--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2014-09-01(Mon)

入院&抗がん剤治療が確定

2014年09月01日(月)
今日は大げさに言うと「運命の日」。
先月の採血で、先々月受けた輸血の効果が思わしくなく、HGB値もその他の数値も回復が見られなかった。
故に先月も輸血を受け、そして今日どうなったか。

結論から言うと、入院・抗がん剤治療が決まった。

これまで何度かご報告してきたように、俺の癌のタイプに適合する薬はないので、多剤併用で様子を見ながら、免疫の低下と癌細胞が多少でも減ってくれればという「兼ね合い」を慎重に評価しながらの投与となるそう。
俺の場合、ここまで血球減少というか免疫低下が起きていると、もう強い薬があったとしても使えないという。といってもじゃあ弱い薬といっても、どんな副作用が出るか解らないので、通院で…というわけにはいかない。
今の状態からさらに免疫が低下した場合、ほいほい猫と暮らすのは、もう、難しい。というより今現在でも、先生は言わないが絶対に推奨はされないだろう。「我が儘」だと自覚している。


…夕べは1時ころ寝た。
寝る前に喉が渇いて冷蔵庫を見たらコーラがあったので飲んだ。そのせいで暗いうちに尿意で目が覚め、時計を見たら6時前だった。本当、ジジイかよ。そして朦朧としており、ふらふらする。眠気というより、脳がちゃんと働いていない感じ。

その後、8時前には「今日は病院だし起きよう」と思うのに、眠だるく、どうにも朦朧。貧血だわなあ。こらまた輸血だわなあ。そうすっと、もう入院いつにするか、って話になるわなあ。しょうがねえか…という、体のはっきりしない感覚とは逆の「明瞭な自覚」。

ボロいエンジンのように、アイドリングを長く取らないと、なかなかエンジンがスタート出来ないという感覚。
起きたのはようやく9時。それもエイヤ、と「起床」に力を入れる感じ。
月末なのでネット口座で各種支払を済ませたり、今日病院の郵便局でやる事と買う切手などを出力。
本当に、メモをちゃんと作っておかないと、5つ6つ用事が重なると必ずと言っていいほど1つ忘れる。免疫もジジイなら夜間頻尿といい物忘れといい、もう本当に色々アカンわ俺。

9時半、ユキはご飯を食べてうとうと寝始めているが、まだ薄目でちらちらこちらの動きを見ている。10分ほど待ったが、そっと立つと気配で顔を上げるので、仕方なく着替えて病院へ向かう。鳴くかなあ、あのまま大人しく寝ててくれるといいんだけど。

採血は10時過ぎに無事終了。試験管4本、血を採られながら「数値が上がってますように」と祈るが、祈って変わるもんじゃない事も解っている。体感で、「ダメだよ」と知っている。

その後放射線受付へ行き、ビッコひきひき待合の椅子に座った…瞬間に名前を呼ばれて反射的に立ち上がる。タッチ&ゴー。
レントゲンのあとは1時間ちょい、診察時間まで待ち。
今日、採血結果が良くないであろうことは、もう体感で解っている。となると結論は、近日中の入院だ。
つまり、外で飯を食える機会はそう多くはない。
食っとくか。
というわけで、空いてるうちに病院のレストランでうどんとミニ天丼のセットを食べた。ここは本当に何を食っても平均以上で、まあ間違いがない。
2014_09_01_10_52_14.jpg

あとは2階の回廊、外待合でひたすら待つ。
今日は予約時間が11:45で呼ばれたのが11:40ころ。素晴らしい。
しかし、やはり採血の結果は思わしくなかった。
というより、HGBの値が5.2と過去最悪を更新。

3月から6.7-9.6-6.5-8.3-5.8-6.6ときて今回5.2。
輸血~持ち直し~輸血~持ち直しが6月までは続いていたのに、7月輸血後の先月は持ち直せず輸血、そして今回はさらに落ち込んでもちろん輸血となる。

「これはもう、毎月輸血状態から、半月に一度輸血をしないといけないレベルですので…」と先生も厳しい表情。要するに、もう何らかの治療…つまり抗がん剤を一ヶ月くらい様子を見ながら慎重に投与をし、MARK(骨髄穿刺)やMRIの評価をしつつ、という方がいいでしょう、と。
ただ、今回の入院による抗がん剤投与が多少、骨髄中の癌の野郎に効果があればいいとして、効果が無かった場合が問題だ。

他の選択肢としては脾臓摘出。
これはかなり血球をため込んでいる巨大化した臓器を取ってしまう事で、じゃあ骨髄の中にある癌に冒された造血細胞がちゃんとしたものを作り出すか、というのは疑問。それ以上に、今の体と血液の状態での「大手術」はそれ自体が命に関わることになる。

最終手段は、もちろん骨髄移植。
急性白血病の場合は移植で寛解に向かい、そのままという事も多いし、実際薬も多い。が反面、再発のリスクは高く、再発すると前の薬は使えず、ぐっと治療が難しくなる。
俺のような慢性の場合は、じわじわと進行する分治療を急がなくて良いが、治療への反応も良いといは言えない。そして免疫低下により、移植で一度ゼロになった免疫状態の時に、何らかの感染症で死亡する率が高くなる。
それにT細胞性は珍しく、薬自体が開発されていない。

大雑把に言うとそんな感じだ。

もともと、T-PLLという進行が早くもっとも凶悪なタイプの白血病に近いと診断され、当初は入院すぐ抗がん剤、という感じだった。
何度もここでも書いたように、治療中は虫歯や水虫やカビなどもアカンので調べたら、ひどい虫歯。一週間延期となり一日右奥4本、二日目左奥4本歯を抜かれた。前歯は全部取られて仮歯にされた。のんびり治療している時間はないので、突貫工事だった。
もっともその間に癌細胞のタイプが凶悪じゃないようだとわかり、全国の専門家に調べて貰ったところ、とても珍しいタイプで、しかも進行が極めて緩徐である、という事が判明して「無治療、様子見」となった。

一昨年まで、ずーっと白血病はほぼ横ばい、赤血球系HGBなどの減少はギリギリ正常値の下限くらいで、白血球系の1000~1500前後までの減少による免疫低下、血小板数が10万を切ってじわじわ下がってるくらいだった。
あと顕著なのは巨大化した脾臓。これは血と体液を大量に含んだスポンジで、どっか傷ついたり裂けたら大量出血でおしまい。
まあ、そんな感じで7年、病気はくすぶっていた。
それがここ2年でガタガタと病気が進行した。
白血球はもう500台や今回の650など、1000を切るのが常態化。
血小板も今回4.5万と、これまた10万どころか5万を切るのが常態化。
それに加えて、7年動かなかった赤血球系の明らかな血球異常、進行。

じゃあ一昨年、何があった、連れ合いが亡くなっても動かなかった病気が動くって、いったい何があったんだ?
 とよく知人友人に聞かれる。
ああ、それはそれは辛い事があったんだよ色々。ストレスだなあ。
たとえば。不景気で仕事が減り「まだやれる」とハローワークへ通ったりした。カラ元気を出した。
いい仕事やいい出会いに救われたが、嫌な仕事も病気とか関係なく全て受けた。正直、健康な人でもちょっと無理ちゃうか、という仕事を低条件で受けざるを得なかったり、まあ、本当にいろいろあった。

で、それらは結局、動かなかった病気を進行させてしまった。
生きる、生活するために頑張りすぎた結果、病気を動かし、寿命を縮めるという矛盾。
で動いちまったものはなかなかほっといても止められないみたいだし、下がる一方。
今年に入って、最近はもう毎月輸血になっている。そして今日は、HGB値が5.2と史上最低記録更新。

今朝のように、自分の体感としてここしばらくは朝がもの凄く辛い。
朦朧として、文字通り頭に、いや脳に酸素が行ってない感じ。モヤがかかったようなとよく言うが、まさにそんな感じだ。そして四肢に力が入らない。
エイヤと気合いを入れないと起き上がれない。その気合いを喚起するのに、小一時間かかる。
こんな事普通なわけがない。
ていうか、確定診断から7年間はここまで酷い状態は、感染症やその他の明らかな「病気のうえの病気」以外、無かった。

貧血症状は、単に目眩や息苦しいとかそういうものじゃなく、いや、むしろそういうものは家で転がっている分には特に感じない。慣れてしまうのもある。
それより一番問題なのは「気力が出ない」こと。
気力だけで生きてるようなものなのに、
「生きる!」という気持ちが萎えたら本当におしまいだ。

足が麻痺したせいもあるが、とにかくここ1年の変化は酷い。
なので、もうこれは
「贅沢は言わない、本当にただの普通の暮らしがしたい」
というささやかな望みさえ、自分で諦めるレベル。降参。

12時過ぎに神経内科の受診を終え、最後に処置室で輸血を受ける。
バイタルを測って、いつものように最初はゆっくり…が5分あるので目を瞑っていると、いつもと違って猛烈に暑い。5分後「何か異常なかったですか」と看護婦さんに聞かれたので「暑くて…」と言うと「あら本当、汗かいてますね」ともう一回検温。
輸血前36.6℃だったのが37.1℃。うーん、微妙。
「割合暑がりで、ちょっとうとうとすると寝汗かくタイプなので…」と言うと、「ああ、そういう方おられますね」と言われる。

その後しばらくは「ゆっくり輸血」を継続。
やはり暑そうなのを見て、看護婦さんが氷枕を持って来てくれた。一度要るかと言われて断ったものの、こちらの様子を見て首の下に入れてくれたのだが、これがまた素晴らしく気持ちいい。
思わず「あ~気持ちいい!」と言うと「良かったですねえ」と言ってしばらく様子を見て貰い、輸血を普通の速度に早める。

そんなこんなで、終わったら3時半くらいになった。
看護婦さんたちにお礼を言って、会計に並び、処方箋をFAXし、最後に入院受付で申し込みをする。
9月22日、連休の谷間に部屋が空けば入院。ちょっとズレる可能性もあり、という事。やれやれ…。いやもう降参。

最近は朝があんな有様で、夕方から夜になってくると徐々にエンジンがかかってくる。だが、その頃にはもう残っている仕事を片付け、「一日に一度はまともなものを食う」という「自己目標」のために何かしらを作って食う。
するともう10時11時になっていたりする。寝る時間近いし。
こんなんじゃもうアカンやろ、と。

抗がん剤が効く効かないはやってみないと解らんし、たぶん効かないのかも知れない、でも何もしなければ確実にこのまま死ぬ。
それもまた、悔しい。


帰宅は4時過ぎ。
ユキはソファの背の、玄関に一番近いところで香箱をつくって目を閉じていた。耳が聞こえないから、カギが開いてガチャリと入って来ても気付かない。
そっと背中を一撫ですると「うわあああ!」と驚いて大音声を発し、その後「にゃーん」と喜んで喉を鳴らす。
この暮らしももうちょっと、いや、いったん休止するだけだ。

5時ころ、お袋に電話して報告。まあしょうがないよ、と話す。
向こうはいつものように遠いし何も出来ないのが口惜しいというが、それは逆になっても同じことだし、しょうがない。全ては、しょうがない。

入院中のユキのことは、にゃほやまさんことTさんにお願いさせていただく事になった。
無理だったら本当に遠慮せず言ってくださいと伝えるが、メールの返信で「大丈夫です!」と返してくれ、ユキを「家族として」迎えてくれる、と書いてくれたのが本当に有り難かった。
ほんとうに、心にしみいる有り難さだった。

猫のユキはとの暮らしは、自分の免疫状態を考えたら、いの一番に「推奨されない」ことだ。
それでも、なんとかかんとかここまで一緒に暮らしてきた。
出来れば退院後もまたそれを続けたいし、ひょっとしたら、まだ11歳くらいのユキの寿命の方が俺より長いかも知らん。
でも「最後まで面倒をみる」とこいつに約束して家に連れてきた、ちょっと途中ズルをさせて貰うけど、一時的なものだと思いたい。
いずれにしても、今回は既定路線に身を預けて粛々と先生にお任せするしかない。
いい方向に向かえば一番良いのだが。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

No title

頑張れ! 
白取さんも、ユキちゃんも!

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。