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2014-09-24(Wed)

明日から抗癌剤投与開始

2014年09月24日(水)
入院当日から本格的治療開始まで数日、検査や祭日で間があった。
なのでその間の詳細な記録も、例によって残している。暇だから。

…で、時系列的に今日更新しようか迷ったんですが、
明日からどういう状態になるか自分でも解らないので簡単に。

入院当日のMARKによる骨髄検査の所見、今日CTを撮って、その評価とあわせ、
明日からもう抗がん剤の投与を始めた方がいいでしょうという結論。
7時半ころ医師団の一人・O先生が来てくれ、治療計画書、薬剤の量や説明の表を見せていただき、丁寧な説明を受けました。

骨髄の90%以上が腫瘍細胞なので、まずそれを減らす。
そして相対的に正常細胞の量を増やし、体の状態を多少でも良くする。
それからじゃないと、強い薬や治療も出来ない、と。
幸いといいますか、まあ癌なんで不幸ですが、進行が遅いので時間は1年くらいはある、
今すぐ100%になって死ぬわけじゃなく、1年くらいは時間があるそうで。
それって何もせんと余命1年てことじゃないすか。
まあ、でも一度余命1年ないと8年前に違うタイプの癌と言われてるし、あんまり驚かない。
あれから8年も生きるなんて、正直想像もつかなかった。

その間にどれだけ癌をたたけるか、そして分子標的薬をぶち込める状態に持って行けるか…
が勝負らしいです。
その分子標的薬というのはけっこう効きそうな反応が得られており、効果が期待できるのですが、
当然強いため、今の状態の自分に入れると死ぬそうです(笑)。
いや笑い事じゃないけど。

そういうわけで、明日から抗癌剤投与です。
俺のように癌細胞が大量にあると、抗がん剤を大量に投与すると大量の癌が死ぬ、
それらは腎臓へ向かい濾過され排泄されるが、それは腎臓に大きな負担となる。
なので濾過が詰まらないように、かなりの水分を入れてやる必要があるとのこと。

順番としては吐き気止め、それから抗癌剤、ただし通常使う量の4~5分の1くらいにとどめ、
あとはひたすら尿を出すための輸液を入れると。
あとここまで血球の量が少ないと、輸血は絶対に必要でしょう、ということ。(※訂正:血球崩壊の様子を見て必要なら輸血もあるということでした)
輸液に輸血に、あと通常摂る分の水分も普通に摂ること、なので明日は一日小便を出し続けるようなことになる。
小便が出にくくなると、命に関わるのだ。
まあ昔準備にクレアチニンクリアランスで24時間点滴&尿出しをやった事もあるので、寝られない、朦朧、小便、うとうと、また小便…という経験はある。あれかあ。

今回使用される抗がん剤の副作用で主なものは骨髄抑制・つまり免疫の著しい低下。
吐き気は薬で抑え、脱毛はある程度はツキモノ。
ただし投与量が少ないので、ぼちぼち…という感じか。
何にせよすでに俺の免疫力はかなり低いので、投薬も慎重に…ということです。

免疫低下の対策としては、血球減少対策の輸血以外に、今まで通りの抗菌剤、抗ウィルス剤、あとカリニ肺炎の予防薬の吸入は必須とのこと。
吸入は勘弁して下さいよう」と泣きを入れたが、
最終的にはやっとかないとまた胸腔ドレーンでぶすりと胸膜を貫かれることになりかねないので、
命のためなら我慢します、と観念。

…という戦闘開始ですね。
治癒がない病気なので、寛解まで持って行くには骨髄移植しかないそうです。
それが出来るレベルまで回復させられるかが勝負でしょう。

次更新いつ出来るか不明なので、とりあえず。
明日からしんどいですが、何とか頑張らずに、踏ん張ります。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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