったけど。

12時過ぎにがん治療棟である積貞棟の待合でうとうとしていると、準備が出来たようで処置室に呼ばれた。
また左手から輸血。今回は機械制御のやつ。
注射も点滴も採血も胸腔ドレーンもMARKも何でも差し込んでくれ。

…輸血はつつがなく終わり、1時間半くらい経ってK先生が来てくれた。

今回輸血をして、来週の採血結果でも改善が見られない、もしくは悪化しているようだとやはり病気が動き出したということで、であれば、MARK(骨髄穿刺)や各種CTやMRI含めてしっかり検査をしたのち、治療を考えて行きましょう…とのこと。
その際K先生が「そろそろ今年じゅうに新薬がようやく認可になりそうな感じなので…」と言われたので、「そうなんですか」と聞くと「ええ、欧米ではもうずいぶん前から使っている『キャンパス』という薬なんですが」というのでびっくり。
アレムツヅマブというのが正式薬名で(このときはなんとかズマブ、までしか思い出せなかった)、もちろんこの病気にかかってから知った薬だが、もう認可寸前まできたか…。
ただ、これは俺のタイプに効くのかは不明なのでは…。

K先生は「ええ、でも効く場合もあって、それは検査ですぐ解るんです。なので認可さえされれば、すぐに調べて、一度入院されて投与を始めることも考えられるんですが…」とのこと。
とにかく俺の病気は日本ではきわめて症例が少ないので、慎重に対応します、とのこと。

抗がん剤投与を受けながら取材に歩いたりは、まあ無理。
いろいろまた考えなければいかん。
「骨髄移植→寛解」という苛烈な治療は俺の体では無理だろうし、半年だの一年だの入院しっぱなしの財力もない。だいたいその時間と財力をたっぷり持って移植治療を行った人も、再発をし再移植をし、挙げ句亡くなっている例をたくさん知っている。
要するにQOLの問題。
助けてくれた人、お世話になっている人に迷惑をかけないようにしないといけない。
万が一を考えて、いろいろと準備しておくことも出てくる。
もともと、いつ死んでもいいように遺族用へのあれこれ指示は残しているが、仕事用のは作っていないので、何とかしないと。

それより来週の採血で、病気がまた大人しくくすぶっている状態に戻ってくれればいいのだが。
いやせめて、新薬が日本で使えるようになるまでひきこもってて結構。俺が働くから…ってニートの親か俺は
IMG_20130809_180407.jpg
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。