2014-02-17(Mon)

白血球650に!

2014年02月17日(月)

病院受診日、芳しくなし
夕べは12時過ぎには寝て、今朝は7時くらいに目が覚めた。
年寄りみたいだが最近だいたいこんな感じ。ソチ五輪はリアルタイムで見ると生活リズムが狂い、それはたぶん体に障るので自粛。
いったん起きて朝のもろもろのあと、足元の電気ストーブをつけて、しばらく足元をあっためる。エアコンをつけても足元は全く暖まらない。本当に寒さは病人にはしんどい。暑いのもしんどいが。
そのままテレビをつけて9時前まで横になっていた。
ユキが寝てくれたら出かけようと思っていたが、全く気配がない。というか「あんた出かけるでしょ」と明らかに解っている。結局、ダメだとは思うが「鳴かないこと、暴れないこと」と言い聞かせて出た。

燃えるゴミをヒイこら下げてゴミ置き場に捨ててから、いったん五条通りを渡ってバス停手前で空車を拾い、そのまま病院へ向かって貰った。
バスや地下鉄などは待ち時間、乗り合わせる不特定多数の人たちという「感染リスク」、体力などを考慮すると病院の時は以前からタクシーにお願いしている。もう京都に来て7年目、タクシーの拾いやすさには本当に助けられている。
ただ運ちゃんは行き先を聞いて面倒臭いのか、東山通りからゲートをくぐって病院入り口まで入る通常ルートではなく、病院敷地南側の道路、入り口に向かうスロープのところでいいかというので、仕方なく了解。

まあ別に中央玄関まで歩く距離的に数十メートル長くなるだけだしいいか、とスロープを玄関に向かった。
ところが途中で息が切れた。
そういえば最近、部屋の中にいるのに、例えば台所からメシを持ってくる、「あ、箸忘れた」でくるりと振り返るとめまいがしたり、よろけたりした。いやまあ普通に運動不足だしトシだわな~、で終わりといえばそれまでで、普通の話。
ただHGB(ヘモグロビン値)が去年の秋からがぐっと下がってきていて、だいたいここ数年ずっと11~13くらいで横ばいだったのが、7.7-8.9-8.2…という案配である。

やはり一昨年冬から半年ほどとはいえ、「こんな体なのに頑張ってしまいました」結果がコレだ。
最後まで頑張る、編集者として仕事をしながら前向きに倒れる! といえばカッコイイが、血液癌の患者にそれは無理な話なのであった。
正直我ながら馬鹿か、と思う。

ゆっくり気をつけながら歩いて再来受付をして採血受付へ。
今日は月曜なのにあまり並んでいなかった。受付を済ませてソファに座り込むともはや疲労感、さらに眠気まで襲ってきて驚いた。さっき起きたばかりなのに。
これは酸素が足りない時の典型的な感じ…、そう、自分で何度か経験しているので解る。いずれにしても今日の採血で解るだろう。つまり、たぶん、いい数値は出そうにないな。
そう考えてひたすら自分の288番が表示されるまで、50番ほど、だいたい15分くらい待つ。
今日は混んではいないのに、進みが遅い。
こういう日はレントゲンもおそらく混んでいると経験で解る。
冬なので、病院に慣れてない人は厚着をしているのを呼ばれる前に脱いでおくなどの「準備」をしない場合が多い。その「一人1~2分」の積み重ねが30分40分と積算されて、待ち時間が長くなってくるわけ。

採血を終えてレントゲンの待合へ行くと、睨んだ通り混んでおり、椅子はほぼ待っている患者たちで埋まっていた。もう立って待つ気力体力もないので、空いている椅子に座って待つ。
何とここから50分。
レントゲンでこれだけ待たされたのは初めてかも知れない。インフルエンザが京都府は警報レベルに流行しているとニュースでやっていたが(実際警報は出ている)、インフルじゃなくてもこう寒い日が続けば風邪だ肺炎だ何だと不調を訴える人も増えているのだろう。
それにしても参った。
こちらは椅子に長時間座らされるというか、同じ姿勢をずっと取らされるのは拷問に近い。30分でもしんどい。1時間近くになると、よほど処置室へ連れてってくれ、寝かせてくれと言いたくなった。
そんなぎりぎりのところでようやく呼ばれて、胸部X線撮影そのものはものの5秒くらいで終了だ。あとはデジタル化された撮影データが電子カルテに送られ、先生は撮影後数分でもうそれを見られるはず。

やはり貧血気味なのか、どうも息が切れる、おかしい、と思いつつゆっくりとエスカレータへ向かって呼吸器内科の外待合へ、椅子に座って10分くらい、つまり予定通り11時半ころに診察室へ呼ばれた。
I先生は「どうですか」というので、「特に熱も咳もなく、あんまり変わらないです、基本引きこもってますので」というと「そうですか、その方がいいでしょう」とのこと。

インフルが流行ってる、警報レベルといっても、じゃあそこらの人がみんなインフルで大変かというとそんな事はない。ただ病院は確かに、そういう人やそうかも知れない人たちが訪れる場所。とにかくいつも通り「うがいと、特に手洗いですよ」と言われる。自分も咳をしている人の傍には寄らないが、エスカレータの手すり、診察室のドア、廊下のバーなんかは意外と盲点。気がついたら手を洗うか、アルコール消毒するようにしている。
こういうこと何度も繰り返して書いているが、普通の免疫力を持ち、健康な人は、ここまで気にする必要はない。潔癖症とか神経症みたいな病的な「防疫マニア」みたいな人がたまにいるが、あんた採血したことある? 白血球数たっぷりあるだろ? 好中球数も十分じゃないの? と。むろんふだんから衛生、防疫に気を遣うのは悪いことではなく、むしろ良い事なのだが、限度があるし、それに囚われて他人の立ち居振る舞いにまで攻撃をし出したら「危ない人」だ。そもそも健康な人なら普通に帰宅時にうがい手洗い、あとは通勤時にマスク程度でじゅうぶんだし、それでも感染したら病院へ行けばすぐ治る。
こっちはそういう体じゃないから、命がけでそろそろと生きてるわけで。
まあ、多少潔癖フェチくらいの方がこっちには助かるかもしれない。何しろ今日もたくさの人がくしゃみや咳を、マスクなし手もあてずにそこらへ巻き散らかしているのを何度も見た。怖い怖い。

さて肺の様子に異常はないが、今日の採血の結果を見て、「白血球少ないなあ…これはちょっと怖いねえ」と言われる。
見ると前回の710からさらに落ちて650になっている。
えーと、これ相当やばいですよね…。好中球数がなんぼとかいう話でもなくなりつつあるような。
それとやはり、今回の赤血球数2.44、HGBが7.8とまた減っている。
とにかく血液の方はK先生によく聞いて、という事で次回受診日と処方箋、検査票などを出していただき、診察室を出た。

それから同じフロアの血液内科へ移り、受付に呼吸器終わった旨連絡すると、10分ちょっとですぐ呼ばれた。助かった。
K先生も開口一番、「白血球がまた…」と表情を曇らせる。
あと「息切れや目眩はないですか」というので「あります」と言うと、数値を見せてくれ、一昨年まではずっと横ばいだったHGBが去年は乱高下して、ここ数ヶ月は下降に入っている、とのこと。
「7を切るようだと、輸血とか考えないといけませんね」と言われた。
その後、いろいろと話し合う。

可溶性IL-2レセプターは一時ぐわっと上がったが、その後下がって落ち着いている。
白血球数はかなり低いので、感染には引き続き要注意。
PLT(血小板)去年の秋から57-56-48-55と低い値が続いている。
加えて赤血球、HGBも落ちてきたので、来月も続いていくようなら、輸血を考えないといけません、とのこと。
さらに、そのような状態…輸血が必要な状態が続くようであれば、これは抗がん剤を使うなど、何らかの治療を始めないといけないでしょう、という見解であった。

<まとめ>
脾臓を取ってしまうという選択肢もあるが、体への負担も大きく、骨髄を調べたら骨の中の細胞が90%以上癌に冒されている。つまり、作った血球を脾臓が貯め込んでしまっているような場合ならば、希に脾臓を全摘したら多少良くなったという例もあるのだが、自分の場合は明らかに骨髄の中に「癌に冒された血液工場」がある。なので、大変な大きさの体液を含む臓器を摘出するという大手術をしたところで、じゃあ正常な血球が体に出回るかと言ったら、元が欠陥工場なわけで、そううまくいくとは思えない。
だとすれば、やはり癌細胞の方を叩いて、正常な血球を作っている瀕死の部分を助けてやるのがいい方法だろうと。
で自分はカリニ肺炎で一度肺をやられているし、免疫がここまで落ちていると、抗がん剤→骨髄移植という強烈な治療はおそらく無理だろうということ。癌を強い抗がん剤で殺す過程で、自分の免疫力もゼロになるから、その時点で俺の体が耐えられるとは思えないと。(実際、だいたい白血病患者の多くは免疫抑制中に何らかの感染症、肺炎で亡くなるケースが多い)一か八かで命をかけるわけには、いかない。

…俺もそう思う。
で、じゃあなるべく免疫力を下げずに、かつ癌細胞を狙い撃ちするような抗がん剤を少量ずつ試していく…という方法があって、残念ながら新薬の認可はアテにならないみたいだから、今ある薬の中でいくつかを試して様子を見ていくのがいいでしょうね、ということだ。
キャンパスは使えないので、フルダラビンなどを使って様子を見る、入院での投与で副作用や効き目を見つつ、もし行けそうであれば、通院に切り替えることも出来るそう。
とはいえ、抗がん剤とその患者との相性は個体差もあるし、癌のタイプもさまざまで、どんな結果が出るかは本当に神のみぞ知るという部分。
自分の場合はT細胞性で、これは本当に珍しく、さらに慢性、リンパ性となると患者さんの例も少ないので、つまり、「やってみないとわからない」ということだ。

何度も何度もここで書いてきた通り、状況は変わっていない。

変わったのは、ここ一年ちょっとで、大人しくくすぶっていた病気がはっきりと悪い方へ動き出した、という事実だけ。
先生の電子カルテに保存してある数値をグラフで見せていただいた。
左右X軸=時間軸をぐぐっと圧縮すると、左半分つまり去年の秋ころまでがフラットで、秋口からいから目に見えて下がり始めているのがはっきり解る。その中で、なぜかHGBだけがすさまじい乱高下をしている。
これまで数年、ずーっと大人しくしてくれていた癌が、ここに来て暴れ出した様子がはっきりと、数値とグラフで視覚化されて目前にある。
これは怖い。
とにかく、感染に注意し、熱が出たり異常があったら夜中でもすぐ救急外来へ、来月また数値が下がるようなら輸血しましょう、ということになった。
輸血かあ…。
まあ去年もしたし、今までも何回もやってるからしょうがないか。

その後会計受付から処方箋FAXサービスでいつも配達していただく薬局へFAXしてもらい、外に出て、曇り空をちょっと見上げ、自分の気分も「こんな感じだな」と思った。
買い物をして、タクシーでまっすぐ帰宅。
ユキは俺が出かけたあとひとしきり鳴いて暴れた形跡はあったが、大人しくソファの上で丸くなって待っていた。
待ってるしか、ないもんなあ。


※今年いただいた義理チョコの中で最もこの野郎!と思ったもの。
IMG_20140217_184328.jpg

ありがとさんよ!
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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