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2015-01-09(Fri)

インフルエンザ感染で入院中

2015年01月09日(金)
年末は割合平和かつ有意義にすごして、年越しもつつがなく…。
(Facebookにはアップしましたが、あとで明青さんの素晴らしい料理の写真もアップします)

そして2日の夜にチラっと発熱。
3日抗生物質で微熱程度に。
4日も微熱続く。
5日朝イチで病院へ。
とりあえず採血、感染症は間違いなさそうなので抗生物質の服用を続けて何かあったらすぐ病院へと。
その夜38℃台。
6日病院、前日の輸血の結果がHGB増加につながっておらず、むしろ低下しているので、また輸血。
呼吸器の外来だったので当然肺のレントゲンや気管支など見てもらったが、炎症は無いし、出るのは空咳で、あとはインフルエンザかも、という事で鼻の奥にえらいもん突っ込まれてぐりぐりされる検査。
ちなみにたいがいの痛みを伴う病気や手術やあれこれの経験は持っている自分だがインフルエンザは未体験。この検査も初体験。
呼吸器のI先生は「ちょっとしんどいですよ」と言いながらぐりぐりぐりと鼻の奥深くまでクネクネする検査棒を突っ込んで、とんでもないところまで到達させたあと、そこを引っかき回す感じで引っこ抜いた。
「イデデデデデデ!」と言うと「痛かったですか…あ、血が出ちゃったねえ」と平然としている。うう…。
検査結果はすぐに出て、インフルエンザは「マイナス」であった。

処置室に車椅子で戻してもらい、「微熱も続いているし原因菌の特定も出来ていないので輸血と抗生剤点滴を平行するため」緊急入院…。
今回は我慢しなかったんだがなあ。

血液内科の主治医、K先生はどうやら自分の今投与されている抗がん剤は血球減少に副作用が強く出るようで、巨大化した脾臓で壊されている可能性もある…という事は以前から話されていた。
このところの輸血頻回というか、輸血の効果が無いという事はどこかが壊しているからで、それが巨脾の可能性が高いと。
そこで、機能亢進を抑えるために脾臓に放射線をあてる治療を考えてみましょう、と。
この入院期間中に、それやこれやもやることになった。
やれやれ。

そしてその日、6日午後から入院したわけだが、その日も日中は「微熱」程度。

何しろ入院するつもりじゃなかったので、もちろん何にも持ってない。
さらに間抜けな事に、今回は出がけに「忘れないように」スマホと腕時計を普段と違うところに用意しておいたのを、そっくり忘れた。
とにかく一人だという事はどうしようもない事。その間に自力で取りに行くしかない。熱は波があるようだ。微熱が続き、時々ぶわっと38℃台が出たりする。

しかしこの日は朝イチから処置室で採血や輸血や、呼吸器外来だレントゲンだ鼻の穴ぐりぐりだベナンバックス吸入だ、なんだかなで病室に戻ったらへっとへとのくったくたであった。
健康な人でもくたびれるだろう、んで自分は重病人。
入院荷物を取って帰ってくる気力体力のゲージはすでに0。
ダメだ、明日にしよう…。
一応医師団の中のY先生O先生に外出許可は貰い、時間も明日午前中としたが熱に波があるので体調のいい時に、という事にしてもらった。ありがてえありがてえ…。

とにかくスマホもないし時間すら解らない。
見かねた担当の看護婦さん(美人)が腕時計を貸してくれた。いや申し訳ないとお断りしようとしたものの、
「病院でしか使ってないし、今日上がったら明後日来ますんでその時返して貰えれば」
と言ってくれたので有り難くお借りすることにした。ありがてえありがてえ…。

その日の夜中、39.3℃が出た。
ほんまに、嘘じゃなく火事の夢を見て目が覚めた。熱い、暑い…というわけでしんどいわ汗だくだわ、ナースコールしてアイスノン3つと解熱剤カロナールを持って来てもらう。
アイスノンは後頭部、つまり頸部の血管と、あと2つはルートが入って無い方の脇と、股に挟むようにする。太い血管を冷やしてクールダウンさせるのだ。
このしんどい時、夜中に腕時計があって本当に助かった。
ヒイヒイ言いながら今何時だろう、薬飲んだ後もそろそろ効く頃か、みたいな不安を解消してくれた。きつい時に時間も解らないのはかなりの不安だったはずで、貸してくれたKさんに感謝。前回猫好きだと解ったので今度またユキちゃんの写真見せて癒してあげよう。

翌日7日、朝食べられるなら…というので何とか桃とかサラダをちょっと頑張って食べた。
ところがその後嘔吐。
ここでY先生が「インフルエンザじゃないのかなあ。初期は出ないこともあるのでもう一回検査した方が…」と言うので、思わず「いやいやいやあんな痛いのいやですよ」と言うと「そんなに痛かったですか」と笑う。
「よくテレビでこの季節になると病院で鼻に検査の棒突っ込まれて泣いてる子ども見るでしょ、あら泣きますよ」と言うと笑っていた。
その後昼ころ熱が少し引いて状態が良くなったので、一瞬の間隙を縫ってタクシー往復で入院荷物やPCなどを持ってとんぼ返り。
前回の「入院セット」がそのまま用意してあったのでばっちりだ。

ところが体調の方はばっちりどころか、悪化する一方。
本当に、自力で荷物を取って戻って来られたのが「奇跡の一瞬」だった。
その後38℃台、さらに夜になってとうとう39.7℃が出た。
人生の高熱記録更新。
もちろんそのときはそんな余裕はなく、ただひたすらにあえぐだけ。
発熱には波があって、いっとき37℃台の微熱ゾーンが続く。外出出来たのはここ。
そのうちベッドの上で何か寒気がすると、布団を被る。このあと38℃台に上がる。
アイスノンや解熱剤を貰うが効き目なく、39℃台に上がると、嘔吐、暑くてアイスノンを抱えてベッド上をのたうちまわる。
これを何度も繰り返す。

そう、これ典型的なインフルエンザ。
翌日8日にY先生が「やっぱり検査した方がいい」と言うのでもう観念したら、ビンゴだった。自業自得。

まあしかし自分的にはまさかのインフルエンザ感染で、潜伏期間から言うと年末最後の週あたりという事。ああ、まさかじゃないわ、思い当たるフシが多すぎる。ていうか年末最後の外来かも知れないし、もう解らない。
とにかくただちに薬入れるがこれはウィルスの増殖を抑えるもので、あとは高熱に苦しみながらひたすら治るまで待つだけという。元々ウィルスをやっつけてくれる免疫部隊が弱い…というより壊滅的に少ないので、増殖を抑えてからの回復までしばらくかかるかも知れません、とのこと。
あと放射線ウンヌンはとりあえずこれが治ってから。

それにしても今年の季節型は凄い勢いで患者数が増えているそうで、100万人を突破したとか。日本人の100人に1人だよ。
どんな屈強な成年男子でも健康自慢でも、かかっちゃうと俺と同じように嘔吐と発熱でのたうちまわるしかない。んで治るまで我慢。それが早いか遅いか。ワクチン、打っておいた方がいいっすよ。

そしてFacebookに友人知人に報告したときは38.9℃だった。これくらいだと楽な方。
40℃になると朦朧と悶絶、それに比べると38℃台なんか微笑レベル、37度台はスキップレベルで通常営業という感じ。
…と、看護婦さんに言ったら「それは…感覚が完全に麻痺してますね」と笑われた。
問題はコレで、入院期間が確実に延びたことだ。
インフルが治らないとどうしようもない。
皆さんもお気を付け下さい。

今日は今のところ、インフルの薬を普通の人と違って俺の場合弱すぎるので、もう1回入れて貰い、何とか嘔吐2回、高熱は39℃台は出ずに済んでいる。ちなみに現在は37℃台、こんなん何でもない、いやアカンアカン麻痺しとる!
微熱をなめたらあきません。
微熱~高熱の波の合間にこういう事をあわただしく済ませ、あとはぐったりしているだけ。
インフルエンザと最初から解っていれば、この病棟には入れなかった。
なので今は個室に「隔離」されてるようなもので(他の免疫の落ちた患者さんにうつしたら大変なので)、基本的に病室内から出てはいけない事になっている。検査のついでとかに、車椅子で運んでくれている助手さんに頼んでその日の水分…アクエリアスなんかを数本買って貰ってしのいでいる。
今日は朝は嘔吐で食えず、昼はポトフ少しとサラダ少々。夕飯も嘔吐で食えず。昨日はまる一日何も食えなかった。
順調にインフルが治ってくれれば、来週水曜から脾臓への放射線治療が始められるのだが、まだちょっと何とも言えないところ。

まあ、こんなところです。
今年も、大変な年になりそうだ。
やるべきことをやっておかなければ、本当に。
半年先に俺がしっかりとこの世に存在していると自信を持って言えない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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