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2013-09-11(Wed)

入院して、退院した

2013年09月11日(水)
入院して、昨日退院してきた。

今年に入ってから感染症で高熱を出すことが毎月のように増えた。
で、とうとう今回は皮膚に出来物が出来て、「数日後は外来受診日だからその時…」なんて数日様子を見ていたら、みるみるうちに化膿。とうとう歩けなくなった。
結局、先月31日の夜に40℃の熱が出て、これはアカンとふらふらになりつつタクシーで救急外来へ行った。

血液内科の当直医師が担当して診ていただいた。まずバイタル、当然採血、CT(数年撮ってなかったので胸部から腹部~腰部まで造影剤入れて全部)撮影。
菌培養検査の分もあるので、いつもの採血より多く、マンガに出てくるようなポンプで採血された。

その後結果が出るまで抗生物質の点滴をしつつ待つことになり、先生は「これだけ免疫が低下していると、もう治療を開始した方がいいでしょうね」と言われる。

その後最終的に皮膚科の医師が来て「切らないとだめですね」。

これが実に地味に痛い「キョクマ(局所麻酔)」注射のあと、患部切開。
この「患部」というのが実は抗がん…じゃなくて睾丸の下あたりで。
ええ、キンタマの下です。
あとはお察し下さい。

十日の入院。
その間は患部切開あとを洗浄しガーゼを詰め、軟膏を塗布したガーゼで塞いだ上をテーピングする。
この一連の「処置」が憂鬱だった。
何しろまず、凄まじく痛い。先生曰く真皮でもない、肉がむき出しのところを直接ガーゼで出血を取るためにぐいぐい充てて、生理食塩水で洗い(水が触れただけで痛い)、そしてそこへ軟膏を塗り込むのだ。
凄まじい激痛。
それとその間の自分の格好であるが、もうそんな羞恥心なんかハナクソみたいにフッ飛ぶくらいの激痛である。

そんなこんなを繰り返し、週末にはシャワーが許され、「処置」も自分で洗って軟膏塗りガーゼを宛てる、というところまで行った。要するに今回発現した症状=「皮膚膿瘍」に関しては順調、血液データで炎症反応がおさまってくればひとまず皮膚科としては治療終了だそう。

今回の入院も一応、最低限の「記録」をつけてきた。
だがもうさすがに今回はしんどい。
それに同室だった奴も最悪だった。まあお年寄りじゃなかったら折りたたみ椅子で脳天叩き割っていたと思う。お察しください。

で一昨日、血液内科の主治医とその日の朝の採血結果を見つつ相談。
もちろん炎症反応CRPは0.2つまりほぼ正常に近いところまで戻っており、傷の方は順調とのこと。
ただ引き続き、化膿・新たな感染に注意して処置は続け、数日抗生物質は飲むようにと。

…結局この繰り返す「感染症」はもちろん白血病による免疫力の著しい低下によるものである。
これまで8年間、ゆっくりゆっくりと進行し低下してきた病気と、それに伴う血球減少=免疫低下が、今年に入って易感染の水準を超えてしまい、頻発するようになったのだろう。

なので、K先生もやはり「そろそろ治療のタイミングを考えた方がいいでしょう」という見解。

感染を起こすたびに「対処療法」をするにも限界があり、つまり、すぐに命に関わることだってあり得るわけだ。
抗生物質をずっと飲み続けていることは出来ない(耐性の問題、肝臓などへの臓器負担など)ため、またいつ何かに、どこかが感染して何かを起こす…かが全く予測がつかない。
全ては「発現した現象」に対処していくしかなく、例えば熱が出たから解熱剤で下げる、というわけにはいかないのだ。どうして熱が出たかを調べ、それに対応する処置を取らなければいけない。

今回のように雑菌が一カ所に溜まって暴れる場合は、弱った自分の免疫に替わって薬で退治するか、切り開いて除去するかしかない。今回は抗生物質や輸血などではなく、メスが入ったという対処になったということ。やれやれ。

さて採血データであるが、数値例えば白血球は1100と増えており、血小板も7、8万に回復している。
オッ? と思って先生に聞いてみると、
「感染に反応して血球が増えているという見方も出来ますね。ちゃんと造血されているのかも知れません。ただ、それが例えば脾臓へ貯め込まれてしまうとか、途中で崩壊を起こしてしまうとか、まともに働かない血球であるとか、いずれにしても一度骨髄を調べさせて貰った方がいいと思います」とのこと。

京都へ転居、京大病院へ転院してから一度もまだMARK(骨髄穿刺)はやってない。
細胞生検つきの「より痛い方のマルクですよね…」とおそるおそる言うと、先生「そうですね、あれはやられた事はないですが皆さんそう(痛いと)おっしゃいますね…」と苦笑。

何年ぶりかにまたあの「体の中身を吸引される感覚」を味わうのだ。ああ嫌だ嫌だ、でも仕方ない。
まず血球がちゃんと作られているとすれば、抗がん剤が効く可能性がある。
抗がん剤=キャンパスは白血病細胞が持つ特定のタンパク質に反応して作用する薬なので、そもそもろくに血球を作れていない、あるいは正常な細胞があまりないような場合に使うと、そのまま命に関わることになる。
そういったことを調べるためにも、骨髄の検査は必須だ。

また「他の治療」、例えば脾臓も、ここまで大きいと他の臓器への影響を鑑み、放射線を当てるというはかなり困難。というより無理だ。
摘出もここまで大きいと、体への負担を考えて危険すぎる。それは自分でもよ~く解る。
この巨大な脾臓にひょっとしたら作られた血球が溜め込まれている可能性はあるものの、だからといってどうしようもないのだ。

とにかく、癌細胞がどの程度のものか、薬が使えるのかどうかの可能性も含めて一度MARKをやることになった。
今月は月曜が二度も祭日で潰れるため予約がもう一杯で、K先生ががん病棟=積貞棟の方で外来に出ている金曜もほぼ一杯だという。
「もう曜日とかどうでもいいのでいつでも結構です」というと、19日の朝イチというになった。
ぶっとい針を刺して骨を穿ち、骨髄液を採取するため「同意書」などの作成が必要とか準備もいろいろあるのと、処置室の予約もあるので、9時には来て下さい、ということ。これまたやれやれ、だ。


それにしてももし抗がん剤治療になると、そうなるともう外へ取材にほいほい出かけたり出来なくなるが、在宅、あるいは入院中に出来る仕事は限られている。でもやるんだよ!という感じ。
抗がん剤などといっても程度の差もあるので、そうした事をやれている人もいるけど、それはそれぞれの事情があり、病状があり、それらが組み合わさった個別の事例だ。
自分の場合は身内のサポートも無し、そもそもが癌といっても血液腫瘍、そこに来ての抗がん剤の反応は個人により千差万別。
感染の可能性を極力減らす…自宅にひきこもるとなるとそれなりの仕事しかないわけで、選り好みなどしている場合ではない。

生きていくのは大変なのだ。

好きだ嫌いだ言って仕事を選べる立場ではない。
幸い若い頃からずっと好きな編集という仕事を中心にやってこれたが、嫌な仕事だってお金のためと割り切ってずいぶん、何でもやってきた。きれい事でメシは食えない。でも嫌だから手を抜くとか、いい加減にやるという事ではない。引き受けた以上は誠意を持ってやってきた。
先日、ある人のSNSで「嫌な仕事ならやらなきゃいい」とか、「そういう事を言うのは甘え」みたいな言葉を見た。
病室の、ベッドの上だった。
猛烈に腹が立った。
馬鹿野郎、おまえの生活は道楽か?
目の前にいたらたぶん殴っていた。
健康で恵まれている人間がクソ生意気なことを知ったふうに言うな。

比喩やかっこつけた喩えではない、「文字通り」土埃と汗にまみれ、「文字通り」血反吐を吐き、「文字通り」死病にかかってもなお、仕事をしなければ治療どころか生活すら出来ない。
そういう人間も世の中にはたくさんいる事を忘れるな。
遊びで生きてるんじゃねえんだよ。


今回はユキちゃんの世話を、岡崎にお住まいで、3年前お見舞いを頂いて以来交流のある井上隆さん、堀あきこさんにお願いしてしまった。毎日「ゆきちゃん元気でしたよ~」と写真を送っていただき、有り難かったです。
どれだけ助かったことか…。
防疫上猫と暮らすのは推奨されないかも知れないが、一緒に暮らしてきた家族を引きはがすなら一日中マスクしてた方がまし。

さて入院している間に2020年のオリンピック開催都市が東京に決まった。
その関連報道、ニュースなどを見ていて、2020年て改めてSFの世界だなあ…と気が遠くなる。
前回の東京オリンピックは生まれる前年だった。
次の東京まではどうやら寿命が足りない。
二度も国内で夏の大会があるのに一度も見られないとは、何というタイミングであろうか。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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