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2005-12-09(Fri)

食いすぎて(?)嘔吐…

12月8日(木)
退院して一週間ほど経って、ほぼ元気になりつつある連れと久々にバスで西台へ買い物に行った。デニーズのカウンタでオムライス+コーンスープ+アメリカン、連れは野菜スープ+ホカッチャ+アイスティをゆっくり食べて、ダイエーで買い物する。
連れは順調に1日退院し、その際次女のYちゃんが車を出してくれたし、一度5日にはすぐ近くのスーパーで食材などは買ってある。この日の買い物はおやつがメイン。バナナとみかん、パンなどを買った後は怒涛の如くお菓子を買う。
俺も連れ合いも禁煙してからご多分に漏れずおやつなどの間食が物凄く増えた。クッキーだのチョコだのバカみたいにお菓子を買う。その後さらに連れはこのところCMでやっている「ミスドノエル」を買いたいと、ミスドへ行った。
合流して帰宅2時半くらい、夕飯は7時過ぎに夕飯は惣菜のハンバーグと、冷蔵庫にあった暖めるだけのハンバーグをそれぞれチンして、二人でパンと食べる。食後はミスドで買ったドーナツを2つ、さらにミスドノエルまで食べる。

いい気になって食いすぎたせいか、食後8時くらいから猛烈に腹が苦しくなった。腹というか胸に近い胃のあたり、縦隔のあたりもズキンズキンと痛い。膨満感だけではなく、同時に痛みもあるという点ではかなりキツい。当初は痛い、苦しいと言えば連れがまた心配するだろうからと、黙ってソファに転がってテレビを見ていたが、「どっちの料理ショー」でカレーパンと肉マン対決見ているうちに胸がムカムカしてきた。
腹部の膨満感がキツく、胸の正中あたりが鈍く痛い。連れに悟られぬようにしていたが、大便でもすれば治るかとふんばってみたがちょっとしか出ず、むしろ痛苦しいのは増す感じだったので、これはもうアカンと、よろよろと寝室へ行って寝る。

連れが心配して「苦しいの?」と言ってきたが「大丈夫」と言ってそのまま布団に寝ていた。だが苦しさと痛みはおさまらず、仰向けになっても胸のあたりが痛い、そのためとうとう呼吸が荒くなってきた。右になっても左を向いても今度は腹が痛く、そのうち気持ちも悪くなってきた。
何だこれは、やはりこないだの血液検査でリンパ球の数値が増えていたのは病気の悪化か、ひょっとしたら急速に悪化したのか、脾臓の腫れは骨盤まで及び、巨大化して胃どころか肝臓まで強く圧迫しているというから、何か悪い影響がさらに…などと悪い方へ悪い方へ想像が向かう。
そのうち連れが居間から寝室に引き上げてきて、「救急車呼ぼうか」と言ってくれるが、「朝まで待つ、もし朝になっても治まらなかったら呼ぶ」ということにする。いったん起きてふらふらと血圧、体温などを測るが正常。血圧が上で130代後半とやや高いくらいだったか。
しかし痛みと苦しみは依然変わらず、発作的にノートパソコン周りの配線を外して入院になっても連れがすぐ持って来られるように整えてから、布団へ戻る。そこからがまたひどい苦しみで、もう本当にこんなの初めてだ、いよいよ入院か、だったら抗癌剤だな、とか例のアレムツズマブだと保険きかないからお金大変だなとか、いろいろとまたマイナス思考。
それにしても息まで苦しく、小刻みにハアハアという感じで、正中の痛みは縦隔のリンパ節腫瘍が痛んでいるとしか思えず、病状の悪化かと思うのも無理はなかった。これまで腹が苦しいことはあれど、同時にここまで胸に痛みと苦しみが走ることはなかった。
しばらく心配する連れの手を握ってウンウンうなっているうち、気持ちが悪くなって台所へ行くと、胃の中のものが二度、三度に渡って大量に出た。三度目にたくさん吐いた時はさすがに下腹部がひきつれるように痛み、きつかった。
それでも吐くとホンの少しだが楽になったような気がしたので、うがいをして布団に戻る。これが夜11時ころだったと思う。連れが「吐いたの?」というので「ウン、大丈夫」と声をかけ、「やっぱりちょっと暴飲はともかく暴食してたかもなあ」と話す。
今回夕方に食べたものはセブンミールのきのこあんかけソース(少量)のかかったハンバーグ1つ、食後に大量のカフェオレとハニーディップ2つ、ミスドノエル1つ。量的にはたいした量じゃないが、油こいものをよく咀嚼せずに食べたということかも知れない。本当に救急車を呼ぶ寸前だったほどだ。とにかく痛みと苦しみは依然あるものの、翌朝までにこれで治らなかったら病院だと思い、我慢して目をつむる。
30分ほどヒイヒイやってると少しウトウトしてきて、1時間弱ほど寝られたよう。時計を見ると1時前だった。それからはウトウトして目が覚め、の繰り返しで、その都度薄皮をはぐように痛みと苦しみは弱まっていき、朝は猫が出入りするたびに起こされ、結局7時ころトイレと洗顔に起きてしまう。

起きてみると、夕べの痛みと苦しみが嘘のように無くなっており、嬉しかった。冬晴れ・快晴のいい天気で、朝日がまぶしい。今日という日、朝を痛みと苦しみがなく迎えられて本当にありがたく、感謝する気持ちになった。
すぐコーヒーを淹れ、各種配線を外してあったノートPCを再び接続し直し、この記録をつけた。もう7時半だ。現金なもので、胃の中がカラっぽになり、痛みと苦しみがなくなると空腹感さえある。それにしてもひどくしんどい数時間だった。



★2009年追記 今にして思えば、これが典型的な胆石発作でした。当時はまだ胆石発作ということに気付かず、病気の悪化ではないかと夫婦でオロオロしていたと思う。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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