--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2005-11-28(Mon)

病状、変化なし。

7時半に携帯の目覚ましをかけて寝たのだが、ユキ(白猫)が俺の胸のあたりに丸くなっているのが可愛いので、いったん目が覚めたのにそのまま寝てしまい、次に気がつくと8時半。慌てて起きて支度をするが、珍々亭の脇でタクシーを拾ったら9時10分前。幸い運ちゃんが近道を知っていたので助かった。
9時に指定されていた採血だったが、何とか9時20分前には採血の受付に行けて、5分ちょっと待たされて2本採血。うまい人だったので全く痛くなかった。それから内科に戻って採血済んだ旨告げて、売店へ行き日刊スポーツと珈琲ミルクを買い、ロビーのテーブルつきの椅子に座って、携帯で音楽を聴きながら新聞をゆっくり読む。採血の分析結果が出るまで1時間から2時間、診察は結果が出てからで今日の予約は11時15分だ。それまで呼ばれることは絶対にない。1時間ちょっとして新聞も読んだし音楽にも飽きてきたので、携帯についているテレビをつけてみる。すると家で見るより全然綺麗に映ったので、ワイドショーを少し見る。最新ケータイはこういう時に便利だ。11時10分を過ぎた頃内科へ行き、4番診察室の前に1つだけ空いていた椅子に座り、携帯を外したと思ったら時間通りに呼ばれたので慌てて中に入った。
入ったとたんにU先生に電話が入り、先方の医師と10分くらい話をしていた。先方はT大病院の先生らしく、こちらの病院のホジキンリンフォーマ(ホジキンリンパ腫)の患者さんがどうしたこうしたという話をしていた。その間、今日の血液検査の紙を見せてくれたので、それを見る。白血球数が2000に回復というか上昇しており、普通ならいい傾向なのだろうが、好中球数を見ると37.9%とあまり高くない。それに対しリンパ球数の方が51.2%ということで、これまでの30%台後半から40%台という数値から比べると上昇している。このリンパ球は癌に犯された異常なリンパ球だとすれば、病気的にはあまりいいことではない。その異常リンパ球数が増えたことで白血球数を押し上げていることになるからだ。なのでこれはどういうことかな…とじっと待っていると電話が終わった。
U先生は「やっぱり大きな変化はなかったですね」と言いつつ、こないだのマルク(骨髄穿刺)の結果を見せてくれる。「異常細胞(癌細胞)の数は、やっぱり半分よりちょっと多いという感じですね。これは入院中の検査の数値とあんまり変わらないです。あと今回は前の検査の時に、病理のリンパ球とかの専門家の先生から、次にやる時はこれを調べておいた方がいいと言われていた検査もしたんですが…」とカラープリントされたグラフとか表みたいなものを見せてくれるが、もちろんこちらには何のことかさっぱり不明。
ただ「T細胞性であることは前からお話してる通り間違いないんですけど、やはり細かい部分でこれだ、というものに特定できないんですね」と言う。項目ごとに+とか−とかが並ぶ一覧があり、「これとこれ両方が+だとこれこれというタイプになるというのがあるんですけど、その数値を見ると+ではあっても、有効と認めるほど数値の方は+というだけで高くはないんですよね」とのこと。要するにいまだ不明ということなのだろう。ただ、「日本ではT大病院でしか使えない薬があるんですが、その薬がどうやら半分以上は効きそうだ、ということが解りましたから、もし今後治療が必要となった場合には参考になるデータが得られた、ということにはなりますね」とのこと。
その他、あごや首、脇の下のリンパ節腫脹の触診、さらに診察台に横になって鼠蹊部リンパ節の触診。やはり変化はないようだということで、あごの下左右二つのリンパ節が1センチ程度のもので、一番大きなもの。その他は上半身も下半身も、あることはあるがパラパラと小さいものが注意すると触診できるという感じだ。この状態もここ3ヶ月変化なし。あとCTの所見で、脾臓はもうかなり腫れて骨盤の方までいってるのだが、肝臓はそれほど腫れてないということに戻った。肝臓に浸潤すると、てきめんに肝機能の数値が悪く上がってくるのだが、全くそれはなく、血液検査の結果でもむしろ肝臓はすごくいい状態なので問題はないだろうということ。LDHの値が引き続いて若干高いのが続いているものの、それも250前後で変化はないし、その他の数字にしても貧血も進んでおらず、血小板数も問題になるほど低くはない。結論としては、無治療・様子見、ということで継続ということだ。ホッとした。
「これから風邪の季節なんで、じゅうぶん気をつけてくださいね」と言われたので、俺が壁の「インフルエンザワクチンは個人負担が3千いくら」とある紙を見て「インフルエンザもありますしね」と言うと、U先生は書きものをしていたので俺が打ちたいと勘違いしたのか「あ、ワクチンありますよ。でも血液のこういう病気の患者さんには慎重にしてるんですよね」と言われる。ワクチンを入れたことで、免疫の働きがどうなるか、それによって病気がどう変化するか、いい方向へ行くか最悪でも変化なければ問題ないとしても、仮に悪くなった場合は厄介なことになるということ。俺が「そうですよね、そもそもワクチンを打つという考え方自体が免疫機能が正常に働いている人のためにあることですもんねえ」と言うと「そうですよ、私も実はアレルギーがいろいろあって、ワクチンはダメなんですよねー。」とのこと。今年はまだインフルエンザの患者は来てないけど、これから少しずつ増えてくると思われるので、とにかく感染されないように十分注意するように、と言われる。新型の鳥インフルエンザも怖い。簡単でオーソドックスながら、人ごみは極力避ける、マスクは必携、帰宅後は手洗いとうがい励行。これで全然違うという。まあ俺は入院中からずっとそうしているから、後は連れ合いなどが外から持ってこないようにしてもらうしかない。「年内はどうします?」というので「普通だと再来週と、もう一回年内ありますよね」と言うと、「じゃあ予定通り年内2回来ていただいて、お正月ちょっと開く感じになりますけどそうしましょうか」ということになり、御礼を言って診察室を出た。

まっすぐ会計受付をし、会計730円也を自動清算機で支払って、病院を出る。この時点で、どうしても白血球数が久々に2000を超えたこと自体はいいのだが、好中球数の割合はむしろ下がり、リンパ球数が増えたことが気になってしょうがなかった。病気が進行したのではないか。異常リンパ球、つまり癌に侵されたリンパ球が増えていくことはすなわち病気の進行を意味する。頭の中をまた、抗癌剤治療や骨髄移植、それに伴うさまざまなことがぐるぐると駆け巡る。そのままバス停に行くと赤羽行きはまだまだなので、池袋行きの列に座るとすぐにバスが来たので何も考えずに乗り込む。池袋までの道々も、悪い方へ悪い方へと考えが行ってしまう。昨日までは池袋に久々に出たら、ご飯を食べて本屋やCD、ビックカメラなんかも覗いて…なんて思っていたのだが。池袋に着くとちょうど12時ちょいのお昼どきだったのに何も食べる気が起きず、ひたすら街をぐるぐるさまよい歩いてしまった。何をするでも探すわけでも見るわけでもなく、ぐるぐるとただ歩き、北口から豊島合同庁舎の方まで行く。二週間ごとの診察と検査の結果で、これほど一喜一憂する自分が情けないし、自分でも驚きだ。やはり今連れ合いが入院していて一人だということがあるのかも知れない。黙々と歩くうち、結局あれこれ悩んでもしょうがないじゃないか、なるようにしかならないし、ポジティブに考えて行こうと退院の時に決めたはずじゃないか、と思いなおす。帰ろう、もう家に帰ろう。そう思ってタクシーを止め、家に帰る。今日もカラッと雲ひとつない青空が広がった、いい天気だった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

前向きな気持ち

この季節って、普通でもなんかもの悲しい季節じゃないですか(笑)。緑は枯れてゆき、寒くなり、陽は短くなって、寂しい季節に。マイナスに考えるとどんどんぐるぐる、そっちへ行くんですよね、ともすれば…。
でもまりさんもいい薬の情報を教えてくれたし、今後も治療法や治療薬がどんどん開発されていく分野ではあるし、希望を捨てずに生きますよ。本田美奈子さんみたいに俺より若く、急性であったためにアッという間に逝ってしまうことを考えれば、進行が遅く、少なくとも家で暮らせていることに感謝しています。

ごぶさたしてます

その後お変わりないようですね。ただ世間は季節も冬になって、乾燥~風邪の季節になってきてますから、気をつけてください。
ちょっとした検査結果の変化や医師の対応で、患者がナーバスになるということはよくあるみたいです。不安なこともあるでしょうけど、病気に勝つという気持ちを持ち続けてくださいね!
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。