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2013-11-13(Wed)

い、生きてますので。

2013年11月12日(火)


 最近更新が無いうえ、一ヶ月放置するとこのブログにはトップに広告が表示されるため、「オイ大丈夫か」「今回は本当に死んだのでは」とご心配おかけしたようで。友人知人見知らぬ読者様などから心配のご連絡を電話メールほか頂戴し恐縮です。すんません。

 はっきり言うと体調はよろしくない。

 健康な人でもこのたびの気候の急変に体調を崩した人も多いだろう、いわんや病人においてをや。正直、まったく体がついて行っていない。だいたい前回のブログ、つまり先月の受診日では真夏のような服装であったわけです。

 一番顕著なのは巨脾による腹部の腫れ、圧迫されている内臓の相互関係から、いろいろと細かい弊害が出ている。中でも困るのが嘔気=吐き気。当然胃も全体に圧迫され変形しているので、腹が減っているのに食欲がない、食欲があっても物理的に食えないなど、デタラメな事になっている。
 これにはプリンペランという頓服の吐き気止めが有効で、このところ日に一度はこれの厄介になっている。この薬、名前はちゃらんぽらんみたいなのに、しっかり効く。

 次いで厄介なのは手指の麻痺。
 血液の癌、そしてリンパ性とくれば人間のどれくらいが「水分」で出来ているか、ちょっと常識ある人なら、想像するだに恐ろしい状況がお判りだろうか。わかんねえか、そうだよね。知らない方が良いと思います。
 左手の薬指と小指に麻痺があるのは数年前からで、それがこのところちょっと進んでいるのと、右手の方も軽くやばくなってきているのを実感。
 そして頻繁に手の指が痙る。これは凄まじい激痛を伴い、こうしてキーボードを打つことなどとても無理だし、そもそも激痛の中、掌を痛くないかたちに保つのさえ難しい。だいたい十分から二十分近く苦しむこともある。
 というわけで、モニタを見る=目の酷使=吐き気につながる恐れあり&キーボード打つ=手指酷使=引きつりにつながる恐れあり、ゆえに必要最低限のPC作業しかしないし出来ないという状態でした。
 いや、今もそうなんだけど、これは休み休み、横になりつつ、しんどい時はクリックパレットを使っている。割合凄い速さで入力できるものだ。イザ寝たきりになっても大丈夫か。ていうかその前にたぶん死ぬけど。

 本当、ひどい案配だと自分でも思う。

 退院後の最初の受診日、造影剤CTの断層画像を血液内科の主治医であるK先生に見せてもらった。数年前のものと比較しつつ、マウスホイールの回転でぐりぐり見ていくと、本当にここ数年で一回り以上脾臓がでかくなっているのがよく解った。
 よく健康番組なんかで見る、「内臓脂肪」みたいに、「巨大化した脾臓」が腹膜の間に増殖していた。何回も書いているが、これ出血したらアウト。119番して病院行く間にたぶん死ぬかも。
 怖いなあ。でもしょうがねえよなあ、治せないし

 病院へは朝9時ころに着き、再来受付をし、採血受付に並び、採血を待ち、採血され、レントゲン受付へ行き、ちょっと並び、かなり待ち、撮影数秒。
 それから11時ちょいに呼吸器内科I先生に呼ばれて診察室へ。
 肺のレントゲン画像はすぐデータ化されて電子カルテに取り込まれるので、見せていただきつつ所見は異常なしということ。
 今日は混んでいて採血結果がまだ出ていないので、血内の方でよくK先生から所見を聞いてください、と言われた。
 何か変わったことは、と聞かれたので最近ちょっと微熱が出ては下がったり、吐き気が続いたりしている、なのでプリンペランを日にち分出して貰えますか、とお願いした。また常用薬が増えた。
 あと腹が張って、というと「そりゃあこれだけ脾臓が大きいとねえ…」と言いつつ胸部レントゲンを見て「これ去年のですが、やはりここにあったものがちょっと押されているのが解りますよね」と、今日の画像と並べて比較してくれる。確かに同じ何かの影が押されて上部へ上がっているのが目視できる。
 I先生画像を睨みつつ「これどうにか出来ないかなあ…」というので「摘出すると大手術になるそうで、大変らしいんです」というと「そうかあ…。そっちの方(白血病、による巨脾)は専門外なので、K先生とよく相談してください」とのこと。 呼吸音を聞いてもらい、次回の診察日を決め、薬の処方と今日の吸入の処方を貰う。診察室を出たら11時15分くらいだったか。

 ここからがしんどかった。

 血液内科の予約時間は11時40分だが、カリニ肺炎予防のための薬剤吸入は「今やると確実に吐きそうだなー」と最後にすることにして、ひたすら待つことにした。ところが延々と待ち、呼ばれたのは12時過ぎ。大病院は混んでいるので仕方ない。
 ただこの間椅子に座っているのがきつく、かといってどうすることも出来ず、ひたすら待つだけ。なぜか軽い目眩とマスクのせいか息苦しい。なぜか、ってそら病人だもの。

 診察室へ入って挨拶もそこそこに、K先生が開口一番「血球、減ってますねえ」。
 9月のあたまに「金玉と肛門の間」に膿瘍が出来て切開・入院した(金玉袋ではないので、念のため。睾丸は無事)ときと、その一ヶ月後の数値は血球が増えており、数字だけ見れば改善されたように見えたのだが、今回はまたがくっと落ちていた。
WBC800、HGB7.7、PLT57000。
 …我ながら、これはひどい。
 LDHも408と増えているし、CRPが2.1と何故かやや高い。

 K先生は出力してくれた詳細な採血の項目と数値を示しつつ
「前回前々回は感染に反応して血球を作ったと考えられますが、今回戻ってしまいましたし、やはり治療のタイミング考えないといけないですね…」とのこと。
 CRPの反応、何か感染でもしたのだろうか。そういえば朝検温忘れたな、と思い先生の許可を貰ってその場で測ったが、平熱。特にどこかが痛いこともない、ただ弱い吐き気がここ数日あるのと、腹=脾臓が張って…と話すと、「それほど重大な感染ではないようなので、とりあえずクラビット(抗生剤)を一週間分出しておきましょう。なにか異変があったらすぐ病院へ」ということになった。
 で今後新薬が出る前に一度入院してフルダラビンを少量入れて反応見るとか、何かやはり「対応」を考えないといけないなど、少し所見を伺う。

 重い気持ちで診察室を出て、受付でお願いしていた診断書を待った。
 外待合は混んでおり、座るところがなさげだった。だが、もう遠くへ歩くのはしんどい。むろん立っていることなど不可能。とりあえず3人ソファの1つだけ余ってるところを見つけて座り、15分くらいで受け付けの人が書類を渡してくれたので、受け取ってから処置室へ向かう。

 処置室に入ると顔見知りの看護婦さんと目が合い、お互いに「吸入…」とシンクロして言うと、申し訳なさそうに「今、お二人ほど順番が入ってて…」。一人30分として一時間以上は待つということか。
 このとき12時半をまわっていたので、吸入薬剤ベナンバックスの処方票を渡して「1時半くらいにまた来ます」と言って踵を返した。

 さて、この段階でもう歩くのもしんどく、しかし廊下の椅子は埋まっており、処置室の空いてるベッドで寝かせてくれ…とも思ったがそういうわけにも行かず(空いているベッドはいつ緊急の人で埋まるかも知れない)。とにかくゆっくり歩きつつどこか休めそうなところを探すが、これがなかなかないもんなのだ。そういうところには人がすでに横になっていたりする。
 そういえば一回玄関ホールに楽なふかふかのソファがあった、あそこで休もう…とそろそろとゆっくり向かっていたら、俺より足の速いご老人に早足で追い越され、先に座られてしまった。このソファは人気なのである。ていうかあなたお元気そうですねえ。うらやましい
 固い椅子に座ると腹がしんどいし、かといってこれ以上歩き回る気力体力もなく…というところで病院入り口に並んだ車椅子が目に入った。
 一台借りて、とにかく座る。
 ちなみに入院時以外、自発的に車椅子を使ったのは発病以来初めてだ。

 誰だって(比喩的な意味ではなく)自分の足で歩けるうちは歩きたいし、立てる間は立っていたい。そういう風に俺は教わってきたし躾けられてきた、で(比喩的な意味で)自分のケツは自分で拭け、とも。
 でもしんどい時は無理しちゃアカン。病人が無理すれば、結果あとで他人にまた迷惑をかけかねない。だから車椅子に腰掛け、取りあえず息を整えた。
 今回赤血球が2.40とこれまたいつにも増して少なく、HGBも7.7と少なかったから、たぶん軽い酸欠なんだろう。呼吸が苦しく、動悸がすさまじい。これ5年前だったら救急車呼んでたかも…と思う。平常時に脈拍が110とかもう慣れた。この時いくつだったかは考えたくない。だいたいここまでゆ~っくり歩いてきただけなのに、車椅子に腰掛けたら肩で息する感じって、おかしいだろう。
 そのままそこでしばらくじっと息を整え、一段落したら何か食えそうだった。レストランの方へちょっとづつじわじわ移動。車椅子の扱いは慣れているものの、自力で漕ぐ(?)のはかなりの重労働。休み休みようやくたどり着いたレストランは行列。昼飯どきまっただ中であった。
 珍しく何か食えそうだったのに…と思いつつ断念。残念ながら並ぶ気力はなく、車椅子を回転させるとドトールも行列。まあレンチンながらホットドッグとカフェオレなら家で週に2、3回食ってるから別に食いたくもない。
 結局なにも食えず、缶コーラでカロリー補給(よい子はマネしないように)したが、半分しか飲めず、あとはただひたすら、1時間近く座っていた。
 周りを行き交う人はすっかり冬支度。しかし自分は道産子のせいか、それとも「運動」したせいか暑くて仕方がない。熱はない事を先ほど確認したから、俺が単に寒さに強い体質=暑がりということだろう。看護婦さんや助手さんなど、動き回る人らは半袖の人も多い。病院南の積貞棟の手前ではボーリングが行われていて、何やら建設工事が始まっている。そういえば、俺もお世話になった最新の病棟、積貞棟の建設などに莫大な寄付をして入院されていた任天堂の山内さんは亡くなられたのだなあ。人生いろいろ。

 1時半近くに処置室へ向かうと、ドアの前で先ほどの看護婦さんの声で「…ベナンバックス、白取さんに…」という声が聞こえたので、顔を出すと「ああ! 今呼びだし器でお知らせするところだったんですよ」と言われる。グッドタイミング。助かる。
 もう吸入前の準備は終えられており、「電話ボックス」内ですぐ吸入開始。
 やはり予想通りきつかった。拷問である。
 メシ、食ってなくて良かった…。
 プリンペラン持って来るべきだった、と後悔。
 それでもこれ肺に入れておかないと、恐ろしいカリニ肺炎にかかったら生き死にの問題になるし、肺はとにかく大変(気管支鏡や胸腔ドレーン挿管で胸膜にぶすりとぶち込まれる痛みは、もう二度と経験したくない)なので、涙目で時々嗚咽しながら吸入。30分タイマーを数分残して薬剤の噴霧が終わり、拷問終了。

 その後自宅に戻り病院帰りゆえ、猫を撫でる前にまず着替えてうがい手洗いを入念に。とてもスーパーまで行けなかったので病院のコンビニで買ったパンなどをしまい、さてトーストでも食うかと思ったが、食欲がない。一回逃した「食える」というタイミングはなかなか次が来ないのだ。
 それどころかユキがトイレに大をしており、その処理のときの臭いで、うがい時に軽く吐く。とても食事どころではない、朝から何も食ってないのに。
 それからは体力が回復するまで寝ているしかなく、去ってしまった食欲が戻って来るまで大人しくテレビを眺めていた。

 そんなこんなの、これが普通の「日常」です。

 そうそう、前回いろいろと愚痴を書いたが、民生委員さんや福祉事務所に相談したところ、とても有り難い対応をいただいた。これまで「自分の足で立つ」「自分のケツは自分で」と踏ん張ってきたが、そんなに頑張らなくても良いと複数の人にも言われた。
 頑張らないと命が途切れそうなので、ついつい踏ん張るクセがついているんだよなあ。
 無理せず頼るところは頼り、頑張らないで、病人は病人らしく死ぬまで生きてろ、ということですね…。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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