2014-08-13(Wed)

神経検査、輸血…からの浴びるほどのビール!

2014年08月12日(火)
今夕方6時15分。
疲れた。汗だく。足痛い…。

まず先週、火曜日の報告から。
体感予想通り輸血となり、神経の通電検査、呼吸器内科の診察、薬の吸入のあと、輸血をして帰ってきた。
この輸血の結果が9月のあたま、うまく反応していなければ、もうお手上げ。
入院して、抗がん剤の投与を始めましょう、ということ。
こうなったらもう仕方ない、後はどれくらい娑婆にいられるか、その間にやっとくことやっとかなアカン。

というわけで今日、昼から大阪に住む主に筋肉質でマンガの自費出版もやるエクストリームエロ劇画ブロガーであり、おおかみ書房代表である千葉ちゃんと打ち合わせ。
前前からせなアカンという話はしていたのだが、春先は向こうが殺人的に忙しく、その後はこちらが殺人的に病状が悪化した。そう、まさしく殺人的に。
とにかく今年中に一冊、おおかみ書房から活字の単行本を出す。
これまでのマンガと違い、文字の本の場合は本文の校正校正ひたすら校正である。
で、まだ最終的に表記統一その他の「文章の整理整頓」が出来ていないので、それが出来次第、こちらはInDesignのフォーマットに流し込んでレイアウトなど色々をオペレーティングしていく工程がある。
問題は、そのとき、俺が、入院していないかってことだ。

これまで何度も自慢めかして書いてきたように、いや、完全な自慢だが、入って来た看護婦さんが驚くような重症(帯状疱疹がケロイド化して腹の皮膚がズタボロ、麻薬で痛み止めてたが止まらず癌の骨転移用の痛み止め使ってた)でも、仕事はしてきた。それがささやかなホコリだし、昭和の男のプライドだ。
でも、やるんだよ。
これを諦めたとき、妥協したときにたぶん俺も本当に人生、終わるんだろうなと。
とはいえ、抗がん剤の投与というのは初体験なので、ちょっと想像がつかない。
仕事はきっちりやりたい、でもやると言っといて途中で「やっぱごめん」というのは、単に我が儘を通した挙げ句に迷惑かけて離脱するという、昭和の男が絶対やっちゃいかんことだ。いや平成の人も。
なので、とりあえず現段階での役割分担と段取りを再調整の意味で、今日話し合う。

朝体調が良かったので普通にシャワーをし、何か食おうという段で突然に吐き気が来る。
この吐き気の正体は不明、何しろまだ抗がん剤の投与もしていない。ただ常用薬がたくさんあって、どれとどれかが誘発しているという可能性がないわけではないが、解らない。正直わかんねえことだらけだよ、人生。
なのでそういう時は躊躇なく、頓服の吐き気止めを飲む。てきめん効く。これは外出時も常に持ち歩いている。
ただ最近はその外出がめっきり減ったわけだが。

さて待ち合わせだが、大阪からだとJR新快速だとたった30分程度で京都駅に着くというので、じゃあ京阪じゃなくJRで、待ち合わせはヨドバシカメラにしようという事にした。
ヨドバシは地下にスーパーがあり生鮮から弁当から買え、上にはレストラン街があるので飯食って打ち合わせが出来、中間では暇つぶしにデジタル商品を見たりも出来る。あんまり動かなくていいのは、有り難い。

で予定通り1時ちょいに店内で無事合流、まずは6階。
何か混んでいる。ああそうか、平日やけど今夏休みか、そしておまけにお盆休みかと。千葉ちゃんが今日出られたのもお盆休みがようやく取れたからなのであった。
「せけんなど どうでもいいのです」という生活をずっと続けていると、そういう感覚が無くなる。いかんいかん。
なので、まだまだ飯時で、並んでる店もある。並ぶのはちょっとしんどいので、いろいろ歩いてたらとんかつ屋に空きがあったので入る。和風おろしとんかつ定食、キャベツもだしに染みててかつと一緒に白飯がばくばく食える。うまい。
もっとも全部食えないのでちょっと食ってもらったが。

その後アイスコーヒーを頼んで、割合きっちり打ち合わせ。
くわしい内容書いてもしょうがないので割愛するが、自分の万が一に備えてやはりインデザ使いは誰かヘルプで確保させて貰えるとありがたいなあ。これ見ている人でここら辺(京阪神)在住でおらへんですかね。
俺が、わたしがやりましょう、という奇特な方がいらっしゃいましたら左のメールフォームからご連絡ください。
報酬は、俺らと何となくキャッキャウフフできます。オッサン二人と。すみません。一人病人やし。
(真面目な話、そこら辺はまたその時)

本を作る、という工程で一番大事なのは実際に体裁を考えたり台割を組んだり、どういう本にしようかとこうして相談している時。ここできっちり向かう方向を同じに、目標を同じに、ゴールを同じところに向いてないと、おかしな事になる。
なのでここはきっちり詰める。

この話の途中、なぜか突然に吐き気が来て、慌ててポケットを探るとプリンペランがあった。
良かった…すぐお冷やで飲む。「大丈夫すか?」と心配してくれる千葉ちゃんに
「これ突然来るんやけど、もうこうなったら薬で抑えるしかないんよ」と言ってちょっと待ってもらう。
頓服なので数分で効いてきて、後は全く問題なし。凄いな、最近の吐き気止め。
この突発性の吐き気や、突然来る目眩、それと動悸など、けっこう調子に乗ってるとがつんと来るので怖い。

さてきっちり打ち合わせした後は弛緩タイム。
途中、もう8年くらい使っててぼろっぼろのメガネをようやく新調したのが出来たので、5階で受け取った。
軽い。前のメガネの半分くらいか。
今回の新しいメガネは遠・中距離の焦点を優先し、手元は犠牲にした。その分、今までのよりレンズの面積が小さい。横に細長いというか、感覚的には視界の下がわに縁が常にある感じ。もちろんわざとそういうレンズを選んだので、それは遠近両用にせず、手元を見る時はレンズを使わないで視線を下げれば良い、ということ。これが結構慣れてくると、いい感じだ。
テレビやPCモニタの視認力は良くなって、これまでいちいちメガネを外して見ていた近距離、たとえば指先とか手に載せた何かは、視線を下げるだけでレンズ越しではなく直に見るかたちになって、近距離は良く見えるから、これが非常に楽。

遠くはどうしたってレンズがないと見えないし、あと左は乱視が酷かったので、それもレンズで矯正しないといけなかったので仕方ない。じゃあ手元はどうするか、と。手元は裸眼が一番はっきり良く見えるんだから、じゃあレンズ越しに見なきゃいい。そういう理屈。
普通は年寄りが鼻眼鏡にして老眼鏡で手元を拡大して見たりするのと逆に、俺の場合は手元を見る場合は裸眼で、つまり顎を出すように視線だけを下げて見る、という感じ。他は普通に首を動かして対象を見る。視力検査では、度そのものは酷く進んでいたわけじゃなかったそうだが、やはり「今の眼」に合ったメガネに変えたので、今のところ快適。これで肩こり偏頭痛が多少良くなるといいんだけど。

そんなこんなで、1階外から入るエビスバーへ。
琥珀エビス
琥珀からいきなりスタウト、黒に行き、後はノーマルのエビスをがばがば飲んだ。
つまみは生ハムのみ。何しろうまそうなつまみばかりで恐ろしい。
「先にとんかつ食っといて良かったなあ」と話す。
久々に友人とまたこうして世間話から馬鹿話、冗談を言い合って飲むのは楽しい。
特に明るいうちから。(これ重要)
生きていればこそ、だ。

なんだかんだで6~7杯くらい飲んだか。バカか俺。
駅に降りる地下道の入り口で千葉ちゃんと握手して、ビッコながら「歩けるうちに大阪行くわ」と話して別れる。
さてタクシーで帰ろうかどうしようか思案。
時間は6時半。今日は幸いさほど暑くない。とはいえ30度超えてるが、もう京都は連日35度とか平気で越えてくるので、おかしくなっとるんやろうな。

よし、歩くか、リハビリがてら。
しんどかったら途中からバスにしよう。
そう思って歩き始める。

ところが、である。ヨドバシ前を歩いて烏丸七条の交差点を東に越えたところで、麻痺した方と逆の左足首が痛くなってきた。庇って歩いているので負担がかかったのだ。
ああ、イテテテちょっと休もう…んでバスで…と止まって足を揉んで休んでいると、少し先のバス停をバスがガーッと3台立て続けに通過。どれも満員だった。
ああ、今は夏休みだし、そしてお盆休みだった。外人さんにはそんなのもとより関係なし。

しょうがないので、スピードを落として、ひたすら歩く。難行苦行とはこのことだ。
烏丸七条から河原町五条なんて、ちょっと前までの自分なら15分弱だ。
それが、結局脂汗をたらしてゼーハー言いながら、電柱につかまったりガードレールに腰掛けたり、休み休み歩いて、なんと45分くらいかかった。

途中からもうほんまにタクシー拾おうと何度も思ったが、行き先を言ったら罵倒されそうなので、もうとにかく必死で歩いた。リハビリだ。俺は歩く、歩けるんだぞと。
結果へっとへとのくったくたで、朝シャワーしたのにぐっしょり汗だく。バカみたい。
買い物などに寄る体力余力など毛ほども無く、部屋で着替えて送風機の前で石仏みたいになっていた。風葬か。
やっぱり病人、無理するもんじゃねえ…。

でもまあ久々に楽しかったしな。帰りの歩きは余計だったが、やはり歩かなくなったことで足が萎えていることも実感した。
麻痺もあるがこれは本当に、意識的にリハビリをしないと左足の筋力も衰え、本当に歩けなくなるんじゃないか。

寝たきりの人が足が萎えないように歩行訓練したり、手術後に足の血管詰まらないようにマッサージ器充てたりするのを見る。俺の場合日常最小限の「歩行」しかしない日が多くなってきたのは事実。
自転車を盗られたことで、「自分で買い物に行く」のが難しくなり、結果あまり足そのものを使わなくなった。買い物などはネットの配達で済んでしまう。家の中の移動なんか知れてる。
それと関係あるのか無いのか知らんが、その挙げ句足が麻痺して、自分で歩くのが難しくなった。足が使えなくなってますます、足が萎える方向へ向かう。

今日、烏丸七条から歩いてきて、こんな距離を歩くのさえこれほどの苦痛かと改めて驚いた。
もう最初の100mくらいで激痛が来た。それをだましだまし歩く。
麻痺したのは右足なのに、左足首が痛み、両足が筋肉痛のようになって歩けなくなった。乳酸が溜まったのだろうが、その状態つまり足を使って「運動する」状態にいかにおかれていなかったか、ということだろうか。

たぶん、どうせこの麻痺は治らない。
でも諦めて歩かなくなったら、左足も「歩けなくする」ことになるから、引き摺ってでも歩行練習はやめない。
まあ、生きてるうちはどうせ難行苦行なんだから。
その難行アトラクションの一つ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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