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2014-10-10(Fri)

抗癌剤投与3度目終了しました

2014年10月10日(金)
そろそろ友人知人からちらほら「どうした?」が来ているので近況を。
(詳細はそのうちブログにこれでもかと詳報するかも知れません)

まとめ
9月22日に入院。
採血は基本月水金。24日最初の抗癌剤GEM(ジェムザール、ググる人用)投与。
強い薬を最初から普通に投与すると体が持たず死ぬそうなので弱い薬をちょっとずつ、慎重に様子を見ながら。
副作用の吐き気は投与前にステロイド剤で予防、抗癌剤、流すための輸液、の順で点滴。
初日は腎臓負担をかけぬため常に水分を取り流す必要があるため2000ccの輸液を入れました。

懸念された副作用のうち一番深刻なのはもちろん「骨髄抑制」つまり血球の減少、当然白血球や好中球、ヘモグロビン、血小板などが減って行くことによる免疫低下その他の症状。
吐き気とか脱毛なんか最初から眼中になかったです。吐き気止めもあるしハゲなんか我慢すりゃいいし。
…で結局、副作用はほとんど軽微なもので、血球減少も入院前とあまり変わらず。

よって10/2、2度目の抗癌剤投与。
経過ほぼ同じ、そして昨日10/9に3度目の投与。
これで通常の「1回分」の量です。
関係ないですが1回投与されるとステロイドが血管内壁の好中球を剥がすので、投与後の採血では白血球数が4ケタに上がります。おっ、免疫アップ! というのは勘違いで、2度目の採血でまた低値に戻っています。とほほ。

自分の場合、治療開始時つまりもともとのスタート地点=入院時が、通常の人が副作用として発現する「骨髄抑制」レベルの免疫低下患者みたいな状態。
自分の腫瘍細胞に効果が期待できる強い薬(分子標的薬など)は、今の自分に投与するとそのまま死んでしまう状態だそう。副作用も激烈で。
なので弱い薬を3回に分けて採血で血球減少や腫瘍細胞の崩壊などの様子を見つつ、1週休む。
これが1セットだそうです。

この経過が良ければ退院し、毎週1回通院して投与と経過をみる…を半年一年単位で続け、良くなれば再入院して強い薬=分子標的薬で癌を叩き、骨髄移植まで持って行ければ…というのが将来的な目標。
…だそうですが、正直、体が1年2年持つか不明です。(追記…今朝主治医のK先生が来て、新薬キャンパスがようやく日本でも使えるようになるそうで…長かった…それが使用出来るレベルまで何とか、できるだけ腫瘍細胞を減らす、ということです。)
ちなみに骨髄中の腫瘍細胞は前にざっくり90%と書きましたが95%だそうです。ははは。

そんな感じで、寿司や刺身、生野菜は禁止、猫を飼うとか「信じられない」レベル、酒はまあほどほど、人混みは避ける、うがい手洗いは今まで通り。
今まで通りの防疫体制よりさらに治療中は1段階2段階レベルを上げる必要があるみたいですが、
酒飲むし。刺身も寿司も食うよ。猫のユキちゃんは親切なにゃほやまさん=Tさんに預かっていただいていており、ほんまに可愛がってもらってます。
これが一番の、今回心の安寧につながり感謝至極です。

これまで長い入院での猫のお世話は、下鴨高木町の素晴らしくいい仕事をされる割烹、「明青」の渡辺さんご夫妻にお世話になりました。
去年は岡崎にある素敵なシェアハウス「凜娯館」の井上、堀さんご夫妻にお世話になりました。
今でも感謝の気持ちで一杯です。
入院するにあたり、もちろん自分があとどれくらい生きられるか、この治療でどうなるのか、ぶっちゃけゼニどうする生活どうなんの、猫大丈夫か、心配は尽きませんでした。
何回、入院退院救急外来駆け込んでも、常に一人で行き帰りのあれこれ、病室でも一人で何もかも行いました。
だって誰も何もしてくれないから。
してくれた人は、もう居ないから。
しかし残す猫のことは自分では何も出来ず、それだけが「なんとかなるさ」などでは済まない、心配ごとでした。
それを、「ユキちゃんの事は心配するな」という安心で支えて頂いて、ほんまに感謝の言葉以外ありません。
これがどれだけ、もう長くはないだろう、ユキよりおそらくは生きられないかも知れないという自分に、どれほど安心を与えて下さったか、今も下さっているか。
にゃほやまさんは毎日、ユキの様子を知らせて下さり、写真なども添えてくれています。
文通状態になっています(笑)。
本当に、ほんとうに助かっています。ありがとうございます。

猫と暮らすなんて、今の自分の採血結果を見たらそれこそ「自殺行為」と解ります。ええ。

でも猫と暮らすよ、また。

人生から猫と寿司と酒と笑いを取られたら、その人生に何で治療でしがみつくのか意味わからへんでしょ。

(先生すんません)

「死なないように生きる」しかないのでリスクは回避すべきということは重々承知してますが、それでも、踏ん張るところ、
「この徳俵だけは絶対守る」というところが誰にでもあるでしょ人間。
それが愛する妻や家族だったり猫だったり人それぞれで、俺は死んだ連れが引き入れた小さな家族で、
「一生面倒みてやるからね」と連れ合いと一緒に約束したユキと暮らす、そういうことです。

小さい感染症から大きいものまで、ここ1年ガタガタっと病気が進行してから、実は、大変でした。
逐一書いても悲惨さをことさらにアピールするだけなので割愛します。
そのうちの数回はあとで「病院へ来ることが遅かったら死んでたかも」という状態で、要するに、
「甘く考えすぎていた」という事をO先生に数値と医学的論拠エビデンスを絡めて丁寧に説明されました。
ええ、もう鼻毛ほどの反論の余地もなく、最後には先生と二人で半笑いでした。
いや申し訳ない。

そんな状態なので、激烈な副作用は今のところ体感としてはありません。
入院後髪をばっさり短くしてハゲ散らかしてもいいようにしましたが中途半端な薄毛の残念な人になっただけでした。
最悪です。
その他、もっとも洒落にならない副作用がいわゆる「骨髄抑制」つまり血球の減少による免疫の著しい低下その他ですが、これはあまり体感のしようがありません。感染してから「あっ弱いね」では遅い。
貧血系は目眩やだるさなどでHGB下がってるな、と体感はできますが、今回は入院前よりはHGBは回復しており、PLTもぎりぎり4万くらいで、若干赤血球内の若い血球が減っているという懸念はあるそうです。でもそれ、自分じゃわかんねえし…。

なので、同室のおっさんたちと夕食後の退屈な時間を食堂=共用スペースでテレビを見て、たまに医学健康系の番組見ますが、「ははは、バカじゃねえの」とか「ほほう」とかおもろいです。あと健康食品だのサプリだのダイエット関連のCMはたいてい、まあ失笑。
バラエティで大笑いし、グルメ番組で口癖のように「いいから飲ませろよ」みたいな事を言っています。完全に不良中年です(笑)。
そういうわけで元気で…(いや、元気ではないか、瀕死なので)…ま、気楽にやっています。

病歴10年近くになると、達観してきます、いろいろ。
隣のベッドのおっちゃんは病歴13年で、2年半前に一度寛解され、今回は二度目つまり「再発」になります。治療は当然初回より苛烈になるのでしょう。
さっきまで上機嫌で冗談言い合ってた人が、突然副作用で呼吸困難と発熱、嘔吐で酸素吸入になり、医者や看護婦がわらわら来て対応するとか、ほんまこの病棟は防疫体制がしっかりしたクリーン病棟であり、そして、がん治療の専門病棟なのです。

心配や応援のメールやメッセージをたくさん貰いました。
御礼申し上げます。
とりあえず「気」だけは元気、です。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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