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2014-12-02(Tue)

退院は週明け?

2014年12月02日(火)

京都は今朝を境に、晩秋からはっきりと「初冬」になった。
昨日は朝方と日中の気温がほぼ変わらず、15℃近くというぽかぽか陽気。それが昨日の夕方からぐぐーっと気温が下がって、今日の朝は4℃台まで冷えた(気象庁サイトによる)。
午後2時でも、天気は良いが気温はたった8℃しかない。
風がちょっとだけあるようなので体感はもう少し寒いのだろう。
「のだろう」というのは病室に居ると全く寒いんだかあったかいんだか、解らんからだ。
空は青空に白い雲がたなびき、ゆっくりと東へ動いている。駐車場の木もまだ緑を保っていて、ぽかぽか陽気を想像すればそのようにも見える。何しろ室温は常に26℃くらいに保たれているわけで。

今朝はお向かいのAさんが朝早くからぱたぱた動いていてうるさかった。
世間話で聞いたところによると、普段から家では一杯やって、9時には寝てしまうという。
いやここ病院すから…。
実際まだ消灯前の9時過ぎ、こっちがPC作業なんかしていると、ぐうぐういびきが聞こえ始める。そら朝5時くらいに目が覚めるわ。医師や看護婦に「朝早くに目が覚めて困る」と訴えているが、あのね…、と苦笑したくなる。
今日の昼前、前の入院で親しくなったIさんと食堂でテレビを見ていたら、退屈なのかふらっと現れたので、
「あんまり早く寝ない方がいいですよ」と言っても、「普段9時くらいには寝てしまうから」とか笑ってるので、マイペースな人やなあとおかしくなる。

他人の事はどうでもいいが、こちらは腹=巨脾が苦しい以外は感染症の数値も落ち着いて来たし、ゆうべ先生がたとも話して、まずは次の採血を見てから…というで一致。
自力で水分補給や飯が食えない状態は栄養剤の輸液で乗り越え、ステロイドで食欲復活。
栄養剤は終了、感染症も落ち着いたので抗生剤も昨日の夜で終了。
そうして手首のルートがふさがり自由になっていくと、退院も近いということになる。

先日の金曜に3クール目、1回目のGEMをこれまでの倍量(800mg)入れたが、副作用で血球が案外減らなかったので、次もうちょっと投与量を増やそうかというところ。当初はその「次」を入院でこのままやるか、退院して外来で入れるかを、次の採血=木曜の採血結果で決めるとのことだった。
そうなると木曜採血で退院なら退院してすぐ金曜外来になるわけで、それはちょっと…ゆえに、薬を入れてから金曜あるいは翌日土曜に退院可能という事になるのでは、と予想。

まあどんな人でも病院には長く居たくないと思うのは当然で、若いY先生も「感染も落ち着きましたから、たぶん白取さんが出たいと言われれば、(主治医の)K先生はOKされると思うんですよね」と言うが、俺は逆にたとえば今日のように、急にグッと冷えたような日に外に居なくて良かったと思う。体が対応出来てたかどうか。
去年みたいに、夏からほぼいきなり「冬」になったりすると、本当に病人はしんどい。健康な人でも季節の急激な変化に対応するのは大変なのに、いわんや病人においてをやだ。だから別に「はよ出せ」という気はなく、先生が「もう出ても大丈夫ですよ」と判断された時に「じゃあ…」という気持ちに変わりはない。
これは前回入院時と同じ。

今朝はIさんと食堂でNHK「マッサン」(関係ないけど俺は昔から「朝ドラ」見ない派ですが)~「アサイチ」を見ながら、病院食にクラムチャウダーと食後のインスタントコーヒーを加えてゆっくり食った。朝にフルーツが少量必ずつくのは良いと思う。ちょっとアレが食べたいな、という事はよくあるのに、一人だと丸ごと一個は食えないし、小分けしてあるのは怖い。
昼飯も納豆を加えて、中華丼の具みたいなのとシウマイをもりもり食った。

前の入院のときに知り合い、退院のときにタクシーの手配をして格好良く去って行ったKさんの言う通り、納豆毎日食ってれば腸内環境は少なくとも悪くはならないだろう。ヨーグルトも飲んでるし。
人間の腸内には、人間の体を構成する細胞の数以上、細菌類が存在している。いいものも悪いものもひっくるめて。
日和ってる連中の方が多い。そいつらを悪の道へ傾けないよう、腸内の善玉を増やす「努力」が免疫的にも良い…とか勝手に理解している。
問題はこれを、退院し家でも続けられるかということ。
結局なんだかんだで納豆買っても食わなかったり、いい加減なかたちに崩れていく。そうして当然便通もおかしな事になってくる。病院での食生活がいかに健康的かという事を理解していても、それを家で続けるのは事実上不可能なことも理解している。

でもまあ、なんとか近づけるくらいの努力をせんとアカンなあ。
でもまあ、それもなかなか難しいのが現実やなあ。

午後は1時半にシャワー予約をしておいたが、今日は1時から教授回診の日なのだった。
すっかり失念しており、こういう場合はどうしたら良いか、回診優先なのかシャワー優先なのか。
誰かナースが通りかかったら聞こうとちょっと部屋の前をうろうろしていたが、自分がバカになった気がしたので、シャワー予約板へ行き、とりあえず自分=「303-2」のマグネットを、空いていた2時からに移動した。いくら何でも1時間はかからんだろう。
あとは部屋に戻ってベッドをフラットに戻し、パジャマのヒモをほどいておいて、天井を眺めていた。回診は301号室から始まり、一人短い人で1分、長い人でも5分はかからない。だから早ければ10分くらいでここ303まで来るだろう。
そんな感じで回診も無事終わってシャワー終え、自販機で冷茶を買ってきてごくごく飲む。
なんだかなあ、健康的というか。健康じゃないけど。
ついこないだまで高熱にあえぎ、水を飲んでも吐いていたというのに。
こうした事…感染症は今後、どんなに気をつけていても起こりうる。だがそのときに「適切な対応」を、自分が、一人で、しなければならん。もういい加減な事で他人様に迷惑をかけちゃアカン。

その後髪が乾いてから、2時ころ納豆とお茶を買うのに財布を持って下へ降りた。
地下のローソン手前の階段からビュウと冷たい風が入ってきて、今日はやはり寒いんだなあと実感。
ローソンはけしからんことにまた納豆を切らしている。
こないだ店員に「納豆切れてますけど、在庫ないの」と聞いたら売り切れたと言い、夕方5時過ぎにまた入ると言っていた。毎日売り切れてるのに、仕入れ数変えないんだろうか。

仕方なく何も買わずに、黙々と、延々と、長~い廊下を北病棟下、対面どん突きにある別の(経営は同じ)売店まで歩く。
この道中、徐々にしんどくなってきた。
呼吸とか足とか、どっか痛い、じゃなくて「きつい」。
たぶん普通の人よりヘモグロビンも少ないし、筋力も衰えたし、乳酸溜まっても回復遅いだろうし、なんかもういろいろダメな感じなんだろう。歩いてるだけなのにしんどいって俺もうアカンやんか。
売店にたどり着き、牛若納豆3パックがあったので買うが、これ中粒、つまり豆がでかい。小粒のは小さい小分けパックみたいなのしかない。こういうところもちゃんと仕入れ考えろよと思う。病院での海苔の佃煮やふりかけ、納豆は「生命線」と言ってもいい。
飯は色んな意味でとても大事なんだよ、マジで。

そのほかドリンクヨーグルト、お茶1リットルボトル、チルドのコーヒー飲料、おやつにチョコ菓子を買う。普段なら絶対買わないようなもの。
全部で千円ちょい。入院してからなんだかんだでこうして1万以上「買い物」に使っている。
荷物をぶら下げてまた延々病棟まで戻り、エレベータの上りボタンを押して椅子に座り込んだ。すっかり病人だ、あ、病人だわ俺。
エレベータに乗り込み、背面の腰掛けに座り、1Fで医師や面会やらガッと乗ってきたのをかき分けて3Fで降りた。やれやれ疲れた。
こういう買い物を気軽に「人に頼む」ことが出来る性格やったらなあ。
そうしたらたぶん、これまで感じてきたストレスもかなり少ない人生だったかもなあ。
でも、その分きっと気付かない、気付けなかったもの、するりと逃していくものも多かっただろうなあ。
しょうがねえなあ、俺の人生だから。

クリーン病棟なので、入るにはインターホンを押して外側の自動ドアを解錠して貰う、オートロックみたいな仕組み。
ちょうど俺の前の女性が入室しようとしていたので便乗して続けて入る。最初見舞客かと思ったらなかなか前に進まず、歩みもとぼ、とぼ…、という感じ。ちょっとあなた大丈夫ですかと聞きたくなる。
…俺もいずれ過酷な治療でああなるのか。
ああまでなってもまだ生きるだけの価値が、この世の中にあるのだろうか、ていうか俺の人生的に。

夕方はちょっと仕事をした。4時ころ、一休みをして向かいの病棟を見ると、当たる陽はもう西日になっている。空は相変わらず青く雲のたなびきたる…。
その後夕飯を挟んで仕事を終えると7時。
ゴンチチサウンドと共に「面会時間終了」のアナウンス。

仕事のデータを転送しながら飯を食い、終わり、一息ついているとK先生が来られる。
様子を聞かれたので腹の張りはあまり変わらない、今は食後なので苦しいです、と言うと笑っていた。まあ苦しいくらい食えるんだからいいのだろう、自分でもそう思う。

で、退院の件、木曜の採血を見て金曜のGEM投与量を決め、その後やはり念のために土日は病院で過ごし、月曜の採血で血球の減り具合など影響を見てから退院を決めましょう…という事になった。
金曜に抗がん剤を増量して退院し、もし週末にぐぐっと血球が下がったりしたら大変、という事だ。
なんかもうそういうレベルの話なんだなあ。

十年くすぶりながら徐々に少~しずつ下がってきていた血球減少が、ここ2年でガタガタッと赤血球系に進行がきて、感染症にばんばんかかるようになり、今年に入ってからは輸血が頻回になった。
そして入院しての抗がん剤投与となり、一ヶ月ちょいのあと退院、通院での投与を受け、そしてまた感染症で入院。

何かもうちゃくちゃくと「終わり」に向かってないか俺。
でもまあ、ENDマークが出るまで終わりじゃないし。

強がっているように見えるかも知れないが、本当にもう色んな力が抜けている。
強がったりもしないし、怯えてもいない。そら普通に怖い、でも必要以上にガクブルしても、あるいは平気なように装っても、病気の進行や薬の効果に変化が生じるわけでもなかろう。
もう、望んでもいない血液腫瘍という病気になっちまった。で進行した。薬を入れた。完治しない事も知ってるし、寛解しても再発する事が必定なのも知っている。
この「レール」から降りることは出来ない。今降りたところでそこは「死」で、なんというか、真っ暗な底の見えない死の谷を渡る線路のうえ、トロッコに乗って見えない出口か入口へガタゴトと進んでいるような気がしている。
何か進行方向が怖い気もするが、降りる方が、あるいはトロッコが脱線したりひっくり返って闇の中へ転落していく方が怖い。
じたばたしても、それは転落の危険が増すだけで、黙って静かに乗っている方が良い気もする。
きっと色んなところ、見えないところで聞こえない声を発して落ちていく人や、無事に光の出口へたどり着いて下車する人なんかも居るのだろうな。

さて俺はどこへ行くのやら。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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